PSPo2 Extra Cannaeus   作:駄蛇

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新たな居場所を得る

「────」

 聞こえてくるのは、誰かの話し声。ただしまだ意識が覚醒しきてないからか、まるで水中聞いているかのに朧げでその内容までは理解できない。

 それでも周囲が安全ということだけは本能的に察知し、青年の意識は不完全な状態で跳ね起きるよりも正常に目覚める方を選択したらしい。

 ゆっくりと時間をかけ、靄のかかったような感覚の輪郭を捉えていく。

「──ん」

 重い瞼を開けてまず最初に入ってきたのは煌びやかに光る天井の照明。その眩しい天井に目を細めていると、光を遮るように人影が覗き込んできた。

「……オゥ、気がついたネ!」

 やけに反響した声なのはキャスト特有の合成音声だからだろうか?

 明るく綺麗な声色であるということはわかるが、まだ覚醒しきっていない頭では投げかけられる言葉を上手く認識できなかった。

 ちょっと待ってて、という言葉だけは聞き取れたが、女性キャストはパタパタと慌ただしく小走りでどこかへ行ってしまう。かと思えば再びこちらへ戻ってきた。

「シャッチョサン、今取り込み中だから、ワタシから軽く説明ネ~。

 ワタシ、チェルシー。ヨロシクネ」

「えっと、はじめまして……」

 派手に盛られたエメラルド色の髪と、スリットの深いドレスパーツを身にまとった、どこか水商売を連想させる女性キャスト。その見た目のインパクトもさることながら、妙な片言で喋りながら物理的に迫ってくるその勢いに押され、何も理解できていないながらも挨拶だけは返す。

「はい、ハジメマシテネ~。

 礼儀正しい人で気に入ったヨ。今後ともご指名ヨロシクネ!」

「え、ここそういう店なの?」

「ノンノン。ココはリゾート型コロニー【クラッド6】。その中にある、民間軍事会社【リトルウィング】の事務所ダヨ」

 言われて周囲を見回してみると、今いる場所はパーテーションで簡単に区切られた小さな空間。その外側から聞こえる話し声や人の気配からそこそこ広い空間の一角であることはわかる。

 そしてクラムが先ほどまで眠っていたのはかなり上等だとわかる2人掛けのアームソファであり、膝位の高さの長テーブルを挟んだ反対側には同じく上等な一人掛けのアームソファが2つ。典型的な応接室のレイアウトだった。

「おうおうおう、面白いぐらいわけがわからないって顔してるな」

 困惑しながらも自分の置かれた状況を少しづつ把握してきたところで、その様子をからかうように笑いながらビーストの男がこの区切られた空間の中に入ってきた。

 無精髭を生やし、手入れが不十分なボサボサな髪で目元を隠したその容姿はだらしないの一言に尽きる。初対面なら間違いなく警戒するだろう身なりだが、彼のことは見覚えがあった。

「……たしかレリクスで──っ!?」

 その記憶に引きずられるように、あの場所で何が起こったのかを一気に思い出し思わず身体が強張る。

 心臓がやけに大きく脈打ち耳の内側でうるさいほど響いているが幸い誰にも気づかれていないようで、目の前の男は何事もなく話を勧めている。

「思い出してきたみてえだな。お前さんの言う通り、俺もこの前あったレリクスの調査の参加者だ。

 いろいろあって、その日中にレリクス内に閉じ込められたバカを救出するっつー任務に切り替わっちまったけどな」

「……その日中? そんなに早く救助依頼の申請が?」

 ケラケラと愉快そうに語る男に苛立ちを感じなくもないが、それ以上に迅速な対応に驚いて苛立ちはどっかに消えてしまった。

「んにゃ、扉が閉まった後にお前さんに助けられたってやつらから救助を依頼されてよ、しかも報酬までポケットマネーで出すと言われちゃやるしかねえだろ?

 で、他の通路から迂回したら戻れるかもってことで即席の救助隊が作られたんだ。

 普通なら依頼の申請で1日はかかるのに運がいいやつだぜ。まあ、俺らも多少なりとも報酬もらえたから文句はねえけどな」

 まさか閉じられた扉の向こうでそんなことがあったなど思いもしなかった。

 他の傭兵は分からないが、あの時逃げ遅れそうなヒトを助けたのはただの自己満足だ。まさかそれに恩を返されるとは思ってもみず、クラムは何とも言えない感覚に困って頬をかいていた。

「しっかしまぁ、あのバカ連れた状態で大型の自律機動兵器相手に無傷とは流石だな」

「……無傷?」

「ん? そりゃおめぇ、身体に目立った傷が無いんだからそういうことだろ? まあナノトランサーが壊れてたから、そこに攻撃を受けたのかもしれねえが」

 言われて自分の身体に視線を向けると、左胸にあるナノトランサーは確かに壊れていた。修復すれば中身が取り出せるかもしれないが、中にある武器も同様に損傷している可能性を考えるとやる意味は薄いかもしれない。

 しかし今はそんなことどうでもよかった。

 記憶が正しければあの時クラムの身体はスヴァルティアの爪に深くえぐられ、治療が不可能なレベルの致命傷を受けたはずだ。

 なのに、男の言う通りクラムの身体にはそれらしい傷が痕跡すら残っていない。皮膚と一緒に裂かれたであろう服も最初からそんなこと無かったかのように無傷だった。妙な倦怠感こそあれ、それは寝起きだからという理由で片付くもの。

 ……身体を抉られたのは勘違いだった? そう考えれば辻褄が合うが、あの時の痛みと身体が冷たくなっていく感覚が勘違いだったとは思えなかった。

「ああそうそう、いざ救出に向かったら、最初に俺たちが集まってた場所で全身傷だらけになったキャストの嬢ちゃんがいて、そいつがお前らのいる座標を教えてくれたんだ。

 傷の手当をするからって名前も名乗らずそのままどっか行っちまったけど、今度会ったら礼言っとけよ?」

 おそらく彼が言っているのはラミュロスのことだろう。ということはあの時、端末で彼女に自分たちのいる座標を送ったのは間違いないらしい。

 だとするとどこまでが現実で、どこからが勘違いなのか、寝起きのクラムの頭ではまともに整理するのは不可能だった。

「座標がわかったお陰ですんなり救助が終わったのはよかったんだが、大変だったのはそのあとでなぁ……

 いやぁ、お前さんの引取先がわからなくて困った困った。名字から心当たりのある場所に連絡しても知らぬ存ぜぬで突っぱねられたし面倒だったぜ? 元ガーディアンズのクラム・アーセナルさんよ」

「…………」

 ガーディアンズとは、惑星内ではなく宇宙空間に造られている巨大なコロニーを拠点とし、このグラール全域の保安を目的に結成された『惑星間警護組織』のこと。

 確かにクラムは以前そこに所属していたが、訳あって除隊している身だ。

 別にどうしても隠していたかったわけではないが、パートナーカードからその履歴は抹消していて普通ならわからないはずの過去を探られたことでクラムの中で警戒レベルが上がっていく。

 対するビーストの男は両手を軽く挙げ、心底どうでもいいという態度で背もたれを軋ませながら鼻で笑った。

「そう警戒しなさんな。パートナーカードの再発行跡があったから念のため調べてみただけだ。

 ガーディアンズを除隊してる、ってこと以外はわかってねえよ。それ以上となると金も時間もかかりすぎてメリットもないしな。

 で、その『見た目』含めてなんか訳ありっぽかったから俺が引き取る形でここまでご招待。今の今まで数時間ぐっすりすやすや、ってわけよ」

 態度の悪さには思うところがあるが、男が嘘をついている様子はなかった。

 ……そもそも、クラムの過去を調べようとすればガーディアンズの内々で処理された情報へ必然的に手を出す必要があるのだ。身元確認のためだけにそこまでやるメリットがないのは確かだろう。

「まあその、助けてくれてありがとうございます」

「そんな畏まらなくてもかまわねぇよ。こっちも報酬以外に下心があったからな」

 終始クラムの反応が予想通りだったようで、男は満足そうに背もたれにもたれかかり、戻る反動で立ち上がった。

「クラウチ・ミュラーだ。このリトルウィングを取り仕切ってる」

「取締役ってことは、社長じゃないんだ?」

「あー……それはあれだ、あだ名みたいなもんだから気にすんな」

 なぜかバツが悪そうに顔をそらし、その後ろではチェルシーが2人のやり取りを見てニコニコと笑っている。

 理由が気になるところだが、今ここで聞くほどのものではないのはなんとなく察することができた。

「そういえばさっき救助したのが複数人いるように言ってたけど、キャストとは別で俺と一緒にいた女の子は?」

「ああ、あいつか──」

「おっさん、言われた通り来たよー……」

 クラウチが気だるそうに腕を組み明後日の方向を見ていると、その間を埋めるようにパーテーションの向こう側から誰かを探している少女の声が聞こえてきた。

「おっ、ちょうどいいタイミングだな。ほらさっさとこっちこい!」

 それを待ってましたを言わんばかりにクラウチは腕組を解き、荒っぽい言葉を仕切りの向こう側にいるヒトに向けて投げかける。

 間もなくして顔を覗かせたのは赤い学生服のような衣服を身にまとった金髪の少女だった。少女はうつむいて一歩一歩足を引きずるような歩き方で、憂鬱そうにしながらため息をついている。

「……あのさ、おっさん。今日ぐらいカンベンしてよ。あたしがどういう状況だったか、知ってるでしょ?」

「知らねぇし、興味もねえからカンベンしねぇよ」

 そのやりとりだけで2人の関係が良好でないことは想像に難しくない。お互いがお互いに不満を募らせ、それ以上の会話は無駄だと判断したらしく、クラウチは早々に話題の矛先をこちらの方へ振ってきた。

「それよりお前、客の前でそんなツラするんじゃねえ」

「……えっ? あっ、は、はじめまして! ……って、どこかで見たような?」

 少女も少女でその場に来客者がいるとは思っていなかったらしく、反射的に顔を挙げて姿勢を正す。しかしその来客者を見るとキョトンとした表情で首を傾げ、一房まとめた髪を小さく揺らしていた。

 本当にコロコロ表情の変わる少女だと再認識し、クラムから自然と笑みがこぼれる。

「無事でよかったよ、エミリア」

「え……? えぇぇぇぇーっ! あ、あんたは……!?

 い……生き……てる? ……なんで、生きっ……生きてるの!? なんで、おっさん!?」

 まるで幽霊でも見るかのように身構え叫ぶエミリア。いきなりのことで状況を整理できていないようで、少女は視線を彷徨わせて最終的にはクラウチに掴みかかる勢いで説明を求めていた。

「勝手に他人(ひと)を殺すんじゃねえよ。お前、ほんと適当なことしか言わねえな」

「あたしが気がついた時、まともに説明しなかったのそっちじゃん! というか生きてるの知ってたんなら教えてよ!」

「そっちこそ目が覚めてからロクに喋りもしてなかったじゃねえか──」

 そして始まる2人の口論。お互いに非があるもののそれぞれが自分のことを棚に上げて相手を責めるためその激しさは留まるところをしらない。

 それを止める術など知らないクラムは助けを求めるようにチェルシーの方に視線を向けるが、そのホステス風のキャストは口論を止めるどころか微笑ましそうに笑って見守っていた。どうやらこの光景はいつものことらしい。

 今回の一件とは無関係な文句まで出始めてそろそろ収拾がつかなくなってきたところで、不意にエミリアは力が抜けてクラムの隣にへたり込むように腰を下ろした。

「でも、よかった……よかったぁ……

 あそこで起こったことって、ぜんぶ、夢だったんだ……よかったぁ……」

「夢、ね……」

 一房にまとめた金髪を揺らしながら心底安心した様子でへにゃりと笑うその表情とは対照的に、隣に座っている青年の表情は晴れない。

 こうして2人とも生きて再会できたのは喜ばしいことだ。しかし、抉られたはずの部分に触れてみても傷の跡すらないことが逆に不気味で手放しでは喜べないのだ。

 そんな温度差のある2人を見るクラウチは不敵な笑みを浮かべており、彼は彼で何やら企んでいる様子。

「ところでお前さん、フリーなんだろ? 寝泊まりする場所とかはあるのか?」

「いや、考えてなかったというか……

 レリクスでの報酬をあてにしてたから、今ほとんど手持ちがない状態で……」

「ってことはここから別の惑星に移動する交通費もないってわけか?

 丁度いい、このままうちの会社に入っちまえ」

「え──」

「はぁ!? おっさん、急に何言ってんの!?」

「お前とは話してねえよ、黙ってろ」

「ぐぐぐ……」

 まさかの提案に言葉が出ず唖然としていると、なぜかエミリアの方が先に反論。しかし当然というべきかその言葉は一蹴され、言い返せなかった彼女は隣に座る青年の影に隠れて虚しく威嚇していた。

 ラミュロスと出会った時もそうだが、体格のせいか彼女に手頃な盾代わりにされてる節がある。それだけ彼女から心を許されてるということなのだろうだろうが。

「えっと……確かにありがたいんだけど、俺ナノトランサーが壊れてて武器がない状態なんだ。

 たぶんそっちが思ってるような働きはしばらく出来ないと思うんだけど……」

「ならうちの備品貸し出してやるよ。

 それに今なら、いないよりはマシ程度のパートナーもつけてやるしな」

 最初から想定していたと言わんばかりの即答。おそらく、この物腰の低い青年が考える程度の不安要素はすべて対策済みなのだろう。

 ただ気になるのはその待遇の良さだ。クラムも腕に自信がないわけではないが、単に腕利きの傭兵を雇いたいだけにしては手際と待遇が良すぎる。

 もし付加価値を期待しているのだとしても、彼個人に依頼を斡旋してくれるような顧客との太いパイプがあるわけではない。彼を雇用することによってこの会社に新たな依頼が舞い込む、なんてことにはならないことはクラウチもわかっているはず。

 それに加えて先程の『下心がある』の発言。不用意に首を縦に振っていいのかどうか悩んでいると、彼の身体を盾にしたままのエミリアが関心した様子でひょっこり顔を出した。

「めずらしく太っ腹だねー」

「何他人事みたいな顔してんだ。お前のことに決まってんだろ」

「ええっ!? そんなのあたし聞いてないし! 勝手に決めるとか横暴!」

「……ほぉ、お前、それはつまり一人で働きたいってことか?」

「う……そういうわけじゃ……」

 見事な返り討ちに合い、これ以上の発言はさらなる墓穴を掘りかねないと思ったのか少女は再び黙り込んでしまう。ただ彼女のおかげでなんとなく相手の思惑が読めてきた。

「もしかして、すでに俺の部屋とか用意されてたり?」

「察しがいいな。頭の回転が早いやつは嫌いじゃねえ。で、どうだ?」

「クラウチの望むような働きができるかわからないけど、それでもよければ」

「よーし、決まりだな! まあ使い物になんねえかもだが、好きに使ってくれて構わねえ。

 ってことで、エミリア。コイツを部屋まで案内してやれ。パートナーなんだから、仲良くな」

 差し出された手を握り返し、交渉は成立。面接どころか経歴や前科の確認すらまともにせずに契約成立になるとは思ってもみなかった。

 その握手を不服そうに見ている少女が一人いるが、2度に渡って言い負かされ戦意喪失しているため噛みついてくることはない。

 最後の抵抗として頬を膨らませて不機嫌さをアピールしているが、負け犬の遠吠えにクラウチが対応するわけもなかった。

「……それじゃ、案内するからついてきて」

 これ以上ゴネても何も変化しないと悟ったエミリアは諦めたようにため息をつき、クラムの背中から離れてとぼとぼ歩き始めた。その少女の後を追いかけ、クラムは事務所の扉をくぐる。

 リゾートコロニーというだけあって、事務所の外は多くの人で賑わう商業施設となっていた。視線を避けるようにフードを被り直してから行き交う人をすり抜け、たどり着いたのは大きな扉で厳重に閉ざされた通路の一角。

「ここが居住区の入り口ね。端末のIDが登録されてるならここのセンサーにかざせば開くから。

 あ、センサー通さず入ろうとしたら警備員来ちゃうから、開いててもちゃんとセンサーを通してね?」

 言いながら自分の端末をかざして開いた扉をくぐり、それに倣ってクラムも少女の後を追う。

 居住区の通路は商業施設とは一変して無機質で同じ構造が奥まで続いていた。床や天井など一定間隔で現在地が記された地図が表示されているとはいえ、それでも気を抜くと道に迷いそうな造りだ。

「えっと、用意されてる部屋は……転移装置使えばすぐ近くだね」

 クラムの端末に表示されている部屋番号と地図を照らし合わせ、入口近くに設けられた転移装置の開閉ボタンに触れる。

 この転移装置はナノトランサー同様にAフォトン結晶の歪曲空間を用いた技術であり、予め設定された転移装置同士を行き来する際に利用するものだ。転移時の衝突を避けるため、片方の装置上に何か物体があれば扉が開かないようになっている。エミリアが操作してすぐに開かなかったということは、転移先で装置を利用しているヒトがいるということなのだろう。

 扉から少し離れたところで先客が転移してくるのを待ち、入れ替わるように入って装置を起動。視界が一瞬歪むような感覚とともに転移先へと移動した。……といっても、どこもかしこも同じ構造のため一瞬本当に転移したのかわからなくなるのだが。

「そういえば、エミリアとクラウチって上司部下って関係の割にはお互いに言葉遣いに遠慮がないけど、親子とかなの?」

「あたしとおっさんが? ないないない! ない、んだけど……」

 ふと気になったことを尋ねてみると、少女は手首が取れるのではと思うほど手を振って否定する。

 ただし全部間違っているというわけでもないらしく、どこから話すべきかとしかめっ面で首をひねりつつ、ゆっくりと事情を話し始めた。

「あたし、ここに来る前はチェルシーと一緒のショーパブで働いていたの」

「……未成年だよね?」

「あ、うん。だから厳密に言えば働いてたというよりは、居候する代わりに配膳とかのお手伝いをしてたというか……

 とにかく、資源枯渇の影響で元々経営が右肩下がりだったのにあたしが転がり込んじゃったからさ、しばらくしてお店閉じちゃったの。

 それでお店の常連だったおっさんに、店のツケをチャラにする代わりにあたしとチェルシーを引き取ってもらったんだ」

「ああ、それでリトルウイングの社員として雇用されてるのか」

「そういうこと。『働く気がねえやつは住まわせねえぞ!』って一方的にさ。その後のことはレリクスで話した通り、ってあれは夢だったから知らないか。

 まあそんなこんなで、一応おっさんが保護者ってことになってるの。

 そうじゃなきゃ、あんな融通聞かないおっさんのところなんか出ていってるし」

 たぶん向こうも同じこと思ってそうだなー、などと思いながらもクラムは口には出さず愛想笑いを返す。

 クラウチがクラムを破格の待遇で雇った理由。それは十中八九、この引きこもりと化しているエミリアの育成だろう。『好きに使ってくれ』という丸投げの依頼だったが、とにかく自分の生活費は自分で稼げるようにしてくれ、というところか。

「着いたよ。ここがあんたの部屋。……ふむふむ」

「どうかした?」

「あたし、今おっさんと一緒に住んでるんだよね。この通路の突き当りを右に行った奥」

 言いながらエミリアが指さした方向はそこまで遠くない場所だ。これからパートナーとして活動するのだから、部屋が近い方が都合がいいのでクラウチがこの場所を手配したのだろう。

 ただし、この少女のニヤニヤとした表情は決してそんなことを説明するために自分の部屋の位置を言ったわけではないのは明らかだ。

「ねえクラム、あたし達ってパートナーなんだよねー?」

「あ、うん。そうだね」

「じゃあ、あたしが困っていたら匿ってくれないかなーって」

「……どうぞご自由に」

「っし! 手頃な避難場所確保!」

 上目遣いになりながら猫なで声で頼み込む少女に色々思うところはあれど、相変わらず突き放すことは出来ずクラムはこめかみを押さえながらも首を縦に振ってしまった。

 ただ、ちょうど良い逃げ場所を得られたことで小さくガッツポーズするその姿を見ると、落ち込んでいるより調子が出てきた今の方が好ましいのは確かだ。多少のことはしばらく目をつぶったほうがいいかもしれない。

 この課題は今後どうにかするために頭の片隅に置いておき、今は住居の確認のため部屋の中に入る。すでに最低限の家具家電が揃っており、間取りは寝室ともう一つの部屋に分かれた1LDKだった。

 ガーディアンズ時代に彼が住んでいた部屋は一部屋が広い代わりにLDKだったが、リゾートコロニーのため一人暮らしよりも複数人で暮らす方に重きを置いた間取りになっているのかもしれない。

「まあテキトーに使ってみるといいよ。その間、あたしは休んでるからさ」

 欠伸をしながら少女が向かったのは奥のベッド。そこに腰掛けたかと思えばそのまま横になり、瞬く間に寝息まで立て始めてしまった。

「そこ俺が使うはずのベッドなんだけど……」

 すでに夢の中の少女にその小言は伝わらず、自分の部屋なのになぜか取り残されたような感覚に陥るクラム。

 かといって今寝たばかりの少女を起こすのも気が進まず、この際だからと腰のナノリアクターから端末を取り出し操作し始めた。

『──ご指名ありがとうございます。警備員からペットの世話まで要望とあらば七変化。ラミュロス・パトローネでございます』

「それ毎回やってるの?」

『内容以上に最初のインパクトが重要ですからねぇ』

 自動アナウンスの如く定型文をつらつらとまくし立てたのは、レリクスでパートナーカードを交換した女性キャストのラミュロスだ。

 通話が繋がって第一声目が予想外過ぎて一瞬どこかの企業に間違えて連絡してしまったのかと焦ったが、フリーの傭兵を続ける上で彼女なりに工夫した結果らしい。

『それで、要件は何でしょう? 仕事の依頼でしたら、つい先程企業と長期契約をしたばかりですのでお引き受けできませんよぉ』

「依頼じゃないよ。ただレリクスでのことをお礼しようと思って連絡しただけだから。

 おかげでエミリアも無事助かった、ありがとう」

『……律儀な方ですねぇ』

 音声のみの通信だが、端末越しにあきれてため息をつく彼女の姿が容易に目に浮かぶ。それでもこうして一度礼を言っておきたかったのはビーストという人種に刻まれた義理人情故か。

『まあ、座標だけ一方的に送りつけて連絡なしだったので何かの悪戯かと最初は思いましたが、念のため救助隊に知らせて正解でしたぁ』

「……それ以上入力してる暇がなくてね。そっちもボロボロだったって聞いたけど、大丈夫なの?」

『ひとまずは、ですねぇ。私の方も崩落している壁から大型のスタティリアが現れて戦闘になっていましたからぁ。

 結果論ですが、エミリアちゃんは貴方の方についていて正解でしたねぇ。彼女の護衛と並行だと私も流石に分が悪かったですし』

 どうやらお互いに似たような状況に陥っていたらしい。そしてクラムの場合は最終的な火力をエミリアに任せたが、ラミュロスは単身で撃破したということになる。戦ったのが同機種とは限らないが、やはり重火器を用いるキャストの火力は侮れない。

 ……不謹慎ながら、鉢合わせした時に変にこじれて戦闘など起こらないでよかったと青年は静かに胸をなでおろす。

「そっか、無事でよかったよ」

『それはお互い様ですねぇ。

 ……おっと失礼、そろそろブリーフィングが始まりますので失礼しますねぇ』

「うん、ありがとう」

 通信を終えて再び部屋には静寂が訪れたが、相変わらずエミリアが起きる様子はない。

 他にすることも思いつかずなんとなく家具家電の動作確認をしてみるが、それだって30分もあれば全て終わってしまい本格的に手持ち無沙汰になってしまった。

 寝ている少女1人を部屋に置いて行くのも少し抵抗があるが、最低限の家具しか無いこの部屋で休める場所は少女がすでに使っているベッドのみ。

 どうするか悩み、置き手紙をして1人で施設の散策でもしようかと考え始めたところ、誰かに呼び止められたような気がして振り返った。

 しかしそこにいるのはベッドに横たわったエミリア1人。そしてこの空間に2人以外の気配はない。

「気のせいかな?」

『……待って』

 今度は気のせいではなく間違いなく聞こえた声に彼の中で警戒度が上がる。パッと思い浮かぶのは光学迷彩を身につけた暗殺者。しかしそんな大層な装備の相手に狙われるような覚えはない。

『ここでなら、2人で話が出来そうだから……』

 そして何より、その声の声色は暗殺者とは程遠いほど優しく穏やかなものだった。

 あたりを見回していると、いつの間にかベッドで横になっていた少女が上体を起こしている。しかし何かがおかしい。

「エミリア?」

 違和感を感じながら一歩近づいたその時、エミリアの身体に光の筋が浮かび上がっていく。それはまるで何かを起動する回路のようであり、間もなくして全身に光の筋が浮かび上がると彼女の身体からフォトンが放出され始める。

 姿形はエミリアだがエミリアではない神々しい『何か』へと雰囲気を変えたそれは、やがて少女の身体から抜け出すように正体を表した。

 まず目につくのは何かの儀式に用いるのか露出度の高い装束。次にそれそのものが光っているかと見間違うほど艶やかな金髪。それに加えて母性の権化のような優しい笑み。半透明な姿含め、総じて天女のような浮世離れした存在だった。

『私はミカ。訳あって、この子に宿る意識のみの存在です。この姿も、状態も、すでに失われた古の技術によるもの。

 失われた技術を旧文明のものと言うのなら、私は「旧文明人」となりますね。

 途方もない過去に、この星を生きていた原初の文明を持ちうる人類。それが、私達でした』

 ──何を言ってるのだろうか。

 そんな言葉が浮かんでしまうほど突然現れ、突拍子もないことを口にする謎の女性。しかし、今優先するべきは……

「……今エミリアが眠ってるのは貴女が?」

 不思議な光に包まれ宙に浮く少女と、その身体から現れた謎の女性。構図としてはエミリアがこのミカと名乗る女性に操られているようにしか見えなかった。直感的に違うと思いながらも、ひとまずクラムは彼女を『敵』と判断して問いかける。

 しかしどういうわけか、天女のような女性は睨まれていることを喜ぶかのように口元を緩ませ、静かに首を横に振った。

『今は浅い睡眠状態にあります。気がついてから貴方と再開するまでずっと気を張り詰めていましから、ようやく気が休まったのでしょう。

 心配せずとも、すぐに目を覚ましますよ』

「つまり、眠ってること自体は異常じゃないと?」

『はい。私はエミリアが安らいでいるほんのわすかな時間だけ、この身体をお借りしているだけです。

 この、些細な時間で構いません。どうか、私の話しを聞いてください』

 穏やかながら芯の通ったその立ち振る舞いは、その口から語られることが紛れもない真実なのだと信じさせる不思議な説得力があった。

 彼女の要望に頷き、クラムは部屋に備え付けられている椅子に腰掛けることで聞く姿勢を示す。

『ありがとうございます。

 この時代の背景などは、エミリアの記憶から把握させてもらいました。

 3年前、グラール太陽系を襲った危機。SEEDの襲来は、私達の時代にも起こったことなのです』

「……ダークファルス、だよね」

『その通りです。この時代でも復活し、再びグラールの人類により封印されたと把握しています。それに伴う、資源枯渇問題も。

 私達の時代も同様に……いえそれ以上に深刻で、3惑星はSEEDの汚染で回復が不可能な状態でした。そして、旧文明人の肉体も』

「肉体も? ヒューマンは旧文明時代のSEEDから生き延びた人種が先祖だって聞いたことがあるんだけど」

 クラムもそこまで歴史に詳しいわけでもなく、むしろそういう勉強は苦手なのだが、フリーの傭兵時代にそんなことを語るヒトがいたことを彼は朧気ながら記憶している。

 ヒューマンから他の種族が生まれたのだから当然だろう、とその時は流していたのだが、今ミカから語られている話と食い違いがあるように感じ、話の腰を折るのを承知で口を挟んだ。

『それは半分正しく、半分誤った認識ですね。

 順を追って説明しますと、我々はまずSEEDに対する強力な浄化をこのグラール全てに行い3惑星を蘇らせました。

 そして、浄化された惑星に住まう新たな生命体を造り出したのです。それが今現在ヒューマンと呼ばれる方々になります』

「生き延びたんじゃなくて、後から造られた存在だからSEEDの影響を受けなかったってこと?」

『その通りです。ですが惑星の浄化もヒューマンの製造も、すべては旧文明人が計画した大きな「賭け」のための布石。こうして精神だけとなった私たちが現代に生きるヒトの肉体を奪い、復活するための……』

 単に歴史の講義をしているわけではないことはわかっていたが、だんだんと話の雲行きが怪しくなってきた。その深刻そうな表情からしていい話でないことは間違いないだろう。

『そして今、グラールの人々は旧文明人の計画を……自らが滅ぶ道をその手で開こうとしています』

「どうしてこのタイミングに? たしかに今ならSEEDを封印した直後だから二の舞いを踏まずに済む絶好の機会だとは思うけど……」

 仮にそうだとして、SEEDの襲来により今の文明も滅ぶ可能性だった十分にあった。それを含めて『賭け』としていたのだとしても、今はまだSEEDとの争いによる爪痕が深く残っている状況だ。

 乗っ取るタイミングを見計らっているのだとしたら、もう少し先の方が乗っ取った後の負担も少ないはず。

『SEEDの復活は我々も想定していないことでした。ですので、復活のタイミングとSEEDの封印に直接の関係はありません。

 復活が目前に迫っているのは、今の文明が旧文明の想定したレベルまで発展してきていることが原因なのです。

 旧文明人の精神が眠る、こことは違う空間を開けてしまう技術にまでたどり着いたことが……』

 旧文明人が眠る別空間と、その空間を開いてしまう技術。そこから導き出される旧文明人が求めている技術となれば、自ずと答えは1つに絞られる。

「……亜空間航行?」

 その呟きに悲しそうに眉をひそめてミカは首を縦に振る。

「つまり亜空間実験は旧文明人が誘導してる実験?」

『いえ、実験そのものは人類が新たな可能性を切り開こうとする純粋な探究心からくるものです。

 その探究心を利用し、計画に組み込んだのは私達旧文明人の方。現在実験を行っているヒトたちに罪はありません』

 つまり、まんまと旧文明人のしかけた罠にかかりかけているということらしい。

 あまりに突拍子もない話。しかし、ミカの表情は真剣であり、何より彼女という精神体がこうして目の前に存在しているのだから全てが嘘というのはありえなかった。

『どうか、この忌まわしい計画を阻止するために、手を貸していただけないでしょうか?』

「エミリアはこのことを?」

『この子は……心を閉ざしきっていて、私の声を認識してくれないのです』

 視線を伏せ、静かに首を横に振るミカ。一番身近な者が聞く耳持たないというのは残念だが、年端の行かない少女に人類滅亡計画を止めてくれと言うのも酷なことかもしれない。

 そう考えると、ガーディアンズ時代に多少なりとも惑星規模の事件に関わった関わったクラムが先に聞くことが出来たのは幸いか。

「でも貴女も旧文明人だよね? なんで俺に計画阻止の提案を?」

『私達は、滅ぶべくして滅びました。新たに文明を築ける土台を作りこそしましたが、私達の役目はそこまで。世界は次の世代に任せるべきなのです。

 ……それに、貴方にとってはすでに私の存在は他人事ではないのです』

「え──」

 今の『え』は疑問から来るものではなく、しまった、という後悔から思わず出てしまった言葉なのだが、当然ながらミカにその意図が伝わるはずもない。

『なぜ、縁のないはずの私と貴方が話すことができるのでしょうか……?』

「あの……」

『そして、あのレリクスで自律機動兵器に襲われたのは、本当に夢だったのでしょうか……?』

「ちょっと……」

『……貴方は、生きているのでしょうか?』

 状況の確認の為に念入りな質問をしていたのを、協力を渋っているように捉えられたらしい。目の前の天女のような女性は脅しとも取れる言葉で迫ってきた。

 しかしその表情は相手を脅しているとは思えないほど暗く、苦痛すら感じていそうなほど痛々しい。

 彼女の語った内容はそれはそれとして気になるものだったが、まずは誤解を解くのが先決だろう。

「……その脅し方は貴女の声色とは合わないよ。あとごめん、俺からの回答が遅れちゃったね。

 信じるよ。俺で良ければ計画の阻止にも協力する」

『っ、ありがとうございます……っ!』

 少しテンパって余計なことを加えてしまったが、ひとまず自分の立場を示すことができたことに青年はホッと胸をなでおろした。

 ミカの心底嬉しそうに微笑む様子からも、本来の彼女がどういう性格なのか容易に想像できる。先程の脅しは彼女的には出来れば使いたくない最終手段だったのだろう。

 ただ、脅しっぽくなかったのは彼女の雰囲気と声色のせいであり、文言や行間は参考資料でもあったのかと言うほど完璧だったのが少し気になるところだが……

「というか、やっぱり俺ってあの場所で死んだんだ」

『正確にはその一歩手前でした。それでも現代の技術では修復不可能な致命傷でしたが。

 あのとき、エミリアの強い願いによって発現した私のプログラムが貴方の身体を再構築しているのです。こうして話している、今も……』

「なるほどね。ちょっと確認なんだけど──」

「──ふぁ……」

 穏やかに目を閉じて寝息を立てていた少女が身じろぎながら小さな声を漏らした。まだ目覚めてはいないようだが、2人ともそちらへ気を取られ話は打ち切られてしまう。

『そろそろこの子が目を覚まします。詳しくはまたいずれ……』

 そう言い残してミカの姿は空気に溶けるように消えてしまう。それに伴いエミリアの身体に浮かんでいた筋も消えていき、最終的に少女の身体は糸に引かれるようにゆっくりとした動きで元の位置に横たわる。

 それから間もなくして薄っすらと目を開いた少女は、覚束ない動きでベッドに手をついて自分の力で上体を起こした。

「んー……ちょっと寝ちゃった、かな?」

 寝ぼけ眼で身体を動かしゆっくりと覚醒を促す少女と、特に理由もなくそれを眺める青年。やがて完全に目が覚めた彼女がこちらに気づき、視線がかち合った。

「おはよう、エミリア」

「あ、うん。おはよう……

 あのさ、なんでこっち見つめてるの?」

 キョトンとして小首をかしげ、至極まっとうな質問を投げかけるエミリア。

 しかしその返答にクラムは顎に手をおいて考え込んでしまう。ミカの存在は今説明しても彼女に理解はできないだろう。旧文明人の復活計画など論外だ。となれば何か適当な理由をつけるしかないのだが、丁度いい言い訳が思いつかない。

 そして押し黙ったままで視線を泳がせていたため、目の前の少女は次第に眉をひそめ始めてしまう。

「……エミリアの寝顔を見てた?」

「ちょっ、寝てるのに気づいてたんなら起こしてよ! あー、恥ずかし……」

 急かされてとっさに出た言葉としては色々と最低レベルな言い訳だったが、どうやら軽く怒られる程度で許されたらしい。

 逆にエミリアのほうが赤くなった頬を冷ますようにパタパタと手で扇ぎながら顔をそらしてしまった。

「今日はこれぐらいにして休む?」

「うーん……ごめんそうする。また明日案内するね」

「仕方ないよ。今日は色々あったから」

「たしかに……はじめての仕事でしょ? いきなり事件に巻き込まれちゃうし、ヘンな夢は見るし……」

 指折り数えながら今日の出来事を振り返るエミリア。クラムもクラムでガーディアンズ時代の初任務は色々と起こりすぎたが、これはなかなかいい勝負だろう。

「まあ、細かいことはいいや。

 とにかく、あたしもあんたも無事だった、ってことが重要だもんね」

 跳ねるようにベッドから立ち上がりもう一度大きく伸びをする。それでもまだ眠気はとれないようで、彼女の意思に関係なく大きく口を開けて欠伸が出るのを慌てて手で隠していた。

 それを他人に見られたのが恥ずかしかったのか、クラムの視線から逃げるようにパタパタと小走りで扉の方へ行ってしまう。しかしその扉を開く直前、少女はその場で立ち止まりクラムの方へ振り返った。

「どうかした?」

「あ、あのね……えっと、ええっとぉ……」

 視線を泳がせて両手をもみ合わせているその仕草は、頭の中にある言葉が上手くまとまらないか、それを口にするのを躊躇っているように見えた。

 しかし、その葛藤を有耶無耶にできる出口がすぐ後ろにあるというのにそれをしないということはどうしても言いたいことなのだろう。その内容までは察することはできないが、少女を急かすようなことはせずいつまでも待つ姿勢を示す。

 それから待つこと十数秒、言葉はまとまらずとも言う覚悟は出来たようで、一語一語確かめるように少女はゆっくりと口を開いた。

「その……あんたがいなかったらあたしはきっと、レリクスの中にずっと取り残されていたと思う。

 それに、何よりもあたしの言うこと、信じてくれたし……

 まあ、あれは夢だけどさ。でも、夢でもうれしかったかな……」

 気恥ずかしさからか視線は上下左右にせわしなく動き、声も今にも消え入りそうだ。それでも不思議とその声は鮮明に聞き取れ、へにゃりと締まりなく笑うその表情には思わず目を奪われ言葉を失ってしまった。

 守る側と守られる側。それは守られる側が救われるのはもちろんのこと、守る側も『守りきれた』という事実に救われてはじめて意味がある関係なのだ。故にエミリアのその笑顔はクラムにとって何よりの報酬だった。

「……ちょっと、あんまりキョトンとしないでよ。言ってるあたしも恥ずかしいんだから……」

「あはは、ごめん。ちょっと言葉が出てこなくてね。

 でも、うん……エミリアが無事でよかったよ、本当に」

「うぅ……だめだめ、ストーップ!

 なんか小っ恥ずかしくなってきたから今日はもうおしまい!」

 視線を逸らして誤魔化していたがそれも限界に達したらしく、エミリアは逃げるように扉を開いて出て行ってしまった。

 かと思えばその扉が自動で閉まる直前、それを阻むように足で止めつつ隙間から顔だけ覗かせる。

「今度はあんたのこともいろいろ教えてね。なんてったって、あたしたちは『パートナー』なんだから!

 じゃあまた明日!」

 返答を待たずに少女は顔を引っ込め、パタパタと足音が遠のいていくのを青年は1人見送る。

「うん、また明日」

 誰も聞いていないと分かっていても返答したクラムの声は、1人しかいない部屋の中に溶けていった。




これにて1章終了です
現時点で3章ぐらいまで書いて入るんですが、話を書き進めるごとに過去の話を修正することがたびたびあるので、今後の更新は不定期になります
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