【――転送成功。どうやら惑星中心に出現して一瞬で蒸発みたいなことは避けられたみたいです】
『怖いこと……言わないで……』
【やはり、連続での転移はひどく負担になっているみたいです。休憩を推奨したいところなのですが】
『わかっ、てる……そんな、暇……ない。ここは……』
【太陽系、第六惑星――土星と呼ばれる惑星の軌道付近です】
『そう……どう、逃げ切れそう?』
【残念ながら、可能性は30パーセント未満。難しいと言わざるを得ません】
乗っている者は息も絶え絶えといった様子ながら、すぐに移動を開始する機体。
【警告。機体名マークセラフ、付近に転送されてきました】
『っ、この……マーククリフの、オリジナル……じゃあ、乗ってるのは』
苦しげに呼吸を荒げる声が、『マーククリフ』と呼ばれた機体のコックピット内で機械音声と会話している。
その軽い論調とは裏腹にどちらにも余裕は無く、むしろ限界まで追い詰められている様子だった。というのも……
『機体、コンディションは?』
【『ディバインウイング』12機中8機破損。当機体の性能はウイングの数で左右されるため、正直危険な状況です】
『残り四機……最低限ね』
【肯定。通常推進器が破損している現状では2機を推進に残さなければまともに身動きできなくなりますので、残り2機を】
『両方シールドに回して。逃げることを最優先』
【それは、第三惑星――地球までですよね、難しいかと】
『確率は』
【黙秘します】
『そう……』
追求はない。相方がなぜ黙秘したのか、理由が分かっているかのように。
【マークセラフから、通信が要求されています】
『繋いで』
相方の言葉に、通信を許諾する。
途端に流れてくるのは、ここまでの道中でさんざん辛酸を舐めさせられてきた、不本意ながら聴き慣れた声。
『やあ、まだ無事なようで残念な限りだよ、劣化コピー』
『……ッ』
すぐに聞こえてきた、こちらを嘲るような声に、マーククリフのコックピット内でパイロットが唇を噛み悔しげな呻きを漏らす。
だが事実、向こうは無傷でこちらは満身創痍。こちらの機体が調整不足だとか、向こうには随伴機体があったとか、そのような言い訳をしても虚しいくらい、一方的にしてやられているのは否定できない。
『もう勝てないって分かったでしょ、そろそろ諦めてくれたら、命だけは保証するよ?』
『できない、し、それに……』
今いるのはもう
『その機体、
『……チッ、余計な知恵を付けさせられて、この劣化コピーが。それを理解してるならもう、なおさら逃せないじゃないか』
忌々しげに呟くその声に、何か違和感を感じ首を傾げるマーククリフのパイロット。
だがその直後、不意に、何かを周囲に捉えたことを示すアラームが、マーククリフのコックピット内に響く。
まだ離れた場所を航行していたのは、花のような優美な形状の艦。それと、牽引されているらしき、ひどく破損してしまいもはや動力も生きていない様子の艦、二隻連結した艦艇だった。
『なんで、こんなところに……ッ!?』
【提案、彼らと接触すれば、マークセラフを牽制に利用できる可能性があります】
『て……提案を却下。こんな場所で巻き込んじゃうと、消されちゃう!』
何故、生物の生存圏からはるか遠く離れたこんなところにと思いつつも、無視して立ち去ろうとするマーククリフだったが、しかし。
『おや。おやおやおや――どうやらあの艦艇、面白いものを積んでいるみたいだ。ほら、見てみなよ?』
ビビッと短いアラーム音と共に、マークセラフからマーククリフへと、データが転送されてくる。
『え、あの艦艇の積荷解析データ? 何で……ッ!?』
疑問に思いながら、マークセラフのパイロットが送ってきたデータに軽く目を走らせ……その内容に、マーククリフのパイロットが血相を変える。
だがその時にはもう、マークセラフは足を止めて、遠距離砲撃の準備を始めていた。
狙いは……先程の積荷を搭載している艦艇。その目的は撃沈ではなく、推進機関の破壊であることを示す照準データをわざわざマーククリフへと送りつけながら。
『そんな……
『なら、きちんと守らないとねぇ劣化コピー。あの船はどうやら優秀みたいで、きちんと目的地への軌道計算が完了しているみたいだから、推進装置を破壊してもあとは慣性に従ってちゃあんと送り届けてくれるよ?』
『――クッ!』
見捨てておくことはできない。
あの船に積まれているものを考えると、ここで守らなければ、目的が達成できなくなる。
そう判断し、あえて射線に割り込むよう陣取ったマーククリフに向けて、ターゲットが固定されたことを示すアラームが鳴り響く。
【警告、今の当機体の状況では、92%の確率で撃墜されます。退避を推奨】
『したいけど、でも……!』
【…………了解、退避不能と判断し、あなたの生存を最優先に対処します】
『……ごめん、なさい』
【いいえ、お互い生きていたら、またお会いしましょう】
こんな時にも軽い調子で語りかけてくる相方に、こんな時ではあるがふっと苦笑が漏れる。
しかし、状況はどう足掻いても絶望的。
拡大投影された、はるか彼方の正面に居るマークセラフの正面装甲が展開し、内部にあった結晶体、そして全身各所に配置された結晶合わせて12個が、それぞれ繊細な模様を描く青い光を放つ。
それに加えて、マークセラフの背面に控えていた六対十二枚の翼――『ディバインウイング』と名付けられた、様々な形態に変化するウェポンツールだ――が全てマーククリフへと向けられて、その姿を崩し、変えて、長大な砲身を形作る。
それに対してマーククリフは残るボロボロな四枚の翼で前面を覆い隠すようにして防御体勢を取るものの……マークセラフに比べ、あまりにもその姿は頼りなく儚い。
『ほんと、諦めが悪いなぁ』
『それでも、まだ、死ねない……!』
『それじゃ、生き残れるものなら生き残ってみろよ、劣化コピー――アイン・ソフ、発射!!』
そして、『マークセラフ』から放たれた莫大な閃光と、『マーククリフ』がぶつかり合い――
【報告。ディバインウイング全機、間もなく崩壊します……やはり、無茶でしたね】
『それ、でも……ッ!?』
高エネルギーの奔流に晒されて、機体のあちこちで爆発が発生する。コックピット内もあちこちが爆ぜて、狭い空間を飛び回る破片が搭乗者を引き裂く。
身体中のあちこちを破片が貫く痛みを感じながら、それでもマーククリフのパイロットは必死に歯を食いしばり、無限にも感じる数秒間が経過した後……視界全てを埋め尽くしていた光が、やがて消えた。
『……はぁ。これ以上深追いすると、このマークセラフが現地人に見られてしまいそうだね。あとは任せたよ、プリンシパリティ。最後に証拠隠滅も忘れずに』
そう言って、背中を向けるマークセラフが遠ざかっていくのと入れ替わるように、真っ白い羽虫のような形状をした小型の機体が四つ、こちらに向かってくるのが見える。
一方で、先程のマークセラフによる砲撃でだいぶ押し流されたため、虫たちがこのマーククリフの下へ辿り着くまでまだしばらくの時間があるだろうが……逃げようとしても、機体も体も動かせない。先程コックピットの背中側が爆発し、その際に何か良くない体の損傷があった気がしたが……そのせいだろうかと、どこか冷静に考える。
『死ね、ない……』
このマーククリフを与えられ、一人元いた場所から逃がされた。そのために与えられた役目は、まだ何も達成できていない。
だが天に祈りを捧げようにも、その天は、そもそも味方ではない。
『死に…………たく、ない…………な』
そんな呟きを最後に――意識が急速に遠ざかっていくことに抗えず、まるで深い沼に沈むように、黒く塗りつぶされていったのだった。
最後に見えたもの――先程守った艦艇の方角からこちらに迫ってくる、X字の光だけを目に焼き付けながら。
◇
『高エネルギー反応、消失……え、消失!?』
『か……艦への被害なし、直前で何かに衝突して消えた模様。だが何が起きても対処できるよう、総員配置へ付け!』
『急速に接近する機体あり、所属不明……いえ、撃ってきました!』
蜂の巣を突いたように騒がしく錯綜する艦内通信が、ひっきりなしに鳴り響く。
外宇宙の探索プロジェクト『アルゴ計画』の帰路、この宙域で回収した難破船と接続し牽引していた、花のような形をした艦艇――『
その『林檎の花』内の、次々と起こる緊急事態を前に、慌ただしく皆が走り回っている格納庫で。
「この機体、推進剤の補充は済んでるな、借りていくぞ」
「ああ!?」
整備途中の機体――それもつい数時間前に回収されたばかりの機体に乗り込もうとするパイロットの姿を見つけて、整備にあたっていた男が悲鳴を上げる。
「駄目ですよカーティスさん、その機体はまだ調子を見ている段階で!」
「だが、どのみちこの艦内にに今、戦闘に耐えられる機体はこれしか無い!」
そう言って、カーティスと呼ばれた、艦内だというのにサングラスを掛けている浅黒い肌をした男は、制止しようとする整備員を振り切るとコックピットに搭乗してハッチを閉めてしまう。
「それに向こうはこちらもターゲットしているし、やらなければやられるだけだろう?」
「ああもう、通信、テテニス様に繋げ、またカーティスさんが無茶を!」
慌てて何処かに通信している整備の者に謝罪しつつ……カーティスはつい先ほどまで同室にいたテテニスから聞かされた、先程起きていた出来事について反芻していた。
目の見えないカーティスの代わりに彼女が目にした光景――それはこの場所がまだ土星圏という人の生活していない辺境の地でありながら、索敵範囲外から突如放たれた高エネルギー反応から、何者かが機体を盾にしてこの『林檎の花』を守ってくれたという驚くべき内容だったが、しかし。
「それに……助けてくれた奴が何者かは分からんがまぁ、見捨てて立ち去るのも後味が悪いしなァ。だから」
地球で開発されたという噂に聞く
考え難いのだが……不思議なことに、カーティスは何故か、その人物が生きているという胸騒ぎがしてならないのだ。
もう若造というわけではないというのに、合理的ではない考えで窮地へ飛び込もうとしている自分に、フッっと自嘲気味に口元を緩めながら……カーティスは懐かしい座り心地のパイロットシートや使い慣れた配置の操縦桿の感触を確認し、目が見えていないとは思えないほど手早く機体を稼働させていく。
核融合炉が稼働率を上げ、ガンダムフェイス特有のツインアイに光が灯る。
動き出した機体に接続されていたケーブル類が強制排除されて、その腕がハンガーに懸架されていた銃――『バタフライバスター』という試験兵装を掴み取った。
そのまま皆の静止を振り切って船外へ出たカーティスは、一度深呼吸をして……直後、グッとスラスターを操作するペダルを踏み込む。
「頼むぞ……クロスボーンガンダム!!」
そんなカーティスの声に応えるように――白銀の
◇
「カーティスが、まだコックピットの調整も済んでないクロスボーンガンダムで……また無茶をして、もう!」
目が見えず、データと音声によるガイドによって機体操縦するカーティスにとって、未知の敵など鬼門もいいところの相手だ。
にもかかわらず、皆の反対を押し切って出撃した彼に、一つや二つ恨み言を言いたくなるのも当然のことだ。たとえそれが今の状況では仕方ないことだと分かっていても。
だから、今できるのは彼が無事に戻ってくるのを祈って待つ事だけ……だというのに。
「あの、テテニス様……」
「今度は何!?」
仕方ないとは分かりつつも不満げに頬を膨らませているテテニス。そんな彼女に、ひとりのクルーが申し訳なさそうに新たな報告をする。それは……
「あの子が……艦内に居ない!?」
船内に居るはずだった彼女の愛娘、ベルナデットがいつの間にか姿を眩ませたというものだった。
見切り発車です。5話くらいならプロットがありますので、続きは気長にお待ちください。