PSPo2 Extra Cannaeus   作:駄蛇

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言葉のチョイスや「この情報はこのタイミングで明らかにしておいていいか」なんて微調整をしていたら早2年……
今後とものんびりと更新していきます


意図せず衝突は生まれ

「っ、ん~、今日も疲れた……」

 伸びをしつつベッドへ仰向けに倒れ込んだエミリア。ただしその場所は本来彼女のものではなく、仕事仲間(パートナー)かつ異性であるクラムのもの。

 それを気にする様子もなくくつろぐ少女に対して青年はただ笑うのみ。とはいえこれもいつものこと、と言っても差し支えないかもしれない。

1()()()()に比べればだいぶ動きも様になってきたね」

「そりゃこんだけの期間ずっと基礎訓練続けてればね……」

 エミリアが旧文明人の計画を知ってから、つまりは積極的に訓練を受けることを決意してからはや1週間。彼女はトレーニングルームにて戦闘の基礎をみっちりと叩き込まれていた。

 最初こそ十分経たずに休憩を挟まなければまともに動けなかった少女も、今では数十分動き続けても余力が残せる程度になっている。この短期間でそこまでスタミナがついたというよりは、武器を振るう際の無駄が減ってその分スタミナが温存できるようになったのだろう。

 戦闘技術に関しても、あとは実践で経験を積んでいく段階にまで来ていた。

 また、訓練の後にシャワーなどを済ませてからクラムの部屋でくつろぐのも、いつの間にか習慣化していた。こうしてエミリアがクラムのベッドを我が物顔で占領しているのももはや日常の一部なのだ。

 なお、最低限の家具しか揃えていない殺風景な部屋ではくつろげる場所は少なく、本来の家主が部屋に備え付けの簡素な椅子に座っているのもお約束だ。

「それにしてもあれから1週間かー……

 あのとき一緒に連れて帰ってきたカーシュ族の子ってまだ眠ったままなの?」

「一応目を覚ましたってチェルシーが言ってたよ。けど、環境が急に変わりすぎて精神的に不安定らしい。

 だから、しばらくはチェルシーが面倒見てくれてるって」

 襲撃者(と思っているクラムたち)に負け、目を覚ませば見知らぬ場所。その状態で見るものすべてが見慣れないものだとしたら、防衛本能で警戒心が強まるのも仕方がない。

「連れて来ちゃったのはあたしたちだし、様子を見に行った方がいいかな?」

「いや、むしろ俺たちと会うのが一番面倒なことになるかな」

「……あー、そういえばあたしたちのことを敵って勘違いしたままだっけ。

 じゃあ、チェルシーに任せるしかな……い゛っ!?」

 仰向けに寝転んだまま腕を組み何度か頷いていたかと思えば、最後に腕を伸ばそうとしたところで少女は顔をしかめた。

「どこか痛めた?」

「ううん、ただの筋肉痛。ようやく初日の痛みが引いてきたところなんだよね。

 まさかストレッチサボるだけでこんな地獄を見るとは……

 しかも筋肉痛に【レスタ】は、あんまり効かないみたいだし……」

「【レスタ】を日常的に使ってると自然治癒の力が弱まるから、普段は使わないようにって言ったはずだよ?」

「ゔ……、だって痛いものは痛いし……」

 イタズラがバレた子供のように肩をすくめてそっぽを向いてしまうエミリア。

 ただこれに関しては【レスタ】を使う上で耳にタコができるほど聞かされる基本事項なのだ。さすがのクラムも軽く流すことはできない。

「それにどうせ効かなかったし」

「肉体の損傷とは別の理由なのかもね。

 筋肉痛に【レスタ】使ったヒトは俺も初めて見たから俺もよくはわからないけど」

「うー、他人事だと思って」

 なお、これはエミリアのレスタが未熟だからかといえば、そうとは言い切れないのが現状だった。もちろんレスタで促進される治癒力が『肉体損傷の修復』に重きを置いているものだ。そして、筋肉痛の主な原因は筋繊維の損傷が原因だろう。

 しかしそれだけではなく、脱水等の理由で一部の筋肉の動きが阻害され、連鎖的に身体全体の動きが鈍るせいで痛むと()()()()()()。 なおここで断言できないのは、未だに人類は己の肉体の構造をすべて把握できているわけではないからだ。

 なぜ筋肉痛が【レスタ】に効果がなかった理由は、今後の科学の発展で明らかになるのを期待するしかないだろう。

 まあ、筋肉痛に悩まされている当の本人にとっては早急な解明を望まれていることだろうが……

 ちなみに2人はそこまでの考えには至らなかったが、状態異常を治癒する【リジェネ】でもこの筋肉痛は治せない。

 これは『状態異常』=『シールドラインの異常』であり、【リジェネ】はシールドラインの機能を正常に戻すためのテクニックであるからだ。シールドラインそのものに最低限の生命維持装置が備わっているため、【リジェネ】で身体的異常が治るという認識も間違っているわけではないが……

 そうして一旦話題が途切れると、少女は小さく唸りながら天井を眺め始めた。時折目を閉じ物思いにふけているかと思えば、彼女の口から大きなため息が漏れた。

「訓練だけでこれだもんなぁ……我ながら自分の未熟さに泣けて来るよ」

「逆に言えば伸びしろがあるってことだよ」

「そうは言っても、動きも満足いくものじゃないし、テクニックの命中率もまだ高くないし、やらないといけないことだらけじゃん」

「そこまで分析できてるなら十分だよ。やらないといけないことがわかってるってことはどうやったら伸びるのかわかってる証拠だからね」

「……なにをやっても長続きしないダメダメなダメ人間なのに?」

「自分に合う合わないとすぐに判断できる力があるってことだし、それをダメだと思って真摯に受け止める度量がある。仮に失敗らしい失敗をしてないのに『自分をダメ人間』だと思ってるなら現状に満足しない向上心があるってことだね」

「はいはい、もう降参しまーす」

 どんな言葉で卑下しようとそのことごとくを肯定的に返されてしまい、ついに言葉が見つからなくなった少女はベッドで横たわったままで両手を軽く挙げた。

 その姿にクスクスと笑っていると、彼女は論破されたことが不服だったのだろう。わかりやすく口をとがらせてクラムの方を睨んでいた。

「よくそんなにぽんぽん言葉が出てくるよね」

「昔、こういう言葉の言い換えを発見して目を輝かせてた子がいたんだ。

 それからしばらくは俺の漏らしたマイナスな言葉をことごとく言い換えられちゃって。あのときの俺も今のエミリアみたいな状態だったよ」

「それがうつっちゃったってこと?」

「……そうかもね。おかげでネガティブな性格も多少はマシになったかな。

 結局は言葉遊びだから、本当にヘコんでる時とかは思いつかないんだけどね」

「ネガティブって、クラムが?」

 昔を懐かしむように笑いながら語っていると、彼の予想していなかった箇所でエミリアは驚いた様子で聞き返してきた。

「昔は無口だったっていうのもそれが原因だしね。

 それにわりと見せてる気はしたんだけど……もし気づいてないならいい感じに誤魔化せてるってことかな」

 実際のところ、彼のネガティブさは言葉に出ることは少なく、自分の中で何度も反芻し、咀嚼し、そして結論が出るまでの思考の中で現れるものだ。

 結論が出てしまえば彼の行動に迷いはないため、言動だけを見ているとネガティブという雰囲気はないかもしれない。

 ただし結論を出すまでに多少のタイムラグがあるため、彼を昔から知る者であれば相変わらずという評価をするのだろうが。

 パートナーの思わぬ一面を知り、興味深そうに頷いていた少女。それからしばらく無言で天井を眺めた後、意を決したように勢いよくベッドから飛び起きた。

「ミカ、出てきてくれる?」

 その声に反応し彼女の身体から金色の粒子が溢れ出ると、間も無くしてそれは天女の如き女性の姿を形作る。

 エミリアとクラムにしか見えない半透明な女性は、以前の強引な行いを未だに悔いているのか暗い表情のままだ。その様子からして、あの日から今日までエミリアから呼ばれることはなかったのだろう。

『整理は、つきましたか?』

「……正直、混乱中。

 だけど、あれがホントだったらずっと迷ってもいられないじゃん」

『それでは……!』

「あたしは、信じる……

 ていうか、あたしの中にミカがいるのはホントのことなんだし、もう信じるしかないでしょ」

 宿主との対面を果たしてからずっと曇っていたミカの表情がぱあっと明るくなる。

 首を縦に振っただけでそこまで喜ばれたことがむず痒く感じたのか、エミリアの方は少し視線を泳がせながら頬をかいて次の言葉を探している様子。

「でさ、とりあえず協力はするけどさ……

 あんまりハードなのはムリかもよ。伸びしろがあるって言われても現状力不足なのは変わりないし。ていうか、何すればいいの?」

『それは……これから探っていかなくてはならないのです』

「……要するに、何も決まってないってことだよね」

 覚悟を決めたとしても相手は旧文明を築き上げてきた人類たち、ひいては『三惑星共同開発』となっているグラールの希望ともいえる技術。当然ながらクラムたちだけでは身に余る。

「ひとまずは情報収集かな。旧文明人って話題は避けるとして、亜空間開発に何かしらのデメリットが見つかればガーディアンズに相談とかもできるから」

「ガーディアンズに? 無駄だよ、究極の無駄。あいつらがまともな対応するワケない。

 それよりおっさんに話した方がマシ。あれも全然頼りないけど……それでも、一応上司だし」

「…………」

 たしかにガーディアンズはSEED事変の際にその信用が文字通り地に落ちたことがあった。

 だがそのSEEDの封印に尽力したのは同盟軍及びガーディアンズであり、信用はほとんど回復したといってもいいはず。

 それにエミリアの拒絶具合はそんな世論とは関係なくガーディアンズに何か個人的な恨みがあるようにも感じた。

 ……クラムも以前はそのガーディアンズに所属していた身だ。個人的な理由ながらその過去を話さないようにしている今はまるで周囲に隠していると言っても言い訳できない状況。

 もし最悪のタイミングでエミリアにバレればここまでの信頼関係にも支障が出るかもしれない。そうなる前に理由を探ってみるべきかと思案しているところへ端末が甲高い通知音を響かせた。

「通信……ラミュロスから?」

『お久しぶりです、クラム君。ちょっとお時間よろしいですかぁ?』

 珍しい相手からの通信に首を傾げながらも応答すると、相手の女性は特徴的な間延びした声で定型文的なクッション言葉で尋ねてきた。

「大丈夫だよ。どうかした?」

『ちょっとした依頼の相談でしてぇ。緊急で発生したものなので動けるのであればすぐに来てほしいのですが、都合はどうでしょう?』

「それは……ちょっと内容によるかな。ものによっては準備に時間がかかるかもしれないし」

『ですよねぇ。まあ聞くだけ聞いてくださればと思います』

 会話が始まるとエミリアは静かにその場で佇んでいたのだが、他人の会話を盗み聞きしているような状況に居心地が悪くなってきたらしい。先に行ってる、というジェスチャーをして1人部屋を出ていってしまった。

『……誰かそこにいるんですかぁ?』

「ついさっきまでエミリアがね」

『エミリアちゃん? またどこかの仕事先で再会した、ってわけではなさそうですねぇ?』

「レリクスの一件でリトルウィングに一時的に回収されたんだけど、そのまま成り行きで業務契約したんだ」

『それはまあ……君とはなんとも奇妙な巡り合せになりますねぇ』

「……というと?」

 てっきりクラムがリトルウィングと契約するまでの経緯に対して感想を言ってるのかと思ったが、それでは言葉のチョイスが妙に合わなかった。

『実は今から説明しようとしていた依頼、私が現在長期契約している企業からリトルウィングへ手配されているものでしてぇ。

 依頼主様が言うには十分に実力のある会社だと評価していたのですが、なまじエミリアちゃんの様子を見ただけに少し心配になりましたからぁ。

 念のため見知った実力者に個人的な依頼をしようかと君に連絡したわけなんですよぉ』

「実力者って評価してくれるのは嬉しいけど、俺たちお互いの実力を確認してないよね?」

『エミリアちゃんのような戦闘初心者を連れたままレリクスの奥まで進めてる時点で十分な判断材料は揃っていますからぁ』

「……なるほどね」

 クラムとてスタルティアの残骸などから彼女の実力を測ったのだ。彼女も適当に言っているわけではないのだろう。

『依頼料は最悪ポケットマネーで支払おうと思っていたのですが、君がリトルウィング所属として来てくれるのならその心配はなさそうですねぇ』

「まだ行くとは決まってないんだけど。まあでも、こっちでも依頼の確認はしてみる。

 誰が行くか決まったらまた連絡するよ」

『では参考までにざっくりとした概要だけメールで送っておきますねぇ。良い返事を期待してますよぉ』

 通話を終え、間髪入れずに彼女からのメールを受信。内容は管理していた新種の原生生物が逃げ出したため駆除するというもの。

 捕獲しなおすのではなく駆除ということはよっぽどの緊急性なのか、それ以上に優先するべきものがあるのだろう。なぜなら依頼元は……

「インヘルト社、ね。タイミングが良いのか悪いのか」

 まさか件の亜空間開発の総本山からお呼びがかかるとは、ラミュロスの言葉を借りる訳ではないがなんとも奇妙な巡り合せだ。

 しかし今はまだ対抗策が何もない状況。目の前に餌をチラつかされているのに手が届かないもどかしさを味合うだけになりそうだった。

「あれ、そういえばエミリアどこに向かったんだろ?」

 ラミュロスの通信が入る直前まではクラウチに旧文明人の計画を相談するかどうかという会話をしていたが、当然ながら今の状況でクラウチに相談したところで絵空事と突っぱねられるのが関の山だろう。

 エミリアもそれは重々承知の上だとは思うが、先ほどのトレーニングの時もそうだったが今の彼女は何もできない現状に焦っている状態だ。まさかと思うことを実行に移してもおかしくはない。

「変なことにならないといいけど……」

 ざわざわと胸騒ぎがするのはレリクスの時と同じく不吉なことが起きる前兆だ。今回ばかりはそれが杞憂であってほしいと思いながらも白銀の獣人は足早に自室を後にする。

 

「──チェルシー、エミリアってこっち来たかな?」

「アラ、また隠れんぼ?」

「というより俺を待たずに先に行っちゃった感じだね。って、どうしてトニオたちが?」

 エミリアを探してリトルウィングの事務所に訪れると、思わぬ2人組と鉢合わせすることになった。

「どうしたもこうしたも……」

 子供と見間違うほど小柄ながらどちらもクラムより年上なビーストたちはお互いに顔を見合わせ自身の端末……の画面に表示されているパートナーカードを見せてきた。

 最初はその意図が掴めずに戸惑ったものの、本来無所属ならば白紙の背景に見覚えのあるマークが記されており、すぐに2人が言わんとしていることを察することができた。

リトルウィング(ここ)所属になったんだ?」

「そういうこった。

 カーシュ族の集落を襲った奴らを捕まえるため、あちこち動き回ってる時にクラウチと出会ってな。

 ガーディアンズ辞めて以降フリーだったが、このまんまじゃ自由に調査できないこともけっこうあったからな。ちょうどいいってことで、そのスカウトを受けることにしたわけだ」

 色々と注目されがちなガーディアンズはまだしも、彼らほどの実力があってもどこの所属にもなれなかったのはそれだけリィナの『元宇宙海賊』という略歴は忌避されるものなのだろう。

 かくいうクラムも正式ではないにしろ一時的にリィナと同じ海賊グループに属していた期間が存在する。

 似たような境遇を持っていてそれが原因で契約を解消される傭兵というも何人か見てきたのを考えれば、この会社の『略歴を問わない』というものは結構ありがたいものなのだと再認識した。

「ああガーディアンズといえば、エミリアってガーディアンズと何かあったのか?」

「……というと?」

「いや、俺たちがフリーだった理由を説明したときに俺やクラムが元ガーディアンズなのを話したんだが、なんかちょっと様子が変だったからよ」

「なるほどね……」

 ……これは、少しまずい流れになったかもしれない。だがその対策を考える前に無視できない怒声が事務所の奥の方から轟いた。

「──そうじゃねえよこのバカ!」

 声がクラウチのものであり、会話相手はおそらくエミリアだろう。

 組み合わせ的にいつもの口喧嘩のようにも思えたが、妙にピリついた空気には他の従業員も違和感を感じたようで皆手を止めて様子をうかがっているようだった。

 トニオたちとの会話もそこそこにクラムも駆けつけると、普段は適当にあしらうだけだったクラウチが牙を向いてエミリアと向かい合っている。もうそれだけで異常なのは察しがついた。

「大事な上客の前で粗相とかしてみやがれ!

 グラールが滅ぶより前に俺がお前を滅ぼしてやるからな!」

「なんで! どうして信じてくれないの!」

「ピーチクパーチク叫ぶだけのテメェを信じるやつがいると思ってんのか!

 いい加減、そのおめでたい考え方を直しやがれってんだ!」

 話の流れ的にミカから聞いたことをクラウチに相談したのだろう。そして間が悪くクラウチの虎の尾を踏んでしまったといったところか。

 ここに来た初日のように激しい口論を繰り広げている2人だが、以前と違ってこの雰囲気は大変よろしくない。

 下手をすると今後の関係にも致命的な亀裂を生みかねない状況。こういった仲介が不慣れであることを自覚しているクラムだが今はそうも言っていられなかった。

「上客ってインヘルト社?」

「ああん? ……ああそうだ、今じゃ知らないヤツがいねーレベルの知名度がある、あのインヘルト社だ」

 クラウチの手元にある資料などから話の流れを汲み取り、やや強引ながら冷静な第三者を装って2人の間へ割って入た。

 緊張で自分が何を言ってるかわからなくなるし鼓動も速くなっているが、それを悟られないよう努めてポーカーフェイスを貫きつつ会話を絶やさないように神経を張り巡らせる。

「亜空間開発を主導してる企業だもんね。そんなすごいところからも依頼が来てるんだ?」

「まあ親会社のスカイクラッド社が亜空間開発に結構出資してるからな。他の民間軍事会社と比べれば贔屓してくれてんだよ」

「そうなんだ。それだけここは信用されてるってことなんだね」

「仮にも武装した余所者が立ち入り禁止になるような場所にも入り込むんだ。簡単な雑用ならまだしも警備の依頼は信用なくして成り立たねえよ。

 そのあたりはフリーで活動してたお前さんならよくわかってるだろ?」

「たしかに、一度信用を失ったら回復するのは絶望的だからね」

「そういうこった」

 最初こそ割って入ってきた青年を煩わしそうに睨んでいたが今はその眼光も弱まり、前のめりだった体勢もいつの間にか椅子にもたれかかった気だるげな態度に戻っていた。

 かなり肝を冷やすことになったが、どうやらクラムの目論見は成功したらしい。

 あとはエミリアを一旦ここから遠ざけて落ち着かせ、クラウチにどう信用してもらうか作戦会議をすればいい。そう思っていたのだが、今回に限ってエミリアは引き下がる様子がなかった。

 それどころか割って入ってきた青年に向けた視線からにじみ出ているのは、明らかな拒絶だった……

「……そうだな、エミリア。信用させたいなら、証拠を見せろ。

 その、旧文明人や亜空間のことの、な。そうすりゃ、信じてやってもいい」

「……証拠があれば、信じてくれるのね?」

 クラウチ自身言い過ぎた自覚があったからこそのフォローなのだろうが、今のタイミングでそれはキラーパスでしかない。そうとも知らずに暴走するエミリアはクラムの制止を振り切って自滅の道をひた走る。

「なら、見せてあげる! その証拠を! 出てきて……ミカ!」

 少し遅れて現れた半透明な女性の姿はバツが悪そうに肩をすくめ、視線をそらしている。

 それに気づかないほど周囲が見えていない少女は相手を言い負かしてやったと言わんばかりに胸を張っていた。

『……あの』

「どうだ、おっさん!

 あたしに宿る旧文明の人、ミカ! これが絶対的な証拠ってやつよ!」

『……いえ、すみません。それなんですが……』

「ほら、ミカからも説明してやって! この融通のきかない頑固オヤジに!」

『……私の姿は、普通の人には見えないのです』

「……え?」

 時間が止まったかと思うほどの静寂。そして先ほど以上にピリついた空気がこの空間を支配する。

 その空気を作り出しているのは、当然ながらクラムたちの目の前で腕を組んだ獣人が原因だ。

「……三文芝居は終わりか?」

「いや、あのね……ここに……ほら、あたしの横に……」

「終わりか、って聞いてんだよ!」

「う……うぅ……」

 両手を握りしめ肩を震わせている少女を強引に自分の後ろへと移動させ、彼女に突き刺さる鋭い眼光の盾となるべくクラムは前に出る。

 それに従ってクラウチの視線もエミリアからクラムへと移るが、その眼光が弱まる様子はない。どうやら今回の彼女の暴走具合は目に余るようで、そのパートナーに対しても監督不足として敵認定が下ったらしい。

「ったく、エミリアにお前をつけたのは失敗だったか?

 よりひどくなってるぞ。どういうことだ、ああ?」

 どうにか鎮めたクラウチの怒りは再び燃え上がり、近くにいる事務員たちが席を離れてしまうほどの殺気がその白い獣人へと向けられる。

 彼もそれなりに場数を踏んでいるためそれに怯むようなことはないが、それは敵対者として対峙した場合の話。身内から向けられる敵意にどう対処するべきかは彼もまだまだ経験不足だった。

 さきほどはエミリアのいつもの態度が災いし機嫌を損ねただけにすきず、普段よりきつく注意されていただけで見た目ほど怒ってはいなかった。 だからこそ無知な第三者を装った三文芝居でも場を鎮めることに成功したのだ。

 今の本気で怒った状態で、さらにクラムさえも敵と認識するその眼光の前では小手先の話術で誤魔化すことはできないだろう。

 どれだけ考えを巡らせても、エミリアの味方でありつつクラウチのご機嫌も取るのに適した都合のいい言葉は導き出せそうになかった。

「……………………」

 時間にして数秒足らずの沈黙が流れる。

 ここでクラウチと敵対するのは得策ではない。一度クラウチをなだめるのに専念し、あとで改めてエミリアを慰める。

 この場を丸く納めるのならそれがいい。だが……

「……エミリアは嘘なんて言ってないよ」

 仮にそうだとしても、一時的だとしても、己の背中の影で悔しそうに震える少女を突き放すような言葉を選ぶことをクラムにはできなかった。

「むしろお前が原因か? ったく、俺のヒトを見る目もずいぶんと衰えたもんだ……

 怒るを通り越して呆れたぜ。もういい、さっさと依頼を受けて来い。詳細はチェルシーに確認しろ。

 ……あー、あとお前らだけじゃすげぇ不安だから、今日入った新人の2人も連れて行っとけ」

「あ、あの……おっさん……」

「うるせえ、黙れ、去れ。

 くだらない事を言ってこれ以上俺をイライラさせんな」

 突き放すように言い放ち、椅子を回して2人に背を向けてしまうクラウチ。

 エミリアが声をかけようとするだけでこの対応では会話するのは不可能だ。

 この2人の親子げんかはいつものことであるはずなのに、今回はよほどショックだったのだろう。今までにないほど意気消沈したエミリアは歩くことすらままならず、クラムがその背中を押すことでどうにかチェルシーの元へと戻ってきた。

「今日は一段と雷が落ちてたネ」

「虫の居所が悪かったみたい。あ、依頼内容こっちで見させてもらっても良い?」

「ドウゾドウゾ~。ハイ、エミリアはこっちヨ」

 場所を譲りつつ、未だ落ち込んだままの少女を流れるような動きで引き寄せると、まるで赤子をあやすように彼女の頭を優しく撫で始めた。

 クラムにだけ見えるようにウィンクをしたのを察するに彼女の相手を引き受けてくれたのだろう。

 その行き届いた心遣いに感謝しつつ、手際よくキーボードをタイプしてモニターに依頼内容を表示させる。

 さっきは言葉を詰まらせないことに必死で気づかなかったが、クラウチから言い渡された依頼はラミュロスが言っていたものと同じだったらしい。

 内容は彼女が言っていた通り、インヘルト社内に脱走した【アスターク】と呼ばれる新種の原生生物を討伐するものだった。

「名前もそうだけど、見たこと無い骨格だ」

 高さだけで4メートルはある巨体と肥大化した両腕とその爪。振り回されるだけで十分脅威であるが、雷属性を操ることで対象を麻痺させることも可能らしい。

 添付されていた討伐対象の画像とその生態を確認してみるが、クラムが今までに会ったどの生物とも共通する部分がなかった。

「3年前の事件の頃SEEDの影響で生まれた新種らしいよ」

 横から画面を覗き込むように現れたリィナからそう補足される。

「SEEDの影響で?」

「最近グラール各地でそういう新種の原生生物がたくさん発見されてるみたい。

 それより、かなりエミリアがヘコんでるみたいだけど、いつもあんな感じなの?」

「……いや、さすがにあそこまでは初めてかな」

 視線だけを少女の方に向けてみるも、未だチェルシーの胸の中で慰めてもらってる最中だ。

 迷いながらも前を向こうとしていたその背中が寂しく感じるのは勘違いではないだろう。

「どちらにせよあれじゃ仕事にならねえし、なんとかしてやってくれよ。

 今回もモトゥブの時みたいに俺たち4人で動くとはいえ、あれじゃ危険だ」

「だよね。とりあえずやれることはやってみるよ──」

 

 とは言ってみたものの、目的地に到着するまでついに彼女の機嫌が戻ることはなかった。

 そこまでヘコんでいるというのもあるだろうが、それ以上に彼女がクラムの言葉に耳を傾けてくれなかったのが原因だ。

「ここがインヘルト社か。流石に最先端の技術を持ってるだけあって、ずいぶん豪奢な構えしてんな」

「ホントだね。さすがグラールの未来を背負ってるだけあるよ」

 なんとも重い空気が流れるが、リマ夫婦が絶えず会話を続けてくれたおかげでギリギリのラインを耐えつつ受付へと向かう。

 施設内では非常事態を表すようにアラームが絶えず鳴り響いており、受付がいるであろうカウンターも今は無人。その代わりに、その身の丈に合わない巨大なレーザーカノンを携えた女性キャストが出迎えてくれた。

「お待ちしておりましたぁ。リトルウィングの方々ですねぇ?

 わたくしはこちらで長期契約を結ばせてもらっている傭兵のラミュロスと申します。本日は皆様の受付役兼戦闘要員として参加しますのでよろしくお願いしますねぇ」

 特徴的な間延びした言葉で定型文を述べつつ、武器を収納して身軽になった彼女は上品にお辞儀する。

 以前レリクスで会ったときと衣装パーツがガラリと代わり、左肩のパーツが大きくなったアシンメトリーの衣装はニューデイズ様式を取り得たパトリエルCVシリーズだろか。ただし以前の衣装と同じく、胸元と腹部にあったはずの露出がなくなるように改造されていた。

 そして衣装を変えても付けているバイザーによって顔の殆どは見えずその表情を読み取ることは難しいが、なんとなくその視線は顔見知りであるクラムへと向けて微笑んでいるように思えた。

「知り合いか?」

「フリー時代に同じ依頼を受けたことがあってね」

「来る場合は連絡してくれると言ってくれていたんですがねぇ?」

「……ごめん、色々あって忘れてた」

「まあそれはなんとなくお察ししますよぉ」

 首を傾け、わざとらしい口調で訪問者の1人を責めるラミュロスだが、彼女も彼女で場の空気感というのは敏感に察知してくれるタイプであったらしい。

 異常事態があったことをすぐさま察知すると、それ以上クラムを責めることはなく受付としての業務対応に切り替えていた。

「では、緊急を要しますので依頼内容の確認だけをさせていただきますねぇ。

 今回の依頼は施設内に逃げ出した原生生物の駆除。特にアスタークは殲滅が必須となります。

 戦闘に伴う施設の損傷についてですが、今回は緊急事態ですので賠償請求などはありませんのでご安心をぉ。

 故意に何かを壊された場合はさすがに責任を問われる可能性もありますが……見たところそちらの御二人も手練のようですのでそのあたりはご理解頂いているかとぉ」

「そりゃどうも。で、そのアスタークって原生生物は何体逃げ出してんだ?」

「10体ですねぇ。鎮圧用のマシナリーも動いているのでそちらに駆除される可能性もありますが、10体駆除したのを確認するまでは油断なさらないようにお願いしますねぇ。

 他、道中にいる原生生物も可能な限り駆除していただけると追加報酬を支払うとのことです。

 なお、殲滅後に清掃専門の部隊が編成されますので死体は放置で構いませんのでぇ」

 駆除対象となる原生生物を手元の装置からホログラムで表示させつつ必要事項を簡潔に説明。アスタークと同等の巨体を持つ【ポラヴォーラ】が徘徊している点以外を除けば残りの原生生物の脅威度は低めと考えて良さそうだった。

「ああそうそう、みなさまにこちらを渡すのを忘れるところでしたぁ」

「……えっと、これは?」

 言いながら取り出したのはインヘルト社の社紋が掘られた小さなバッチのようなもの。シールドラインのように絶えず発光しているそれをクラムやトニオたちはすぐに装備したものの、エミリアはそれが何かわからず一人困惑している様子。

「簡単に言えば来客用の識別タグですねぇ。施設内のセキュリティをパスする権限の他に、ガードマシナリーの攻撃対象から皆様を除外する機能も内蔵されているので、必ず身につけておいてくださいねぇ」

 説明を受け、物珍しそうに観察しながらもエミリアもそれを襟元へ装着。全員のタグが問題なく動作していることを確認したラミュロスは満足そうに何度か頷いていた。

「ではよろしくお願いします。施設の地図は皆様の端末へ送っておりますので、道に迷わないようにしてくださいねぇ」

「なんだ、あんたは一緒じゃないのか?」

「シェルターに逃げ込んだ職員が襲われないように護衛する必要がありますのでぇ。

 ガードマシナリーは動いていますが念のため、先行して重要区画に向かわせてもらいます。順当に鎮圧を行えればわたくしがいる場所が終点となるかとぉ。

 もしよろしければそちらとの連絡役として1名こちらに同行していただけると助かりますがぁ……」

 誰でもいいという雰囲気で話しながらも、心なしか視線はクラムへと向けられている。話の流れから察するに、彼女の言う重要区画はこの施設でも奥の方にあるのだろう。そこへ最短で向かうのだから、道に迷うのは論外で、施設内を徘徊する原生生物に足止めされないように気をつけなればならない。

 建前は通信役と言っているが、それなりの実力が必要となる。彼女がポケットマネーを使ってでもクラムへ依頼しようとしていたのはこのためなのだろう。

「じゃ、じゃあ、あたしが!」

 その意図を組んでクラムが名乗り出ようとしたところ、それを遮るように金髪少女が前に出た。

 誰かが何かを言ったわけでは無いが、その場に流れる空気は少女の行為に異を唱えるものに等しい。それを少女自身わかっているからこそ慌てて弁明する。

「ほ、ほら。連絡役ぐらいなら迷惑かけないとおもうしさ。クラムはトニオたちと一緒にさっさと終わらせちゃってよ」

「いや、だからってなあ……」

 もっともらしい理由を述べる少女だが、その視線は泳いでいる。声も震えており、その場で思いついた言葉を紡いでいるのは間違いないだろう。

 当然の反応だが、トニオも困った様子で額に手を置いて視線を巡らせていた。リィナも同様だ。おそらく、どう引き留めようかと言葉を選んでいるのだろう。

 そんな彷徨い続ける3つの視線は、やがて答えを求めるようにある一点に……エミリアのパートナーである銀髪の獣人へと集まっていた。

「…………」

 立場的にも少女の処遇の決定権を持っているのは間違いなくクラムだ。許可か不許可か。どちらを選択するのか注目を向けられるなか、バイザーで視線を隠している女性キャストのみが何かを察したのか小さく息を吐いた。

「ではエミリアちゃん、お願いしますねぇ」

「えっ!? あ、うん。わかった」

 言った本人が一番驚いているのは、自分で言いながらもまさか許可してくれるとは思わなかったのだろう。

 端末を使って簡単な打ち合わせを始めたものの、少女は何度も横目で相棒の様子を見ていて心ここにあらずといった様子だった。

「それではエミリアちゃん、一応武器は取り出しておいた方がいいですが極力戦闘は避けてくださいねぇ」

「う、うん、わかった」

「……ラミュロス、エミリアをよろしくね」

「承知しましたぁ。では皆様また後で合流しましょう」

 最後にこちらへ小さく会釈をした2人は隔壁を開けると原生生物の徘徊する通路を先行していった。

 残された3人も渡された端末で施設内の地図を確認し、すべての区画を回れるように道順を決めていく。なおリマ夫婦とクラムでは身長差がありすぎるため、クラムが膝を付いて端末を持ち、それを左右から2人が覗き込んでいる状態だ。

 そういう位置関係のため、リィナにはちょうど良かったのだろう。頃合いを見て彼女は右肘でクラムの頭部を軽く小突いた。

 突然のことに驚いて顔を向けると、すべてをお見通しと言わんばかりに女性ビーストはため息をついている。

「ああいう時に何も言わずに察してもらおうとするのは悪い癖だよ」

「……ごめん」

 場の空気的にエミリアが分不相応な提案をして押し通した感じになってしまったが、クラムとしては彼女の能力的をそこまで問題視していなかった。

 無論アスタークやポラヴォーラを倒せと言われれば難しいであろうが、彼女たちの目標は殲滅ではなく目的地への移動なのだ。ラミュロスのサポート前提とはいえ、牽制しながら進むのであればエミリアでも十分にこなせる程度には彼女も成長しているのだから。

 なにより、もし本当に実力が足りていないのならクラムが無言で悩むわけがない。

 ではなぜそう言わなかったと言えば、クラムの性格と今の状況が悪い意味で噛み合ってしまったからだ。

「今のエミリアが俺達と連携を取るのはたぶん難しいと思う。

 けど、その原因が予想の域を出てないし、エミリアの提案に賛成しても場合によっては突き放すように受け取られるかもって思うとね……」

「だーもー、前から言ってるけど考えすぎなんだよお前は!」

 ルーキーのフォローはベテランの役目。そして2人から見ればクラムとてまだまだ新人なのだろう。だからこそトニオは慰めるようにやや乱暴に彼の頭を撫で、最後に背中を軽く叩いた。

「その判断は間違ってねえから心配すんな。1人の傭兵として尊重しつつ全員の安全を優先するってんなら、あれも正解の1つだ」

 それに対しされるがままだった青年はぎこちないながらも小さく笑う。

「トニオも言葉に詰まってたくせに?」

「お、この口か? 先輩の励ましの言葉にちゃちゃ入れるのはこの口か?」

「はいはい。2人ともバカやってないで、あたいたちも早く行くよ」

 なにはともあれ傭兵としての仕事にこれ以上私情を挟むわけにはいかない。

 数回深呼吸をして気持ちを切り替えたクラムは立ち上がり、トニオたちとともに原生生物を駆除するべく危険区画へと足を踏み入れた。

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