偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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No.66 とある新任提督の他愛のない、とはいえない休日

 

「大丈夫・・・・だよな?」

 

 鏡で服装に乱れが無いか、礼装モードにした軍服の装飾に間違いが無いかを確認する。都度三度目の確認が終わってもやっぱり気になる。いつものお誘いの際にはそこまでかしこまらなくても良いとは言われていたのだが今回はそうはいかないんじゃないかと思う。何をどうすれば良いかなど未だに判らんが少なくとも恥をかかせてしまってはいけない。

 

 チャイムが鳴る。迎えが来たようだ。こういう事には妙に几帳面に照明や手持ち品などを指差し確認しつつ玄関に向かい、一人暮らしにはかなり大きめとなるその家から出る。

 

「お迎えに上がりました」

 

 首を垂れ「こちらです」と案内される。

 

「言ってくれればこちらから出向いたというのにわざわざ遠回りしてまで出迎えてもらえるとは。手間をかけてしまってすまない」

 

 背後からそう語りかける家主の声を聴いてその男は(背中を向けているので当然、見えないのだが)何とも言えない表情を浮かべる。今まで彼が仕事として迎えて来た人達はそのような事は気にしない。そうさせて当然だという態度であるのが常識であり、出迎える者など人ではなく道具として考える。そういう人種であった。

 

「どうぞ」

 

 後部座席への扉を開かれ家主が乗り込む。その男、運転手も自分の席に入り込む。

 

 

 後部座席に乗り込んだ家主、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトは同じく後部座席に乗っていた招き主と目を合わせ、軽く会釈をする。

 

「出発します」

 

 スピーカーを介して運転手の声が聞こえ。車が出発する。前部と後部の間には消音機能のある強化ガラスによって壁が出来ており、こちらからの音声はスイッチを押さないと通らない。つまり、後部座席にいる二人の会話は聞こえない。

 

「招きに応じて頂いてありがとうございます。何分父が不在ですのでいつもとは勝手が異なると思いますがよろしくお願いします」

 

 招き主であるカルネミッツ家当主代理アリス・フォン・カルネミッツが改めて頭を下げる。

 

「横に突っ立つ案山子程度にしかなりませんがそれで良ければ遠慮なく壁として使ってください」

 

 実際の所、変な虫がつかないように目を光らせる。それ以外に出来そうな事が無い。過去に何度も父君から(半強制的に)招かれて学んだ結果がこれである。下手に動くと迷惑をかける。"他人をほめる時は大きな声で、悪口を言うときはより大きな声で"という家訓もこの時ばかりは封印している。

 

「本来は父が出るべき場なのですがどうやら今年はもう帰れないそうなので・・・・」

 

「・・・確かに。そのようですな」

 

 軍による公式発表によればカルネミッツ上級大将が要塞司令官を務めるガイエスブルク要塞は今年中の完成を目標にした二四時間体制で内戦時の破損修理と老朽部分のリフレッシュなどを行うらしい。機密部分にも手を付けるので要塞司令官として空席には出来ず缶詰め状態という事だ。

 

「要塞司令官と言う要職をお勤めになられるのですから仕方のない事です」

 

「要職・・・ですか?」

 

 その言い方に首を傾げる。

 

「私は軍事にはさしたる見識はありませんが家として、私個人としてそれなりの"耳"を持っています。要塞司令官というのがどのような職であるか、軍において父がどのように思われているのか、どの程度の力量を示しているのか、その程度の事は把握しております。本人も不在ですし過剰は忖度は不要ですよ」

 

 静かに、にこやかにそう断言されてしまうとビッテンフェルトとしては答えようがない。率直な所、実力としてはまぁその通りであり客観的に判定しても全ての面において提督としては自分の方が上だろう。といってもそこまで悪いとも思っていない。だからこそ転籍をせずに引き立ててくれた恩を返す為にその下で働き続けたのだ。本当に駄目ならとばっちりで死ぬ前に逃げる。

 

「飾りの椅子なのですからもっと家の事で動けるだろうと思っていましたのに・・・お陰で私が名代として動き続けないといけませんしこうしてエスコートをお願いしなくてはいけなくなってしまいました」

 

 はぁ、とため息をつく。貴族の未婚の令嬢ともなると社交の場にエスコート不在で歩き回るなど意識高い系からしてみればはしたない行いとなる。噂では行政府のそれも摂政官邸で腕利きの官僚達をバリバリ働かせているキャリアウーマンな伯爵令嬢がいるらしいがそんなのは例外中の例外となる希少種であり普通の令嬢はそんな事はしない。というか出来ない。

 

「しかし、ご親族が多く集まる場という事ですからそこまで固くする必要はないのでは?」

 

 家族に適任者がいない時のエスコートとしては親戚などにお願いするのが通例であるが今回はその親族達も参加者なので自身に白羽の矢が立った。今に思えばこういう時もあるかもしれないと思って慣れる為に招かれていたのだろう、と考える(実際には色々な意味での既成事実を作る為に父君が頑張っていただけである)。

 

「親族が多く集まるから、ですよ」

 

 そう言ってから更に一言、付け足す。

 

「ですので今までとは違う雰囲気にはなると思います。くれぐれも"爆発"だけはなされないようご注意くださいませ」

 

 はて?と思うがこの人がそういうのだからそうなのだろう、とビッテンフェルトは頭にその事を刻み込む。車が今日の会場となる館に辿り着いた。

 

 

 会場に入ると視線が集まる。のだがなんというか視線と空気が違う・・・・

 

「少し遅れてしまいましたね。まずは挨拶廻りですが父ではなく私相手なので皆様方も仮面を外していると思いますが気にしないでください」

 

 この空気が関係しているのだろうか?気にはなるがどうにもならない。"平常心、平常心"と心に言い聞かせながら彼女に付き従う。

 

「主役は遅れて登場、といった所ですわね。名代さん」

 

「遅れてしまい申し訳ありません」

 

 "ケバい"という言葉通りの婦人の軽い挨拶を涼しく受け流す彼女を見守る。見た事のない人なので今までの経験からすると二言三言挨拶を交わした後に「この方は」と聞かれるので名乗る、はずなのだが話が来ない。というか目線を向けようともしない。そして振られる事もなく

 

「お一人で大変でしょうけど頑張る事ね。こちらとしては返済の約束さえ果たして頂ければそれで良いのですから」

 

 目線と仕草で"はいおしまい、次へどうぞ"と空気を醸し出し、それを受けて「それでは」と次の挨拶に向かう。その間に

 

「はて?あの方に以前、挨拶はしていなかったような?」

 

 と確認してみる。

 

「していないはずですね。しかし貴方が誰かは知っているはずです」

 

「知っているから不要、という事ですか?」

 

「いえ。あの方は"フォン"の称を得てない者を人として認識していないだけです。人でない以上、聞く必要もないのです」

 

 そういった後に早くもこめかみに反応が出始めた顔を見つめ今日初めてかもしれない軽い笑みを見せる。

 

「短気は損気、ですよ。この程度の事を気にしても意味がありません。次に参りましょう」

 

 そう言って歩み始める。仕方なくビッテンフェルトも後を追う。

 

 

「確かに今までとは違いますな」

 

「はい。そう申し上げた通りです」

 

 半分一寸くらいの挨拶を終え、会場の片隅に身を寄せる。このような社交界会場で自然と作られる"一息スペース"といった場所である。ここで一息ついている時に語りかけたり他人の会話に耳を傾けるのはNGとされている。彼女を憚ってか触りたくないのか小声での会話なら聞き耳立てても聞こえないくらいのスペースが周囲に広がっている。

 

「踏み込んだ話になって申し訳ないが御家の家計というか経営というのは・・その・・・」

 

「火の車です。いえ、既に焼け落ちて炭になり始めているといった所でしょうか」

 

 遠慮しながら訪ねたがストレートな剛球が帰ってきて目を丸くする。

 

「では皆が言う返済とは・・・」

 

「我が家の先代による借財です。個人ではなく家として借用したものなので当代にも受け継がれています」

 

「アテはあるのですか?」

 

 本来突っ込むべきではないデリケートな問題のはずだが気にせず聞いてしまう。

 

「ありません。ただ父は"来年(八〇〇年)の末まではなんとしてでも引き延ばせ"とだけ言って仕事場へ行ってしまいましたので私としてはそうするのみです」

 

 どうりで空気が違う訳である。挨拶の度に聞かれる"返済"という身内だけの場ならではの生々しい話。親族による社交の場などではない。ここは"貸し"がある一門親族関係者一同による催促・憂さ晴らしの場という訳だ。そして彼女は本来それをやるべき父に代わっての釈明巡業、それも詳細も知らずにただ先延ばしにしろというオーダーを果たさないといけない立場である。

 

「さて、残り半分への挨拶も済ませるとしましょう」

 

 目線で呼び寄せた給仕にグラスを預けると歩み始める。

 

「その・・」

 

「何か?」

 

「大丈夫、ですか?」

 

「・・・・・」

 

 いつもとは違う瞳が一瞬見えた気がするが直に元に戻る。

 

「大丈夫です。その為に貴方を呼んだのですから」

 

 何がどう役に立っているのかは判らない。しかしそう思ってもらえるのなら案山子は案山子なりに頑張るしかあるまい。

 

「だって我慢なされてる貴方より先に取り乱す訳にはいかないじゃないですか」

 

 クスクスと笑いながら歩み始める。本気か虚勢かまったくもって判らない。

 

 

 もう半分のほとんども前半と変わらぬ受け答えが続く。相手からしてみればその一回であるが受ける側としては何度も何度もでありこうも一辺倒だと傍から見てて苛立ちも薄れてくる。悪い意味で場の空気に感染しているのかもしれない。

 

「アリス嬢。今日も麗しき、と言いたい所だけど大変そうだね」

 

 何か全く違う雰囲気の男がやって来た。自分より確実に若く、彼女と同年代と言った所か?

 

「えぇ、色々と大変で。そこを何とかする為にも御家とはこれからも良い関係でいたいものです」

 

「そこは僕の父がどうするか?なんだけどね。僕個人でも出来る事はさせてもらうよ。そういえば先日良い別荘地を手に入れてね、今度一緒に・・」

 

 馴れ馴れしく手を取ろうとしたその男の動きを器用にも視線だけでぶん殴って止めて"なんだこいつは"と睨まれる。

 

「若君、そこにいましたか。あちらでお呼びの方が・・・」

 

 横から出て来た軍服姿の男がその若造に近寄り二言三言告げ、若造が"残念ですがこれで"と場を離れる。そして立ち替わり違う男がやってきて彼女と会話を始める。

 

「先程の若君の御父上です、遠い分家である帝国騎士の家系ですが商家として大成し宗家領の経済と深い繋がりを持った御立場の方です」

 

 先程の軍服の男が語りかけてくる。

 

「改めまして。フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト閣下とお見受けします。正式に挨拶させて頂くのは初めてとなります幕僚本部所属ルーカス・フォン・レーリンガー(少将)であります」

 

「あぁ、ビッテンフェルトだ。・・・幕僚本部と言ったが」

 

 思いもよらない所属を聞き、思わずオウム返しのように聞いてしまう

 

「はい。家とは私の実家と付き合いがありまして。そのツテであの若君の家庭教師的なものをさせて頂いてまして・・・」

 

「今日はそのお目付けみたいなものか?」

 

 そう言われると少しもじもじとした仕草を見せる。

 

「実の所、こういう場は苦手でして。少しは慣れろと実家に言われて来ることになりましたが慣れぬものです」

 

「ほぅ、実は俺もだ。何度か招かれているが慣れぬものは慣れん」

 

 思わぬ同士発見と言った感じの雰囲気になり二言三言と会話を交わす。

 

「あのぅ、次に参りたいのですが・・・」

 

 ひょっこりとアリスが戻ってきていた。

 

「これは失礼致しました。では閣下、もし現場でお会いする事になりましたらお手柔らかにお願いします」

 

「あぁ、こちらこそよろしく」

 

 に会釈してレーリンガーが場を離れる。

 

「飾りではない現場の方、ですか?」

 

「そのようですな」

 

 実際の所、あそこ(幕僚本部)は現場から放り出された者の寄り合い所的なものもあるが部外者から見たらまぁ現場としては一括りでいいだろう。

 

「挨拶先がいくつか残っておりますので」

 

「わかりました」

 

 

「お疲れ様です。やらねばならない挨拶回りはこれで終了です。感謝を込めて遅めのディナーにでも、としたい所ですが一応は主催者ですので」

 

 "一息スペース"に入ると同時に残念そうに呟く。流石に主催者が途中帰宅は出来ない。いや、主催者じゃなくても現状の立場としては途中でいなくなる事は"逃げた"と見なされるだろう。だから最後まで居続けないといけない。

 

「なのでここで食べてしまいましょう」

 

 そう言うと給仕を呼び、適当に物を運ばせる。本来こういう場で料理にがっつきすぎるのははしたなく見られるものだが場にずっといないといけない主催者などは時間をかけすぎなければ適度な食事タイムを取ってもそうガミガミとは言われない。

 

「あの家の支援があるのでここまで我が家は持っている、と言えます」

 

 あの若造の家の事である。

 

「縁のある所はいえ商人なのですから見返りが大変なのでは?」

 

 詳しい事は判らないが商人なんだから損得勘定なし、とはいくまいとだけは判る。

 

「はい。ですので手を切るかどうかの見定め中といえます。元々我が家の内部事情にも詳しいですし父の先延ばし発言もあってそこまでは様子見と言った所なのでしょう。ですが・・・」

 

「ですが?」

 

「"自分の家"だとしたら別の計算がある、と考えているようです」

 

 ナイフとフォークを置き、ゆっくりと口元を拭く。

 

「あの若君の婿入りを進められています」

 

(!!!!)

 

 思わず口に入れている物を吹き出しそうになって堪える。

 

「我が家が自宅になるのでしたら領地そのものが見返りになります。そうだとすれば投資の価値も変わりましょう。現状を乗り切りさえしたら後は思うがままです」

 

「そ、それでその縁談の話は・・・・・」

 

 食い気が完全に吹っ飛んでいる。

 

「正式には父の言う期限までは決める必要はない、と。ただその気が少しでもあるのなら我が家に若君が訪れる事と私がかの家の実家、つまり若君の父に定期的に挨拶に行く事を受け入れるように、と」

 

「それは???」

 

 ただの挨拶ではない事は判るが・・・・

 

「つまりは」

 

 いつも通りの表情。

 

「あの親子の慰め物になれという事です。その献身次第で最大限の支援を考えても良いという話ですね。する気が無くただ嬲り物にしたいだけかもしれませんが」

 

 あの時、よく我慢してあの親子の元に殴りこみに行かなかったものだ。と事ある事に思い出す。

 

「この程度の事でいちいち腹を立てていたら私達の世界では過ごせません」

 

(だから貴方は案山子まででいいのです)

 

 と心の中で付け足す。

 

「さて、いつまでもここに居座る訳にもいきません。会場に戻るとしましょう。まだボヤき足りない方たちのお相手もしないといけないでしょうから」

 

 何事もなく席を立ち会場に戻ろうとする。

 

「何故にそこまでするのですか?」

 

 その問いを聞き、不思議そうに顔を向ける。

 

「そうですね・・・・それが爵位を持つ家だから、としか言えません」

 

 悲しみ、というよりも悟りに近い顔だった。

 

 

「ふぅ・・・・本日は本当にありがとうございました」

 

 帰りの車(同じ車で送ってもらえるらしい)に乗りこむや否やそう言われる。

 

「いえ、あなたの苦労に比べれば・・・・ ??」

 

 "ふぅ、ふぅ"と息遣いが聞こえ、伸びていたはずの背筋が少し前かがみ気味になっている。

 

「大丈夫ですか?」

 

 思わず身を乗り出そうとしてしまうが止められ、手の甲を握られる。

 

「しばらくこうさせて頂いてもよろしいでしょうか?流石に・・・・」

 

 手の甲を握る力が強くなり、いつもとは違う弱弱しい顔を向ける。

 

「少し、疲れてしまいました」

 

 今は好きにさせるしかない、と思った。

 

 

「いいですか」

 

 自宅前に到着し下車する前に告げる。

 

「何かあったら遠慮なく申し出てください。私がなんとかする・・・いや出来るとは思えませんが出来るかもしれないツテを頼れるかも探せるかもしれないですし、いやいや御家の事を外に言う訳にはいかん、けどやはり何か出来るとは思いますのでとにかく連絡をですな」

 

 あたふたおたふたと早口でまくしてたる姿をみて元気を取り戻したかのように笑みを浮かべる。

 

「そうでしたらこれからも"案山子役"をお願いいたします。それだけで元気が出ますので。それに・・・・」

 

「それに?」

 

「貴方様も父と同じでなんと申し上げましょうか・・・・積極的に動かれますとむしろ変な方向に話なり状況なりが飛んでいってしまいそうでして」

 

 ぐうの音が出ないとはまさにこの事。

 

「困った事にまったくもってその通りですな!」

 

 思わず素になって応えてしまい。お互いに目を合わせ、今日唯一の笑い声を上げる。

 

「では、ごきげんよう」

 

「うむ、無理はしないで頼って頂きたい」

 

 

「おい」

 

 玄関前までの見送りとして付いてくる運転手に話しかける。

 

「家に、御令嬢に味方はどこまでいるのだ?」

 

「・・・・私はただの運転手ですので」

 

 命を預ける運転手はそれなりに信頼のおける味方だと思ったのだが機械的な返答が帰って来る。

 

「役に立たん奴め」

 

 思わず舌打ちを発してしまう。

 

「家の中にはそれなりに事情に詳しくて何とかしたいと思っている者もおるだろう。そういう者を紹介しろ。少しでも状況を理解せん事には手助けも出来ん。当然だが御令嬢には秘密にしろ」

 

「・・・・・・・」

 

 今度は返答すら寄越さない。

 

「いいな、バラすんじゃないぞ」

 

 乱暴そうにそう言うと乱暴そうに玄関を閉める。運転手は何も言わず見送りとして頭を下げた。

 

 

 家に入り明かりを点ける。一人暮らしには困るくらい大きな一軒家である。正規艦隊司令官になるという内示を得た時にかの父君から「いい加減に立場にあった場所に住め」と一方的に譲られて住む羽目にになった新築である。両親を招いて家族で住め、との事だったが間が悪い事にその少し前に田舎の両親が住む実家を(将官になっても特に散財する事も無く貯まり続けたお金を使って)大金かけてリフォームしてしまった。両親はそのまま実家に住むとの事で一人暮らしになってしまった結果、掃除に困るくらいには広いこの一軒家に一人暮らしである。

 

(何をする?いや、何が出来る??????)

 

 シャワーを浴び、歯を磨き、着替えて布団に入り込むが頭の中をその事がひたすら反芻される。が、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト、こういう事にはやっぱりさっぱりどうにもならない。だとしたら頼れる者を探すしかない。といっても他人の家の事情なので軽々と口には出来ない。口が堅そうな、固くさせる事が出来そうな、それでいて貴族の世界に詳しい者がいないものか?と考える。考えているうちに・・・寝てしまった。

 

 

 

「それで軍関係施設ではなく私の自宅で挨拶をしたかった、と」

 

「そうだ。力添えなり知恵なりを出して頂けると有難い」

 

 深々と頭を下げる。中将としても艦隊司令官としても先任ではあるが年下でもある。そもそもそれだけの評価を下しておらずどちらかというと見下していた、と言えるだろう。なので艦隊司令官就任の挨拶回りも後回しにしていた為、今このタイミングで席を設ける事が出来た。少なくともこの男が艦隊司令官という何かしらの理由を付けて対面できる人の中で最もその手の事に詳しいはずであり、その世界の情勢に詳しくない自分でも"下手な事をしてこちらに損害を与える事が出来ない立場"である事が判っている。聞くだけ聞くなら適任という訳だ。

 

「ではこれより」

 

 その相手が軽く息を吐き、明らかに自分の住む世界とは違う場所の住人としての顔となって語る。

 

「艦隊司令官、帝国中将ではなくブレーゲル男爵家当主イザーク・フォン・フレーゲルとしてお相手させて頂く」

 

 あれ?こいつ、これだけの"威"を持っていたのかと少し動揺する。考え見たら元門閥貴族最大派閥としてその世界で政敵から蹴落とされず、蹴落として君臨していた御曹司だ。だから頼ったはずなのだが想像以上にやばい奴を頼ってしまったのでは?と思い始める。

 

「ひとまずこれを」

 

 奥の端末を弄って印刷した紙束の一つを手渡される。ペラペラとめくるとカルネミッツ家の財政状況や借用額とその相手などが詳しく記載されている。

 

「何故これだけの情報を?」

 

 当然ながらそう聞くしかない。

 

「これが門閥貴族と呼ばれる世界における最大の"戦力"だからだ」

 

 フレーゲルが手短に概要を述べる。門閥貴族の交流とはすなわち同時に戦いであった、と。どれだけの事前情報を集め、根回し・買収・脅迫何でも使って会話という戦闘前の状況を整える。そこでにこやかに相手に状況などを悟らせ、上下関係・協力関係を認識させる。何をするにあたっても味方・敵問わず、有力貴族の情報は収集する。どう使うかは後から考えればいい。

 

「昔は味方に上下関係を躾たり、敵を屈服させるのに必要だったが今はその逆だ。この家を守るために情報は必要なのだ。だから昔同様、いや、さらに深く情報は探らせている」

 

「・・・・・・という事をペラペラしゃべって良いものなのか?」

 

「余程興味がない者以外は皆知っている周知の事実というものだ。隠す必要はない」

 

 興味がなく知らなかったので追加で口を挟むのを辞めて資料に目を通す。

 

「見れば判るが典型的な運転資金不足だ。なじみの商人が支援して支えているみたいだがこれを機に弱みを握りたいのだろう、中途半端な支援で引き伸ばししている。潰れてもその後の処置で回収できる分しか出していないな・・・・・・・・・判るか?」

 

 ちょっと涙目に近い状況になってるビッテンフェルトに気づいて確認する。視線で訴えてる何かを理解してカルネミッツ家の財政推移を噛み砕いて説明し始める。軍人としてはさておきこの世界では第一線で戦ってきた御曹司であり今や男爵家当主であり知識量が違う。生徒に諭す先生のように淡々と説明を開始した。

 

 

 カルネミッツ家のケチの付け始めは先代当主が盟約派諸侯として行った活動が元となる。軍事的ではない経済的手活動が、である。盟約派諸侯としての地位争いの為、先代はその財力も多く提供した。プライベートとして使える財だけならまだしも領主として運用していかねばならい領地経営の運転資金や積立金、つまりは手を出してはいけない所の財まで多くを提供した。勝てば何倍にもなるし勝てる戦いだと思っていたからこその暴挙といえる。これは戦後処理における政府側の調査や申請などによって明らかになっているものである。政府は盟約派諸侯の処分の際に公平を期すために各種情報を元に機械的に処理をした。領や財の没収もそれにあたる。そしてカルネミッツ家の財政はこの没収ルールにおける限度である"経営できる最低限のライン"を下回っていた。下回っていたからと言って支援はしない。そんな状況にしたのはその家の問題でありその家で解決させる事だからである。支援は一切行わないししてはならない。これは謀反人の処理なのだ。

 それだけなら同様の家も多々ある事なのだがその先代は更に負の遺産を残した。一門や親族などの支配下にあった家にも同様の資金提供を命じていたのである。それもそれぞれの家が直接盟約軍に提供するのではなくカルネミッツ家として借用しそのお金をカルネミッツ家が盟約軍に提供するという形を取って、である。これはカルネミッツ家としての功績とする為の手段であり手柄を取られるという点では不満が残るであろうそれぞれの家には十分な利子を付けて返す・十分な資金提供を行えるのなら直接の軍事行動は無理に行わなくてもいいという手形を付けての実行だった。前者はお金のやり取りなので正式な証文を付けて行い、後者は口約束だった。

 

 そして、負けた。

 

 残ったのは運転資金すらない削られた本領と直接の軍事行動を行っていない&軽かったので浅めの処分で済んだ一門や親族、そして正式な形で発行されている各家へのカルネミッツ家としての借用証書の束である。そして新しい当主はお付き合いもせず軍人生活を満喫してその軍人として本家当主であり父である先代の死を確定させ、貸したお金をパーにした張本人である。いい関係が築けるはずがない。

 

 

「悪化した財政や多数の借用証書、そのどちらかだけであれば手の打ちようはある。実際にそれをうまく捌いて生き残っている家もある。だが両方は珍しい。両方やってしまった家は大抵は総出で叛乱に参加して丸ごと潰れているからな。カルネミッツ上級大将という要人がいたからこその奇跡であり悲劇だ。しかもご本人もどこまで理解していたのか定かではないが適切な行動をとっていたとは思えん。少なくとも内乱後に軍を引いて経営に専念すべきだったとは思う」

「要するに金さえあれば何とかなるんだな」

 

 脈略もなく放たれるビッテンフェルトの一言にフレーゲルが

 

(こいつ、判っているのか判っていないのか????だがポイントそのものは合っている)

 

 と評価に困った評価を下す。

 

「まぁそういう事だ。"世の中銭だ"とはよく言ったものだ。大抵はそれで解決する」

 

「それならば貴公の家で・・・いや、直接でなくても支援できそうな所を紹介して手助けしてもらう事は出来ぬだろうか」

 

 頼む、と頭を下げられるがフレーゲルは何とも言えない苦悶の表情を浮かべはっきりと言う。

 

「我が家にはそれが出来る資産はある。それだけの支援を行える所のアテはある。だが、それはお断りする」

 

「何故だ!!」

 

 猛禽類の咆哮に近い有様であるが精神が貴族モードになってるフレーゲルは静かに受け流す。

 

「貴族という世界にとって」

 

 あえて言を強めて前のめりのビッテンフェルトを元に位置に戻し淡々と貴族の世界におけるルールを話し始める。

 

 貴族のいう世界にとってこれだけの状況に陥った家を助けるという事はただの善意という訳にはいかない。助けられた側は文字通り全てをなげうって恩を返さねばならないものとなる。(あくまでも救われた側からの希望として)指定してもらった嫁なり婿なりを迎え入れ、その一門としての末席に連なる。後はもうその派閥の一部分として動くしか選択肢はない。恩を受けておきながらそのような行動をとらないという事はこの世界において最大の不義でありそのレッテルにより全ての縁から切り離され後は自然と滅するのみとなる。一度潰れかけた家なのだから貴族、そしてその影響下にある経済ネットワークから切り離されて生き残れるはずがない。

 

「一昔前なら支援していただろう。用立てが足りなければ今は亡きあの人にお願いして出してもらってでも、な。それが門閥貴族界における典型的な勢力拡大手段の一つだからだ。カルネミッツ家の宗家と間接的にその一門を勢力下に置けるのだから"安い買い物"くらいの感覚で支援していただろうな」

 

「今は・・・出来んのか?」

 

「出来ん」

 

 救いを求めるような目を一言に却下する。

 

「たとえ善意であると言っても周囲が、貴族界が、そして政府がそれを善意とは認識しない。直接間接問わず手を貸したとなればフレーゲル家による門閥貴族派閥再編成の一手と見なされる。政府にとってはいつでもそういう事に出来るカードを一枚手に入れる事になる。少なくとも私の目が黒いうちはそのような手を打つつもりはない。家を守る為なのだ、理解していただきたい」

 

 今度は逆にフレーゲルが頭を下げる側になる。色々と疎いビッテンフェルトでもブレーゲル家がどういう立ち位置であるかくらいは理解している。善意ですら善意に出来ない程ならば無理強いなどできない。

 

「今見ているこういった情報も昔は勢力拡大の為に集めていたといっても過言ではない。しかし今は・・・」

 

 そう言ってその紙束を指先でトントンとつつく。

 

「逆にそういった事から遠ざかり、巻き込まれない為の自衛の為。"君子危うきに近寄らず"という奴だ。まぁ、挨拶と評して足元まで踏み込んでの直訴判とは恐れ入ったものだが・・」

 

 (風貌に似合わず・・・という評だとは聞いていたがこれではまるで風貌通りなのではないか?)

 

 と気になってしまうがその相手は希望通りと行かなかったのだろう一瞬魅せた覇気はなんだったのか?というくらいしょんぼりしてしまっていて逆に可哀想になってくる。

 

「一応はまぁ、睨まれない程度に出来る事がないか情報収集共々やってはいきましょう。あの方も私と同じで宗家を裏切って生き残った者同士だといえます。そのまま潰えるのは見たくない」

 

「忝い。結果は何であれ借りは必ず返す。あー、貴族云々ではなく男と男として、だが」

 

「だが・・」

 

「だが?」

 

 困った表情になったフレーゲルを見てビッテンフェルトが首を傾げる。

 

「本格的に手を付けられるのは少し先になる。ここからはいわゆるオフレコという奴だが次の内示が私の元に来てしまっていてな。準備も大詰めで事が始まるとこっちに手を付けられんし、かといって現状以上の事を目の届かない所でスタートさせてしまう訳には行かん。何が起きるか判らないからな」

 

 "次の内示"と聞いて一瞬考え込むが直ぐに答えは出てくる。

 

「そうか・・・次は貴官の艦隊か」

 

「そうだ」

 

 そういって自分の額をぴしゃっと叩く。

 

「貴官は前回のそれが"試験"だったと聞く」

 

「・・・つまりは貴官も?」

 

 今日一番のため息がフレーゲルの口から洩れる。

 

「なんとふざけた事態かと言いたくなるが・・・今、中将の艦隊司令官としては中将としても司令官としても私が最先任なのだ。実力最下位の私が、だ。冗談かと思ったが一八個艦隊が整うまで階級バランスの為にもう暫く逃げずに(司令官席に)座ってろ、との事だ」

 

「それは・・・ご愁傷さまだな」

 

 軍人としても貴族としても針の筵ででんぐり返しさせられてる男を目にして心底同情の念が湧き出してくる。

 

「なので詳しい話は私が次を生き延びてからだ。その資料は持ち帰っていただいてもいい。ただ・・」

 

「貴公との関係は一切伏せる。それでいいな?」

 

「それで頼む」

 

 

 

(結局は大きな進展には至らず、だな)

 

 ベッドに文字通り大の字になってひっくり返る。あの資料を再読したが専門知識などないので何が何だか結局判らず仕舞いである。判る事と言ったら家の家計と同じで[収入→貯蓄→出費]という流れにおいて収入と出費の上下を吸収する為の貯蓄というプールが干上がっているという事だけだ。そしてそのプールを満たすアテがない。個人のお財布でどうにかなる問題でもないし一つの領土、有人惑星単位の資金なのだから専門家でもない限りアテなど見つけられない。

(人には頼めんから独学になるが間に合うようなものでもない)

 

 苦悩しても答えは出てこない。そして本業においても正式に艦隊司令官になった時の再編がやっと大詰めと言った状態でありしばらくはそっちに取り掛からねばならない。願わくばその言っていた"来年末まで"という話が本当に解決に繋がるものでありそこまで家が持ってくれる事なのだが・・・・・

 

 

 その身も蓋もない解決策に彼もまた当事者として関わる事になるのである。

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