優先度は ゲーム > これ なので夢中になれるゲームがある時はぱったりと途絶えます。はい。
拝謁を終えた三長官が控室に戻り、側近達が出迎える。のだが最後に入室してきたシュヴァルベルクが前の二人を追い抜き、側近達を突き飛ばすかのように払いのけ大足で奥に向かう。その空いた隙間をいつも通りの表情でミュッケンベルガーが通り過ぎ、シュタインホフが"ついてこなくていい"と仕草で側近達を制して後に続く。どうする? と目配せした側近達が仕方なく奥(の三人が座るテーブル席)が見える場所で待機し、その様子を見ていなかった給仕が何事もなかったかのように待機所から出てきてテーブルに飲物を置いて戻る。そこから何とも言えない沈黙が少し続き……
「あれはいったいなんなんだ!!」
シュヴァルベルクの怒声が試合開始のゴングとなった。
叫びと共に投げつけられたカップが砕け散る。一瞬思考が停止した側近達の中で最初に意識を取り戻した男が慌てて待機所に走り込む。怒声などが聞こえたのだろう、怯えている給仕達に対し
「君達は今、ここにいなかった。最初に出す物を出した後に指示を受けて部屋を退出していた。いいね」
給仕達が無言で首を上下にぶるんぶるんと振って慌てて控室から退出する。男は盆に念の為人数分のグラスと冷水を用意して元の場所に戻る。
「さて、どうする?」
盆を持ったまま金銀妖瞳の男が二人に尋ねるが反応はない。義眼の男はこっちを見る素振りも見せない。
「こっち(宇宙艦隊司令部)とそっち(統帥本部)の橋渡しをするのがあなたの役目のはずだが」
そう言いつつ金銀妖瞳の男、つい先日宇宙艦隊総参謀長に就任したオスカー・フォン・ロイエンタール大将がもう一人にさり気なくお盆を渡す。
「貴官をその職に就ける事で鎖を断ち切ったのはそちら(宇宙艦隊司令部)のはずだが?」
思わず受け取ってしまった盆を押し返しつつ統帥本部次長アーベントロード上級大将が応えるがロイエンタールは既に腕を後ろに回しており受け取らない。困ったアーベントロードが
「ここは場をわきまえない人に任せるとしよう」
とさらに横にいる義眼の男、軍務尚書首席補佐官パウル・フォン・オーベルシュタイン少将に盆を押し付けようとするが
「私はわきまえる時とわきまえない時を分けているだけですので」
と受け取る仕草を見せない。つまりは"こんな地雷を踏みに行かない程度の空気は読める"という事だ。
「そもそも」
奥を覗くと何かまくし立てているシュヴァルベルク、何か宥めるように仕草を見せているシュタインホフ、何も答えずに悠然と流しているミュッケンベルガーが見える。
「いったいこれはなんなのだ?」
二人を睨むように見つめるロイエンタール。この状況から考えるに多分この二人は何かを知っているはずだ。
「大体の予想はつく。この拝謁が終わったら話しても良いとも言われている」
視線をオーベルシュタインに向け、オーベルシュタインが軽く頷く仕草で"どうぞ"と合図をするとアーベントロードがかいつまんで事情を話し始めた。
その日の拝謁は第二次イゼルローン要塞出兵の結果報告ともいえるものだった。出兵艦隊の帰還後、報告まで一ヵ月もの時間を要したのはその内容が散々なものであり状況(言い訳)を整理する事に時間を要した事。何故かその後の人事が先に発令される事となり宇宙艦隊司令部の予定であり希望の通りとなってその手続きをしなくてはいかなかった事。ミュッケンベルガーとシュタインホフの予定が合わなかった事。色々な状況が重なってやっと拝謁となった。
「……という次第でございます」
シュヴァルベルクが重々しく総括を述べるが皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世は難しい顔をし、傍らに控える摂政リヒテンラーデも何とも言えない顔色を見せる。如何せん言い逃れの出来ない敗北。前回の試験が成功したので今回も何とかなるだろうという判断で行った今回の試験。欲をかきすぎた結果それが悪い方悪い方に転び、相手に要塞があるとはいえ一個艦隊に三個艦隊で挑み、要塞砲を撃たれてないのに相手の三倍乃至四倍の損害を被った。あまりにも"へっぴり腰"になってしまったので絶対量においてはそこまで大きな損害とならなかったが言い換えれば相手にはかすり傷程度の損害しか与えられなかったという事である。前回の結果、機が熟すまで断続的に損害を与え続けるという方針が認められたのだがその次がこれなのだがら目も当てられぬというものだ。
「わかりやすく言え。負けたのだな。やりたいと言っていたことが出来てないじゃないか」
齢一三とまだまだ幼いが色々な事を段々と理解し始めた皇帝は苛立った口調で問う。まだ細かい事は学んでいないが大きな事、重要な焦点は学んでいる。つまりは戦略目標、その出兵がいったい何を目的にしているのか? という視点、少なくともそこは理解して報告を聞こうと考えて臨んだ場で明らかに"難しそうな言葉で0点回答を誤魔化そうとした"と判ってしまったのだ。
「答えよ!!」
癇癪気味に立ち上がり、皇帝が睨みつける。
「陛下の叱責は当然の事。軍を預かる者として弁明の余地はありませぬ」
その言葉に皆の視線が集まる。発言の主、ミュッケンベルガーはいつも通りであるが周囲の者はその言葉の意味に少なからずの動揺が現れる。それをよく知るリヒテンラーデがさり気なく各々の顔色を確認し眉を顰める。このような状況になった場合、三長官は基本お互いを擁護する。いつも仲良しと言う訳ではない(むしろ仲良しの時の方が少ない)が軍全体の問題として何とか収めようと試みる。先帝フリードリヒ四世は大抵の事には興味を示さず、そのような擁護が発生した場合はリヒテンラーデが軽く口添えする事で「ならばそうなのだろう。良きに計らえ」でおしまい、となる。だが今回はなぁなぁで済ませられるとは思えない。
「然れども用意が終わりつつある次の作戦への撒き餌として今回の敗北は災い転じての言葉通り叛徒共を慢心、油断させる妙手となるでしょう」
ミュッケンベルガーが続ける言葉を聞いて周囲の空気が変わる。
「次の用意があるのだな、それは何だ?」
あっさりとその空気に吸い込まれた皇帝が話に食いつく。
「次期作戦について言上致します」
三人目の長官、シュタインホフがその概要を説明し皇帝はその場にて作戦の実行を認めた。
「待て」
アーベントロードはその場にいた訳ではなくやり取りは判らないが"恐らくこの次期作戦について言上したのだろう"。そのように述べた所でロイエンタールが噛みついた。
「聞いていないぞ、そのような作戦は」
「だろうな。話していないからな。嗅ぎ付けるかと思ったがこちらの防諜も捨てたものではない」
唸るようなロイエンタールの問いをアーベントロードがさらっと受け流す。
「それだけの事をやる為の現場の準備。どれだけ労力がかかると思っているのだ」
「安心しろ、人事を含め動員予定などは"既にこちらでほぼ決めている"。貴公はただその指示通りに実行するだけでいい」
盟友ミッタマイヤーでも見た事が無いかもしれない。ロイエンタールの額に青筋が浮かぶ。
「大規模作戦立案における三部門(軍務省・統帥本部・宇宙艦隊司令部)協調の協定を破るだけでも大事なのにそのうえ我々の本分をも侵害したというのか?」
大きな作戦は予算(軍務省)・戦略(統帥本部)・戦術(宇宙艦隊司令部)が整わないと実行できない。なので立案時から三部門が協力して行う事が不文律となっている。そしてその作業において戦術(宇宙艦隊司令部)作業の中心となるのが総参謀長である。彼は就任後、最初に行うべき大仕事を蔑ろにされ乗っ取られたのだ。前任の司令長官と参謀長がいるわけだしアーベントロードはつい最近まで参謀長の任にあったのだから必要な情報を引っこ抜いてくる事はお手の物とはいえ三部門の役割でいうのであれば完全な越権行為である。
「さて、流石に口を挟まんといけないか。気が重いが仕方ない」
ロイエンタールの相手をせず盆をもったままのアーベントロードが奥を確認する。シュヴァルベルクの"噴火"はある程度収まったというか怒鳴り疲れたのだろう、それでも何かを愚痴愚痴言っている。
「邪魔をするぞ」
その三人の虚を突くように後方より声がかかる。
「…………摂政殿」
振り向くといつの間にか杖を持つ老人、帝国摂政リヒテンラーデが立っていた。驚く三人を相手にせずリヒテンラーデがさらに奥を覗き込む。
「やはりというか司令長官はおかんむりといった所か?」
「そうではありますが……」
その回答を聞き、老人がハァとため息をつく。
「まず言ってはおくがわしも前々から矢継ぎ早に次は考えているが秘匿に、としか言われておらんかった。なので詳細を知らされる前に直接奏上し認可を受けてしまうのは予想外。ただ、司令長官の顔がな、知らんような素振りであったのでな。それを考えれば何かもめ事でも起きるのではないかと思ったが……」
「摂政殿はそれを調停に?」
アーベントロードが希望を見た様な眼差しでリヒテンラーデに問い、ロイエンタールもほっとしたような顔色になる(もう一人はいつも通り)。
「いや、内容を聞かされてなかったからの。早いうちにある程度は聞いておこうと思っただけの事。なので」
そう言うとリヒテンラーデは杖を傍らの壁に立て、アーベントロードが持ったままの盆を取り上げる。
「あの三人が揉めておるとお主らでは荷が重かろう。聞くついでに鎮めておくとしよう」
そういうと飄々と奥の三人の元に進んでいった。そして、
「いつまでもうだうだと言い合うものではないわ!!! 陛下に直接奏上し"やれ!"となったからにはわしらがどうのこうのできる事ではない!!! 決まってしまったのだ!! 腹括ってやれぃ!!!」
宥めるどころか火口が一つ増えた。
アーベントロードが"終わった"と呟き天を仰ぎ、ロイエンタールが大きなため息とともに視線を床に向け、いつも通りに見えているオーベルシュタインの視線は明後日を向いている。そうこうするうちにかの御仁は目的を果たしたのか諦めたのか、話を打ち切って場を後にする。
「あ奴らを宥めるのが若い方であるお主らの役目だろうが。しっかりやれぃ!!!」
最初の言葉は何だったのか? と視線で訴える二人(+なんだかわからない一人)を無視しリヒテンラーデはずんずんずんと退出していった。
「直接会話させて頂く機会はなかったのだが思った以上に"苛烈"な御方なのだな。帝国を治めるに必要な覇気というものか?」
一介の将官や艦隊司令官として何かしらの儀式的な場で拝見する事は多々あっても直接会話する機会には恵まれなかったロイエンタールが"意外だな"という表情で首を傾げる。
「そういう時もある、とは聞いていたがどれほどのものかは余り知らぬ。貴公が一番知っているのでは?」
アーベントロードが視線をオーベルシュタインに向ける。統帥本部も宇宙艦隊司令部も現実としては軍組織であり二人はトップでもないので行政との絡みは周囲が思っている以上に少ない。それに対して軍務省は行政組織であり尚書補佐官として辣腕を振るい各所や重要会議に顔を出すオーベルシュタインは逆に思っている以上に接点がある。
「確かに近頃は感情を荒ぶらせる事が増えている。お年を召して抑制が効かなくなってきたのだろうと周囲は言っているが先日の休暇後に調子を戻されてからは特に。元気になった分、活力がありすぎるのも困ると元帥が愚痴を漏らしていた」
思う所があったのかこの男にしては珍しい長話を(これまた珍しく)"やれやれ"という表情をやや浮かべて答える。恐らくその落雷のとばっちりを受けた事があるのだろう。そしてこのリヒテンラーデの退出が一区切りになったのだろうか次の退出者がやってくる。
「戻るぞ! あ奴らが決めたのだからあ奴らが責任を取ればいい。言われた準備はやってやるが後は知らん!!」
こちらも同じくらいには見せる事の無かった"憤怒の姿"そのままにシュヴァルベルクが大股で場を後にし、ロイエンタールが彼らしくもなくあたふたと周囲に頭を下げこれに続く。
「私達は少し頭を冷やしてから戻るから君達は先に戻りなさい」
奥からシュタインホフの声をかけアーベントロードとオーベルシュタインも退出する。これでやっと部屋は静かになった。
「いやぁ、大騒ぎでしたなぁ」
これこそ本当の"やれやれ"な顔となりシュタインホフがお冷を手酌で注ぐ。
「しかし…… これで良いので?」
普段のあたふたふわふわしたイメージとは違う鋭い視線をミュッケンベルガーに向けて問う。
「構わん」
こちらはいつも通りのむすっとした姿勢のままミュッケンベルガーが応える。
「決めたはずだ。負債は我々で負う、と。後々の為にあ奴をこれに巻き込む訳にはいかんのだ」
「一人、逃げてしまいましたけどね」
シュタインホフが思い出し笑いに近い表情を浮かべる。
「まったくあの老い耄れは」
ミュッケンベルガーから"はぁ"というため息が聞こえる。
「あれの事はもういい。残された我々にもう後はないのだ、言われた通り腹括ってやるしかあるまい。イゼルローンは来年中に落とす」
その為なら使えそうなものは使う。あの憎たらしい幕僚本部が持ち出したネタだとしてもだ。
イゼルローン要塞の奪回。それは失陥時の三長官(エーレンベルク、シュタインホフ、ミュッケンベルガー)が己に課した至上命題であり、留意されたからとはいえその失陥の責任として退役せずに籍を置き続けた理由でもある。ところがやれ内乱やらなんやらで奪回どころか手を付ける機会すら得られないまま一人がするっと逃げる事に成功し、残った二人は十分な防衛準備を整えたであろうイゼルローンとの対峙を余儀なくされる。やられたような奸計をやり返す事は出来ないだろうしやれる策も用意できなかった。だとしたら不可能と言われている正攻法で落とさねばならない。どれだけの犠牲を払おうとも、だ。
その期限は八〇一年を迎えるまで、と二人は考えている。そう決まっているという事ではないがその時が来ても現職に留まれるとは思っていない。八〇〇年の終了をもって帝国摂政リヒテンラーデは引退する事を既に表明しておりそれは皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世の親政開始を意味する。イゼルローン奪回には多大なる血が流れる事は必然であり、結果として陥落させたとしてもその血を流した責任と怨嗟は誰かが背負わないといけない。親政が開始されると名分や実態が何であれ大規模作戦は皇帝の直接命令で行われる事になる。正しき親政の再開を現在の改革の一つのゴールとしている以上、いきなり"これは例外で悪いのは~~だから"とするわけにはいかない。情けない話であるが先帝時代であれば"あの方ですので……"という暗黙の了解で矛先が向く事は無いがこれからはそうとはならない。そうしてはいけないのが本当の親政というものなのだ。だから彼らはそれまでにイゼルローン奪回を果たしその出血の責、そもそもの失陥の責を背負い身を引いて次世代に道を譲る。そう考えて強引である事を自覚しつつも事を運ぼうとしているし、その後の次世代を当事者としない様に振る舞っている。必要ならばその時だけ現場責任者としての職務を一時停止してこちらで握り、事が終わってから返還するでもいい。あれが持つ現場からの支持をなるべく傷つけずに奪回後の環境を渡す事が出来たらその後は悪い様にはならないだろう。愚痴は山ほど溢されるだろうが…………失陥から奪回までその一連の負債を背負うのは残った二人だけで十分なのだ。
エルネストですが、職場の空気が最悪です
この年齢で帝国中将となり、請われて宇宙艦隊司令部副参謀長という役職を拝命するのは非常に名誉な事であり新しい職場でさぁ頑張ろうという気持ちになるのが普通といえるのだが…………司令長官がその人徳をもって場を治めるはずであったこの司令部は異様なまでのピリピリとした雰囲気が続いていた。
「見積もりが甘い。この量で足りるはずがないだろう、もう一度計算し直せ」
今も横で参謀長ロイエンタール大将が幕僚が提出した資料を一瞥するや否や叩き返すように差し戻す。自分やロイエンタールと同じ時期に司令部に加わったその若手幕僚は暗い顔でとぼとぼと席に戻り始め、今や司令部唯一の良心回路となっているキルヒアイス大佐がその幕僚の元に歩み寄る。アドバイスなどを与えて少しでも負担を和らげる為だろう。自分も何か手助けできる事があればやりたいのだが現状の職務としては参謀長が裁決した内容を最終的にまとめ上げる事を命じられている為、それまでの過程に首を出す事が出来ない。
今、司令部では修繕完了間近のガイエスブルク要塞に対して行われている大規模訓練への動員・準備を終えて送り出し、その後の作戦の事前準備が開始されている。既に司令部関係者には第一級の機密命令が発せられ、これら作業について軍関係者を含め外部に発言する事はどれだけささいなものであろうとも禁止されている。それだけの状況である。自身も副参謀長として今行われている訓練と次期作戦の内容、関係について一通りの詳細は聞かされておりこの司令部の雰囲気を作り出したのがなんなのかは把握している。誰が好き好んでこのような仕事をしないといけないのだ、とは司令長官も参謀長も思っているのだろうがだからと言って手を抜いたり誰かに投げ出してしまうような事はせずむしろ何一つ不備の無い完全無欠の準備をしてやる、という気持ちと苛立ちが今さっき幕僚が味わった空気を醸し出している。(私生活問題を横に置けば)将来的に三長官になり得る才、と言われているロイエンタールが元々持っているはずの下への優しさはどこへやら、己が認める十二分な回答を持ってこないと叩き返している状況なのだから幕僚達も大変であろう。司令部の威厳を損なわせる対応をされた事への憤慨は判るのだがどこかでうまくガスを抜いてもらわないと後々まで響いてしまう。後でキルヒアイス大佐と相談して何か根回しをしておかねば、正直自分の胃も持たない。かなり好き勝手出来た前職場が少し恋しくなってしまう。あちらに交代として送り込まれたのはやや堅物といえるレンネンカンプ少将。慣れるまであちらも大変なことになってるだろう。
「時間があればまた彼らと飲みにでも行きたいものだが……口が滑ってしまうかもしれぬ」
思わずぼやいてしまい聞こえたのかどうなのか参謀長から睨むような視線が送られてきた気もするが相手にしない事にした。年長者の意地と言うものである。
ガイエスブルク要塞の修繕作業は順調に進み、要塞の復旧機能確認を込めた対要塞軍事演習が行われる事になった。
というのは建前であり正規一個艦隊及び多数の独立小部隊が動員されたそれは次の遠征に対する事前訓練であり、彼らは幸か不幸かその白羽の矢が立った者達なんだな、と周囲からは認識されていた。確かに間違いではなかった。ただ、その遠征方法についての認識が間違えていただけである。
「幕僚本部より派遣となりましたフェルデベルト少将であります。これより司令官閣下の補佐をさせていただきます」
「つまり君がこれからここの実質的な主となる"軍監殿"というわけだな」
吐きつけたようなカルネミッツの言葉を受けたフェルデベルトの額にひくひくする何かが見えたのか同席している艦隊関係者達が吹き出しそうになるのをこらえる。
「そ、それでは今回の訓練の主旨と今後についての説明をさせていただきます」
込み上げる感情を何とか抑えたフェルデベルトが仕事を開始する。こちらはこちらでひどい空気の中、その日に向けた準備が始まった。
「…………すまん。君を巻き込んでしまった」
「お気になさらず。事ここに至っては振り返ってもどうにもなりますまい。要は勝てばいいのです」
本音を言えば"どうしてこんなになるまで放っておいたんだ"とでも言いたい所であるが言った所でどうにもならない。だとしたら虎穴に入らずんば虎子を得ず、の通り前に突き進み手を噛まれても引かずに喉元に突っ込むしかない。
「ま、奴らも奴らなりに方法を考えている事だし、机上論にならんようにこうやって現場に確認や修正を依頼してきた。これだけの事をやろうとするんだ、本気で落とすつもりだろうしそれだけのものを用意している」
「後は我々の働き次第、かと」
その返答を受けるとガイエスブルク要塞司令官マクマン・フォン・カルネミッツ上級大将はグラスに酒を注ぎ、不幸にも巻き込まれたといえる艦隊司令官フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将に手渡す。
「それにしても何故小官だったのでしょうか? 艦隊司令官としてより腕の立つ者は沢山いるというのに?」
(他の少将連中と同じだ。あそこ(幕僚本部)にとっては失っても構わない駒だという事だ)
首を傾げるビッテンフェルトを見つめつつ、カルネミッツが冷たくもそう判断する。
皇帝の親政開始によりそのコバンザメとして復権を果たそうとするあの組織は軍における古き悪し伝統を持つ門閥貴族階層の最後の砦となっているのが実情である。だが、困った事に士官学校首席を何人も擁するくらいには才能もあり決して無能有害な連中ではない。その分だけタチが悪いと言えばそれまでであるが。そのような旧時代の者達にとって平民将官などというものは伝統ある貴族将官の不足を補う為に仕方なく登用するものであり彼らを不当な戦死から守る為に使い捨ててもいい駒なのだ。
といっても作戦目標を達成する為にも能力の低い者を使う訳にはいかず、この度の動員においても平民提督の中では評価が高く要塞司令官との個人的関係もあって見捨てて保身に走る事のないビッテンフェルトが指名され、小部隊を指揮する少将クラスにも過去においてミュッケンベルガー達が抜擢した優秀な候補者からこれまた失っても構わない平民を中心に集められている。その思惑は何であれ実際の所は指揮官クラスの質は高いし用意している小道具を含め出せる物はすべて出しており、本気であれを落とすつもりだし、文句を言えるような手に抜いた準備はしていないので手のひらの上で踊るのは癪であるが全力で挑むしかない。
「どうかね、状況は?」
ガイエスブルク要塞の一室、高級士官向けの個室でフェルデベルトが通信を入れる。このガイエスブルクに関する者達は全て機密保持として修繕開始より定期連絡以外の外信を禁じられているが彼はその対象外であり要塞の通信管制室からも彼の通信を伺う事は出来ない。
「今の所順調と言えるでしょう。各司令官達も協力的ですがこれはどちらかというと動員されると判った以上、少しでも勝率・生存率を上げる為だと思われます。理由はなんであれ足を引っ張る事ではないので特に手を加える予定はありません」
「宜しい。動かしやすくする為とはいえかの者が総司令官だ。上手く操れそうかね?」
「あれは自分がその器ではないとは理解してるようです。旧領復帰という手形一つでおとなしくしていますよ。ま、口約束ですが」
「気は抜くな。まがりなりにも積み上げた勲功があるから今の席に座っているのだ。少なくとも"机上の秀論"で出世した貴様よりかは遥かに実戦経験は豊富なのだぞ」
フェルデベルトが眉を顰める。まがりなりにも階級にして三つ上の存在ではあるが力量としてはそう注意される程のものではないと思っていたので実際に言われてしまうと不機嫌になる。画面の相手からしてみたら"そういう所が駄目なのだ。思うはいいが見える形で出すな"と言ってやりたい所だが変に拗ねられても困るので特に注意はしない。
その後、一つ二つと確認をして通信を終了する。
「あの若造ももう少し賢く振る舞う事は出来んのか……」
通信をしていた主、幕僚本部次官兼首都防衛艦隊司令官であるグライスフ上級大将がこめかみを押さえながら呟く。
つかみどころのない幕僚総監クラーゼン元帥が自主的なリアクションを起こさない分、この次官であるグライスフが実質的な幕僚本部の主となってそれなりの期間が流れている。艦隊司令官や宇宙艦隊参謀長などの職を歴任した彼は三長官候補にも上がったがあの三人(エーレンベルク、シュタインホフ、ミュッケンベルガー)の壁を破れぬうちにその次の候補からも外されここ(幕僚本部)に辿り着いた。だがここを終わりの地にするつもりもなく三長官が放り出した人材を取り込み、教育し、相手にされないうちにそれなりの派閥としての形を作った。あとは現状をうまく利用して彼らを追い落として仲間達を要所に送り込めればこちらのものである。のだがあの厄介な代物(イゼルローン)だけは尻拭いしてもらわないと困る。三長官の残り二人が身を引いてその席を奪い取ってもあれの相手をさせられるのは勘弁である。なので彼らの責任であれを攻略してもらい、その功をもって肩を叩き、その席を頂く。それでいい。だからこうやって"協力"して舞台を整えてやっているのだ。
「成功しても失敗しても奴らにその後の席は無いのだからな。ならばせいぜいこちらの役に立ってから身を引いてもらいたいものだ」
(古き良き親政に戻るのならば、軍も古き良き伝統を取り戻さねばならん。「高貴なるものは義務を負う」という奴だ)
それは紛れもなく門閥貴族が考える良き社会、そのものであった。
「準備の程、全て終了しました」
「ご苦労。発動は年が明けてからなので少し間が入る。どうせ年始から休めんだろうから各自今からでも早めの年末休暇を消化しておく事だ」
宇宙艦隊司令部にて、次期作戦の事前準備が全て完了した。必要な物資等の集約は完了し、事前に送り出せるものはアムリッツァ星域の前線基地などに定期便に紛れて移動させる。後は正式な発動を待つのみだ。
(まったくまずい"戦"をしてしまったもんだ)
一区切りついた宣言が出てほっとしたのが少しは緊張感が和らいだ周囲を見渡し、シュヴァルベルクが思い起こす。
シュヴァルベルクとロイエンタールの"イライラ"は結局収まる事なく今日まで来てしまった。少しは落ち着かねばならぬとはお互いに意識していたがその職務故に度々三長官の会合は開かねばならないしその中で次期作戦についての色々な指示(本来は宇宙艦隊司令部で決める事についての実質的命令)を受ける事でそのイライラはぶり返す羽目になる。その内、そのイライラに付き合うしかない幕僚達のストレスが限界に達し、衝突に近い抗議を受ける羽目になり本来は潤滑油になるべきキルヒアイスが「申し訳ありませんがこの度に関しましてはこちら側とさせていただきます」と幕僚側に立って意識の改善を求めた事により空中分解寸前になってしまう。
「いい加減にしなさい!!」
これまではなにかというと蚊帳の外に近かった副参謀長メックリンガー中将が最初にブチ切れる(半分演技・半分うんざりからの本音)事で場が白けてきってしまいお流れとなったがそのままこの年末近くの作業完了まで流れ込んでしまった。それでも予定の時期よりほんの少し早く終わったのは彼らの実力であり意地といえる。
イゼルローン要塞。それが主を変えていつの間にか三年以上の年月が経過していた。失陥当初より各地から上がってきた奪回への圧力は同盟軍による侵攻という現実をもってピークとなり、内乱をもってそれどころではなくなった。そして帝国内に安定が訪れ始めた時、その世論は再び熱を上げ各界の圧力を抑える事も限界が近づいてきた。失陥からの一連の騒動はこれをもって終わらせて次の時代へと移る。当事者高官達はそのつもりであった………………
そして宇宙歴は八〇〇年を迎える。