イゼルローン回廊、同盟領側出口付近。
「遅刻だな。遅いぞ」
「こういう作戦には臨機応変も必要。我々に託された任務の重要な節目にさえ間に合えばいい」
「わかったからそちらの活動記録情報を寄越せ、こちらも転送する。予定に齟齬が無いかお互いの情報を擂りあわせねばな」
「そういう細かい事は生真面目さんに任せる」
そう言いながらも画面外でのジェスチャーで指示していたのだろう。生真面目さんことブルーノ・フォン・クナップシュタイン少将の旗艦に遅刻をしたらしいアルフレット・グリルパルツァー少将からの情報が転送される。
「ひとまず中に入るぞ」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫に決まっているだろう。でなかったら困る。"敵さえいなければ"通れるようにしたじゃあないか。最終調整をしたのはお前だろ」
「まぁ、そうだがな……流石に気になる」
「だからこそさっさと行くとしよう」
「遅刻したお前が何を言う」
「……ふんっ!」
グリルパルツァーとクナップシュタイン、このあっているのだかあってないのだかわからない凸凹コンビが今回の作戦における同盟国側封鎖担当でありその為の牽制として同盟領にわざと見つかるように侵攻、そして見つからないように帰還してきた。そういうタイミングなのであった。
私情や派閥などもあり中堅指揮官の移動などが頻繁に行われる帝国軍であるがそれはそれで記録はきちんととっており"息の合ったチーム"というのは比較的柔軟に対応し同じ戦場に立つことが多い。近年で言えばロイエンタール大将とミッタマイヤー中将が有名であるがこのグリルパルツァーとクナップシュタイン両名についてもそのような評価が少なくとも人事部では行われている。といっても前例の両名はお互いを認め並び立つか相手こそ上に立つ器だと思っているのだがこの二人は少々趣が異なる。やや才に走りすぎる所があるが引っ張っていくことの多いグリルパルツァーと引っ張られる(巻き込まれる)クナップシュタインという構図である。今回もまた活発に各種アクションを起こすグリルパルツァーと彼が乱雑に進んで言った後を細かく耕しながらクナップシュタインが追いかけていった。
本来の予定では回廊の同盟側での狭部ポイントに機雷源を中心とした遅延封鎖ポイントを構築し、イゼルローン後方基地(と呼ばれているらしい)後方駐留部隊は当然ながら少なくとも叛徒首都からの増援本隊の到達までは完全封鎖し、その後可能な限りの追加遅延行動を取る。それが封鎖担当部隊、三五〇〇隻の任務のはずだった。しかし、
「それだけではもったいない。少しは帝国領の皆様にご挨拶位しないと失礼だろう」
侵攻軍が事前終結ポイントへの移動を行っている最中、グリルパルツァーはそう言ってディスプレイに地域図を、かつて頻繁に同盟領への侵攻を行っていた頃には当たり前のように見て来たそれを広げる。
「叛徒政府は"情報公開"とやらで軍の基本駐留地やその配備数を公表している。本当に簡単に見れる形で公表されているので叛徒領で商売しているフェザーン商人に少し香り(賄賂)を嗅がせればいとも簡単に情報を入手出来てしまう」
「で、これがその最新版か。………………かつて覚えた図面と比べ、随分と配備数が薄くなったものだ」
「正規軍とは別の地方警備隊とやらが展開していたはずだが我々の侵攻が無い事を前提に減らせるところを減らしてそれを運用しやすいように一部に集中させているらしい。で、問題としては叛徒領の直近有人惑星までのルートには組織的抵抗を行えそうな集団は存在しないという事だ」
「それでご挨拶という訳か。といっても封鎖作業が本命なのだから連れていけるのはお互いに一〇〇〇隻程度が限界だ。それで何をする?」
「何もしない」
「しない?」
ふんぞり返って「何もしない」と宣言したグリルパルツァーにクナップシュタインはジト目を向ける。が、少し考えてその意図を理解する。
「そうか。イゼルローンを奪った事で安心している叛徒領民に冷や水をぶっかけたい、という事か。それなら行って帰って来るだけでも意味がある」
「そうだ。そしてイゼルローン失陥後、初めて叛徒領に再侵攻し活動したのはこのアルフレット・グリルパルツァーとブルーノ・フォン・クナップシュタインの両名である、という記録が残る」
画面越しにふんぞり返っているグリルパルツァーを見てクナップシュタインが"はぁ"と溜息をつく。そもそも自分はまだそれに乗るとは言っていないのだが既に同行という名の巻き込まれにカウントされてしまっている。
「もういい、乗ってやるから集めた情報をよこせ。従来任務に支障が無い事を証明せねば司令部が了承するはずもあるまい」
「大筋ではまとめている。細かい点は任せる」
「任された」
この二人、大抵の共同作戦はこんなものである。これでなかなかに上手く事が運ぶから上も一緒に組ませてしまうのである。
「ふむ。いい具合に機雷源は出来ているようだな」
そしてやる事をやって本来の作業場手前まで戻って来た。目の前には工作部隊が一週間かかって作りあげた機雷源が広がっており、彼らの部隊は今から"そこを通って"帰る事になる。
「クナップシュタインより、グリルパルツァー部隊を含め全部隊艦艇へ。事前の告知通り、これより機雷源の通過を行う。予定に変更はなし、既定の指示通りに動け。以上だ」
その指示を聞くや否や総勢二〇〇〇隻の艦艇が狭部とはいえ回廊全体に散開し、自動運行モードを起動する。
機雷源、といっても艦が通れないほど敷き詰められるはずはない。部隊の侵攻を妨げる事を目的としている以上、部隊としての行動が行えなければ事足りる。その程度の散布量なのだから範囲を調整した衝突防止装置を起動させた単艦が微速前進をするならば通る事が出来る。当然ながら敵がそれを行った場合、出口を出た所で虱潰しに潰せる小部隊を散りばめて集結ポイントを潰す中部隊を用意しておけば数倍の敵であっても差し違えるだけの戦果は得られるだろう。
通常巡航の何倍もの時間をかけて部隊は機雷源を通過して自軍へ帰還する。
「部隊は再結集せよ。全艦到着を確認次第、散布作業を再開し少しでも濃度を濃くせよ。作業完了区域から順に電子戦衛星を起動。数日内には敵増援第一波が来るはずだ。それまでに区切りを付けろ」
そう命じたら即、グリルパルツァーとクナップシュタインは少数の護衛を伴ってイゼルローンへと急行する。現状報告と要塞戦状況の確認の為である。相軍の電波妨害やらなんやらで正常な通信が開かれるタイミングは不明だ。それを待つくらいなら行って聞いて帰って来た方が早い。
「詳細の戦闘経緯は転送する、戻る際の移動中にでも確認したまえ。一言で言えば"予定通り"だ」
「と、なりますとルントシュテット大将も今頃は……」
「そうだ。揚陸艦はほぼ突入済みでその中におられる、今は揚陸点への結合を開始しているだろう。内部での陽動部隊も活動中だ」
通信ではなくヴァンデグリフト大将が乗る旗艦に直接やってきたクナップシュタイン、グリルパルツァー両名が画面に映るイゼルローンを見つめる。といっても流体金属に覆われたそれは日頃と外見に違いが見えず、立体スクリーンに映し出されている情報を見ないと判らない。だが、それを見る限りイゼルローンには直径にしてキロに達する大穴が開き、その内部隔壁はさらに破壊され総勢一二万といわれている揚陸部隊の乗った揚陸艦が入り込んでいる。そして今、その揚陸艦達は内部侵攻の為のハッチの結合を行っている。如何せん揚陸艦がいるそこも穴から流れ込んだ流体金属で埋まっているので密閉結合した揚陸口を作り壁を切り抜いて侵攻せねばならない。強襲揚陸艇が敵艦に乗り込む手段の拡大版というものだ(※1)。
「ひとまず予定通りに事が進んでいる以上、我々の任務も予定通りの継続という事でよろしいでしょうか?」
「それで良い。今回の戦域で唯一、数的多数の得られない戦場となってしまい手間をかけてしまうがなんとか時間を稼いでもらいたい」
クナップシュタインの問い(※2)にヴァンデグリフトが応え、いくつかのやり取りを行った後にクナップシュタイン、グリルパルツァー両名はとんぼ返りで己の戦場に戻る。
「予定通りとはいえよくやるものだ」
帰路の途中でクナップシュタインがため息混じりに呟く。
「ガイエスブルクという"巨大輸送艦"があったとはいえ通常のワープ航法で持って来れない物も用意しているからな。叛徒共もまさか"自分達を守っている要塞外壁と同じ素材の複合装甲の殻にガードされた自爆艦"が突っ込んで来るとは思ってもみなかっただろう」
「そして開けた穴に突っ込んだ大型輸送艦(殻ガード付)が満載したゼッフル粒子で自爆、水中爆発衝撃効果で内部隔壁を破壊して揚陸面積を確保、と」
クナップシュタインの呟きに合わせてグリルパルツァーがパァーンと両手を広げる。
「これだけ色々やってるんだ。成功してもらわんとな」
「その為にも我々の遅延部隊が予定通り、いや、予定以上に留まる必要がある」
「判っている。それ位の功績を上げねば、平民は貴族になれん。なれん事には学会への推挙も貰えん!!!」
「ならば頑張る事だ。その方がこちらの寿命も延びるのでな」
アルフレット・グリルパルツァー。危険でありながらも前のめりに任務に励むのはそれなりの理由があるのである。
時を若干巻き戻す。
「敵艦隊、前進を継続。まもなく砲台交戦域に入ります」
「予定に変更なし。応戦を開始せよ」
オペレーターの報告にパエッタが応える。要塞対要塞、艦隊対艦隊に続く第三の戦線の開始である。が、交戦を開始してさしたる時間も経過しないうちに
「敵自爆艦突入!! 外壁の突破を確認!!」
「早いぞ、交戦状況に特別な変化はあったのか?」
「特に報告は上がってませんな。情報を集めさせましょう」
流石に予想外だったのか眉をひそめながら要塞司令官であるヴォーバンが直接情報収集を開始する。
「これ、ですな」
あっという間に情報を見つけ、それがスクリーンに映し出される。
「敵艦突入ポイントにて活動していた火力統制システム(※3)の映像です。前回のそれでは突入局地面で一定の制圧を行いつつの突入でしたが今回はそこまで事前の準備を行わずに突入させたのでしょう」
「ならば突入前に撃ち落せるのでは?」
「映像の続きです」
その映像は浮遊砲台の手動制御時のメインディスプレイそのものになる為。突入して来る敵艦への反応や砲台の割当状況などが判りやすく表示されている。そしてその映像の中に火線を放たず、一直線にこちらに向かってくる大型艦が映し出され、危険度判定に伴い自動で必要とされる数の砲台に割当てが開始される。砲台が攻撃を開始する頃には対象艦の外観もある程度判明するのだが……
「なんだあれは?」
「殻、ですかね?」
それが映し出されたタイミングで映像を一時停止、該当部分を拡大する。その突入艦は四角い箱のようなものを被っている。火線を放たないのは前面をこれが塞いでいて放てない、が正解だ。そして再生が再開し、着弾が発生し始める。完全に一直線に突っ込んできているので比較的早いタイミングで着弾し始めているがその"殻"は意も介さずにそれを弾き飛ばし突進する。危険度判定がさらに上がり、他と交戦中であった砲台もそちらに砲を向けるがもう遅い。その突入艦は無傷で流体金属層に着弾、その後その着弾か外壁突入かの衝撃を受け、該当火力統制システムは沈黙。映像は終了した。
「まずはあの殻が何か? という事とその破壊に必要な火力はどれくらいか? という事だ」
パエッタが呟く横でヴォーバンが自分のティスプレイを見ながら眉間の皺をさらに深くする。
「判った、かもしれません」
「何だ?」
思わずパエッタが身を乗り出し、ヴォーバンのディスプレイを覗き込む。
「一つはこれ、先程の突入艦の最後の画像。そしてこちらが要塞の物資格納庫に保管されているものの画像」
その二つをじーっと見つめ、パエッタが"まさか"と呟く。
「そのまさかでしょう。あの殻はこのイゼルローン要塞を守る二つ目の壁。複合装甲そのものです」
ぽかーんとしてるパエッタを横目にヴォーバンが説明を続ける。
「この複合装甲は実際の外壁として使用する際、分厚い一枚壁ではなく一定の厚さの物をバウムクーヘンのように多層重ねて構成されます。その一層ですら戦艦の外装を上回る直接防御力をもっていますが恐らく突入に必要な程度の厚さにして殻にしたのでしょう。流体金属層への着水を感知したらパージ、本体となる艦はそのまま突入、と」
ここまで聞いてやっとパエッタが気を取り戻す。
「砲台火力にせよ、複合装甲の強度にせよ、製造元ならいくらでもデータはある。装甲の製造ラインもあるだろう。破壊必要火力は……無理だな」
「はい。大丈夫な厚さを保持してきているのは確実です。持ち運びには苦労しそうですがガイエスブルクに入れて持ってきたと考えればいくらでも準備は出来ます」
パエッタが自分の席にどすっと座り込み、額に指を押し付けて考え込む。
「砲台の管制システムに該当装甲殻のデータを設定。攻撃対象から除外する。該当データを感知した場合、その周辺を並走している艦の優先度を上げる。あの殻がある以上、突入艦は前が見えん。自動の進入路調整も出来ないはずだ。どこかにそれを調整している艦があるはずだ。二発目が来るまでに調整を終わらせろ。それと……」
そこまで言うとパエッタは総司令部の隅のデスクにつまらなそうに座っている男に視線を向け、それに気づいた男は仕方なくこちらに近づく。
「残念ながら敵の上陸は予定より早まる覚悟が必要だ。故にそれに伴う陽動なども早く発生するだろう」
「なら準備の為に部隊の詰所の方にいるとしましょう。ここにいても意味はない」
「許可する。だがな少将」
すぐさま立ち去ろうとしたイゼルローン要塞総司令官直属旅団長ワルター・フォン・シェーンコップ少将が面倒くさそうに歩を止める。
「事前に命令した通りだ。その範囲を逸脱する行動を取るな。以上」
二階級上の直属上官へ睨みつけるような視線を向けると何も言わずに司令部を後にする。すれ違った司令部要員が呪詛の様な舌打ちを耳にした、気がした。
「もう少し、こう、柔らかくはならんものですかねぇ?」
彼が立ち去って、司令部要員達が止めていた息を吐きだした頃。ヴォーバンが何回言ったか分からない問いかけを発する。
「無理だ。俺も少しは丸くなったと思っていいのだろうがあれは駄目だ。徹底的に噛み合わん」
パエッタが今日一番のふんぞり返りを見せる。前任者の頃はパエッタより懐の広い前任者と間に入って緩衝材(道化役)になってくれた分艦隊司令官のお陰で表面化しなかったがその二人が居なくなった現在、これを直接収める事の出来る人材は存在しない。
「でも更迭はしない、と」
「最悪の事態を考えると奴とあの部隊はまだ追い出せん。それだけだ」
「でもそれが祟って七人目になる事はない、と思うだけの信頼はある、と」
「あぁいう男は己が見下している者相手にそれだけの事はやらん。己の価値を下げる事になるからな」
「面倒くさい事で」
「面倒だ、面倒。さっさと辞めたかったのに何故こんな面倒をやらねばならんのだ」
愚痴モード値の急速上昇を感知し、ヴォーバンが控えていた新任仕官に目配せで"すまん"と合図を送る。それだけで意を察した彼はそそくさと準備をし始める。本来は従卒にやらせる事なのだが彼の用意するティーセットは格別であり、彼を最高級の素材・生徒だと見抜いているパエッタは悪影響を与えない為か先生モードのスイッチが入り、大抵の空気は収まる。ある意味この新任仕官が司令部の空気を守る最後の番人となっている。
「陸の動員も巻かないといけないな」
「すでに全速にはさせているのでどこまで巻けるかは……」
はぁ、と二人で溜息をつく。
「展開としては想定通りだが、早い」
呟く横で、二隻目の突入艦が着弾した報告が入る。着弾箇所も(揚陸したい側にとっては)悪くない。
前回の攻撃等の情報を踏まえて、無人艦突入作戦で必要な揚陸ポイントを形成するには一週間は必要である、と予想していた。そして帝国軍がそれを達したのはその予想期間の半分程度であった。
※1:対艦揚陸艇が敵艦に乗り込む手段
第九次イゼルローン要塞攻防戦においてロイエンタールが乗るトリスタンにローゼンリッターが乗り込んだあの方法
※2:クナップシュタインとグリルパルツァー
現地ではグリルパルツァーが引っ張り回しているが指揮系統上は貴族であるクナップシュタインが上とされている。
※3:火力統制システム
イゼルローンの浮遊砲台は同じく浮遊式の火力統制システムと多数の砲台を1ユニットとして構成されている。個々の砲台にも火力管制装置は搭載されているがそれは予備の副システム的な物でありメインは火力統制システムである。大型の軍艦においてメインの統制装置が全火砲を統率し、個々の火砲に備え付けられたそれは非常時もの、としているのと同じ原理である。
ぶっちゃけ火砲そのものよりも火力管制システムの方がコスト面でもデカいので一基一基にメイン級を付けていられるか、というのが実情。