「こいつは……すげえな。ガイコツ野郎も含めてみんな木っ端微塵にされてやがる」
採掘現場である渓谷の間を飛行する、ルチーフェロとバタラの二機。しかしその行手を阻む敵機は存在しない、否、全て破壊されてあちこちに夥しい数の残骸が散乱している。
その数は……これまでアンジュ含む『林檎の花』のクルーか交戦してきた数よりも遥かに多い。
まるで嵐が過ぎ去った後のような光景に、ビルが『化け物でもいるのかよ』と珍しく緊張しながら呟く。
「こんなにたくさん……さっきの白い機体でしょうか?」
【否定、あの機体と私たちが通過した時間にさほど差はありません。戦闘があったのはもっと前でしょう】
ルチーフェロから聞こえる声に、ビルが眉を顰める。大部隊同士でぶつかり合ったにしては戦場が綺麗で、かつ転がっている機体が『モスキート』と『ラプター』しかいないからだ。
「そんな大部隊がいた痕跡なんて、どこにも無くねぇか?」
【肯定。解析したところ、おそらく戦っていた機体は一機のみでしょう】
「……ところでアンジュ嬢ちゃん、さっきからこの声誰だ?」
「あ……そういえば、あなたの名前は?」
今、やっと気がついたというように、ルチーフェロから聞こえてくる声に問い掛けるビルとアンジュ。
【現在、私自体に固有名は存在しません、できればアンジュに付けていただきたいのですが】
「っと、その前に救難信号があった渓谷にそろそろ飛び込むぞ」
「ごめんね、あなたの名前は落ち着いてから考えるから!」
【了解、それでは――戦闘行動を開始します】
眼下、渓谷に隠れるようにして滞空している、採掘作業用LEVの輸送艦。
その上空に群がるのは数機のラプターとモスキートの群れ……そしてその真っ只中で孤軍奮闘している、先ほどの白い機体。
『すげえな、機体もたいした性能だが、それ以上にパイロットが凄腕だ』
ひゅう、と感嘆の声を上げるビル。
アンジュもその戦闘を上から眺めて、今戦っている機体はやっぱりすごいんだと感心していると――通信に割り込んで、まだ少年と青年の間くらいに聞こえる若い声が、怒気も露わに語りかけてきた。
『その機体……バフラムの新型のOF(オービタル・フレーム)か!?』
「え……」
【否定、当機体は……】
『ジェフティは、お前たちバフラムには渡さない!!』
「きゃあ!?」
突然ターゲットをルチーフェロに変更して切り掛かってきた白い機体に、アンジュは慌てて翼をシールドに変化させ、機体を包み込むようにして防ぐ。
一方で白い機体の方も、そんなルチーフェロの反応を見て、慌てて攻撃を止めた。
『え……女の子が、なんで!?』
さすがに、幼いアンジュの声を聞いて混乱した様子の白い機体のパイロットに、ルチーフェロが声を掛ける。
【こちら、木星共和国実験艦『林檎の花』所属です、あなたの敵ではありません】
『友軍……ご、ごめん、君に怪我はない?』
「は、はい、大丈夫です!」
【当機体は現在どの勢力の識別信号も有していません、現在交戦中の敵機体との外見上の類似性も多く、間違われるのも仕方ないでしょう】
『そうか……本当にすみませんでした、寛大な対応に感謝します』
そう言いながらも、その間ずっと迫るモスキートの群れに機銃を掃射して牽制する白い機体。
不測の状況に今ひとつついていけず右往左往しているアンジュの一方で、ビルのバタラも白い機体に習い、その反対側から迫るモスキートたちを牽制し始める。このあたりの切り替えの速さは、彼らとアンジュの戦闘経験の差か。
「白いの、連邦のLEVで合ってるな? こちら木星共和国所属機、今から援護する」
『木星の……ありがとうございます、助かります。僕はレオ=ステンバック、この機体は連邦の試作のアドバンスドLEV『V2』の二号機です』
そう言って素直に協力体制に入った白い機体のパイロット……レオに、ビルは意外そうな声を上げる。
『驚いた……お前さん連邦軍のパイロットのくせに、木星の奴に助けられることに抵抗が無ぇのか?』
元々、地球連邦と木星共和国は、木星がまだ木星帝国だった頃から争い合っていたのもあり、犬猿の仲だ。しかし彼には、それを特に気にした様子が無い。
『僕は元々、木星のアンティリアコロニーで暮らしていましたから。それに、木星の方々にはしばらくバフラム軍から匿って貰っていたので、どちらかと言うと感謝の方が強いです』
続いて出てきたレオの話に、アンジュとビルは更に驚く。
「アンティリア……それって確かカーティスさんが話していた、まえに襲撃されたっていう?」
『このカリスト採掘のための基地コロニーだな。何やら事情がありそうだが……』
『ええ、詳しい話は後で、今はこの場を切り抜けましょう』
上空を見れば、また新たな敵機体が集まってきている。このまま押し切られてしまえば下には民間の艦があるのだ、それを許す訳にはいかない。
『とりあえず……このバタラとお前さん達の機体性能の差だと、はっきり言って俺の方はあまり役に立たねえ』
そもそもバタラは改修を重ねたとはいえ、もう何世代か前の機体だ。本来、火星の新兵器とやり合うには無理がある。
ビルはそう言って、アンジュとレオの方を見て頷く。
『だから……アンジュ嬢ちゃん、さっきのバカみてぇに強力な炎は!』
「あ、えっと……」
【撃てます、準備に30秒ほど要しますが】
「……だそうです!」
『よし、じゃあアンジュ嬢ちゃんは俺が援護するから、小さな野郎どもを纏めて吹っ飛ばせ。レオ、お前さんはあのガイコツ野郎を任せた!』
「あ、はい!」
『わかりました!』
アンジュが足を止めて『フラベルム』の発射体勢に入る中、レオはラプターに肉薄しては、敵を吹き飛ばす『ガントレット』というらしい特殊な兵装で艦に接近させないよう上空へと突き飛ばす。
発射準備中で身動きできないルチーフェロや無防備な艦に接近するモスキートたちは、ビルが牽制して抑えに回ってくれていた。
そうして30秒が経過した後……輸送艦上空に炎の嵐が吹き荒れて、このポイントでの戦闘はひとまず治まったのだった。
アンジュちゃんはMAP兵器役。