「頼んだぞクロスボーンガンダム! なんて格好つけて出たけどさぁ」
頭を抱え、困り果てた様子で……カーティスが、膝の上にいる、子供用のノーマルスーツを着用した人物に語りかける。
「なんで、こんな場所にいるんですかね。ベル……お嬢様?」
「その……あの子が心配だったから」
しゅんとした様子の女の子……ベルナデットの言葉に、カーティスはふたたび「はぁああ……」と深い溜息を吐くのだった。
『――ではカーティス、ベルナデットはそこに居るのですね?』
「ああ、居るよ。パイロットシートの裏に小さく収まってた。まったくこの密行テクニックはいったい誰に似たのやら」
『うっ……』
何やら心当たりがあるらしきテテニスが呻き声を上げたが、しかしすぐに気を取り直し、まなじりを吊り上げて話を続ける。
『とにかく! カーティスもベルナデットも、戻ってきたら私のところに来なさい……だから、きちんと帰ってきてくださいね』
ふん、と拗ねた様子で通信を終えたテテニスに、カーティスとベルナデット、二人揃って「はぁああ……」と深く溜息を吐く。
「お母さん怒ってたね。怒るとすごく怖いんだよ」
「それは、まあ、父親からの遺伝というかなァ……それよりも」
頭の横で両手の人差し指を角に見立てて語るベルナデットに、カーティスは苦笑し、すぐに真面目な表情で視線を正面に戻す。
「それよりこっちです、ベル……お嬢様、なるべく揺らさないように努力はしますけど、しっかり掴まっていてくださいね」
「うん、お願いカーティス」
そう言ってぴったり密着した少女の腕が腰に回ったのを確認し、カーティスがフットペダルを更に踏み込みもう一段加速させる。
「あ、あの子を通り過ぎちゃうよ!」
「分かっていますが、あの正体不明機は後回しです!」
敵機……報告にあった見た目から『クワガタ』と仮称することにした白い甲虫方の機体から、幾条かの閃光が放たれたのを伝えるアラームがコックピット内に響く。
「そんな見えすいた威嚇射撃など!」
ばら撒かれた光弾を、ほとんど命中することはないと察して真っ直ぐ突っ込んでいくクロスボーンガンダム。
一発だけ直撃コースのものもあったが、しかし逆にペダルを踏み込み更に急加速して最小の動きで避けると、敵機体の射撃を潜り抜けるようにして懐へと飛び込む。
そのまますれ違いざまに、クワガタの顎の間にある砲身へと、折り畳んだバタフライバスターから発振された幅広の刀身を叩きこむ。
制作当初からバージョンアップもなしに二十年が経過しているこの時代では、すでに型遅れな武器だ。いかんせん出力不足はいなめず、一刀両断とはいかず、強い抵抗がある。
だがそれでも溶断する事に特化した幅広いビーム刃は、白い甲虫のような機体を真っ二つに切り裂いた。
「まず一機、なんとかやれる……が、しかし!」
一機撃墜されたことで、カーティスが駆るクロスボーンガンダムを脅威だと理解したのか、残る3機のクワガタが散開する。
「くっ、早いな……!」
実はカーティスは、過去にこの手の加速性能が高い相手と模擬戦をした経験があるため、なんとかついていけるが……敵機の機動性は、未調整のクロスボーンガンダムよりも上だ。
「それに、データにもない、人型ですらない機体相手がこれほどやりにくいとは!」
攻撃予兆のデータがないため、とにかく大きく回避するしかない。自分たちより速い相手にだ。
徐々に追い込まれつつあるのを感じながら……しかし、不安そうに力が込められる少女の腕の感触に、苦戦している場合ではないと気合いを入れ直す。
「カーティス……」
「大丈夫だベル……お嬢様。なんとかする」
「ううん――私にも手伝わせて!」
キッと正面を見据えたベルナデットの言葉と共に、とうの昔に光を失ったはずの視覚野に、突然色の奔流が押し寄せる。それは……
「これは……目が、見える?」
――突然視力が回復した? いや、ありえない。
それに、見える位置がずれている。まるで胸の辺りから見えているように……と、そこまで考えて、ハッとする。
「これは、ベル、お前が?」
「見えてれば、カーティスは負けないよね?」
「ああ……もちろんだ!」
少女の信頼に応えるべく、カーティスは一振りのバタフライバスターを、クワガタの一体へと投げつける。
狙い違わず砲身に突き刺さった事で、そのクワガタは機能停止するが。
「ぉおおおおッ!!」
クロスボーンガンダムのスカートから射出されたシザーアンカーが、手から離れて漂うバタフライバスターを掴み取る。
そのままアンカーに繋がる鎖を掴んだクロスボーンガンダムが、鎖を振り回し、2機目、3機目と次々とクワガタを切り裂いた。
そして……四機のクワガタは、全機撃墜されたのと同時に、まるで自分たちを調べられまいとするかのように全て爆散してしまう。
「……ふぅ、ふぅっ、なんとかなった、か?」
「カーティス、それよりあの子!」
「分かっている、急ごう」
急かす少女に促されるままに、クロスボーンガンダムの進路を反転させて先程すれ違った正体不明の機体のところまで戻り……その姿を見て、うっと息を詰まらせる。
「これは……」
四肢はひしゃげ、全身焼け焦げてはいるが、機体そのものは五体満足で残っている。並大抵の耐久力ではないし、これならばパイロットも生きている可能性が高くなった。
だがその機体の姿は、損傷を抜きにしても、モビルスーツらしからぬもの。
「火星の反政府組織が開発したという、噂の新兵器、か……?」
カーティスたち『アルゴ計画』の調査団が不在な間に起きたという、木星にある採掘基地コロニー『アンティリア』が、火星のバシリア・カウンティを中心に設立された反政府組織『バフラム』に襲撃された……通称『アンティリア事件』。
眼前の正体不明機は、どこか生物的な曲線を多用されたシルエットをしている。それはモビルスーツよりもむしろ、その映像記録内に少なからず映り込んでいた、バフラムの使用していた新兵器に似ているような気がするが、しかし。
「……いや、違うな?」
アルゴ計画よりも以前、カーティスはテテニスに同行して、新造されたエウロパのウーレンベック・カタパルトを視察したことがあるが……あの時、メタトロン関連施設から感じたざらついた感覚を、この正体不明機からは感じない。
感覚的な話であり確証があるわけではないが、そのメタトロン技術の結晶であるらしい、噂されるバフラム製の新兵器ではないと、そんな確信があるのだ。
それはさておき、破損状況から爆発あるいは火災が心配されたが……動力が完全にダウンしているらしいのが幸いし、今のところそのような兆候はない。ひとまず一安心と、カーティスがホッと息を吐いた――そんな時だった。
「カーティス、『林檎の花』の方!」
「なんだ……爆発!? 『林檎の花』、何が起きた!」
今カーティスたちが来た方向、母船がある方角から爆発の光が突然発生した。慌てて通信機に語りかけると、返答はすぐに返ってくる。
『カーティスさん、こちら『林檎の花』、当艦には問題ありません。ただ……牽引中の幽霊船のブリッジが、謎の爆発を』
「何……まさか、『エンジェル・コール』か!?」
幽霊船――二十年前、消息不明となった、私設部隊『クロスボーン・バンガードの輸送船。
たまたま土星圏に漂流していたその輸送船が消息不明となった理由らしき、船体を破壊していた隕石……それに付着するようにして発見されたのが、『エンジェル・コール』とコードネームを与えられた、人類史上初めて遭遇した、太陽系外から飛来した生命体だ。
だが、その『エンジェル・コール』とは、感染した生物を融解させるほどに強い毒性を秘めた、極めて危険な細菌だった。
以後、どのように処分するべきか、あるいは学術的見地から危険は承知の上で手元に保管するかで『アルゴ計画』メンバー内でも意見が分かれていたのだが……。
『カー……ス、カーティス・ロスコ、聞こえるか』
「その声はエリン? まさか、あの爆発はお前が?」
『ふふふ、驚くことでもあるまい、君がやりそうなことを先にやっただけだ』
「何……?」
『人の世に災いをもたらすものであれば、それが重要な知の源であっても焼き払う。君がやりそうな事だ……もっとも、私の目的は現存するエンジェル・コールを、私の手元にあるものだけにする事だけどね』
そう告げて、彼は何かを収めたカプセルを、カーティスに見せつけるように手に持って映像に映す。
「エリン、何を……何をする気だ!」
『何を……か。それは私の台詞だよ、カーティス・ロスコ。お前たちは木星をどこへ連れて行く気だ?』
「エリン、お前が私を疑っているのは以前に話をした時に理解している、だが、同じ木星のために協力してきた仲間だろう!」
『ならば答えてもらいたい……我が友カーティス・ロスコ、お前は誰だ?』
エリンの問いに、カーティスが黙り込む。
嘘を吐くのは簡単だ。だがエリンはとても優秀な友人であり、そんなカーティスの嘘を全て見通しての行動のはずだ。今更嘘を重ねても意味はないだろう。
『やはり、答えられないみたいだな』
「エリン……おれは」
『それでも、テテニス様とカーティス、君たちが木星の民のために尽くしてきてくれたことには、本当に感謝しているよ』
「ならば、これからも……!」
『だが……真の姿を偽る者を、どうして心の奥から信じられるというのかね?』
ぐっと、カーティスが言葉に詰まる。その姿を見て、エリンは話は終わりだと、通信の向こうで背を向けた。
『大変ですカーティスさん!』
「……今度は、何だ」
『第三格納庫内のモビルクルーザーが、ミノフスキードライブ実験機パピヨンが、船外に出て行きます!』
ミノフスキードライブ実験機。『林檎の花』と共に彼、エリンが木星本国より運んできた、惑星間航行実験機で……一度逃げられてしまえば、今のカーティスたちに追いかける手段は無い。
『フ……これを欲しがっている者が、地球にいるものでね。そこから木星に便宜を引き出す交渉に利用するのさ。きっと喜んで地球にばら撒くだろう、これが何なのかもわからずにね!』
「……エリン、よせ、そいつの危険性がわからないのか? お前が考えているほど生優しいものじゃない、人類を滅ぼすつもりか!?」
『ハハハ、馬鹿を言っちゃいけない――これで滅ぶのは地球圏の人間だよ、人類は生き残るさ、木星にだけより進化した人類として!!』
そうして、笑い声だけを残し、パピヨンのミノフスキードライブが放つ『光の翼』が遠ざかっていく。
『パピヨン、ミノフスキードライブ起動、急速に加速して離れていきます!』
そのオペレーターの声は、諦めの色が強い。
当然だ、今から『林檎の花』のミノフスキードライブを展開して追いかけても、同じミノフスキードライブ搭載機であるパピヨンには追いつけない、すぐにロストするだろう。
「……なんてことだ。正しいと信じて選択した行動、そのための嘘が……まるで真綿が首を絞めるように締め付けてきやがる……!」
「ね、カーティス、今は……」
「……ああ。この正体不明機のパイロットの救助を優先しよう」
すっかり疲れ切ってしまった様子のカーティスが、正体不明機の肩を掴み、『林檎の花』へと帰還する。
窮地を退けて戻ったクロスボーンガンダムに……しかし、その無事の帰還を喜ぶ声が掛けられることは無かった。
◇
――正体不明機を収容した、先ほどエリンによりパピヨンが強奪されて空になっていた『林檎の花』第三格納庫にて。
「どうだ、開けられるか?」
「と、言われてもな。まったく規格がわからない機体に、どうすればいいのやら」
クロスボーンガンダムから降りて来たばかりのカーティスと、周囲にいたメカニックたちが、固く閉ざされた正体不明機の胸部、コックピットハッチらしき場所の上で、揃って頭を悩ませていた。
「頼んでみる? 謎のロボットさん、ここをあけてくださいって」
「ベル……いや、お願いしてハッチが開くなら、苦労はだね」
呑気なベルナデットの言葉に頭を抱えて苦言を程そうと思ったカーティスだったが……しかし直後、正体不明機のハッチが軋みを上げて開いていく。
「ほら、開いたよ?」
「……開いたなぁ」
自慢げに曰うベルナデットと共に、納得がいかないと様子でコックピットの中を覗きこもうとして……何が柔らかいものが、カーティスの頬に触れた。
「……羽? なんでコックピットに羽が?」
ハッチをこじ開けた途端に舞い飛び、外に流れてきて頬に当たった柔らかい感触。
妙に軽いその物体を手に取り、手触りを確認すると、それは間違いなく鳥類の物に類似した羽毛だ。
怪訝に思いながら、ベルナデットと二人、ハッチの中を覗き込み……それはすぐに、幼いベルナデットの目を手で隠す羽目になった。
「ん、ん、ん……これは、なんてこったって感じだねぇ、まさか
「ねえカーティス、この子……」
「うんうん、ベルお嬢様、この子は私が助け出しておくから、救護班のおじさん呼んできてもらっていいですかね、大至急?」
カーティスに言われて、ショッキングな光景を目にしたことで少し青い顔をしたベルナデットが、慌てて格納庫から走り去って行く。
そうして視界を貸してくれていた少女が離れていったため、カーティスの視界はふたたび闇に包まれたものの……必要な情報はすでに先程全部見終わっている。見た感じ特に複雑な固定具などはなかったため、中で気絶しているパイロットを連れ出すのは問題ない。
それでも、すぐには動き出すことができなかった。非常事態には慣れていると自認しているはずのカーティスがそれほど混乱していたのは、ベルナデットの視界を借りて少しの間だけ目にした、正体不明機のパイロットの姿のせいだろう。
それは……全身おびただしい血に塗れた、明らかに重傷者であったが、驚いたのはそこではない。
半分ほど壊滅したコックピット内にぐったりと倒れていたのは、宇宙に出るにしてはあまりにも軽装な真っ白な薄手の衣を纏い、真っ白な髪をした、歳の頃はベルナデットと同じくらいの――
「なんてこった……『エンジェル・コール』が、本当に天使を呼んできたぞ」
――半壊したコックピット内で、赤に塗れて血溜まりの中に沈んでいてもなお神秘的な、真っ白な翼を背に持つ天使の少女だった。