――その襲撃は、粛々と、しかし一気に始まった。
補給のため『林檎の花』が宇宙船用のドッグに停泊した、その翌日。
急遽飛来した火星の戦闘艦と、周囲から続々集まってくるモビルスーツでもLEVでもない機体の群れに、この衛星カリストは瞬く間に混乱の坩堝に飲み込まれた。
……そんな中、『林檎の花』の艦内。
当然ながら大混乱に包まれた中で、戦力に乏しい『林檎の花』も、それでも迎撃のためにバタラ隊を出撃、展開させる。
ビルをはじめバタラ隊の面々が出撃していくのを見送ったアンジュは、比較的安全な居住区に避難するよう言われていたのだが……今彼女は何かに導かれるように、そのルートから外れた場所を走っていた。
――林檎の花、第三格納庫。
回収した正体不明機――『堕天使』とコードネームを与えられた黒い機体の、開いたままのコックピット。
アンジュは迷わずそこに身を滑り込ませ、専用に設えたようにぴったり体が収まるパイロットシートへと腰を下ろす。
その瞬間……これまで一切の反応を見せてこなかった『堕天使』のコックピット内側全周囲に映像が出力され、まるでモビルスーツの全天周モニターのような、パイロットシートだけ宙に浮いているような光景となった。
そんな、少女の帰還を祝福するかのような『堕天使』のコックピット内で。
「私を呼んだのは……あなた?」
【肯定です……また生きて会えましたね】
AIだと思われる声が、しかし万感の思いが篭ったようにアンジュへと声を掛けてくる。
だが……その記憶が、今のアンジュには無い。
「……ごめんなさい、私、何も覚えていなくて」
【なんと……いえ、当機体も似たようなものなのですが】
「そうなの?」
【はい、機能完全停止寸前の深刻なダメージを受けたせいで、覚えているのはただ『あなたを守る』という使命だけです。お役に立てず申し訳ありません】
気落ちしたように報告してくる声に……アンジュはこんな時ながら、クスクスと笑い声を上げてしまう。
「なんだか、私たちそっくりだね?」
【肯定。そうあなたに言われて、今の私が感じている感情は、喜……】
声が何かを言おうとした瞬間、艦が、ひときわ大きな振動を上げる。
【――のんびりしていられる状況ではなさそうですね。この艦の通信に割り込みます】
「え? え?」
話が飲み込めぬうちに、アンジュの眼前に、この『林檎の花』ブリッジらしき場所で驚きの表情で固まっているオペレーターのお姉さんの顔がウィンドウに表示される。
『え? あれ、アンジュちゃん? なんで通信が勝手に、しかもこの発信源、第三格納庫の
【はい、こちらあなた方の言う『堕天使』です、申し訳ありませんが、緊急につき強引にラインを引かせてもらいました】
「あの、ごめんなさい、私も出ます、ここから出してください!」
少女の懇願に、騒然としているブリッジ。
『ど、どうましょう?』
『駄目だ、やめさせろ、子供を戦場に出す気か』
通信の向こうから聞こえてくる言い合いに、もしかしたら強行突破も必要だろうかという物騒な考えが脳裏を過った頃。
『構わねぇ、嬢ちゃんを出してやりな』
『で、ですが女の子を未知の機体に乗せて戦場に放り出すなんて……』
『そうじゃねえ、そのまま林檎の花に待機してて何があった場合そのまま道連れにしちまうが、出しとけば何かあっても嬢ちゃんだけは安全圏に逃がせる、だろ?』
『あ……わかりました!』
前線から通信を送ってきたビルの言葉に、オペレーターのお姉さんがハッとした様子で許可を出してくれる。
そうしてゆっくり開いていく格納庫のハッチが開いていく中で、機体を固定していたワイヤーが外されていく。
『聞いてましたね、アンジュさん。絶対に無理はしないでください、危なかったらすぐ逃げてね?』
「はい……ありがとうございます」
心配そうに送り出される中、第三格納庫が開ききる。機体を起き上がらせたアンジュは、ふと何かに気づいたように迷いを見せる。
「それじゃ、えっと……」
先程発艦していったバタラ隊の面々がそれぞれ名乗りを上げていたことを思い出したのだ。自分も何か言った方がいいのだろうかと、アンジュは機体に尋ねる。
【提案。当機体名について、この艦の者たちは『
「……いいの?」
【『堕天使』と『天使』のコンビなんて面白いじゃないですか。アンジュが良いなら構いません】
「わかった、それじゃあ――こちらアンジュ、ルチーフェロ出ます!」
直後――誰もが予想外のスピードで、真っ黒な光を放つ二枚翼を背中に広げたルチーフェロが、船外へと勢いよく飛び出したのだった。
◇
想定をはるかに超えた加速により、あっという間に高高度まで吹き飛ばされた、ルチーフェロのコックピットで。
「わ、わっ!?」
思ったようなGやショックはなく、滑り出すように急加速を始めた機体、凄まじい勢いで流れていく風景に、アンジュがビックリして悲鳴を漏らす。
【操縦桿を握って、自分の体を動かすつもりで考えてください】
「う、うん」
声に言われるままに思考すると、機体は予想以上に素直にアンジュの思考に追従する……何というか、
――ルチーフェロ、その機体は、生物的な曲線を描くスマートな印象のある四肢に鎧を纏ったような機体で、外見的な大きな特徴は、腰部後方に長いスカート状のアーマーを備え、背部には小さな翼のように見えるブースターらしきものを備えている事か。
そして……これまで艦内で眠っていた時とは違い、今は背部に輝く光輪と、それに沿って稼働する一対の翼がいつの間にか出現していた。
そんなルチーフェロは翼をはためかせて崩れていた体勢を素早く立て直すと、ざっと周囲を俯瞰して、戦況確認を行うと――停泊中の林檎の花の周囲、艦首左側に誰も居ないポイントがあった。
そして今まさにそこへ、小さな戦闘機群とそれを率いた二機のガイコツみたいな機体――画面にそれぞれ『モスキート』『ラプター』と表示された機体が接近中なのを確認した。
【モスキートは、艦から迎撃に出たバタラという機体でもなんとか対処できます、しかしラプターは、味方機の五機分相当の戦力と予想します】
「そんなに……!?」
敵機は機動性、耐久性、その他諸々が、完全に防衛に当たっている木星製の量産モビルスーツとは一線を画している。ガイコツ一機を対処するのに、味方が五機。当然ながら戦力が足りていない。
【さて……アンジュ、あなたは何をしたいですか?】
「『林檎の花』を、ビルさんたちを助ける!」
【了解、ではまず数はさておき性能ではあのバタラという機体でも対処できる小型戦闘機群は無視して、ラプターとかいうガイコツみたいなやつを先に処理しましょう】
そう言うが早いか、視界内を飛び回っている二機の『ラプター』を対象にターゲットマーカーが付く。
【ディバインウイング展開、アンジュ、機体をあのラプターの頭上へ】
「は、はいっ!」
背中の翼をはためかせ、一瞬でラプターの頭上まで飛翔したルチーフェロ。向こうとしてもそのスピードは予想外だったのか、二機のラプターは一瞬反応が遅れ、アンジュの眼下で隙を晒している。
【敵高脅威目標の上に陣取りました、アンジュ、ディバインウイングをブレードに】
「えっと……これ!」
言われたまま疑いもせず、アンジュが手元のスイッチを操作して、翼のマークが描かれていた表示を剣のマークへと切り替える。
直後――両腕に背中の翼が消えてガクンと重力に囚われる『ルチーフェロ』の黒い機体。
「え、き、きゃあああ!?」
【敵、ブレード射程内、思い切り振り下ろしてください】
「あああ……ぁああッ!!」
突然機体が落下したことでパニックになりながらも、アンジュは言われるまま素直に敵のガイコツみたいな機体へ両手の剣を振り下ろす自分をイメージする。
するとそのイメージに忠実に動いたルチーフェロが、手にした光を纏う大剣を身構える二機のラプターへそれぞれ振り下ろし……ガード体勢を取っていたその機体を、張っているシールドごと両断した。
そして落下中だったルチーフェロは、カリストの地表が近寄ってきたところで、落下を止めたいアンジュの意思に従って背中のバーニアみたいな形状のパーツに光を灯して制動をかけ、ホバリング状態に移行する。
「はっ、はっ……飛んでる? 落ちてない?」
【幸いこのあたりは重力がそれほどでもないので、通常飛行でもなんとか飛べますね】
「う、うん、でも通常飛行って?」
【質問はまた後で、敵小型戦闘機モスキート、こちらに向かって来ます】
バクバクと跳ねている心臓を抑えようと胸のあたりに手を添えて、呼吸を整えようとするアンジュ。
だが、二機のラプターを瞬く間に仕留めたルチーフェロを敵が見逃してくれるわけもなく、モスキートたちは周囲を旋回しながら接近してくる。
【念のため忠告しておきますが、現在『ディバインウイング』の枚数は二枚、高機動翼と武装の併用は不可能ですのでご注意を】
「えっと、ディバ……何? 何がなんだかよくわからないけど、うん! でももうちょっと説明を……!」
【敵多数、広域殲滅魔法『フラベルム』使用許可を】
「ふ、フラ……だから何それ? な、なんだかよくわからないけど、任せます!」
そう返事をした直後、アンジュの身体から、纏まった量の何かがごそっと抜けていく感覚。
同時にルチーフェロの両肩、両前腕のスリットが開き内部に収められていた結晶体が露出すると、それぞれが赤い線で繋がれる。
直後、機体前面に展開されるたのは、真紅の魔法陣。
その中に右腕を突っ込み何かを引き抜く動作を取ると、ルチーフェロの腕が巨大な炎を放つ。
「え、えぇ、これどうしたら良いの!?」
【今です、魔法名を叫んで狙った相手に叩きつけてください】
「わ、わかんないけどわかりました、は、はぁあああ、ふ、『フラベルム』ッ!!」
ルチーフェロがその焔に包まれた腕を振るった直後、轟、と戦場に莫大な焔が奔る。
巻き込まれた『モスキート』たちは、赤熱化し、次々と爆散していった。
【……疑問なのですが、アンジュ、あなたのレスポンスが非常に悪いですね。もしかして、私の操作方法もあまり覚えていない感じですか?】
「だから、ずっとそう言ってたのに……っ!」
今更気づいたように尋ねてくる声に、アンジュは半ば涙目で反論する。
なんとなく動かし方はわかるが、詳細な機能は分からない。今のアンジュは、説明書を見ずにアクションゲームのコントローラーを握らされたような状態だ。
だが、それでも戦えている。
『こいつは驚いた……無事か、嬢ちゃん?』
「ビルさん……はい、なんとか戦えるみたいです!」
他のエリアを処理して戻ってきたビルが、アンジュに心配げに声を掛けてくる。それに返事を返し……ようやくアンジュも、ふぅ、と詰めていた息を吐く。
『バタラ隊、ビル隊長、聴こえますか?』
『林檎の花ブリッジか、今このあたりはどうなってる?』
『依然、所属不明機たちはこの辺りに集結中、ですがこちらに向かってきている機体は居ないみたいです』
たしかに、上空を見れば次々と敵機体がいずこかに向かっている。その動きは手当たり次第だった先程とは違い、他の者には目もくれぬと言った感じに変化していた――まるで、探し物が見つかったのでそちらに殺到するように。
『だそうだ、嬢ちゃん、まだいけるか?』
「は、はい、この子もよく言うことを聞いてくれるから大丈夫です!」
ビルが『林檎の花』ブリッジとの会話中、ずっと機体操縦を確認していたアンジュが、どうやらルチーフェロは自分が思うように動いてくれると理解して、ようやく落ち着いてシートに体を預けながら返事をする。
『なら、林檎の花周りは他のバタラ隊や港湾警備の奴らも居るし、大丈夫だろ。俺らは……』
このあたりに少数飛び回っていたモスキートたちは、皆がおおむね落としたらしい。蜂の巣を突いたような騒ぎだった『林檎の花』周辺は、すでに静かになっている。
ならば、敵勢力の目的は何処か――。
『ビル隊長、この先、十キロメートルほどの場所にある採掘場で、採掘作業用LEV運搬のための民間船が襲撃されているみたいです、救援に向かえますか?』
まだ逃げられていない民間船の存在を伝えてくる『林檎の花』。そのまま捨て置くわけにはいかないと、アンジュは通信の向こうに居るビルと頷き合う。
『……ってえことらしい、俺はそっちにいくが、嬢ちゃんはどうする?』
「わ……私も!」
『よし、ついてきな、ただし機体に何か異常があったらすぐに艦に戻るんだぞ』
そう確認して、アンジュとビルが機首を敵機体が向かっている方角へ向けた――その時だった。
『あ……待ってください、識別不明機が急速に接近中、林檎の花の上空をそちらに向かって抜けていきます!』
『あん?』
ブリッジからの連絡に、二人が振り返ったその直後――白い戦闘機みたいなものが、凄まじい速度で頭上を通り過ぎていった。
『ありゃあ……敵、じゃねえな。見た事もねえが、ひょっとしてLEVの新型か?』
「あの、ビルさん?」
『なんでもねぇ、とりあえず向かっている方角は一緒だから、あの白いやっこさんを追うぞ!』