カーシュ族の少年が呼び出した幻獣【ヌイ】により森の一部が炎に包まれる。
密林での放火など危険極まりない行為なのだが、放った火力が規格外なら引き起こす現象も規格外。ミラージュブラストで呼び出された【ヌイ】が空気に溶けるように姿を消すと、それに伴い周囲の炎がまたたく間に消火されてしまった。
その光景はまさに
そこには『燃えた』という結果である焦土だけが残り、炎に包まれたものはすべて炎もろとも跡形もなく消滅してしまった。
そんな悲惨な焼け野原の中にただ一箇所、まるでそこだけは炎を受けなかったかのように無事な場所が存在していた。
範囲は半径1メートル程度の円形。その空間は青白いエネルギーに覆われており時折スパークが起こっている。
「なに……これ……?」
状況を飲み込めず、ただ頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出したのはエミリアだった。
何が起こったのか、彼女はその一部始終を目の当たりにしている。
それでもそんな言葉が出てきてしまうほど、目の前で起こった出来事が信じられなかった。
この青白いエネルギーの発生源は間違いなくクラム。
しかし何かを取り出したようなそぶりはなかった。背中越しにはわからないほど小さいものだった可能性もあるが、ミラージュブラストを防ぎ切れるほどの装備がそんな小型であるなどありえるのだろうか……?
情報が少なすぎて隣にいるリィナに視線を向けてみるも、彼女も一度だけ青年の方に視線を向けたあとは肩をすくめるのみ。
今のままでは仮説すら十分に立てられない状況だが、さらに彼女を混乱させたのはその光景に見覚えがあったからだ。
しかしそれがどこでどんな状況だったのかは記憶に霞がかかったように思い出せない。
間もなくして青白いエネルギーは霧散。エミリアが言葉を投げかけるより先に、目の前の獣人はその腰から垂れた帯をなびかせながら駆け出しまった。
「……っ、なるほどね」
エミリアたちの無事を確認してから駆け出した青年は一瞬だけ眉をひそめて小さく呟いた。
やや引きつった笑みを浮かべるその口元から垂れてくるのは、彼の白い肌とは対象的な紅い雫。
先ほどミラージュブラストを防いだのはたしかにクラムの『切り札』によるもの。
しかしその能力がどう言うものなのか彼が説明したヒトは数える程度しかいないし、詳細に関しては彼以外に誰1人として知るものはいない。
いや、彼でさえ完璧には把握しきれていないかもしれない。
それでも少なくとも断言できるのは、発動後にここまでの反動はなかったということ。
体力の消耗が激しいのは間違いないが、吐血するほどの反動は今までに一度として経験したことがない。体質の変化等も考えられるが、一番有力な可能性となれば……
「肉体再構築の影響だよね、普通に考えて」
見た目はすでに完治しているが、瀕死の重傷を手当してくれたミカの『プログラム』とやらは現在も稼働中だと彼女は言っていた。そのプログラムとの相性が悪くこのような結果を引き起こしているのだろう。
使用不可とまではいかないが今まで以上に使い所を考える必要が出てきてしまった。
「だけど今はいい。トニオ、連携お願い!」
「おうよ!」
血を拭いながら【ツインセイバー】を握り直し、クラムはカーシュ族の少年に向かって疾走。その背後に張り付くようにトニオが追走する。
ミラージュブラストを耐えられたことに動揺していたカーシュ族の少年も、遅れながらも【アルテリック】へと持ち替えて迎撃のために弦を引き絞る。
その動きに連動してリアクターが起動し、弓と弦の間にフォトンエネルギーの矢を生成。通常であれば生成される矢は1本だけだが、そこから更に引き絞ることでリアクターが再び起動する。
それに伴い出力されたエネルギーはより強力な一射か、複数の矢に分裂するかの2通りに用途が設定でき、彼の場合は最終的に4本もの矢が番われた。
この状態ではロングボウの弦は一時的に固定され、ハープのように弦を弾くことで1本づつ射ることができる特殊な待機状態に移行する。
一般的にはこれを肘より下を固定し肩を素早く動かすことで高速で射っていくのだが、少年は器用に指を使って4度、リアクターが『弾いた』と認識するギリギリの間隔で弾くことでほぼ同時に放たれた。
「荒削りだけど技術はあるみたいだね。でも……」
放たれた4つの矢はそれぞれ上下左右に広がりつつ、各方向からクラムの眉間へ吸い込まれるように迫る。だが寸分違わない正確な軌道はそれ故に狙いが読みやすく、そういった対処を得意とする彼は2本の剣でそのすべてを的確に弾き落とした。
そこまでは彼の想定通りだったのだが、今は体調が万全ではなく武器の品質も高くなく、加えて出力状態は鍔迫り合いには向かないスタンモードのまま。上記の悪条件が揃った状態で容易く弾けるほど少年の矢は甘くなかった。
そのためパリィの際は足を止めて踏ん張る必要があり、その僅かな間にカーシュ族の少年はバックステップで距離を取りつつ次の射撃準備を整えている。
未だ両者の距離は数メートル。本来のクラムであれば一息の距離だが、今の状態で詰め寄るのはそう簡単ではなかった。
「肩借りるぞ!」
そこへ割り込むように飛び出したのは小さな男性ビースト。倍近くある身長差を物ともせずにクラムの肩を踏み台にし、さらに枝を足場にして少年との距離を一気に詰める。
「──っ!?」
少年も即座に反応して射撃対象を切り替えるが、今回は人数差でも実力差でもクラムたちの方が上手だった。注意がトニオに向いたのを見計らい、クラムはその手に握っていた【ツインセイバー】の片方を少年へ投擲。
それ自体は左腕の篭手で防がれてしまったが体勢を崩せただけで十分。その隙に距離を詰めたトニオのクロ―が少年の頭部を捉え、地面へ叩きつけることで容赦なくその意識を刈り取った。
「お疲れトニオ」
「お前もな。ったく、てこずらせやがって」
本当に気絶しているのか2人がかりで確認し、安全がわかってから後方で待機していたエミリアたちを手招きする。
それでも真っ先に狙われた影響からかエミリアはまだ怯えた様子で、両手で抱くように【クラーリタ・ヴィサス】を握ったままクラムの背中越しに覗き込んでる。
「この子がカーシュ族? あたしたちと同じように見えるけど……?」
「カーシュ族っていうのは、種族じゃない。あたい達のような文明を持たず原始的な生活をしていた『部族』なのさ。
とはいえ近年は文明に触れる機会が増えたみたいだし、話は通じるはずなんだけどね」
「そのわりには、あたしたちをおもいっきり何かと勘違いしてるみたいだったけど……
どうしようっか、この子」
トドメはスタンモードだったため気を失っているだけだろうが、今回の戦闘とは無関係と思われる怪我が多数見受けられるため手当ては必要だ。
「けど、村で何があったのか確認したいよね」
「あんたもそう思う?」
怪我をしているとはいえ4人がかりで行うほど重傷なものではない。それにこの少年があれほどまでに殺気立っていたとなると村で何かあったのは間違いないだろう。
トニオの方を見れば、彼も顎に手をおいてこの後の動きを考えていたらしい。お互いの目線が合うと、それぞれの考えを察したように2人は頷いた。
「俺とリィナは一旦こいつをつれて手当に戻る。お前達は先に進んで村の様子をさぐっておいてくれ」
「了解。俺の位置がわかるように端末は設定しておくよ」
パートナーカードの設定を操作し、お互いの位置情報が探知できるようにプライベートモードを切っておく。
村のおおよその位置はわかったが、正確な位置がわかっているのといないのとでは雲泥の差だ。こうやっていればトニオたちの手間も幾分かは省けるだろう。
「けど一気に戦力半減かぁ……」
とはいえ、危険と思われる場所に戦力が半減した状態で向かうエミリアは不安な様子。残念ながらクラムたちが乗ってきたシップは最低限の設備しか無いため、少年の手当てをするとなると必然的にこの割り振りになるのだが。
「そう心配するなって。クラムがいれば大抵のことはどうにかなるさ。なるべく早く追いつけるようにこっちも急ぐしな。
んじゃ、頼んだぞ」
……ここだけの話、小柄なトニオとリィナで気を失った少年をどう運ぶのか気になっていたのだが、倒れた少年の片足を小脇に抱えながら前転することで器用に背負いあげてみせた。
倒れているヒトの脇の下から首を入れつつ、自身の正面側に垂れている膝と手首を抱えることでバランスをとるその体勢は、火災救助の際などに道具を使わず効率的に運ぶために編み出されたものだ。
ただしトニオを少年のような体格差があると抱えるまでが意外と大変だったりする。それを対策した結果が先程の前転なのだろう。その手際の良さから普段からよく使っているのがよくわかった。
走り去っていく2人を見送り、静かになった森の中でエミリアは苦い表情でため息をついていた。
「なんだか、ただの人探しだと思ってたのにどんどん話が大きくなってくね……
……うーん、なるべくなら戦いたくないんだけどなぁ……」
「ちなみにカーシュ族の村ってどの方向?」
「んー、ここからだと南西の方角かな。けど、途中に分かれ道が数回あるみたいで、間違えたら迷っちゃうかも」
「とりあえずその分かれ道の進む先って覚えてるかな?」
「えっとね……」
エミリアの説明を聞きながら端末を操作し、呼び出したのはここ一帯の衛星写真だ。しかし撮影されたのは半年ほど前のもの。
カーシュ族の村が表示されるか怪しいところだが、クラムは地図を眺めながら指で何かをなぞっていく。
「たぶん、村があるのはこの辺だね」
「え、わかるの!?」
「まあ経験則でね。定住しないってことは分類としては規模の大きな野営みたいなもの。そして長期間の野営となると安全性の他にも水源の確保も重要になってくるんだ。あまり労力をかけないように元の地形を利用する、っていうのもポイントだね。
そういったことを考慮してみると、地図を見る限りここから少し下った先に大きな川があって、その上流とエミリアが説明してくれた村の方角が交わりそうなんだよね。
そこから遠すぎず、かつ川が氾濫しても被害を受けない場所となるとこの辺りがちょうどいいかなって。
……うん、この位置なら少し遠回りすることにはなるけど、戦いを避けながら進むことはできると思うよ」
チョーカーの機能をオンにすることで多少はマシにはなったが、今の彼は『切り札』の反動でかなり疲弊している。
多少の戦闘であれば許容できるが無理は禁物と判断し、先ほど以上に原生生物の気配に注意して安全なルートを選定しながら2人は森の中を歩き進めていく。
「舗装されてない道だから足元気をつけてね」
「それはわかってるけど、これ迷ってない? 大丈夫?」
「今のところは目印も見失ってないから大丈夫だよ」
「目印って、カーシュ族の?」
言われて当たりを見回し始めたエミリアだが、この辺りには目印どころかヒトや獣が通った跡すらなかった。
「そういう人工物じゃなくても目印はいろいろあるよ。
俺が今目印にしてるのはあの山肌だね」
「山肌って、あの土が丸見えになってるところ?」
「そう。あれはさっきいた位置からも見えていたし、方角も目的地との直線上。そこそこ特徴的な見た目だから別の山肌と見間違うこともないからね。
それ以外に目印にできるものなら、川なんかは川沿いは絶対に上流下流にたどり着くし、適宜時間がわかる状態なら太陽の位置なんかでもおおよその方角はわかる」
結局は舗装された道を歩くのが一番安全だけど、と念押しつつ、仮に迷った場合の対処方法を知ってるかどうかは重要だ。
いざというときの知識を披露する元傭兵と、それを真剣に頷きながら記憶するルーキーは、こまめに小休止をはさみながらさらに進んでいく。
そうして、どこを見渡しても草木ばかりの空間をかき分けること数十分。ようやく原生生物のものとは違う、ヒトが歩いたであろう獣道らしきものが見つけることができた。
この辺りを頻繁に歩いている証拠だろう。さらに運が良いことに、細かい道筋の修正のためか木に簡単な方向を示した目印も見つかった。
エミリアに解読してもらってその方向がクラムの予想した位置と重なっていることを確認できると、わずかながらも進展したことで次第に少女の足取りも軽くなっていく。
……しかし、そういう時に限って良くないことが起こるのが常というもの。
「きゃあ! じ、地震!?」
「いや違う。これは……」
地響きと共に岩肌を突き破り、周囲の木々をなぎ倒してきたのは巨大な重機。……と見間違うほど重厚な体格を持つ原生生物だった。
「なにあの戦車みたいな硬そうなやつは!?」
「【バグ・デッガ】か。出てくる場所が最悪だね」
大きさもさることながら、最大の特徴は前身を覆うその装甲。純粋な強度はもちろんテクニック等による攻撃にも強固さを発揮するそれは並の武器では刃が立たない。
嘘か本当か、同盟軍保有の兵器で装甲破壊を試みた際、本体が息絶えても装甲には傷一つつかなかったという報告すらあった。
研究者の分析によると雷属性を用いた原子操作により自然界には存在しない物質を生成しているらしく、その構成は飛行艇に用いる装甲の参考になっていると言われている。
動きは鈍く遠距離の攻撃手段も持たないが、逆に言えばその弱点を補えるほどの強靭な装甲であるということであり、それを身に着けたまま突進できるほど筋力も桁違いだ。
暴れまわる小さな飛行艇に生身のヒトが挑むようなもの、と言えばどれだけ危険な存在かイメージしやすいだろう。
ゆえに『一人の時に出会ったらまず逃げろ』と現地のルーキーがベテランから忠告される代表的な原生生物だった。
対処する場合はテクニックやトラップを用いて足止めを行いつつ、後ろへ回って皮膚が柔らかい部位に攻撃を与えるのが基本だ。シンプルで地味だが傭兵の装備で出来る手段はそれしかない。
視力はあまり良くないためこちらの存在には気づいていないのは幸いか。だがクラムが言ったように現れた場所が悪かった。
狭い訳では無いが木々が少なく開けた空間。周囲は底が見えない谷底か高くそびえ立つ崖しかないためこっそり進むことは難しく、すでに興奮状態のため見つかれば戦闘は避けられないだろう。
……奇しくも、前回のレリクスで最初にエビルシャークを発見した時やスヴァルティアと戦う直前と状況が酷似していた。
しかしこれまでと違うのはクラムがかなり疲弊しているということ。
トニオたちと分かれてからここまで原生生物との戦いを避けられたおかげで体調も回復してきているが、それでもまだ万全には程遠い。
(俺が引き付ければエミリア1人なら村までたどり着けるかな……?)
すでに2人ともが安全に村に行く可能性は考えず、エミリアだけでも送り届ける方法を思案し始めていた。
しかしそんな自己犠牲な行為を引き止めるように、少女の小さな手が彼の上着の裾を引っ張った。
見れば、少女の表情は強張り足もかすかに震えている。だがその手に持ったロッドだけはしっかりと握りしめて離さない。
状況的に戦わなければならないのは察しているが、その覚悟まではまだできていないといったところか。
だが初めて参加した任務が2日前であり、その際はスタティリアと対峙し切羽詰まるまでは戦いたくないと駄々をこねていたのだ。
そんな少女が自分の意思で状況を精査し、紛いなりにも『戦う』という選択肢を導き出したのだからこの成長を無下に扱うわけにはいかなかった。
先日のトレーニングで彼女のテクニックの威力は申し分ないことは確認済み。
「……他に原生生物はいない、か。
よし、俺が囮になるからエミリア主体であれ倒してみようか?」
「嘘でしょ!?」
……不安にさせないためにわざと軽い調子で提案してみたのだが逆効果だったらしい。
まさか自分が主体で戦うとは思ってなかったのもあるだろうが、何いってんだコイツと言わんばかりに怪訝そうな表情を少女は浮かべてしまった。
「たしかに一人で戦うには危険な相手だけど、遠距離技を持ってないから2人以上で戦えば危険度はかなり下がるからね。
的は大きいし動きは遅い。だけど高耐久だから自分のテクニックがどれだけの威力なのかの目安になる。そう考えたら初心者向けじゃないかな?」
「なわけないでしょうが!
……うぅ、でもそれが一番配置として正しいんだよね」
事実戦いは避けられず、クラム自身は実力があっても彼の手持ち武器の火力はエミリアのテクニックには及ばない。
戦いに慣れてるクラムが囮を引き受け、ダメージ源となるエミリアが主体で戦うというのは理にかなった配置であった。そのことは彼女も理解しているため、うなりながらも首を縦に振るしかなかった。
「大丈夫。落ち着いてやれば倒せる相手だから。それに本当に危なくなったら助けに入るから安心して」
「その言葉、信じるからね?」
以前も聞いたその言葉。エミリアにとってはなんでもないただの口癖なのかもしれないが、相手から全幅の信頼が寄せられているのだとも取れるその言葉はクラムにとっては気の引き締まるいい言葉だった。
「じゃあ今回は敵の基本情報を教えるから、あとはエミリアが自分の判断で攻撃してみて。
まず、あいつの前面には攻撃が通らないと思って良い。
それから視力が良くないから、動くものや攻撃を仕掛けてきた相手に向かって突進してくる。動きは遅いけど威力は計り知れないし、意外と小回りはきくから避ける時は後ろに回り込むように意識すること。
あと相手の属性は雷だね。遠距離技は持ってないけど、近づきすぎると放電に巻き込まれるから距離には注意してね」
「前面は攻撃が通らない、突進のときは逃げ方注意、雷属性で、放電することもある……」
一気に伝えたため混乱するかと思ったが、すでに自分なりに噛み砕いて復唱できる程度に理解していた。やはり彼女のポテンシャルは非常に高いことが見て取れる。
「大丈夫そうだね。じゃあ俺は先に挑発してくる。攻撃のタイミングはそっちに任せるよ」
言うが早くナノトランサーから【ツインセイバー】を取り出し、ただしチョーカーの機能はオンのままクラムは疾走。
一撃目は装甲のない下半身を狙うが、それで注意を引き付けるとそれ以降は頭部へ攻撃を集中させ、エミリアの方を向かないように立ち回り始めた。
「えっと、前面は攻撃が通らないから後ろから攻撃。それから雷属性だから使うテクニックは土属性で……」
まとまらない思考を独り言でなんとか整理しながら準備を整え、エミリアは攻撃を隙を伺いながら立ち位置を調整する。周囲の警戒にはまだ気が回ってないようだが、それでもバグ・デッガに対しての位置取りとしては及第点。
後ろ足に力を溜め、今にもクラムへ突進しようとする四足獣の背面へ向けて少女は土属性のテクニック【ディーガ】を放つ。
土属性のテクニックは便宜上『土』属性と呼ばれているが、その本質は鉱物などを主な対象とした物体操作だ。故に弾の生成からそれの直撃までをすべて術者が操作する必要があり、エネルギーそのものを攻撃手段として利用する他の初級テクニックと比べると弾速は遅い。
その速度は異変を察知したバグ・デッガが振り返るのに十分すぎるほどであり、エミリアのテクニックは強固な装甲で防がれてしまった。
「うそっ!?」
さらに攻撃を受けたことで標的をクラムからエミリアへと変更されてしまった。クラムの攻撃には目もくれず、巨木でさえなぎ倒す突進が華奢な少女に向かって迫っていく。彼女も慌てて横に走るがその巨体は器用に軌道修正を行い、確実に少女を捉えて突き進む。
そして彼女の背後にあるのは目を凝らさなければ見えないほど深い谷底。これ以上後ろへ引くことはできない。
「え、ちょっ、ま……っ!?」
「後ろへ回り込むように!」
バグ・デッガは装甲の関係で前足に重心がかかっているからか、前足は地面を蹴るよりも支えることが主な役目であり、前へと進む推進力は後ろ足が担っているという独特なスタイルで突進を行う。イメージとしては雑巾がけが近いか。それ故速度は遅い代わりに方向転換はかなり融通がきくという特徴があった。
だからただ横に逃げるだけだといつまでも追いかけてくるため避け方を気をつけなければいけないのも、この原生生物がルーキーからベテランまで幅広く恐れられる要因だった。
クラムの声で回避方法を思い出した少女は逃げる方向を変更。迫りくる巨体の横をすり抜けるように少女は迷いなく飛び込んだ。
経験者でも足がすくんでしまうような回避方法に再び青年は肝を冷やすが、その無茶のおかげで無事突進をすり抜けることに成功。
スヴァルティアの時もそうだったが、とっさの行動力は流石の一言に尽きる。
そしてこの位置は装甲のない無防備な下半身を狙える絶好の場所だ。だが相手との距離が近すぎた。
目標を見失ったことでバグ・デッガは突進を止めて立ち尽くしているが、それは次の攻撃へと移行するための予備動作。バチバチと何かが弾けるような音を断続的に発しており、近くで倒れたままのエミリアの髪が僅かに逆立ち始めている。
「エミリア、走れ!」
「っ!?」
まだ倒れた体勢から戻れていないエミリアも直感的に危険を察知し、クラムの声も後押しとなって地面を転がるようにして少しでもその巨体から離れていく。
間もなくしてバグ・デッガを中心として激しいスパークが発生。
その範囲はエミリアが倒れていた場所まで届いていたが、間一髪滑り込んだパートナーが彼女を抱きかかえながら後退したことでなんとか範囲外に逃れることができた。
見える範囲で少女に怪我はない。それを確認したクラムは彼女を下ろし肩に触れながら小さく笑うと、すぐさまバグ・デッガへと肉薄して相手の注意を引き付ける。
クラムからエミリアに対して追加の指示はない。それでも彼女は自分のするべきことを理解し、【クラーリタ・ヴィサス】を再び構えて位置取りを開始する。
今度の間合いは近接武器でも使うのかと思うほど近い。先ほどの失敗から学びすぐに改善したのだろう。
距離の微調整が拙いのは間違いないが、今彼女の目の前には自身より遥かに大きな肉の塊が視界一杯に広がっているはず。
今しがたこの巨体が迫りくる恐怖を与えられ、さらに放電に巻き込まれかけたばかりなのにこの距離まで迫れる胆力は大したものだった。
手際よく位置取りを終えたお陰で未だクラムの攻撃に注意が向いているバグ・デッガはエミリアの存在には気づいていない。
「これで、どうよ!」
自分の身長よりも長いロッドを全身を使って振るい、リアクターを起動。
前足で地面を慣らすような動作の後再び突進の準備に入ったバグ・デッガへ向けて、再び土属性のテクニック【ディーガ】を放った。
いくら弾速が遅いとは言えこの近距離であればバグ・デッガの方向転換も間に合わない。そしてこのテクニックは弾速が遅い代わりに威力は折り紙付き。
なぜならば、鉱物という6属性の中で
一見デメリットでしかない性質だが、テクニックを扱う法撃師はあえてそれを利用。エネルギーが拡散すれば当然ながら操っていた鉱物も飛散し、その一連の反応は巨大な手榴弾そのもの。ゆえにただ鉱物をぶつけているだけなのに、バグ・デッガの巨体でも数センチ浮くほどの威力を生むのだ。
もともと突進のために力を溜めていたところへ背後からの思わぬ後押しを受け、己の足では制御できなくなった四足獣の突進はクラムの横を抜けそのまま崖下へと転がり落ちていった。
数秒後、渓谷に響き渡る轟音を耳にしながら周囲の安全を確認したクラムたちはホッと胸をなでおろした。
「お疲れエミリア。とりあえず追い払えたね」
「追い払えたって、この崖から落とされて無事なわけ……嘘っ、ピンピンしてる!?」
エミリアの覗き込んだ崖下には確かにバグ・デッガの姿があるが、目測で100メートルはある谷底まで転がり落ちたにも関わらずその巨体は何事もなかったかのように谷底を疾走していた。
「装甲の頑丈さを差し引いてもかなりタフで、土砂崩れに巻き込まれても土の中から這い出てきたてって報告事例もあるぐらいだからね。
主な攻撃手段が鈍重な突進だけなのに自然界を生き抜いてこれてる実力は伊達じゃないよ。
もう大丈夫だと思うけど、また遭遇する前に村へ急ごうか」
「そそそ、そうだね。行こう。すぐに行こう! 今すぐ行こう!!」
規格外な生命力を目の当たりにして自分がどれだけ危険な生物と戦っていたのか再確認したらしく、見る見るうちに少女の表情から血の気が引いていく。
表情を強張らせながら一刻も早くここを離れようと必死にクラムの腕を引っ張るその様子は、先ほどの肝の座った立ち回りをしていた少女と同一人物とは思えなかった。
「……あははっ」
「わ・ら・う・なっ!! 早くしないと置いていくからね!」
クラムを残して先行するのはいいとして、この先で原生生物と鉢合わせして果たしてエミリアだけで対処できるのだろうか……?
小さな疑問は残るが、そろそろ本格的に置いていかれそうなため青年はその小さな背中を追いかけていく。
「この辺りがカーシュ族の村のはずだけど……
なんだか、すごく焦げ臭い……」
真新しい獣道を辿りながら予測した村の位置周辺にまで進んでくると、エミリアの言う通り何かが燃えるような異臭が鼻についた。
今までの経験から嫌な予感を察知したクラムは自然と早足となり、エミリアよりも一足先に木々の間を抜けると目の前に広がる光景に思わず絶句した。
数メートルの峡谷を挟んだその向こう側に、目的のカーシュ族の村は確かに存在していた。しかしその村は真っ赤な炎に包まれており、離れた場所にいるクラムたちにまで伝わる熱気を放ちながら黒煙が空高くに舞い上がっている。
「なにこれ……ひどい……
一体何があったっていうの……?」
遅れてやってきた少女も思わず口を両手で押さえてその光景に目を疑っていた。
原生生物に襲われた可能性も十分あり得るが、遠くからでもその村がそこそこの規模であることがわかる。
そんな村を焼き尽くせる原生生物などそうそういないし、仮にいたとしてもそんな危険な気配をクラムが感じ取れないわけがなかった。
「あ……! ちょっと、あそこ見て!」
エミリアが何かに気づき指差した方を見ると、燃える村の中で動く影が複数体確認できる。生存者であれば助け出さなければと駆け寄るが、村へと続く橋は落とされており、クラムだけならまだしも2人で数メートル先の村にたどり着くのは容易ではない。
それに、目を凝らしてみると動いてる影にはどこか違和感があった。
「悲願への道はこれで開かれた。……貴様達にもう用はない。いずこへなりとも、自由に去るがいい」
黒い服を身にまとった青年に群がるように佇むヒトは種族もまばらで統一感がなかった。
カーシュ族は様々な種族が集まった『部族』であるとリィナが言っていたが、それにしては先ほど戦った少年と雰囲気が違いすぎる。
「それにあのヒトが持ってるのは……赤い、ノート?」
「あ、ちょっとその隣! あいつ、ワレリー・ココフじゃん!」
背中を叩かれながら言われた場所を見ると、確かにそこにいたのは捜索対象であるワレリー・ココフその人だ。
彼がカーシュ族の一員であるという情報はクラウチから渡されたプロファイルには記載せれていなかった。であるならば彼含めて同じように佇むあの集団はカーシュ族とは無関係の集まりなのだろう。
そして、黒服がこちらの存在を気づくとそのすべてを見下したような眼光が2人へと向けられる。
「む……? カーシュ族……ではないようだな。貴様達、ここで何をしている」
「それはこっちのセリフ! こんなひどいことをして……コレ全部、あんた達がやったの?」
「だとしたら、どうする? その脆弱な力で、私と刃交えるか『消え往く存在』よ」
「『消え往く存在』って、あんた何言ってんのよ……?」
「事故を理解することもできないか。すべからく愚かしい存在だな。まぁいい──」
次の瞬間、数メートルの谷を難なく飛び越えてこちら側に着地する黒服の青年。
その動作に一切の悪意はなく、ただ流れ作業のような気だるささえ感じられ、エミリアどころかクラムでさえ警戒を強めるのが遅れてしまった。
「どちらにせよ、貴様たちはここで潰えるのだっ!!」
「っ!?」
直後、まるで地面を滑るような速度で動き始めたかと思えば、すでにクラムたちへ手が届く範囲にまで黒服の青年は迫っていた。
それほどまでに予想外な素早さだったのもあるが、近づかれた一番の要因は未だに相手から殺意が感じられなかったせいだ。
ただし暗殺者のようにそういった気配を消すのがうまいわけではない。目の前の青年は単純にクラムたちを『敵』と認識すらしていないのだろう。
道端の虫けらを殺す際にわざわざ悪意や敵意を向けることがないように……ただ目についたヒトが邪魔だから払いのけようとする動作に近かった。
それほどまでにクラム達と黒服の青年の間には絶対的な実力差があるのだろう。
逆に言えばそれだけこちらを下に見ているということであり、それゆえに相手は武器を握っておらず、丸腰のクラムでも対処することが出来た。
「…………」
しかし格下と思っていた相手に動きを阻まれたことがよほど癪に触ったのだろう。黒服の青年は嫌悪感を顕にしながらナノトランサーから実体剣を取り出し、明確な殺意と共に振るわれた。
対するクラムも辛うじてナノトランサーから【ツインセイバー】を取り出すことは出来たが、チョーカーの装置をオフにする余裕はない。
そして武器の出力もハントモードからスタンモードに切り替える暇がなかったが、結果的にはそれが功を奏したと言えるかもしれない。
「────っ!?」
パリィする余裕まではなかったが、相手の攻撃を見極め最小限の威力で受け止められるように刀身の角度を調整していた。だというのに、相手の攻撃を受けた彼の身体は信じられないほどの衝撃と共に吹き飛ばされたのだ。
まるでラガン種の尻尾で薙ぎ払われたかのような衝撃は、信じられないが黒服の青年が横薙ぎに振るったセイバーによるもの。
以前述べたように、フォトンを用いた武器は同じ形状と素材でもフォトン・リアクターの質によりその威力は増減する。
剛腕で振るわれる並の品質の武器よりも、細腕で振るわれる高品質な武器に軍配が上がることもありえるのだ。
とはいえそれを加味しても先ほどの威力は規格外すぎる。ハントモードのまま受けつつ衝撃を緩和するため後ろに跳んだからよかったものの、もしどれか1つでも対応を間違えていれば刀身が砕けていたかもしれない。
背後にいたエミリアもろとも数メートル地面を転がるが、クラムはすぐさま立ち上がって武器を構える。背後で少女の呻く声が聞こえるが、今は彼女を心配している暇がない。
それどころか間髪入れずに接近して繰り出される攻撃に対処するのが精一杯でチョーカーの装置をオフにする余裕すらなかった。
そこまでクラムが追い詰められている原因の1つはやはりその威力だ。ツインセイバーの片方だけでは攻撃の軌道をそらすことすら叶わず、両方のセイバーを使用することで辛うじて危険を免れている状態。
まともに打ち合うのならまだしも、防御やカウンターの技術に富んだクラムが弾きれない攻撃が彼より細身の青年から振るわれるとは考えにくい。
だから何かあるはずなのだ。ヒューマンの細腕でビーストの剛腕に競り勝つカラクリが。だが残念ながら、それを探る時間を相手は与えてくれない。
「多少はやるようだが、これ以上戯れる気はない」
激しい連撃を放ちながらも退屈そうにため息をついた黒い青年は、トドメと言わんばかりに大きく踏み込みその手に握るセイバーを一閃。
その威力は最初の一撃の比ではなく、両手のセイバーを使っても受け流すことは不可能。当然、受け止めようとすれば最悪の場合刀身が折れるだろう。
「────っ!」
故にクラムは
狙いは今まさに剣を振るっている青年の細腕。
ここまで散々体格差が覆されて押され気味だったが、それが起こりうるのはフォトンの武器同士を用いた攻防であったからだ。
旧世代の防具と比べてシールドラインは重さがなく動きを制限しないが、全てにおいて勝っているかといえばいくつかの欠点が存在する。
1つは、一定以上の衝撃でなければシールドは起動しないということ。これはシールドラインを常時起動している関係上、他人と触れ合う際にも反発が起こってしまうと不便であるという理由からだ。そのため、ただ触れる程度ならシールドラインは反応せず、殴られたり蹴られたりと怪我を負う可能性がある行為で初めてこの不可視の鎧は意味を成す。
そしてもう1つは、重さがないために慣性が非常に弱いということ。装着者へのダメージは鎧と同等かそれ以上に防げても、衝撃によるノックバックまでは軽減されないのだ。
つまり、クノーのように的確な防ぎ方にはならずとも体格差で十分に勝っているクラムであれば力任せな蹴りでも相手の細腕を弾き返すことができる。……もちろんそれでも弾けない可能性もあったが、攻撃を防ぐ方法はこれしか思いつかなかった。
結果的にその賭けには勝ち、迫りくる刃をやり過ごすことに成功した。ここまで防戦一方だったクラムに初めて回ってきた攻撃のチャンス。蹴り上げた左足を着地させる動作を踏みこみとして利用し、全身をくまなく利用した渾身の一撃へと繋げていく。
攻撃を弾かれた直後の相手にその攻撃を防御する手段はなく、起死回生の一手は黒服の青年へと叩き込まれる。
「……っ」
しかしその攻撃に手応えがない。
シールドラインも原理は武器と同じで、普段は薄く纏っているだけのフォトン・エネルギーが衝撃を防ぐ瞬間のみ高出力で放出されることで硬質化する。ただし稀にこの瞬間的なエネルギーの放出が攻撃そのものを受け流してしまうことがあるのだ。
同じ防御でも、硬い物質で攻撃を阻むのと、表面を滑らせて攻撃を受け流すのでは根本が違うように……
普通に防がれるだけなら武器側とシールドライン側の性能差に応じたダメージが相手に通るが、受け流されてしまってはどれほど強力な一撃でも相手に一切のダメージが入らない。
ただしあくまで『稀』だ。だからこそ手数を増やすため、銀狼はその場で回転しながら遠心力を加えた回し切りを繰り出した。
チョーカーのせいで動きが鈍っていなければあと2撃はねじ込めたが、相手の攻撃を凌いで作り出した僅かな時間に叩き込むにはこれでも破格の攻撃速度だろう。
「ふん、つまらん」
にも関わらず、黒服の青年に効いている様子はなかった。
「……ちっ」
実際、その可能性は十分にあった。
最初の2撃は確かに効いていなかったが、その後の攻撃には手応えがあった。その証拠に相手が攻撃を受けてノックバックしていたことも確認している。
ハントモードで出力している刃はその身体を切り裂き、無視できないダメージを与えることができた、はずだった。
なのに黒服の青年が無傷なのは、有り体に言えば両者の装備の差。相手のシールドラインに備わった
それはつまり、クラムの持つ武器の出力では相手のシールドラインを貫くことができないことを意味している。
こうなってしまってはクラムに勝ち目はない。ダメージの入らない攻撃など相手にとっては目障りなだけ。
避ける必要が無いとわかった黒服の青年は徐に左手を前に出し、彼を纏っている禍々しいフォトンエネルギーを用いてクラムをその場に拘束してしまった。
「なんだ……これ……っ!?」
カウンターを主体とするクラムにとって、相手の小さな動きも見逃さず次の一手を予測するのは基本動作にも等しい。
仮に初めて見る動きだとしても、これまでに培った膨大な知識から類似するものから予測することも難しいことではなかった。だというのに、黒服の青年が展開したそれには今ある知識すべてをかき集めても類似するものが見当たらなかった。
強いて言えば先程カーシュ族の少年が見せたミラージュブラストが近いだろうか? ただ、もしそうだとすると今の知識から予測するには専門知識が欠けすぎている。
……そういった場合に有耶無耶にできるのが彼の『切り札』なのだが、チョーカーの機能がオンのままかつ今の体調では十分に発揮することは出来ない。
「まずは、貴様から消えろ!」
フォトンエネルギーの出力がより一層強まり、黒服の青年の左手に幾何学的な模様が展開。禍々しいフォトンエネルギーがクラムの身体まで侵食しようと迫る。
絶体絶命のその刹那、迫りくる闇を払うかのようにクラムの背後から光の矢が降り注いだ。
「何ッ!?」
初めて動揺を見せた黒い青年は左手に展開していた魔法陣を解除。それに伴い拘束が解けたクラムは、状況を把握できないながらも即座に行動を開始した。
この光の矢であれば相手にダメージを与えられると判断し、体格差に物を言わせた肉弾戦で拘束を図る。
だが黒服の青年も危険を察知し、クラムの接近に対して反撃ではなく逃げるように身を翻した。
そうして距離を取った後の相手は忌々しそうに舌打ちをしながらも無茶はせず、踵を返して燃える村の更に奥へと姿を消してしまった。
念のために黒服の青年が消えた方向に注意をしつつ背後に目を向けてみると、そこには天使の羽根のようなロッドを振るうエミリアの姿。
ただしその身体には回路のように光の筋が浮き上がっており、今彼女の身体を動かしているのがエミリア本人ではないことを示していた。
そして無理矢理に彼女の身体を操った影響なのか少女の身体はふらつき、光の筋が消滅すると同時に膝から崩れ落ちる。
「エミリア!」
とっさのことで武器を仕舞う暇もなくその場に投げ捨てながら少女のもとへと滑り込み、地面に倒れ込む前にその小さな体を抱え込む。
ミカの気配が感じられないが、無理な干渉で彼女の方も力を消耗してしまったのかもしれない。
少女の身体に特に外傷らしいものは見当たらず、呼吸も安定している。ひとまずは安心だろう。
……そう、慌てる必要はないのだ。
「落ち着け……落ち着け……」
その言葉はエミリアではなく自分に向けたもの。頭ではわかっていても脳裏にこびりついた嫌な記憶がこれ見よがしにフラッシュバックし、鼓動が無駄に大きく、速くなっていく。
自分の呼吸音が耳の中で反響し、外部からの情報が遮断されたせいで余計にトラウマが彼の精神を蝕んでいき──
「──おい、どうした!
やっと追いついたと思ったらいったいどうなってんだ、こりゃ!」
「トニ……オ?」
いきなり肩を大きく揺さぶられて力尽くで意識を現実へと引き戻された。
我に返った青年の目の前にいた褐色の男性ビーストの顔。どうやら駐艇場まで戻ったあと、位置情報を頼りにシップで直接ここまで来たらしい。
そして到着してみれば目の前には炎に包まれたカーシュ族の村。トニオたちが困惑するのも無理はないだろう。
だが上手く思考がまとまらないクラムには今の状況を上手く伝えられず、それを察したトニオも視線を燃える村の方へと向けて立ち上がった。
そこに先ほど襲ってきた黒い青年の姿はないが、彼が引き連れていたヒトたちは未だそこで棒立ちのまま動かない。
かと思えば急にハッと我に帰ったようにその目に光を灯し、燃える村に驚いた様子で一目散にその場を走り去ってしまった。
「あっ、おい! お前ら、待ちやがれ!
こんなに文化保護地区を荒らしやがって、一人残らず捕まえてやる!」
「でも、今の人たち、何か変だったよ。
声をかけても何も反応がなくて、まるで洗脳でもされてるみたいだった」
「だとしても関係ねぇ!」
トニオはその手に【キザミサキ】を握りながら谷の向こう側へ飛び移ると、逃げ惑うヒトたちを捕まえるべく燃える村の奥へ一人で追いかけていった。
その背中を見送ったリィナはナノトランサーからウォンドを取り出しながらクラムの方へと駆け寄ってくる。
「2人とも怪我はないかい?」
「俺は大丈夫。エミリアも見る限りでは。気を失ってるけど呼吸は安定してるから……」
念のためリィナにも確認してもらい、彼女の目からみても問題ないという判断を受けて、クラムはようやくホッと胸をなでおろした。
そこへタイミングを見計らったように、エミリアのナノトランサーに収納されている端末からコール音が鳴り響く。当然ながら気絶した彼女では応答不可のため、代わりにクラムが彼女の端末を取り出して対応を図る。
『おい、ワレリーの船が動いたぞ! おめぇら、きっちり追い立てろ!
どうなってるんだ、オイ、エミリア!』
「っ!?」
「うるさいよ!
通信回線なんだからわめかなくても聞こえてるって!」
回線を開くと同時に響くけたたましい怒声に思わず通信機を顔から遠ざけていると、それを奪い取ったリィナがクラムの代わりにクラウチへ怒鳴り返してしまう。
この辺りの肝の座り方というか啖呵の切り方は、さすがは当時22歳ながらタイラー一味の副艦長として荒れくれ者たちを指揮していただけのことはある。
『あぁ、誰だおめぇ?』
「たまたま一緒に行動していたフリーの傭兵だよ。
クラムは今疲労困憊だし、エミリアも気を失ってるから、大きな声出さないで」
『気を失ってるだと!? ……ちっ、わかった、ワレリーはこっちで追うからてめぇらはとっとと戻ってこい!』
こちらに拒否権はないと言わんばかりに命令をまくし立ててきた後、一方的に通信が切られてしまった。そんなクラウチの態度に対し、リィナはわざとらしく大きなため息をついている。
間もなくしてトニオが戻ってくると、先ほど逃げた内の数人をロープで拘束していた。しかし拘束の際に気絶させざるを得なかったらしく、こんなことをした理由をすぐに聞き出すことは難しそうだった。
「……さて、俺たちはこの状況をどう報告したものか」
「他の逃げ出したヒトたちも捕まえて、いろいろ話を聞かなきゃいけないね」
「となると、カーシュ族のボウズはそっちに任せちまったほうがよさそうだな。
一旦お前らをシップのところまで連れて行くから乗りな」
「ありがとう、助かるよ」
言われるがままトニオたちのシップへと乗り込み、最初に出会った駐艇場へと向かう。
今思い返すと、人の気配がないわりに停泊するシップが多かったのは、先ほどの黒服の青年に操られたヒトたちが集まっていたからなのだろう。
すでにここまで逃げてきたヒトもいるようで、駐艇場に残されたシップは来たときよりもかなり少なくなっていた。
ただそのヒトたちがかなり無茶な発進をしたのか、地上に停められているシップの中には真新しい衝突跡と共に横転しているものもチラホラあった。別の理由から空中に停泊させていたものの、結果的にクラムの判断はいい方向に転んだらしい。
そんなシップを遠隔操作で地上まで下ろし、引き渡されたカーシュ族の少年をシップへと運び込む。
気を失っているエミリア共々本当は横に寝かせてあげたいところだが、残念ながら最低限の設備しか無いシップでは操縦席ぐらいしか身体を固定できる場所はない。
「一通りの手当てはしておいたから、あとは寝かせておけば勝手に起きるはずだ。
そっちのには自動操縦機能があるみてぇだし、お前も疲れてんだから移動中ぐらいは休んどけよ」
「うん、ありがとう……」
「俺たちはもう少し、ここの事後調査をしていくからよ。
ああ、そういえばさっき逃げた中にお前らが探してたやつもいたぞ。俺とリィナで捕まえといてやっから安心しな」
「クラムたちの上司っぽいのが自分で追いかけるって言ってたから、そっちは大丈夫だと思う」
「そうなのか? まあ他に何かあったら連絡する。……あんまり気負いしすぎんなよ」
疲労以外の理由も合わさり反応が薄いクラムにそう言い残し、トニオたちは駐艇場の外へと走り去っていった。
2人の背中を見送って人けのなくなった駐艇場で、クラムはシップの扉を閉めて無言でクラッド6の座標を入力。ゆっくりとシップが動き出すのを確認し、深く息を吐きながら背もたれに寄りかかった。
それからしばらくして、無異質なアナウンスに気づいて青年はゆっくりと目を開ける。
目の前のモニタには目的地到着を知らせるウィンドウが表示されており、シップのエンジンも内部の照明を消さない程度の省電力モードに切り替わっていた。
惑星モトゥブから拠点であるクラッド6までの約30分の航行中、いつの間にやら彼も眠っていたらしい。
そしてそんな寝起きのクラムを心配するように通話画面越しにチェルシーがこちらを覗き込んでいる。
『みんなお疲れみたいネ』
「ごめんチェルシー、担架か何かヒトを運ぶもの持ってきてもらってもいいかな?」
『そう言うと思ってすでに向かってもらってるワヨ。……ン? もう一人イルネ?』
「ワレリー探してる最中にちょっとね……
この子も一緒にどこかで寝かせられそうかな?」
『了解ネ。2人のことは任せてクラムも早く休むノヨ。
シャッチョサンも今はいないし、任務の報告は明日でも大丈夫だからネ』
念押しするように言い残してから通信が切られ、それを見計らったようにシップの中へ数人の男女が入ってきた。
そしてクラムが手伝うまでもなく手際よくエミリアとカーシュ族の少年をそれぞれストレッチャーに乗せていくと、彼らは一足先にシップを後にする。
シップに一人残って後片付けを簡単に済ませ、後はここを出て自室へ戻るだけ。そこで張り詰めていたものが緩んだのか、青年はその場にうずくまり大きなため息をもらしていた。
簡単な人探し。そう考えて向かった先での度重なる危険の数々。上手く立ち回ったつもりだったのだが、結果としてエミリアと受けた初めてに任務は失敗に終わってしまった。
反省するべき点は数え切れない。だが今は、全員が無事だっただけマシだと結論付け、青年は一人帰路についた。