旧文明の遺跡【レリクス】。それはグラールの三惑星に点在しており、今よりも一万年以上前に栄えていた古代文明によって建造された遺跡の総称。
今回発見されたレリクスは、元々海底深くに眠っていたものが最近になって突然海面近くに浮上してきたらしい。そんな経緯から巷では『海底レリクス』と呼ばれていた。
無機質ながらどこか生物的な材質で構築されたその遺跡は、素人目からも高度な技術によって造られていることがわかり、【フォトン粒子】に関連した技術も多く見受けられる。
今でこそあらゆる分野で利用されるほどに当たり前の存在となったフォトンだが、発見されたのは今から1000年ほど前。
それよりもはるか昔に建造された遺跡にそのフォトンが利用されているということは、旧文明がそれほどまでに進んでいたという証拠でもあった。故にこれらレリクスは未知の技術の宝庫。
旧文明の分析、及び技術解析による現代文明の発展のため、グラール中の研究者は日夜このレリクスの研究に勤しんでいる。
ただし、あくまでここは未開の地。ともすれば未知の罠や危険な原生生物が存在する可能性を無視できるわけもなく、多額の報奨金により企業もフリーも関係なく傭兵が護衛として集められるのが常だった。
今回は久々に大規模な調査となるらしく、募った傭兵の数もかなり多い。
ヒューマン、ニューマン、ビースト、キャスト。多種多様な種族が入り乱れているが、皆共通しているのは己の欲望に忠実でギラギラと目を輝かせているということ。
特にフリーの傭兵はよほど太いパイプでもなければ収入が不安定なため、不定期ながら確実に稼ぐことができるこの護衛任務は奪い合ってでもつかみ取りたいものなのだ。
彼らは掲示された依頼表に目を通し、自身の実力と相談しながら次々に依頼を受領している。
「…………」
そんな光景を広いフロアの隅で身を潜めるように眺めている存在も、今回の護衛に参加した傭兵の一人。
ハイネックでノースリーブのインナーシャツの上から羽織っているのは、同じくノースリーブのパーカー。ややオーバーサイズのズボンには、防御力補強のためか脛付近に原生生物の甲殻らしき素材でできたプロテクターが装着されている。
そんな服装の中、最も特徴的なのは左肩から右腰、及び腰回り固定するように巻かれたワンショルダー型のハーネスベルトだろうか。さらにそういうファッションなのか、そのハーネスベルトの尾てい骨辺りからはベルトとして機能していない帯が別で取り付けられており、地面に触れそうなほどの長さで垂れていた。
パーカーのフードを深く被っており、他者はその顔どころか性別を確認することすら難しいだろう。
とはいえ、180には満たないながらもそれなりの長身に加えて、細身に見えるがその実余計な脂肪を落として絞り込まれた筋肉質な肉体。露出している右腕に掘られた炎の意匠が施された入れ墨などなど……
今の状態からも確認できる特徴から、十中八九彼が青年ビーストであるということは間違いない。
そんな大きなガタイを不自然にならない程度に小さくしている青年には積極的に依頼を受領するような素振りはなく、されど依頼を諦めた様子もない。
「──これだけの人数が集まっているってことは大手のスポンサーがついてるようだな。久々に儲けられそうだ。そう思うだろう?」
そんな彼にわざわざ声をかける人影が一人。
「……今日の飯も食えるかどうかの身としてはありがたい限りだね」
「ということはお前もフリーか。若そうなのに大したもんだ」
キャストと呼ばれるアンドロイド型の種族の男性は、最初は簡単な応答で済ませられる質問や会話で場を繋ぎつつどこまで踏み込んでもいいかこちらとの距離感を測っている様子。
青年の方から会話を繋げるような返しをしていない。にも関わらず、無理なく話を途切れさせないその話術は見事なもの。自分にはできない器用さだと感心しながらも、なおも青年は深く被ったフードを外すことはない。
「ところで、さきほどから依頼を受領するわけでもなくここで佇んでいるようだが、体調でも優れないのか?」
「人をかき分けていくのは苦手なんだ。依頼の数は十分あるし、焦らなくても今はいいかなって」
「ふむ、健康なら結構。俺たち傭兵は身体が資本だからな。お前のやり方があるのなら俺がこれ以上口出しはせんよ」
不思議そうにしながらもそれ以上の指摘は控え、男性キャストは自然な動きで半歩下がった。そのあたりが青年のパーソナルスペースの境界線だと彼は判断したらしい。
そこで一旦会話が途切れたのは、このキャストが青年に近づいた理由が彼の体調を案じたからであり、その確認が取れたからだろう。
それからしばらく2人の間で会話は交わされなかったが、そのせいかこの場に似つかわしくない少女の声がやけにはっきりと聞こえてきて、2人の視線は声のする方へと向けられていた。
「なんだあの少女は? 手練れの傭兵には見えないが、研究者……いや助手か?」
「隣にいるビーストとペアみたいだから実地訓練かも?」
「確かに【シールドライン】は身につけているようだが、あれほど隙だらけな傭兵がこのレリクスにいて大丈夫か?」
【シールドライン】とは、外部の衝撃から身を守るようにプログラムされたフォトン・エネルギーで全身を覆った防護具のことだ。
詳しい経緯までは知らないが、原生生物のほとんどが同様の特性を有しており、その生態を解明した研究者たちが科学的に再現したものらしい。
渡来の防具と遜色ないほどに強固でありながら、装備者の動きを制限することはなく、重さもフォトン・エネルギーを制御するために身につける数百グラムの装置1つだけ。
加えて衝撃に反発する際にしか可視化されない関係上、防御面を無視して装飾を行えるため、統一感のある装備を求める軍事会社の間で瞬く間に普及。
今では傭兵の必須装備と言える地位を確立している。
少女の衣服の一部は淡く発光しており、それはシールドラインを身に着けることを周囲に知らせるシステムの一環だ。つまりは彼女も傭兵で間違いないのだろうが、黒いキャストの男性が言う通りその立ち振る舞いは傭兵とは言いづらい。服装もまるで学生服のような装いなのが場違い感に拍車をかけていた。
引率と思われるロングコートを着たビーストは獣人らしく体格がよく荒々しい見た目……と言いたいところだが、あれはただ手入れが雑なだけだろう。そちらは立ち振舞から実力者だと思われるが、その2人はお世辞にも仲がいいとは言いづらく、一向に動こうとしない少女に痺れを切らしてその場を離れてしまった。
取り残された少女は周囲を頼ることもできず、自分の肩を抱いてうずくまってしまう。その姿は見ているこちらが心配になるほど弱々しい。
彼女に振られる仕事は良くて荷物運びや簡単な事務作業だろう。
残っている依頼次第とはいえ、ここよりも深部で活動する予定の青年が彼女と関わることはない。
それでも一応は気にかけていた方がいいかも、などと考えていた青年は不意に感じた胸のざわつきに身構えた。
「どうかしたか?」
「いや、ちょっと……」
嫌な予感がする、と言いかけて青年は寸前のところで口を閉じる。皆がそうとは限らないものの、大抵のキャストは合理的な思考を好み、根拠のない勘などは嫌う傾向にあるからだ。
目の前の男性キャストが同じとは限らないが、さほど重要ではない趣味嗜好の違いで揉める可能性を避けるべく青年は沈黙を貫いた。
ただし、感じた『嫌な予感』が何かが起こる前触れであることを青年は確信している。故にどんなことが起きても大丈夫なように全身の毛を逆立てて臨戦体制に入る。
ふと視線を向けてみれば、隣にいたキャストも彼なりに何かを察知したらしい。組んでいた腕を解き、僅かに姿勢を低くして周囲を警戒し始めている。
──間も無くして、地面が大きく揺れた。
警戒していた2人は転ばずに済んだが、突然のことに尻もちをついているヒトもちらほら見受けられる。
何者かの襲撃かと周囲を見回すがそうではないらしい。天井から僅かに差し込む太陽光以外にまともな照明がなかった空間に、けたたましい警報と共に照明が煌々と灯り始めたのだ。
理由は分からないが、休眠状態だったシステムが再起動したらしい。さらに状況は悪化し、現状唯一の出入り口である扉がゆっくりと閉まり始めていた。
「突然のことでみんなパニックになりかけてるね」
「とすれば、まずは──」
フロア中で悲鳴が飛び交う中、2人はお互いに目配せした後、示し合わせたように別々の方向へと走り出した。
向かった先にいるのは、唖然としてその場で固まる研究員や医療スタッフのような非戦闘員たち。彼らを難なく持ち上げた青年はそのまま扉の前まで移動させ、次の目標を定めて再び走り出す。
見れば、青年たち以外にもこの非常事態の中で冷静に救助活動をしている傭兵が多数見受けられる。今回招集された傭兵の質はかなり高かったらしい。
扉の前は依然として逃げようとする人で溢れかえっているが、幸いにも扉の閉じるスピードは緩やかだ。出口で詰まらないよう誘導を担当する傭兵もいるため、辛うじて統制は取れている。
閉まる扉は止められないようだが、完全に締まり切るまでには全員が逃げ出せるだろう。
「逃げ遅れたヒトはいないか?」
「大体は扉の前に移動できたと思う。一応少し奥まで見てくるよ」
「今からか!? もう時間がないぞ!?」
「ちゃんと逃げ切れるように計算してるから問題なし!」
言うが早く身軽な動きで人の波に逆らっていく青年。その背中と背後の扉を交互に見た黒いキャストの男性は、迷いながらも踵を返し、出入り口の誘導を行う傭兵の応援へ加わった。
刻一刻と閉まる扉を背にして、青年は枝分かれした通路を手際よく確認していく。
「逃げ遅れたヒトはいない、かな」
仮にいたとして、まだブリーフィングすら始まっていないのに勝手に奥へ行ったルール違反者の自業自得だ。可能であれば助けたいが今は余裕がない。
逃げ遅れないように確認を切り上げて振り返ると、未だフロアの中心付近でうずくまる少女の姿が視界に入った。
「あの子まだ……っ!?」
おそらく誰が悪いわけでもない。こういう非常事態に慣れてなければ動けないのは当然の反応であるし、うずくまって視認しづらかったから他の傭兵に気づかれにくかったのも仕方がない。青年もその一人だが、気づいた傭兵も他の人の誘導を優先しただけであり少女を見捨てたわけではない。
そもそも、下手すれば自分が閉じ込められるかもしれない状況で救助活動を行える方が異常なのだ。彼らを褒めることはすれ、責めることはできない。
強いて言うなら運が悪かった。ただそれだけのこと。
「少年、いそげ!」
閉まりゆく扉の向こう側から黒いキャストの男性が叫んでいる。少し言葉を交わしただけの関係だというのに、その律儀な姿見に青年は小さく笑った。
閉まっていく扉の幅は残りヒト一人分程度。彼だけなら間に合う。そう計算して行動していたのだから。
ただしそれだと少女一人をこの未開の地に置いていくことになる。
「それは流石にないな」
考えるまでもないと即座に結論を出し、青年は走る方向を変更。覚束ない足取りで今にも転びそうな少女を支えるべく駆け寄っていく。
「怪我はない?」
「──え?」
キョトンとする少女の声をかき消すように、そして彼らの運命を決定づけるかのように、背後の扉は重々しい音を響かせて閉ざされてしまった。
「あ、ちょ、嘘っ!?」
一度に出来事が起こりすぎて頭の中で整理しきれていないだろう少女だが、『閉じ込められた』という状況だけは理解し慌てて走り出した。
地響きも収まって転ぶ様子はないが、それはつまりすでに手遅れであるという証明でもある。
「待って待って待って! 嘘だよね!? 出して、出してよー! このっ、このやろっ! 開きなさいよー!」
固く閉ざされてしまった扉を叩いて蹴ってまた叩いて。無理だとわかっていてもそうしなければ気が収まらないのか、少女は虚しい抵抗を繰り返している。
それからしばらくして状況が理解できたらしく、少女はその場でへたり込んでしまった。少し離れた青年にまで聞こえるほど大きなため息は閉じ込められた絶望の他に、ふつふつと煮えたぎる苛立ちも含んでるように感じられる。
「だから帰ろうっていったのにさ。ここはやばいって、あれだけ言ったのになんで聞いてくんないかなぁ……」
「まあ起こっちゃったものは仕方ないよ。さっきも言ったけど、怪我はない? さっきまでうずくまってたみたいだけど」
「あ、うん。ちょっと眩暈がしただけで、今は大丈夫。
それよりごめん。閉じ込められちゃったの、もしかしなくてもあたしのせいだよね」
申し訳無さそうにしながら相手の表情を伺う少女だが、扉の前は傾斜になっており座ったままの少女と立ったままの青年の視線がほぼ同じ高さにあるという状況だ。軽く覗き込んだ程度ではフードを深く被った青年の顔は確認できないだろう。
それでも状況からして怒っているに違いないと判断したらしく、少女はその小さい身体をさらに小さくさせて顔を伏せてしまった。
その姿に罪悪感を感じた青年はしばらく悩み、観念したように小さく息を吐いた。そして少女を刺激しないようにゆっくりと歩み寄りつつ、そのフードを外して素顔を晒す。
「気にしてないよ。あのまま君を置いて逃げたほうが後味悪かったし」
言葉だけでなくそれが客観的に見てもわかるように、目線が少女と同じ高さになるように屈み、可能な限り優しく微笑んで言葉を投げかける。
フードの下に隠れていた素顔を目の当たりにした少女は、青年が怒っていないことを理解してホッと胸をなでおろすものの、続いてキョトンとした様子で青年の顔をまじまじと観察し始めた。
体格からおおよそ予想はついていただろうが、人懐っこさを残しながらも威圧感があるツリ目や体毛に覆われた耳などは間違いなくビーストの特徴だ。しかし血の気を感じられない白い肌や肩ぐらいまで伸ばされた銀髪からは荒々しさは感じられず、雪原に佇むような静けさがあった。
「えっと……ビースト、だよね?」
「種族はそうだけど? ……ああ、『これ』?」
言いながら彼が指さしたのは自身の瞳。一方は緑が混じったターコイズブルー、もう一方はより深い色のダークブルーという、同じ青系統でありながら全く別の色に見えるその二色は見ていると吸い込まれそうなほど幻想的だった。
また、この目はとある種族共通の特徴でもあるのだが……
「俺は違うよ。ちょっと特殊な体質だけど」
言いながら青年は立ち上がって辺りを見回し始めた。
「な、なにか来てるの?」
「いやその逆。さっきまでの騒々しさが嘘みたいに静かだ。
……奥から気配がするけど、これはここに住み着いてる原生生物かな?」
「へぇ、すごいね。あたしには全然わかんないや……って、待って待って! まさか奥に進む気?」
まるで化け物を見るような目を向けられ、青年は思わず苦笑いを浮かべる。
傭兵としてここに来た以上危険は承知の上なのだが、そこまでの覚悟がないところをみるとやはり彼女はまだ駆け出しのルーキーなのだろう。
体格的に無理だとわかっていても、奥に進もうとする青年をどうにか引き留めようと服の裾を掴んで離す様子がない。さらによほど必死なのか、その目にはうっすらと涙を浮かべていた。
「一旦ここで待とう? ほら、待ってたら救助とか来るかもだし!」
「……それはあんまり期待しないほうがいいかも」
そんな少女に言うべきかどうかを悩み間を置きながらも、青年は容赦なくその可能性は否定した。
「まず、俺たちはこのフロアに取り残されたけど、他のヒトたちが無事脱出できたかどうかわからない。
それに仮に脱出できていたとして、俺たちの救助となると改めて依頼を出す必要があるんだ。このレリクスはパルム政府のものだから、この辺りが管轄になってる部署が受領して初めて正式に依頼として掲示される。
そこから傭兵なりなんなりを雇って、って流れとなると……ごめん」
少し容赦なく現実を突きつけすぎたらしい。みるみるうちに青ざめていく少女を見て説明を止めるが、青年の袖を握る手はひどく震えていた。
「でも望みがないってわけじゃない。俺たちが閉じ込められる瞬間を見ているヒトはいたし、救助の依頼は確実に出る。
だから待つのも手だと思う。一応パートナーカード交換しておくから、もし助けがきたら教えてもらえると嬉しいかな」
「え、一人で行っちゃうの!?」
「手分けできるならその方が助かる可能性も高いからね。幸いここには支給品として持ち込まれた食料やトラップなんかも残ったままだから、数日耐えるぐらいなら……」
「あ、あたしも一緒に行く!」
「でも君の言った通り奥は危険……」
「それでも行く! こんなところで一人になるぐらいなら行ったほうがマシ!」
なりふり構ってられなくなったのか、青年の腰に両手を回してしがみついてしまった。
この小柄な身体のどこにそんな力があるのかしっかりとホールドされ、ビーストである彼の力を持ってしても引き剥がすことが難しい。
彼女の心境も理解できない訳ではないが、どう見ても戦闘経験が浅いであろう少女を連れて未開のレリクスを踏破できる自信は彼にもなかった。
だが……
「……わかった。その代わり絶対に俺から離れないで」
「っ! うん、うん! 何があっても絶対離れないからっ!」
一人にしないで、という少女の悲痛の訴えを前にしてはあらゆる理論は無力。ここは青年も覚悟を決めて少女の付き添いを許可することにした。
一人っきりにならずに済んだことにひとまずホッとしたのか、少女は彼の腰に回していた腕を解いて身なりを整える。
「じゃ、じゃあこれからしばらくは一緒だから……よ、よろしくね。
えっと……」
「クラムだよ」
「クラム、ね。あたしはエミリア。エミリア・パーシバル。改めてよろしくね」
お互いに自己紹介を終えると、エミリアはぎこちないながらも笑顔を浮かべ、その動きに合わせて一房結んだ金髪が小さく跳ねた。今は切迫した状況のせいで怯えているが、本来は年相応に明るく笑う少女なのだろう。
2人で奥へ向かうという選択が正解かどうかはわからない。それでも、この少女が笑っていられるのなら良しとしよう、と白銀のビーストは自分に言い聞かせて小さく息を吐いた。
「っと、まずは……」
2人で奥に進むと決まり、まず最初にクラムは自身の左胸辺り……ハーネスベルトに取り付けられた【ナノトランサー】に手を伸ばす。
これはフォトン粒子から精製される【Aフォトン結晶】、およびその結晶の性質によって生み出される歪曲空間を利用した収納装置だ。
そして歪曲された空間から彼が取り出したのは、刃渡り1m程はある納刀された【剣影】。
いきなり武器を取り出したことに何事かと身構えるエミリアをよそに、クラムはその得物を左腰のホルスターに固定していく。
「……ねぇ、あんたって武器にこだわりがあるの?」
「まあ間違ってはないかな?」
固定し終えたのを見図り、エミリアからそんな質問が投げかけられる。
彼が今取り出した【剣影】は見た目こそ片手で扱うセイバーを鞘に納刀しているように見えるが、武器系統はツインセイバーであり、刀はもちろん鞘も武器として用いる一風変わった業物だった。
だがフォトンの技術が未発達の時ならまだしも、今はフォトン・エネルギーを物質化する装置が手のひらサイズまで小型化されている。それに伴い、現在ではフォトン・エネルギーを刃として用いた武器の方が手入れがしやすく安価で出回っているのだ。
実体剣も切れ味はフォトンを物質化した物に勝るとも劣らないのだが、より念入りな手入れが必要で取り扱いが難しいことから、見た目重視のコレクターかよほどのマニアしか使わないのが今の常識だった。そして、彼の持つ武器はそのマニアの間でさえ『妖刀』と評され畏れられる曰く付きのものだ。
加えて、武器は小型収容装置のナノトランサーに入れておけば移動の邪魔にもならないのに、わざわざ今取り出して腰へ下げている。
側から見れば奇妙な要素しかない相手に対する質問としては至極真っ当すぎてクラムは自嘲気味に笑った。
「俺としてはこういう武器の方が使いやすいんだ」
「ふーん……」
エミリアも疑問に思っただけでそれ以上の追及はなく、すぐに興味を失ったように視線を伏せた。もしかすると、レリクス踏破の頼りにしていた相手が骨董品コレクターで戦闘力皆無の可能性を恐れたのかもしれない。
もしそうだとして、言葉で納得させることは難しい。下手にアピールして余計に信頼を失うよりは行動で示すべきだと判断し、背中に刺さる視線から逃げるようにクラムは出口を探す準備を整え始めた。
「さて、必要なものはっと……」
未踏の地で出口を探すにあたり、まず危惧するべきは道に迷うことだろう。
故に2人は拠点となるフロア内に放置された備品をあさってマッピングに必要なビーコンを見繕う。
このこぶし大程度のビーコンはレリクスの技術を解析して作られた装置の一つであり、設置した位置を知らせるのはもちろん、特殊な音波の反射により周囲の地形を把握することが可能。さらにその情報を近くのビーコンと共有していくため、置けば置くほど詳細な地図が作成されていくのだ。
作成された地図は各自の端末でリアルタイムに受信可能であり現在地も表示されるため、ビーコンの電波が届く範囲で道に迷う心配はほぼないと言ってもいい。
クラムは持てるだけのビーコンを武器用とは別に備えてある右腰のバックルにあるナノトランサーへ収納。その他の準備も整うと拠点となる最初のフロアから伸びる道から一つを選び、ビーコンを等間隔に設置しながら進んでいく。
ただし設置を行っているのはクラムだけ。エミリアはやはりまだ不安らしく、クラムの腰から垂れたベルトの帯を申し訳程度に握って歩いている。
……はたから見るとペットの散歩のようであまりいい気はしないのだが、涙目で必死についてくる少女を突き放すようなことはクラムには出来なかった。というか、出来るのであれば最初の時点で同行を拒めているだろう。
「──エミリア止まって」
背後の少女を庇うように腕を横に出しつつ立ち止まり、その鋭い視線は通路の先へ。遅れてエミリアもクラムの目線を追いかけると、この先の場所でうごめいている影に思わず後ずさりした。
「うぅ、やっぱり原生生物の住処になってる。見逃してくれたり、しないよねぇ……」
「【チャッピー】みたいな臆病なのだったら話は別かもしれないけどね」
目の前にいるのは4体の【エビルシャーク】。その凶暴な牙と刃物のように鋭く進化した腕を武器とする二足歩行の原生生物が素直に逃げてくれるとは到底思えなかった。
さらになぜか既に興奮状態であり、見つかれば即戦闘になるのは間違いないだろう。まだこちらに気づいていないため、奇襲をかけられるのは不幸中の幸いか。
クラムは首のチョーカーに触れながら、もう片方の手は腰に下げた【剣影】へと伸ばす。その際に違和感を感じて振り返ってみると、いつの間にかエミリアは彼のベルトから手を離して後退りしていた。
「エミリア?」
「……あの、えっと、えっとね。直前でこんなこと言うのはなんだけど……
あたし、武器は持ってても実は戦闘経験なんてほとんどないの」
「なるほどね、わかった。エミリアは一旦ここで待機してて。すぐに戻るから」
言うが早くクラムは姿勢を低くし、まるで滑るように音を立てずにエビルシャークとの距離を詰めていく。その動きに合わせて彼のベルトの帯が尻尾のようにゆらゆらと揺れ、その光景は獲物に近づく獣のようだ。
遮蔽物伝いに近づき、最寄りのエビルシャークまでの距離は2m程度。残りのエビルシャークも近くに固まっているため、遮蔽物に隠れながら1体ずつ隠密で、という方法は取れそうにない。
エミリアに危険が及ぶ可能性をできる限り排除するためにどう動くべきかを頭の中でシミュレートし、青年は静かに腰の得物に手を添える。
「──っ」
遮蔽物から飛び出し、残りの距離を一息で詰め寄りながら腰の【剣影】を抜刀して一閃。その細い腰を一撃で断ち切り、さらにダメ押しと言わんばかりにその上半身をフロアの端へと蹴り飛ばした。
その勢いを殺さず身体をさらに回転させ、近くにいた2体目の側頭部を鞘の方で殴打する。手応え的に相手の頭蓋骨ごと脳にダメージを与えられただろうが、白銀のビーストはその両腕を切り落として反撃の手段を確実に奪う。
瞬く間に2体を無力化した青年はそこから間髪入れず残る2体に向かって跳躍。身体を地面と水平にしながら腰を捻って回転し、遠心力を利用した鞘の振り下ろしで3体目も殴殺。
ここでようやく敵の存在を感知し咆哮で威嚇する最後のエビルシャークだったが、遥か格上の相手に対してそれは自らの命を差し出すにも等しい愚行。
白銀のビーストはその甲高い咆哮を意に介さず、むしろ好機と言わんばかりにその開いた口へ右手の刀を突き刺すことで内側から脳に致命傷を与えた。
文字通り瞬殺。4体全てをほぼ一撃で片付けたうえに返り血すら浴びていない銀狼は、しかしすぐには警戒を解かずに静寂に包まれたフロアを用心深く確認。確実に安全だと判断することでようやく【剣影】を納刀する。
「もう大丈夫だよ。……エミリア?」
再びチョーカーに触れながら振り返って声をかけるが、通路の影から僅かに顔を出している少女から返答がない。
顔の前で手を降っても無反応で、軽く肩をゆするとようやく我に返った様子だった。
「す、すごいね。さすが傭兵って感じ」
「あはは、そこまで褒められるとちょっと恥ずかしいかな」
「だって本当のことじゃん。それに、ちょっとホッとしたよ。右も左もわかんない場所で不安だったけど、あんたがいれば安全っぽいしさ」
「そう、かな……まあ、そう思ってもらえたのならよかったよ」
戦闘に自信があるとはいえ、羨望の眼差しで見られて堂々としていられるかと言えば話は別。少女の視線から顔をそらし、なおも向けられるむず痒い視線から逃れるように歩き始めた。
対する少女のほうはクラムの実力が本物だとわかり多少なりとも心に余裕ができたのだろう。彼の後ろを追いかける足取りは先ほどに比べると少し軽やかになっている。
「それに比べてあのおっさん。あたしが働かないからって、ムリヤリ連れ出してこんな危険なレリクスにほっぽって……」
「……働かなかった?」
聞き間違いかと耳を疑い聞き返すが、少女は特に悪びれた様子もなく、むしろこっちが被害者だと言わんばかりに口をとがらせている。
「そうだよ? ちょっと事情があって形だけでも軍事会社に登録しなくちゃいけなかったんだけど、戦う気とかこれっぽっちもなかったし。
それを何度も言ってるのに聞いてくれないわ、一方的に武器渡してきて働けって言うわ……
あー、なんかだんだんハラが立ってきた! こんなかよわい女の子を一人にするなんて、ひどいと思わない?」
「……あーうん、そうだね」
「でしょ? やっぱりそうだよね!
たしかにあたしも、仕事をえり好みしてなんにもやってなかったけど、いきなりこれは酷いもんね!」
「………………」
こういう時は下手に反論せず同意するのがよい、とナンパ癖のある旧友が言っていたなーなどと思い出したクラムは顔をそらしながら言葉だけで同意したのだが、付け焼き刃でやるものではないとすぐに後悔する。
自分の意見に同意してくれるヒトがいたことで勢いを増したエミリアの不満は決壊したダムの如く激しさを増し、今現在未開の危険地帯を歩いているのだということを忘れてヒートアップし始めたのだから。
一度手綱を手放した暴れ馬を止める術など知らないコミュニケーション下手は、ただただ嵐が過ぎるのを待つしかない。
そうして一通り不満を吐き出したところでようやく違和感に気づいたらしく、エミリアは小首を傾げてクラムの方を見る。
「って、どうしたの? そんな微妙そうな顔して?」
「いや、なんでもないよ」
「その顔でなんでもないことはないでしょ。
まあいいや、あんたがいれば無事に帰れるような気もするし、おっさんには後で文句いいまくってやる」
不満が逆恨みにまで発展したのはどうかと思うが、未開のレリクスを突き進むモチベーションが高まったのは怪我の功名だろうか。
「SEEDはもう存在しないからレリクスは安全だ、とか言い張ってあたしのいうこと信じてくれないしさ……
そりゃ、今まで発見されたレリクスはSEED襲来があったときばかりに機能を覚醒させていたよ?
でも、全部が全部そうだったかっていうと、そういうわけじゃなかったんだよね。一説によると、SEEDの散布する素粒子に反応して起動しているみたい。だけど、同時に地場の乱れも観測されてるから、どうもそれだけじゃないと思うのよね。そもそもSEEDは3年前に一掃されたはずなのに、こうしてレリクスは起動してるわけでしょ。レリクス自体が何らかのプログラム管理である以上はトリガーとなるものも、それに準じた……」
「………………」
「……あ。え……ええっとー……」
不満そうに腕を組みながら、矢継ぎ早に語られたのはレリクスに関する考察。その内容及びそれを語る真剣な表情は先程まで年相応に愚痴を言っていた少女のものとは思えなかった。
そんな突然の豹変にクラムが面食らっていると、我に返ったエミリアは足を止めてバツが悪そうに視線を泳がせる。
泣いて怒って狼狽えて、コロコロと表情の変わる少女は見ていて全然飽きない。
出口が見つかるかどうかもわからない探索の中、張り詰めすぎた神経を適度に解してくれる彼女の存在はクラムとしてはありがたかった。話の内容には思うところがあるが、今追及する必要はないだろう。
「詳しいね」
「あ、いや……こ、このくらい常識でしょ? 常識! 常識だって! 傭兵だったら誰だってこれぐらい知ってて当然なの!」
「常識ね。うん、なるほど常識だ」
先程の知的な分析とうってかわってかなり強引な誤魔化し方。その極端な代わりように思わず吹き出すと、言ってた本人も恥ずかしくなったのか少し顔を赤くして口をへの字に曲げてしまった。
「わ、笑わないでってば!
どうせあんたもあたしが言ったことなんて信じてないんだろうけど……」
「信じるよ」
「え、本当に……?」
まさかそんな風に返されるとは思っていなかったらしく、不貞腐れていた少女は驚いた様子でクラムの顔を見上げる。
「難しい話だったから、内容は全然わからなかったんだけどね。
でもエミリアが真剣に考えてるってのは伝わってきたし、デタラメ言ってるわけじゃないのはわかったから」
どんな返しをしたら喜ばれるかなど考えず素直な感想を述べてみたのだが、少女はキョトンとした表情のまま動かない。いや、どういう表情をすればいいのかわからない、という表現が正しいかもしれない。
時間をかけても適切な答えが導き出せなかったらしく、それを誤魔化すようにエミリアはわざとらしく大きな身振り手振りで話し始めた。
「あ、ああ……ええっと! 話変わるんだけどさ、さっき倒したエビルシャークほったらかしにしてるけど、片付けなくてもよかったの……?」
「レリクスでは気にしなくていいよ。詳しいことはわからないけど、備え付けられた設備のおかげで腐る前にフォトンに変換してくれるみたいだから。
討伐数を報告する依頼があれば、変換される前に回収用のナノトランサーに収納するけどね」
「そ、そういえばそうだったね。じゃあ今回は無視していっか。あはは……」
しかし咄嗟に思いついた話題で会話が弾むほどのトーク力はお互いに持ち合わせておらず、すぐに会話は途切れてしまった。
それでも変な空気が流れている感じはなく、クラムも無理に会話を続けようとはせず通路を歩いて行く。
「……ありがとう」
「えっと、どういたしまして?」
いきなりのお礼がどれに対してなのかわからず首を傾げるが、少女はそれ以上何も言わずはにかむのみ。少女の心境などわかるわけもなく、しかしながら青年も彼女の笑顔につられて微笑んだ。
……心なしか彼女の歩く位置がさきほどより近づいたような気がするが、実際のところはわからない。少なくともクラムのベルトを掴まずについてきているのは確かだった。
相も変わらず人の気配もなく不気味な通路だが、2人は特に会話は交わさずとも軽い足取りで奥へと突き進んでいく。
PSPo2が全盛期のとき、ホオズキ使用のオリキャラ率がすごかった印象があります
なお自分もその一人です()
過去に別のサイトで投稿してて、二次創作禁止の規約改定でボツったのを練り直したものなので、もしかしたら似た文言が出てくるかもしれないです