PSPo2 Extra Cannaeus   作:駄蛇

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確固たる決意を示す

 謎の集団によるカーシュ族襲撃事件から数時間後、自室にて休息を取っていたクラムは無機質な通知音によって目を覚ました。

 倦怠感の残る身体を無理やり動かして確認してみれば、内容はクラウチからの招集命令だ。

 あれからまだ1日も経っていないのに戻ってきているのはワレリーの追跡を諦めたのか、すでにすべて終えたからなのだろうが、メールの文面からでは読み取れない。

 ……ただ冷静に思い返してみると、クラウチはワレリーの所在をリアルタイムで把握していた節があった。借金取りの任務など職権乱用かと思われたが、もしかすると彼なりに安全を確保したエミリア用の実地研修だったのかもしれない。

 ともあれ昨日の失態に加えて寝起きなのもあり気乗りはしないが、仮にも上司からのメールを無視するわけにもいかず渋々指定された場所へと向かう。

 その途中に通りかかった商業区画では、巨大ディスプレイで流れるニュースにて先のカーシュ族の一件が大きく取り上げられていた。

 モトゥブでの大火災という内容だけでも重大だが、その場所が文化保護地区であり焼かれたのがカーシュ族の村だったことがさらに大きな波紋を呼んだらしい。

 報道陣のマイクやカメラに囲まれフラッシュに包まれているのはかつてのクラムの指導教官。現ガーディアンズ総裁となった彼女は同盟軍の総司令官と並び立ち、首謀者の捜索に尽力することを記者会見で宣言していた。

 彼女の心労を心のうちでねぎいながらも、それはそれとしてニュースにつられて集まった人混みの中でずっといられるほどクラムはこういう環境に耐性があるわけではない。足早にこの場を抜けようと歩き始めた直後、人だかりの中に見知った黒いフォルムが目に入った。

「バスク?」

「文化保護地区を燃やすなど、なんと愚かな……っ!」

 彼もニュースを見ている1人のようだが、こめかみを押さえながら大きなため息をついていてこちらに気づいていない様子。

 ……一瞬声をかけるかどうか悩んだが、その判断をする前に遅れて彼がこちらの存在に気づいたようだ。

「ああ、お前か。

 ……失礼、見苦しいところを見せてしまったな。それほどまでにあのニュースが衝撃的でな」

「いや気にしてはないけど。知り合いがカーシュ族にいたの?」

「そういうわけではない。単にその文化に興味があって、機会があれば訪れてみたいと前々から思っていただけだ」

 カーシュ族は現代の文明から離れた原始的な生活をしている部族だ。【ミラージュブラスト】は彼らの文化の代名詞とも言えるが、使えるのはヒューマンとニューマンのみ。

 キャストである彼が訪れてタメになるようなことがあるのかと疑問に思っていると、視線からそれを察したのだろうバスクは自身の発言に補足してくれる。

「カーシュ族の文化からは種族の垣根に関係なく学ぶことが多いぞ。

 原始的な生活の中で身につけたフォトンの扱い方や、自然との接し方など、俺たちの発想できないことをやってのける。

 ……だというのに、その礎となる彼らの村を焼き払うなど……愚の骨頂! 文化保護地区を何だと思っている!」

「とりあえず落ち着いて。みんな驚いてこっち見ちゃってるよ」

 どうやらこの黒い男性キャストは多様な文化を尊重し、見聞を広げることが趣味であるらしい。そんな彼が今回の事件を目の当たりにすればここまで激怒するのもなんとなく頷ける。

「……そういえば、カーシュ族の少年を保護したという話も聞いたな。あれはお前たちが?」

「あ、うん。依頼の最中に侵入者と間違われて無力化せざるを得なかったから、成り行きでね」

 心なしか、彼のツリ目に発光する目がさらに鋭くなったような気がし、クラムは本能的に一歩下がりながら質問に答える。

 だがそんな青年の抵抗虚しく肩をがっしりと掴まれるとそれ以上身動きを取ることができなくなってしまった。

「その少年が目を覚ましたら、是非俺に取り次いでくれ、頼む!」

「わ、わかった。わかったから! その時はまた連絡するから! じゃあ俺、人待たせてるからまた今度!」

 ただでさえバスクの挙動で周囲から注目され始めているところにクラムの珍しい容姿も合わさり、ニュースを見ていた通行人のほとんどがこちらを見ていた。

 気休めでも慌ててフードを深く被り、どうにかバスクをなだめたクラムは逃げるように商業区画の人混みを抜けていく。

 思わぬトラブルに巻き込まれながらもたどり着いた場所はリトルウィングの事務所近くで営業してあるとあるカフェだ。

 事前にエミリアから聞いた情報によると、立地関係も相まってリトルウィング社員が店名指定なしで『カフェ』と呼ぶとほぼ100%ここなのだそうだ。

「──よう、来たか。先に一杯始めさせてもらってるぜ」

 ……逆に言えばそれだけ利用率が高ければ他の社員とかち合うことも多いだろうに、ここへ呼び出した張本人のテーブルにはそこそこ度数の高い酒が入った小瓶が置かれていた。もちろんまだリトルウィングは営業時間のはずだ。

「その神経の図太さはある意味尊敬できるよ」

「んだよ、一仕事終えてきたんだからいいだろこれぐらい」

 一応時間帯によってアルコールの提供に制限はあるのだが、現在は夜間営業の時間帯のためそのあたりは問題ないらしい。

「エミリアの容態は?」

「さっき事務所で目を覚ましたってチェルシーから通信があったぜ。今頃自分の部屋に戻って引きこもってんだろ。

 怪我だって大したことねぇのに、その程度で気絶しちまうとかいちいち大袈裟なんだよ」

 わざとらしくため息をつきながら悪態をつく態度に思うところがあるが、酔っ払い状態のこの男に何を言ってもまともに取り合ってはくれないだろう。

 喉元まで上がってきていた言葉を飲み込み、クラウチと向かい合うようにクラムは席についた。

「あ、そういやおめぇ、何かやっかいなものを引き取ってきやがったな? 今回は特別に許すが、本来は上司である俺の許可とるのが常識だからな」

「どの口が……っと、あー、うん、気をつけるよ」

 一度は飲み込んだが二度目は少し無理があった。とはいえ幸いにも相手は酔っ払い。慌てて誤魔化すとクラウチも気づいていない様子で小瓶に入った酒をグラスに注ぐことなく呷っていた。

「でだ、ワレリーのほうは俺がとっ捕まえて、取り立てついでいろいろ話を聞いてみた。

 めんどくせぇから、結論だけ話すぜ」

 そう言いながら小瓶の残りを一息に呷る。小さく息を吐きながら小瓶を置いたクラウチは眉をひそめて釈然としていない様子であり、取り立てが成功した男がする表情とはとても思えなかった。

「ワレリーは、クロウドッグ地方に行ったという記憶がないみたいだ。

 だが、気がついた時にはカーシュ族の村にいて、周りがぼうぼうと燃えさかっていた、だとよ。

 ……ヤツとは長い付き合いだ。嘘は、ついてねえ」

 自分で言いながらも腑に落ちないのだろう。先んじてクラムが尋ねそうな内容について釘を差してきた。

「記憶がなくなる前、黒い服の男に会ったとか言ってた?」

「そのあたりは特に聞いてねえな。

 まあ、俺としては貸してたもんも回収できたし、それ以上特に言うことはねえよ」

 相変わらずのものぐさ加減だが、当事者でもないのにこの件に首を突っ込むのはたしかにやぶ蛇だ。

 何かしらの陰謀が見え隠れするがそれに時間を割いていられるほどこの会社に人員の余裕はない。

 カーシュ族襲撃事件としてガーディアンズや同盟軍も動き出したのだから、すぐに何かしらの進展があるのは間違いないだろう。

 少なくとも、一民間企業として警戒はしてもわざわざ敵の懐へと踏み込むのは危険すぎる案件だった。

 話は以上だと言うように席を立ち上がり、懐から取り出した端末を操作するとクラムの端末に通知が入る。見れば、クラウチからのメセタの入金が完了した旨が記されていた。

「足手まといをかかえてた割にはなかなかの仕事っぷりだと思うぜ。これは俺からのささやかなボーナスだ」

「いやこれここの飲食代だよね?」

「そうとも言うな。

 けどお前さん起きてからまだ何も食ってねえだろ? 軽食代ぐらいは余分に色つけてっから会計ついでに好きなもんでも食ってけ。 

 そんじゃ、これからも頑張ってくれよ」

 千鳥足で店を後にするクラウチを後目に、念のため送金された金額と伝票の差額を確認しておく。クラウチの言った通り軽食代として十分な額が余分で入金されており、不足分をクラムが払うという展開は杞憂だったようだ。

 とはいえ寝起きであまり食欲がわかない今は何も注文する気が起きず、クラウチの飲んだ酒代だけを払ってそそくさとカフェを後にする。

「さて、と。ひとまずはエミリアの様子を……」

「あ、いたいた」

 店を出て真っ先に思いついたのはエミリアの見舞い。ただ行動に移る前にその見舞い相手が小走りで寄ってくるのが見えた。

「エミリア。よかった、元気そうだね」

「うん、まあね。それよりおっさんに呼ばれたって聞いたけど……もしかして、怒られた?」

 こちらを見つけたときはぱっと顔を輝かせていたのもつかの間、いざこうして対面すると少女は肩をすくめて恐る恐るといった様子で尋ねてくる。

 『クラムがクラウチに呼ばれた』とだけ聞けばそう考えるのも当然か。僅かに肩が上下しているのは、わざわざここまで走って確認しに来てくれたのだろう。

 そんなパートナーを安心させるため、微笑みながら首を横に振って彼女の予想を否定する。

「無事取り立てできたっていう簡単な情報共有に呼ばれただけだよ」

「あ、そう? そうなんだ。ああ、よかったぁ」

「あとその報告ついでに食事代ももらったんだ。エミリアも目が覚めたばかりなら、そこのカフェで何か食べていく?」

「そうしたいのは山々なんだけど……

 ちょっと2人だけで話したいから、先にあんたの部屋に行ってもいい?」

「……わかった」

 それから重い足取りで進むエミリアの後をついていき、クラムの自室まで歩くこと数分。

 先ほど以上に思い悩んだ様子の少女はその間一度も口を開くことはなく、2人きりとなった空間にたどり着いたことでようやく呼吸を思い出したように深呼吸を何度か繰り返していた。

「話したいことってのは、さ。あの、カーシュ族の村で起きた事なんだけど……

 あたしたち、あの黒服のヤツと戦った……んだよね?」

「それで間違いないよ」

 薄々そうではないかと思ってはいたが、やはりあの時エミリアの身体が本人の意思に関係なく動いたことに気づいていたらしい。

 ここで変に誤魔化したところで余計にややこしくなるだけだと判断し、少女の質問に対して青年は素直に首を縦に振る。

「だよねぇ……あの身体が勝手に動いた感じ、夢じゃないんだよね。

 実際に黒服のヤツはいてカーシュ族襲撃事件もあったんだし……」

『そうです、夢ではありません』

「うぇっ!? だ、誰?」

 2人だけしかいない空間を選んで移動したというのに、第三者の声が突然響いたことでエミリアは身構えてしまう。

 慌てて周囲を見渡してみてもその声の主は見つからず少女はさらに混乱。助けを求めるようにクラムの方へ視線を向けていると、ちょうどその間に割って入る用に半透明な女性が姿を表した。

『ようやく、私の存在に気づいてくれたのですね、エミリア』

「ちょっ……何、誰あんた!?

 い、今あたしの中から出てきた……!?」

『私はミカ。あなたの中に存在する旧文明の民……』

 突然の光景に口を開けて唖然とするエミリアの姿は、つい数日前に同様の体験をしたクラムと重なるものがあった。

 唯一違うのは、こうしてミカが姿を表しても宿主のエミリアの意識が残っているという点か。

 あとはミカに説明を任せてしばらく待機……かと思ったがエミリアの表情が強張り始め、なにやら様子がおかしい。

「な、何っ? 頭の中に何か、流れ込んでくる……っ!?」

 頭を抱えてうろたえ始める少女。彼女の対しミカが何かをしたのは間違いないだろう。

 言葉は発しないがそのオッドアイを半透明な女性へと向けて説明を求めると、彼女は肩をすくめて視線をそらせてしまった。

『……記憶の共有です。

 私の事は、改めて説明するよりもこうして伝えたほうが早いと思うので』

 たしかに先日クラムに行った説明と同じものをもう一度するよりは効率的に相手に伝えることが出来るが、問答無用に伝えられるには旧文明人の計画は情報量が多すぎる。

 それを咀嚼する暇もなく一気に流し込まれるのだ。懸念していた通り少女は頭を抱えたままひどく動揺しており、今しがた流し込まれた情報が真実とは信じられない様子だった。

 ……それに、共有する記憶の中にはレリクスでの出来事も含まれているはずだ。

 仮にその部分だけを省いたとしても『なぜクラムがミカを認識できるのか?』という謎が不自然に残ってしまう。そうなれば分析力のある彼女のことだ、他の記憶から補完して推測するぐらいは可能だろう。

 それは自己防衛本能により閉ざされていた惨状を容赦なく突きつけることにほかならない。いずれは必要になるとはいえ、まだ情報の整理が付いていないエミリアへ追い打ちをかけるような行為にクラムは抵抗があった。

 しばらくしてすべての記憶を共有し終えると、恐る恐るといった様子で少女の瞳がこちらへと向けられる。

「この前、あたしが旧文明関係の場所に行ったことあるかって聞いたの、こういうことだったんだね……」

 その瞳から感じるのは、身に余る脅威の存在を知ったことによる恐怖。そしてレリクスでの真実を知ったことによる後悔と絶望だった。

『……強引な伝達方法ですみません。

 心の整理がつくまで、私は姿を消します。落ち着いたら、呼んでください』

 今までの日常を揺るがすほどの非日常を突きつけられた今、小さく震えている少女の中では様々な感情がうずまいて混乱していることだろう。

 存在そのものが非日常であるミカはその姿を見せているだけでエミリアの精神的な負担になっていると判断したらしく、まるで空気に溶けるかのようにその姿を消してしまった。

 ……ただ、ここから彼女をどうフォローすればいいのかクラムにも検討がつかなかった。

 ミカの姿がエミリアの精神的な負担になるのであれば、今のクラムだって同じこと。気休めの言葉でどうにかなることは決してなく、彼も彼で慎重にならざるを得ないのだから。

「今までのこと、全部夢じゃなかった……

 でも、レリクスのことが夢じゃないなら……あんたはあたしの代わりに……あたしの、せいで……っ!!」

「っ、エミリア!」

 しばらく無言の時間が続き、その重苦しい空気に耐えられなかったエミリアは飛び出すようにクラムの部屋から走り去ってしまった。

 間の悪いことにクラムも投げかける言葉を考えることに意識がいき過ぎていたせいで、逃げ出した少女への対応が遅れてしまう。

「ああもう、手荒な真似するならもう少しフォローが欲しかったかな!」

 彼女なりに気を使って姿を消したであろうミカへ思わず悪態をつきながらも後を追いかけるが、その背中を捉えるより先に転移装置の扉を閉められてしまった。今回ばかりは転送装置が近くにある立地条件を恨むしかない。

 扉を閉められてしまっては外から干渉することは不可能。さらに間の悪いことに、転移先の方でも操作が待機状態だったらしい。エミリアの転移直後は向こう側の操作が優先されてしまい、クラムが転移した時には彼女の姿はどこにもなく完全に見失ってしまった。

 自分の部屋に戻っていないのだけは確かだが、そうすると候補はこの広大なリゾートコロニーすべてということになる。さすがにそれを一人で探すのは不可能に近い。

 ならばとクラムは端末を操作して助っ人を頼ることにする。

『ハーイ、こちら民間軍事会社リトル・ウィング窓口のチェルシー。

 お名前とご用件をドウゾー』

 本人直通の連絡先を知らないため若干の賭けだったが、リトルウィング事務所へ連絡して彼女が出てくれたのは運が良かった。

「ごめんチェルシー、クラムだけど!」

『アラー、どうかしたノ?』

「エミリアが自室以外でよく逃げ込んでる場所とかってあるかな!?」

 以前エミリアはクラムの部屋を『手頃な避難場所』と表現していた。自室以外をそう表現するということは、彼がここに来る前から『手軽ではない避難場所』がどこかにあった可能性が高い。

 そこまで考えが至ったのはよかったのだが、彼の質問は言葉足らずでなんとも要領を得ていなかった。それに気づかないほど彼も焦っているということなのだが……

『ン~、シャッチョサンと喧嘩した時はウチの事務所の隅でよく隠れてたこともあるワヨ。それ以外の場所ならココネ』

 端末が何かを受信し、開いてみればそれはクラッド6内にあるとある空間だった。

 どうやらさっきの言葉足らずな質問からチェルシーは彼の意図を正確に推測して考えてくれたらしい。

「ありがとうチェルシー。もし事務所に逃げ込んできたら連絡お願い!」

『了解ネ』

 通話を終え、目的地までの道のりを確認した白銀のビーストはヒト混みを縫うように抜けて商業区画を駆け抜けていく。

 そうしてたどり着いた場所は、大小様々なアトラクションが設置されたレジャー施設のある区画だった。

 家族連れが多く見受けられ商業区画と同じぐらい活気に溢れているこの場所にエミリアが逃げ込んできたのか疑わしかったが、チェルシーから送られてきた場所へ移動するに従って次第に人の気配が少なくなっていく。

「天体観測室……?」

 通路の隅に隠れるように備え付けられた螺旋階段を上がり、その先にあったのは厳重な扉に閉ざされた場所。

 名前から察するに天然のプラネタリウムとして設けられた空間のようだ。大都市の高層ビルに設置された展望台のようなものだろうか?

 扉を開けてみると、どうやらここはクラッド6の周囲を回転しているコロニーの一番外側……コロニー1つを巨大な建物とするならば屋上に位置する場所に作られているらしい。

 天体観測を目的としていただけあって天井や壁がすべてガラス張りなうえ照明も一切ないため、まるで宇宙空間に飛び出したかのような錯覚に陥る空間だった。

 だがここは良くも悪くも年中無休で何かしらの店が営業している巨大なリゾートコロニー。照明がないこの空間でさえ明るく照らすほどの光量がコロニー全体から発せられている影響で、一等星だけならともかく幻想的な星空を観測することは難しい状況だった。

 ここまで大掛かりな設計にも関わらず、他のコロニーから放たれている光がこの空間を明るすぎるほど照らし、さらには幻想的な星空まで隠してしまうとあっては設計ミスも甚だしいだろう。

 実際、ソファが置かれていて休憩所としても使えるにも関わらず人の気配は全くと行っていいほどない。

 レジャー区画の奥まった場所にあるという位置関係も相まってある意味穴場なスポットではあるが、これを生かした何かが無いのであればそれも宝の持ち腐れだろう。

 とはいえそのおかげで、探していた少女もすぐに発見することが出来た。

 膝を抱え、小柄な身体をさらに小さくし、さらに外部との関わりを断つようにヘッドホンをしてる彼女はこちらの存在には気づいていない様子。

 下手に刺激しないように横からゆっくりと近づき、微かに震えているその肩にそっと触れる。

「っ、クラム!?」

「あはは、そこまで怯えられるのは予想外だったかな」

 ここに来るとは思わなかったらしく、エミリアは驚きを通り越して怯えた様子で首をすくめてしまった。

 そんな状態の少女をこれ以上精神的に追い込まないようにしゃがんで視線を合わせると、彼女も恐る恐るだがヘッドホンを外してこちらとの意思疎通を図ろうとしてくれる。

「どうしてここが……」

「頑張って探して……といきたかったけど、チェルシーに聞いたんだ。エミリアならよくここに逃げ込んでるだろうって」

「そう、なんだ……

 ごめん、飛び出したりして」

「いきなり人類滅亡の危機だって言われたらそうなっても仕方ないよ。俺も最初聞いたときは混乱してたし」

 ……彼女の対応からしてクラムの存在そのものを怯えている様子ではないらしい。それを確認しながらクラムもエミリアを刺激しないようにゆっくりと隣に座り、少しずつ彼女との距離感を図っていく。

「でもいい場所だね、静かだし。落ち着いて1人で考え事ができそうだ」

「あたしのはそんなのじゃないよ。ただ現実逃避してるだけ。あれもこれも、都合が悪いものは全部夢だって……」

「…………」

「でも、夢なんかじゃなかった。あんたは、あたしのせいで一度、死んだんだ」

「……エミリア」

「あたしがもうちょっと頑張ったり気をつけたりしてれば、そんなことはなかったのに……

 なのに戦いたくないとか、面倒なのは嫌とか……あたし、ほんとわがままなだけの最低なやつじゃん……」

「エミリアっ!」

 自罰的に自身の肩を握りしめて己を責める少女を止めるため、クラムは彼女の肩を揺らしながら声を張り上げる。

 涙をにじませつつあった少女は突然の大声に息を呑み、一時的にだが彼の思惑通り彼女の自罰的な思考は鈍った。

 そして再び彼女が自暴自棄になる隙を与えないように言葉を投げかけていく。

「あれは俺の不注意が招いた結果だ。エミリアがそこまで思い詰める必要はない」

「そんなわけないじゃない! だって、あたしを庇わなければあんたが死ぬことなんてなかったじゃん!」

「もしあそこでエミリアを見捨ててたら、俺はきっと一生後悔してたと思うよ。今のエミリアがそうなってるみたいにね」

「じゃあ、そもそもあたしが一緒に奥に行こうとしたことが間違い──」

「それも違う。俺1人じゃ無傷でスヴァルティアを倒すなんて無理だった。結果だけ見れば2体目に対処が遅れたけど、1人だったら1体目すら倒せたか怪しいよ」

「それだってあたしが逃げるのに足手まといだから仕方なくじゃん! あんただけなら逃げれてたはず……いやそうに決まってる!

 今回のカーシュ族の時だってそう。ずっとフォローしてもらってばっかりで何もできなかった。最後にあの黒服から守ったのもミカのおかげ。あたしはずっとお荷物だったんだ……っ!!」

「それは絶対にない」

 投げかけられる言葉のすべてに首を横に振ってそれを否定し続ける少女だが、対する青年は嫌な顔ひとつせず、むしろそんな感情を抱くわけがないと言わんばかりに優しく諭すように言葉を投げかけ続けている。

 その押し問答に今のところ終わりは見えていないが、少なくともエミリアがクラムの言葉に耳を貸している限り彼の言葉が止むことはないだろう。

 なぜなら彼は知っているからだ。目の前にいる少女の強さを。その心がそう簡単に折れるものではないことを。

「確かに反省点はあるけどそれは俺も同じだ。そしてその逆で、エミリアのお陰で助かった部分だってある。

 トニオたちと分かれてからカーシュ族の村に辿り着いたのは? エミリアが文字をすぐに解読してくれたからだ。

 バグ・デッガを難なく撃退できたのは? エミリアが協力してくれたからだ」

()()()()()()()()()()()()()!」

「……微々たるものだとしてもこれは間違いなくエミリアの成果だよ」

 その証拠に、否定し続けているエミリアだがその受け止め方に僅かな変化が現れていた。それを感じ取った青年は相手の思考を遮るようなものではなく語りかけるように語気を弱めていく。

「エミリアが今こうして自分を責めてるのは自分のミスを受け入れている証拠。だったら自分の成果もちゃんと受け入れて、良いも悪いも全部ひっくるめた自分と向き合わないと、ね?」

「……良いところっていっても悪いところだらけじゃん、あたし」

「それだけ伸び代があるってことだよ」

 もとより、クラムには相手の思考を誘導するなどという器用な真似はできない。できることはただサポートするだけ。時間がかかっても自力で前を向くことができる彼女の思考を後押しし、少しだけそれを早めさせるだけだ。

 だからこそ語りかけ続けた。慰めるためではなく鼓舞するために。彼女なら絶対に大丈夫という確信があるからこそ諦めずに。

 そして、2人の間に流れる長い沈黙。

 それは少女が心を閉ざしてしまったからではない。それをわかっているから、青年は彼女が再び口を開くまで急かすことなく待ち続ける。

「…………ねえ」

「ん?」

「あたしとパートナーになったのは、あの時おっさんに押し付けられたからだと思うけど……

 あたしと一緒にいること、後悔してる……?」

「心配しなくても、エミリアが不安に思ってるようなことは一度も感じたことないよ」

 彼女がその質問をすることにどれほどの勇気が必要だったか、震える身体からでもある程度察することはできる。故に嘘偽りなく、優しい口調で返答する。

 結果として聞く側としては嘘くさい答えだったかもしれないが、実際にそう思っているのだから素直に答える他ない。そして幸いにも少女には彼の誠実さが伝わったらしい。

「……あのさ……あたし……この仕事は向いてないと思うし、戦うのも好きじゃない……

 けど……向いてなくても、耐えるから。こんなあたしでも成長できるなら……戦い方とか、そういうの教えてよ。

 たぶん、まだいろいろと迷惑かけちゃうけど……」

 たっぷりと時間を掛け、言葉を選びながら少女が口にしたのは前へと向く決意の証。それに対して余計な言葉を挟まずただ静かに相槌を打つだけに努め、少女が内に秘めた想いをすべて吐き出すのを待つ。

「その心構えができてるなら十分。迷惑なんて気にしなくて大丈夫。俺たちはパートナー、だからね」

「……うん」

 覚悟が決まったからと言って何かが飛躍的に向上するなどという都合のいいものはない。

 見るヒトによっては何でもない一歩かもしれないし、おそらくこれから何度も挫けることがあるだろう。

 だが、その一歩を自分の意志で踏み出せた少女であれば……前を向くと決めた少女であればその歩みは着実に進んでいくはずだ。

「……ふー。それじゃあ何しよっか? 依頼でもトレーニングでもなんでもいいよ!

 ミカのこととかも、身体動かしてればだんだん整理つくと思うし」

 覚悟が決まったおかげか先ほどまでの態度が嘘のように少女は意欲的になる。

 迫りくる脅威の規模が大きすぎて現実逃避を起こしているとも受け取れるが、まず自分にできることから手を出そうという心構えになっているのはいい傾向だ。

「そうだね。じゃあ戦闘の基礎から勉強していこうか──」

 

 場所は変わってリゾートコロニー内にあるフィットネスジム。ただし今いるのは訓練場ではなく、時間制限はあるがだれでも利用できるフィットネススタジオの方だ。

 時間帯によりインストラクターがヨガ等のレッスンも行っているここは、フォーム確認のために巨大な鏡が壁に備え付けられている。一から戦闘技術を学ぶエミリアにぴったりの空間といえよう。

 そして今回のエミリアには動きやすいようにTシャツ、ショートパンツ、スポーツスパッツという組み合わせのトレーニングウェアに着替えてもらっている。

 エミリアいわく、ジムで貸出されているものから受付に勧められるまま選んだようだが、さきほどから落ち着かない様子で忙しなく着心地を確かめていた。

「サイズ合ってない?」

「いやピッタリなんだけど、ピッタリすぎて逆に違和感というか……」

「最初はそんなもんだよ。でも窮屈ならすぐに言ってね」

「ん、わかった……」

 と言いつつもエミリアは眉をひそめたままだ。結局、違和感のある着心地に慣れるまで入念に準備運動をしてから【クラーリタ・ヴィサス】を取り出した。

 先日は本当に握るのも初めてという様子だったが、今はロッドを持つ手から必要以上の力みがなくなって様になっている。紛いなりにも実践を挟んだおかげだろうか。

「ところで、あたしってまずどのレベルを目指せばいいの? 今は素人に毛が生えたぐらいだと思うんだけど」

「まずは1人でも危険地帯から安全圏へ撤退できるレベルだね」

「撤退? 任務完了じゃなくて?」

「誰かの命がかかってる、みたいなよほど緊急性のある任務でもない限り撤退さえできればチャンスは作れるからね。

 それに撤退も方向性は違うけど任務完了と同じかそれ以上に難しいことだよ。例えばこの前のレリクスに閉じ込められた時、自分で道を探して脱出経路を探るのがどれだけ難易度高いかエミリアも身をもって知ってるよね?」

「う……それはもう嫌というほど……」

「ペアで動くからその辺りも基本的に俺が判断するけど、何かしらのトラブルで孤立する場面にいつかは出くわすと思う。

 そういった時にエミリアが1人でも大丈夫ってわかっていれば俺も安心して迂回路が探せる。パニックにさえなってなければ通信越しにいろいろ指示も出せるしね」

「なるほど……」

 怪我の功名というべきか、レリクスでのトラブルがいい経験になったらしい。任務において優先するべきことをエミリアもすんなり理解してくれたおかげで指導への切り替えもスムーズに行うことが出来る。

 まずは基本となる武器の振り方のレクチャーから。

 最初はクラムの動きを真似るようにしてエミリアにも実際に動いてもらい、その後壁に備え付けられた鏡なども利用して適宜細かい修正を行っていく。

 実践でロッドを振るった経験と彼女の素質もあって吸収も早く、1時間も経たない内に基本となるおおよその動きはエミリアも身体が覚えてきたようだった。ただ……

「1、2……1、2……ってあれ、次右手と左手どっちが上だっけ?」

「右手が上だね。……けどその足運びになるなら左手が上でもいいか……?」

 逆に実践を挟んだことですでに癖づいてしまった手の動きが邪魔してしまっている部分も見受けられた。

 今のところは気にするほどではない誤差の範囲だが、1つを許容するとどうしてもなし崩しに全体の動きを変えていく必要が出てくる。それゆえにどの範囲までを矯正するべきか悩ましいところだった。

「精が出ているな」

「あ、バスク……」

「……そう警戒するな。さっきは熱くなりすぎてしまってすまないと思ってる」

 そこへ、さきほど分かれたばかりのキャストが再び彼の前に現れた。

 分かれ方が分かれ方だったせいで思わず身構えていると、向こうも反省しているようでその黒いボディでわざとらしく肩を落としていた。

「ごめんって。バスクも今から訓練?」

「いや、ただコロニー内の設備を見て回っていただけだ。そしたら偶然お前達を見かけてな。

 少し前から見ていたが、ずいぶんと熱心に指導してるじゃないか」

「エミリアがやる気出してるからね。クラウチに頼まれてるっていうのも一応あるけど」

「……えっと、クラムの知り合い?」

 突然の来訪者と会話を始めたことで蚊帳の外になったエミリアはキョトンとした表情で2人の様子を伺っていた。

 そのまましばらく待っていたようだが、なかなか会話が終わらないことに痺れを切らしたらしい。タイミングを見計らって至極真っ当な疑問を投げかけてくる。

「そういえばこうして話をするのは初めてだな。俺はバスク。

 つい先日クラムと同じようにリトルウィング所属になった傭兵だ。今後とも、よろしく頼む」

「あ、エミリア・パーシバルです。はじめまして」

「少し前から見させてもらっていたが、飲み込みがはやいな。運動は得意なのか?」

「そんなに得意じゃないけど……」

「なるほど、ならクラムの教え方が上手いのかもしれないな」

「あ、それはあると思う。動きの注意点とか細かく教えてくれるからわかりやすいし」

「その教わり方が君には合っているということだろう。指導方法はヒトによりけりだが、その指導が合う合わないもまたしかりだ。君たちは良いパートナーになりそうだ」

 差し出された手に応じて握手を交わして簡単な自己紹介を終えると、2人はそのまま雑談に花を咲かせていた。

 クラムの会話ベタのせいで話が続かないことが多いが、エミリアのコミュニケーション能力も低いわけではない。ただこうして第三者の立場から見ていると、初対面相手でも適切な距離感を探りつつ会話を続けられるバスクの手腕に改めて驚かされる。

「たまーに無茶要求されるけどね」

「待って、それ初耳なんだけど」

「勝手に中級者向けでトレーニング選んだのとか、バグ・デッガの時とか、忘れたとは言わせないからね?」

「…………」

 ジトーッ、と見られながら例を挙げられるとクラムに反論の余地など無い。自然な動きでゆっくりと視線をそらしそれ以上の追撃が来ないようにしていると、そんなやりとりを傍から見ていたバスクが口元を押さえていた。おそらく笑うのをこらえているのだろう。

「まあ、クラムなりに難易度を見極めてくれてるってのはわかってきたけどね。

 それで次は何をすればいい?」

「やる気になってるところ悪いけど一旦休憩だね」

「え、もう? まだあたし動けるよ?」

「体力づくりならそれもありだけど、今はフォームを覚えてる最中だからね。動きを頭の中で整理する時間も必要だよ。

 10分ぐらい休んだらまた再開しよう」

「そういうことなら、わかった」

 若干納得のいっていないという様子だったが、一応クラムの指示を素直に聞いてくれている。完全に周りが見えていないわけではなさそうだ。

 そんなやり取りを一歩下がった場所から見ていたバスクは腕組をしながら小さく笑っていた。

「あの子、ずいぶんとお前になついたようだな」

「だと良いんだけどね。さっきみたいによく呆れられてるし」

「あの程度ならコミュニケーションの範疇だろう。失望までされてないから気にする必要はない。それにお前の知り合いというだけで俺への警戒もかなり解けていたからな。それだけお前が信頼されている証拠だ」

「…………」

「それに、何か大きな目標が持てたのだろう。瞳にレリクスの時にはなかった輝きがある。

 どういう手を使ったかは知らないが、いい傾向じゃないか」

「そう、だね。意図せず荒療治になっちゃったけど、エミリアが芯の強い子でよかったよ」

 事情を知らないバスクからすれば、仕事をしたくないと駄々をこねていた態度から一変して積極的に訓練をこなす姿を見ればそのような感想を抱くのも当然かもしれない。

 だが今のエミリアには焦りが見え隠れしておりどこか浮足立っている。根を詰めすぎないよう、今はクラムのほうが気を配る必要があるだろう。

「……ちなみにバスクってロッド使ったことある?」

「いやテクニックは基本使わないな。よくて自己修復用にウォンドやマドゥーグで【レスタ】を使う程度だ。

 指導方針の相談か?」

「うん、そう。今の時点でエミリアの動きが基本動作と違う部分があってね。

 小さい誤差なんだけど、ここを許容したらとっさの回避で左右には動けても前後には動けないんだ」

 手際よくナノトランサーから訓練用のロッドを取り出しながらエミリアの動きを再現し、その動きによるデメリットをバスクに説明する。

 対するバスクも白銀のビーストが基本動作と問題の動きを交互に行う様子をジッと観察しながら唸っていた。ロッドは使わないと言ったばかりなのに、彼なりにクラムの相談に応えようとしてくれているらしい。

「ふむ……たしかに動きが制限されるな。後方支援の立ち回りなら俺はそれでも問題ないと思うのだが、回避方向が制限されるのはやはり危険なのか?」

「それ含めてわかってなくてね。俺は近接武器しか使わないから後方での立ち回りは経験不足だし、基本動作も数日前に確認しただけだから」

「……待て、数日前だと? それまでロッドを使ったことはないのか?」

「あ、うん。一応今までに出会ったヒトのロッドの扱い方を思い出しながら、それを参考に基本動作を抽出しただけ」

 何かマズかったか、と不安そうに肩をすくめる青年をよそに、バスクは顎に手をおいたまま視線を横に外して動かなくなった。

 先ほどと似たような体勢のためこれが彼の熟考する際に適した姿勢なのだろうが、今目の前の黒い男性キャストが何を考えているのか見当もつかない。

 クラムがそのオッドアイを動かして壁に備えられた電光時計を確認するとそろそろ休憩を終えて訓練を再開する頃合いだ。

 やる気に満ち溢れている少女はすでにクラムの後ろで待機しておりいつでも大丈夫といった様子。

 考え込んでいる相手に悪いが一言断りを入れようとしたところ、丁度バスクの考えもまとまったらしく、微動だにしなかった姿勢をゆっくりと崩していた。

「これは俺からの提案なんだが、このままその子のやりやすい動きをベースに教えた方がいいんじゃないか?」

「……基本すっとばして大丈夫?」

「確かに基本を重んじるのはいいことだ。

 だが今彼女に必要なのは基本に忠実な動きよりも実践で活かせる動きだろう?

 彼女の場合はすでに独自の土台が形成されつつある。それを癖と捉えるべきか、彼女の強みと捉えるべきか……実際のところそこからは指導者の腕次第でどうとでもなる」

「それに自信がないから迷ってるんだけど……」

「……教える立場であるのなら、お前もお前で自分を卑下する癖は気をつけておいたほうが良いぞ?

 まあそれは置いておいて、お前の基本動作に対する理解力は大したものだ。基本動作から外れた場合にどんなデメリットが有るのかの把握もできている。

 お前なら基礎と応用を混ぜ込んで彼女に最もあった動きに導くこともできるんじゃないか?」

 バスクから提案された指導方法の難易度はかなり高い。ましてや一度も実践で使ったこともない武器の指導であり、その精度が現場での彼女の生存率に直結するとなればクラムが尻込みするのも当然の反応だろう。

 ただ十分な研修期間も与えられていないエミリアが今後も任務をこなしていくなら、その手法のほうが良いというのも納得がいく。

 考えがまとまらず助けを求めるように目の前の黒いキャストを見るが何も答えてくれず、顎を使って青年の背後にいる少女の方を指すのみ。

 後はお前が決めろ、ということなのだろう。

 改めて少女の方へ向き直ると、彼女は話の途中から合流したために状況がわかっていない様子。それでも自分のことを相談しているということは察したらしい。

 自身の態度に問題があったとでも勘違いしたのか、次第に表情を曇らせた少女は不安そうにこちらを覗き込んでくる。

「────」

 そのぎこちなさに、不意にかつてのパートナーの姿が重なった。

 タイプは真逆に違いないが、どちらも指標となる身近な存在が『クラム・アーセナル』というパートナーである点では共通だった。

 ──この子がどうなるか、アンタが半分その責任を背負ってるみたいなもんだから。

 

 脳裏をよぎったのはパートナーと同行するにあたってクラムの教官だった女性から受けた忠告。

 甘やかせば相手の成長を止めてしまう可能性もある。サポートするのと庇うのは別であると当時はずいぶん怒られたものだ。

 ……どうやら、3年もの間1人で傭兵業をしていたことで誰かを導くということの大変さを忘れていたらしい。

 一度大きく深呼吸をして考えを整える。

 教える立場としてクラムはエミリアのことを注意深く観察しているが、それは逆もしかり。であれば、彼もパートナーに恥じない行いをしなければならない。

「……エミリア、すこしハードになるけど、実践形式で動きを覚えていく方針に変えてもいいかな?」

「あたしは大丈夫だよ。時間はかかっちゃうかもだけど、ちゃんとものにしてみせるからさ!」

「……わかった、じゃあ続きは訓練場の方でやろう。ここの片付けは俺がしておくから、先に行って場所確保しておいて」

「りょーかい!」

 クラムの不安など杞憂と言わんばかりに即答で頷いてみせた少女は意気揚々とスタジオを去っていく。

 心が耐えきれず蓋をしていたものを無理やり開かれ、個人の力でどうにかできる規模を超えた脅威を知らされ、今の彼女の頭の中はぐちゃぐちゃに違いない。

 今のモチベーションがそんな身に余る驚異に焦る気持ちからくるものだとしても、一歩を踏み出しあぐねていたクラムにとっては心強いことこの上なかった。

 そうして意気揚々とスタジオから出ていく小さな背中を眺めるバスクはどこか満足そうに頷いている。

「やはり、あのぐらいの年の子供は陰鬱と部屋にこもっているのではなくああして生き生きとしてこそ、だな。

 ……言っておくが、他意はないぞ。子供には元気な姿が一番と一般論を言っているだけだ。わかったな?」

「え、あ、うん……?」

 別にバスクの言葉から何かを邪推したわけもなくただその言葉に無言で頷いていただけなのだが、この黒いキャストは慌てた様子で弁明を図っていた。結局のところ、その理由がわからないクラムには頷くことしか出来ないわけだが。

 何はともあれ、ぼんやりとしていたエミリアの指導方針は少しづつながら輪郭が形作られてきた。

 引きこもってった自分の殻から飛び出し、リトルウィングの一社員としての一歩を踏み出したエミリアと同様に、クラムも『エミリアのパートナー』としての一歩を改めて踏み出したということだろう。

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