PSPo2 Extra Cannaeus   作:駄蛇

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足跡を辿りて

 初日の訓練から日付が変わり、今日の仕事のために居住区の出入り口でエミリアと待ち合わせること30分あまり。

 準備があるから先に行っててほしいと事前に連絡はあったのだが、それに気づいたのは受信してからしばらく経った後だった。そのタイミングで『ここまで待ったのだから』と待とうとしたのが失敗の始まりだろう。

 予想以上に彼女の準備は長引いているらしく、一向に来る気配がなかった。かといって今更先に行くのもなんだか負けた気になるという理由でその場に立ち尽くした結果今に至る。

 商業区画に比べれば人の往来は少ないがそれでも全く無いわけではなく、彼の物珍しい見た目は嫌でも周囲の視線を集めてしまう。

 その視線から逃れるようにフードを深くかぶり、青年は今日受ける依頼をどんな系統にしようかと思案し時間を潰す。もはやここまで来たら相手不在の勝手な我慢比べだった。

「む、お前は……」

 不意に声をかけられ視線を向けると、そこに立っていたのは無骨でありながら洗礼された黒いフォルムの男性キャスト。見るものによっては威圧的を感じるであろう造形にも関わらず彼の纏う雰囲気に棘がないのはその立ち振舞によるものだろうか。

 そんな特徴的な雰囲気故にクラムも彼のことは鮮明に覚えていた。

「たしかこの前の海底レリクスの……」

「あの時はお互い自己紹介もまだだったな。俺はバスクだ」

「クラムだよ。よろしく」

「お前たちの救出任務にも参加していたから無事なのは知っていたが、お互いフリーの傭兵同士。そう簡単に会うことはないとは思っていたのに、面白い巡り合せもあるものだ」

「ほんとにね」

 例外はあれど3惑星を転々としているフリーの傭兵同士が、お互いを覚えている間に再会するなどそうそう起こるものではない。そんな思わぬ再会にお互いに握手を交わし、流石にフードを被ったままでは失礼だとクラムは素顔を顕にする。

「……ふむ、なるほどな。顔を隠していたのは色々訳ありだったからか」

 他の通行人が物珍しそうにこちらを横目に見つつ通り過ぎていく中、目の前の黒いキャストはその容姿に驚きはしたものの、追及はせずに納得したように頷いていた。

「だがいいのか? フードを外してくれたのは信頼の証と受け取るが、ここでは多少なりとも他人の目にも留まる。隠していたのもそれ相応の理由があるんじゃないのか?」

「大丈夫、隠していたのはこの見た目が原因で面倒事に巻き込まれるのを避けるためだったから。

 けど今はここの雇われ傭兵だからね。隠したままで変な噂が立つよりはこうやって少しづつでも慣らしていかないと」

 とはいいつつもやはり周囲の視線は気になるようで、居心地が悪そうにせわしなく自分の顔を触り、少しでも人の目から避けるようにしている。

 自他ともに素顔を晒したままヒトの往来を歩くのに慣れるにはまだまだ時間がかかることだろう。

 そんな不器用ながらも前向きな姿勢がバスクには好感をもたれたらしく、微笑ましそうに笑いながら何度も頷いていた。

「そうか、お前もここに入ったのか」

「『も』ってことは……」

「想像しているとおりだ。レリクスの救助活動を手伝ってる際にクラウチから声をかけられてな。

 入社までの経緯を問わずだからどんな無法地帯かと思ったが、思いの外普通の会社でホッとしているところだ」

「取締役のクラウチはあんな感じだけどね。

 でも、良くも悪くも束縛が少なくて自由な感じだよね。そのせいでまだほとんどの社員と面識がないんだけど」

「無理に広げずとも自然とヒトの和は広がっていくものだ。焦る必要もあるまい。

 こういうなんでもない会話のついでにパートナーカードでも交換していけば良い」

 言いながらバスクが端末を取り出して促してくるのに従いお互いにパートナーカードを交換する。

「クラム……アーセナル? お前あの武器商人の家系だったのか」

「小さい頃お世話になってただけだよ。性はその時貰ったのをそのまま使わせてもらってるだけで、今は完全な他人。

 レリクスで救出された時も引取拒否されちゃったみたいだしね」

「そう、か……数年前に引退した先代はかなりの偏屈者だったと聞くが……」

「あはは、たぶん想像してる以上に頑固者だよ。色んなヒトに会ったけど、あれよりヒドイの見たことないから」

 クラムにしては珍しく辛口評価で語るが、心底嫌っているという雰囲気ではない。むしろその遠慮のなさが一周回って両者の関係が決して悪いものではないことを物語っている。

 それを察したのだろうバスクはクラムの評価に否定も肯定もせず興味深そうに頷くだけに留めていた。

「……ところで、こんな何もないところで佇んでいたが誰かと待ち合わせでもしているのか?」

「ああ、エミリア……レリクスでクラウチと一緒に来ていた子をね。少しでも会社に貢献できるようにしてくれってクラウチから頼まれてるんだ」

「なるほど、さっそく難題を押し付けられたみたいだな」

 以前から社員としてエミリアと接しているクノーだけでなくともすでにこの評価。それだけ彼女の態度は悪目立ちしているということなのだろう。

「素質は十分にあるんだけどね」

「お前の実力はあの救助の手際から十分に察することが出来る。そんなお前が言うのであれば間違いなのだろうが、いかに素質があれど磨かなければ輝くことはない。

 どうやって接するつもりだ?」

「一応簡単な仕事で達成感を得てもらおうとは思ってるけど……」

「なるほど、指導役として全くの無知というわけでもないか。

 ただそれも一つの手であることは間違いないが、気をつけるべきは手段と目的を混同させないようにすることだ。

 手軽な達成感は時に麻薬にも等しい。最悪の場合、依頼を達成するために頑張るのではなく、達成するために簡単な仕事にだけ手を出すという状況にもなりかねない。

 何のために仕事をするのか、あの子にとっての目的や目標を持たせることも重要だ」

「……たしかに、その可能性は考えてなかった」

 この意見が丸々エミリアに当てはまるとも限らないが、考慮して育成方針を考えることに越したことはないだろう。

 多少は多面的に見ていたつもりでも、こうして他人と交流していると目からうろこな意見が飛び交うもの。クラムがコミュニケーションを『苦手』とは言っても『嫌い』とは言わないのにはこういった新しい発見が得られる点にあった。

「説教臭くなってしまったが、俺は彼女のことはよく知らない。詳しい教育方針にまで口出しする資格はないだろう。

 ただまあ、相談したいことがあったら気軽に連絡してくれ。

 ここの依頼を優先するとはいえ基本は各地を転々としているからすぐには無理かもしれんが、極力予定を合わせられるようにしておこう」

「ありがとう、助かるよ」

 そうして奇跡的に再開したキャストの背中を見送ると、白銀の青年は再び一人で時間を潰す。

 そこからしばらくして居住区の扉が開き、中から慌てた様子で金髪少女が飛び出してきた。

「──うぇっ!? あんた何でここにいるの!? 先に行ってて良いって連絡したじゃん」

 時刻を確認してみると連絡を受けてから30分ぐらいは経過している。まるで化け物でも見たかのように驚かれたが、待ち合わせ時間から1時間近く待っていたヒトへの反応としては当然のものだろう。

「あはは、仕事で知り合ったヒトと偶然再会して話し込んじゃってたんだ。そんなに待ったわけじゃないから気にしないで。」

「……ならいいけど」

 待っていた側の返答としては定型文に近いものだが、エミリアを気遣う気持ち半分、自分の勝手な我慢比べだったことを隠したい気持ち半分。それ以上は追求しないでという雰囲気を醸し出しながら苦笑い笑っているとエミリアもなんとなく察してくれたらしい。

 逆に今度は彼女の端末からコール音が鳴り響き、その通話相手を見た瞬間に彼女のほうが苦い表情を浮かべていた。

「もしもし……はい……はい……ええっと、本人は今月のツケは払ったとか言ってたんですけど?

 うぅ、ちょっとあたしじゃなんとも……はぁ……すみませんけど。

 じゃあ、そう本人に伝えます」

 まるで目の前に通話相手がいるかのように縮こまる姿は見ているこちらが気の毒になるほどだ。さらにその対応にそれとなく『慣れ』を感じるのは気のせいではないだろう。

 それを聞いていいものかと通信が終わるまで少女を眺めていると、こちらの視線に気づいて力なく笑い返してきた。

「ああ。ごめん。いつものことだから気にしないで」

「クラウチ宛の電話?」

「そうだよ。自宅からの転送通信。おっさんが出なかったらあたしの端末に繋がるように設定されてるの。

 まあ、うちにかかってくる連絡って言ったら、おっさんが通う飲み屋のツケとかの催促ばっかりだけど」

「ツケにするって、そんなに首が回らないぐらいヤバい状況なの?」

「わかんない。昼間っから飲んでるから、持ち歩いてる分じゃ足りないだけかも。今までも催促が来るだけで取り立てが来たことはないし。

 でも正直ウンザリするよ。人のことはうるさく言うくせに自分はあんなんなんだもん。

 バリバリ働いて、とまでは言わないけど人並みぐらいにはきちんとして欲しいよね。あれでもあたしの保護者なんだし……」

 何にせよ依頼の確認とは別にツケの催促をクラウチに報告する必要ができてしまった。憂鬱そうに重い息を吐きながら肩を落とす少女を気遣い、ゆっくりとしたペースで2人は人混みをかき分け進んでいく。

 宇宙空間を漂うリゾートコロニー故に明確な朝晩は決まっていないが今の時間帯は丁度書き入れ時らしく、ほとんどの店が営業中であり少女の心境とは対照的に商業区画は活気に溢れていた。

 そんな商業区画にある一際目立つ巨大なディスプレイでは、各惑星の情報がわかるようニュース番組が随時放送されている。

 現在放送されているのは『ハル』がニュースキャスターを務めるグラールチャンネル5ヘッドライン・ニュース。そしてその内容は──

『──着工より2年。先月、ついに完成した「亜空間発生装置」の完成式典が、パルムの同盟軍本部で行われました。

 式には、亜空間理論を確立した総合化学企業「インヘルト社」の「ナツメ・シュウ」代表取締役をはじめ、開発に関わった軍関係者や多くの企業が参加しました。

 今回披露されたこの装置により亜空間発生実験が成功すれば、有人での亜空間航行計画へと大きく前進することとなります。

 現在グラールが抱える資源枯渇問題に光明をもたらすこの研究、絶対に成功してもらいたいものですね』

 その内容は、つい先日までなら人類の希望を象徴するものとして素直に喜んでいたことだろう。しかし今のクラムにとっては滅亡へのカウントダウンにも等しかった。

「どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ」

 どうにかしなければいけないが、相手は古に文明を築いた人類という壮大な規模であり、そしてその計画に組み込まれているのは今のグラールで『希望』とも呼べる技術。

 否応にも慎重にならざるを得ず、今の時点では言葉にできない焦燥感に駆られる以外に何も出来なかった。

 その不安を悟られないように笑ってごまかし、改めて商業区画を進み事務所の扉を開くと、何故か受付のチェルシーが不機嫌そうに口をとがらせて事務所内のディスプレイを眺めていた。

「なんでそんなに怒ってるの、チェルシー?」

「今のニュース、スカイクラッド社が出てないネ!!

 亜空間航行の計画にイッパイ出資してるんだヨ! ウチのいい宣伝にナルと思ったのニー!」

 言いながら指さしたディスプレイに映るのは商業区画と同じくグラールチャンネル5のニュース画面。どうやら彼女も先ほどのニュースを見ていたらしい。

 ただしニュースの内容は完成式典がメイン。限りある放送時間の中で出資企業にまで触れるのは難しいと思うのだが、彼女の中では納得がいかなかったらしい。

「スカイクラッド社ってウチの本社じゃん。リトルウィングの宣伝にはならないって。

 それよりチェルシー。おっさん、いる?」

「あ、そういえば、シャッチョサンが2人に用があるって言ってたネ。連絡する手間が省けたヨ」

「おっさんが? ってことは奥にいるよね」

 先ほどまでの怒りはどこへやら、すぐに営業モードに切り替え笑顔で応対する光景にクラムは自分には出来ないことだと1人関心していた。

「それから武器のメンテも無事に終わったヨ」

「ありがとう。……ちょっと確認してみても?」

「握り具合を確かめるぐらいならネ」

 その場で振り回さないように、と念押しされながら事務所のフリースペースへと移動したクラムは手渡された武器をナノトランサーから取り出し、その握り心地を確かめる。

 備品はすべてGRM製の初心者向け装備であり、借りたのは【ツインセイバー】を予備含めて2対と、【ソード】を1本。【ソード】に関しては、【ツインセイバー】の火力で対処できない敵を撃破しなければならなくなった場合の最終手段だ。コレを使うということはそれほどの危険な状態ということであり、できれば遭遇したくないところだ。

 【ソード】のような大きな武器を事務所の空間で取り出すわけにはいかず、確認をしたのは【ツインセイバー】のみ。【剣影】のような実体剣と比べるとどうしても重心など微妙な部分で違いが出てくるのだが、幸いにも形状は昨日使用した訓練用のセイバーと同じ。

 クノーと手合わせしたおかげで【セイバー】としてなら感覚の微調整は終えており、違和感のすり合わせにそこまで時間はかからなかった。

「おまたせ──」

「あのエロオヤジ……! ツケの払い忘れだけならず経費のムダ遣いもするか!」

 早々に調整を切り上げてエミリアたちの元へと戻ると、なにやら鬼気迫る表情を浮かべた少女は事務所の奥へと突き進んでいってしまった。

 状況がわからずチェルシーに視線を向けるも目の前の受付嬢は受付スマイルを浮かべながらエミリアを追うようにジェスチャーをするのみだった。

「ちょっとおっさん! ……ってうわ、酒臭っ!」

「よぉ、来たか」

「来たか、じゃないっての! いつもの飲み屋からまた電話きたんだよ! いい加減ツケを払って欲しい、って!」

 ジェスチャーに促されるままエミリアの後を追うと、すでにエミリアとクラウチが口論になっていた。

 近づくだけで漂う酒気に一度は怯みながらも少女はデスクを叩き、ここに来る前に電話で聞いた内容を矢継ぎ早に告げていく。

 周囲で事務処理をする他の社員が誰一人として彼女らに視線を向けないのはこれも日常茶飯事のだろう。さらにそれだけに終わらず、事務所に来る前には持っていなかったはずの謎の紙切れを数枚デスクへと叩きつける。

「それからこれも!」

「あぁん、こりゃあ資料の経費じゃねえか。どうしてお前がもってんだ?」

「こんないかがわしいものが経費で落ちるわけないでしょ! 常識で考えろ、常識で!」

「あぁ? バカ、わかってねーな。こういう根回しも必要なんだよ」

 白熱する口論に巻き込まれないように首を伸ばして確認してみると、どうやら領収書らしい。ただし発行元はすべて風俗店であり、話の流れから察するにその料金を会社の経費で落とそうとして突っぱねられたといったところか。

 チェルシーが意味深に微笑んでいたのはこれが原因だろう。エミリアは気づいていないようだが、体よく厄介事を押し付けられたようだ。

 クラウチもそれに気づいているらしく、あまり親身に対応しているようには見えなかった。

「まぁいい、それよりも仕事の話だ。

 喜べ、お前たちにふさわしい仕事を見つけてきてやったぞ。こいつは緊急かつ、重要な依頼だ。急ぎ、探して欲しいヤツがいる」

「ヒトの捜索……? なにかの重要参考人とか、要人とか?」

「うんにゃ。俺が前に金を貸したヤツ。つまるところ、借金の取り立てだ」

「依頼主おっさんじゃん! そんなの自分で探しに行け!」

「やかましい! どっかのタダ飯食らいがレリクスでの仕事をポカったからロクな依頼がこねぇんだよ!」

「う……それを言われると……」

 話をそらされたうえで痛いところを突かれ、最初の勢いなど見る影もなくエミリアは気まずそうに視線を泳がせて一歩後ろへ下がった。

 こうなってしまってはもはやエミリアに勝ち目などなく、クラウチの言葉を素直に聞く以外に出来ることはなかった。その慣れた手際から2人の間でどれほどの頻度で似たようないざこざがあり、どのように決着していたのか想像するのも容易い。

 ただしクラウチの言い分には気になる点が一つ。

「レリクスのあれは事故だし、依頼失敗にカウントされないんじゃ?」

「お前も来たか。たしかにお前の言う通り失敗はしてねえ。けど、ああいった大規模な依頼でアピールして次の仕事に繋げなきゃ失敗したのも同然なんだよ」

「なるほど、その辺りはフリーも企業も一緒なんだ」

「そういうこった。わかったらキビキビ働け」

「けどそれならエミリアを責めるのはお門違いじゃ?」

「……捜索対象者の名は『ワレリー・ココフ』。51歳、男性。種族はビーストだ」

 穴だらけの論理でも巧みな話術を駆使すればエミリアを言い負かすことはできるが、冷静に話の流れを読み解き傭兵業の裏事情もよく知るクラム相手には効果は薄い。勝ち目が薄いと見るやいなやこの酔っぱらいはすぐさま話題を本題の方へと引き戻してしまった。

「ワレリーの船は、モトゥブのクロウドッグ地方と場所が特定している」

「それって文化保護地区になってるところだよね?」

「文化保護地区って?」

「んなもん後で自分で調べやがれ。

 クラムはわかってると思うが、シティでもカジノでもなく、とてもヤツには用事が無さそうなヘンピな場所だ」

「他の借金取りに追われて逃げ込んだって可能性は?」

「その可能性は薄いな。いろいろ調べてみたがここ最近までに大きな借金をしてる形跡はねぇ。1週間ぐらい前にカジノで大当たりして風俗店に入っていくのを見たってやつもいたしな」

「……なるほど、だからこのタイミングに」

 カジノで勝って大きな借金もしていない。少し時間は空いてしまっているが、今取り立てれば食いっぱぐれる心配は少ない。ついでに言えば他の借金取りとかち合って荒事に発展する可能性も低い。

 クラウチなりに色々考えているのだろう。仕事を私物化している感は否めないが……

「場所までわかってるんなら、なおさら自分で行けばいいじゃん……」

「何か言ったか、ごくつぶし?」

「なんでもないですー!」

 相棒の頼もしい背中に隠れて野次を飛ばすも即座に返り討ちにあうという流れは、ここに来てまだ3日目だというのにもはや見慣れた光景だった。

 最終的にはエミリアに手を引かれる形で事務所を後にし、クラムたち2人は事務所近くの通路から関係者以外が立ち入り禁止となっている場所へと移動。そこにある転送装置から小型宇宙船である【シップ】へと乗り込んだ。

 内装が少々シンプルなのは、個別支給ではなくリトルウィング社員共用の設備のため余計なものを積んでいないからだろう。 

 ただし操縦桿によるマニュアル操作だけでなく、座標を指定するだけで目的地に向かってくれる自動操縦機能も備え付けられたかなり新しい機体だ。小さな軍事会社が持つには十分すぎる代物であろう。

 クラウチから転送されてきたデータをもとに座標を打ち込み、自動操縦で目的地へと向かう。予測されている移動時間は約30分。

 1人なら武器の整備などをするところだが、今はエミリアとの2人行動。そして彼女にとってはどんな経緯であれ正式に受注できた初めての仕事だ。彼女の緊張を解すのも兼ねて適当な話題を投げかけてみた。

「エミリア、今から行く文化保護地区についてなんだけど……」

「植物や建物を傷つけたら罰金があるから注意しろ、って言いたいんでしょ? それぐらいなら調べられたってば」

「それもあるけど、俺たちが注意するのは地形の方だね。舗装されてる場所もあるけど森の中を歩くことになるから、迷わないようにしないとね」

「やっぱそうだよねえ……そんな場所でヒトを探すとかおっさん無茶言うよ。

 原生生物だってうじゃうじゃいるだろうし……

 はぁー、色々覚悟は決めてるけど、正直この仕事だけはしたくなかったなぁ」

 自動操縦のためただのリクライニングシートと化している操縦席で身体を伸ばしながら大きなため息をつくエミリア。

 その態度は褒められたものではないが、愚痴りながらもこうして目的地へと向かう程度にモチベーションが残っているならまだ大丈夫だと判断し、クラムが注意をすることはない。

「そういえば、あんたはどうして傭兵をやってるの? 小さい頃は武器商人のところでお世話になってたって前に言ってた気がするけど、そっちになろうとは思わなかったの?」

 不意に操縦席を回転させた少女はこちらを覗き込むようにて質問を投げかけてきた。

 身近なヒトが行っている仕事というのは憧れになりやすいもの。にも関わらず別の仕事をするようになったキッカケに興味があるのだろう。

「思ったことはなかったかな。外で身体動かしてる方が好きだったし。だから手伝っていたのも品出しみたいな単純な力仕事や配達とかだけ。

 ……あー、けどその配達中に別の頼まれ事を断れずに寄り道することも多かったっけ」

「レリクスに閉じ込められた時もそうだったけど、昔からそんな感じだったんだね」

「あはは、みたいだね。最初から傭兵になりたい、って思ったわけじゃないけど結果的に俺には合ってたみたいだ」

「じゃあ、あんたにとってはこれが『天職』ってやつなのかな」

 天職という言葉が的確かはさておいて、状況によるとはいえ求められれば協力するという点で彼の性格と傭兵業は相性が良いのは確かだろう。

 少女の満足の行く答えだったかどうかは分からないが、操縦席に座り直した彼女は身体を左右に揺らしながらため息をついている。

「あーあ、あたしも天職見つからないかなー」

「やりたいこととかはないの?」

「んー、考えたことなかったかも。

 何かをやりたいなんて思ったことないし、大体ムリヤリやらされてたしね」

「そっか……」

 彼女のことはまだまだ知らないことだらけだが、どうやらこれまであまり自由がない生活だったらしい。ショーパブで居候していたらしいが、この性格になったのはそれ以前の環境が原因なのだろう。

 ……こういうとき、相手の内側に踏み込めるヒトなら悩みを聞き出せるのだろうが、言葉数が少ない青年にその技術は持ち合わせていなかった。

「まあ傭兵をやってたら色んな人に会うし、ゆっくり考えればいいよ」

「確かに一理あるけど、それまでこれ続けられるかな……?

 あたしは戦うのとか苦手だし、調査とかも……キライだしさ」

「……?」

 今妙に間があったような気がするが、それを尋ねる前にシップが僅かに揺れたことで話題が打ち切られてしまった。どうやらモトゥブの大気圏に突入したらしい。ここまでくれば目的地まで数分もかからないだろう。

 質問のタイミングを見失ったことで小さな疑問は払拭されることなく、彼の意識は自然と依頼の方へ切り替えられていく。

 眼下に広がるのは、自然の少ない過酷な環境であるモトゥブでは珍しい広大な熱帯雨林。その一角に設けられた駐艇場には所狭しとシップなどの乗り物が停められていた。

「おっさんはへんぴな場所って言ってたけど、そのわりに観光プラント並みに船が多いじゃん」

「こういう自然の中を散歩するのが好きなヒトも多いからね。……とはいえ確かに普段より多いかな? 今日何かイベントでもあったっけ?」

「だとしたら人探しするのに最悪の状況じゃん。

 ていうか、なんであたしたちがおっさんの貸したものの取り立てをしなきゃならないのよ……

 経費だけじゃなくて、依頼まで私物化しはじめてるよあのおっさん。誰か、ガツンといってくれないかなぁ……」

「ただの人探しなら肩慣らしにちょうど良いかなって流してたけど、これが続くようなら俺からも指摘してみるよ」

「べつに、止めはしないけど、効果ないと思うよ。

 あたしも言ったことあるけど、まったく聞いてくれなかったもん」

 それに関しては事務所での口論に対する社員の反応から容易に想像できるため、肯定も否定もせず苦笑いで流す。

「まあ、あたしが言ったからってのもあるんだろうけど。

 仕方ないよね。おっさんにとってみれば、あたしはただのお荷物にすぎないもんなぁ……」

「じゃあまずはそのお荷物からの卒業が目標だね。そうすればクラウチの対応も変わってくるだろうし」

「えぇ? そんなことであのおっさんが急に態度変えたりすると思う?」

「もちろん。エミリアだって飲んだくれのクラウチがちゃんと仕事してくれれば少しは見る目変わるよね?」

「……むぅ、まあ少しはね」

 一瞬納得しそうになるがそれが癪だったのか言葉を濁してささやかな抵抗を見せる。何にせよ彼女なりに短期的な目標の目処はついた。

 あとはその達成に向けてクラムがフォローしていくだけだ。

 エミリアも軽く頬を叩いて意識を切り替え、依頼された捜索にやる気を見せる。……そんな少女の目の前で、白銀の獣人は視線を鋭くさせながら辺りを忙しなく見回していた。

「どうかしたの?」

「いや……ここだと邪魔になるかもしれないから、シップの駐艇場所変えてくるよ。すぐに戻るからちょっと待ってて」

 わざわざ言うほどではないと誤魔化したが、森の奥にいる原生生物の気配がやけに殺気立っているのを青年は感じていた。

 駐艇場になっているこの場所は原生生物が入ってこないように防壁が張られているが、万が一ということはやはりある。わざわざエミリアを不安にさせる必要もないため、適当な理由を作ってシップを地上から浮かせた場所へ移動させる。

 地上からやや浮かせた場所に駐艇させつつ『錨』を地面に打ち込み船が移動しないことを確認し、元の場所へと戻っているとエミリアが誰かと話しているのが遠目に確認できた。

 ただの世間話ならいいがトラブルだったらまずいと足を早めて合流すると、彼女と会話をしていたのは小柄なビーストの男女であり、クラムも良く知る顔ぶれであった。

「トニオ……?」

「おまっ、クラムじゃねぇか! ははっ、久しぶりだな。元気にしてたか?」

 小柄な男性ビーストの方が目を丸くして素っ頓狂な声を上げ、倍近い身長差を物ともせず飛び跳ねながらクラムの肩に腕を回し、彼に膝をつかせることでやや乱暴に再会の喜びを表現している。

「リィナも久しぶり。えっと、3年ぶりぐらい?」

「ほんと、挨拶もそこそこにローグスを飛び出したかと思えばそれから一切連絡なしなんて酷いじゃないか。一体どこをほっつき歩いてたんだい?」

「フリーの傭兵として各地を転々とね。今はリトルウィングって会社の雇われ傭兵だけど」

「なるほどね。まあ元気そうにやってるならよかったよ」

 そんな懐かしい面々での挨拶を交わす中、突然蚊帳の外に追いやられてぽかんと口を開けたまま佇む少女が一人。それに最初に気づいたトニオが咳払いを挟んで一旦会話の流れを止める。

「そういや自己紹介がまだだったな。俺はトニオ・リマ。フリーの傭兵だ」

「あたいはリィナ・リマ。夫婦で傭兵やってるんだ」

「えっと、あたしはエミリア。リトルウィングって会社の社員です……一応。

 それで、3人は知り合いなの?」

「……まあね。フリーの傭兵になる前に色々とお世話になってたんだ」

 改めて自己紹介を終え、真っ先に疑問を投げかけたのは当然ながらエミリアだ。その質問に対しクラムはややボカした内容で返すが、それだけの情報でも少女の疑問を晴らすためには十分だったらしい。

「けど、結婚してたのは知らなかったよ」

「連絡先よこさず雲隠れしたやつにどう伝えんだよ。ったく。

 まあその辺の話はまた今度だ。エミリアから聞いたが2人はヒトを探してるんだってな?」

「ワレリーってビーストをね。どこかで見てない?」

 端末に保存されてる捜索者の顔写真をトニオたちに見せてみるが、2人はお互いに顔を見合わせて首を横に振るのみ。やはりそう簡単に任務終了となるほど現実は甘くないらしい。

「俺らも文化保護地区の見回りを頼まれてついさっき来たばかりでな。まだお前ら以外に誰とも会えてねぇんだ。リィナが言うには外の原生生物もやけに凶暴だったらしい。

 なんにせよ、奥に進まなければ見回りも人探しもできねえしな。目的も一致しているようだし、しばらく俺たちと組まないか?」

 その提案はクラムたちにとっても願ったり叶ったりだ。エミリアの方を見ると彼女もパーティを組むことに異論はない様子。

 かくしてパーティを組むことになった4人は早速目標のすり合わせを行っていく。

 基本的にはトニオたちの手伝いで見回りをしつつ、その間に捜索対象のワレリーが見つかれば御の字、というのがざっくりした方針となるが、両者ともに明確な目的地が無いため最初の一歩を決める必要があった。

「とりあえず、『カーシュ族』の村まで行こう。そこに行けば、この妙な雰囲気の手がかりがあるかもしれないからね」

「村って、道はわかるの?」

「カーシュ族は土地を転々と移動するから、はぐれていた仲間がわかるように森に目印を残しているんだよ。カーシュ族にしかわからない文字だけどあたいはあらかじめ学んできたから、それをもとに辿れはすぐさ」

「へー、どんなのだろ……」

 リィナの鶴の一声で詳しい方針が決定した4人は、早速準備を整えて文化保護地区である森の中を進んでいく。

 一度駐艇場から外へ出れば原生生物の侵入を防ぐ防壁の恩恵は受けられないが、ここ一帯は定期的に観光ツアーも開かれている場所だ。駐艇場ほどではないが簡易的な柵や足場などが組まれており、一定の安全は確保されているため進むことは難しくない。

 ……傭兵としての一定の水準を満たしていればだが。

「エミリアがそろそろ限界みたいだね」

 他の3人は純粋に体力がある以外にも不安定な足場を歩き続けることに慣れているが、そうではない少女では体力の消耗は激しかったようだ。

 今はまだクラムに手を引かれてなんとか立っているが、不測の事態に備えるならばこの状況はあまり好ましくない。

 エミリアを担いで進むという方法もあったが、いつ原生生物が襲ってくるかわからない環境での無理は禁物だと判断し、4人は見晴らしのいい場所で休息を挟むことにする。

「うう、ごめん……」

「気にすんな。ルーキーのサポートだって任務の一部だ」

「そういうこと。俺も武器の最終調整したかったからちょうど良いし」

 言いながら胸にあるナノトランサーから【ソード】を取り出したクラムは、他のメンバーから十分に距離を取った場所でフォトンの刃を出力。実際に振るってみて不具合や違和感が無いかを確認し始めた。

 その様子を物珍しそうに眺めるエミリヤやリィナとは別に、トニオは邪魔にならない位置まで近寄りつつ肩をすくめていた。

「その念入りさは相変わらずだな」

「メンテしてるヒトを信用してないわけじゃないんだけどね。子供の頃に染み付いた癖みたいなもんだよ」

「ん? というかそれGRM製の初心者向け武器じゃねぇか。それにフォトンの刃は体質に合わないって言ってたのに、なんだってそんなもん使ってるんだ?」

「ちょっと訳あって武器を収納してたナノトランサーが壊れたんだ。今使ってる武器用ナノトランサーも予備のやつだし」

「ナノトランサーが壊れたぁ!? 修理の目処は立ってんのか?」

「修理代も持ち合わせてないし、しばらくは保留。

 武器買う予算もないし、しばらく会社の備品を借りる感じになるかな」

「マジか……まあ助けになってやれるかわかんねえけど、困ったらいつでも言えよ?」

「すでに今すごく助かってるよ。俺とエミリアだけじゃ闇雲に探すしかなかったんだし」

 トニオとの会話をしつつテキパキと手持ちの武器すべての調整を終え、ナノトランサーに収納しながら皆が休憩している場所へと戻る。

 いつの間にかリィナがいなくなっていたようだが、エミリアが言うには近くの警戒を兼ねて辺りを散策しているらしい。

 もうすぐ戻ってくるだろうというのがエミリアの意見だが、一応クラムたちは二人組同士で組んだ臨時のパーティだ。ペアであるトニオの意見も聞くべきかと隣を見ると、その小さな獣人は眉をひそめたまま首をひねっていた。

「どうかした?」

「いや、なんつうかお前と言葉でコミュニケーション取り合うのにどうも違和感があってだな?」

「…………あー、なるほどね」

 相手を気遣って言葉を探しながらも結局オブラートに包みきれてないのは置いておいて、クラムもトニオの感じている違和感には自覚があり、どこか気まずそうに視線をそらした。

「昔はそんなに言葉数少なかったんだ?」

「少なかったってもんじゃねぇよ。簡単な受け答えだったら表情と態度でしかコミュニケーション取らねぇんだぜこいつ。

 ぶっちゃけ、こいつの声ちゃんと聞いたの今日が初めてかもしれねぇ」

「むしろそれでコミュニケーション取れてたのすごくない?」

「まあでかい図体のくせに人懐っこい見た目してるからな。

 返答に困ったら子犬みたいに困った表情で固まってたらどうにかなってたぜ?」

 ケラケラと笑いながら冗談交じりに語るトニオとそれを興味深そうに聞くエミリア。

 あることないことを言われているような気がしないこともないが、当の本人は2人の会話には混ざらず憂鬱そうに遠くを眺めている。

「んで、見ない間に何があったんだ?」

「……タイラーのところでお世話になってた時、ボル三兄弟に懐かれた」

「……………………あー、なるほどな」

 どうやらクラムにとって昔の自分を他人の口から誇張して語られるという気恥ずかしさよりも、ここまでの経緯を思い出すほうが精神的にきていたらしい。

 遠くを眺めながら苦笑いと共に語られた一言は、茶化していたトニオが一瞬にして憐れみの視線を送るほどのものだったようだ。ただし、全てを察したトニオと違って状況を掴みきれないエミリアはキョトンとした表情で2人の顔を交互に見合わせている。

「そんなにヤバい人たちなの?」

「その、なんだ。悪いやつじゃないというか、ただのバカ三兄弟なんだが……

 まあ、エミリアも会う機会があったらわかるさ。とりあえずクラムと相性が悪いのは確かだな。あれに付きまとわれてたんなら無口でいられなくなるのも納得だ。

 茶化して悪かったな」

「いや気にしないで。あれのお陰でフリーの傭兵やってこれた部分もあるし、元はといえば武器のメンテのためにド・ボルと関わる頻度が多かったのがキッカケだし」

 とは言いながらも、その口元だけを無理矢理笑わせようとするぎこちない笑みが変わる様子はなかった。

 そんなやり取りをしていると、特徴的なツインテールを跳ねさせながら小柄な女性ビーストが茂みの中から現れた。

「ちょうどそこでカーシュ族の目印を見つけたよ。みんな、そろそろ出発しても大丈夫かい?」

「うん、あたしはもう大丈夫!」

 10分程度の小休止だったが、完全に力尽きる前に休憩に入ったおかげかエミリアも自力で歩ける程度には回復したらしい。

 改めて出発した4人がリィナの先導で向かった先にあったのは岩肌に刻まれた記号のようなもの。これがカーシュ族が用いる文字なのだろう。

「へぇ、目印ってこんなのなんだ。おもしろい形してるね」

 象形文字ほど原始的なものではなく、ところどころに現在の共通言語の名残が見られた。

 とはいえ名残があるのは形だけであり、意味はカーシュ族特有のものになっているらしい。これを解読するなら事前に学んでいるリィナに任せる他ないだろう。

 エミリアは興味深そうにリィナの解読を背中越しに眺めているが、クラムとトニオは周囲の警戒のために女性陣2人から少し離れた場所で立っていた。

 今のところ近くに原生生物の気配はなく、適度に木陰があるこの場所は大自然を満喫するにはもってこいの環境だ。それゆえに2人は最低限の警戒はしながらもどこかリラックスしている様子だった。

「そういえば、リィナと結婚してるってのも驚いたけど、今は傭兵ってことはガーディアンズを?」

「ああ、除隊した。結婚を期に一種に働きたいってリィナにお願いされたんだが、元ローグスって経歴の影響でガーディアンズ入隊が難しかったんだ。

 悩みはしたが、世話になったヤツらに恩を返すのにガーディアンズでも傭兵でも問題ねぇと思ってな。

 ついでに言えば、お堅い制服を着るのが面倒だったってのもあるが」

「ああ、あの制服ね」

 トニオが言っている通り、ここ最近になってガーディアンズでは共通の制服を着用するのが義務となっていた。職員の装備の質を底上げするのに加えて、もしかするとSEED事変の際に落ちてしまった信頼を回復することが目的なのかもしれない。

 ……風の噂で堅苦しい服を強いられた現総裁が憂さ晴らしのために定めたとも耳にしたが、真実が明らかになることはないだろう。

 そのデザインはクラムも見たことがあるが、真っ白なワイシャツに紺色のベストとズボンまたはスカートという組み合わせだ。誠実さを醸し出すのは間違いないが、トニオの言葉通り『堅い』という印象も受ける。彼にはそれが窮屈だったのだろう。

 そんな他愛もない雑談を交わしているとリィナの解読が終わったらしく2人は呼び戻された。

 一度目印を見つけたら後は流れ作業、というわけにはいかず、時には謎解きのような内容もあり追跡するのは容易ではなかった。

 さらに目印の場所に規則性はなく、岩肌に詳細が刻まれている場合もあればそこそこ樹齢のある大木に簡単な方角だけ示されている場合もあってまちまちだ。

 文字を読めるだけでは迷いそうなものだが、カーシュ族ならわかる隠れた法則性でもあるのかもしれない。

「おっ、これも目印だな。リィナ、解読頼む」

「あいよ。……うーん、これは」

「あ、それ……この先の道のりについてだ」

「え?」

 その間の抜けた声は誰のものだったか。例に習って男性陣は周囲の警戒で女性陣は解読と別れようとした直後、エミリアがこぼした言葉に全員の視線が集まった。それに気づいていない少女は真剣な表情で目印に目を通しており、時折指差しで何かを確認していく。

「今までの目印と違って、かなり詳細に書いてあるね。これが最後の目印ってことかな?

 ……ふーん、なるほどなるほど。よかった、わりと近い場所にあるみたい」

 満足気に頬をほころばせる少女とは対象的に口を開けたまま固まる3人。ようやくその状況に気づいた少女が不思議そうに小首を傾げていると、間をおいてリィナが3人の考えを代弁するように問いかけた。

「……なんで読めるんだい?」

「なんで……って、さっきからリィナが読んでるのを後ろで見てたし」

「それにしたって、理解早すぎねぇか? 少なくとも俺はさっぱりだぞ」

「……そ、そんなことないって。誰だってできるよ、このぐらい! ね、あんたもわかったよね?」

 なんだか似たようなことが以前にもあったなと漠然と思い出しながら、その特徴的なオッドアイが壁に刻まれた文字の羅列を順々に眺めていく。

 周囲の警戒をしてたとはいえ遠巻きに解読の様子は観察していた。ここまでの目印にも刻まれていた文字と同じものもいくつか見て取れるが……

「いや、全然わからない」

「だよなー」

 さすがに教本もなしにこれを解読できるわけがなかった。

 隣で同じように壁を眺めていたトニオもお手上げと言わんばかりに両手を上げて首を横に降っている。

「なんでそこわからない同士で嬉しそうなのよ。

 それよりもほら、ほら! こっちだよ、早くいこー!」

 これも以前見た流れで、少女は両手をわたわたさせながら他3人からの視線から逃れようとし、目印が示す方向へと小走りで進み始めた。

「──おまえ、とまれっ!」

「え?」

 突然の警告にキョトンとしながら足を止める少女と、緊張の糸を張り詰める3人。

 そこから最初に動いたのは白銀の獣人だった。流れるようにチョーカーの機能を切りつつ、刃を出力させた【ツインセイバー】で飛来する『何か』を弾き落とす。

 だが確かに手応えがあったにも関わらず弾いたはずの飛来物は見当たらない。おそらくはフォトンを変換したエネルギーの塊だったのだろう。

「みんな、あそこだよ!」

 リィナの指差す方を見れば、そこそこ太い枝の上で器用にロングボウを構えてこちらを覗く少年の姿があった。

 元より魔除けなどの文化が根強いモトゥブではエキゾチックな装飾を施されることが多いが、彼の身にまとう衣装は特にエスニックさが顕著に現れていて『原住民』という表現が似合いそうな風貌だった。

「これ以上近づかせはしないぞ!! 村は、ぼくが守る!!」

「な、なんかすごく勘違いされてない……?」

「ひょっとしてあんた、カーシュ族? 村で何かがあったってこと……?」

「だとしたら何だッ!!」

 まるで獣の威嚇のように吠えながら【アルテリック】の弦を引き絞る少年から感じるのは敵意と殺意。カーシュ族の村に近づく侵入者を警戒する門番かとも思ったが、それにしてはこちらの様子を伺う素振りはなく交渉の余地がなかった。

「許さない、許さないぞ! 村は、みんなは、ぼくが守るんだ!!」

「ちッ、聞く耳もたねぇか……来るぞ! 気をつけろ!」

「エミリアとリィナは俺たちの後ろへ!」

 再度放たれたフォトン・エネルギーの矢を弾きながらクラムが前に出る。

 しかし木の枝から枝へと飛び移っていく少年は非常に視認しずらく、周囲を木々に囲まれたこの空間では相手の独壇場だ。エミリアはもちろん戦闘に慣れたクラムたちでさえ防御を固めて様子をうかがうことしかできない。

 幸い潜んでいる位置はおおよそ察知できるため狙撃の対処は可能だが、こちらから攻撃できなければ状況は一向に好転しない。

「このままじゃ埒が明かねぇな。どうする、俺が突っ込むか?」

「くくり罠みたいなのが仕掛けられてる可能性もあるし、不用意に近づかない方がいいかも」

「ならあたいに任せな」

 攻めあぐねて話し合う2人を見かねたリィナが彼らを押しのけ矢面に立つ。その両手に握られているのはツインハンドガンの【アルブ・レガ】。

 比較的小型な銃身だが小柄な彼女には十分な大きさの二丁拳銃を器用に扱い、放たれた無数のエネルギー弾が森の中を駆け巡る。

「ちょ、文化保護地区ってその区域にあるもの壊しちゃダメじゃないの!?」

「知らないのかい? バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」

「バレなくてもダメでしょうが!」

 ……まあ実際のところ、この辺りは舗装された山道から大きく外れた森林地帯だ。職員が定期的な点検は行っているだろうが、すぐにバレることはないだろう。加えてカーシュ族のような原住民が木々を選定して村を形成することに罰則がないように、文化保護地区とはいえ抜け道が存在するのも事実。

 そしてリィナの射撃は一見乱雑なように見えるが、罠が仕掛けられてそうな部分へ探りを入れつつ足場となる枝を狙撃して少年の機動力を着実に奪っていた。

 他の種族に比べてフォトンの扱いが不得意なビーストはフォトン・エネルギーへの変換効率が低く、休息を挟まずに撃てるエネルギー弾の総量は少ない。それでも一発一発を無駄にせず、自身の精神力がもつギリギリまで相手の足場を崩してくれたリィナの頑張りによって、森の中を縦横無尽に駆け巡っていた少年を地面に引きずり下ろす事に成功した。

「……ふぅ、あとは頼んだよ2人とも」

「おう、任せとけ! クラムはここを頼む!」

 ここまで攻められなかった鬱憤を晴らすようにトニオはクローをスタンモードへ切り替えながら疾走。小さい身体を生かして木々の隙間を縫うようにして間合いを詰め、【ギザミサキ】を振り下ろした。

 その素早い動きにロングボウでは対処不可だと判断した少年の方も武器をスピアである【トゥプ・ナスル】へと持ち替えて応戦し、両者の武器が激しい火花を散らす。

 その数度の打ち合いを見るだけでトニオの実力が勝っているのは明白だった。しかし地の利は少年の方にあり、木々を利用した立体的な動きで格上を翻弄している状況だ。そして頻繁に立ち位置が移動するため経験の浅いエミリアではサポートは難しく、リィナは先ほどの乱射から精神力は回復しきっていない。

「他に俺たちを狙ってるやつはいないかな?」

「気配は感じないね。エミリアのことはあたいに任せて、クラムはトニオのフォローをお願い」

「うん、まかせた」

 自身の武器をスタンモードに切り替えながら地面を蹴り、ここが不安定な足場とは思わせない速度で白い獣人が森の中を駆け抜ける。

 トニオと違って最短距離で肉薄して繰り出した奇襲は、しかし寸前のところで身を翻した少年には当たらず大きく後退するのを許してしまった。

「ごめん外した!」

「ならダメ押しするまでだ!」

 距離をとったところで数的有利も実力差も埋まるわけではない。クロスボウの狙撃を警戒しながらも再度接近するトニオに対し、クラムは後方のエミリアたちから離れすぎないようにその場にとどまり少年の動向を注視する。

 その対応の違いからか、少年の次の動作をいち早く理解したクラムはその場全員に聞こえるように叫んだ。

「なにか仕掛けてくる!」

「なにっ!?」

 その警告を証明するように高密度のフォトンをまとい始めた少年が右腕を前に突き出すと、その手を起点として幾何学的な模様が空中に展開。周囲の木々を焦がしながら虚空から炎の化身とも呼べる存在が現れた。

 ──【ミラージュブラスト】。

 元々はカーシュ族が保有していた技術であり、それを解析したことでグラール中に瞬く間に普及。ビーストの【ナノブラスト】やキャストの【SUVウェポン】に並ぶ新たなブラスト技として確立されいる。

 フォトンの扱い方が影響しているのかはたまた遺伝子構造の問題か、ヒューマン及びニューマンだけが使用可能であるそれは、別次元に存在する幻獣を一時的に顕現させて使役する召喚術式だ。

 呼び出すことが可能な幻獣は各属性に対応した計6種類。今しがたカーシュ族の少年が呼び出したのは炎属性の幻獣【ヌイ】。マグマのように燃える真っ赤な肉体を持ち、特筆するべきは自身の胴体よりも巨大なその右腕。

 その拳へ吸い込まれるように圧縮されたフォトンは、やがて炎の塊へと変換されて前方へと放出。

 ヒトが扱えるテクニックとは比較にならない熱量を持つそれは触れたものを瞬時に燃やし尽くしながら突き進み、侵入者であるクラムたちへと襲いかかる。

 クラムの警告で身構えていたトニオはとっさに横へ飛ぶことで回避に成功。しかし放射状に伸びていく炎はクラムやその後方にいるエミリアたちには回避するのが不可能なほどに広がっていた。

 シールドラインやクラムの体質だけで防ぎきれるわけはなく、仮にシールド等で防いだとしても瀕死の重傷は免れない。

「2人とも今すぐ俺の近くに!」

「あいよ。ほらエミリアも!」

「え、ど、どういうこと!?」

 絶体絶命の中、その打開策を知る2人と何もわからず手を引かれていく少女が1人。どうにか合流できたが【ヌイ】の放った炎はすぐそこまで迫っている。

「ちょっと、どうするつもりなの!?」

「説明してる暇がない。とりあえず武器は収納してたほうがいいかな!」

 切羽詰まってはいるが絶望まではしていない。そんなクラムに言われるがまま武器をナノトランサーへ収めて丸腰になった3人は、間もなくして炎に包まれてしまった。

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