No.70 要塞対要塞
戦艦一隻と巡洋艦数隻を含む少数の哨戒部隊が回廊を通過し帝国領内に進入する。
前年より開始された帝国軍によるイゼルローン要塞攻撃に伴い、回廊出口周辺に用意されていた同盟軍哨戒網はあっけなく壊滅した。この哨戒網自体が帝国のやり方の模倣であり十二分な検証をせずに構築した代物だったので一旦壊滅して頭を冷やした後は「落ち着いて迎撃準備が出来る程度の位置で捕捉できれば何でもいい」という当たり前の発想に戻り、駐留艦隊を活用した哨戒部隊の定期巡回というありきたりな活動を行うようになった。
面白い事にこの哨戒行動において同盟・帝国の両部隊が遭遇するポイントというのは波の満ち引きのように近くなったり遠くなったりするもので、宇宙歴八〇〇年二月に入ってからは帝国側がやや押し気味という情勢で同盟軍哨戒部隊は回廊を出ると三日と持たず遭遇して引き上げるのが常であった。
「前方に反応!!」
「早すぎやしねぇか? まだ出て半日も経ってないぞ、新記録かこれは?」
戦艦の艦長でありこの哨戒部隊の部隊長でもある大佐が転送された情報を見ながらぶつぶつと呟く。
「大当たり、だ。距離にしては反応が大きい、艦隊規模の可能性があるな。第一種戦闘配備、ぎりぎりまで接近して規模を確認するぞ」
部隊が素早く散開し相互確認できるぎりぎりの距離を保ち接近を開始する。距離を空けるのは集中砲火で一網打尽にされない為だ。
「先陣に一個艦隊規模、その後に更に大規模。合計で三個艦隊規模と推測されます。その後方にさらに……さらに…………?????」
「さらに何だ! 物事ははっきり報告しろ!!」
「最後尾に大質量反応。……推定…………四〇兆トン????」
「なんじゃそりゃああああああ!!」
艦長の叫びは間違いなく全員の心境を代弁していた。
宇宙歴八〇〇年二月一八日一七時〇〇分
「申し訳ありません。遅れました」
「構わん、席についてくれ」
同盟軍宇宙艦隊司令部ビルの大会議室。これで前線駐留艦隊を除くすべての艦隊及び独立分艦隊の司令官達が揃った。即応部隊として待機となっている司令官も駐留施設から最速でやってきた。
「出撃準備はどうなってる?」
「規定通り進行中。完了次第出発可能です」
「同じくであります」
宇宙艦隊司令長官ウランフ大将の問いに現在の即応部隊であった第一艦隊司令官コナリー中将と第二独立分艦隊司令官グエン・バン・ヒュー少将が手短に応える。
「艦隊は準備が完了したら先に出発させる。貴官達はすまないが後追いで追いついてくれ。数日程度は足の速い旗艦なら現地に着く前に追いつけるはずだ」
「「了解です」」
「では」
召集主であるウランフが全員を見渡して宣言する。
「今回の帝国軍の襲来について、だ。ご苦労な事に想定外のデカブツを持ってきた。事前に可能な限りの情報共有や事前対策を行いたい。疑問点があれば遠慮せずに確認するように。その為の場だ。では参謀長、状況の説明を」
「はい」
指名された参謀長ヤン・ウェンリー中将が立ち上がる。
「遭遇は約七時間前の本日一〇時頃、位置は回廊帝国側出口より約半日の地点、イゼルローン要塞からは約一日弱程の距離となります…………」
ヤンが状況を淡々と説明する。艦隊は推定三個艦隊約四万隻。そしてその後方に推定四〇兆トンの建造物、平たく言えばイゼルローン要塞の如き代物が追従。イゼルローン要塞総司令パエッタ大将は直ちに非常事態を宣言、後方基地駐留のカールセン少将率いる第四艦隊(七八〇〇隻)に出撃を命じると同時に宇宙艦隊司令部に後詰を要請。それに応えて第一艦隊及び第二独立分艦隊の合計一五〇〇〇隻に出撃命令を発令。更なる動員の可能性等を含め本日中に状況の整理報告を国防委員会に行う為に臨時会議(今やってるこれ)を各司令官等を中心に集めて実施。
「帝国は要塞規模の質量をもったものをワープさせる技術を確立したようです。といっても理論上出力を大きくしてそれを制御できれば飛ばせるサイズも大きく出来ます。恐らく既存技術の発展型なのでしょう」
「理屈は判るが"まさか本当にやるとは思わなかった"というタイプの技術だな」
誰かが突っ込みを入れて思わず何人かが吹き出してしまう。
「この要塞ですが帝国内における既存要塞として"ガイエスブルク要塞"及び"ガルミシュ要塞"がサイズ的に該当していると思われますが頂いた情報などによりますと」
ヤンが視線をアイゼンフートに向けて、彼が静かに頷く。
「ガイエスブルク要塞がイゼルローン要塞と同様の戦闘用であり、ガルミシュ要塞は要塞砲を保持しておらずどちらかというと大規模駐留基地といった役割との事で前者が到来しているものであると推測されます」
ヤンが横に控えるフレデリカに目配せすると彼女が何やら端末を操作し、会議室のスクリーンにイゼルローン及びガイエスブルクの両要塞の概要が表示される。
「御覧の通り、基本スペックの数値だけで考えるのであれば全体的にイゼルローン要塞が上回っておりますが現実として対峙した場合どうなるかは完全に不明です。そもそも要塞砲に耐えうる外装など存在致しません。もし最初の一撃が相手要塞砲の重要施設に命中した場合、反撃が不可能となり一方的に破壊してしまう可能性すら考慮せねばならないでしょう」
流石に会議室がざわめく。要塞の外壁に穴を開けるとかいうレベルではない"要塞が壊される"という未知への遭遇なのだから理解の範疇を越えている事は想像に難くない。
「帝国軍はなんだ……イゼルローンを奪回したいのか? 破壊したいのか?」
誰かが声を上げて皆が"う~ん"と考え始め、周囲と小声で会話をし始める。会議中ではあるが一種のブレーンストーミング的な場と考えていたウランフはそれを止める事はせず流れに任せる。その中で周囲とは違う所を見つめていた人が挙手をし、発言を求める。
「どうしたアッテンボロー、お前らしくもない。言いたい事があれば言ってしまえ」
挙手をした男、第六艦隊司令官アッテンボロー少将を見てウランフが催促する。
「では。ヤン先、失礼、ヤン参謀長。何か皆とは違う考えがおありの様な顔をなされてますが何か思う所があるのでしょうか?」
その一言に皆の視線が集中しヤンが鼻先をぽりぽりとかく。"めざといなぁ"と聞こえないように呟くとふ~っと息を吐いてから言葉を発する。
「もし帝国軍がイゼルローン要塞の完全破壊を試みるのなら初手にガイエスブルク要塞を持ってくる必要はないと思います」
「しかし要塞砲以外でどうやってイゼルローンを破壊するのだ?」
当然ながらそういう意見が上がる。
「やり方としてはまぁ、先の内乱の際に長官が行った手段と同じようなものです」
そこまで言ってヤンは一寸考えるようなそぶりを見せる。どこまで言ってしまっていいのか判断がつかないといった様子である。
「ん? 俺のやった事か?」
ウランフが顎に手を当ててその時の事を順々に思い出す、そしてある事に気づいた時、手はそのままに口があんぐりと空く。
「いや、まさか、だが、要塞をワープさせられるんだ……つまりは要塞砲の一発や二発で壊れないデカ物ならなんでもいいという訳か」
ウランフがそこまで呟くのを聞いて周囲の者も答えが何であるかを悟る。
「長官や皆さまが思いついた通りです。人道といったものを無視するのなら手頃な大きさの隕石なりをもってきてぶつけてしまえばいいのです。一つだと妨害が怖いとならば二つでも三つでも。全部壊した後に今度こそガイエスブルクをワープさせて蓋をすれば回廊奪回完了です。その後、最新の要塞を再建造するなり他の要塞も持って来て総合的な防御力を高めればいい」
「ならばなぜ帝国はそういう手を使わなかったのか? だ」
ウランフの言葉に皆の注目が集まるがそれを気にせずに言葉を続ける。
「一つは帝国側にそれに気づいた者がいなかったいうパターン。そしてもう一つは何かしらの理由があってそれが却下されたか、だ。アイゼンフート少将」
「なんですかな?」
ウランフの問いにアイゼンフートが応える。
「貴官が帝国にいた時、帝国軍の幹部なりとの面識はあったのだろうか? 人なりが判るのであれば"その手を使うかどうか? "という点について何か思い当たる事はあるだろうか?」
皆の視線が集まる中でひょいと両手を上げておどけて見せる。
「私が直に対面した事があるのは当時は司令長官、今は軍務尚書であるミュッケンベルガー元帥のみ(※1)。あの御仁にその判断に関する決定権があるとしたら……その手は取りませんな。そこまで非道な事は出来ぬ人ですしなによりも奪われた者として奪回せねばならんでしょう。面子の問題があります。他の者についても同様かと」
「それだけ判れば宜しい」
ウランフが発言を止める。
「それに備えて対策は練っておくように向こうには伝達する。こちらでも対策は考えるが……実物の情報が無い限りどうにもならんな」
「いえ、あれだけの大物になると一つの推進器で動く事はないでしょう。複数を均等に配置していると思いますので一つ壊せば制御不能になって少なくとも真っすぐには進めないかと。後はその一基のサイズを事前に確認して破壊できる火力を用意しておけばいいでしょう」
「お、おぅ」
あっけらかんと応えるヤンに何とも言えない表情となったウランフが間の抜けた応答をする。
「何か……付け足す事はあるか?」
ウランフの問いに少し首を傾げてからヤンが応える。
「"超巨大質量兵器の運用に関する協定"をフェザーン経由で帝国と結ぶべきかと。これを禁止にしないとお互いにイゼルローン回廊の最狭部を焦点とした"それ"を多数配置して何もできなくなってしまいます」
ウランフが大きなため息をついて額に手を当てる。
「君はそういう男だったな。とりあえず今の戦いに直接関係ない事は横に置いておいてくれ。初動が終わったらひたすら待機の時はくるからその時に今後起こり得る事の想定と対策をひたすら考えて資料化したまえ」
「話が飛躍し過ぎてしましました。申し訳ありません」
ちょっとイラっとした反応を受けてヤンが謝罪すると"うん"とウランフが頷き、両手をポンと軽くたたいて軌道修正をする。
「よし、話を戻そう。迫りくる敵に対する戦術的対応についてだ」
第一回目の会議が終了し会議室は閑散となっている。まとめられた情報は既に第一報ととしてイゼルローンへの送信が実行されており、明日も会議を行い明後日には後詰艦隊の司令官が旗艦で追いかけ始める。
「課題は山盛りだな」
「はい」
他の人達はともかくこの数日は最低限の仮眠だけで過ごす事が確定しているヤンとチュンが会議で出た課題を書き出したボードを目の前に立ち尽くす。
「ガイエスブルク要塞が存在する意義はイゼルローン要塞の牽制。実質的な要塞砲の無効化。こちらから撃つのは控えるとしても撃たれたら撃ち返さないといけない関係上その照準システムなどは常にそっちに向けておかなくてはならない。それを前提にどれだけ敵軍はイゼルローン周辺に展開を行うか? だ」
「ただの波状攻撃に使う、というのは芸が無いですからね」
"両要塞が回廊の外壁に寄らない中心部に位置して相対したらその間が全部危険ゾーンになってしまい艦隊が動けるスペースがなくなる"という当たり前の指摘から開始された会議後半の戦術的展開。平たく言うと
"推定四万隻の帝国軍艦隊はどこにどうやって展開して動くんだよ。その為にガイエスブルク要塞は何処に位置取るんだよ"
という問題である。相手がどう動くつもりなのかが想定できないと予定している後詰が足りるのか足りないのか、特殊な工作部隊などが必要になるかの判断が出来ない。だからといって手当たり次第に送り出す訳にもいかない。敵が交戦エリアに進入してきたら電波妨害で現地とのまともなやり取りは不可能になる。駆け込んだけど~~が必要だった、とならない為にもあらゆることを想定して早急に送り出す必要がある。
「まぁ、有難い事としたら今回のこれをしのぎ切ったら二度目はない事かな?」
「そうであってほしいものですね」
翌日からも会議は続くがその頃にはもう敵の電波妨害の範囲内に入ったのかイゼルローン要塞との連絡は不可能となり通称早馬と呼んでいる連絡システム(※2)が本格稼働を開始するのだが上手く連絡が取れずにやきもきする事となる。そして後詰艦隊を追いかけるように艦隊旗艦が早朝出発した二月二〇日の一六時〇〇分、イゼルローン回廊同盟側出口の連絡艇駐留施設からの通報が届く。
"帝国軍艦隊、回廊出口付近まで展開。機雷敷設を開始している模様"
後詰第一陣の到着までまだ一週間以上の時を必要としていた。
二月一九日 一〇:〇〇 イゼルローン要塞総司令部
「こんな所までわざわざご苦労な事だ」
スクリーンに映し出される"それ"を眺めてパエッタ大将が思わずつぶやく。
(常識の範囲内での戦術指揮ならばいくらかの自信はあるがここを預かった初戦がよりによってこれか)
心で愚痴をこぼしつつ手元の受話器を取る。
「艦隊の出撃を。位置は事前の確認通りに」
「承知した」
アップルトン中将が指揮する駐留艦隊が出撃を開始し、イゼルローンの裏側で陣を整え始める。
「さて」
総司令部を見渡し、パエッタが語り始める。
「あのようなものを繰り出したからには中途半端に帰る事はないだろう。敵艦隊の数も数だ、白黒はっきりつけるには後方基地だけではなくて本星からの後詰も計算に入れなくはならなん。こちらが攻め手だった時代を含めても最長期間の籠城戦となる。まずは負けない事、そのうえで如何に相手を戦力的・精神的に疲労せしめるか、だ。諸君ら一人一人の頭脳、分野が必ずどこかで必要となる。各々、己の領分において全力で挑んでもらいたい」
「敵要塞より入電。通信を求めています」
全員の視線がパエッタからオペレーターに移り、一息してパエッタの方に戻る。
「かまわん、回せ」
パエッタはそう言うと立ち上がり相手が映し出されるであろうスクリーンの方を向く。
「さぁ、始めるとしよう」
「銀河帝国軍ガイエスブルク派遣軍総司令官マクマン・フォン・カルネミッツ上級大将である。貴軍に対して降伏を勧告する」
「自由惑星同盟軍イゼルローン要塞総司令官リッチモンド・パエッタ大将です。降伏を拒否致します」
スクリーン越しに気難しい顔で向き合う二人だが先にカルネミッツの顔が崩れる。
「ま、そうなるでしょうが一応形式にはのっとったほうがいいと思いましてな。最初で最後であってほしい宇宙要塞同士の直接戦闘、勝とうが負けようが歴史に名前は刻まれる。何かしらの記録は取っておくべきかと」
「それに巻き込まれる将兵にとってたまったものではないですがな」
「確かに。だがやらねばならん。色々なものがかかっているのですから」
「迷惑ですな」
「それはそうですが……はぁ」
何かを言いかけたカルネミッツが何かに視線を動かして直ぐに戻す。
「どうやらだらだらと話合う訳にはいかぬようで」
「当然です」
「では、ご武運を」
「お互いに」
「余計な事はなさらないで頂きたい」
通信が切られるや否やフェルデベルト少将が詰め寄る。
「形式通りの通達をしてそれでおしまいでいいのです」
"まったく立場というものを"と続く愚痴を耳の片方から片方に止める事無く流しきってカルネミッツが手をひらひらとさせる。
「いいからいいから。挨拶終わったんだからさっさと動くべきだろうに」
適当に相手をするカルネミッツにフェルデベルトが睨みつけるような視線を向ける。最初の頃は周囲も事ある事にこうなる二人にあたふたとしていたがもう諦めたのか誰も口出しをしなくなった。
「では、司令官閣下、命令を」
こういう時だけ丁寧にフェルデベルトが指示を促す。こちらの意向に沿わない事は許さない。しかし命令を発するのは自分ではなく貴方。責任は貴方。成果はこちら。周囲がどう思おうが"陛下を輔弼奉る直属幕僚たる我々(幕僚本部)からの要望"という立場は崩さない。
「全部隊に通達。行動を開始せよ」
二月一九日 一〇:一五 帝国軍第三次イゼルローン要塞奪回戦が開始された。
※:1
両国共に流石に政府閣僚や軍最上位役職者は公知するのでフェザーン経由で把握は出来ている。
※:2 早馬
イゼルローン回廊同盟側出口付近に用意された連絡艇駐留施設を使った伝達手段。電波妨害範囲外の施設から要塞間を片道半日かけて連絡艇を走らせて情報のやり取りを行えるように準備している。