偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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 おっひさ~~~!
 辞めたわけじゃないよ。ただ、これ以上にやりたい事が多いだけ。


No.71 閉塞回廊

 潤沢な兵力は選択の幅を広げるものであるが時にはそれが足枷となる場合もある。このイゼルローン回廊というのがまさしくその舞台であり潤沢すぎる兵力は寧ろ邪魔となり戦術面でマイナスとなる。過去に同盟軍がイゼルローン攻略の為に動員したのが数万から最大で五万隻届くかどうかであるのはあの回廊で運用できる限界であると判断していたからである。予算や長期展開に伴う補給の継続という問題を考えなければさらに大規模の動員は可能であり実際に侵攻作戦では動員されたのに当時そこまでの動員を行わなかったのはそういう理由である。大量動員でイゼルローンが落とせるのなら余裕のある時期にやっていたであろう、という説すら当時から語られていた。人的損害等の政治的問題さえクリアできれば、であるが。

 それら過去の経験が蓄積されている同盟軍にとって要塞という行動範囲を縮める要素と推定四万隻という艦艇数は戦術面においてその恐怖心はさておきどうやってそれを活用するのか? という疑問心の方が大きくなる代物であった。戦術面における(常識の範囲での)選択肢は狭まっている。接触直前に滑り込んだ連絡艇によって宇宙艦隊司令部の初期判断・情報等を入手したパエッタは一旦それを前提に対応を行った。結果としてはその想定は早期に崩れ大筋で帝国軍の予定にそのまま乗ってしまうという形になったが後悔はしなかった。少なくともある程度常識的な対応でやり取りできる戦術合戦と言える籠城戦となったからである。

 

 

 

「帝国軍、移動を開始しました」

 

 約二〇〇万km先のいわゆるD線よりかなり先で帝国軍は二手に分かれる。イゼルローンから見てガイエスブルクは右へ、艦隊は左へ。これは同盟軍の宇宙艦隊司令部やイゼルローンの司令部なども予想通りの動きである。そうでもしないと二方面からの攻撃は出来ないのだから。その二手がそれぞれの壁際に到達すると壁に沿って前進を開始する。艦隊はD線手前で停止するが要塞は、

 

「ガイエスブルク要塞、進路をこちらに向けてさらに前進」

 

 左前方四五度といったあたりで停止した艦隊と違い方向転換したガイエスブルクはイゼルローンへの接触方面へと更に前進しあっさりとD線を越える。それに対してイゼルローンは沈黙しその後方で待機していた駐留艦隊はイゼルローンを盾にするように移動し敵艦隊前方エリアへ進む。

 

「敵要塞、こちら(イゼルローン要塞)に向かって前進を開始。推定距離一七三(万km)」

 

「いつでも反撃出来るように照準は可能な限り合わせておけ」

 

 パエッタの命令が各所に伝達される。

 

「それにしても不便なものですな。"要塞主砲がここまでも当てられないもの"だったなんて攻略前には思ってませんでしたよ」

 

「しかも今回は"直径たった六〇キロの豆粒"だ。狙うのも苦労するだろう」

 

「こっちからしてみたら相手の方が小さいので更に苦労しますがね」

 

 パエッタと要塞司令官ヴォーバン・プレストル中将が軽口をたたく。

 

 "要塞主砲は当たらない"

 

 同盟軍がイゼルローン要塞を攻略し、実際に運用してみて判明した純然たる事実である。

 

 

 イゼルローン要塞主砲「雷神ハンマー」の有効射程は同盟軍が認識していた約二〇〇万kmでほぼ間違いはなかった。秒速約三〇万kmの光ですら六秒半かかるその距離は"狙う"にしてはあまりにも遠い距離になる。二〇〇万km先を狙った照準中心点が角度にして一度ズレた場合、その中心点は約三.五万kmズレる(※1)。三五〇〇〇kmである。六〇kmの豆粒を狙って一度ズレたらその約六〇〇倍の位置までズレるのである。〇.〇〇一度なら約三五kmなのでかなり至近にはなるが中心点からは外れている。当然ながら要塞は宇宙空間に完全固定は出来ず絶えず動いている。主砲発射に伴う衝撃によるブレもある。どうやってそれを数十km如きの豆粒に当てろというのか? 

 

 

「要塞左前方D線前衛にこちらと同規模の一個艦隊。残りはその後方に分散して待機している模様」

 

 オペレーターの報告にパエッタの眉がぴくっと動く。

 

「艦隊も要塞共に待機、だが撃たれたら撃ち返せ」

 

 要塞と艦隊、スクリーンに映るそれらを黙って見つめる。

 

「敵要塞、距離一〇〇を切りました」

 

「……撃ってくるか?」

 

「ここまで詰めて来たからには撃ってくるでしょう。ここまで露骨ならいっその事先制しますか?」

 

「当てれるか?」

 

「照準能力は互角以上だと思いたいものです」

 

 パエッタが一瞬考える。イゼルローンを鉄壁とする流体金属層はその対価として"中から直接外が見えない"という笑えない欠点を抱えていた。今、当たり前のようにスクリーンに映し出されている映像も、要塞砲管制室がいつでも撃てるように調整している照準も、光学なり電波なりの外視ユニットを浮上させて情報を得ている。要塞砲照準用のそれは今回、対象が極めて小さい要塞であり外す事が許されない為に規定より多数の動員を行い精度を確保している。となると当然ながら他方向へのそれは所在監視レベルと割り切っての運用となっている。艦隊には事前に"恐らく要塞砲による支援は行えない"と伝えてはいるし、敵もおおよそながらその内情を把握しているであろう。

 

「よし、撃つか」「敵要塞に高エネルギー反応!!」

 

 パエッタが少し考えて判断するもその前にガイエスブルクは準備を整えてしまったのか先制の一撃を発射する。ある意味、考えてしまって良かったのかもしれない。準備中に被弾して誘発するよりかはマシだ。

 はるか先から一つの光線がこちらに迫って来るのが見える、時間にして約二秒を有したそれは流体金属を吹き飛ばし、特殊表面加工処理を施した複合装甲外壁を打ち砕き要塞内部に到達する。要塞全域に爆発と振動が響き渡る。

 

「撃ち返せ!!」

 

 振動が収まらぬうちにパエッタが叫び、要塞司令官が発射シーケンスを開始する。

 

「RU七七ブロック破損!」「応急班、対応せよ!! 事前想定から外れた事象については(報告を)上げてこい!!」

「主砲のトリガーは?」「任せる! 異常が発生していなければ準備次第撃て! 以後、撃たれた分だけ撃ち返せ!!」

「敵艦隊前進を開始」「艦隊が対応せよ! 勝つ必要はない、負けるな!!」

「敵艦隊後方部隊……分散して外壁沿いを移動開始、後方に抜けるルートです!」「  」

 

 次から次へと即答していたパエッタの口が何かを言おうとしてぱくぱくと動かし視線をスクリーンに向けると報告の通り、敵艦隊後方に分散待機していた部隊が移動を開始している。敵艦隊の前進は攻撃というよりも支援の為の牽制だろう。

 

(乗るか、逆らうか、乗るか、逆らうか…… いや、現状で敵艦隊が"これだけ"という事は……)

 

 長考に入ってしまいそうになった自分に気づき慌てて頭を振り邪念を捨て去る。

 

「移動している敵部隊は一旦無視、こちらの艦隊はそのまま敵艦隊を拘束せよ。待機している連絡艇は直ちに発進、後方を塞がれる前に現状の情報を少しでも本土に届けろ」

 

「エネルギー充填完了、照準良し。撃ちます」「撃て」

 

 今度はイゼルローンからの光がガイエスブルクに突き進み、同じように外壁を打ち砕く。

 

「命中を確認。照準作業継続し敵が再発射した場合は応戦します」

 

「それで良い」

 

 ふぅ、とパエッタが息をつく。ガイエスブルクから主砲発射から少し時間は経過しているはずだが一瞬のように思える。

 

「要塞と要塞、主力艦隊と主力艦隊、上陸支援部隊と砲台、上陸部隊と防衛部隊」

 

「がっぷり四つですな」

 

「だが、詰めが甘いな」

 

「甘い?」

 

 ここまでやっても甘いとは? ヴォーバンが首を傾げる。

 

「奴らは危険を冒して要塞の裏に回った、予定通りの行動だろう。だがこれを最初からやると決めているのならもっと艦隊を動員するべきだ」

 

 あぁなるほど、とヴォーバンが頷く。イゼルローン要塞の片面(帝国方面)しか使えず、さらに自軍要塞(ガイエスブルク)もあるから推定四万が多いと考えたが裏も使えるとなると話は別だ。

 

「対駐留艦隊に一個、対砲台に一個、二~三個でこちら(同盟側)の出口を塞ぐ。なりふりかまわぬとするならこれくらいは追加するべきだ。外壁際を全速で駆け抜けるなら他を無視して主砲を向けても一万削れるかどうかだ。用意する数としては十分」

 

「そこまでやらないから"甘い"と」

 

「そうだ」

 

 パエッタがゆっくりとコーヒーを飲む仕草を見せるが視線は各スクリーンを絶え間なく移動している。

 

「後は敵のそれ(増援)が来ない事と味方のそれが来ることを祈るのみ、ですか」

 

「そうあってほしいものだ。詭計奸計の類は苦手だからな。ただの戦術合戦に落とし込めるのであれば、艦隊だろうが要塞だろうがなんとかしてみせる。それしか俺に取柄はないのだからな」

 

 

 

「遅延部隊、発信しました」

 

「ではこちらも最終準備を開始しましょう」

 

 帝国軍イゼルローン攻略本隊。約二五〇〇〇隻の各種艦艇は乗組員全員の寿命を縮めながら回廊外壁際を駆け抜けイゼルローン要塞の裏、同盟領側方面への回り込みに成功した。理論上大丈夫(※3)と言われていても怖い物は怖いが結果として何一つ妨害はなく、無傷での通行だった。その後、同盟側出口方面への"遅延部隊"を送り出し、本隊はやるべき事を開始すべく動き始める。

 

「ここまでは順調ですな」

 

「はい」

 

 攻略本隊の宇宙艦隊側の総責任者であるヴァンデグリフト大将に装甲擲弾兵側の総責任者であるルントシュテット大将が歩み寄る。対惑星強行揚陸作戦の専門家という前者と装甲擲弾兵副総監として長きにわたり組織を取り仕切って来た後者(※4)という目立たない苦労人ペアである。

 この攻略本隊は数は多いが寄り合い所に近い集団となっている。一〇〇〇〇隻程の無人艦とその統制艦からなる対砲台部隊、強行揚陸艦隊とその直掩、遅延部隊と工作隊、遊撃部隊、数百から多くて二〇〇〇隻程の部隊多数で成り立っている。艦隊規模の敵を相手する事を想定していない編成である。故に正規艦隊に所属していない小部隊(再編中の正規艦隊の卵)から優秀だが"失っても惜しくはない平民の"司令官を中心に十分な練度を持った部隊が指名されている(指名したのは作戦の基本立案をした幕僚本部)。そしてこの二人の大将が総元締めとして貧乏くじを引かされた。尚、両者共に(そこに所属していない者は大抵そうなのだが)口うるさくなった幕僚本部の事を嫌っている。しかし、やれと言われたらやらねばならぬ。困った事にそれなりに計算されており見込みも十分にある作戦でもある。

 

「各部隊準備完了しました」

 

 その報告にヴァンデグリフトが"はぁ"と溜息をつく。妨害が全くなかったとはいえ予定より早い準備完了は優秀な各部隊司令官達の賜物だ。しかし彼らの一定数はこの戦いで磨り潰される事になる。

 

「攻撃開始」

 

 三度目の実戦となる無人艦部隊の突入が開始される。予め待機していたであろう浮遊砲台が姿を見せ、遊撃部隊を中心とした非無人艦部隊からの遠距離支援攻撃も開始される。二月一九日 一九:〇〇、ガイエスブルク要塞が同盟軍に感知されてからまだ三三時間しか経過していないはずの時間である。

 

 

 

「……という事だ。貴官はそのまま救援に向かってくれ」

 

「わかりました。では」

 

 通信が切られ彼、第四艦隊司令官ラルフ・カールセン少将はどすっと席にもたれかかる。何度も練習したやり方そのままに彼の艦隊はイゼルローン要塞への救援に向かっていた、はずであった。出撃して早々、敵がイゼルローンの裏(こちら側)に展開を開始したとの連絡が入った。その後、明らかに出口方面に封鎖を目的とした小部隊が進出しているとの追報が入り、その後に敵部隊襲来の連絡と共に連絡拠点である基地からの通信が途絶えた。イゼルローンと首都の連絡を補助する中継基地、同盟側出口付近に設けられたそれのあっけない消滅である。

 更に最悪な事にその数日後、同盟領内の航路監視システムは一〇〇〇隻程度の帝国軍部隊を観測した。それも二箇所で。連絡拠点を潰した部隊が更に押し込んできた事は明白である。これに対して近郊の地方行政から悲鳴のような要請が政府中央なり軍の方面軍司令部なりになだれ混む。イゼルローンの確保によって去ったはずの恐怖再びである。これらの地方は一昔のような帝国軍の襲来を前提とした兵力配置等は行われていない。更に都合が悪い事にその一昔には当たり前のように行われていた物資備蓄も行われていない。帝国領侵攻作戦で帝国領にそれが無かったのと同じ、と言えなくもないが帝国のそれは"油断"であるが今回の同盟は油断はしていない。ただ単に予算が足らず、侵攻作戦の際に根こそぎ持っていかれたそれの再備蓄が遅々として進んでいないだけである。

 

「これで面倒なやり取りは上(政府及び宇宙艦隊司令部)にやってもらえる事になったが……用意させているものがどうなるか?」

 

「本当にこっち(同盟領内)に居続けているのであれば護衛無しで来させるのは危険ですし……艦隊から一部護衛を出しますか?」

 

「一個艦隊からであれば出せるがこの艦隊は半個だ。ここから更に減らしたら増援として機能できん。地方警備隊に護衛してもらうしかあるまい」

 

 参謀長といくつかのやりとりをしつつ"簡単にはいかんものだな"とカールセンが呟く。帝国軍が回廊のこちら側で封鎖行動をしているらしい、となってカールセンはすぐさま方面軍等に連絡を取り各種工作艦等の動員を依頼した。如何せんこの地方で最も質の高い工作艦部隊が駐留しているのはイゼルローン要塞である。そこが使えないとなると質を問わずにかき集めるしかない。機雷だろうが電子妨害だろうが到着までの間にねっちりと準備されたら半個艦隊が持つそれでは対処できない、

 

「イゼルローンが壁になってくれているという前提ですからね。全ての防衛計画は」

 

 "まったく中央は何処まで考えてるんだか"と更にぼやく参謀長をカールセンがジト目に近い表情で見つめる。高級将官として彼は知っているのだがこの後方の薄さについて中央はとっくに把握はしているし何とかしたいとは思っていた。だが無い袖は振れないということでまずはイゼルローンの壁を十二分に機能させる整備を最優先として今に至っている。尚、その充実を望んでいた前対策室室長を数値の洪水で粉砕し早期実施を諦めさせたのは前副室長である。

 

(寄道せずに二週間。十分な穴埋めをしているであろう出口を本隊が到着する前に開通させる事はできるのか?)

 

 難しい、と考える。それだけの手立ては用意しているはずだ。

 

「まぁ、現地に行って考えるしかあるまい。もう情報は手に入らんのだろうからな」

 

 その言葉通りイゼルローンからの連絡は途絶えた中、第四艦隊は各地から呼び寄せた使い物になりそうな工作部隊に指示をだしつつ回廊へ急行する。そしてやきもきしている政府や軍首脳に一報が送られる。

 

 

「第四艦隊より宇宙艦隊司令部へ。回廊入口に到達。敵影なし。多数の機雷源及び電波障害源を感知」

 

 

 "イゼルローン回廊は閉鎖中也"

 

 

 宇宙歴八〇〇年三月二日。最後の連絡から約一〇日。封鎖されたイゼルローン回廊内で何が起きているのかを知る人は同盟領には存在しない。




※1:約三.五万kmズレる
 地球の直径が12742km。目標が地球であっても外れる。

※2:理論上大丈夫
 イゼルローン要塞の仕様を十分に理解しているので"いつでもガイエスブルクとの主砲戦を行える状態"を維持している場合、他方面への砲撃は行えないと分かっていた。実際にそう判断したのは事実上の仕切役であるフェルデベルトである。だが幕僚本部に長く務める"机上の優等生"らしい"のはずである"の判断とも言える。

※3:装甲擲弾兵副総監
 前総監があれだったので実質的な総司令として働いていた。

※4:地方警備分艦隊
 地方警備隊に所属している正規軍に準じる性能を持った艦艇
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