インヘルト社の任務から帰還し、現在4人は手分けしてシップ内の後片付けの真っ最中。
ナノトランサー等の収納技術により大荷物をコンパクトに持ち運べるとはいえ、細々とした備品を4人が各々準備しているとどうしてもシップの中はかさばってしまう。
個人用であれば置きっぱなしにできる備品であっても毎回片付けないといけないのは共用艇の大きな欠点であろうか。
そんな片付けもようやく終わり事務所へと戻ってくると、それに気づいたチェルシーがニコニコしながら手招きしてきた。
「みんなオカエリナサイ♪ それにグッドタイミング」
「何かあったの?」
「ソウダヨー。クラムとエミリア、お2人サンにご指名ネ。
シャッチョサンが奥でお待ちヨー」
「うぇっ? あたし、なんか悪いことしたかな……」
誤解されても仕方がない言い方をしたチェルシーにも非があるとはいえ、それ以外に無いと言わんばかりに身構えてしまうエミリアもエミリアか。それだけ名指しで呼ばれることにトラウマがあるのかもしれないが。
助けを求めるようにして同じく呼ばれたクラムの方を見るも彼は肩をすくめて笑うのみ。
リマ夫妻に至ってはチェルシーと依頼の報告を始めてしまい、奥へ行くように促されてしまった。
彼女の表情と足取りから気が進まないのがひしひしと伝わってくる。それでも足を止めていないのは、同じく今までの経験からここで粘っても悪化するだけだと学んでいるのだろう。
「あの、おっさん……」
「おう、来たか!」
おずおずと呼びかけると返ってくるクラウチの声。声色からして上機嫌なのは間違いないが、落ち込んでいるエミリアにはそのことが伝わっていない様子だった。
「とりあえず、インヘルト社からの依頼は無事終わったけど……」
「ああ、先方から聞かせてもらったぜ!
エミリア、お前ずいぶんと活躍したそうじゃねえか!」
「え、えっ……別にそんなには……」
「お前の機転があったおかげでマシナリーの暴走を止められたって、えらく感謝してたぞ」
「いや、それだってウソかもよ……?」
「アホ、クライアントからの報告なんだぞ。ウソのクレームならともかく、ウソの感謝とかは来ねえよ。
こういうときは、黙ってその無い胸を張っとけ!」
「え……? えっと、ええっと……っ!」
返ってくる言葉がすべて予想と大きく違ったからか、エミリアは目を点にして固まっていた。……途中、普通なら聞き捨てならないような暴言が飛んでいた気がするが、キャパオーバー気味の少女は気づいていない様子。
「ど、どういうこと? 怒るために呼んだんじゃないの?」
エミリアもエミリアで絞り出した言葉はクラウチに負けず劣らず酷いものだったが、今のクラウチはそんな失言にも怒ることはない。
それどころか、どうして怒らないといけないんだ、と至極当然な言葉で対応するほど余裕があった。
「ほれ、こっちこい。お前に渡すもんがある」
「……渡すものって、なに?」
「何って、お前へのボーナスだよ、ボーナス。
ちゃんと仕事したんだからキチンと受け取れ」
「……う、うん」
「よく頑張ったな」
「…………うん」
ボーナスの場合はそうする習わしでもあるのか、クラウチの手から直々に小切手が手渡される。エミリアに続いてクラムもそれを受け取るが、その額は今回受けた依頼の報酬と合わせるとかなりの大盤振る舞いだった。
「これ、節約しなくても一ヶ月ぐらい普通に暮らせるレベルなんだけど……
というか、エミリアの機転のおかげなら俺は関係ないんじゃ?」
「エミリアの育成に対してだよ。いいから素直に受け取っとけ。しっかし、ほんとよくやった、お前ら!
クライアントも感謝の印として追加報酬をたんまりと出してくれたしな。もうウッハウハだぜ!
これで俺も久々に酒を浴びるように飲めるってもんだ!」
「あー、ごめんクラウチ。実は今回の依頼で会社備品の【ツインセイバー】を壊しちゃったんだけど……」
「んな安もん気にすんな。それくらい貰った報酬から見れば痛くも痒くもねえよ!
じゃあな、お前らもちっとは羽伸ばしとけよ!」
終始上機嫌だった男の背中を見送り、その場にはクラム達2人のみが残った。
周囲に事務作業を行っている職員はいるものの、皆空気を読んでか遠目からにやにやと様子を伺うのみ。その視線が集中しているのはもちろんエミリア・パーシバルその人。
小切手を両手で持って眺めている少女は未だに状況が飲み込めていないのかうわの空だった。
「……ねえクラム、さっき報酬を渡す時におっさんが言った言葉って……」
「『よく頑張ったな』ってやつ?」
「うん、そう。あれって、あたしの勘違いじゃなければ、きっと、褒められたんだよね……?」
一言一言確かめるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。その問いにクラムが答える必要はなかった。
状況を客観的な言葉に変換できたことで状況を把握し始めた少女は次第にその口元をほころばせる。
いかにパートナーのクラムが親身になって接していようと、家族から認められるという達成感はクラウチにしか与えられない。それが今まで邪険に扱われてばかりだったとなればなおのことだ。
いかにお互いにいがみ合うことが多いとしても、やはりエミリアとクラウチは家族であるということなのだろう。
「あたし、褒められちゃった! ねえ、聞いてる!? 褒められちゃったんだよ!?」
心の内から溢れ出る感情を表現しようとして自然と身体が動いているのだろう。全身を使って飛び跳ねるエミリアが本心から喜んでいるのは一目瞭然で、それを見ているクラムや他の職員もつられて笑みを浮かべてしまうほどだった。
「おめでとう、エミリア」
「うん、うん!
よかった、頑張ってみて。本当に良かった!
こんだけあたしが頑張れたのはクラムのおかげだよ!!」
「これに関してはエミリアが頑張ったからだよ」
感情が溢れ出したエミリアは距離感覚がバグりがちなのは今までの行動から明らかだ。間違ってもこの人目の多い場所で抱きつかれることがないよう、不自然にならない程度に彼女の肩に手を置いて暴走を食い止めつつ彼女へ称賛を送る。
喜びを噛みしめること数分。少女の表情はまだまだ緩んだままだが、ほどよく落ち着いてきたのを見計らい2人はチェルシーのいる受付口にまで戻ってきた。
「もしかして、もうトニオたちは帰った?」
「みんなお疲れみたいだからネ。クラムたちも今日はもう休んでダイジョブよ」
「そういうことなら、お言葉に甘えて」
彼らに報告を丸投げにしてしまったため一言ぐらいお礼を言おうとしたのだが、チェルシーの気遣いでトニオたちも簡単な報告だけして休息に入ったらしい。
今から追いかけてお礼しなければいけないほど畏まった関係でもないし、お礼はまた今度に持ち越しでも問題ないだろう。そう結論を出したクラムはエミリアを連れて事務所を後にする。
居住区までの道中、クラムとエミリアはとりとめもない会話を続けながら今日という一日を振り返る。クラムだけで一日を振り返ると、元がネがティグな性格なせいで定期的に反省会が始まってしまうのだが、今はこの上ないほどに上機嫌なエミリアろ共にいる。
事あるごとにクラウチに褒められたことを反芻してニヤける少女につられ、いつもは自分の至らなかった部分を上げたちなクラムも今日だけは素直に戦果を喜ぶことができた。
そうして居住区の扉を抜け、クラムの住む部屋の前で別れると思っていたのだが……
「ほんと信じられないよ。まさかあのおっさんに褒められるなんて……」
「あはは、そうだね……」
さも当然のようにクラムと一緒に扉をくぐり、この部屋の主よりも先に我が物顔でベッドに腰掛ける少女。この上機嫌な少女をどう扱えばいいのかわからないクラムは、いつの間にか隣に出現していた旧文明人の女性へと助けを求めて視線を送る。
ただし、その天女のような女性でさえ困ったように笑うだけで何の解決策も提示してくれることはなかった。
未だ家具を追加購入していないクラムの部屋は、ベッド以外で座れる場所といえばデスクとセットになった丸椅子のみ。ベッドを占領されると消去法でそちらへ座るしかないこの部屋の主は、適度にエミリアの話を聞きつつ部屋に備え付けのデバイスを片手間で起動し始めた。
「何か調べ物でもするの?」
相手に不快感を与えない程度に気を使いながら起動したものの、流石に目の前でデバイスが起動したらそちらに注目するのは必然。ベッドの上で上機嫌に口元をほころばせていたエミリアは、徐ろにベッドから立ち上がり、投影された画面をクラムの肩越しに眺め始めた。
「今回の依頼の報告書を作成しておこうと思ってね。前回のクラウチの個人的な依頼じゃなくて、今回はインヘルト社からの正式な依頼だったし」
言いながら軽快にキーボードをタイピングし、簡単な様式を瞬く間に作成してしまうクラム。その手際の良さに小さく声を上げているエミリアだったが、それはそれとしてこのような面倒な後処理があることを理解して苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「うへぇ……依頼が終わった後ってこんなの必要なの? おっさん絶対見てないと思うよ?」
「まあ、たぶんクラウチは見てないだろうね。けどチェルシーや他の事務の人はちゃんと見てるはずだよ」
フリーの時なら調査系の依頼でも受けない限り、このような後処理をする必要はない。しかし企業から依頼され、その企業から少なからず援助を受けたのであればそうは言っていられないのも事実。
報告する内容としては、どのような依頼でどのような結果をもたらしたのか、どのようなアイテムを消費したか、依頼人とどのような会話を交わしたのか、エトセトラエトセトラ……
要は依頼を問題なく完了し、その完了に至るまでの行動や消費した物品諸々に正当性はあるかを証明するために報告書を提出する義務が発生するのだ。
「特に今回は追加で依頼を受けて、本来なら入れないような場所に入らせてもらったからね。今回対応してくれたインヘルト社の人はそんなことしないと思うけど、人によっては嘘の報告で違約金を請求してくる場合もあるんだ。
それに対して反論ができるように、最低でも議事録は残しておく必要があるんだよ」
「理屈はわかるけど……面倒だね」
「それは俺も思ってる」
それでもなんとか作成できているのは、ガーディアン時代に逐一任務の進捗報告や成果報告を要求されてきたからだ。とはいえ、ある程度慣れていまえばこの手の類は手癖で作成できたりする。
それに細かい部分は正式な報告の前にチェルシーから添削を受ければどうにかなるのだ。この手の書類は一人で完成させるのではなく、どの程度作成できれば他の人の助力が得られるかを判断できるようになるのが重要といえよう。
というのがクラムの経験談になるが、慣れていなければこの後処理を行うこと自体が面倒であることも事実。外部委託に様々なメリットがある一方、頑なに完全なフリーの傭兵を貫くヒトが多いのも、このような事務処理を嫌っているのが理由の一つなのだ。
「今後の勉強を兼ねてエミリアもやっている?」
「うー……、今回はパス。手本にするからクラムお願いしてもいい?」
「りょーかい」
元より今回の報告書はクラムが担当しようと思っていたもの。それでも提案したのは、クラムが言った通り何事も経験という理由のみ。
エミリアのモチベーションが高ければ任せてみるものも手だったが、さすがにこの面倒な処理までは今の上機嫌なエミリアでも難しかったようだ。
こうなればあとは経験者の単純作業だ。
やることは決まっており、言葉の取捨選択で多少悩みこそすれ、それでもクラムの手が止まる様子はない。
とはいえ、なにぶん時間がかかるのがこの手の報告書の難点ではあった。ゴールは見えていてもそこに至るまで丁寧な筋書きが必要なのだ。
かなり早くできたと思っても、壁に備え付けられた時計を見ればすでに1時間が経過していた。
後ろを振り返ってみれば、興味深そうにディスプレイを眺めていたエミリアもいつの間にかベッドに横たわり寝息を立てている。
『どうか責めないであげてください。エミリアも疲れていたようですので』
「それは俺もわかってるから大丈夫だよ」
エミリアの代わりにミカが申し訳無さそうに肩をすくめているが、今回のエミリアの頑張りはクラムもよく知っている。疲れて眠る程度で怒るなんてことはあり得なかった。
強いて言えば、エミリアが寝ている場所が本来のクラムの寝る場所であるため、このままではこの部屋の家主であるはずなのに寝る場所がなくなってしまって困るというところだかろうか。
「まあ、1日ぐらいなら大丈夫かな」
一応ここ以外で仮眠を取る方法ならあるのだが、今回はクラムもこれ以上動く気にはなれなかったらしい。
丸椅子に腰掛けたまま、姿勢を正して器用に寝息を立て始めた。
「──ほんっっっっとにごめん!」
「だからそこまで謝ることじゃないって」
日付が変わり(宇宙空間のため朝という概念は薄く、単に数時間経過したというだけだが……)、先に目を覚ましたエミリアが状況を把握したようで、本来の家主の寝床を占領して寝ていたことを全力で謝罪していた。
それに対して、クラムも本心から気にしていないことを伝えるが、すでにそのやり取りも数回目。こうなると、ひとまず形だけでもお詫びをさせてあげたほうが丸く収まるかもしれなかった。
「……じゃあ、今日の朝ご飯代をエミリアに出してもらうっていうのでどう?」
「え、そんなのでいいの?」
「うん、エミリアが俺のベッドで仮眠取るのもこれが初めてじゃないし、今更……あっ」
「う……そ、その節はほんとうにご迷惑を……」
「だ、だから謝らなくて大丈夫だって」
場を和ますつもりのフォローが追い打ちになってしまったことを反省しながら、先程以上に頭を深々と下げる少女の肩を軽く叩く。
なにはともあれ朝食を奢る方向で決まり、2人が向かったのは事務所近くにある『カフェ』。
2人用のテーブル席へと案内され、向かい合う形で席についた2人はダブレットに表示されたメニュー表をスワイプし、各々の食べるものを選択していく。そうして頼んだものが2人のテーブルへと運ばれてきたのだが……
「え……起きてすぐにそれ?」
エミリアの方はサンドイッチとドリンクという定番の朝食メニューだったのに対し、クラムが頼んだメニューは肉汁滴るスタミナ丼であった。
クラム的にはエミリアに奢ってもらう関係上、エミリアが頼んだものと値段が離れすぎないリーズナブルなメニューを選んだつもりだっただろうが、そもそも朝食にガッツリ肉を食うこと自体がエミリアには理解されなかったらしい。
「職業がら、食えるときに手早く高カロリーなものを選ぶことが多くてね」
「それはわからなくもないんだけど、起きてすぐによくそんな重いもの食べれるなぁって。
これも種族によるのかな?」
「多少は関係あると思うけど、最終的には個人によると思うよ?」
そんな会話を挟みつつ、朝食を済ませた2人は早々にカフェを後にする。
クラムの提案どおりに2人分の会計をエミリアが行ったのだが、その明細書を眺めているその表情は何やら不服そうに眉をひそめていた。
「……もしかして、あたしが奢るからって食べるもの遠慮してない?」
「い、いや、流石に考えすぎだって」
体格差があるのに2人の食べたものの値段がそこまで違っていないということに不信感を覚えてしまったらしい。
実際遠慮したのは事実でどう言い繕っても墓穴を掘ると判断したクラムは、笑って誤魔化しつつ早々に話題をそらそうと画策する。
「それより、ここまで来たから一旦事務所に向かってもいい?」
「いいけど、今日も依頼を受けるの?」
「あー、流石に俺も休みたいかな。依頼の確認じゃなくて、昨日作った報告書に不備がないかチェルシーに聞いておきたいんだ」
「なるほどね、わかった。
そういえば、カーシュ族の子ってまだ会うのは待ったほうがいいの?」
「それもチェルシーに聞いてみようか」
方針も決まり、2人の足はそのままリトルウィング事務所へ。中では相も変わらず事務員たちが忙しなく事務所内を駆け巡っており、受付を担当しているチェルシーも彼らが来る直前まで電話対応をしていたようだった。
「アラ、お二人さん。昨日はよく眠れたカシラ?」
「おかげさまで。昨日の時点で一旦報告書は出したんだけど、修正の必要はありそうだったかな?」
「問題なしネ。あ……デモ、重要区画に入った経緯はもう少し詳しく教えてもらってイイカシラ? 念の為、ワタシの方でも議事録の形式で証跡を残しておきたいカラ。
あと、録音とか残ってるなら嬉しいんだケド……」
「……ごめん、そこまでは気が回らなかった。会話の内容はある程度覚えてるけど、それで大丈夫かな?
それとも、ラミュロス……一緒に行動していたインヘルト社側の傭兵の連絡先を伝えたほうがいい? やり取りはあっちの端末でやってたから、ログは残ってると思うけど」
「そのラミュロスってヒトの名刺か何かあるなら助かるワ。デモ、一旦はクラムの記憶だけでダイジョブよ~」
「りょーかい」
クラムも今回のイレギュラーな対応のことに関しては慎重に言葉を選んで報告書を作成したつもりだったが、事務処理を行う側チェルシー的には念には念を入れたいのだろう。
そのあたりの立ち回りはプロである彼女の言う通りにした方が間違いはない。すぐさまクラムは端末を操作し、ラミュロスのパートナーカードをチェルシーに転送する。それと同時に、エミリアに協力してもらいながらあの時のやり取りをチェルシーに文字に起こしてもらった。
「アリガトウネ、2人とも。あとはワタシに任せてネ」
「よろしくチェルシー。
……ってそうだ。カーシュ族の子ってまだ様子見が必要そう?」
「問題ナイネ。もし時間があるナラ会ってアゲテ?」
「もちろん……って、言いたいところなんだけど……
あの子にとってあたしたちは敵って認識のままだと思うんだけど、いきなり会っても大丈夫かな?」
「そのアタリは抜かりないワヨ~」
エミリアの疑問はもっともな意見だが、人差し指を左右に数回振りながらウィンクをする受付嬢の仕草から大丈夫らしい。
もし大丈夫じゃなければ最悪この事務所内で戦闘に発展しかねないデリケートな内容のはずだが、チェルシーの手腕を信じた2人はお互いに見合わせはしても反論はしなかった。
ホステス風の衣装を揺らしながら軽い足取りで廊下を進むチェルシーの後を追い、着いた場所は事務所の受付口から一番遠い小さな応接室。チェルシー曰く、少年を刺激しないように少しでも人の気配が少ない場所を選んだ結果らしい。
数回ノックをして扉を開けると、臨戦態勢をとった少年がこちらに視線を向けていた。椅子ではなく部屋の隅で座り込んでいたのは人工物に囲まれたこの空間が落ち着かないからだろうか。
「……おまえらっ!」
「大丈夫。警戒シナイデ」
予想通りだが、チェルシーの後ろにいる2人を視認した瞬間ナノトランサーからスピアの【トゥプ・ナスル】を取り出し敵意を顕にする。対するチェルシーは左手を軽く挙げながら優しく諭すのみ。左手を挙げたのはカーシュ族の少年に向けてではなく、クラムたちに「動かないで」と伝えるためだろう。
「この子たちは敵と違ウヨ。敵なら、助けたりしないデショ?」
「…………そう、だけど」
矛先を向けられて一触即発のピリついた空気の中、それに臆する様子もない受付嬢は少年に語りかける。ただそれだけで、渋々とはいえあれほど殺気立っていたカーシュ族の少年は矛を収めてくれた。
この少年が目覚めたと聞いてからの約一週間、チェルシーが彼と一定の信頼関係を築いてくれていたおかげだろう。でなければここで再び戦闘もあり得たかもしれない。
そこから自然な動きでチェルシーが半歩横にズレる。それが動いてもいい合図とわかると、先に動いたのはエミリアの方だった。
「目が覚めてよかったよ。もう身体は大丈夫なの? どこか痛いところとかない?
あ、自己紹介忘れてたわね。あたしはエミリア。ねえ、あんたの名前は?」
「ゆ、ユート……
ユート・ユン・ユンカース」
「ユート、ユートね。いい名前じゃない」
……この返答の暇すら与えないような質問攻めからの自己紹介はいつかのレリクスでのやり取りを彷彿とさせる。
やや強引ながら相手の内側に入ってしまうコミュニケーションは人によっては不快感を与えかねないが、幸いこのユートという少年はそうではなかったらしい。質問攻めに気圧されながらもエミリアの質問には素直に答えてくれている。
「ねえユート。お腹とか空いてたりしない?」
「……ちょっとだけ、すいてる」
「じゃあカフェに行って、おいしいものでも食べない? 今日はなんか気分いいし、あたしが全部払ってあげちゃう!!」
「……おいしいものは、食べたい」
「じゃあ行きましょう! ハイ決まり!」
結果としてクラムが一言も喋ることなく、一触即発の空気は取り除かれてしまった。
有無を言わせずエミリアに腕を引かれていくユートを見送り、部屋に残されたクラムとチェルシー。
「……ネエ、クラム」
「ん?」
一応部屋の中を見渡して片付けるものがないかなどを確認していると、不意にチェルシーに呼びかけられた。振り返ってみると、彼女の視線は部屋の出入口へと向けられたまま神妙そうな面持ちで頬に手を当てている。
「さっきからエミリアのテンションがすっごく高かったケド、何かあったノ?」
「たぶん、昨日クラウチに依頼成功のことで褒められたからだと思う」
「エー! ほ、ほんとニー!?」
……クラムとてそろそろここの面々のおおよその性格は把握してきたつもりだ。だからこの反応は予想通りではあるが、その3倍増しぐらいで驚くチェルシーを見ていると流石にエミリアが不憫に思えてくる。
「シャッチョサンが、エミリアを褒めるコトがあるなんて……ビックリ、本当にビックリだヨー」
「気持ちはものすごくわかるけどそれ以上はエミリアが可哀想だから抑えてあげて?」
「おーい。何してんの」
「──っ!?」
「なんでそんなに驚いてんの?」
「い、いやなんでも……」
話題の少女がいきなり顔を出したとあっては、クラムが表情を引きつらせるのも無理はないだろう。
エミリアの様子からして先程の会話は聞かれていないらしい。彼女も周囲の自身に対する評価は理解しているだろうし、聞かれていたところで特になにもないだろうが。
「それより、ユートと一緒にカフェに行ったんじゃ?」
「え、だってクラムも来るでしょ?」
「────」
当然と言わんばかりに言葉を返す少女に対し、青年は呆気に取られたように固まっている様子。
そんなパートナーの顔を怪訝そうに覗き込み、そして痺れを切らした少女は彼の手を引っ張り走り出す。
「ほら行くよ。どうせさっきの朝食じゃ足らないんでしょ? 今回のボーナスはクラムのおかげでもあるんだし、もうちょっと奢らせてよ!」
「う、うん……あ、でも片付け……っ!」
「それはやっておくカラ、心配しなくてダイジョブヨ〜」
振り返ってみれば、この2人のやりとりを微笑ましそうに眺めていたチェルシーからGOサインが出た。
そのまま手を振ってる受付嬢に見送られ、廊下の途中で待ちぼうけていたユートと合流して3人はそのままカフェへ。
見るものすべてが初めてなのか最初こそ借りてきた猫のように周囲を見回していたユートが最初に注文したのは、エミリアに言われるがまま選んだオムライス。
最初こそ初めて見る料理に警戒していたものの、美味しいものを食べると警戒心が和らぐのは誰しも同じらしい。最初の数口で目の色を変えた少年は、周囲に気を配ることも忘れてメニュー表に記載されたものを順番に選んでいく。
「……はは、すご」
やや引きつった表情でその光景を眺めていたクラムからそんな言葉が漏れるが、それもそのはず。
この20分足らずで少年が食べたものはハンバーグにエビフライ、ピラフ、唐揚げ、ナポリタン、etc……
それらすべてを口の中へ搔き込む勢いで平らげていき、少年の周りには空になった食器が山のように積み重なっているのだ。パッと見ても少年の体重と同じかそれ以上を食べているだろう。
「とか言いつつクラムだって同じじゃん」
「体格差的に言えばまだ俺のは許容範囲だと思うよ?」
エミリアの指摘に肩をすくめるクラムのそばには、ユートには劣るものの10品は余裕で平らげていた。加えて、そのすべてが肉料理だったのを考えるとユートとはまた別の意味で強靭な胃袋と言えよう。
……念の為にエミリアのおごりの件について補足しておくと、ユートの食べっぷりを見て早々にクラムの方から辞退している。いくらボーナスが出たとは言え、食費だけでそのほとんどが消し飛ぶのは流石に忍びないと感じたからだ。
なお、エミリアはそんなことは気にした様子はなく、ユートの食事風景を満足そうに眺めて頷いていた。確かに見てて気持ちの良い食いっぷりではあるが、クラウチに褒められて上機嫌なのも合わさっているのだろう。
そうしておおよそ全種類のメニューを制覇すると、残るメニューといえばデザートのみ。
数種類の中から何品かをピックアップし、運ばれてきたものを迷わず口へ運んだかと思えばピタリと手を止め、次の瞬間には今日一番と言っていいほど目を輝かせていた。よほどお気に召したのだろう。
「おいしい! これ、おいしいぞ! エミリア、これなんだ、これ!」
「でしょー、おいしいでしょー! ここのプリンは絶品なんだよ?」
ユートが今しがた頬張ったのはこのカフェ名物のバケツプリン。クラムも実物は初めて見たが、ヒトの頭より大きなその迫力に加え、見た目とは裏腹に上品な甘み、そしてそれをさらに引き立てるカラメルの苦みの組み合わせが多くのリピーターを生んでいる……らしい。
「ここで食べたもの、ぜんぶはじめて! だけど、ぜんぶおいしい! とくにプリン! プリンはおいしい!」
「本当に気に入ったんだね。よかった、よかった。
この前のおわびってわけじゃないけど、好きなだけ食べていいよ」
「ほんとか!? エミリア、いいやつだな!」
言うが早くプリンを追加で2つ注文したユート。その気に入り具合がよく分かる。
「なんか、モノでつったみたいね……」
「誤解が解けたなら結果オーライだよ」
「それもそっか。
あ、そうだ。いいこと思いついた。ちょっとごめん、ユートとここで待ってて」
そう言い残して足早にカフェを出ていってしまったエミリア。呼び止める暇すらなくその背中を見送ることしかできなかったクラムだが、ここで1つ問題が発生。
「………………」
「…………ん? どうした?」
エミリアという仲介役がいなくなったこの状況で難なく場をもたせられるトーク力を、残念ながらこの白銀の青年は持ち合わせていなかった。
ものの数分で追加のプリンまで平らげてしまった少年と、なんとも言えない無言の時間が2人の間で流れてしまう。
「……プリン食べる?」
「おう!」
そうして30分ほども経てば、流石のクラムとて簡単な会話ぐらいなら交わせる程度には打ち解けていた。
「ただいまー!」
カフェの扉が開くと共に聞き慣れた声の方へ視線を向けてみると……無数の箱が積まれた巨大な壁がそこにはあった。
「エミリア、だよね?」
「もっちろん! へっへー、隣のショッピングフロアでいろいろ買ってきちゃった」
壁と見間違うほどの箱はすべて包装紙で包まれたプレゼント用のもの。うっすらシールドラインの膜が見えるということは重量補正をする必要がある程度に重いはずだが、それを積み上げて器用にバランスを取ってここまで戻ってきたらしい。
倒れてしまわないように上半分を受け取り、多少身軽になったエミリアに席へ座るように促す。
事前に食器をすべて片付けてもらっていたので、荷物をテーブルに置くのには支障がなかったのは幸いだった。
「言ってくれたら荷物持ちぐらい手伝ったのに」
「あはは、まさかあたしもここまで大荷物になるとは思わなくて」
「だとしても、せめてナノトランサーに収納するとか」
「……そっかその手があった! 普段ここまで大荷物持たないから忘れてたよ」
目に見えて浮かれていることにはあえて触れず、少女が購入してきた箱を大きさ別に整理していく。途中、購入した商品の規則性に疑問が浮かんだクラムだったが、同じことを感じていたらしいユートが代わりに質問を投げかけた。
「エミリア、エミリア。どうして、ふたつずつあるんだ? ふたつも使うのか?」
「んーん、ちがうよ。ひとつは、あたし用だけど、もうひとつはヒトにあげるの。
例えばこのハンカチはチェルシーに。いっつもチェルシーからは何か貰ってばっかりで、あたしからあげるってことはなかったからね」
他にもこれまでお世話になったらしいヒトの名前を挙げながらテキパキと箱を整理していく。
「この一番大きい箱は……っと、思ったより軽い? エミリア、これは誰用?」
「そっ、それは……えっと……」
一瞬言葉に詰まったかと思えば、少女はぎこちなく視線をそらしてしまう。一旦受け取ってテーブルに置いたかと思えばまた持ち上げ、なんだか落ち着かない様子。たまにチラチラとこちらを見ていたかと思えば包装紙を乱雑に開け始め、その中身をクラムの前へと差し出した。
「はい! あんたにあげる!」
「……俺が貰っていいの?」
「い、いいから早く受け取ってよ! いつものお礼みたいなものなんだから、遠慮なんてされると逆に困っちゃうの!」
押し付けるように手渡されたのは抱えるほど大きな【カクワネ】のぬいぐるみ。
ニューデイズに生息する原生生物で、一度見たら絶対に忘れることはないと断言していいほど独特な風貌をしているのが特徴だ。さらに言えば、この着ぐるみのような見た目の割にかなり身軽だったりする。しかも好戦的なうえ【ダム・ディーガ】を扱えるなど攻撃手段も多彩。
戦ったことがある者の中には苦手意識を持っている場合もあるが、一部の層から人気があるという変わった原生生物なのだ。
なお、クラムの場合はカクワネに対して苦手意識などはない。とはいえ今までぬいぐるみなどに縁がなかったため、どう扱っていいものか判断に困っている様子だった。
ひとまず造形の細かさに興味を惹かれてまじまじと観察していると、渡した側としては別の理由と勘違いしてしまったらしい。
「な、なによ。気に入らなくても返品は受け付けないからね。
あんたのマイルームは飾りっけなくて寂しいんだから、これでも置いとけばいいじゃない」
「へ? ああ、ごめん。普段こういったもの持たないから、物珍しくて。
ありがとう、エミリア」
「それならいいけど……あと、あんたにはもうひとつ……
その、いろいろとさ……ありがとう」
「どういたしまして、かな?」
こうしてクラムがエミリアからお礼を言われるのは何度目だろうか。そこまで感謝されるようなことをしている自覚がないクラムとしてはむず痒く感じるものの、彼女に対し余計な謙遜はむしろややこしくなることは理解している。
受け取ったぬいぐるみを一旦ナノトランサーの中へ収納し、素直に感謝を受け取ることにする。
「んー? エミリア? ぼくにはないのか?」
「あんたには死ぬほどごちそうしてあげたでしょ?」
「じゃあ、そっちのちっさいのはだれにあげるんだ?」
「あ、あー……えっと、これはね……」
ユートに指摘され、とっさに物陰へ隠すように動かしたのは小さな箱。やや薄く細長い形状のそれはスカーフやネクタイなどの長いアクセサリーの類が梱包されているものだと思われるが……
『──リトルウィング全社員に連絡。非常事態発生デス!
クラッド6リトルウィング管轄ブロックに武装した集団が、侵入しまシタ!
これより、該当ブロック及び店舗は被害縮小の為閉鎖されマス』
「えっ、何!? って、クラム!?」
けたたましい警報と共にチェルシーと思われるアナウンスがフロア中に響き渡った。続けてホールの方から聞こえる銃声と悲鳴から、すぐそこまで危険が迫っていることは容易に推察できる。
警報を聞いた時点で立ち上がっていた青年は、パートナーの声に答える間もなくカフェの外へと飛び出していく。
すでにホールは逃げ惑う一般人でパニック状態。その中にチラホラと武器を構えた襲撃者らしき影が見受けられた。
「っ!」
そうした周囲の状況把握をしている最中、青年の背後に感じるヒトの気配。
──身長は……170前後。
──武器は……セイバーかクロー。
──体勢は……腕を振り上げている。
不意打ちかつ背中越しの相手に対してクラムは即座に状況を把握。今から間合いの外に逃げるのは不可能と判断すると、腰を落としつつ背後の襲撃者へより掛かるようにバックステップを踏む。
あえて間合いの更に内側へ潜り込むことで振り下ろされた腕を肩で受けつつ、その勢いを利用し背負投げの要領で敵の無力化を図る。
「……ローグス?」
動物の頭骨のようなヘルメットを被っているためそう予想を立てるが、それ以上の詮索をしている余裕はない。
襲撃者の気配は把握しきれていないが数は10以上。うちクラムの近くにいるのは、今しがた背負投げしたヒトを含めて最低3人。その全員がクラムへ武器を向けていると本能が警笛を鳴らしているのだから。
視線を横に向ければすでに次の襲撃者……こちらも同じローグスらしきビーストで、クラムより体格がいい男が右手に持つクローを振り下ろしていた。
「──っ」
再度相手に突進するように距離を詰め、クローそのものではなくそれを握る右手首あたりを左肘で受け止めることでその攻撃も無力化。しかしそれだけ。武器も取り出せていないのに相手の攻撃を一瞬止めたところで焼け石に水で、体格も相手に分があるせいで力任せな崩しも難しい。
ここから形勢を逆転するには、武器を取り出せない今の状況から即座にシールドラインを纏った相手を怯ませる必要があった。
……ときに、シールドラインは外部からの衝撃に対して自動的に反発し防御する装備と言っても差し支えない。
ただし外部からの衝撃と一言で表してもそう単純なものではない。危害を加えるつもりがないとしても他者から触れられる行為は外部からの衝撃であるし、先のエミリアのように重いものを持つのもそう。極端なことを言えば、『物を握る』という行為でさえ視点を変えれば手のひらが圧迫されているという外部からの衝撃に該当するのだ。
当然、無差別に作動していては日常生活にも支障が出るため、シールドラインには例外なく反発機能が作動するしきい値のようなものが設定されている。
つまり──
「…………」
左肩と左肘付近だけは力をこめつつ、それ以外の部位は息を吐きながら脱力。徐ろに伸ばされたクラムの右手が襲撃者の腹部へゆっくりと触れるが、その際に相手のシールドラインは作動しない。
つまりその程度では相手に危害を加えられないと判断されたということだが、クラムの手が相手のシールドラインの内側へと潜り込んだことには変わりない。
「──っ!」
そして繰り出される一撃。寸勁、ワンインチパンチ……流派や競技の種類によって呼び方は異なるようだが、要は拳を振りかぶらずに突き出す打撃技。この手法であればシールドラインに阻まれることなく打撃を食らわせることが可能となる。
「ご、は……っ!?」
見た目以上の衝撃を受けて脳が対処しきれていないのか、クラムの拳を受けた襲撃者はよろけながら数歩後退りする。
「先生ならこれで無力化できたんだろうな……」
この方法を伝授してくれた恩師のものと比べればその威力は足元にも及ばない。実践レベルとも言いづらく、上手く決まったとして数秒相手を怯ませられれば上出来といったところだろう。
「今はそれでも十分だけど!」
左手で首のチョーカーの機能を切りながら、右手は左胸にあるナノトランサーへ。さらに立ち位置の移動を兼ねてステップを踏み、その際に辺りを見回して周囲の状況を確認する。
クラムの周囲にいる敵はその直感通り3人。1人は数秒前に背負投げした男であり、あれからまだ復帰できていない。もう1人は今怯ませたばかりの男。最後の1人はライフルを構えている男だったが、その銃口はまだこちらを捕捉しきれていなかった。
以上の状況を踏まえ、彼の鋭い眼光が照準を定めたのは今しがた怯ませた巨漢ビースト。
ナノトランサーの歪曲空間に収納されたツインセイバー【アルセバ・バッタ】を右手のみで器用に取り出すと、刃を出力しつつ両手で握り直して標的へ肉薄。その1対の刃を叩きつけた。
普段であればここからさらに数撃の追撃を行うところだが、今は自身の背中に遠距離武器の銃口が向けられている状態だ。
これ以上の隙は見せられないと判断したクラムは即座に反転。ライフルを構えたビーストへ肉薄し、一息で6度の連撃を叩き込んだ。
最初の背負投げの対処からここまで10秒足らず。とっさの対処としては十分すぎるほどだろう。
……なお、操作する余裕がなくて殺傷力があるハントモードの出力で使用してしまったが、幸いこちらの使用している武器の品質はそこまで高くない。多少の怪我は相手の自業自得だと納得してもらうしかない。
なにはともあれ、これで数回呼吸を挟む程度の余裕は生まれた。
「エミリアは民間人の避難誘導……はもうやってるね」
遅れながらもクラムを追ってカフェを飛び出してきた相棒は彼の指示を待たずしてすでに行動に移っている。
ユートはまだ本調子じゃないのか、はたまた見知らぬ土地でとっさの対応が遅れたのか、カフェの中で立ち往生していた。
彼が加われば頼もしかったのだが、すでに殆どの店が襲撃者から身を守るために防壁を展開済み。シールドラインの技術が用いられたその防壁は人の出入りすら遮断するため、今回は店の中で待機してもらうしかないだろう。
「……けど、何かが変だ」
最初に襲ってきたビーストを片手間で鎮圧しながら、再度周囲の確認したクラムは眉をひそめた。
見える限りで襲撃者と思わしき不審者の数は15人程度。そこそこの規模なのは間違いないが、ここはリトルウィングの事務所近く。そして今はクラッド6内が一番賑わっている時間帯のため、業務中か非番かは別としてその辺を歩いている傭兵の数も多いはず。
周囲の店舗を強盗をするには場所が悪すぎるし、逆恨みか何かでリトルウィングそのものを襲撃するにしても時間帯が悪すぎる。実際、クラム以外にも襲撃者の無力化にあったっているリトルウィング職員の姿がちらほらと見受けられた。
こうなってくると考えられるのは襲撃者がよほどの無計画だったか、これらの不利な状況を押してでも実行しなければならない理由があるとしか思えないのだ。
「…………?」
その疑問の答え合わせをするかのごとく、場の空気が少しずつ変化していくのをクラムは肌で感じ取った。
先ほどまで周囲を無差別に攻撃していた襲撃者はまるで探していた何かを見つけたかのように、そしてそれが言葉を介さずに伝播していくように、無数の視線がゆっくりとある一点へと集中しているのだ。
その視線の先を追ってみればそこにいたのは一人の少女。
「ちょっ、何? 何なのよ、いったい!?」
「……っ」
なぜエミリアが? などの疑問を浮かべる暇もなくクラムは駆け出していた。
しかしすでに無数の銃口が彼女を囲い込み、フォトンの弾丸が飛び交い始めている。
彼女もとっさに横へ転がって最初の数発こそ上手く避けられていたが、流石に数が多い。
「や……、何であたし……!?」
武器を取り出すどころか立ち上がる暇もなく、床を這うように後退るも瞬く間に包囲されてしまった。
相手の武器は高品質とはいかないまでも、エミリアのシールドラインの防御力を超過させる程度の品質はある様子。そんなもので集中砲火されればただでは済まない。
「エミリア!」
残り数メートルに迫ったクラムもこのままでは間に合わないと悟り、右手に握る【アルセバ・バッダ】の片割れを投擲。ただしその照準は相手ではない。あえて目標に当てずに目の前を通過させることで怯ませ、少しでも時間を稼ぐのが目的だった。
しかし実際はどうか。狙い通りセイバーは襲撃者たちの目の前をかすめたというのに、誰一人としてそれに怯むことがなかった。
偶然投擲先にいた1人の武器を弾きはしたが、弾かれた当人以外がそれに反応することもない。
すべての目論見が崩れ、今にも襲撃者の引き金が絞られ──
「え……?」
エミリアの前に立ちはだかるように1人の女性が空から降ってきた。
というのはただの錯覚で、正確には壁や看板等様々なものを足場にして襲撃者たちの頭上を飛び越えていったわけだが、あまりにも身軽な動きのためにそう見間違えてしまったのだ。
一部始終を把握しているクラムでさえそのように錯覚して困惑しているのだから、襲撃者も突然現れた女性に動揺が隠せない様子。
「遅いっ!」
その隙を見逃さずに女性はナノトランサーから【ウィップ】……形状からGRM社の【スプラッシャー】系統だろうか? を取り出して一閃。
鞭のようにしなるフォトンのエネルギーが亜音速でうなり、その一振りだけで周囲を取り囲む襲撃者を無力化してみせた。
「すご……」
「そこのあなた、ここで伸びてるやつらをお願い。私は他のところを見てくるわ」
「え、あ、はい……」
その手腕に感想を漏らしながら一歩遅れてクラムが駆け寄ってみれば、有無を言わせない指示を飛ばすと共に女性はどこかへ歩いていってしまう。
歩きながらエメラルド色の長髪をなびかせているその姿は、黒いタイトスーツを身にまとっているのも合わさり、一言で言えば『できる女』というフレーズの体現者。故にただウィップを仕舞う仕草だけでも周囲の空気が引き締まり、一方的に告げられた指示にもただ頷く以外の選択肢を与えてくれなかった。
実際その指示だけでクラムが動くには十分だったため、やや間を置きながらも言われた通りに行動を開始。……の前にエミリアの安否だけは確認しておく。
「エミリア、大丈夫?」
「……あ、うん。身体はなんともない、かな。
なんていうか、襲われたことよりもウルスラさんにびっくりしちゃった」
緊張の糸が途切れたのか、少女はやや遠慮がちに肩をすくめて笑う。ウルスラというのは先程の女性の名前なのだろう。どうやら顔見知りらしい。
そのあたりの話は追々聞くとして、まずやらなければいけないことは襲撃者の拘束だ。
エミリアはすぐには立ち上がれそうにないため一旦待機してもらい、1人立ち上がったクラムは倒れている襲撃者を一箇所に集め始めた。
「とはいえ、起きられると面倒なんだよね」
少なくとも、ウルスラという女性がスタンモードで無力化したであろう面々はそう簡単には目覚めないはずだ。スタンモードの利点はそういった部分にもあるのだから。
問題はクラムがハントモードで気絶させてしまった3人の方。さすがに今からスタンモードで追い打ちをするのは倫理的にまずい。かといって手持ちの道具で拘束できるようなものもない。
「とりあえずガーディアンズに連絡を……」
「それは私の方でしたのでご心配なく」
いきなり声をかけられ振り返ってみれば、そこに立っていたのは見知らぬ中年の男性ヒューマン。
どう言葉を返せばいいのか迷っていると、それを察したらしい男性のほうが色々と補足を加えてくれた。
「私こう見えてガーディアンズでして、今日は非番なんですが非常事態ということで介入させていただきました。すでにガーディアンズには連絡済みなので、あと5分程度で機動部隊が到着すると思いますよ」
「……それは、ご丁寧にありがとうございます」
ガーディアンズという言葉に一瞬反応するが、クラムはもちろん相手の様子からしてお互いに面識はない。一度もすれ違うことすらなかったか、すれ違ってもお互い印象に残らなかったのだろう。
わざわざ自分のややこしい経歴を伝えても面倒なことになるだけだと判断し、青年は自身の経歴は伏せて対応する。
「一応拘束用の手錠もいくつかは常備しているんですが、どうしましょう?」
「じゃあこの3人にだけお願いします。他はたぶんスタンモードで無力化しているんですけど、この3人だけ切り替えが間に合わなくてハントモードで気絶させたので」
「わかりました」
頷きながら男性がナノトランサーから取り出したのは、2つの腕輪が短い鎖で繋がったような形状の手錠。
近接武器持ちしかないならまだしも、法撃師の中にはナノトランサーを媒介とせずともテクニックを扱える者もいるのがこのグラールに住まう人類。そんな環境で手だけの拘束では不十分にも思えるが、数年前に開発されたこの手錠はある種のシールドラインのような機能を有しており、装着者を周囲のフォトンから遮断するように設定されている。
旧時代に用いられたディーゼルエンジンがガソリンなしではただの鉄くずであるように、如何にテクニックの適正が高かろうとフォトンに干渉できなければテクニックは扱えないのだ。
「…………」
「どうかしました? あ、この手錠で大丈夫か心配しているのなら大丈夫ですよ。これは──」
どうやらこの男性は喋るのが好きらしい。こちらが何も言わずに放置していても1人で延々と喋り続けてしまいそうな勢いがあった。
それでもやることはちゃんとしてくれており、気絶した襲撃者3人に手際よく手錠をかけていた。
「……ぅ」
その直後、手錠をかけたうちの1人がうめき声をあげながらも目を覚ましてしまった。
もう少し拘束するのが遅ければ面倒になっていたと考えると運が良かったの一言に尽きる。
「けど丁度良かった。ねえ、俺の質問に答えられる?」
「あん? 誰だお前……いや、どこかで見たことあるな。
たしかドン・タイラーのところにいた……じゃあここはモトゥブか?」
「……ここはモトゥブじゃなくて、リゾートコロニーの中だよ」
「はぁ? なんだってそんなところにいるんだよ?」
質問するまでもなく、この反応をみるに彼もカーシュ族にいたワレリー・ココフらと同じく襲撃した記憶がないようだ。
その後もガーディアンズが到着するまでの間にいくつか質問をしてみたが、モトゥブの酒場を出たあたりから記憶がないらしい。当然黒服に会ったかどうかも曖昧だとか。
……なおローグスが『酒場を出た』って言う場合は半分は本当だが、もう半分は正直に喋れば捕まるレベルの違法行為を行っていた際にシラを切るための隠語だったりする。
本当に酒場にいたかすら怪しいため、モトゥブの酒場を聞き込みしても有益な情報が得られる可能性は低いだろう。
「あとはガーディアンズに任せるしかないかな。
ちょうど来たみたいだし」
到着したガーディアンズに襲撃者たちを引き渡し、警報も鳴り止んだ。
まだどこかに潜んでいる可能性はあるが、それは現在当番の傭兵たちが警戒を行ってくれるだろう。
非常事態解除のアナウンスと共に封鎖も解除されると、少しずつだが民衆の混乱も落ち着きを取り戻しつつあった。
そこへ、もはや見慣れた光景になりつつある千鳥足の男の姿が現場へと現れた。
「おう、なんだ喧嘩か?」
ガーディアンズに連行される襲撃者の背中を見送り、開口一番がそれなのはなんとも彼らしい。
見るからに泥酔したボサボサ頭のビーストのその緊張感のない様子に、わざとらしくため息をついている気配が複数あったのは勘違いではないだろう。危機感を煽る警報を聞いていたであろうにこの体たらく。本当にこんな男が傭兵会社の責任者でいいのだろうか。
そんな周囲の気持ちを汲み取ったかのように、エミリアが『ウルスラさん』と呼んでいたタイトスーツの女性が酔っ払いビーストに歩み寄っていき……
「ごっ!?」
「この給料泥棒が!」
見事なフォームから繰り出される右ストレートをもって制裁を加えていた。
「い、いきなり何しやがるテメェ!」
「黙りなさい! 昼間っから酒の臭いプンプンさせてて情けないったらありゃしないわ!
ここの治安はあんたに任せてあるのに、侵入者に好き勝手させてるなんて何考えてるのよ!」
「……喧嘩じゃなかったのか?」
「なんで私がここで喧嘩しなきゃいけないのよ?」
泥酔している状態で右ストレートがクリーンヒットし、軽く脳震盪でも起こしていたのだろう。いつにも増してだらしない醜態を晒すクラウチはスーツ姿の女性ニューマンからの叱責に終始まともな返答ができていなかった。
そこから酔いを覚ますように頭を振ること数回。多少なりとも状況が掴めたらしく、重い溜息をつきながら状況を整理し始めた。
「……侵入者、侵入者ねえ。いっちょまえに武装までしてテロでも起こしたつもりか?」
「……チェルシー、この辺りの片付けの先導をとってもらえる?」
「わたったワヨー」
「クラウチ、あんたはこのまま私と楽しい楽しいお喋りをしましょうね。
仕事の話も持って帰ってきたから、たっぷりと付き合いなさい」
「かーっ! 仕事仕事って、ほんとお前はそればっかだな。ちったあ他のことにも興味持てよ」
「酒にしか興味を持たない今の貴方よりは全然マシよ」
見ているこちらの背筋が伸びそうなほどの
むしろ軽口を叩き合っている様子を見るに、チェルシーを含めたあの3人は旧知の仲のようだった。
あまりの予想外の出来事の連続で唖然としてその光景を眺めていたクラムだったが、不意に視界の端に映ったエミリアの様子がなにやらおかしい。
先に合流したらしいユートにも何か指示を出しながら、しきりに視線を彷徨わせながら物陰などを覗き込んでいるのだ。その姿は明らかに普通ではなく、何かを探しているかのようで……
「あん、なんだこりゃ? 包装されちゃいるが……ぼろぼろじゃねえか」
事情を聞こうとエミリアのもとへ駆け寄る途中、クラウチが足元から何かを拾い上げているのが視界の端に映った。
細長い形状で紫の包装がされたそれは、先の騒ぎで包装などがボロボロになっているが間違いなく先ほどエミリアが購入したもの。
「あ、それ……」
「なんだぁエミリア、これお前のか?」
「う……えっと、それは……おっさんに……」
やや遠いため会話の詳細は聞き取れなかったが、クラウチの問いにエミリアが言葉を詰まらせていることだけはわかる。加えてカフェでユートから指摘された際のあの反応。状況証拠だけでもあの箱の中身がどういう意味を持つのかは察するのは容易い。
とはいえ何も知らないクラウチにはそこまで察せなかったらしい。もしくは、今までの2人の関係的にその『答え』にたどり着くまでの信頼関係がなかったのも災いしたのだろう。
彼の挙動を見るに、ボロボロになったそれを『ゴミ』と判断したらしく、フロアに設置されたゴミ箱に向かって歩き始めてしまった。
「クラウチ、ちょっと待って」
「あん? なんだよ。これ、お前のものなのか?
どっちにしてもこんなボロいもの捨てちまってかまわねぇだろ?」
あわや最悪の事態になる手前でなんとか呼び止めることはできた。呼び止めることはできたのだが……未だ酔いが覚めきってない男の行動はこの場にいた全員の予想の範疇を超えていた。
「ゴミはゴミ箱、これでよし」
「あ……!」
「ん、どうしたエミリア?」
あまりにも予想外な行動にクラムは言葉を失ってしまった。他の者も同じだろう。
エミリアだけはとっさに声を出せはしたが、頭の中が真っ白になったのか次の言葉が浮かんでこない様子。
次第に状況を理解した少女の肩が震えているように見えるのは気のせいではないはずだ。
「…………カ」
「あぁん? なんだよ、聞こえねーぞ? 言いたいことがあるんならはっきりとだな……」
「バカヤローッ!!」
「ッ!? テメッ、耳元で怒鳴んなって! おいこら、ちょっと待て! ちくしょう、なんだってんだ!」
超えてはならない一線を超えてしまった相手へ怒声を浴びせた少女は、弾けるようにこの場を走り出してしまった。
しかしそれも当然の反応だろう。当事者ではないクラムでさえ今まさに
「クラウチ……──っ!」
戦闘時ですら冷静さを失わないように努めている白銀の獣人が、文字通り牙を剥き、右手を握りしめて今にも飛びかかろうと一歩を踏み出す。
しかしその動きと独立したように、まるで特定の状況下では必ずそうするように訓練しているかのように、彼の左手だけはチョーカーへと伸ばされ、備え付けられたスイッチを素早く2回押し込んだ。
直後、まるで機械が強制シャットダウンするかのように青年の動きがピタリと止まる。
やがて大きく息を吸った後、この事態を招いた現況である朴念仁を睨みつつ、青年は踵を返して少女を追うように駆けていった。
いきなり怒鳴り去っていった少女に続き、野次馬の中をすり抜けるように駆け抜けていく真っ白なビーストの青年の背中を眺め、今もなお状況を掴めていないビーストはただその場で立ち尽くすのみ。
「ったく、なんだってんだ?」
彼からすれば、引き取ってから今まで問題しか起こさなかった少女がお得意さんからお礼を言われるまで成長し、それに満足して酒を浴びるように飲んでいた最中だったのだ。
そこへ謎の襲撃者騒ぎと昔からの顔なじみからの鉄拳制裁、加えてボロボロの箱をゴミ箱に捨てただけで少女からの激怒。事情を知らない……いや察せない状態の彼からすれば踏んだり蹴ったりなのだろう。
周囲からの視線が痛いのもいつものこと。自分のどの行動が原因かなどわかるはずがないのだ。
「……みつけた!」
声につられて視線を向けてみれば、今まさにカーシュ族の少年がゴミ箱から何かを取り出していた。まるで己の成果を見せびらかすように高らかに掲げているそれは、紫色の包装紙で包まれたボロボロの箱。
「見つけたって……そりゃ俺が今さっき捨てたゴミじゃねえか」
「エミリアのにおいを追ったら、これにたどりついた。だからこれ、エミリアが探してたのだ」
「あぁ? どういうことだ?」
少年の独特なカタコトと、酔いが覚めきってないクラウチの思考の相性がすこぶる悪く、理解するのに時間がかかる。それでもどうにかわかったのは、自分がさっき捨てたものはエミリアの探していたものであるということ。
それなら確かに激昂されるのは仕方ないかもしれないが、それならなぜ捨てられる前に自分のものだと主張しなかったのだろうか。
「……丁寧に包装されている袋。アンタに聞かれても、『誰のもの』か答えられなかったエミリア。
そして、アンタにそれを捨てられたことでショックを受けて、激昂……
これだけ状況がそろえばどういうことかなんて、誰にだってわかるはずだけど?」
「……はぁ?」
ため息交じりにウルスラが列挙したのは今までにクラウチが得た情報の数々。ただしそれはあくまで『点』だ。それとエミリアの激昂までが線で繋がらない。
「これ、あんたのだぞ」
「……今お前、自分で『これはエミリアのだ』って言ったじゃねえか」
そこへさらに追加された情報は今まで得てきた情報と食い違っている。
酔っ払いをからかっていると言われたほうがまだ納得できそうだったが、そこでふと1つの仮定がクラウチの中で浮かんだ。
「エミリアがさがしてたのはこれ。でも、これはあんたのだ。
エミリア、口ではいわなかったけど、『心』でずっとそういってた。プリンたべてるときよりも、うれしそうに言ってたぞ」
「…………」
エミリアが探していたものであり、クラウチのもの。それをクラウチ自身が捨ててしまったことでエミリアが激昂。
いくら酔いが覚めていないとはいえ、ここまでお膳立てされて理解できないほど鈍感なわけではない。
そしてその『答え』は、クラウチの中で生まれた『仮定』を裏付けるもの。
謎はすべて解けた。しかしその結果得られたのは達成感ではなく、激しい罪悪感。
数分前の自分の行動が、酔っていたなどの理由では言い訳できないことを突きつけられ、男は黙り込むことしかできないでいた。
「……さ、それはそれとして、仕事の話も始めないとね」
少し間をおいてウルスラが話題を切り替えたのは、彼女なりの気遣いだったのかもしれない……
PSPo2プレイ当時、クラウチを止めたのにアレ捨てたときは「なんでや!」って思った記憶