祝福で賜った博学でヒロイン達を支える異世界サバイバル 作:祐。
異世界に転移した。
ジャングルに囲まれた目の前の光景に、一瞬だけ思考が停止する。だが、先ほど耳にした神々しき女性の声で既に非現実を体験していたためか、自分でも素直に思える程度には目の前のそれを受け入れることができたものだ。
薄い紫色が滲む青空と、周囲には熱帯雨林のように生い茂る青臭い草木。高いもので五十メートルもの背を持つ木が乱立するこの地帯は、シダのような緑色の葉や、ドリアンの実のような先端を持つ枝、所々とうかがえる赤色が混じった葉などの光景を生み出している。
薄暗く、それでいてどこか赤黒いモヤが漂う空間。これに自分は唾を飲み込みながら様子をうかがっていく中で、ふと脳裏には、知らない言葉や知識といった数多の思考がよぎり始めたのだ。
……ここは、『ヌンキの森林』。植物のみで形成された独自の生態系が特徴であり、周囲の森林をはじめとして、流れる川や転がる石、挙句には土に見えるこの地面までもが植物の一種とのこと。
この地帯の最大の特徴は、植物のみで成り立った生態系。それは動物やモンスターといった生物を一切と寄せ付けず、また、植物が周囲の植物を捕食することで成長するのだという。
理解できる範囲の言葉を掻い摘んだ、大雑把な説明。そんな、にわかには信じ難い知識が、無意識と頭の中に流れ込んでくる。この現象に自分は、祝福として賜った“賢者の博学”を実感すると共にして、次にも意識はボロボロになった電車の一車両へと向けていった。
都合良く開けた空間の、その中央。損傷した車両は天井が吹き抜けになっており、一部の窓や壁、床が割れている。その車両に這いつくばるよう存在していた自分は、怪我などはないか改めて自身の様子を確認した。
自分は百七十三の背丈で、黒色と白色、オレンジ色の三色が混じるパーカーを着込んでいる。他、白色のTシャツに黒色のボトムス、白色のシューズという格好をしており、黒髪のショートヘアーと合わさることで無難な風貌を演出していた。
これといって問題なさそう。確認次第にも自分は、すぐに付近を見渡していく。すると、車両の中には三人の女性が倒れているのを発見した。
それぞれ、イスから落ちかけた状態で横たわる目の前の少女と、少し離れた位置で床に倒れている女の子。そして、扉の付近にあるイスの側面にもたれ掛かる女性という三人の姿。彼女らこそ、謎の声が言っていた三名の女性らであることを認識してから、自分はすぐにも目の前にいるイスで横たわった少女へと呼び掛けていった。
彼女に近付き、その外見の特徴を捉えていく。
百六十五ほどの背丈で、クラブピンクの少し青みがかったピンク色の長髪を、紐状のリボンのような髪型にして後ろで結っている。服装は、袖を持て余しつつ、ダボダボで膨らんだシルエットの黒縁紺色マウンテンパーカーに、アイボリー色のワイドパンツと、前開きのパーカーから覗く白色のへそ出しタンクトップ。他、サンダルのようなアイボリー色のヒールなどを身に着けている。
長いまつ毛と、キラキラとしたチークが彼女に華やかさを演出している。その彼女の肩を優しく叩きながら、自分はそう呼び掛けた。
「もしもし、大丈夫ですか? 起きられそうであれば目を覚ましてください。もしもし、もしもし!」
咄嗟に出てきた言葉を羅列していくこと少しして、少女は「んん……っ」と声を出しながらゆっくりと瞼を持ち上げてくる。
活気に溢れたネイビー色の瞳。彼女はそうして目にした光景にすぐパチッと見開いてくると、少女は反射的に体を起こして、呆然とした表情で『ヌンキの森林』を見渡した。
……そして彼女は、受け入れ難い現実を前にしてパニックを起こしたのだ。
「っ……なに、ここ。何なの、ここ……。ねぇちょっと待って。なにこれ。え、ここどこなの……!?」
「大丈夫……とは言い辛いかもしれないけれども、まずは少し落ち着い……」
「ここは何なの……!? なに、あの葉っぱ……!! なんか変な森だし、電車も、こんな。……そうだ。あの時、電車がひっくり返って……っそれから……!!! い、いやぁぁああぁぁぁ!!!!」
切羽詰まる金切り声。同時に頭を抱え込むようにして、極度の恐怖で縮こまりながら震え出した彼女に、自分はなだめるように言葉を掛けていく。
だが、彼女の耳にこちらの声が届かなかった。
こちらの問い掛けに対して、首を横に振り続ける少女。その声が残る二人にも届いたのだろうか。直にも床で倒れていた女の子と、イスの側面にもたれ掛かっていた女性が、意識を取り戻すようにゆっくりと顔を上げてきた。
床に倒れていた女の子の方は、百五十八という背丈で幼げな風貌が特徴的だった。
あどけなさが残る輪郭と、サラサラと流れるヴァイオレットカラーの長髪。宝石のようなヴァイオレットの瞳を周囲に向けていく少女は、白色のリボンやフリルが付いた黒色のブラウスに、トップスインスタイルのゴスロリ系黒色スカート。それと、猫耳がついた黒色のキャスケットに、黒色の厚底ブーツという一式を身に着けている。
他、フリルのような袖と、黒色のニーハイソックスが個性を演出していた外見。彼女は、肩に掛けた黒色のショルダーバッグを抱えるようにしながら体を起こし、未だ状況が吞み込めないといった眼差しで暫し森林を眺めていく。
もう一人の女性もまた、クールで凛々しいサマと共に機敏な動作で立ち上がっていった。
百七十九という、こちらよりも高い身長を持つ彼女。腰まで伸ばし、分厚く束ねた白色のポニーテールを揺らしながら、健康的な色白の肌と、引き締まるようにシュッとした顔立ちで冷静に周囲を見遣っていく。
静かに黒色の瞳を光らせる女性は、黒色のライダースジャケットに赤色のシャツ、黒色のバイクパンツに膝丈まである黒色のブーツという軽快な格好を纏っていた。彼女から見た左目にはホクロがあり、また、赤色のシャツのボタンを二つ開けていることで大人の色気を醸し出している。何よりも彼女は絶世の美貌を誇っていたことから、彼女はモデルか女優か、そんな印象を抱いてしまえたものだった。
二人の女性が意識を取り戻し、『ヌンキの森林』を見渡していく。二人の脇では、今もパニックで取り乱す華やかな雰囲気の少女が金切り声を上げていた。
そんな絶望じみた空間の中、ヴァイオレットカラーの長髪を持つ地雷風コーデの少女が、唯一の男であるこちらを見遣りながら、敬語でありつつも適当な口調で喋り出してきたのだ。
「……あの、コレどーいう状況なんですか?? 夜の記憶は、ぼんやりとですけど何となく思い出せます。そこから察するにウチら、事故ったあの電車で山奥に投げ出されて、イマ正にその山ん中で遭難中ってカンジでイイんですかね??」
「認識としてはそれで大体合ってはいるんだけど、ちょっと他にも色々と込み入った事情も混じっちゃって、遭難だけでは済まない状況に置かれているって感じでもあるかな……」
「込み入った事情?? どーいうコトです??」
尋ね掛けてくる少女と向かい合う自分。その彼女へと返事を行おうとしたところで、もう一人の凛々しく佇む大人びた女性が、視線を他所に投げ掛けながらも分析するように言葉を口にした。
「……まるで日本ではないような雰囲気の森。アマゾンの熱帯雨林のような植生でありながらも、その本質は異質そのもの。青空広がる空模様から、事故発生から半日は経過しているのでしょうけれども、上空を見渡す限りは落下してきた鉄橋は見当たらないし、付近には他の車両もうかがえない。それどころか、空気中にはヒリヒリと肌に伝う摩擦のようなものを感じられるし、前方の草木は巨大な食虫植物のような、日本では見られることのない不気味な見た目をしているわ。……ここ、本当に日本の山? ここは一体どこなのかしら」
異世界に放り込まれてもなお、冷静な分析を行えるほどの理性を保ち続ける女性。彼女は凛とした眼差しで歩き出すと、扉が外れたその出口から外へと出て、そのまま真っ直ぐ歩み進めるなり、手前にあった巨大なハエトリグサのような植物へと手を伸ばしていく。
それを見た自分は途端にも、脳裏に巡った危険信号で思わず大声を上げながら呼び止めた。
「近付かないでッ!!! それは植物も動物も、口に入るものは何でも捕食してしまう雑食性の植物です!!!」
「雑食性の植物?」
「それは五メートル以内の動くものに反応する種なので、不用意に近付かないでください!! それが持つ粘液の粘着力は非常に凄まじくて、粘液の対策をしていない衣類や体に付着してしまえば、その粘液を永遠に洗い落とすことができませんッ!! あの植物は、その粘液を牙に染み込ませることで獲物を確実に取り込める構造となっているので、一度でも食いつかれれば最後、その植物は噛みついたスッポンのように貴女から離れない!!」
源泉が如く、脳内には大量の知識が溢れ出してくる。
理解できない言葉で埋め尽くされた脳みそ。それでも無尽蔵に湧いて出てくる文字列の様子から、自分の脳内には数百冊分の辞書や図鑑が埋め込まれたような気分を覚えた。
尤も、溢れ出してくるそれらの九割五分が、自分にも理解できない単語ばかりでもある。
異世界の言語なのだろうか。それとも、異世界が発祥の単語である故に普通に理解できていないだけか。どちらにせよ、異端者である自分に理解できる言葉のみを掻い摘み、それらを拾い集めるように言葉を抽出してから言語化する。そんな作業が無意識と、自分の脳内で行われていた。
これにより、自分の脳みそには極限なほどの負荷が掛かっていた。
例えるなら、初めて開いた教科書の内容を、最初から、余すことなく無理やり覚えさせられる感覚。それは休む暇も与えられず、強制的に次々と新しい単語や手法を覚えさせられていくスパルタ的記憶術。これによって自分の脳みそには今も、新たな取り組みなどで覚える気持ち的な疲労感が秒間で伝わり続けていた。
……今にも発狂してしまいそうなほどの情報量だ。
脳疲労。たった数十秒の思考でキャパオーバーとなった脳みそは、次第にめまいを引き起こしていく。これによって自分はフラッと体勢を崩して尻もちをついてしまったため、正常ではないこちらの様子を見た地雷風コーデの女の子は、すかさず駆け寄ってくるなりこの背中を支えてくれた。
華やかな印象のパニック気味な少女は、涙目になった怯えた表情で、信じられない、受け入れ難いものを見る目で植物を注視している。それとはまた別に、凛々しく佇んでいた女性は懐疑的な眼差しをこちらに投げ掛けつつも、足元に落ちていた電車の破片を拾ってから再び植物と向かい合っていった。
……にわかには信じ難い。
彼女は、こちらの知識を試すかのように、手に持った破片を植物へと投げ込んでいく。
次の瞬間だった。
投げ入れた破片が、植物に到達する直前。まだ、その破片が植物に当たっていないというその距離で、ハエトリグサのような植物は目にも留まらぬ速度で動き出す。
そして直後にも、投げ入れられた破片は瞬く間に食われてしまったのだ。
飛び散る粘液の飛沫に、女性は機敏な動作で即座に後退する。そこから暫し様子をうかがう視線で注視していくと、直にも植物の動きが収まるのを見届けてから、彼女はこちらへと向き直って歩き出しつつ、それを尋ね掛けてきた。
「……到底信じられないわね。けれども、つい先の観察で、この地には貴方が口にした通りの生態が築き上げられていることを体感したわ。……それで、その知識は一体どこから得たものなのかしら。とても現実的とは思えない現象を知る貴方は一体、何者なの? 教えてちょうだい」
「俺も皆さんと同じく、電車の事故に遭った遭難者の一人に過ぎません。ただ、意識を取り戻す前にも、ある不可思議な出来事と出くわしたんです。情報共有も兼ねて、それを皆さんにお話ししたいと思っています。……今、自分たちが置かれている状況や、此処が一体どんな世界であるのか。理解は決して容易くないかと思われますが、どうか言葉の意味を受け入れる努力だけはしてください。これは、今の俺達には絶対、必要になる知識です」
こちらに集まった注目。三名の女性から注がれた視線を浴びながら、自分は真剣な眼差しで先の言葉を口にしたものだった。