確認漏れがないように施設内をくまなく移動しつつ、遭遇する原生生物を掃討していくクラムたち。しかし未だに最優先討伐対象の【アスターク】とは一度も遭遇していなかった。
「ちょっと待った。なんか似たような通路が続くから今どこにいるのか全っ然わかんねー」
「一応入り口からここまでフロアの確認漏れはないと思うけど」
「はぁ、ちょっと待ってな」
勘を頼る男2人のやり取りを見かねたリィナが気を利かせ、全員で見えるように地図の準備をしてくれる。
途中、鎮圧用マシナリーの巡回と鉢合わせしたためその進行を邪魔しないよう一旦壁際に避ける。……クラムはその体質故に識別タグがちゃんと機能しているのか内心ヒヤヒヤしつつ、改めて3人は地図を囲む。端末に表示されているのは施設内の簡易的な見取り図。しかし最初に確認したはずのそれには、いつの間にか不規則に歪んだ線が地図上に記されていた。
「なんだコレ、誰かの落書きか?」
「……もしかすると、俺たちの動きをマッピングしてくれてるのかも」
試しに地図を展開したまま数メートル前後に動いてみると、その動きに合わせて歪んだ線がリアルタイムに更新されている。どうやらクラムの予想で間違いないらしい。
「なるほどなぁ。さすがは最先端の技術を持ってるだけあって、便利な機能内蔵してんな」
「おかげでフロアの確認漏れがないか確認しやすいね。クラムの言う通り今のところは漏れなく来てるみたいだし、このまま進もう」
現在地も把握しフロア探索を再開したのもつかの間、進行方向で激しい銃撃音が鳴り響いた。
先程横切っていったマシナリーが向かった方角であるため、おそらくは逃げ出した原生生物を発見したのだろう。
識別タグのおかげで攻撃はされないとはいえ流れ弾が来る可能性は頭の片隅には残しつつフロアを覗くと、予想通り原生生物たちに向けてフォトン・エネルギーの弾丸を掃射している【GSM-05シーカー】及び【グラビットS7】が数機見受けられた。
「あー、けどダメだありゃ」
鎮圧活動中の2種類の機体は軍用のためそこそこの火力を有しているものの、このフロアで圧倒的な存在感を誇る大型原生生物のポラヴォーラが相手では分が悪かったらしい。
トニオが呟いた通り、シーカーのミサイルに怯みはするものの鎮圧には至らず、3人が割って入る前にフロア内のガードマシナリーはその巨体に押しつぶされスクラップと化していた。
大型マシナリーである【グリナ・ビート】でもいれば状況は変わっていただろうが、この付近で巡回している様子はない。
「つまり、俺たちの仕事ってわけだね」
「だな。そんじゃ、いっちょやりますか!」
大きな声でメンバーの士気を高めながらまずトニオが飛び出し、彼が討ち漏らしたものを処理しながらクラムが追従。リィナは後方からツインハンドガンで他の原生生物を牽制する。
「っ、地響き来るよ」
「わかってらぁ!」
そのまま2人は最短距離でポラヴォーラに迫るが、その巨体がゆっくりと持ち上がったことで即座にその場から飛び退いた。
3メートルほどの高さから全体重を乗せて振り下ろされた前足によってフロアの床には亀裂が走り、その一撃がどれほどのものかを物語っている。当然ながら直撃すればひとたまりもないが、地震と錯覚するほどの衝撃はたとえ身構えていても足元をすくわれ無防備を晒すことになる。
それを知る熟練者2人は後退しつつ大きく飛ぶことでその衝撃を回避。両者とも着地と同時にその手に握る得物を目標へと叩きつけた。
ガードマシナリーの攻撃にも耐えうる甲殻といえども、より鋭く研ぎ澄まされた一撃はその防御を貫きポラヴォーラに苦悶の雄叫びをあげさせる。
「…………」
「…………」
しかし、こちらが一方的にダメージを与えているにも関わらず前衛2人の表情は険しく、暴れ回る四足獣から一度距離をとってから顔を見合わせていた。
「トニオも同じってことは、
「ああ、どうもすでに
【デバンド】はシールドラインの強固さを一時的に増幅させるテクニックのことだが、ポラヴォーラも自身の雷属性のフォトン・エネルギーによって同様の効果を付与する能力を有している。
おそらく3人がこのフロアに到着する前に付与済みだったのだろう。であればガードマシナリーの攻撃にほとんど怯まなかったのも頷ける。
「そうなると
現在クラムが両手に持っているのは先日使用した【ツインセイバー】ではなく、ついさっきトニオから譲ってもらったテノラ製ツインセイバー【アルセバ・バッタ】だ。
トニオ曰く彼らがフリー時代に引き受けた依頼の報酬品で、報酬のメセタが払えないほど貧しいため代わりになるものとして渡されたのだとか。
とはいえ使い慣れた武器がある彼らには必要なく、かといって入手の経緯から処分するのに抵抗があり、長らくナノトランサーの肥やしになっていたらしい。
フォトンを出力する柄こそ両者の形状は似ているが、出力される刃の形状はあちらが両刃のに対し、今使用しているものは片刃。……だからといってフォトンの刃はどの方向からも斬れるし、運用方法に大きな変化はない。
メーカーごとの癖はあるが、使用されているフォトンリアクターの質によって威力が向上するのはすべてに共通。
それでもクラムの体質が影響すると問題なく斬り伏せられるのは【コルドバ】ぐらいまで。【デバンド】で補強された【ポラヴォーラ】の甲殻には有効打を与えられていなかった。
こうなってしまえば必要なのは技術よりも火力だ。
そう結論を出した2人は即座に行動。周囲を牽制してくれているリィナの手が空くようにクラムがその役割を請け負い、ジェスチャーを送ることで作戦変更の旨を知らせる。
「くれぐれも無茶はしないようにね!」
「リィナたちもね」
即座に意図を組んだリィナとそんなやりとりをしつつ、彼の青系のオッドアイはすでに目の前の原生生物へと照準を定めており、まずは近くにいたコルドバに向けて一閃。その一振りで仕留めたのを確認した白い獣人はフロア中を駆け巡り、中央で戦うトニオたちに邪魔が入らないように他の原生生物を排除していく。
おおよそ目に見える範囲の原生生物の掃討を終え、残るは壁際で小さく縮こまり難を逃れようとする小型原生生物のみ。
逃げ場を失い怯えているようにも見えるそれを駆除することに抵抗がないかといえば嘘になる。それでも手を抜けば危険に晒されるのは自分であると理解している獣人はツインセイバーを構えることを躊躇わない。そんな中、彼の第六感が何かを察知した。
「クラムっ!!」
その声が誰のものか判断する暇もなく反射的に横に跳ぶと、先ほどまで彼がいた場所に鉄塊が降ってきた。パーツを撒き散らしながら数回バウンドし、壁際に逃げていた原生生物を巻き込んで動きを止めたのは大型軍用マシナリーの【グリナ・ビートS】。……その成れの果てだ。
見るも無惨なスクラップとなったそれは、最後の力を使って原生生物を排除しようとした、というわけではないはず。
であるならば、どこかから投げ込まれたと考えるのが妥当だろう。
では、だれが?
直後、別フロアから壁を乗り越えて何か巨大なものがクラムの背後へと落ちてきた。
「────っ」
足元を伝わる振動からかなりの重量、さらに背後から伝わる圧迫感からして自分よりも大きな生物であることに間違いない。それがどのような体勢なのかすら十分に把握できていないにも関わらず、白銀の獣人が反射的に背後へと振るったその太刀筋に迷いはなかった。
まるで背後が見えていたかのように狙いすまされた一撃は相手の関節部分へ的確に叩き込まれる。
「……ちっ」
背後から轟く甲高い悲鳴からしてクラムの一撃が相手効いたのは間違いない。しかしその手応えに青年は表情を歪ませ、すぐさま背後の敵から距離を取るように地面を転がる。
そうして体勢を立て直した後、ようやく未知の生物の正体が明らかとなった。
見上げるほどの巨体の全長は目測で4メートル以上。元となった生物は昆虫型なのか脚部より後部へ尻尾のように伸びた腹を持つが、二足歩行を行う姿は過去のどの生物とも異なる構造といえよう。さらに自身の胴より太く肥大化した両腕はただ振り回すだけで十分な驚異になりえる。
「……まず1体目」
【アスターク】。SEED事変による影響で生まれた新種の原生生物が3人の前へと姿を現した。
横目でトニオとリィナの様子を確認するも、未だポラヴォーラの鎮圧で手が離せない状況。先ほどより動きが鈍っており力尽きる寸前のはずだが、それでも数メートルの巨体が暴れている間は油断できるはずもない。
「悪いクラム、しばらく耐えられるか!?」
「了解、ゆっくりでいいよ」
背中越しに言葉をかわし終える間、目の前にいる巨大な原生生物は襲ってくる様子はない。
両腕を地面に突き立て咆哮するその姿は威嚇なのか、はたまた腕を傷付けられたことによる怒りからくるものなのか。
どちらにせよ明確な隙を見せる相手に対して青年は一度大きく深呼吸を行い、両手のツインセイバーの握り心地を再確認。すでにチョーカーの機能は切っているが、確かめるようにもう一度触れてみる。ここまでがクラムのルーティン。
任務中は常に一定の緊張感を持っているが、それをさらに張り詰め極限まで集中力を高めるために必要な動作。
それを終えた獣人はゆっくりと腰を落とし、それまでの緩やかな動作の反動と言わんばかりに一息で相手との距離を詰めていく。
当然ながら相対するアスタークも追撃のためにその拳を振るうが、直線的なその動きは見切るのもたやすく、避ける際に両手の武器で複数回切り刻む余裕すらあった。
ただし流石は昆虫型というべきか、脆そうにみえる関節でも【アルセバ・バッタ】の刃はその甲殻に傷をつけるのが限界らしい。
「となるとこのまま持久戦かもしくは……」
青系のオッドアイが向ける先にあるのはアスタークの頭部……正確にはその裂けるように大きく開いた口だ。
やるべきことが決まれば即実行。あえて相手の懐に潜り込み可能な限り相手の胴体へ斬撃を叩き込んでいく。当然その攻撃で相手に傷を負わせることは難しいが、懐でちょこまかと動き回る羽虫に向ける感情はどんな動物でもほぼ共通。
先ほど以上に怒りをあらわにしてアスタークは一度大きく身体を仰け反らせ、耳をつんざくような咆哮をあげながら両腕を振り下ろした。
そしてこの状況こそクラムが望んだもの。振り下ろされる腕をかいくぐり、大きく開かれた口の中へと【アルセバ・バッタ】の刃を突き立て──
「っ!?」
異臭を感じた次の瞬間には身体が痺れて思うように動かなくなっていた。とっさにアスタークの身体を蹴ったことで離れることはできたが、凄まじい吐き気のせいで受け身を取れずに床を転がることになる。
「ゔ……っ、毒……」
嗚咽が止まらず身体に力が入らない症状からして毒ガスの類。ただしフォトン・エネルギーは感じられないため、フォトン由来の毒である【ダム・ディーガ】ではない。成分は不明だが、アスタークの体内で形成されたものなのだろう。
「情報には何も書いてなかったんだけどな……」
愚痴ってみるも相手は『新種の原生生物』だ。生態を把握しきれてなくても不思議ではなく、これは早とちりした自分の落ち度だ。
シールドラインをつけている人間なら数秒で回復するぐらい弱いものだが、体質のせいでシールドラインを装備していないクラムからすればこれでも十分に危険なもの。継続的に吸引さえしなければいつかは回復するはずだが……
「まあ、弱った獲物を放っておくわけないよね」
生物が毒を持つ理由は大きく分けて3つ。自衛のため、生活環境により自然と体内に蓄積されたため。そして最もメジャーな理由は、相手を弱らせ確実に仕留めるためだろう。
毒で動きが鈍ったとわかるやいなや、アスタークはその巨体を跳躍させて迫ってくる。
脚力のみでその巨体を跳ねさせられるだけで十分に驚きだが、空中で右腕を振りかぶった姿勢を取りつつ着地と同時にその剛腕が振り下ろされた。
隙も大きく距離の微調整も出来ないような大ぶりな攻撃だが、動きが鈍った相手にはそれでも十分な驚異だ。
辛うじて横に転がり直撃を避けられたクラムだが、依然として毒に蝕まれた身体では満足には動けない。
続いて振り下ろされた腕を回避する余裕はなく──
「させるかぁぁぁぁっ!!」
それに勝るとも劣らない剛腕がアスタークの頭部を打ち抜き、4メートルもの巨体を数メートル吹き飛ばした。
剛腕の正体は真紅のたてがみをなびかせる、身長が3メートル近い筋骨隆々の獣人。そしての荒々しい見た目の通り獣人の攻撃は緩まる様子がない。
相手に起き上がる隙を与えずその腹部に向けて高く挙げた足を振り下ろし、そのままマウントポジションを取って拳を数発叩き込む。その容赦ない追い打ちには流石の甲殻も耐えられなかったようで、アスタークはただの一回も反撃は叶わず一方的に葬られた。
動かなくなった討伐対象から離れ、こちらへ振り返った野獣にこちらを攻撃する意思は見受けられない。
それもそのはずで、彼はこの場に現れた新しい助っ人というわけではない。
「クラム、無事か!?」
「ありがとう、トニオ」
見慣れない姿から発せられる聞き慣れた声。目の前にいるのは先程までポラヴォーラの対処を担当していたトニオ・リマその人。
その証拠に、その姿が光に包まれると見る見るうちに身体が縮んでいき最終的にはいつもの小柄な獣人の姿がそこにはあった。
これこそビーストの切り札ともいえる【ナノブラスト】の能力であり、己の細胞を活性化させ潜在能力を開放して姿を変えることができる技。……というのが一般的な認識であるが、細かい原理としては周囲のフォトンを取り込み擬似的に細胞を形成することで肉体を大きく変化させているのだ。
つまりビーストはテクニックの技術はニューマンには劣るが決してフォトンの扱いが拙いわけではなく、他種族では真似できないフォトン利用方法を確立した種族なのだと言える。
「2人とも、とりあえずこのフロアの原生生物もあらかた片付いたよ。クラムは立てるかい?」
「ちょっと待ってくれれば……」
異臭を察知してから即座に離れたおかげで、吸い込んだ量はそこまで多くない。
戦闘中であれば数秒の隙が命取りだが、ベテラン2人が周囲を警戒してくれている今なら安心して息を整えることができる。
そうして数分かけて体調を整えた青年は、ゆっくりとした動きながら自力で立ち上がってみせた。
「待たせちゃってごめん」
「そりゃ今更だ。けど、次も今みたいに助けられるわけじゃねぇからな」
「うん、それはもう大丈夫──」
チョーカーのスイッチをオンにしてから武器を一度収納し、手ぶらになった両手でクラムは自身の両頬を叩く。
パァンッ、とまるで発砲音と聞き間違うほど大きく乾いた音がフロアを反響。当然それほどの力で叩けば彼の雪のように白い肌は見る側が痛々しく感じるほど赤く腫れていた。
しかし青年はそれを痛がる素振りはなく、今一度大きく息を吐いてからトニオたちの方へ向き直る。
「焦らず堅実にいくから」
「……あいよ、ならさっさと行くぞ」
何か言いたげな表情を浮かべるが、ここで青年の心境を指摘したところで何も変わらない。
それがわかっている小柄な夫婦はお互いに顔を見合わせた後小さくため息をこぼすだけにとどめ、施設の奥へと再び歩き始めた。
場所は代わり、クラムたちがいる場所よりもさらに奥に位置する施設内の一画。
エミリアとラミュロスの目の前にそびえ立つ重々しい扉にはグリナ・ビートが突進したかのような凹みが至る箇所に残っているものの、その扉が開かれた形跡はなかった。
「どうやら隔壁は無事なようですねぇ。避難シェルターに通じる通路はここしかありませんし、とりあえずは一安心でしょう」
わざとらしく胸を撫で下ろしたラミュロスは振り返り、ロッドを支えにしてどうにか立っている少女を覗き込むようにして笑いかける。
「お疲れ様です、エミリアちゃん。ひとまずシェルターは無事ですので、私たちはここで後発の皆さんを待ちましょう」
「う、うん……わかった……」
「ふふふ、周囲の警戒はしておきますので5分程度なら休憩しても大丈夫ですよぉ」
その場で崩れ落ちそうになるのをロッドで支えながら、少女は壁際まで歩いてから腰を下ろす。
自分自身が驚くほどその身体は疲労困憊だったらしく、気を緩めればそれだけで意識が飛びそうになるのをどうにか耐えている状況だ。
事前にラミュロスと打ち合わせを行い、ほとんどその後ろを追いかけていただけにも関わらずこの体たらく。彼女やクラムたちがどれほど高い水準で任務を行っているのかを実感するには十分すぎた。
ここに来る前のクラウチとのやりとりでひどく落ち込み、任務が始まるまでは八つ当たりとわかっていても自分の中に宿る旧文明人の女性に愚痴りたい気分だったが、いざ始まってみればその暇さえなかった。
「それにしてもレリクスで会った頃と比べて見違えていて驚きましたぁ。この短期間でよくここまで頑張りましたねぇ」
「そう、かな……? 追いかけるだけで精一杯だったんだけど」
「そこに関しては今後の頑張りが必要ですねぇ。でも私1人で進んだ場合の想定到着時間とほぼ誤差なし。つまり足を引っ張らずにここまで来れたのは確かですからねぇ。
少し前まで戦闘も初心者だったことを考慮すれば今回は50点といったところでしょう」
「うっ、そこはもう少し高くてもいいじゃん……」
「ふふ、今後の成長を期待して厳し目につけましたのでぇ」
レリクスで初めて会ったときこそその得体のしれなさから信頼できなかったが、面と向かって会話を交わしてみるとこの短時間で軽口を叩き合える程度に打ち解けていた。
このキャストは信用できるヒトである、と断言したクラムの言葉も今ならエミリアも理解できるはずだ。
その証拠に、道中明らかにラミュロス1人ならスルーできる状況でもエミリアが取り残されないように原生生物を牽制してくれ、事前に次の行動を指示してくれたことで対処が間に合った場面も多々あった。
彼女は現実主義者であり他人に忖度するようなタイプではないものの、決して非情なヒトではないのだ。
「ふう、もう大丈夫。あとは──」
「ところで、ここに来てからずっと心ここにあらずといった様子でしたが、何かありましたかぁ?」
言葉を遮られ、あまり触れてほしくないことをピンポイントで尋ねられたことで少女は言葉に詰まってしまった。
膝を曲げて視線を合わせつつ問いかける女性キャストの声色は非常に穏やかだ。バイザーで相手の表情が読み取れないが、だからといって圧迫感のようなものはない。
にも関わらず適当な嘘で誤魔化せるような隙はなく、まるでこちらの心が見透かされているのではという錯覚に陥ってしまう。
「あ、う……」
そんな優しい尋問のような状況にしばらく視線を泳がせて虚しい抵抗を試みるが、話すまで開放してくれないことは容易に想像できた。
ただし旧文明人だったり人類滅亡計画だったりといった内容をいきなり説明するわけにはいかず、どこから説明すればよいか整理するのには意外と時間を有してしまう。それでも相手は急かす様子はなく、ただじっとエミリアが口を開くのを待ってくれている。
「ちょっとおっさ……うちの上司と口論になっちゃったから、かな……」
どうにか言葉にできたものの、これではただ上司に怒られて拗ねてる子供と受け止められかねない。
慌てて次の言葉を探そうとするも、頭の中で情報を整理してるとどうしてもクラウチの姿が……失望し蔑むような表情が脳裏をよぎり言葉が出てこなかった。
こうして明確な拒絶をされたことで初めて気付かされたが、驚いたことに少女は普段あんなに愚痴っていた飲んだくれのことを心のどこかでは信じていたらしい。
結果的に最初の一言以降黙り込んでしまったわけだが、その一言に対してラミュロスから返ってきた言葉は意外なものだった。
「おや、上司との口論が原因でしたかぁ。私の見立てではクラム君と何かあったのかと予想していたのですがねぇ」
「……あっ」
クラウチのことで頭がいっぱいになっていたが、それと同じ、下手するとそれ以上に深刻なことを思い出す。
クラウチとの口論がいつも以上に悪化したのも元はと言えば、クラムに対する自分の接し方が原因とも言えるのだから。
きっかけは些細なもので、リトルウィングの受付でトニオと再開して会話を交わしている最中にクラムが元ガーディアンズであると知ったことだ。
クラムの部屋で交わした会話から察せる通り、今のエミリアはガーディアンズにいい印象を持っていない。だがその理由を彼女が説明できるかというと、なんとも表現しづらい嫌悪感を抱いているとしか表現のしようがなく、それ以上詳しく理由を考えようとしてもその気にすらならないのが現状だ。
だからといって、レリクスで会ってから今日までのクラムの行いまで否定していいわけがない。
にも関わらずあの時はそんな当たり前のことが考えられないほど冷静になれなかったのだ。
「……最低だ、あたし」
「どうやら色々なことが複雑に絡み合ってるようですねぇ」
「うん……でも、クラムのことは間違いなくあたしのせいだ。あっちは何も悪くない」
思わぬところで受けた追い打ちは予想以上に重く、両膝に顔をうずめ、膝を抱える腕には必要以上に力が入ってしまう。
ここがクラッド6内であれば間違いなくいつもの天体観測室に逃げ込んでいたことだろう。
「完全に愛想を尽かされちゃったよね……」
「そうですかねぇ?」
「え?」
思わず溢れた言葉に対し、返ってきた言葉は慰めの言葉ではなく彼女の結論に異を唱えるものだった。
その予想外の返答に思わず顔を上げると、バイザーで表情が殆ど見えない女性キャストは顎に人差し指を当てながら小首を傾げている。その姿が相手をからかっているようには思えず、本心を語っていると判断せざるをえなかった。
「私と一緒に先行するヒトにエミリアちゃんが立候補した時、あの場でクラム君だけはエミリアちゃんでも大丈夫だと判断していましたからねぇ」
「え、クラムが!?」
「ええもちろん。それを言葉にしなかったのは、おそらく全員を納得させられる言葉がみつからなかったのでしょう。彼そういうの苦手そうですからねぇ
……あ、厄介払いとか邪推されるのもあれですので補足しますと、依頼中に大怪我を負うなどの事故を起こすと被災者だけでなく受領した会社全体の信用に響きます。
ですのでこういうときにルーキーに分不相応な要求をするのは下策中の下策なんですよぉ。
もちろんクラム君がそういうことをするとは思えませんから、本当に信用してないのならそもそもこのフロアに入れさせずに受付で待機させるでしょうねぇ。
それにここってエミリアちゃんのいる会社にとってお得意先なのでしょう?
にも関わらずエミリアちゃんをメンバーから外さなかったということは、上司の方もまだ完全に失望されてはいないと思いますよぉ。
エミリアちゃんの上司がどんな性格なのか知らないので、推測にはなりますがねぇ」
反論の暇すら与えられずまくし立てられたが、客観的な分析から行われた理詰めにすぐに分かるような論理の穴はなかった。まあ最後に責任逃れをされたような気もするが……
そしてなにより、今のエミリアにとってその言葉は思わず飛びついてしまいたいほど甘い誘惑だった。
──そうでありたい。
──そうであってほしい。
──しかしそんな都合のいい解釈をしてもいいのだろうか。
彼女の中でどれほどの葛藤があったのか想像もつかないが、それが自分の思い上がりではないことを確かめるように震える口を動かして尋ね返す。
「そう、かな? まだ挽回できるかな?」
「まあ無責任なことは言えませんが、現にこうして挽回のチャンスが来てるじゃないですかぁ」
そこで嘘でも『もちろん』と言わないところが彼女のスタンスなのだろうが、こちらが見落としている情報を拾い上げてくれるのが彼女なりの励まし方なのだろう。
「あ、大切なのはこういうときに手順を省略しないことですよぉ。焦っている時に普段と違うことをすること以上に危険なことはありませんからねぇ。
私も最初はそれで何度痛い目をみたことやらぁ」
「え、あんたも?」
「もう、エミリアちゃんは私をなんだと思ってるんですかぁ。もちろん、依頼に支障のない小さなミスから依頼を失敗するほどの大きなミスまで数えればキリがありませんよぉ。
……最初の任務にいたっては『どうして私生きてるんだろう?』って思えるほどの大失敗でしたからねぇ。
でもこうして私は生きてます。失敗したときはこの世の終わりかと頭を抱えてしまうこともありますが、死ななければ案外どうにかなるものですよぉ」
なんだかかなり壮大なレベルで励ましを受けてしまったが、彼女ほどの実力者が言うとそんな言葉でも不思議と受け入れることができた。
「……うん、わかった。もう少し、頑張ってみる」
まだ見捨てられていないのなら、今自分にできることを。
目下の目標はこの依頼の成功だ。
そのためにはクラムたちと合流するまでこの隔壁より奥に原生生物を通してはいけない。
今一度深呼吸を行いその手の【クラーリタ・ヴィサス】を改めて握りしめ、少女は力強く立ち上がった。
「いい表情ですねぇ。
ちょうどお客様も来たようですし、まずはあちらの撃破をしましょうかぁ」
ゆったりとした口調と同じく緩やかな動作で【エクスプロージョン】を構えたラミュロスは、瞬く間に2度引き金を絞って通路の奥から現れた【コルトバ】2体をそれぞれ一撃で仕留めてしまう。
遅れてやってくるのは全長1メートル超はあるものの小型に分類される昆虫型原生生物の【ワルムス】1体と、小さな小人のような風貌で二足歩行する【ポルティ】2体。うちワルムス1体に向けてエミリアはテクニックを放っているが状況はあまり芳しくない状況だった。
「ふむふむ、なるほどぉ?」
その手際はお世辞にも良いとは言えないが、その中に光るものがあることはラミュロスにも感じ取れたらしい。残っていたポルティ2体を早々に撃ち抜くとラミュロスは【エクスプロージョン】をうなじのナノトランサーへ収納。
代わりに【ブレイブシールド】を取り出しながらエミリアの前へと割って入った。
彼女の実力を考慮すると彼女の持つGRM製のシールドは少し能力不足な気もするが、おそらく彼女の【戦闘タイプ】が【レンジャー】でありシールドに用いられている高品質なフォトン・リアクターを制御しきれないのだろう。
武器の重量補正やフォトン・リアクターの動作補助等、【戦闘タイプ】で細分化することで効果を効率化しフォトンの武器は高性能に発展してきた。だがこうしてみると、どんな技術も万能ではないのだと実感させられる。
「では残り50点のための勉強会といきましょう。
見たところエミリアちゃんは【グランツ】を多用するようですがその射程の把握が不十分なようですねぇ?
クラム君から目標の定め方に関しては?」
「一応教えてもらってはいるんだけど、クラムほどの精度にはならなくて……」
「ふむ、彼は近接主体のようでしたからねぇ。それにビーストは他の種族と比べると直感的な空間認識能力に長けていますし、特に訓練せずともおおよその距離感を掴めているので説明が難しいのでしょう」
「あ、でも5メートルの位置なら何となく分かるよ」
「ほう……っ、と」
そこへ雷属性をまとった液体がラミュロスの構えたシールドに直撃、その衝撃で機械で構築された彼女の身体がわずかによろけた。
ワルムスは環境に対する適応力には優れていても戦闘能力はそれほど高くない、という認識が間違いとは言わないが仮にも討伐対象に含まれている原生生物。
そのゴムのように跳ねる独特な動きで距離を取る挙動に加えて、自身の体液を雷属性を帯びたフォトン・エネルギーで固めて放ってくる攻撃は思ったよりも弾速が早く射程も長い。総じて対人戦以外の戦闘に慣れていないと翻弄されやすく、そこそこ腕に自身がある新人ほど苦渋を飲まされることの多い相手なのだ。
「では、あのワルムスに5メートルぐらいまで近づいてみましょう。エミリアちゃんの判断で止めてくださいねぇ」
言いながらシールドを構えたままゆっくりと歩き始めた。
その間も絶えずワルムスの体液が放たれているが、先程と打って変わってラミュロスが怯む様子はない。
ただ踏ん張って耐えているのかと言えばそうではなく、攻撃が当たる瞬間に意図的にフォトンの出力を上げているのが確認できた。
シールドの仕組みはシールドラインとほぼ同じだ。ただし自動で防御するシールドラインでは確率的にしか起こらない【回避】を、シールドであれば使用者の力量に左右されるとは言え意図的に再現することができる。
またシールドラインよりも高出力なフォトン・リアクターが使用されている性能上、強力な反発力は衝撃を無効化するだけに留まらず衝撃を反射させて近くにいる相手にダメージを与えることも可能なのだ。
【ジャストガード】という名前で広く認識される程度にはタイミングはシビアにはなるが、防御しかできないはずのシールドに反撃手段があるのはそれだけで戦術の幅が広がる。
シールドラインを纏いながらも、さらに片手を防御のために塞いでしまう装備がこうして普及しているのは、それに見合った性能をしているということなのだ。
「──あ、このあたりかな?」
そんなこんなで安全にワルムスとの距離を詰めていく最中、不意にエミリアは立ち止まった。
つられて足を止めたラミュロスはそこからワルムスまでの距離を計測し、その結果を見て思わずといった様子で口笛を吹く。
「5.13メートル。目測でこれは十分すぎる精度ですねぇ」
「ロッドの扱い方を教えてもらった時にこの距離感だけは覚えていた方がいいってクラムに言われたから。
えっと、『大抵の原生生物ならそれぐらいから近づけさせなければ回避しやすいから』だったかな?」
「なるほど、攻撃よりも回避優先の間合いなのは彼らしいですねぇ」
実際この距離はライフルやグレネード等の動きが鈍る大型重火器を使う間合いに近い。
テクニックを使うエミリアの間合いとしては少し遠い気もするが、クラムのような前衛タンク役がいるのならその動きを邪魔せずにサポートできるため丁度いいのかもしれない。
「この距離感を正確に維持できるなら、相手に逐一照準を合わせるのではなく自分が得意な距離や角度に弾幕を張るイメージで攻撃をした方がいいかもしれませんねぇ」
「常に【グランツ】を自分の5メートル前方に打つようにして、その範囲に敵が入るように動くってこと?」
「そのとおりです。さっそく実践と行きましょう」
「え、ちょっ!?」
いうが早くラミュロスは相手の攻撃がないことを確認すると軽い足取りでエミリアから距離を取ってしまった。
さっきまでの手厚いサポートから一変、危険度が低いとはいえ原生生物と1対1になり少女は慌てて【クラーリタ・ヴィサス】を握り直す。
「もう、フリーの傭兵はみんなそんな感じなわけ!?」
愚痴ってみるがアシンメトリーな装備に身を包んだキャストの女性はクスクスと笑うのみ。
この状況をどうにかできるのは自分しかいないようだ。
彼女への不満は尽きないが、今は観念してその手のロッドを振るう。
ラミュロスへの怒りを若干含めながら放たれた【グランツ】は見事にワルムスに直撃。その体表を焦がしたものの仕留るには火力不足だったらしく、反撃で体液が吐き出された。
それを危なげなく横にステップを踏んで回避し返す刀で再度攻撃を試みる。しかし今度はわずかに目測を誤り、光の矢は目標よりもやや手前に降り注いでしまった。
「焦らなくて大丈夫ですよぉ」
「わ、わかってる!」
頭の中では理解していても実際にはつい攻撃対象に意識が向いてしまい、【グランツ】の座標指定に誤差が出てしまう。
方眼紙上で『自分』、『相手』、『【グランツ】の位置』が絶えず動き続けているイメージが近いだろうか。その全てを意識しながら戦闘するのは当たり前だが難易度が高すぎる。
だからこそラミュロスは『自分』と『【グランツ】の位置』を固定し、座標が動き続けるものを『相手』だけに絞るようにアドバイスをしたわけだ。これはこれで集中力がいるが、3つの座標を意識しながら戦うよりはずっといい。
「要は仮想的にポインターを設定して、その範囲に相手が入るように自分が動けばいいんでしょ……」
自己暗示のように何度も何度も小さく呟きながら、自分の視界の中に擬似的なポインターが浮かび上がるまで集中力を高めていく。そして試しに【グランツ】を放ってみて自分のイメージと現実に誤差がないことを確認。
そこまでに1分ほど時間を有したが、アドバイスを受けてからその通りに動けるまでの時間と考えれば破格の対応速度だろう。
「よし、あとは……」
すでにワルムスの距離は5メートル以上離れてしまうが、今のエミリアにとってそれは問題になり得ない。
吐き出される体液にのみ注意して距離を詰め、仮想ポインター内に敵を捕らえて今度こそ渾身の【グランツ】を降り注いだ。
想定と寸分違わぬ場所へ降り注いだ光の矢は今度こそ目標へと直撃。体表どころか内部の水分まで沸騰させるほどの火力により今度こそワルムスはその生命活動を停止させた。
──その身体を破裂させつつ残った体液を弾丸として放ちながら。
「うわっとぉ!?」
予想外の光景に素っ頓狂な声をあげるが、短期間ながらも反復練習を叩き込まれた身体は自然と回避行動を取ってくれる。
ただしスムーズな足運びにはならず足をもつれさせてしまい、最終的には受け身も取れずに盛大に転ぶという締まらない終わり方にはなってしまったが。
「『ワルムスの命玉』ですねぇ。追い込まれた相手の最終手段、的な意味でグラールのことわざにもなってる有名なやつですよぉ。
シールドライン越しなら怪我をするほどじゃないと思いますがピリピリ痺れると思いますので、当たらないのに越したことはないですねぇ」
「う、うん。気をつける……」
見れば、目標を失い壁に飛散した体液はバチバチとスパークをしていた。雷属性も付与された最期の一撃だったのだろう。
彼女の言う通りそこまでのダメージにはならないだろうが、受け身なしの尻もちとは比べるまでもなく、避けることに越したこと無いのは確かだ。
有終の美とは言いづらい結果となってしまったが、誰のサポートもなく原生生物1体を仕留める事ができたのは今回が初めて。
クラムとの共闘であればもっと大きな敵を撃破したこともあるが、1人で最初から最後までやり遂げたというのはまた別の達成感があり、自然と口元が緩んでしまう。
「喜んでいるところに水を差すようですが、年頃の女の子が下着丸出しのままなのははしたないですよぉ?」
「っ!?」
耳まで真っ赤にしながら急いでスカートを押さえて体勢を整える。周囲にラミュロス以外に人影はいなかったのは不幸中の幸いと言うべきだろうか。
そのことにひとまずホッと胸をなでおろし、一度咳払いして何事もなかったかのように立ち上がった。
ただしそれをラミュロスが流してくれるかどうかは別問題。
「ふふ、可愛らしい下着ですねぇ」
「そんなことはい・い・か・ら!! 他に原生生物は来てない? もしくはクラムたちは?」
強引に話を打ち切り話題を変えようと躍起になる。その行動が余計にラミュロスを楽しませてしまっているわけだが、今のエミリアにとっては話題を変えられればそれでいいと開き直っていた。
「っと、おやぁ?」
猫のように威嚇するエミリアを笑ってあしらっていたラミュロスだったが、何かを感じ取ったのか突然振り返った。
遅れてそのキャストの視線の先を追うと、見えてきたのは廊下の奥の方でうごめく影。だんだんと迫ってくるそれに自然と警戒が高まっていくものの、見えてきたのは4枚の羽根を羽ばたかせる小型マシナリーであるグラビットS7だった。
それだけならただ巡回の途中なのだと考えることもできたが、問題なのはその向き。普通なら銃口を正面に向けて飛行しているはずのマシナリーはこちらに背を向けながら迫っていた。つまりその銃口は通路の奥を向いているわけで……
暗がりから突然現れた巨大な腕によってグラビットS7は一撃で全壊。エミリアたちの横を通り過ぎ、背後の隔壁にぶつかる頃には見るも無惨なスクラップと化していた。
まもなくして廊下の奥から現れたのは4メートルを超える巨大な原生生物。昆虫型に見られる特徴を持ちながらも現存するどの個体とも類似する点がないその姿は、今回の依頼で討伐対象となっていたアスタークで間違いなかった。
「クラム君たちが駆除する前にここに逃げ込んできたみたいですねぇ」
穏やかな口調とは裏腹に即座にナノトランサーから【エクスプロージョン】を取り出し狙撃。
寸分たがわぬ正確さでその眉間にレーザーが直撃するも、昆虫由来の外骨格は軽く焼け跡が残るだけでほとんど無傷だった。
「おっとこれは予想外。まさかここまで頑丈とは思いませんでしたぁ」
「呑気に言ってる場合!? ここを通したらマズいんでしょ!?」
「もちろんわかっていますよぉ? ひとまずレーザーカノンは相性悪そうですねぇ」
言いながら取り出したのは【エクスプロージョン】にも引けを取らないほど大型兵装のグレネード。【グラングレネード】と呼ばれるそれはGRM社が売り出しているもので、研究に研究を重ねた取手の形状により見た目より取り回しが容易であるというのが謳い文句だ。
それでも同じグレネードの中で比較した場合であり、ヒト1人抱えているのと同じぐらいのものを扱う姿はかなり迫力がある。
「そぉれそれぇ♪」
まるで歌でも歌うような軽い調子で引き金を引いているラミュロスだが、撃ち出されているのは着弾と同時に爆発するようにプログラムされたフォトン・エネルギー弾。有り体に言えば徹甲榴弾だ。
それを後先考えずに乱発すればどうなるか、答えは簡単。
「──っ!? ──、──っ!!」
声にならない悲鳴をあげながら爆心地から逃げ延び頭を抑えて伏せる少女。
4メートルもの巨体が爆煙に覆われてしまうほどの爆発は、ラミュロスよりやや後方にいるエミリアにまで容赦なくその衝撃が響いていた。
戦闘タイプが射撃系に有効な補正のかかる【レンジャー】とはいえ、射撃の反動が完全になくなるわけではない。なのに彼女がそれに怯んでいる様子はなく、立て続けにトリガーを引き絞っている。
その立ち姿には頼もしさを感じるものの、無邪気な少女のように笑いながら今の惨状を作り出しているトリガーハッピーという要素を加えてしまうと恐怖以外の感情は湧いてこなかった。
「そぉれ……っと、残念打ち止めですかぁ」
「し、死ぬかと思った……」
あまりの爆煙にフロア内の火災警報器でも作動してしまったのか、壁の隅に設置されていた回転灯が作動するとともに見る見るうちに煙が壁の隙間へと吸い込まれていく。
そうして再び相まみえた4メートルの巨体だが、甲殻の一部にヒビが入っているもののまだ絶命には至っていない様子だった。
「これは頑丈っていうよりは、射撃武器に用いられるフォトン・リアクターのエネルギーに耐性があるみたいですねぇ。
マシナリーにはよくそういう加工が施されるんですが、たまに原生生物でも似た特性を持ってるんですよぉ」
どこか説明口調なのは背後にいるエミリアに向けての言葉だからか。
「さて、そうなると近接武器で戦う他ないわけですがぁ……
エミリアちゃん近接武器が得意だったりします?」
「む、無理無理。セイバーは持ってるけどちゃんと使ったことはないし」
「ですよねぇ。となるとここは私が前衛を……いえ、大丈夫そうですねぇ」
言いながら【グラングレネード】をナノトランサーへ収納。左手には【ブレイブシールド】、右手には別の武器を取り出そうとしたところで、ラミュロスの口角が上がったように見えた。直後に【ブレイブシールド】を収納し、代わりに取り出したのは片手で持つには少し大きな円盤。
それを地面に設置しつつエミリアを連れて後退。その際に攻撃等の必要以上の刺激は与えず、まるで相手を誘い込むような動きで距離を取っていく。
そして思惑通り後を追ってくるアスタークが円盤の上まで来たタイミングで、待ってましたと言わんばかりに彼女は右手を高らかに掲げその指を鳴らしてみせた。
直後、円盤を起点にアスタークを余裕で覆えるほどの範囲で炎が巻き上がる。
「すご……」
「結構高価なものなのであまり使いたくはないんですが、今回はサービスですよぉ」
使用されたのはいわゆる地雷に分類される【バーントラップEX】。通常の【バーントラップ】と比べて任意の起動が可能となり断続的な燃焼を起こせるのが最大の特徴だ。
複雑化した起動プログラムを制御できるのが【レンジャー】と【ブレイバー】のみと制限があるものの、その欠点を補って余りある威力なのは間違いない。
「まあ、これだけで終わるほど甘くはないですよねぇ」
一個人が取り扱える兵器としては各種族のブラスト技に次ぐ火力があるはずだが、アスタークの外骨格はそれをも凌駕したらしい。
【燃焼】の効果により体表を赤く熱されながらもその歩みが止まる様子はない。
その光景に次第に血の気が引いていくエミリアに対し、ラミュロスの表情から笑みが消えることはない。
「前衛は頼みましたよぉ」
むしろこれが予定取りと言わんばかりに、歌うようにエミリアではない誰かへ向けて言葉を投げかけた。
──直後、アスタークの背後に現れた巨大な銀狼が獲物に向けてその牙を剥く。……というふうに見えたのは、彼の殺意がそれほどまでに研ぎ澄まされていたからか。
予想外の襲撃にアスタークは回避というより四肢をバタつかせるようにしてその場から逃げ出した。
入れ替わるようにエミリアたちの前に現れたのは、180近い長身を誇る雪のように真っ白な獣人。
「2人とも怪我はない!?」
さっきまでの殺意はどこへやら。どこか人懐っこさを残した青年が慌てた様子でエミリアたちの顔を交互に見ていた。
「心配せずとも無事ですよぉ。そちらは、あとの御二方はどうしましたぁ?」
「こっちに1匹逃げていくのが見えたから俺だけ追ってきたんだ。1つ手前フロアにもう1体いたから、トニオたちにはそっちを対処してもらってる」
お互いに簡単な状況説明を終え、最優先はアスタークの駆除だと判断したクラムは即座に踵を返した。
「クラム、ごめん!」
「ん?」
今がそんな状況ではないことはエミリアも理解している。それでも今言わなければ有耶無耶になってしまうと感じた少女は青年の背中を呼び止めて謝罪する。
「こんなあたしだけど、まだ愛想尽かしてない?」
「当然。頼りにしてるよ、エミリア」
「っ、うん!」
相変わらず即答でこちらのほしい言葉が返ってくる。それが甘い考えだったとしても今のエミリアが前を向くには必要なことなのも事実だ。
彼がこうして信じてくれているのだから……仮に上辺だけの言葉だったとしても、今この瞬間の彼の手助けになるならば少女も覚悟を決められる。
クラーリタ・ヴィサスを構え、内蔵されたフォトン・リアクターを起動。覚悟を決めた彼女に応えるように周囲に散らばっていた残骸などの無機物が直径30センチ大の塊に形成され、アスタークへと放たれた。
彼女が使用したテクニックは土属性のテクニックである【ディーガ】。事前の情報でアスタークが纏っているフォトンエネルギーが雷属性であると知っていたための選択だろう。
弾速は緩やかだが正確に目標へと迫る無機物の塊は、直撃と同時に爆発を起こしてその巨体をよろめかせる。
ラミュロスのグレネードほどの威力はなく、右腕を盾にされたため大ダメージとまではいかなかっただろうが、それでもその外骨格のヒビをさらに広げることはできた。
「なるほどなるほどぉ。この際ですから、一旦攻撃を右腕に集中させますよぉ」
突然ラミュロスがそのような指示を出したのは何かを思いついたからだろう。
その言葉に頷いたクラムが一息でアスタークに肉薄して斬撃を右腕へと叩き込む。武器の品質は並より少し良い程度のものだが、的確かつ強力な斬撃によってさらにヒビが広がっていく。
それでも完全に砕くことができないのは、流石はこの巨体を支える外骨格といえよう。
指示を出したラミュロス本人も【エクスプロージョン】で正確無比な援護射撃を行ってくれているが、射撃武器に耐性があるせいでそれほど火力は出ていない。
やはりこの場でダメージを期待できそうなのはエミリアのテクニックだろう。
「となると俺にできることは……」
4メートルの巨体と立ち回りながらも思考を巡らせ、徐ろに武器を【ツインセイバー】に持ち替えながら相手の目の前で立ち止まった。
直後、重機のような両腕がクラムの身体を挟み潰すように両側から迫り、重々しい音がフロアに響いた。
「クラム!?」
「大丈夫、この攻撃は何度も見たよ」
最悪の事態を想像し叫ぶエミリアに対し、落ち着いた声色でクラムが言葉を返す。わずかに後ろに下がることでその攻撃をやり過ごしていたらしい。
そこから移動と共に身体を回転させることで右腕への攻撃へとつなげていく。
初見こそ相手の特性が分からず苦戦することもあるが、そこまで知能が高くない原生生物相手であればその特徴を捉えてしまえばクラムの独壇場だ。
そうして当たりそうで当たらない絶妙な立ち位置を維持して絶えず立ち回り続けていると、痺れを切らしたのかアスタークは左足を前に出しながら右腕を大きく後ろへ振りかぶった。
そうして繰り出されるのは何の変哲もない正拳突き。しかし4メートルを超える巨体かつ非常に発達した腕から放たれる一撃は直撃すれば先ほどの小型マシナリーと同じ末路をたどりかねない。
加えてその正拳突きによって引き起こされる気流は俗に言うスリップストリームとなり、避け方が甘いと拳に引き寄せされてしまう。
そんな危険な攻撃だが、その一撃こそクラムが望んでいたもの。
迫りくる拳に対しむしろ前に出ることで軌道上から回避。そしてその手に握った【ツインセイバー】の片割れを逆手に持ち替え、今まさにアスタークが力を溜めている、まだ伸ばされていない肘関節めがけてそのフォトンの刃を突き立てた。
当然ながら、それで相手の拳を止められるかといえば不可能。
突き刺さったセイバーをものともせず、しかし目標を見失った拳は亜音速で誰もいない虚空を撃ち抜いていく。
しかしクラムは想定通りと言わんばかりに小さく笑っていた。つまり、止めるためにこのような無謀な行動に出たわけではないのは確かだ。ならばその本当の理由は?
その答え合わせをするように、何かが割れるような音と共につんざく雄叫びが轟いた。
視線を向けてみれば、ヒビが入りつつも幾多もの攻撃をしのいできたアスタークの外骨格が見事に剥がれ落ちていた。
「な、何が起こったの?」
「アスタークの肘が完全に伸び切る前に、【ツインセイバー】の片割れを関節の隙間に滑り込ませたようですねぇ。
あとは肘が伸びていけば、アスターク自身の腕力を利用したテコの原理で甲殻を剥ぎ取る形になるわけですよぉ。
まあ失敗すれば至近距離からあの正拳突きを受けることになりますし、普通は思いついても実際にやるかは別でしょうけどぉ?」
若干ため息混じりなのは、そんな無茶をするクラムに対して本気で呆れているからなのだろう。
状況整理のためにエミリアたちの元まで戻ってきた当の本人にもその雰囲気は伝わっているようで、悪戯がバレた子どものように苦笑いで誤魔化している。
「ここに来るまでの戦闘で軌道は読めるようになってたからね。
想定ではあと何回かやらないとダメかと思ったけど、想像以上に怪力だったみたいだ」
「直前に【バーントラップEX】使ってたので、全体的に脆くなってたのもあるかもですねぇ」
「ああなるほど……ってやばっ!?」
ここまで見ている方が肝の冷えそうな行動を冷静にこなしていたクラムが突然立ち回りを忘れるほど慌て始めた。
そんな彼の目線の先にあるのは、剥がれた外骨格の近くに落ちていた【ツインセイバー】の片割れ。ラミュロスたちのもとに近寄る前に回収していたそれは、変な方に曲がりフォトンの刃を生成できないようになっていたのだ。
当然と言えば当然だが、無茶な使い方をしたから武器が耐えられなかったのだろう。
「会社の備品壊した場合ってどうなるんだろ……」
「ある程度は経費で落ちるのではぁ?」
「そんなこと今はいいから!!」
会社の借り物を壊したのはたしかにマズいが、今この状況で考えるべきことかといえば間違いなく優先順位は低い。
クラムの冷静な判断は肝が座っているからだと思っていたが、もしかすると彼は優先順位の付け方がおかしいだけかもしれない。
はたから見れば呑気に漫才をする3人を前にし、アスタークが激情して襲ってくることはない。むしろ3人に対して恐怖を抱いているようにも感じられた。どうやら、目の前にいる存在が自分の脅威になりうることをようやく理解したらしい。
よろめくように覚束ない足取りで後ろへ下がるものの、今この状況で守りに入ろうとするのは本当の愚行。
「エミリア、どのテクニックでもいいから追撃お願い」
「え……っ!? も、もう!!!」
つい数秒前までの間の抜けたやりとりから一変し、急に出された真面目な指示。手練れ2人に翻弄されやや不満を募らせつつあったエミリアは、それでも指示通りにロッドを振るい【ディーガ】を放つ。
2人に対する諸々の不満も乗せたその一撃はいつもより威力が上乗せされていたのか、攻撃こそアスタークの右腕に阻まれたものの、その腕を本来ではありえない方向へと折れ曲げることに成功した。
痛覚があるのかはたまた別の理由か、致命的な損傷を受けたアスタークは雄叫びを上げながらその場でのたうち回り始める。
「いい一撃が入りましたねぇ」
「え……あぁ、あり、がとう」
パートナーたちへの不満を込めた一撃が有効打になったというのは素直に喜びにくいが、何はともあれアスタークの右肘より先は力なく垂れ下がった。残った外骨格や筋繊維で辛うじて繋がっているだけでその右腕はもう使い物にならないだろう。加えて、残る左腕だけでアスタークがこの場から逃げ延びる方法はない。
「エミリア、タイミングはそっちに任せるよ!」
壊れた武器のことはひとまず置いておき、武器を【アルセバ・バッタ】に持ち替えつつ走り出したクラム。
彼から指示された内容は今までの丁寧なものと違ってかなり漠然としたものだ。詳しく伝える時間がないというのもあるが、今のエミリアであれば十分理解してくれると判断したらしい。
そこから数秒の間はあったもののクラムの意図を組んだエミリアは力強く頷く。
「今から10秒後にいくから!」
返す言葉は最低限だがそれだけで十分。
あとはパートナーを信じてクラーリタ・ヴィサスを振るい、再び周囲の無機物を集めて弾丸を形成してくだけだ。
そして指示した通り10秒後に【ディーガ】を放つと、直撃のタイミングに合わせてクラムはアスタークの攻撃を誘導。がら空きとなった胴体に見事直撃させてみせた。
弱点属性なのもあるがその威力は少女の決意の強さを表すかのように強力で、外骨格の一部を吹き飛ばすだけに留まらず4メートルの巨体を壁際へと後ずさりさせるほどだった。
……レリクスではここで油断し危険な目にあってしまったエミリアだが、もう二の足を踏まない。
「ラミュロス、トドメはお願い!!」
「任されましたぁ。急所を狙いますので皆様射線上から離れてくださいねぇ」
警告と同時に放たれた光の筋は針を通すような正確さで外骨格のない場所を貫いた。
射撃武器に耐性があるといえど、それは外骨格に守られているからこそ。無防備な体内にまで貫通してしまえばどんな生物であっても無事で済むはずがない。
時が止まったかのような静寂が流れた後、か細い断末魔と共にその巨体は糸の切れた人形のごとくその場に崩れ落ちた。
「お、終わった? 倒したってことでいい? 他に原生生物は?」
「ふふ、すぐに警戒を解かないのはいいことですよぉ」
「心配しなくても大丈夫そうだね。隣のフロアにあった原生生物の気配もなくなったし、トニオたちの方も終わったみたいだ」
必要以上に神経質になる少女を微笑ましそうに眺める熟練者たち。その2人がどちらも安全だと言ったことでようやく緊張の糸が緩んだエミリアはその場に崩れ落ちてしまった。
手足に全然力が入らないが、神経をすり減らしすぎたという感じではない。自分が信頼できる実力者が2人もそばにいるから、必要以上に安心して脱力しまったのかもしれない。
「それにしてもよく短期間でここまで仕上げましたねぇ。戦闘技術もクラム君が?」
「基礎はね。教えたことをすぐに実践できてるし、応用までできるのはエミリア自身が頑張っているからだよ」
「たしかに照準の合わせ方も私がイメージを伝えるだけですぐ実践できてましたからねぇ。手助けなしでワルムスを倒せていましたよぉ」
「え、ワルムスを1人で? すごいよエミリア。この前基礎を教えたばかりなのに」
「先程の戦闘でも最低限の指示から意図を汲んで最適な答えを出せていましたからねぇ。本当に戦闘初心者なのか疑ってしまうほどです」
「実はレリクスの時もそうだったんだよ。俺が想定してなかった役割まで自分で判断して助けてくれたし──」
「う、ううううっ!!」
……褒められるのは嬉しいが、こうも絶賛されるとムズ痒さの方が勝ってしまうらしい。
どう対応したらいいのかわからず顔を覆い、これ以上クラムたちが変なことを口走らないように言葉にならないうめき声で虚しい抵抗を試みる。
かえって逆効果な気もするが、今の彼女はこの会話を止められるなら手段を選んでいられなかったらしい。
しかしそこへ天女のような微笑みを浮かべた女性が少女の中から現れたことで、そろそろ彼女1人の手には負えなくなってきた。
『エミリアが褒められていると自分のことのように嬉しくなります。本当に頑張りましたね、エミリア』
「ち、ちょっと待って……
ほんとに、これ以上はキャパオーバーだから……!」
ミカの姿は自分とクラム以外に見えないとわかったばかりなのに、そんなことを考える余裕すらない様子。
誰も何も言っていないタイミングでエミリアが慌て出すものだから、それを見たラミュロスは不思議そうに首を傾げてしまった。
「エミリアちゃん、誰かと通信してるとかですかぁ?」
「あー、気にしなくても大丈夫だよ。たぶん褒められ慣れてないだけだから」
「なるほどぉ……?」
幸い『ミカ』という名前はエミリアの口から出していないし、時間差で恥ずかしさが限界に達した、という体でとりあえず誤魔化せたらしい。まだ首を傾げたままだがラミュロスからそれ以上の追及はなかった。
その間にミカとのやり取りも終わったようで、エミリアは多少なりとも冷静さを取り戻せた様子。未だ視線は泳いだままだったがその途中でクラムと視線が合うと、少女は一瞬顔をそらしながらもすぐに向き直り、控えめに笑いながら拳を前に突き出した。
最初はキョトンとしていた青年もすぐに彼女の意図を察し、それに応えるように拳を突き合わせお互いの健闘を称え合う。
お互いに色々と話さなければいけないことはあるだろうが、今は任務の真っ最中だ。
最低限『もう大丈夫』という意思を伝えるだけならこれだけで十分だろう。
エミリアはどれだけ愛でてもいいものとする()