イゼルローン要塞への帝国軍上陸開始で回廊の戦いはより激しいものに……表面上はならなかった。
上陸支援部隊は連戦で傷ついた艦の修復や再編の為に一時的に矛を収め、対する浮遊砲台群はいつ再開するか判らないそれに対応できるようにこちらも待機再編作業に入った。そもそも帝国軍側にとって一旦上陸部隊が入ってしまったら浮遊砲台とのドンパチを再開したとして何かが進むという訳でもなく下手に撃ち合いをした挙句に流れ弾(艦?)が破孔の奥まで行ってしまったら目も当てられない。といっても破孔側に駐留艦隊なり(すっかり出るタイミングを失ってずっと待機している)駐留予備分艦隊が押し寄せてきたら大変なのでその場を離れる訳にもいかない。この作戦全体として各部隊が対応する相手を拘束する事で成り立つ故の不動、予定通りいえるにらめっこである。
そして位置的にはその隣(?)となる艦隊同士においては初動から継続しているにらめっこが少し違う形で継続する事になった。
その帝国艦隊を率いる男はタンクベッドでの休憩から丁度起きた所だった。起きたと言っても"八時間分の睡眠効果を得る一時間の睡眠"なので気分としては軽いお昼寝終了といった感がある。そして彼、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将はイゼルローン駐留艦隊との対峙が始まって約二週間、この"八時間分の睡眠効果を得る一時間の睡眠"と食事、トイレ、シャワーの時間を除いた一日二二時間勤務を続けている。他の将兵は精神的疲労回復の必要もあり、タンクベッドと通常睡眠のローテーションが行われているがタンクベッドのみは彼一人である。そうしなければならない。如何せん、彼の艦隊はイゼルローン駐留艦隊との対峙を続けなければいけない。それも一〇分もかからずに交戦域に入る、そのような距離を保ち続けながら、である。
「敵艦隊に目立った動きは?」
「特にありませんな」
ビッテンフェルトの問いに艦長が応える。本来その役目である副官のオイゲン中佐は通常睡眠中で不在である(尚、彼は最初ビッテンフェルトと同じオールタンクベッドにするつもりだったが数日でごめんなさいして通常ローテになった)。
「隣が再編に入ったからな。動くに動けなくなった、という所か」
司令官席に座り、用意されていた軽食(二人分)を胃に収め始める。この状況下、労働下でも図太いままの食欲に周囲も最初はドン引きしていたがもう慣れた。そんな周囲の気持ちなどどこ吹く風でビッテンフェルトは頭の中で現状を整理する。この作戦における自艦隊の役目は駐留艦隊主力を拘束し、他方面に影響を及ぼさないようにする事である。要塞と要塞、艦隊と艦隊、上陸支援部隊と浮遊砲台、遅延部隊と増援。各々が相手を拘束し、それが持つ間に上陸した地上軍が要塞を直接攻略する。正面攻略は不可能と言われてきたイゼルローン要塞相手としては正気を疑うような正攻法だがそれこそ要塞に要塞を当てて不落の要の要塞砲を麻痺させるという正気を疑う方法を用意してからは一個一個敵要素に駒を当て続ける対策のドミノ倒しである。
(お陰で積極攻勢にも出れん。これも閣下の為とはいえ流石に堪える)
どこか一箇所でも均衡が破れてしまったらそこからなし崩し的に全軍の崩壊へと突き進む。自身がそれを良い方向で崩す側なら良いが崩せそうになったらなったで敵艦隊が十分な戦力を持ったまま要塞内に逃げてしまっても困るし、それ以上の事態になって負け筋を見てしまったイゼルローンが"死なば諸共"となったら全部が消し飛ぶ。作戦がではなく物理的に、だ。だから我慢する。敵艦隊が別方面に走らないように何時でも後背を撃てるように、かといって万が一先にヤケを起こして要塞主砲が向いてきても敵艦隊を壁に出来る位置で。つまりは通常なら有り得ないレッドゾーンコンマ手前での長期対峙維持。大規模会戦だと暗黙の了解で何日も戦いが続く場合、お互いに息を整える為に間を置いて再戦という形もあるがその間を取る事さえ許されない。この二週間程度で各艦に用意された胃薬と精神安定剤は底を尽き、補給リストの優先項目となっているがストックはガイエスブルクにたんまりあるので嬉しさゼロの飲み放題である。
(この調子だと作戦後報告書の殊勲欄筆頭を医療関係者にする必要がありそうだ)
などとこの生活サイクルでその手の薬に一切頼っておらず、その精神力からか余計に危険な薬でもやってるんじゃないかと周囲に怪しまれているレベルのビッテンフェルトは考えているが、その緊張も少しは和らぎそうな変化が訪れた。
「少し、動いたか?」
敵艦隊監視用のディスプレイに映し出される観測情報を見ながら眉を顰める。敵艦隊がやや後退し始めている、それも破孔方面とは逆に、だ。
「恐らく上陸開始に伴っての行動でしょう。強く押し出してみますか?」
参謀長のグレーブナー少将が怪しい問いかけを発する。カルネミッツ時代からの幕僚でそのまま譲り受けたのだがその前司令官に薫陶なのか選択肢の第一が"押す(攻勢)"一辺倒である。ビッテンフェルト本人もそうしたいし、そうできるのであればウマが合いそうなのだが如何せん近年やらされている仕事がやりたくてもそれを出来ない状況ばかりなので押したい参謀長を抑える司令官という構図が司令部の定型となってしまっている。最近ずっとそうだし、それはそれでなんか悪くはなっていないのでもしかして自分の適性は攻勢とは違う方面なのではないか?? という自問が浮かび始めている。ふむ、これが環境が人を作るという奴か?
「既定の距離以上離れそうなら調整を行う。ついでに強くはいかんが少しはつつくぞ」
その指示でビッテンフェルト艦隊も調整移動を開始する。実の所、宇宙空間において完全に停止するというは難しく実際には超微速前進と超微速後退の連続になる。何もない宇宙空間でぴったり0への減速は無理だが一定の微速への調整は難しくないからである。そのような"揺れ"があるとタイミング次第で両艦隊はぎりぎり過ぎるレッドゾーンに半歩踏み込んでしまう時もあり条件反射で撃つし撃ち返えされる、そして下手な事をするなと双方防御専念しつつ引っぺがすように位置調整といったつつき合いが頻繁に発生。うまく調整できているタイミングもあるがそれを機に相手が離脱を計らないようにあえて一歩踏み込んで撃って直ぐ引くという意思表示もする。静かだが止まる事のないこの鍔迫り合いが二週間続くと双方共に少なからずの損害は発生しているのだがやはり通常の会戦と比べると低調なもので全部合わせても銀河の歴史に残らないやる気のない会戦の一日か二日分といった程度だろう。だがそれでも両軍共に数万人ずつの戦死者が出ている。これを二週間でたったの数万人、と言わねばならないのが艦隊戦というものである。
ビッテンフェルト艦隊も微速前進した結果、軽い小競り合いが発生。本当に一息つきたかっただけのイゼルローン駐留艦隊は予知不可能な事象の発生を抑える為、元の位置に戻りビッテンフェルトも矛を収めた結果この戦場も静かな忙しさが継続する事となる。だがこの小競り合いで再び万単位の命が両軍から失われ、和らぎそうであった緊張は少しも和らぐことは無かった。
そのような中で静かに騒がずにはいられない所もある。
「本当に宜しいので?」
「くどいぞ。手持ちに限りがある以上、必要な所に必要な物を集中させるだけだ。ここまで来て奴らがこっちに"逆上陸"する事などありえん。それとも何か? 己の身の安全だけは何があっても確保しておきたいのか?」
ガイエスブルクに座ってるしかない総司令官マクマン・フォン・カルネミッツ上級大将がぶすっとした顔で反論しようとするフェルデベルト少将に目を向ける。カルネミッツの決断でガイエスブルク要塞の守備兵である地上軍三万のうち、二万を上陸部隊の後詰として投入する事にした。元々は地上軍司令官であるルントシュテットから要塞突入確定となった際に発せられた要請が元である。一応、揚陸艦そのものは突入済みの艦と同じで殻付きを用意しているので準備は出来る。現地(破孔)に行くまでまた回廊壁沿いを恐々と移動する羽目になるが既に情報伝達等の為に連絡艇なりなんなりが何度も往復しているし同盟軍も最初からそのつもりだったのかめんどくさくなって考慮する事を辞めたのかその手の移動への妨害は行っていない。なので投入そのものはなんとかなるだろう、と考えられている。
「ここまで来たら要塞周辺はもう黙ってにらめっこしているしかないのだ。お前たちが"作戦に口を出すな"といって始めた事なのだから腹括って突っ立ってろ」
そう、にらめっこである。元々各方面で停滞させて突入させた地上軍で勝ちを取る作戦なのだからそれが開始されたからには他方面で無理をする必要はない。敵駐留艦隊を壊滅させて増援に備えさせる、という考えもあるがそれが出来るなら苦労しない。それを狙ってると判断された時点で敵駐留艦隊が要塞に逃げこんだりもしてしまったら結局は敵艦隊に備えつつ地上軍を突入させて云々で同じことになる。ならば最初から見える形で拘束する状況を作ってしまった方がいい。相手に自由選択権を与えてしまうよりかは遥かにマシだ、というのが今回の作戦なのだ。
「まぁ、事は予定通り進んでいると言えますのでこれで良しとしましょう。念には念を、という事です」
さっきまでのうだうだは何だったのか? と思える仕草でフェルデベルトが応える。まるで自分が後詰を決めたかのような言い様だが実際に報告書ではそうなるのだろう。今回の作戦におけるいわゆる軍監なのだから各地に発せられる情報は彼を通して行われる。いかようにも解釈し放題なのだ。
「そうだな、予定通り。だな」
そう答えるしかない。実際の所、本当に予定通りに進んでいるのだから。
「では、私は後方への定期報告の文面を認めてきます」
そう言ってフェルデベルトがその場を去る。司令部には他にも要員はいるが作戦の都合上現場指揮官への権限移譲が多く、ここでやる事はあまりない。そもそもこの要員達は今回の作戦の為にフェルデベルトが、つまりは幕僚本部が用意した面々なので相手にされない。わかってはいるが要するに自分は飾りなのだ。これだけの事をやってるが軍令指揮系統上はあくまでも幕僚本部から派遣されたサポート役であり、実戦指揮、つまりは責任(といっても失敗した時の、ではあるが)そのものはこっちにあるとなっているのだから面白い。いや、面白くない。なんせ自分はなにもやっていない。だが作戦の現場総責任者は自分である。成功したらサポートした我々のお陰、失敗したら現場が悪い。そうなのだから馬鹿馬鹿しい。なので
(もう、成功だろうが失敗だろうがどうでもいい)
と考えるようになってきた。失敗したら家が潰れる事になるだろうが己の首を差し出せば娘の首までは取らんだろうし、だとしたらあの男さえ帰還する事が出来ればなるようにはなってくれるだろう。
「こちらの確認をお願いしします」
いつの間にか戻ってきていたフェルデベルトが一枚の用紙を差し出す。報告書の下書きであるがわざわざ紙にお高い万年筆で書き上げるあたり秀才さんらしい。そして一読した後に何も言わずに用紙を返す。何も言わなければOKという意思表示、作戦総司令官としても彼の仕事は万事こんな感じである。
ガイエスブルクから発せられた報告は首都星オーディンの限られた要人に速やかに伝えられる。ほぼ予定通り進んでいく作戦行程の自画自賛といえるその報告の最後はこのように締められていた。
「わが軍、有利」と-。