「──ハイ、これで登録完了。これから、いつでもお仕事出来るヨ」
日を改めてリトルウィングの事務所。チェルシーに説明されながら処理を行い、クラムは正式にリトルウィング所属の傭兵として登録された。ただしエミリアのような正社員ではなく、依頼の外部委託を請け負う雇われ傭兵としてだが。
フリーとの違いは自分で依頼を探してくる以外にもリトルウィングから依頼を受注することができるほか、現在のクラムのように住居の提供などのサポートを受けられる。
逆に正社員との違いは、給料が成功報酬である代わりに依頼の受領は本人の自由であり、傭兵業以外の業務……リトルウィングで言えば『海洋リゾート地区開発』の業務に携わる必要もないという適度な距離感を保つことができる。立場としてはフリー以上正規雇用未満といった状況だろうか。
実力が顕著に現れるものの、比較的安定した依頼件数を確保しつつ自分の都合で動けるためこの状況を好む傭兵も多かったりする。
ちなみに、先日ラミュロスが通信の際に言っていた『企業との長期契約』とは、傭兵業の営業許可を得ていない企業が用心棒を雇うというイメージが近い。
傭兵業を営む者は上記のような様々な雇用形態の中から自分に合ったものを選ぶのが基本となる。
「依頼の受注ってチェルシーに聞けばいいのかな?」
「それ以外にも、自分が探してきたお仕事をウチの依頼として受けるヒトもいるわヨ。そうすればこっちでサポートできる部分はサポートするし、場合によってはボーナスも出せるからネ」
「聞けば聞くほど自由な会社だね」
「そのおかげで助けられるものもあるからネ。でもある程度精査はしてるから、おいたしちゃダメヨ?
それじゃあ、リトルウィングの一員として頑張ってネ!」
そんな2人のやりとりを後ろから眺めながら、憂鬱そうにため息をつく少女が1人。
昨日はなんだかんだ吹っ切れたように見えたが、一晩経って冷静に振り返ってみるとやっぱり面倒なのは嫌、といった心境なのは容易に想像できた。
「ほらエミリア、そんな膨れっ面じゃカワイイ顔が台無しヨ? スマーイル、スマ〜イル!」
自分の口角を指で押し上げながら笑うチェルシーとは対象的に、ふくれっ面の少女は目を伏せる。
このまま待っていて機嫌が治るなら別だがこの様子ではすぐには無理だろう。ならば多少強引に、かつそこまで拒絶されない程度に連れ出すほかない。
「それじゃあそろそろ行こうか」
「うー……無理かもしれないけど、出来れば簡単な依頼でお願い」
「簡単かどうかはエミリア次第かな。チェルシー、ここって訓練施設とかある?」
「モチロンあるヨ~。端末の方に道順送っておくワネ」
言いながら手際よくキーボードを操作し、クラムの端末へ詳細な情報が送られた。
リゾートコロニーの中にある施設のため、一般人向けのフィットネスジムの一角に模擬戦も可能な訓練所が設けられているようだ。
リトルウィング社員なら格安で利用できるうえ、給料天引きのシステムもある。今現在、特別に給料を前借りさせてもらい多少は手持ちがあるクラムだが、それを消費せずに済むならそれに越したことは無いだろう。
「依頼とか受けないの?」
「受けてもいいけど、俺はナノトランサーが壊れてるから手持ちの武器がないんだよね。
とりあえずは事務所の備品でしのぐつもりなんだけど……」
「しばらく使ってないものだから一度メンテに出してるのヨ。
壊れたりはしてないと思うけど、万が一があったらタイヘンだからネ」
チェルシーによれば早くても半日はかかるらしい。
クラムだけでの活動ならそれぐらい待っても構わないかもしれないが、今はパートナーであるエミリアのやる気の維持が最優先だ。今現在絶賛急降下中の彼女のやる気をどうにかするためにも、とりあえず仕事の一環として何かしておく方がいいというのが彼の考えだった。
「まあ正式なパートナー結成1日目だし、最初はお互いに親睦を深めるってことにしても文句は言われないよ。
だよね、チェルシー」
「好きにしていいってシャッチョサンも言ってたからネ!」
サムズアップとウインクで応える受付嬢に後押しされ、クラムはエミリアを連れて出発。
ヒトで賑わう商業施設区間を進み、2人がまず向かったのは一定区画ごとに設置された停留所だ。
チェルシーから渡された地図によると訓練所もといフィットネスジムはこの区画から離れたところに設けられていた。そういった場合にコロニー間を簡単に移動できるよう、クラッド6内では巡回船が無料で利用できるらしい。
社用のシップを使えばそれを待たずして直接向かうことも出来るが、急ぎでもないのに数に限りのあるものを利用するのに抵抗があったクラムによりこちらの交通手段が選ばれたわけだ。
「ところで、あんたって傭兵をし始めて長いの?」
不意にエミリアからそんな質問を投げかけられるが、巡回船の待ち時間が退屈だったのだろう。
「SEED事変が終わったあとぐらいからだから3年ぐらいかな」
「意外と短……いや長いの?」
「全体から見ればまだまだ新参者だよ。俺の年齢で無所属を3年続けてるのは長い方らしいけど」
「そういえば何歳だっけ?」
「えっと……20歳だね」
「なんで一瞬考えたの? まあいいけど。
てか今20歳ってことは、今のあたしぐらいの歳からフリーの傭兵やってたってことじゃん。……うん、あたしには全然出来る気しないわー」
目をつぶって険しい顔で唸り始め、そして少女は一人納得しながら頷いている。
さすがにクラムもフリーで活動する以前にガーディアンズの研修生として訓練を受けているし、それ以前に育った環境の影響で武器の扱いには慣れているという土台作りがあるのだが、そんな部分はまったく考慮していないらしい。
「しかもクラムぐらい強くても金欠になるぐらいギリギリの生活なんでしょ?」
「あー……、それに関しては俺の状況は参考にならないかな。俺の場合は色んな事情が重なって、報酬が少ない依頼を受けることが多いだけだから」
へぇ、と反応をするエミリアだったがそこへ巡回船が到着したことで一旦この話題は中断。ただの時間つぶしの話題のため巡回船が出発してからは別の話題に切り替わっており、とりとめのない雑談を何度か交わしている間に目的地へと到着した。
ジムの中は思っていた以上に広く、多種多様なトレーニング機器が並んでいる。ただし今の時間帯は利用客が少ないらしく、機器の利用率は低かった。
そこからさらに奥にある訓練スペースに至っては、大人数で行うスポーツができそうなほど広い空間の中に利用者は片手で数える程度しかいなかった。エミリアの訓練にはちょうど良い環境といえよう。
訓練スペースを利用するに当たり、IDパス代わりにもなっているナノトランサー付きリストバンドを左手に固定しつつ、2人は他の利用者と離れた場所を陣取り準備運動がてら各々身体を伸ばしていく。
「さて、とりあえず今日はエミリアの現状確認だね」
「本当に素人だからね?
原生生物複数体相手に無双するようなあんたと比べないでよ? ……あ、でもあれは夢か」
……何気ない少女の呟きで思い出したが、現在彼女はレリクスでの出来事を夢だと思いこんでいる状況だ。おそらくは防衛本能の一環だろう。
であるならば無闇に思い出させるべきではないと判断し、意識して微笑みを崩さないようにしながら少女の認識に合わせて会話を続ける。
「まあそれなりに自信はあるけど、流石に無双は出来ないかな。武器もしばらくはここの備品を借りるわけだし」
「武器一つでそこまで変わるもんなの? 本人の精神力の高さが影響するのはわかるけど」
「フォトン粒子の性質上、精神力の質が関係するのは確かだね。けどフォトン・リアクターの性能もかなり影響してるんだ」
これはフォトンで銃弾や刀身などを形成する際に避けられない
なおリアクターの質が影響するのはそれだけにとどまらず、銃弾であればその周囲に空気抵抗を軽減する特殊な膜を展開させることで、レーザー等であればその出力を上昇させることで、刀身であればインパクトの瞬間にさらにエネルギーを放出することで、それぞれ威力を増大させられるように設計されている。
だからこそ高純度かつ精密なエネルギー出力を可能とする高品質なフォトン・リアクターが搭載された武器は高価で取引され、お手頃価格な初心者向けの武器と明確な差別化が図られている。
「……ちょうど良いし俺の体質について概要だけでも説明しておこっか」
「体質?」
「実際に見てもらったほうが早いと思う。
ちなみに【ハントモード】と【スタンモード】の違いはわかる?」
「一応それぐらいなら」
ならよかった、と頷きながらクラムが貸出用ナノトランサーから取り出したのは訓練用のセイバー。
先に述べた【ハントモード】とは出力されるフォトン・エネルギーをすべて破壊力に使用する状態のこと。
対する【スタンモード】とはフォトン・エネルギーを特殊な出力方法で用いることで相手を無傷で気絶させられる状態のことを指す。
どちらもシールドラインで防ぐことができるが仮に防ぎきれなかった場合、その余剰分が殺傷力を持ったエネルギーとして貫通してくるのが【ハントモード】、その余剰分が非殺傷な代わりに無力化のしやすさへ繋がるのが【スタンモード】なのだ。
現在の武器にはこの2種類の切り替え機能が標準搭載となっており、高品質な武器がそのまま効率的な殺傷及び無力化どちらにも使用可能という便利さが実現している。
なお、訓練用の武器は切り替え機能がなく【スタンモード】でしか使用できない設計になっている。
クラムはその非殺傷なセイバーの柄を何度か握って調子を確かめつつチョーカーに触れたのち、躊躇なく自分の腕に刃を叩きつけた。
「ちょ──っ!?」
いきなりの光景にギョッとするエミリアをよそに当の本人は多少眉をひそめる程度。確かにシールドラインで防いだのならその程度で済むだろうが、その刃はフォトンによる不可視の鎧に阻まれることはなく彼の左腕に食い込んでいた。
「え……う、ええ!? いきなり何やってんの!? というかシールドラインは!?」
「ああ、この体質のせいでもあるんだけど、俺普段からシールドラインつけてなくてね。けどそれで傭兵業を続けるのは説明含めて色々都合が悪いから、こうやって衣服が発光する
つまり彼はシールドラインなしで自分の腕を切りつけたことになる。そして【スタンモード】という名前のせいで勘違いされがちだが、その出力が非殺傷なのはシールドラインを起動してあることが大前提であり、そうでなければいかに【スタンモード】とて十分凶器になりえる。
にも関わらず彼の腕が切り落とされることはなく、打撲跡がその白い肌に薄っすら残る程度だった。
「それでこれが俺の体質。シールドラインがなくてもある程度フォトンの攻撃を防ぐことが出来るんだ」
「いやいやいや、だからって他に説明の仕方があるでしょうが!!」
「実際見てもらった方がわかりやすいと思ったんだけど……」
「たしかにわかりやすかったけど、それにしても限度ってもんがあるの!」
当然と言えば当然の反応なのだが、実のところクラムが行ったのはシールドラインの強度テストで稀に使われる手法だったりする。
特にモトゥブのショップはアンダーグラウンドの市場に近いため露店のような売り方も少なくなく、当然そういった店では購入前に正式な装置を使って強度を試すことはできない。その場合は目当てのシールドラインを装備してからスタンモードにした自分の武器で叩きその衝撃の度合で確認するのだ。
無論、仮にも自分の腕を斬りつけるわけだから躊躇いなくできるヒトは限られているし、自傷目的以外で生身の腕にできるヒトなどグラール中探しても彼以外にいないだろうだが……
どちらにせよエミリアの理解を得られることはないだろう。
話がややこしくなりそうだからその辺の事情は伏せ、180近い長身のビーストは自分より小さい少女からの説教を甘んじて受けることにする。
「いい? 今後そういう自分の身体を傷つけるようなことは禁止。見てるこっちも怖くなるんだから!」
「うんわかった、気をつけるよ」
「ホントにわかってるのかなぁ……」
流石に初っ端から飛ばしすぎたらしく、少女からの信用がみるみる下がっていくのが目に見えてわかった。まあエミリアの危惧した通り、彼に反省した様子はないのだが。
「まあとにかく、俺はフォトンの攻撃を阻む体質なんだ。俺に近づくとフォトンを利用した装置の機能が鈍るって表現が近いかな。
だから俺自身がフォトンを利用するときにも影響がでちゃって、テクニックどころかフォトンアーツも使えないんだ」
「ああそっか、フォトンアーツもテクニックみたいに周囲のフォトンに干渉して、武器に読み込ませた動きを再現するシステムだもんね」
「そういうこと。【モノメイト】みたいな医療キットや、他の人から受けるレスタとかなら多少効果はあるけど、効き目はかなり悪い。
体感だけど全体の1%程度にまで落ちるかな。腕に大火傷を負ったヒトを完治させるレベルのテクニックでも、俺に対しては指先のささくれを治す程度の効力しかないから」
「聞けば聞くほど日常生活にも影響ありそうな体質だね」
「実際このままだと結構不便だよ。だから普段はこのチョーカーに備え付けられた装置で抑えてるんだ。でもその時に身体の動きまで鈍っちゃうから、戦闘中は機能をオフにするしかないんだよね」
ということで、とチョーカーの装置を再度起動しながら訓練用のセイバーをナノトランサーに収納し、ここまでの長い長い前置きを挟んでようやくクラムは本題に入る。
「エミリアには支援よりも攻撃系のテクニックで頑張ってほしいかな」
「うー、拒否したところで状況は変わらないもんね。って、あたしがテクニック主体なのって話したっけ?」
「……レリクスで聞いた気がするんだけど、間違いだったかな?」
そうだっけ、と少女は首を傾げながらもそこまで気にした様子がないのを見て内心ホッと胸をなでおろす。
「ちなみに持ってる武器は?」
「ロッドとセイバーが1つづつ。あ、でもセイバーは持ってるだけでまともに振ったことすらないけど……」
「セイバーは護身用ってことか。追々そっちも練習しておいたほうがいいと思うけど、先にロッドがどんな感じか見せてもらってもいい?」
クラムに促され、表情を曇らせながらも太ももに巻き付けた自分のナノトランサーからロッドを取り出したエミリア。彼女の身の丈より大きいため取り回しにコツがいるのは確かだが、それを抱えるように握る構え方を見ると本当に戦闘経験は無いに等しいらしい。
「あ、でも結構いいロッドだね」
「そうなの? おっさんから無理やり渡されたやつだからよくわかんないけど」
言われてから不思議そうに自分の【クラーリタ・ヴィサス】を眺める少女。フォトン・リアクターを中心にまるで花弁のように広がるパーツは、おそらくテクニックを放つ際に威力を補強する機構だろう。白と桜色で彩られたそのシルエットは、まるで天使の翼のようだ。
「使いやすさまではわからないけど、少なくともリアクター周辺の部品はかなり上等品だね。調整次第でもっとよくなるかも」
「へぇ、あんたってそういうの詳しいんだ?」
「子供の頃はモトゥブにある武器商人のところでお世話になってたからね。だから多少の目利きはできると思う。
それで、エミリアの得意な【テクニック】は?」
「うーん、これと言ってないかな。どの属性も基本テクニックが使えるぐらいだし」
「あ、でも全属性扱えるんだ」
「別に珍しくはないでしょ? ……臨機応変に属性を切り替えて、なんて器用なことはできないからね? 言ってて自分で悲しくなるけど!」
先んじて釘を差すように言われるが、誰かにそれを要求されたことでもあるのだろうか? とりあえず触れない方がいいことは察して青年は首を縦に振っておく。
だがエミリアの自己評価とは裏腹に、クラムは彼女のテクニックの素質を高く評価していた。
「今は瞬時に変えれなくても、変える時間ぐらいは俺が稼ぐから大丈夫だよ。
それに現状のダメージ源は間違いなくエミリアだからね。弱点属性に合わせれば俺が攻撃するより威力出るし」
シールドラインは外部からの衝撃をフォトンで反射させる仕組みだが、リアクターの調整でフォトンの属性を意図的に偏らせることで同属性の攻撃に対しより強力な反発を行うことが可能になる。ただしこれには欠点もあり、対となる属性には反発と逆の作用、つまり威力の相乗効果が発生してしまうのだ。
例として挙げるならば、先日のスヴァルティアとの戦いだ。
あの時クラムがエミリアに闇属性のテクニックを指定したのはスヴァルティアの身体を覆うシールドラインが光属性だったからである。
故に光属性のフォトン・エネルギーを纏った攻撃に対しては強固な鎧になるが、その対となる闇属性のテクニックである【メギド】に対してはエミリアのテクニックでもクラムの攻撃に匹敵する威力へと上乗せされるのだ。
そしてシールドラインは原生生物の生態を模して作られたのだから、元となった原生生物にも同様の効果がある。弱点属性で攻められるというのは少ない労力で成果を得るために必要不可欠な技術だといえるだろう。
「じゃあ今度こそエミリアの現状把握だ」
少女を手招きしつつクラムが向かったのは、透明なガラスに覆われた小さなドーム状の施設。
ロッドを抱えたままついてきたエミリアがなんとなくそのロッドでガラスを叩いてみるも、強度はかなりのものらしく傷一つついていない。
ただしドームの中には何もなく、エミリアからすれば何をするための施設なのか外観からはわからないことだろう。
「5分間ドームの中をランダムに動くターゲットを狙う遠距離武器用のトレーニング施設だよ。
どのテクニックでもいいから、一回でも多くターゲットに当たるように頑張ってみて」
「一応確認なんだけど、そのターゲットってこっちに襲ってきたりは……」
「上級者向け以降なら襲ってくるけど、今回は心配しなくて大丈夫だよ」
その言葉に肩の力が抜けたらしく、自分からドームの中に入っていくエミリア。準備が整うとカウントダウンが始まり、中心に立つ彼女はもちろんのこと、見ているクラムも自然と緊張感が高まっていく。
間もなくしてドーム内に50センチ四方のターゲットが複数体出現し、変則的な動きで彼女の周りを飛び交い始めた。速さはそこまでだが、複数のターゲットが縦横無尽に急停止と急旋回するため動きの予測がつきにくい。
「わっ、と、とっ!?」
その動きに唖然とし固まっていたエミリアは遅れて行動を開始。慣れない動きながらもロッドを振るい、フォトン・リアクターを起動させてテクニックを放つ。
彼女がとっさに使ったのは光属性の攻撃テクニック【グランツ】。上空から光の矢を降らせるテクニック、という触れ込みだが、光属性の特徴は治癒力や免疫力といったフォトン以外から生まれるエネルギーの増幅だ。
故に、実際は対象の上空に特殊な力場を発生させ、自然光や人工光をその力場で増幅させて攻撃技としている。他の攻撃系初期テクニックが全てロッドを起点に発生するのに対し、この技だけが上空からの攻撃なのはそのためだ。
これをとっさに使うということは光属性が彼女の肌に合っているのだろう。ただし……
「──ぜ、全然当たんない……」
あっという間に5分が経過して終了を知らせるブザーが鳴り響く。連続でテクニックを放つことに慣れていないのもあるが、ロッドを起点とせず対象の上空に力場を作る関係上、初心者が【グランツ】で動くターゲットに狙いを定めるのは難しかったようだ。
そして5分間呼吸も忘れて必死に長物を振っていたせいで軽く酸欠気味になっているらしい。ロッドを支えにしてどうにか立っているが、生まれたての四足獣のように少女の足は小刻みに震えていた。
それを予測していたクラムは予め準備していた酸素スプレーを彼女の口に当てて吸引させつつ、呼吸を整えさせるために背中を擦る。
「それでも3回は当たってるね。中級者向けの難易度でこれなら十分だよ」
「ち、中級者向け!? あたし戦闘初心者って言ってるじゃん!」
「それで3回当てられてるから自信持っていいってこと。
ロッドの取り回し方と狙いの定め方はまだまだだけど、テクニックを発生させる変換効率の高さがそれを補ってるのが今のエミリアの状態だね」
「ま、待って……今耳鳴りがすごくて頭がガンガンする……」
「……本格的に酸欠っぽいね。端っこで少し休もうか」
なまじゲーム感覚で行える施設なのもこういう時は考えものかもしれない。
青白くなった顔色で、頷いているのか首に力が入らず項垂れているのかわからない少女をフロアの端っこまで移動させ、彼女の息が整うまで献身的に介護する。
しばらくしてようやく顔色が戻ってきたところで、改めて講評を述べる。
「テクニックそのものは問題なかったよ。フォトンをテクニックに変換するタイムロスもほとんどない。
改善点はロッドの取り回し方と、狙いの定め方かな」
「これでもちゃんと狙ってたんだけど……」
「うん、それはわかってる。今の時点でも単調な動きの原生生物になら対応できるだろうから安心して」
そう、決してエミリアのテクニックは弱いわけではない。むしろ素質は十分にある……いや、ありすぎるというべきだろうか。
彼女に伝えていなかったが、先程のターゲットは攻撃を当てるだけではなく一定のダメージを与えなければ点数として換算してくれない仕様になっており、難易度が上がるほどに要求されるダメージは高くなる。
3回の直撃でスコアも3回分。つまりエミリアは一撃で中級のターゲットの基準を満たす威力を出していたことになる。
これを原生生物で換算するなら、先日クラムが倒したエビルシャークを有効属性以外の初級テクニック1発でも確実に怯ませることができ、3発ほど直撃させれば倒せる程度の威力は有している。
仮に彼女やその武器のポテンシャルが非常に高いのだとしても、戦闘初心者の精神力で繰り出されるテクニックとしては破格の威力だ。外部からのブーストがかかっていると言われたほうがまだ納得がいく。
(可能性があるなら、ミカの影響かな?)
直接聞いてみないことにはわからないが、ミカは自分のことを『意識だけの存在』、『精神体』と表現していた。
二重人格のようにエミリアの精神に取り憑き彼女に声だけを届けるならまだしも、クラムにまで声や姿が認識出来るとなるとそれは文字通りの精神体とは少し違うのではとクラムは推測している。
(それにミカの姿、あれは少し変質してるけど
もし彼女がフォトンに干渉して様々な事象を起こしているのであれば、エミリアのテクニックを補強することも可能かもしれない。
……そもそもの話、なぜミカはエミリアに取り憑いているのだろうか? 昨日のミカの話を聞く限り、旧文明人の意識はこことは別の空間で眠っているはず。その意識がこうして一人の少女に取り憑いているのであれば、なにかしらのきっかけがあると考えるべきなのだが……
「さっきからあたしのおでこばかりジロジロ見てるけど……なにか付いてる?」
「エミリア、レリクスの調査に行ったのって前回が初めてって言ってたよね?」
「そうだけど?」
「他に誰かに同行したことは? レリクスじゃなくても、旧文明人に関係のある場所の調査とか」
「ないない。自分で言うのもなんだけど、傭兵として働いたのあれが初めてだったし。それ以外はクラッド6内でバイトを転々としてただけで、記憶がある限りでこのコロニーから離れたこと無いよ。
……っていうか、いきなりどうしたの?」
「ちょっと気になったから、なんとなくね。
じゃあエミリアの現状は知れたし、次からはロッドの振り方の練習を中心にしようか」
「うぇぇ……まだやるの?」
「……心配しなくても今日はもう終わりだよ。明日から実践兼ねて簡単な依頼を受けてみる予定だからね」
どうやら今後は純粋な体力づくりも必要らしい。今から追加で訓練をすれば効果的かもしれないが、明日のエミリアが筋肉痛で動けない未来が容易に想像できたためそこは手加減しておく。
……壁を使ってどうにか立ち上がっている様子からすると、すでに手遅れかもしれないが。
「あんたは戻らないの?」
「もう少し身体を動かしてからね。
ここの片付けはやっておくから先にシャワー浴びてきていいよ」
「じゃあ先に受付前で待ってるね」
手を振りながら訓練所を後にする少女の背中を見送り、知り合いがいなくなった空間でクラムはフードを深く被る。
白い肌にオッドアイという目立つ容姿を隠す目的でもあるが、考え事をするときはいつもこうして周囲の情報を遮断し没頭できるようにするのが彼のルーティンであった。
そして手首のナノトランサーからトレーニング用のロッドを取り出し、他の人の邪魔にならない場所で調子を確かめるように振るい始めた。
先程エミリアへ説明した通り、彼はテクニックを扱うことは出来ない。だとしても、そのフォームの確認ぐらいであれば可能だ。
今までに見てきたテクニック使いのロッドの振り方を思い出しながら自分でも振るってみて、気をつける点やどういった説明をすればイメージしやすいかを分析していく。
「基本はこんな感じか? いやなんか俺の癖が出てる気がする……流石にここまで頻繁に持ち手を切り替えるのはエミリアには難しいかな……?」
しばらくロッドを振り回し基本となる動きを抽出して最適化していくが、テクニックができないクラムには動きそのものはコピーできてもテクニックを使う際の『溜め』までは再現できない。
現に今しがた抽出した動きも、ロッドだけではなくスピアやダブルセイバー系統の長物武器の動きを自分なりに組み込んでいる。
他の武器の動きから学べる部分もあるとはいえ、これ以上の最適化はクラム用にアレンジされてしまいエミリアとの共有が難しくなってしまうかもしれない。
あとはエミリアに実際に動いてもらい、彼女の癖に合わせて細かく調整していく方が効率的だろう。
「手合わせ構わないか?」
戦闘技術の教育方針がまとまり一息ついていると、それを見計らったかのように背後から声をかけられた。
振り返ってみるとそこにいたのは1人の女性。耳、体格その他の特徴からして種族はヒューマンだろう。
彼女の身につけている真紅のトレンチコートは随所に棘のような硬質パーツがあしらわれており、まるで茨を纏っているかのよう。そのため美麗ながら不用意に近づくのを躊躇ってしまう雰囲気を醸し出していた。
そして彼女がその手に握っているのは訓練用のセイバーだ。『手合わせ』と言っていたのだからそれ用だとは思うのだが、クラムはこの女性と初対面のはず。
いきなり手合わせと依頼されるとは思ってもみず、どう対応するべきかで身構えてしまう。
「えっと……」
「ああ、すまない。私の名はクノー。同じくリトルウィング所属のものだ。君が昨日ここ所属になったクラムだな?」
「あ、初めまして。所属になったっていってもほとんど成り行きみたいなものだけど」
フリーの傭兵をしてると他の同業者に舐められないように言葉遣いや態度をある程度大きく見せるのが処世術なのだが、流石に同じ会社……おそらく正社員の先輩が相手となれば話は別。初対面で失礼がないように慌ててフードを脱いでクラムは背筋を正す。
しかしクノーと名乗った女性は、気にするなとでも言うように右手を軽く振って小さく笑った。
「そこまで畏まる必要はない。立場上は先輩になるが、単に君より長くここに所属しているというだけ。
ここは入社までの経歴を問われない反面、入社後の実績で全てを評価される完全な実力主義の会社だ。入社順で慕われるぐらいなら対等な立場で接してくれたほうがマシだ。それに、そちらのほうが私も話しやすい」
「……貴女がそういうのなら」
いきなり対等と言われても即座に対応できないのはコミュニケーション下手の性か。
クラウチの時は彼のだらしなさもあり結構簡単に自然体で接することができたが、彼女の場合は雰囲気も合わさり口調もぎこちなくなる。
とはいえ畏まるなと言われればそれに合わせる他無い。せめて態度だけでも自然体であろうとすると余計に自然体からかけ離れるわけだが、クノーは笑って流してくれているのでよしとしよう。
「ちなみに手合わせっていうのは?」
「言葉通りの意味さ。クラウチにスカウトされた君の実力を肌で味わってみたいんだ。受けてくれるか?」
その提案はクラムにとっても願ったり叶ったりだ。ミカによって再構築されているらしいこの身体は今のところ多少の倦怠感はあっても行動に支障が出るほどのものではない。
だが多少とはいえ違和感があるのも事実。この状況で実践的な動きをした場合にどうなるのかを確認できるなら断る理由はないだろう。
トレーニング用のロッドをナノトランサーに収納し、代わりに取り出したのは目の前の彼女とおなじトレーニング用セイバー。そして空いた手でチョーカーの装置をオフにし、身体を支配していた倦怠感のようなものが軽くなったのを確かめながら青年は向き直る。
「じゃあ武器はこのセイバーのみ。フォトンアーツはなしって条件でも?」
「ああ構わない。ではいくぞ──」
言うが早く、右足を踏み込むと同時に繰り出される鋭い突き。
そのほとんど不意打ちに近い攻撃に対し、クラムも即座に反応。後ろに引くわけでも左右に避けるわけでもなく、右手に持つセイバーで相手の刺突を巻き取るようにして左側へ弾いた。
それにより身体が開いた相手に対して自分はいつでも剣を振るえる体勢という状況。この機会を逃さず、さらに踏みこみカウンターを狙う。
しかしながら向こうも手練れの傭兵。崩れた体勢を戻そうとするのではなく、セイバーを弾かれた方向に身体を回転させることで膝蹴りへと動きを繋げていく。
狙いは、今まさにセイバーを振るおうとしているクラムの右肘。純粋な力比べなら女性ヒューマンの脚力で男性ビーストの腕力を止めることはかなわないだろうが、振る直前かつ関節を狙われればそれも可能ならしい。しかしそれも僅かな間であり、最終的には体格差で勝るクラムの力技には敵わない。
「──っ!?」
にも関わらず、クラムはセイバーを振るわず転がるようにして彼女の側面へと移動する。直後、先程まで彼の首があった場所をフォトンの刃が
「ほう、今のを避けるか」
「狙いが一々怖いんだけど!?」
見れば、彼女が順手で握っていたセイバーが今は逆手に持ち替えてられていた。弾かれてから今の1秒に満たない間に持ち替え、死角から彼の首を刈り取ろうとしていたらしい。
そんな初見殺しを回避したクラムは転がった低い体勢のまま足払いで隙を作ろうとするものの、重さを感じさせない独特な足運びですでに距離を取っていたクノーには届かなかった。
彼女の動きは変則的だがその全てに無駄がない。あらゆる状況から攻撃に転じる技術は流石の一言に尽きる。
そんな彼女の攻撃を避けるだけでなくカウンターさえ狙うクラムも十分な実力者だろうが。
あくまで手合わせなのだからとセーブしようと考えていたがそんなことを目の前の女性は許してくれないらしい。自然と動きはより鋭くより激しく、ただの手合わせにしては白熱したものになってきた。
片やその体格に似合わない防御メインでカウンターを狙う白い獣人、片や体格差をもろともせず的確に敵の急所を狙う攻撃的な麗人。
フォトンアーツ未使用とは思えないほど激しい打ち合いが続くこと数分、不意に2人の距離が開き、お互い絶妙に攻撃が届かない間合いで睨み合いとなった。
しかしそこで休憩が入ることはなく、両者ともに間合いの外にいる相手へどう攻めるべきか思考を巡らせる。そして先に動いたのはクノーの方。
それは初手と同じ、踏み込みと共に繰り出される刺突。セイバーの間合いギリギリを見極めた一撃だが、逆に言えばクラムの方が一歩下がってしまえば届かないだけでなく、前のめりになった相手へのカウンターを決めることができる。しかし……
「なん……っ!?」
完全に見切っていたはずが、予想した位置よりもさらに伸びてきたセイバーの刃先が彼の眉間へと迫る。
とっさに弾いたものの、無意識に腕を動かした結果偶然そうなっただけ。防げたのはほとんど奇跡であり、反撃などする余裕もなく体勢を崩しながら後ろに転がるはめになった。
「驚いた。これも初見で見切られるとはな」
「まぐれだよ。自分でもどう防いだのかさっぱり。
……ああ、持ち手を滑らせたんだ」
「その通り。まあこの程度の小細工では直撃したところで大したダメージは与えられないが」
彼女の手に注目してみると、突く直前は鍔近くを握っていたのに今は柄頭付近を握っている。間合いが伸びる妙技はそういうカラクリだったらしい。
クノーはその技術を謙遜しているが、その手に持つセイバーは彼女の指の動きに合わせてくるくると回り、まるで武器が意思を持っているかのように動いていた。純粋な技量も非常に高いが、この器用さが彼女の持ち味なのだろう。
お互いに決定打となるものはなかったが、相手の実力を図るだけならもう十分すぎるほどだろう。特に話し合うことはなかったが自然と手合わせは終了という雰囲気になっていた。
「……大丈夫なのか? 体調が悪いのならこのまま医務室に連れていくが」
「大、丈夫……こうしないと熱が抜けないだけ、だから……」
汗もほとんどかかずに笑っていた様子から一変し、クラムは床に手をついたまま荒く短い呼吸を何度も繰り返していた。
そんな姿を見て心配になったのか、クノーは膝を屈めて覗き込んでくるがクラムは右手を前に出すことでそれを制する。
「なるほど、何義な体質をしているな」
「ある程度までなら
激しい呼吸がしだいに落ち着いてくるとクラムはチョーカーを起動。身体が重くなるような錯覚があるものの、それは身体に負荷がかかっているのではなくむしろやや強制的に身体を休めようとしているからだったりする。
それ故に先ほどまでの息苦しそうな呼吸がピタリと止まり、自力で立てる程度にまで回復してみせた。
「それにしても君はなかなかに守りが堅いな。一本ぐらいなら取れると思ったのだが、残念だ」
「俺は生きた心地しなかったけどね」
「それだけ私も本気だったんだ。いい運動になったよ」
頬を伝う汗を拭いながら満足気に笑うクノー。
そしてそんな実力者を相手にしたクラムも、自分の想定した動きと実際の動きに大きな誤差が無いことを確認できてホッとしたように息を吐いた。
お互いに息を整え、握手でお互いの健闘を称えてこの手合わせを締めくくる。
「さて、それではクールダウンといこう」
……そう言いながら、彼女はセイバーを握り直して切りかかってきた。
「クールダウンって言わなかった?」
「言ったとも」
会話が成り立っているようで何かが致命的に噛み合ってないような気もするが、確かに彼女の攻撃の手は緩まっている。それでも気を抜いたら重い一撃をもらうような攻撃が続いているわけだが……
どうやらこれが彼女なりのクールダウンらしい。慌ててクラムもチョーカーの機能を切って対応する。
「ところで、エミリアの指導役はどうだ?」
「話広まるの早くないかな?」
まさかこの状況で会話が続くとは誰も思わなかっただろう。しかも昨日決まったばかりのことを初対面の相手に聞かれるなんて予想外にも程がある。
なんだかんだクラムもそれに対応できているが、なまじ対応できるなせいでクノーは手を緩めてくれる様子がない。
「クラウチが考えそうなことだからな。
それに実を言えば、最初から君を探していたんだ。レリクスで起こった事故の際にエミリアを助けてくれたと聞いてな。
クラウチからは特に何も無かったかもしれないが、私から礼を言わせてもらおう」
「それは、出来ればこのタイミング以外に言ってほしかったかな……」
「ふふ、それには謝罪しよう。ほんの小手調べのつもりだったのだがつい熱くなってしまった」
目の前の女性はそう言うが、小手調べの初手が不意打ちじみた突きというのはいかがなものか。
そんな言葉が浮かぶが今のクノーに言ったところで笑って誤魔化されることだろう。ツッコむ体力すら今は惜しんで会話とクールダウン(?)に集中する。
「それで、君はエミリアの実力をどう評価する?」
「今のところ戦闘経験のなさが足を引っ張ってるけど筋は悪くない、かな?
まだまだ武器の取り回しは拙いけど、そこは練習でどうにもなるし。全属性のテクニックを卒なくこなせてる。フォトンをテクニックに変換する効率にムラはないから精神力も安定してる。十分素質はあると思うよ」
「……そうか、君も彼女をそう評価してくれるのはありがたい」
どこかホッとしたように小さく笑うクノー。その表情は同じ職場の社員というだけの相手に対するものとは思えなかった。
「もしかして、前に担当したことがあったり?」
「一度だけな。私としては手加減したスケジュールを組んだつもりだったが、1日持たずしてギブアップされてしまった」
そりゃそうだろう、と現在進行系でクールダウンとは名ばかりの何かを行っているクラムは心の中で呟いた。ただ、ここまでの会話からも彼女がエミリアを気にかけているのは十分に伝わってくる。雰囲気で勘違いされやすいだろうが、面倒見がいいのは間違いないだろう。
「もとより私は指導官には向かない。愛想もよくなく、口調も固く、圧迫的だ。初対面の時から彼女には避けられ気味だったからこの結果は必然なのだろう」
「それでもエミリアのこと本当に大切に思ってるんだなーってわかるけど」
「思っていても結果が共あわなければ意味がないさ。その点、君なら大丈夫だろう。すでにエミリアとの信頼関係も築けている。
君の言う通り彼女は筋がいい。君の指導次第だが十分に伸びる素質があるはずだ」
「……ひょっとして、俺試されてる?」
「いやそんなつもりは……やはりダメだな。こういう言い回しが威圧感を与えてしまうとわかってはいるのだが」
重い溜息をつきながら顔をしかめたクノー。さきほどまで身体と頭が別に動いているのではと思うほど器用に攻撃と会話を両立していたのが嘘のように手がピタリと止まったのをみるに、本当に悩んでいるということなのだろう。
「話を戻そう。彼女への評価は高いのに先ほどから困り顔ということは、今の悩みは彼女のやる気のなさだろうか?」
「そうだね。今は仕事そのものに拒絶反応起こしてるみたいだし。とりあえず簡単な依頼でもいいから達成したときの充実感を感じてもらうのが一番だとは思ってる。
……それから、俺はテクニックやフォトンアーツが使えないからそっち関係で指導役が欲しいかな」
「なるほど、ではそれに関しては私の方でも探してみるとしよう」
「…………」
お互いに手を止めて会話のみを交わす最中、今度はクラムの方が急に押し黙った。
その表情は何かを確信しながらもどう切り出そうかを悩んでいるようで、クノーもその様子を対し怪訝そうに眉をしかめている。
「どうかしたか?」
「いや、テクニックどころかフォトンアーツまで使えないって言ったのに反応薄かったなと思って。
それに俺のこの見た目って初対面だと大体困惑されるんだけど、貴女はそんな感じが無かったというか……
もしかしてどこかで会ったことあるのかなって」
「……なるほど、先ほどの会話は鎌かけだったか。無垢な仔犬のフリをして、その実計算高い狼だったらしい」
少し誤解されそうな言い回しが気になるが、今は話の腰を折らないようにクラムは聞き流して彼女の次の言葉を待つ。
「確かに私は君がここに来る以前から君のことを知っている。だが君が知らなくて当然だ。私と君に直接関わりがあったわけではないからな」
ここに来る以前のクラムの経歴といえばフリーの傭兵。しかしお互いに適度な距離感を保つフリーの傭兵では彼の体質にまで理解があるとは考えにくい。ガーディアンズからフリーの傭兵へ転向するまでに少しの間在籍していた場所もあるが、逆にそこでは仲間同士の結束が強いため彼女が在籍していたのなら気づかないはずがない。とすれば消去法で出てきた答えは一つ。
「……元ガーディアンズ?」
「なるほど、総合調査部所属だったのは伊達ではないということか。
君が考えているそのとおりだ。役職はガーディアンズ研究部直属護衛官。仰々しい役名だが簡単に言えば研究員の用心棒だな。
だから研究員たちの交わす話題も多少は耳にしていたんだ。君の場合は出生も相まってよく話題に挙がっていたからな」
一括りにガーディアンズと言っても部門ごとに細かく分かれているうえ、それぞれに在籍する人数も多い。責任者等の主要人物には挨拶回りをした記憶はあるが、その中の一社員となると知らない方が当然か。
「俺が言うのも変だけど、どうしてガーディアンズを辞めてここに?」
「それは秘密だ。ここは入社前の経歴を問わないと言っただろう? クラウチすら私が元ガーディアンズというのは知らないぐらいだからな。だから私もこれ以上自分の過去を話す気はない。
それに、ガーディアンズ時代の話などしてても面白くないだろう。……お互いにな」
どうやら彼女はクラムの事情をある程度把握しているらしい。彼女も彼女で訳ありならばこの話題は双方にとって無益なものだろう。
それに、先程まで数える程度の人数だった訓練スペースにはいつの間にか人だかりが出来ていた。その全員が訓練をしている様子はなく、クラムたちへ好奇の眼差しを向けている。
「すこしはしゃぎ過ぎてしまったか」
「みたいだね」
リトルウィングに在籍して長いらしいクノーの実力は周囲に十分知られているはず。そんな実力者と激しい攻防を繰り広げている謎の青年がいて、さらにその見た目が非常に珍しいとなれば見世物として丁度良かったのだろう。
フィットネスジムの方を利用していた客まで訓練スペースへ覗き見に来ている状態だった。
すでに手遅れだとしても人目を避けるようにクラムはフードを深く被ってその顔を隠し、憂鬱そうにため息をついた。
「ここの片付けは私に任せて君も汗を流してくるといい。あの子のシャワーは長いから、今からでもお互いあまり待たずに合流できるだろう」
それから、とクノーはナノトランサーから小さなカードを取り出しクラムへ投げ渡す。
「更衣室含めて完全個室なシャワールームの予約札だ。もちろん男女兼用だから心配しなくて良い。付き合ってもらったお詫びだと思ってくれ」
「それは有り難いけど……いやでもせめて料金だけは払わせて」
「律儀だな君は。その誠実さはエミリアに向けてあげてほしい。今の彼女には寄り添ってくれるヒトが必要だ。
……絶対に、見捨てないでやってくれ」
いくら素質があってもそれを鍛えて指導してくれる相手に出会わなければ宝の持ち腐れだ。にも関わらずエミリアの態度はお世辞にもよろしいとはいえず、その素質を開花させるためにはかなり根気のいることは容易に想像できる。クノーの言葉はそれを懸念してのものなのだろう。
だがクラムは知っている。エミリアのいざというときの胆力を。
「わかった、任せて」
故に考えるまでもなくクノーの言葉に青年は力強く頷いた。
どうせ二次創作書くならクノーやバスクとの絡みも増やしたいなーと思っている今日このごろ
クラムの体質について、元ネタはPSO2のクラスである【エトワール】のスキルにある【ダメージバランサー】で、それをさらにピーキーにしたイメージです
主人公はこれを頼りにシールドラインなしの縛りプレイを強いられてる感じです
元々は昔書いてた時にフォトンアーツの描写が面倒だからやっつけで付与した設定だったんですが、再編集の際にダメージバランサーの効果を知って今の感じに落とし込みました