PSPo2 Extra Cannaeus   作:駄蛇

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立ちはだかる壁を前に肩を並べ

「【ツインセイバー】っていくらしたっけ……無属性なら、いやでもさすがに今の手持ちだと厳しい金額だったような……」

「まだ言ってるし……

 あたしがおっさんに怒られた内容に比べればあんたのは笑って流されるでしょ」

「クラウチはそうかもしれないけど、チェルシーがね……

 あのヒトは怒らせたらダメなタイプな気がするし」

「チェルシーが? 全然想像つかないんだけど」

 壊れてしまった【ツインセイバー】の片割れを持って大きなため息をついているクラムの姿に呆れた様子のエミリアと、そんな2人のやり取りを微笑ましそうに眺めているラミュロス。

 どれだけ考えようとも壊れてしまったものはどうにもならず、今は考えたところで無駄なのはクラムもわかっているはずだ。これに関しては本人も自覚しているネガティブな性格のせいであり、わかっていても一度陥ってしまうとなかなか抜け出すことは難しかった。

 しばらくしてトニオたちと合流するころにはその後ろ向きな考えも収まってきたから良しとするべきだろう。

「アスタークも10体倒したし、逃げ出しちまった原生生物やあらかた片付いた感じだな」

「そうですねぇ。監視カメラにも原生生物の影は見当たりませんし、ほぼ殲滅したと思っていいでしょう」

 左腕に備え付けられたアイテム用のナノトランサーから端末を取り出し、せわしなく操作していたラミュロスからそんな言葉が返ってくる。

「なんだよ監視カメラあるなら言ってくれよ。それがありゃもっと楽に殲滅出来たってのに」

「防犯も兼ねてる監視カメラの位置を外部のヒトに伝えるわけないじゃないですかぁ」

「む、それもそうか……」

 若干棘があるが正論を言われてしまえば返す言葉はない。

 ともあれ、依頼内容は完了したという認識で全員一致した。あとは依頼主との手続きを終えれば正式に終了になるはずだ。しかし……

「この警報は何で鳴りやまねえんだ?」

 たまらずトニオが愚痴るが、彼だけでなくその場全員が同じ感想なのは間違いないだろう。

 訪問時からずっと鳴り続けていた警報だが、未だに鳴り止む気配がないのだ。さらに依頼終了の手続きをしてくれる社員も現れる気配がない。

 まだ何かあるのかとラミュロスの方を見てみるも、彼女も今の状況は想定外のようでただ肩をすくめるのみ。

 警報なのだから本能的に危機感を覚える音である必要があるとはいえ、頭に響く音をこうも聞き続けていると思わず耳を覆いたくなってくる。

「……ふむ」

 鳴り止まない警報に辟易している面々のなか、ラミュロスだけはしきりに周囲を確認している様子。

 それに気づいたクラムが彼女の視線を追うと、その先には鎮圧用に動いていたガードマシナリー【グラビットS7】が浮遊していた。

 先程までそこにいなかったはずだが、5人が会話している間に巡回でここまでたどり着いたのだろう。

 鎮圧活動中はその羽で施設内を飛び交い射撃を行っていたが、現在は待機状態なのか手の届く高さでホバリングしている。

「どうかした?」

「ええ、警報もそうですがどうも様子がおかしい気がしましてぇ」

 クラムの問いに答えながらもその視線がガードマシナリーから外れることはない。心なしか彼女のレーザーカノンを持つ手にもだんだん力が入っていく。

 間もなくして何かの指示を受けたのかグラビットS7はゆっくりと旋回し……こちらに銃口を向けると同時に発砲してきた。

「────っ」

 予想外の事態が発生したが、この場にいるほとんどはそういう状況に慣れている手練ばかり。

 放たれたエネルギー弾はクラムがその手に持つツインセイバーで誰もいない方向に弾き、ラミュロスがレーザーカノンでガードマシナリーの羽根を撃ち抜くことでその機動力を奪い、すでに目標へ向かって飛びかかっていたトニオがクローを振り下ろすことで完全に破壊した。

 リィナはこの場で唯一反応できていなかったエミリアをやや強引ながら地面に伏せさせシールドを構えて防御態勢を取っている。

 当然ながら、数秒の間に行われたこの一連の動作に対して打ち合わせなど行われてはいない。

「ったく、なんなんだってんだ。故障か?」

「ひょっとすると、これが未だに警報が止まない理由かもしれませんねぇ」

 瞬く間にスクラップと化したマシナリーを観察しながら呟いたラミュロスの言葉は、憶測の域は出ないにしろ的外れとは言い切れない。

 そしてそれを証明するようにラミュロスの持つ端末から着信を知らせるアラームが鳴り響く。

『ラミュロスさん、そこにリトルウィングの方々はいらっしゃいますか!?』

「ええいらっしゃいますよぉ。内容はこの鳴り止まない警報ですかねぇ?」

『は、はい。実は……』

「おっと、内容は皆様に伝えていただいたほうがよろしいかとぉ」

 言いながら端末を操作して通話を会議モードへ。端末のディスプレイに映っていたビデオ通話の画面がホログラムによって空中に浮かび上がり、その場全員が通信相手と対面して会話できる状態にしてくれた。

 通話相手の男性は服装からしてここの職員なのだろう。背後でせわしなく動いている職員も確認できるため、場所はシェルターとは違う場所。もしかすると制御室のような場所で彼らも今の状況を調べているのかもしれない。

『通信越しに失礼します。実は鎮圧用にマシナリーを動かしていたのですが、今度はそちらが暴走してしまって……』

「みてえだな。さっき俺たちも狙われたし」

『っ!? お怪我は……大丈夫そうですね。よかった……』

 ……正当防衛とはいえ施設の設備であるマシナリーを壊したことを咎められないかと内心ヒヤヒヤしていたクラムだったが、職員の反応からしてそこを詰められる心配はなさそうだった。

「その様子だと、原因はまだ調査中のようですねぇ?」

『そう、ですね。お恥ずかしながら、明確なことはなにも……』

 男性職員は申し訳無さそうに顔を伏せるが、ついさっき暴走し始めたものの原因をすぐに突き止めるのは難しくて当然だろう。

 こうなると原生生物同様にすべてを物理的に壊して停止させる以外に即効性のある方法は思い当たらない。男性職員が連絡してきたのは十中八九その依頼をクラムたちにするため。

 だが虱潰しにマシナリーを破壊するのはさすがのクラムたちでも骨が折れるし、インヘルト社のセキュリティ的にも無視できないダメージになるはずだ。

 そこへ、予想外の人物がこの切迫した状況を切り崩すきっかけを作り出した。

「んー、マシナリーが暴走ね。あの、マシナリーってどんな種類のがあったの?」

『ええっと……GRM系の多脚に小型密集系のものがほとんどです。

 あとは……グリナ・ビートが数機ですね』

「その多機種が一斉に、かぁ」

 隣に別のディスプレイでもあるのか、男性職員が画面外で何かを操作しながら列挙したマシナリーたち。どれもガードマシナリーとしては定番のものであり不具合の対処方法も広く浸透している。それにシステムの制御系統もバラバラだ。

 一度にすべてを暴走させる未知の不具合などそうそう起こり得ないだろう、というのが素人知識のクラムの考えだったが、少女には違う視点があったらしい。

「もしかして、何かリーダー的なのがいない? グリナ・ビートよりもおっきいやつ」

『は、はい。最新鋭の【レオル・バディア】が試験稼働していますが……』

「やっぱり? たぶん、そいつの制御装置が壊れてる。

 そこから飛ぶ混線命令で、全マシナリーに影響が出ちゃってるんだと思うよ」

『な、なるほど!』

 男性職員が後ろで作業している職員に指示を出し、すぐさまエミリアが提示した可能性を検証し始める。

 ものの数分でその結果を叩き出した優秀な職員たちは、みな確信を持ったように力強く首を縦に振っていた。

「……お前、そういう専門なのか?

 そういや前も、カーシュ族の目印とかをすぐに理解してたよな」

「それよりも、レオル・バディアってのをシャットダウンすれば終わるんだから早く止めてもらわないと」

『そう、なんですが……故障しているのが制御装置のためかこちらからの停止信号を受け付けないようでして。

 止めるには物理的にシャットダウンさせるしか……』

 妙に男性職員の歯切れが悪い。物理的なシャットダウンとは有り体に言えば破壊ということだろう。グリナ・ビートよりも大きなマシナリーともなればただの職員ではまず無理で、必然的にクラムたちに頼むことになるはずだ。

 それは別に追加の依頼として構わないのだが、懸念材料が一つ残っている。

「けど、話の流れ的にレオル・バディアがいるのはここより更に奥だよね?

 俺たちが今回の依頼で貰ってる権限だとそこまで入れないし契約違反になるんじゃ……」

『そ、そんな、とんでもない!』

 クラム的にはただの依頼内容の確認程度だったのだが、職員には脅しのように聞こえたらしい。ひどく動揺して手を横に降って否定してきた。

『この先は、グラール中の悲願でもある亜空間発生装置の開発が行われている場所です。

 権限はこちらで対処しますので、なんとか鎮圧をお願いしたく……』

「亜空間発生装置の開発が、この地下で?」

『は、はい。ですから、この施設を放棄するわけにはいかないのです。

 緊急事態ですし、この先の区画への入場許可はたった今承認されました。現在皆様がお持ちのバッチでそのまま通過できます。

 マシナリーの鎮圧、お願いできないでしょうか?』

 男性職員の言葉が本当であれば、今のクラムたちは会社の心臓部とも言える場所を自由に歩ける状況になっている。

 本来であれば何枚もの書類にサインをし、場合によっては正規の職員が監視役として付き添わなければならないような権限を今この場で承認するなど、前例があるかわからないほどのイレギュラーなことをしているに違いない。

 それほど彼らも切羽詰まっているということなのだろう。

 念のために他の面々に視線を向けてみるが、全員依頼を受けることに反対する様子はない。

「わかった、引き受けるよ」

『ありがとうございます!

 レオル・バディアさえ止めれば暴走は止まります。よろしくお願いします!』

 予想もしていなかった追加の依頼だが、傭兵業をやっていればこういうことは珍しくない。

 ラミュロスの案内のもと機密区画への入り口まで移動し、実際にクラムたちのバッチで入場できるか確認を終えると中に入ったのは4人だけ。

 アシンメトリーな鎧のような衣装に身を包んだ女性キャストはまるで4人を見送るように手を振っていた。

「では私は引き続きここの護衛を続けていますねぇ」

「一緒に来ないの?」

「マシナリーが暴走しているのならシェルターの防衛も必要ですからねぇ。

 それにここより先は私も数える程度しか入っていないので、道案内できるほど詳しくはないんですよぉ。

 大まかな道順は先程の職員から案内があるかとぉ」

『は、はい! 通路の指定やバッチで通過できないセキュリティの解除は私が遠隔で行いますので、お任せください』

 会議モードでの通話は終了しているが、現在は専用のインカムで職員と通話ができる状態になっている。

 普段はミュート状態で話したいときだけミュートを解除する方式のため、聞き手に関係ない会話が伝わって双方混乱してしまうという心配もない。

 マップも重要区画が確認できるようにアップデートされており、ご丁寧に目的地までの安全かつ効率的な経路だけでなくマシナリーのリアルタイムな位置なども表示されている。

 最短でレオル・バディアのもとへ行く準備は万全と言っていいだろう。

「ではエミリアちゃん、クラム君とは仲良くですよぉ」

「わ、わかってる!」

 この短時間でずいぶんと打ち解けたらしい。エミリアの反応の豊かさゆえに遊ばれているという方が正しいかもしれないが。

 そうして頼もしい仲間1人と別れ当初の4人に戻ったメンバーは職員の指示に従って通路を進み、場合によってはショートカットのために研究フロアを横切っていく。

 先程アスタークの殲滅を行っていた区画は応接室や展示室など外部の人を招くために着飾られた場所が多かったが、今歩いている場所は当然ながら無機質な風景が続いている。

 なにより一部屋一部屋が非常に広い。そこに大小様々な機器が置かれており、この非常事態でもなお停止していないものがちらほら見かけられた。

『亜空間の研究は、このような場所で行われているのですね』

「ちょっとミカ。さっきもそうだったけど、今だってトニオとリィナはいるんだから、出てくるタイミングは気をつけてよ?」

『はい。わかっています』

「ならいいけど……」

 先導するトニオたちには気づかれず、後方からの奇襲を警戒した位置取りのクラムにだけは聞こえてもいい程度の声量でエミリアは自身の中から現れた旧文明人と会話を交わす。

 急ぎつつ、しかしいざ戦闘になった時に息切れを起こさないように小走りで進んでいるため、周囲を見渡すぐらいの余裕は彼女にもあるらしい。

 ぱっと目に入るものを挙げれば、耐久性の試験でもしているのか数メートル間隔に設置された転送装置間を一定のテンポで転送され続けている謎の物体や、原生生物の細胞の一部を入れた培養カプセルのようなもの。

 この全てが亜空間の研究に必要なものなのか、それとも別の研究も混ざっているのか、素人目にはまったくわからなかった。

「それにしても、亜空間開発さえなければ解決なんだし、ここにある機械全部壊しちゃえば終わりなんじゃない?」

「……手伝おうか?」

「冗談に決まってるでしょ」

 念のためにインカムがミュート状態であることを確認しつつの返答。

 当然ながらお互いに本気で思っているわけではないのはわかっている。このような軽口を言い合える程度に関係が回復したということなのだろう。

 唯一このようなノリが初めてだったのか、ミカのみが慌てたように二人の顔を交互に見ていたが……

「そりゃ、壊せばいいのかもしれないけど……

 あたしたちグラール中を敵に回しちゃうし、なによりおっさんがキレるしね」

「それに壊したところで研究が中止になるわけじゃないからね。多少の時間稼ぎか、下手すると面倒な方向に加速するかもしれない」

 そもそもこの研究は今の疲弊したグラールで生きる人類のために動いている惑星規模のプロジェクトだ。小手先で何かしたところでどうにかなるものではない。

「うーぐー、問題を目の前にして何も出来ないって、歯がゆいなぁ……」

『亜空間自体は無数に存在するものであり、旧文明人の存在する亜空間【マガハラ】に通じる確率は、限りなくゼロです。そう急がなくても、恐らく大丈夫でしょう』

「え、そうなの? じゃあ、ほっといてもいいんじゃ……」

『しかし、「鍵」が揃うと状況は一変してしまうのです』

「……カギ?」

「遅ぇぞ、2人とも!」

 何か重要なキーワードが出てきた気がするが、流石に会話に夢中になりすぎたらしい。

 先導する2人より明らかにペースダウンしたクラムたちを叱責するトニオの声に阻まれ、この話題は一旦お預けとなった。

 広い研究室を抜け、別の研究室へと繋がる分岐路までノンストップで走り抜ける4人はここまでマシナリーとの遭遇はない。職員の誘導のおかげもあるが、今彼らの目の前に広がる光景が一番の理由だろう。

「うわ、フロアが水没してる」

 それは水浸しになっているというレベルではなく、階段を下った先の通路はまるでプールのように水が張られていた。

 どこかの水道管が破裂した程度でここまでになるとは思えず、意図的にこうなっているのは間違いない。

「マシナリーの侵入を防ぐ手段の1つだね。空を飛ばれたりグリナ・ビートみたいな軍事用が相手だと意味ないけど、シーカーみたいな多脚型に物量で攻められるのは防げるんだ。

 あたいが海賊やってたときもよくやってた手法さ」

「けどこれじゃあ俺たちも進むのは危ねえな。エビルシャークだけならまだしも【ジャーバ】までいやがる」

 ため息をつくトニオが言う通り、水没したフロアには原生生物がマシナリーから逃げるように固まっていた。マシナリーの暴走に伴い追加で脱走してしまったのだろう。

 レリクスにもいたサメのような原生生物の他に、全長3メートルはある二足歩行の大型原生生物はジャーバ。嘘か本当か、先程の鎮圧の際に駆除した小型原生生物のポルティと同じ祖先を持つと言われている。

 片や水辺での活動が主となるエビルシャーク。片やその体格のお陰で水没したフロアでも膝上までしか浸かっていないジャーバ。

 どちらも純粋な脅威度ではクラムたちの相手ではないが、リマ夫婦どころかクラムでも床に足が届かない水没フロアで戦うとなるとさすがに地の利が悪かった。

『少々お待ちください。今水没したフロアの凍結を行いますので』

 誰のインカムもミュート解除はしてないが、足止めを食らっている光景を監視カメラで確認したのだろう。インカム越しに職員がそんなことを言ったかと思えば、瞬く間にフロア一面の水が凍結。

 エビルシャークたちの足止めを行うと同時にクラムたちが進むための足場へと変貌した。

「すごっ。これがインヘルト社の技術力かぁ……」

「驚くのはいいけど構えて。足場ができたから奥からマシナリーが来てるよ」

 言うが早くクラムとトニオが階段を飛び降りるようにして氷の上に着地。身動きの取れなくなった原生生物及びそれを攻撃するマシナリーはそのまま放置して、こちらに向かってくるものだけを次々に迎撃していく。

 遅れて階段を降りてきたエミリアたちも戦闘に参戦。主にグラビットS7への迎撃でクラムたちを後方からサポートする。

 もともと混線命令で統率が取れていないマシナリーの鎮圧にはそこまで苦労はなく、原生生物の駆除含めて対処するのにそう時間はかからなかった。

「しっかし氷の上なのに滑らねえってのは変な感じだな」

 フロアの安全を確認する傍らそんなことを呟いた小柄なビーストの言葉に対し、最低限の警戒以外することがなかった少女がつま先で氷を叩き、その手に持ったロッドで軽く小突いてみる。

「冷気で瞬間冷凍させたってわけじゃなさそう。でも冷気を使わずにとなると高圧力をかけるとか真空にするとか……

 それとも分子そのものを固定させる機能があるとか? うーん、さすがに装置を見てみないとさっぱり」

「俺にはお前の言ってること自体がさっぱりだ」

 氷の上で滑りやすくなるのは外気や靴底との摩擦熱で氷の表面が溶け、水になることで摩擦力が減ってしまうから。……というのはあくまで要素の1つであり、実際は氷の表面上にある水分子の振動が密接に関係しているらしい。

 そしてこの振動は温度の低下とともに収まっていき、一般的にマイナス100度を下回るとほとんど滑らなくなると言われている。しかしエミリアの推察した通り、今の足場がそこまでの超低温に冷やされているわけでなはなさそうだ。

 瞬時に凍結したのも含めクラムたちが知らない技術を利用しているのかもしれないが、わざわざその技術まで知る必要はない。クラムたちにとって重要なのは氷の上といえど滑らないという事実だ。

 こうなってしまえば氷といえど通常の足場と大きな違いはない。強いて言えば少し脆いことぐらいだろうか。

「よし、ここはもう大丈夫みたいだな。さっさと奥に進むぞ」

『では皆様が渡り終え次第、マシナリーの足止めのため凍結を解除します。階段を登り終えたら通路を真っすぐ進み、突き当りを右へ曲がってください──』

 引き続き職員の誘導に従い通路を突き進み、たどり着いたのは今までのどのフロアよりも広い空間。何かの試験場と見るのが妥当であろう。

 そしてその『何か』といえば、今の状況で連想するものは皆同じはずだ。

「……なに、この音?」

 耳を済ませると、硬いもの同士がぶつかるような……何かが歩いているような音が試験場の中で反響していた。その音は次第に激しく、そして音源が近づいてくる。

 音の正体がなんなのか、答え合わせはすぐにだった。

 天井から降ってきたのは全長数十メートルの円盤。その側面から伸びた4本の脚が巨体を支えながら難なく着地してみせた。

 落下の衝撃だけでかなりのエネルギーがあったはずだが、遠目から見る限りで損傷した様子はない。それだけ強度があるのか、それとも運動性能が高く落下のダメージを上手く分散するようになっているのかもしれない。

 さらに見上げてみれば、胴体下部には足元の敵を迎撃するための兵装の数々。クラムたちの位置からでは分からないが、上部にも別の用途の兵装が多数搭載されていることだろう。

「あれがレオル・バディアかな?」

「こんなでかいのどうやって止めるのよ……!?」

 愚痴ったのはエミリアだけだったが、その言葉はこの場全員の意見と一致していたらしい。

 相手がまだこちら気づいていないのを確認し、すぐさま全員がインカムのミュートを解除して職員に協力を仰いだ。

『機体が損傷した場合、自動修復のために周囲のフォトンを取り込むように設計されているのですが、その際に本体下部にある排熱機構からコアが露出します。ですので……』

「そこを壊せばいいってことだね。わかった」

「今聞くべきはそれ以前の問題じゃない!? 攻撃するにしてもどこ攻撃するわけ!?」

「こんだけデカイ図体してんなら支えてる脚が弱点って相場は決まってんだよ」

「そういうこと」

『そう、ですね。ヒトの装備で対処するならそれが現実的かと』

「な、なるほど……? え、嘘マジ?」

 本来ならエミリアの感覚が普通だろうが、残念ながら議論相手である男2人はこういったものをたびたび相手にしている傭兵たちだ。職員からの後押しもあったとなれば、彼らの感覚に追いつけない限りこれ以上話し合いが成立することはないだろう。

「つっても流石は最新鋭だな。その手の対策もちゃんとしてるみてえだ」

「でも制御系統が壊れてるせいか挙動が不安定みたいだね。タイミングさえ間違えなければ大丈夫そうかな」

 そんな会話をする2人が見ているのは、脚に取り付けられたフォトン・エネルギーのシールド。足元の対策として備え付けられたのだろうそれは、丸のこのように高速回転して牽制を行っていたかと思えば突然収納してしまうなど動作が不安定だった。

 確かにそれは隙になりえるだろうが、全長数十メートルの巨体を支える脚が動くだけでも十分に脅威だ。攻撃するなら動きに細心の注意を払わなければならない。

「それ以外に兵装は?」

『皆さんから見える巨大な砲門がレーザーを照射するためのものです。それ以外は機体下部にナパーム弾を射出する砲門が16門。機体上部に対人用機雷を射出する砲門が20門、うち8門は誘導機能を持った機雷が射出可能です。

 あと、コアを守るシェルターには──』

「あちらさんがあたいらに気づいたよ!!」

 のんきに作戦会議をする面々の代わりにずっと見張ってくれていたリィナが叫ぶ。

 その声に反応してトニオはリィナと、クラムは一瞬反応が遅れたエミリアを抱えてその場から飛び退いた。

「とにかくやることは決まった。あとは全員覚悟決めろよ!」

「う……うん!」

 トニオの号令に従い4人全員が武器を握る。クラムに降ろされたエミリアもかすかに身体が震えているが、それでも立ち向かおうと顔だけは敵からそらしていない。

 機雷から逃げるように2人1組のペアに分かれて4人は散開。離れた状態でも互いに声を掛け合えるようにインカムの設定を4人それぞれとの会話可能な状態に変更しておく。

 直後、さきほどまで4人がいた場所で複数の小型機雷が起爆。小型とはいえそれ1つだけで十分命に危険があるものが連続で爆発する衝撃を背中に受け、クラムのサポートを受けつつ並走していたエミリアがたまらず悲鳴じみた愚痴をこぼす。

「あれほんとに対人用!? 一発食らうだけで木っ端微塵じゃないの!」

「落ちるスピードはゆっくりだから発射のタイミングにさえ気づければ対処できるよ。

 ……ちなみに職員さん、さっき言った以外に兵装は?」

『あ、ありますが試験運転中のアクシデントを減らすために回路を物理的に遮断していますので使用不可かと。あと、どうやらシールドラインも本来ほどの強固さでは出力されていないようです』

 つまりはレーザー以外はすべて対人用の火力しか有しておらず、強度も幾分か落ちているということだ。ここからでも見える明らかに危険な兵装が使用されないとわかっただけでも多少は危険度が下がったといえよう。

 注意すべき攻撃をおおよそ把握して、まず行動に映ったのは唯一主武器が遠距離のエミリアだった。

 足を止めずにロッドを器用に振り回して放ったのは彼女が一番使い慣れた【グランツ】。

 しかし降り注いだ光の矢は脚部の装甲を僅かに焦がすものの、動きに影響が出た様子はない。

「全っっ然効いてる感じしないんだけど!」

「エミリア、相手の属性をよく見て。もし慣れないなら【ゴーグル】使ってもいいから」

 クラムがここで答えではなくそれの導き方を伝えたのは今後の成長のためだ。

 少女もそれに素直に頷き、インカムとは別で耳に装着された小型の機械に手を近づけた。その動作を感知し、少女の目を覆うように半透明なバイザーが展開される。

 クラムがゴーグルと呼んだそれは、地上で開花してしまったSEEDを除去するために用いていた装備の1つだ。

 SEEDとの戦いが終結しそのメインとなる機能は役目を終えてしまったが、『望遠機能』や『暗視』等の視覚補助に加えて『事前に設定しておいた物を索敵する機能』など、SEED事変終結に至るまでに追加されていた機能が多々あるため、『慣れてる人は使わないことが多いけど、ないよりはあったほうがいい』という絶妙な立ち位置を現在は確立している。

 今エミリアが使用している『相手が纏うフォトンの属性を認識しやすくする』という機能も、数ある機能の1つだった。

「えっと、相手は雷属性。ということは……【ディーガ】!」

 続いて放ったのは、同じく雷属性だったアスタークの甲殻にも有効打を与えた巨大な手榴弾。それでもレオル・バディアの装甲が多少凹むだけだったが、さきほどの攻撃に比べれば十分な手応えだろう。

 そこへクラムも追撃を加え、少しでもダメージを蓄積させていく。

「これ本当に効いてる!?」

「微々たるものだけど確実ね。だから攻め急がないように。

 ほら機雷が来たから一旦離れるよ!」

「ああもう忙しい!」

 時折展開される脚部のシールドや飛来する機雷に注意を払い、どれだけダメージを与えても目に見えた成果がわからないとなると2人の集中力は擦り切れる一方だ。

 そろそろ状況が好転してほしいと神頼みをし始めたそのとき、彼らを覆い隠すほどの巨体が大きく揺れた。

「な、なに!?」

「トニオたちが別の脚を壊したらしいね」

 たかが1本、されど1本。すべての脚があってこそバランスをとれていたレオル・バディアの巨体は緩やかにだが崩れ落ちる。

 間もなくしてレオル・バディア自身が脚部の異常を感知したのだろう。警告を告げるブザーと共に機体の下部から光り輝くコアが露出。

 おそらくはAフォトン・リアクターを搭載したそれは周囲のフォトンを取り込み【レスタ】に相当する機能で損傷した脚部の自己修復を始めていた。

 修復速度的に十数秒で修復を終えそうではあるが、それだけあれば攻撃する隙としては十分。

 エミリアを残しコアに向かって疾走した白銀の獣人はその速度も利用して両手に握る【アルセ・バッダ】を叩き込んだ。

「……まあ、弱点がむき出しになるんだから頑丈なのは当然だよね」

 コアを守るように四方を囲むガラスは見た目以上に頑丈だった。排熱を兼ねているからか脚部ほどの強度はないにしても、今のクラムの全力ではヒビを入れるのが精一杯らしい。

「おっしゃ任せろぉぉっ!!」

 そこへ現れたのが小さな獣人。

 武器を持たず全力疾走するその意図を組みクラムが道を譲ると、駆け寄ってくる小さな体に吸い込まれるようにフォトンが収束。瞬く間に3メートルを超える巨人となり、残り数メートルを一息で詰め寄ってきた。

 赤いナノブラスト【アダカ・ヴァル】の特徴は攻撃特化。拳や足の先で圧縮したフォトンが対象物と接触した際に爆発し、通常時に扱う武器とは比にならない火力を生み出すことができる。

 振りかぶった拳を雄叫びを上げながら叩きつけると、クラムの攻撃でヒビしか入らなかったガラスはその一撃で砕け散った。しかしコアそのものは無傷。

「もういっちょぉぉ!!」

 勢いづけるためか再度吠えながら、今度こそむき出しになったコアを一撃で粉砕できるように頭の上で両手を組む。

 対するレオル・バディアもその攻撃に対処するべく新たなシェルターが降り、コアを覆ってしまった。

「それごとぶっ壊してやるよ!」

「っ、トニオ待って!」

『待ってくださいそのシェルターは──』

 トニオが判断した通り、そのシェルターは元々あったガラスと比べれば強度はそこまでない。ガラスが割れた場合の緊急処置とも取れるが、その表面に流れるフォトンの形態にクラムは見覚えがあった。

 そしてどこかのカメラから今の状況を見ていた職員からもストップがかかる。しかし、すでに振り下ろされた拳は止めることができなかった。

「っ!?」

 トニオ渾身の一撃は目論見通りシェルターを粉砕。しかしコアには届かず、ナノブラストで巨大化したトニオの身体を吹き飛ばすほどの爆風が吹き荒れた。

「トニオ!」

「も、問題ねえ……」

 その言葉はやせ我慢などではなく、本当にその身体には傷ひとつついていない。まるであらゆる攻撃から身を守る防御特化の【ボグオ・ヴァル】のような堅牢さだ。

 そしてこれは偶然などではなく、無敵ながら変身時間が短いことがネックだった【ボグオ・ヴァル】を徹底的に解析した研究者たちの努力の賜物である。

 おかげで現在流通しているブラストバッチであれば【ボグオ・ヴァル】の変身時間は大幅に延長され、さらには別のナノブラストの形態にも無敵性が内蔵されている。

 この新型ブラストバッチが開発されてからまだ日が浅いというのにグラール中ほぼすべてのビーストがこのブラストバッチに切り替えたというのだから、この恩恵がどれほど大きものだったのは語るまでもない。

 そんな技術の進歩により無傷で済んだトニオではあるが、残念ながらその技術の進歩はレオル・バディアという敵としても立ちはだかっている。

『申し訳ありません、説明が途中で終わっていました。コアの周囲は特殊な強化ガラスで囲まれているのですが、コアを狙おうとする存在を感知すると追加で爆発反応装甲(リアクティブアーマー)が降りてくるようになっているんです』

「リア……なんだって?」

『簡単に言えば、わざと装甲を爆発させてその爆風で相手の攻撃を半減ないし無力化させる特殊な装甲です』

「ちっ、面倒な装備だな」

『構造が複雑で備え付けの修復機能でも復元不可なため、数に限りはありますが……』

 そうこうしているうちに修復が終わってしまい、コアは本体の中へと戻ってしまった。

 割れたリアクティブアーマーの隙間から見えたが、せっかくトニオが壊した強化ガラスも修復されている様子だった。

 同じ手順を踏めば再度コアを露出させられるだろうが、これではいたちごっこだ。リアクティブアーマーに限りがあるならばいつかはコアを壊せるとしてもこの機体相手に消耗戦は危険すぎる。

「……()()()()、リアクティブアーマーは火薬じゃなくてフォトン・エネルギーを使って爆発させてる。それにあの強化ガラスが異様な硬さな理由もおそらくはフォトン・エネルギー……

 なら……」

 インカムをミュートにしつつ独り言を呟きながら考えを巡らせていくクラム。

 そうして僅かな時間に様々な状況をシミュレートした結果、彼の中で1つの突破口が導き出される。ただしそれは彼の『切り札』を用いるという方法だ。今の再構築中の肉体では無闇には使用できず、さらに今この環境ではさらに注意しなければならない項目が1つ増えている。

 彼が考えを巡らせる最中、レオル・バディアの身体が僅かに沈む。それは脚の損傷によるものではなく、次の動作を行う前の溜め行為だ。

「飛び跳ねるぞ!」

 トニオの叫び声に蜘蛛の子を散らすように4人は散開。全員がその巨体に押しつぶされる前に安全圏に逃れることが出来た。

「なんでこの手のデカいのはみんな飛び跳ねるわけ!?」

「技術がいらない一番手っ取り早い攻撃手段だからね」

 加えて驚くべきはあれだけの重量が飛び跳ねているのにこのフロアに傷ひとつつかないことだ。

 試験運用と言っていたからここはレオル・バディア以上の強度で作られた場所なのだろう。となればそれ相応の設備が整っているわけであり、それこそクラムが懸念する材料の1つ。

「トニオ、ナノブラストあとどれぐらい保ちそう?」

「もう一回コア出して殴るぐらいまでならな。

 けどあのリアなんちゃらって装甲どうにかしねえことにはコアに届かねえぞ?」

 暴れる4つの脚から逃げる途中で偶然合流したトニオは未だに赤いたてがみをなびかせる巨人のまま。今の彼なら何発か本気で殴れば脚の1本ぐらい壊せるだろうが、コアを破壊する火力要因として力を温存してくれているのだろう。

「それだけ保てば十分だよ」

 言いながらクラムはトニオにしか気づかれないような小さな仕草で耳のインカムを指差し、そしてその人差し指を自分の口元へと置いた。

 そのジェスチャーが何を意味するのかすぐに理解したトニオは太い指を器用に使って耳元のインカムをミュートにする。

 ……そこに本当にインカムがあったのかクラムの位置からはわからないが、今はトニオを信じることにしよう。

「諸々含めてコアは俺が壊す。トニオには()()()()()()()()()()

「……へっ、わかったよ」

 ミュートにした上で2人の間でしか伝わらなさそうな短いやり取りをする用心深さ。

 そこまでする理由はトニオですら理解できていないが、少なくともクラムの意図を組む程度なら可能だ。

「よしお前らここが正念場だ! 最短でどっかの脚ぶっ壊すぞ!」

「あ、ならあの脚がいいかも!」

 言いながらエミリアが指さしたのは先程まで彼女がクラムと攻撃していた脚。トニオたちが壊した脚を修復した際にそちらも治ったものとばかり思っていたが、よく見ればそちらの脚はほとんど修復されていなかった。

 自動修復は緊急処置のようなもので、損傷が激しい部分を重点的に短時間で治すことに重きを置いているのだろう。実際、そこそこダメージを与えたはずの脚部があっても先程のように跳んで着地ができる強度なのだから納得できなくもない。

「お前ら潰されねえように気をつけろよ!」

 言うが早くトニオが飛びかかり一撃を加えると、予想以上にダメージがあったのかはたまたトニオの攻撃が強力だったのか、その一撃だけでレオル・バディアは再びバランスを大きく崩した。

「っ、みんな危ない!」

 ただしタイミングが悪かったらしい。リィナの警告で事なきを得たものの、燃えるものなど見当たらない試験場が一瞬にして火の海と化した。

 事前に職員から聞いた兵装から該当するのは間違いなくナパーム弾だろう。シールドラインが一般装備として普及している現代だからこそ火傷を起こす厄介なもの、程度に落ち着いているが人体に直接付着しようものなら見るも無惨な姿になる危険な兵器なのは変わりない。

 だから体質故にシールドラインを使用できず、さらにフォトン由来ではない攻撃であるためクラムにとっては致命的とも言える攻撃なのだが……

「チャンスだ。いくよトニオ!」

「え、クラム!?」

 むしろこれ幸いと言わんばかりに、エミリアの制止も聞かずに白銀の獣人は火の海へ向かって疾走する。

 それに追走する巨人と共にその姿は炎に包まれてしまった。

「クラム、俺は今のままなら大丈夫だがお前は火傷でも酸欠でもヤバいんだ。一撃で決められないなら引きずってでも連れ戻すからな!」

 絶えず燃焼し続けるこの空間は炎そのものはもちろん急速に酸素がなくなっていく危険な空間。そんな場所を息を止めたまま疾走する銀狼は返答する分の空気も節約して無言で頷く。

 間もなくして、むき出しになったコアを間合いに捉えたクラムは両手に持っていた【アルセ・バッダ】を収納しつつ『切り札』を発動。青白いオーラが彼の周囲を包み込み、その空間内では時折スパークが起こり始めた。

 それに巻き込まれないように足止めたトニオを置いて、更に肉薄したクラムはあろうことか素手のまま右手を握りしめ振りかぶった。

 対するレオル・バディアは先の攻撃で学習したのか、コアを覆うようにリアクティブアーマーはすでに展開済み。ナノブラスト状態のトニオだらこそ一撃で破壊できた装甲に向かって白銀の獣人はその拳を叩き込むと、トニオの一撃に勝るとも劣らない一撃によって貫いた。それに伴い爆発は……起こらない。

 そして不発に終わった装甲を難なく引き剥がし、その内側に強化ガラスへと狙いを定める。コアを守る最後の砦たるそれはクラムいわくフォトン・エネルギーで補強されており、彼の攻撃ではヒビしか入らず、ナノブラストで変身しているトニオの一撃でなければ破壊は容易ではないぐらいは強固なもの。

 それを、リアクティブアーマーを引き剥がす際の身体の捻りを利用して振り下ろした左手……利き腕ではない拳を叩きつけることでまるで飴細工を殴るかのごとく粉々に破壊してみせた。

 こうなってしまえば決着はついたと言っても過言ではない。守る術を失ったレオル・バディアのコアにクラムは手を伸ばし、その握力をもって粉砕。動力源かつ制御システムの要であるものを破壊された巨大兵器は、まるで生物が悶えるかのように不規則に暴れ始めた。

 あとはこれに巻き込まれないように退避するだけ。

「……やば」

 しかし『切り札』の反動が思ったより早く出てしまい、青白いオーラが消えると共に彼の動きは急速に鈍り始めた。息を整えようにも、十分な酸素が残っていないこの空間では呼吸そのものが危険な行為に他ならない。

 足に十分な力が入らなくなった青年の身体はその場に崩れ落ち……

「これで貸し2つ目だからな!」

 辺りを埋め尽くす炎よりも真っ赤なたてがみをなびかせた巨人が彼の身体を抱え上げてくれた。

 数十メートルの巨体が崩れ落ちる中、間一髪危険地帯から脱出した2人は受け身を取る余裕もなく地面を盛大に転がっていく。

「か……は…………っ、ごめ、ん……」

「先に息整えろバカ野郎が!」

 変身を解除しながら怒鳴るトニオに促され喘ぐように新鮮な空気を取り込むと、全身がそれを欲しているのか心臓が破裂しかねないほどの強さで動き始めたのがわかった。

 ただ深刻なのは酸欠気味である以上に()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 隣で仰向けになっているトニオは汗だくで荒い呼吸をしているのに対して、クラムは殆どと言っていいほど汗をかいていない。だがそれは彼にそれだけ余裕があるわけではなく、そういった体質であるからだ。

 最終手段として右腰のナノトランサーから飲料水を取り出し、それを被るように全身にかけることで彼の呼吸はようやく落ち着いてきた。

「ありがとうトニオ」

「無茶するのも相変わらずだな、ホントによ」

 お互い満身創痍で床に寝そべったまま言葉を交わす。万が一にもレオル・バディアが再起動すると絶望的な状況だったが、力なく崩れ落ちた自立機動兵器が再び立ち上がることはなかった。

 そしてナパーム弾によって起こった火災をセンサーが感知したらしい。火災を知らせるベルと共に、鎮火用のスプリンクラーによるシャワーが天井から降り注ぎ始めた。

 クラムの体質にとっても、十数秒足らずとはいえ炎に炙られていたトニオにとっても、身体を冷やすには丁度いい恵みの雨といえよう。

 しばらくしてレオル・バディアを挟んで反対側にいたエミリアたちもこちらへ駆け寄ってくるのが気配でわかった。

「トニオもクラムも平気かい!?」

「あー、なんとかな」

 流石のリィナも炎の中に突っ込んでいった2人には肝を冷やしたらしい。であればエミリアはもっと取り乱してもおかしくはないわけで……

「う、うう……よかったぁ……」

 感情の限界が来たようで泣き出してしまった。

「あーあ、こりゃクラムの責任だな」

「だね、ちゃんとケアしてあげなよ?」

「それはわかってるんだけど、もうちょっとだけ待って……」

「ゔ、うううぅ…………っ!!」

 怒りと安堵とその他諸々の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合ってどう表していいかわからないものを拳に込め、倒れたクラムに向かって振り下ろし続けるエミリア。

 普段のクラムなら耐えられるものでも今の満身創痍な状態ではそうはいかず、しかも3回に1回は鳩尾にクリーンヒットするため全快までの道のりが遠のいていく。

 結果として、エミリアが落ち着くまでクラムは彼女のサンドバッグとなる他なかった……

 

「……最近なんとなくわかってきたから、言っても無駄かもしれないけど、本当に気をつけてよね」

「ごめんエミリア」

 数分間たっぷりと殴られたクラムはようやく開放され、エミリアに手伝ってもらいながら上体を起こす。

「チョーカーの機能って今オフにしてるんだっけ? オンにしようか?」

「いや、しばらくこのままで……

 無理やり心拍数とかを抑える機能とかも内蔵されてるから、今起動したら酸欠が悪化する……」

「そんな機能まであるの? それも体質を抑えるのに必要だったり?」

「まあ、そんなところ」

「ふぅん……あ、じゃあ何か拭くものは? シールドラインないからずぶ濡れじゃん」

「あるけど、それぐらいなら自分で……」

「今はじっとしてて!」

 言うが早く、ほとんど取り上げるような形でタオルを持ったエミリアがクラムの髪を拭き始めた。何かを言おうとしたクラムも体力の限界なため今回はそれに素直に従っている。

「それにしてもエミリア。さっきのアスタークの時もそうだったけど、動きが見違えたね」

「え……そ、そうかな?」

「もちろん。それにレオル・バディアなんて俺やトニオたちでも対処が難しい相手なのに、エミリアも俺たちに食らいついてたし」

「それはクラムたちがフォローしてくれたからだし……」

「俺たちは長年の経験で似たようなのと戦ったことがあるから多少慣れてるだけ。あそこまでデカいのと戦ったのは片手で数える程度だよ。

 戦闘経験が浅いエミリアなら足がすくんで動けなくなってもおかしくないのにちゃんと動けてた。これはすごいことだよ」

「うん……そう言ってもらえると嬉しい、かな」

 ベタ褒めされることにムズ痒さを感じて入るが、先程と比べれば彼女の中でもかなりの達成感があるのだろう。照れくさそうに笑いながらも過度な謙遜はなく受け入れていた。

「……ん? 誰か来るよ」

 エミリアと同じくトニオの介抱をしていたリィナがいち早く気づき他のメンバーに呼びかけ、全員の視線がそちらへと注目した。

「リトルウィングの皆さん。どうもありがとうございました。

 先ほど、こちらもで全マシナリーの停止を確認しました」

 落ち着いた声色で丁寧に状況を説明してくれた中老の男性ヒューマン。髪はもちろんのこと髭も綺麗に整えられ、厳かな服装を身にまとったその容姿だけでもかなり位の高いヒトであることが容易に想像できた。

 なにより、多少なりとも情勢を把握していれば彼のことを知らないヒトはいないであろうほどの有名人だ。

「……もしかして、インヘルト社代表のナツメ・シュウさん?」

「はい、その通りです。以後、お見知りおきを」

 クラムの問いに頷きつつ、謙虚でありながら威厳を損ねないその立ち振舞は誰にでもできることではないだろう。代表の登場に慌てて立ち上がろうとしたクラムだが、むしろ彼の身体を案じてそのままでいいと片手で制されてしまった。

「代表が直々にお礼に来るとは……なんつーか、驚きだな」

「グラールの希望が詰まっている、といっても過言ではない施設ですからね、ここは。

 皆さんの迅速な対応がなければ装置などが損傷し、亜空間研究に致命的な遅延が生じたかもしれない。

 改めて、感謝いたします」

「……し、しっかし、インヘルトの社内で亜空間の研究をしてるってのは意外だったかなぁ。

 あれだけ騒がれてる計画だし、もっと誰も近寄れない場所でやってるものだと思ってた」

 それなりのことをしたという自負はあれど、さすがに大企業の代表に深々と頭を下げられてはこちらの方が落ち着かない。エミリアがとっさに話題を切り替えたのはいい判断だといえよう。

「これでも警備は厳重なほうなのですが、今回に限ってはその『厳重さ』が仇となってしまいました」

「亜空間やその研究のことについては俺はよく知らねぇんだが……実際どんなことしてんだ?」

「ここには、今までに調査したレリクスから発見された旧文明の遺産が集められています。はっきり言ってしまうと、亜空間は旧文明にすでに発見されていたテクノロジーなんですよ。

 亜空間研究とは、つまるところ旧文明テクノロジーの研究でもあります」

「あの、そんな重大な話、あたしたちが聞いちゃってよかったんですか?」

「はははっ、公式にも発表していますからね」

 旧文明人復活計画の要が亜空間研究なのだから、旧文明人が今以上の技術力で亜空間を利用していたのは想像するに難しくない。しかし、その推察ができるのはすでに旧文明人の計画と亜空間の関連性を知り、逆説的に導き出せるクラムやエミリアだからこそだ。

 何も知らないヒトが亜空間研究が旧文明に関わりがあると導き出せたということは、その他の状況証拠からも導き出せるほど紛れもない真実であるということ。

 ミカのことを信じていないわけではないが、こうして第三者から真実をつきつけられるとまんまと旧文明人の策略に陥っているのだということを痛感させられる。

「SEEDの脅威を乗り越えたグラールには未来を託す子供たちがたくさんいるのです。その子供たちの為にも、今グラールが直面している資源枯渇問題への対策法は何としても見つけなければなりません」

 ……そして、この破滅への道が今のグラールには希望でもあるという状況も。

「それじゃ、仕事も済んだし、あたい達はこれで。……ほら、クラムにエミリア、行くよ」

 ようやくチョーカーの機能をオンにしても動ける程度には回復したとはいえ、未だ疲労困憊なクラムの代わりにトニオとリィナが任務完了の手続き等を請け負ってくれた。

 その間も代表のナツメは少し離れた場所で待機していた影響で、対応してくれた職員がかなり緊張した様子だったのは言うまでもない。

 しかも処理した原生生物の回収に加え、機能停止したレオル・バディアの復旧まで加わったのだ。クラム達は一段落ついたとはいえ職員たちはここからが本番と言わんばかりにせわしなく施設内を駆け回っていた。

「クラム何してるの?」

「ラミュロスにお礼言っておこうと思って。でも後処理班の応援で忙しいみたいだね」

「うへぇ、ラミュロスもあんなに駆けずり回ってたのにまだ働いてるの?」

「あっちも追加ボーナスなんだってさ」

 言いながらクラムが見せている端末画面には彼女からの短いメッセージが返ってきていた。

 彼女の言っていることが本当ならこの返信をするだけでも手間でありそこまでの義理はないだろう。これまでの対応からして彼女が非情に几帳面な性格であることは容易に想像できる。

「まあ無理して今言わなくてもいいだろ」

「そうだね。帰ってからにするよ」

 職員の邪魔にならないように足早にインヘルト社を後にし、4人はクラッド6への帰路へとついた。




普通に考えてレオル・バディアみたいな超大型兵器を数人の生身で倒せるの、兵器が弱いのか人間がヤバいのか……
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