スーパーロボット大戦AC【エンゼルコール】   作:resn

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天使の診断書

 ――『林檎の花(マンサーナ・フロール)』が土星圏で『エンジェル・コール』を強奪され、そして正体不明機を回収したあの日から、およそ一ヶ月が経過していた。

 

 現在『林檎の花』はアルゴ計画の調査団母船とは別行動し、地球へと逃亡したミノフスキードライブ実験機『パピヨン』を追跡するために、木星の衛星『エウロパ』にあるウーレンベック・カタパルトを利用するために急ぎ木星へと帰還の途上にあった――そんな、ある日のこと。

 

 

 

「お待たせしましたドクター。それにカーティスも」

「忙しい中のご足労、申し訳ありません、テテニス様」

 

 この『林檎の花』のドクター……恰幅のいい、ちょび髭を生やした温厚そうな男性だ。

 彼は、少し慌てて来たらしい、微かに息を切らしているテテニスが医務室へと入ってくるなり、話が長くなるからと椅子をすすめると、自分も席について話し始める。

 

「それで、あの天使の少女について話があるとのことだったが……」

「医療班のみなを人払いしたのですね、ですがなぜその中に私が呼ばれたのでしょうか?」

「カーティスは目が見えませんからな、それでは伝えるべきことも伝えられませなんだ」

「だが、それはテテニス様でなければならない事だったのか、ドクター。他の者に代理でも……」

「いいえ。この話は、できればお二人だけの耳に入れておきたい話でしたので」

 

 そう言って彼は、カーティスとテテニスに、先日収容した少女――あの正体不明機に乗っていた天使の女の子の治療経過について、解説を始めるのだった。

 

 

 まず判明したのは、あの天使の少女の体構造は、ほとんど人類と同一であるということ。

 一応、肩甲骨から変化した翼と、それを動かすための筋肉などは多少人とは差異があるらしいのだが……しかしそれは、鳥類みたいに自らの翼で空を飛べるようなものではないそうで、飛行能力は無いと断じられた。

 まずはそういった前提を語り終え、次いで語られたのは……その、負傷内容について。

 

 

「――全身の裂傷百ヶ所以上、特に大きなものは脊椎まで損傷が届いている。出血量も、間違いなくショック症状を起こしているレベルだな。それに……心肺停止か」

「ひどい……」

 

 救助した際に見たコックピット内の惨状から薄々そんな予感はあったが……予想を超えたあまりにも幼い少女には過酷すぎる負傷の数々に、話を聞いていたカーティスとテテニスの二人が揃って顔を顰める。

 

「だがドクター、こう言ってはなんだが、よくここまで回復させたねぇ、これ」

「ええ、先ほど眠っている少女の姿をチラッと見てきましたが、血色は良かったですし、呼吸も正常にしていましたわよね?」

 

 つい今日から隔離病棟から移されて来た少女の様子に、カーティスもテテニスも、心底ホッとしたものだ。

 

「そこは腕の見せ所……と言いたいのですがね、テテニス様。正直、私は全血液型対応の万能人工血液を輸血して、電気ショックで心肺蘇生をしたくらいの処置しかしていませんよ」

「……なんだって?」

「……なんですって?」

「それで……テテニス様には少々刺激の強い内容で申し訳ないのですが、こちらの映像記録を見ていただきたく」

 

 そう言ってドクターが再生した映像に、しかしすぐに真っ赤になったテテニスは慌てて立ち上がり、彼を非難する。

 

「あ、あのドクター、なぜこの映像で、あの子に衣服を何も身につけさせていないのですか!?」

 

 映し出されたのは、その白い肌を余すことなく曝け出した、一糸まとわぬ少女の姿。

 たまりかねて叫んだテテニスの言葉に、隣で聞いていたカーティスはゴホゴホと咽せ、ドクターが慌てて手を振って弁解する。

 

「ち、違うのです、純粋に医療目的の撮影で……!」

 

 そう言って、ドクター慌てては少女を写した映像――落ち着いて見ればその姿は傷だらけで、治療中の映像記録であることがわかる――の一部、ひどく裂傷している箇所の一つをズームアップする。

 

「……コホン、すみません取り乱しました。それで、その……出血がありませんね。それに何か、仄かに傷口が光っていませんか?」

「これは、心肺蘇生に成功して、息を吹き返した直後に撮影したものです。出血部位を拭き取り、縫合を始めようとした時なのですが」

「これ……何倍速ですか?」

「驚きでしょうが、等速での再生です。まるでゲームの回復魔法みたいに、心臓の拍動再開直後からすぐに傷が塞がっていったのです」

 

 映像の中では――謎のほの青い光を放つ傷口が、ゆっくりと小さくなっていく様が映し出されていた。それはまさしくドクターの言った通り、ゲームの回復魔法みたいな光景だった。

 

「ドクター、あなたがそのような人ではないのは重々承知していますが、あえて尋ねます……私たちを担ごうとしているわけではないのですね?」

「はい、誓って」

 

 真剣そのものといったドクターの目を見て、テテニスはふぅ、と詰めていた息を吐いて追及をやめる。

 

「それで、心肺停止となると気になるのが、脳への後遺症は?」

「ええ……それも見ていただきたかったのです。これが、心肺蘇生直後のスキャン画像です」

 

 そう言って出された画像、脳への深刻なダメージ箇所が記された赤い注釈を見て、テテニスが息を呑む。それだけでカーティスも、おおよそ事情を察する。

 

「これは、大丈夫なのですか?」

「いいえ。普通であれば、ここから目覚めたら奇跡ですが……こちらが一週間前のスキャン画像です」

 

 そう言ってドクターが表示したもう一つのスキャン画像に、テテニスは先程よりもずっと驚いた様子で息を呑む。

 

「そんな……」

「回復して……いえ、再生しているのです」

 

 沈黙が降りる室内。報告されてくる情報の何もかもが、非現実的な世界へと迷い込んだような錯覚を起こしてくる。

 そんな事があり得るのだろうかと思いつつ、しかし実際に起こっているならば、非常に厄介なことになる。

 

「他にも、最近あの少女から摂取した血液を調べたところ、あらゆる血液型に適合するのを確認しました。それにこの一ヶ月ずっと寝たきりにもかかわらず、体型や容姿に変化も見られません。まるで、今の姿から何らかの変化があることを拒絶しているみたいです」

 

 次から次に表示される信じ難いデータに、二人の間に湧き上がるのは、焦燥感。なるほど、ドクターが二人だけを呼んだわけだと、今更ながら理解した。

 

「ドクター、この事は、他の方々には?」

「私しか知りません、昨日まで隔離病棟で、完全に外部から見えないように治療に当たっていましたので。データも、このメモリーに保存されているもの以外バックアップもありません」

 

 そう言って、コンピュータに刺さっている記録媒体のスティックをコン、と叩いてみせるドクター。

 

「お二人ならば理解していると思いますが……彼女を本国の研究室へ引き渡せば、その恩恵はきっと大きいでしょう。木星の医療技術に大幅な発展が見込める可能性があります。ただ……彼女がどんな目に遭うかは、なんとなく予想はつきますがね」

 

 厳しい環境に生きる木星本国の研究者は、自分たち木星の民へと利益となる研究に貪欲だ。

 そんな彼らへとこの少女を引き渡せば、彼らは喜んで血を抜き、体を切り刻み、必要であれば()()()()()()()()事も躊躇わず……あの神秘的な天使の少女の尊厳を、余すところなく穢し尽くすであろうことは想像に難くないし、同じ木星に生きる者として彼らを非難することもできない。

 

 それを理解しているからこそ。

 

「私は……私の立場を考えれば、木星に暮らす人々のために、彼女を『アルゴ計画』の成果として研究施設へと引き渡すべきなのでしょうね……」

 

 ぐっと唇を噛み、葛藤しながら、言葉を選ぶように訥々と語るテテニス、その表情は苦渋に満ちている。

 

「で、ですが私は、ベルと同じくらいに見える女の子を、そんな風に扱うのは……」

 

 それっきり黙り込んでしまったテテニスの様子に、これまで話を聞いていたカーティスが、深く溜息を吐く。

 

「これだから、向いてないってんだよなァ」

「……カーティス?」

「あー、テテニス様同様、おれも反対だ……ただ、俺の場合は人道的というのとは違う、利己的な理由ですがね」

 

 驚くテテニスを他所に、カーティスが人差し指を立てて、自分が少女を研究所送りにするのに反対な理由を語る。

 

「一つ目の理由は……彼女の力が未知数ということ。先程ドクターの言っていた治癒能力を考えると、人間にできる事しかできないと考えるのは危険だろうな」

「と、いうと?」

「……もしかしたら彼女には、拘束された状態でもこちらが認識できない手段で害する方法があるかもしれない、ということさ」

 

 ありえない、と言うものはもう、この中には居なかった。

 

「でも、そんな、魔法みたいな……」

「だがおれたちは、そんな魔法みたいな技術を知っている。違うか?」

 

 カーティスのその言葉に、テテニスもドクターも、揃って黙り込む。思い当たるものはどちらも同じものだった。

 

「……メタトロン、ですね」

「まさに今私たちが利用するべく向かっているエウロパのウーレンベック・カタパルトもそうですが、あの物質が引き起こす現象の数々は、魔法としか言えませんからね」

「そういうこと。『そんな事はあり得ない』という考えは、今は置いておく方が良いと、おれは思うんだ」

 

 皆の納得を得られたところで、カーティスは中指も起こす。

 

「二つ目に……彼女が、おれたちに友好的な存在という保証はない」

「それは……でも、私たちを助けてくれましたよ?」

「そうですねテテニス様、と言いたいところですが。そもそも彼女がおれたちを守ってくれたというのは、状況からの推測に過ぎない。ただ単純に、たまたま射線上におれたちがいた可能性っていうのも、否定はできないだろ?」

 

 たしかに……と聞いていた二人が頷く。

 この広い宇宙でたまたま直撃コースにいた『林檎の花』の間にあの正体不明機がいたから、すっかり助けてくれたものと思っていたが……限りなく小さな可能性ではあるが、カーティスが言うようにただの偶然という可能性はまだ否定できない。

 

「それに……本当に彼女がおれたちを守ってくれたのだとして、それこそ問題だ」

 

 そこでカーティスは一度やれやれと肩をすくめ、だが、すぐに真剣な表情になって続ける。

 

「もし、そうならば……おれたちが見つけられなかった何者かが、こちらを狙っていたことになる。それを考えると、彼女と協力関係を築き情報を得たい……というのが、おれの考えだ」

 

 しばらく、沈黙が降りる。

 いつ放たれるか分からない、戦略兵器級の砲撃。そんなものがあるかもしれないと聞かされて、平静で居られるわけもない。

 

 ……が、しかしその沈黙は、カーティスの主張がこの場で皆に賛成されたということ。

 

「……では、決まりですね。この治癒データと、あの患者のことは、テテニス様、あなた預かりということでお任せします」

「ええ、きっと悪いようにはしないと約束しますね。ただ、まさか木星に連れて行くわけにも行かないし……カーティス、彼女はこのまま『林檎の花』に乗船させて地球へ同行させましょう。後見はあなたに任せて構わないでしょうか?」

「ええ、まあ、助けて連れてきた責任もありますからね」

 

 頷くカーティスに、話はついたとドクターがコンピュータからメモリーを抜き取り、本体に残っていた少女の治療データを消去する。

 

「では……こちらのデータはお預けします」

「ええ、たしかに受けとりました……どうかあの女の子に、幸あらんことを」

 

 そうしてドクターの手渡したメモリーを、テテニスはしっかりと受けとり、大切そうに握りしめて少女の行く末を祈るのだった――……

 

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