祝福で賜った博学でヒロイン達を支える異世界サバイバル 作:祐。
『わたしの声が聞こえますか。この呼び掛けを耳にした者がおられるのならば、どうか、反応をなさってください』
神々しく響き渡る、麗しい女性の声。
暗闇に染まる意識の中、脳内に響き渡るよう呼び掛けられたその声に自分はそう答えていく。
「……どなたですか?」
『わたしは、名乗るほどの者ではありません。その正体を明かしたところで、あなたには理解するに至らないことでしょう』
「それはどういうことですか……?」
『今はただ、わたしの言葉に耳を傾けてください。そしてどうか、わたしから託される祝福をその身に受け入れ、あなた以外にも悲運に見舞われた三名の女性方を支えてもらいたいのです』
「祝福? 悲運? ……女性方?」
ふと、フラッシュバックした最後の記憶。
そこでは大雨の夜に、山奥の鉄橋を走行していた田舎の電車が、ひっくり返るように横転していく様子が映し出されていた。
途端にして巡ってきた振動。
これは、横転した電車の中で直々に体験した衝撃そのものである。
「……そうだ。あの時、俺が乗っていた電車は線路から転落して……!」
『かの状況下に置かれてもなお、あなた方は奇跡的に生存することができました。ただしその方法は図らずも、落下した渓谷の遥か谷底にて、あなた方が乗車していた車両が“異なる世界に転移”する形で実現してしまったものなのです』
「て、転移??」
馴染みのない事象を耳にして、思わず聞き返してしまった自分。
だが、天からの声はこちらの驚きに構わず言葉を続けてくる。
『転移の原因は現在も、こちらで追究している最中でございます。ただ、“こちらの世界”は本来、あなた方が踏み入れるべきではない空想的かつ熾烈な自然で形成された異世界空間。これは科学や生物学では説明できない環境によって成立する、あなた方の常識では理解に及ぶことすらも敵わない非日常が常に繰り返される世界なのです』
「……もう既に理解できないことばかりなんですが、じゃあ俺はその“異世界”とやらに転移した? ということでいいんでしょうか?」
『その認識でよろしいでしょう。……これにて、今現在のあなた方の状況の説明が済みましたので、それではここから本題に移るといたしましょう』
「本題?」
尋ねることしかできずにいた自分の下に、一つの眩い光が射し込んできた。
神が纏う後光とも言えるだろう、名状し難い輝きが降りかかってくる。
『図らずも異空間に迷い込んでしまった、悲運の迷い子達。我々が転移の原因を解明し、あなた方を元の世界へと送り返すまでのその期間。あなた方にはこれから、魔力に満ち溢れた幻想的な異世界の中を、何としてでも無事に生き抜いてもらわなければなりません』
「は、はぁ……」
『しかし、異世界に精通する知恵をも持たぬ現在のあなた方ではきっと、その環境を一日耐え忍ぶことすら不可能極まりないことでしょう。“そちらの世界”で言うサバイバル術などといった常識は、“こちらの異世界”では何一つと通用しません。そこで、特例としてわたしから、悲運に見舞われたあなた方へと祝福を授けることに決まりました』
「祝福、ですか……?」
眩い光の中から、一つのまん丸なポーチっぽい物体がゆっくりと落ちてきた。
その外装はメロンの皮のような質感の巾着っぽく感じられ、しかし触れた感触としては金属のようにツルツルで硬く、それでいて、錘のようにずっしりとした重みと、一方で軽々と片手で持ち上げられる軽量感が特徴的だ。
コンパクトサイズなそれを両手で受け取り、大事に抱えるよう懐に収めていく。それから、天の声が放つ言葉へと意識を向けていった。
『それは、“賢者の祝福”です』
「賢者の祝福?」
『異世界における賢者という人間は、聡明で冷静沈着、かつ神聖で自衛的な魔法の扱いを得意とし、世界のありとあらゆる学問に精通する博学を大量に記憶した、何よりも道理を重んじる達観した賢人のことを指しております』
「それの祝福と言いますと……?」
『以前、こちらの異世界には大賢者と呼ばれる全知の博学者が存在しておられました。しかしその大賢者は不運にも、冒険の最中に命を落としてしまったのです。その際にも彼は、大量に記憶していた博識を魂に込めてから、遥か彼方の雄大なる大空へと召されていきました。こうして共に昇天した魂は我々の下に到達し、異世界の者が自らの手で築き上げてきた尊ばれし大義の遺産として、大切に保管されるのです』
「えっと……では、俺が抱えているこちらも、その尊ばれし大義の遺産として保管されていた、大賢者の魂……ということでいいんでしょうか?」
『呑み込みが早くて助かります。そうして魂となった先人の遺産は時として、祝福という名義で他の存在へと受け渡されることがあります』
「それが、賢者の祝福……」
抱え込んだ物体を見下げるようにして確認する。
尤も、後光のように眩い光以外には何も見えていないため、暗闇に染まる自分の全身も視認することができず、果たして本当に祝福を抱えていたのかどうかも分からない。
何なら、これで自分は何をすればいいのかもよく分かっていない。
賢者の祝福を抱えながら、見上げるような感覚を伴う視線で尋ね掛けていく。
「えっと……一旦情報を整理させてください。つまり、要は……事故をキッカケに別の世界に来てしまった俺達だけど、元の世界に戻る方法をあなた方が見つけるそれまでの間、この賢者の祝福を利用しながらなんとか異世界の中を生き延びてほしい……という認識で良かったりしますか……?」
『その認識でよろしいです。悲運に見舞われながらもなお、困惑を招くような事態にあなた方を巻き込んでしまったことは、我々の過失とも言うべきでしょう』
「いえ、発端は電車の事故だったんで、こちらは様々な偶然が重なることで起きてしまった事態なのかなとも思いますが……。あの、先ほどから気になっていたことが一つありまして、その……先ほどから“あなた方”と呼ばれているようですが、俺以外にも同じく“転移”してしまった方が、他にいらっしゃるということなのでしょうか?」
こちらの問い掛けを聞いたのだろう。次にも天の声は神々しい口調でそのような返答を行ってきた。
『その認識で合っております。あの晩の事故に居合わせた被害者は計四名。内の一名があなたであり、残る三名は不運にもたまたま同じ車両に乗り合わせてしまった、将来性のある若々しい女性方でございます』
「女性方……」
ぼやっと思い浮かんできた曖昧な記憶。
あの晩、その車両で見受けられた乗客は全員で三人。自分を入れて四人となるその空間にはそれぞれ、扉の付近に寄り掛かりながら悠々と佇む、見る者すべてを魅了するクールビューティの凛々しい女性と、向かい側の席に座って口を開きながら眠りについていた、同い年くらいに見える華やかで小悪魔風な少女、そして自分と同じ列の離れた席に座ってスマートフォンをたぷたぷ操作していた、地雷系ファッションを身に纏う女の子という光景が脳裏に巡り出してくる。
「……何となく思い出しました。それで彼女達も、祝福というものを受け取っているのでしょうか」
『いいえ。彼女達は未だ昏睡状態にあるため、わたしの呼び掛けに応じることもかなわなかったのです』
「それじゃあ……この賢者の祝福を賜ったのは、俺だけ……?」
『作用でございます。直にも我々との交信が途絶える以上、今回、祝福を受け渡すことができた人物はあなた一人のみとなってしまいました。ですので、どうか、祝福を受け取れなかった残る三名の女性方を、あなたが受け賜りし賢者の祝福による博学の知恵を以てして、支えてあげてください』
後光のような輝きが、薄らと、ボヤーッとしながら次第と消え始めていく。
その様子を見て、自分は焦るように呼び掛けていった。
「あの、また来てくれますよね……!? 次はたぶん彼女達も目覚めていると思いますので、さすがにそこで彼女達にも祝福を……っ!!」
『わたしとの交信はおそらく、これで最後となるでしょう。どうかお許しください。異なる世界から迷い込んだ異端者との交流は禁忌に触れる恐れがあり、特に、非常に繊細な誓約の下で我々は存在を許されております。なので、あなた方との接触は、必要最低限の回数のみに留めなければならないのです』
「え、あの、じゃあ。祝福は……三名の女性達に渡す祝福は……!?」
『彼女達の命運は全て、あなたに託しました。受け賜った賢者の祝福による、全知に最も近付くことができた博学の知恵を以てして、どうか、あなたが彼女達をお支えください』
「え、でも俺もよく分からないことばかりで…………っ」
必死に訴え掛けたこちらの言葉は、突如と広がり始めた深淵の暗闇によって打ち消されていく。
次第と収縮する神の輝きと、侵食するように周囲から靄がかかり出した暗黒。前も後ろも区別がつかなくなるその暗闇に自分は焦りを感じ始めていくと、今も米粒のように小さくなった輝きに向かって投げ入れるように、自分は最後にこの言葉を口にしていった。
「っ……な、何とかやってみます……!! 賜った賢者の祝福で、三名の女性達を守り抜いてみせます!! 女性達を支えてみせます!! なので、事態の究明に専念なさってください……!! どうか、俺達が“元の世界に帰れるよう”、よろしくお願いします…………っ!」
喋っている間にも、眠気のように訪れた強烈な朦朧さが、この意識を奪い始めていく。
最後に伝えたいことを、なんとか伝え終えた。
巡った安堵の実感と共にして、この意識は途絶えるようにプツンッと失っていく。
そして、夢も見ないしばらくもの昏睡の末に、自分は重い瞼を持ち上げながらその現実と向かい合っていった。
……落下の衝撃で半壊した車両。穴が開いた天井と、雨の水や土砂の泥なんかが混じる車内の様子を横目にして、頭を抱えるようにしながらうつ伏せの体を持ち上げていく。
衝撃で粉砕した車両の窓。そこからはみ出すよう覗く巨大なシダのような葉。共にして緑臭い香りで意識を覚醒させていくと、そうして辺りを見渡した自分は次の時にも、天井の無いボロボロの一車両がジャングルに囲まれている光景というものを目の当たりにした。