偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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外伝的おまけ話


No.68 勇退

 

「あー、わざわざこんな老人の為にこれだけの人たちが色々としてくれたという事は……」

 

 よもやこのような状況になるとは思ってもみなかったのだろう。いつもの豪胆さは何処に行ったのかあたふたと挨拶をする主賓、アレクサンドル・ビュコック"元帥"。ここはとあるパーティー会場、この老提督に対するいわゆる"お別れ会"の会場である。

 

 アレクサンドル・ビュコック大将は退役予定の一〇日前に宇宙艦隊司令長官の任を解かれた。形としては"国防委員長付"という配属となり、その翌日に元帥に叙せられた。長きにわたる軍人生活とその貢献に対して軍内部・退役者団体などから元帥位を希望する声が多く、政府・国防委員会においても問題なしと判断された為、元帥に叙する事となった。のだが宇宙艦隊司令長官は軍制服組のNo.2でありNo.1は統合作戦本部長である。本部長であるクブルスリーが大将のまま宇宙艦隊司令長官のビュコックを元帥にするわけにはいかず、かといってクブルスリーには元帥にする名目が無い。となったのでこのようなアクロバット人事を行うことで現役であるうちの元帥位となったのである。(尚、本人は「そこまでやらんでも……」とぼやいたが周囲が丸々この政府による"プレゼント"を歓迎しており、あれよあれよのうちにこのような状態になってしまった)

 

「貴方がそれ(元帥)を受け取らないとむこう数十年、貴方を知るみんなが"あの人もなれなかったのに自分がなる訳にはいかない"ってなってしまいますよ」

 

「そんなことはないだろぅ」

 

 パーディー会場で前宇宙艦隊司令長官と次期宇宙艦隊司令長官予定者(現・代理)が会話を交わす。ウランフは司令長官就任の為に既にハイネセン入りしている。ややこしい事にイゼルローン要塞総司令官としての役職は一応そのままでありそれは駐留艦隊司令官であるパエッタが代理になっている。

 

(しかし暇人も沢山いるものだ)

 

 と思いつつビュコックが挨拶回りをする。小さくないその会場には一〇〇人近い参加者が駆けつけてくるらしい(現役の人は仕事の都合上、途中参加も多い)。これでも一部の高官を除けば希望者数が洒落にならん数になってしまい抽選まで行われたそうだ。このパーティーそのものの総費用は彼ら有志一同によるポケットマネーによって賄われている。ただの私的なパーティーなので公金は一円たりとも使われていない。だがアイランズ国防委員長から

 

「万が一の万が一があるからセキュリティ面だけはしっかりしてね。そこには(公金=軍警備隊を)使ってもいいから」

 

 という注文が入り、警備隊だけは出してもらっている。如何せん参加者の大半は現役の将官、中将以上の要職も沢山いるのである。万が一が発生したら洒落にならない。

 

「はい、受付はこちらですサインお願いします。ユリアン、会場案内おねがい」

 

 会場に到着し参加者欄にサインをしようとする途中参加者がぎょっとして受付を見つめる。受付をするのはヤン・ウェンリー。このパーティーの総指揮を任された(押し付けられた)関係で今日はとことん雑務担当であり、先日幹部候補生育成所を優秀な成績で卒業して少尉任官(配属先移動直前)したユリアンが小間使いとして付き従っている。

 

「お、君がユリアン君か」

 

 受付から会場まで案内をする間にかなりの人から言葉をかけられてしまう。今案内しているのはとある部の次官を勤める少将さんなのだがこれくらいの役職になると士官学校なり幹部候補生育成所の公知対象優秀卒業生の名前と成績には目を通す。そして公知内容には推薦者や軍関係者の場合両親の名前なども含まれるのでそこにクブルスリー、ビュコック、ヤンの名前が並ぶと大抵はぎょっとなる。そして顔写真が記憶に残る。そりゃあ声もかけてしまう。

 

「頑張りなさい」

 

 優しくそう言って会場に入る少将を見送り、受付に戻る途中でヤンが誰かと談笑しながらやってくる。

 

「この方で参加者全員到着だから受付は終了。帰宅は自由解散式だからお役目終了だよ」

 

 さらにUターンして会場に戻る。

 

「さて、私は一応挨拶回りしないといけないけどどうする?」

 

「ちょっと場違い感があるので長居せずにお先に帰ろうと思いますがビュコック元帥には最後のご挨拶をしないと。…………明日、出発なので」

 

 ユリアンは明日、配属先に向かう艦に便乗して出発する。

 

「そうだね、じゃあ一緒に行こう。私も理由付けてなるべく早く上がるようにするから」

 

 

「人事に介入するのは良くないと思っておったがまさかあそことはな……」

 

 ビュコックと挨拶を交わし、話題がユリアンの配属先に移るとため息混じりにビュコックがぼやく。

 

「二人の秘蔵っ子らしいですからな。すれ違いなのが残念だ」

 

 会話に入りこんだウランフが言葉を続ける。ユリアン・ミンツ少尉の配属先は、イゼルローン要塞司令部総司令官付。

 

「民間団体に押し負けたのだろうが、彼は違うだろうに……」

 

 ビュコックのその言葉がその過程を物語る。

 

 政治家や業界人、そして一部高級将官などの子が形ばかりの兵役を安全地帯で過ごす問題は昔から続いていた。近年勢力を増した反戦平和団体などによるその手の抗議活動は一部の過激派平和反戦団体という矛盾した存在によって無視する事の出来ない実害すら発生している。これらの活動に対して政府は過激行動の取締は当然であるが同時に彼らの主張(兵役安全地帯問題)にも一理あるとして"公平な人事配属"を最高評議会議長ジョアン・レベロが軍最高司令官名義で軍人事部に要望する事で事態の鎮静化を図った。

 

「軍人の子については政治家たちのそれとは別の意味だったはずですが今、別だと説明しても火に油を注ぐだけでしょう」

 

 ウランフが言う別の意味だが本来、軍人の息子についてはその家族環境次第でそれなりの便宜が図られていた。一人っ子の場合、ある程度配属先の安全性を考慮し家系が途絶えない様にしていた。だからユリアンの様な身の上だと(本人の希望はともかく)配慮されてもいい立場なのである。しかしその配属先は現在の同盟軍において唯一の最前線であるイゼルローン要塞。危険性としては極めて低い司令部付とはいえ最前線といえば最前線である。

 

「人事部も変な配属先にしてわしらに疎まれるのが怖かったんじゃろう。この状況なら上の指示だからと逃げ道を作れるから願ったりかなったりと言った所かな。大丈夫な場所だとは思うが、すまんの」

 

 ビュコックの謝罪にユリアンが首を横に振る。元からこの道を選んだ以上、何処に配属されても覚悟は出来ていた。

 

「ま、わしが君の年くらいの時は戦艦乗員で砲術の下っ端だった。そこよりかは安全だ」

 

 ユリアンはきょとんとするがウランフとヤンはビュコックの年齢などを考えて答えにたどり着き"うわぁ"っとした顔になる。その時のビュコックが乗っていたのは恐らく戦艦シャー・アッバス。この老人がその少し後に参加するのはあの第二次ティアマト会戦、もはや実体験と言うよりかは歴史の授業の出来事である。

 

「丁度、四人で四世代か。一足先に余生を過ごさせてもらうがおぬしらもいい余生を過ごせる事を願っておるよ」

 

 七〇代のビュコック、五〇代のウランフ、三〇代のヤン、一〇代のユリアン。後を託された三人は静かに頷いた。

 

 

 

「おかえりなさい」

 

 帰宅すると当たり前のように妻が出迎える。若い事、時間が正確にならない軍人生活故に夜遅い時などは気にせず寝なさいとは言っていたが

 

「軍人の妻として覚悟はしていますが一緒にいられる時間はなるべく起きていたいですよ」

 

 そう言われるともう諦めるしかない。

 

「こうやって出迎えるのももう少しなのですね」

 

 用意された茶をすすりつつ、僅かではあるが静かな時を過ごす。

 

「残りの時間は挨拶回りくらいのものだ。やりたくはないが最後くらいはやっておかんといけないからの。それにしても……」

 

 そこまで言うとビュコックが軽く首をひねる。

 

「いざ、お役御免となると毎日何をして過ごせばいいのか?」

 

 如何せん六〇年近く軍人生活をしていた。何十年だかの勤続記念として一ヵ月程度の休暇をもらった事もあったがそれ以外で月単位の休みを取った事などない。これが年単位になると完全にさっぱりだ。

 

「いいんですよ。"やる事が無くて困る"というのもあなたにとっては新鮮でしょう」

 

「なるほど。そういうものか。そう言われるとそれはそれで楽しみではあるな」

 

 まだまだ大変な時代は続くが人生一人分の働きはしたと思っていいだろう。だから残りは後輩たちに託し、のんびりしても罰は当たるまい。

 

 

 老兵は死なず

 

 宇宙歴八〇〇年一月一日。六〇年近く続いた軍人生活は終わりを告げた。

 

 

 

 

 ・おまけ

 

「~~さんと出会ったのは…………あの時は伝えられませんでしたが今では感謝しかありません」

 

 他愛のないワイドショーが流れる。とある著名人の死とその人との思い出を語る者達。

 

「感謝しとるんなら生きているうちに言うべきだろうに。死んだ後に言ってもその話が本当か嘘かもわからんわ」

 

 おやつをつまみながら老人が愚痴る。

 

「あなたもいつかはそうなるんですよ」

 

 含み笑いを浮かべながら妻が応える。

 

「わしが、か?」

 

 眉をひそめて老人が妻の方を向く。

 

「やっと静かになりましたけど沢山のメディアの方は来ましたし。先日は何か記録をいくつか頂いてるじゃないですか」

 

 そう言われるとまぁそういう気がする。退役後、インタビューやらなんやらメディアがひっきりなしに訪れて来た。個別に対応すると同じことを言う羽目になりそうなので抽選で選んだ一定人数をまとめた座談会という形で処理した。その騒動が終わった頃、記録団体がいくつかの賞を携えてやっていた。現役軍人として最も沢山の階級を経験。通算軍役期間最長記録。だそうな。確かに一番下から一番上まで経験したし軍役可能最年少からこの年まで続けていたのだから最長であってもおかしくはない。それにしてもメディアや記録団体も暇なものだ。

 

「そうか。わしもそう扱われる可能性があるという事か。それは……嫌じゃの」

 

 そういうと老人、アレクサンドル・ビュコックは立ち上がり書斎に向かう。

 

「まとめておくかどうか悩んでたがやったほうがいいのぅ」

 

 書斎の一角に積まれたノートの山。軍役初日から最終日までの記録となる日誌。期間が期間だけに量もとんでもない。

 

「仕方ない。やるか」

 

 

 八〇一年のとある日、自由惑星同盟という国が右往左往の大騒ぎになっている最中、とある小規模出版社のオンラインショップに事前予告なく一冊の本が売り出される。

 

 

 "アレクサンドル・ビュコック 自伝(1)"

 

 

 その情報は一瞬にして同盟国中に伝わり、そもそも本物なのか? という噂も広がるに至り、本人がビデオ広告で「本物である」と報告をし、次の瞬間その小規模出版社オンラインショップは小規模であるが故に限界を越えたサーバーアクセスで吹っ飛んだ。その自伝の前書きをここに記す。

 

 

 "自身の死後に本当か嘘かもわからぬ逸話を好き勝手に語られる可能性があると聞き、自分はそんな人間ではないと思うのだが実際にそうなってしまったら非常に腹立たしい気持ちになるだろう。なので全てを自分自身で書いてしまおうと思い筆を取る事にした。この内容以外の事はいかに生前親しかった者が語ろうが作り話くらいの気持ちで聞くようにしてもらいたい"

 

 

 そして最終巻の前書きには……

 

 

 "死ぬ前に何とか書き終わる事が出来た。流石に分量が多すぎた。軽い気持ちでやってしまった気がして少し後悔している"

 

 

 この自伝は電子・紙媒体合わせた総売り上げ冊数において自伝部門の最大冊数を記録し、アレクサンドル・ビュコックは思いもよらない別ヵ所で歴史に名前を残す事になる。そしてその売上は出版社経費を除き、全てが事業団体へ寄付された。

 

 

 最終巻あとがき

 

 "軍人とは結局の所、人を守るために人を殺す集団である。その集団の一人として数多くの人を殺してきた。今日、この時もそのような元人殺しを含めた人々を守る為に軍人という職業が存在している。いつの日か彼らが税金の無駄遣い・無用の長物としか呼ばれなくなる時が来ることを願う"

 

 

 

 アレクサンドル・ビュコックは老衰でその生涯を全うした。

 

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