桐ケ谷深澄の冒険   作:三毛の高志

12 / 13
ここはどこ?

 

ガシャリ、ガシャリと言う音が石造りの迷宮に響く。それは鎧の触れ合う音であり、或いは鞘がぶつかる音でもあった。

当然、モンスターの蔓延る迷宮区でそんな音を立てれば瞬く間に怪物が寄ってくるだろう。

しかし、そんな危険さえ今の彼らには無いに等しい。

39人。レイド部隊の上限には足りないが、それでも現状のアインクラッドにおける最大規模の戦闘集団だ。

彼らに掛かれば音を聞きつけて現れたモンスターを瞬殺して進むことなど容易い。事実、ここまでの道中で遭遇したモンスターは全て1分と持たずにポリゴンの欠片へと還っていったのだから。

 

「これが………」

「ボスの部屋か………」

 

そんな猛者たちが、揃って生唾を飲み込む光景がミトたちの前に広がっている。

 

「…………」

 

デスゲーム初日以来、ネペント戦を除いて取り乱すことの無かったアスナでさえ無言でキリトの服の裾を摘まんでいる。

キリトもその事実に気付かないほど、固唾を呑んで"その扉"を見つめている。

 

「とうとうここまで来たのね………」

 

粗雑な石造りの迷宮の中で異質さを放つ精巧な彫刻。第1層という低階層にあるまじきディティールの細かさ。

何よりもその奥に座しているであろう存在がミトたちを圧迫する。

 

「そうだ。この先に奴がいる」

 

そういいながら、集団の戦闘に立ってい青髪のプレイヤー──ディアベルが振り向いた。

その顔には、人好きのする笑顔が刻まれている。

 

「ここまで来たら、俺から言えることは一つだ」

 

いつもと変らない表情。いつもと同じ仕草。平時と変わらない立ち振る舞いが、レイドメンバーたちを緊張を和らげていく。

 

「勝とうぜ」

 

たった一言でディアベルはレイドメンバーたちの心を奮い立たせる。誰しもが頷き、武器を握る手に力が入る。

 

(凄いわね。ディアベル)

 

自分にはできないことを平然とやってのけたかつての相棒をミトは尊敬と羨望の眼差しで見つめた。

 

 

*********

 

 

「攻撃開始──────!!」

 

レイド指揮官を務めるディアベルの号令に合わせてA隊──高機動高火力のダメージディーラーで構成されたパーティ──が突撃する。

彼らの刃の先にあるのは身長2メートル半を超える巨躯。筋骨隆々とした人型の頭部だけが獰猛な狗のそれ。

 

「グルルルルアアアアァァァ!!!!」

 

はじまりの街の北門を抜けた先に広がる平原。そこに多用な種類が湧出するコボルトは第1層における最大の難敵と言っていい。

理由は単純で、ソードスキルを使うから。ここが剣技の世界(ソードアート・オンライン)であることをプレイヤーに知らしめる重要な存在だ。

だからこそ、彼は最後の関門として選ばれた。

イルファング・ザ・コボルトロード。王の名を冠した獣たちの英雄。

他の怪物とは比較するのも馬鹿馬鹿しい暴力の化身が放つ咆哮がプレイヤー達に浴びせられる。

 

「おんどりゃああああ!!」

 

先陣を切ったのは攻略会議でベータテスターを批判していたキバオウ。

なるほど言動はともかく彼なりにこのデスゲームをクリアしようとする意思は本当らしいとミトは思った。

 

ガゴンッッ!!

 

鈍い音を立ててイルファングの円盾がキバオウのソードスキルを受け止める。動きが止まった隙を逃さず、他のA隊メンバーが次々と攻撃していく。

 

「ガアアアアアァァァァッッッ!!!」

 

一段目のHPゲージを2割程削られたことに憤慨したのかイルファングが片手斧用ソードスキルを繰り出す。

上段に振りかぶった斧を叩きつける単調な攻撃はしかし、重装甲のタンクたちによるB隊に防がれる。

 

「今だ!スイッチ!」

「突っ込め!」

「どりゃあああ!!」

 

硬い岩盤にピッケルを打ち付けたかのように斧をはじかれ体勢を崩すイルファング目掛けて、再度いくつものソードスキルが繰り出される。

ターゲットされたダメージディーラーをタンクが庇い、その隙に一斉攻撃する。

即席ながら板についた連携によって、HPゲージの一段目が消失した。

 

 

*********

 

 

「やるわね」

 

「ああ。あんなに上手くいくとは思ってなかった」

 

ボスと戦う本体から少し離れた位置で取り巻きのモンスターを相手取るミトとキリトはそんな感想を漏らした。

ベータテストでもフロアボス戦を経験しているキリトにとって、第1層ボスは苦い思い出のあるモンスターだ。

なにしろ今以上にノウハウも何もない状態で挑んだ攻略戦だったのだ。人数も僅か十数人しか集まらず、ほとんど特攻状態で挑んだ初めてのレイドバトルは散々な結果に終わった。

 

「みんな士気も練度も高いし、なにより指揮官が優秀ね」

 

「認めたくないけどな」

 

「?」

 

その経験があるからこそキリト自身、ディアベルの指揮官としての優秀さを認めるしかない。

ここまでの戦闘で犠牲者はおろか、大ダメージを受けた者もいないのだ。

もちろん各個人のレベルが高いことも理由だが、何より、前進や後退の判断が完璧だ。自分でも剣を振るいながら、ボスの動きを冷静に見ている。

伊達にミトとコンビを組んでいたわけではないのだと思い知らされる。

 

「2人とも!新しいのがくるよ!」

 

HPゲージが2段目に突入したことで、再度取り巻きのモンスターが湧出する。

アスナの言う通り、のんびりと本体の戦いを見ているわけにはいかないようだ。

 

「ミト、行くぞ!」

 

「ええ。わかってる」

 

キリトとミトは再び現れたモンスターを倒すため武器を握りなおす。

 

「……………アイツ、大丈夫かしら」

 

接敵する直前、ミトが漏らした呟きを聞いたものはいなかった。

 

 

*********

 

 

フロアボスのHPゲージが2段目に突入した後も、ボス戦は順調すぎるほど順調に進んでいる。

ダメージディーラーで構成されたA隊とC隊、タンク職によって構成されたB隊とD隊、そこに長柄武器でボスに隙を作るE隊。取り巻きを寄せ付けないようにするキリトたちF隊。

各隊がそれぞれの役目を全うし、ディアべルという指揮官が完璧な運用を見せた結果だ。

そして、遂にその時が訪れる。

 

「最後のHPゲージだ!攻撃パターンが変るぞ!ターゲットは俺が取る!!」

 

ディアベルの声に呼応するかのようにイルファングが片手斧と円盾を投げ捨てる。そして、腰から一振りの長大な剣を引き抜いた。

石斧とは違うギラつく輝きが、獣の王をより一層凶悪な存在へと変えている。

ここまで楽勝ムードが続いていたレイドメンバーでさえ、緊張から息をのむ威容を前にして、ディアベルは勇猛に立ち向かった。

────────────それが彼自身の焦りに押された悪手だと知らずに。

 

 

 

「「!!」」

 

 

その違和感に気付いたのは、たった2人。ミトはベータテスト終盤で同種の武器を目にしていたから。

キリトはそれに加えて、ベータテスト時のイルファングを知っていたから。

いずれにせよ、2人の脳裏には、かつてないほどの危険信号が鳴り響いた。

 

「ダメだ避けろッッ!!範囲攻撃が来るぞ!!!」

 

残念なことに、キリトの警告に反応できたものは独りもいなかった。

ボスを取り囲むプレイヤー達はディアベルも含めて、前情報と違うボスのモーションに動けずにいる。

 

「待ってミト!!」

 

ただ一人。

キリトが声を上げるより前に駆け出していた少女を除いて。

 

 

*********

 

 

ずっと後悔していた。私が放課後の屋上で誘わなければ、アスナをこんな残酷な世界に閉じ込めることも無かった。

ずっと後悔していた。あの日、アスナを護るためにキリトの手を借りたことを。

姉として、弟に言うべきだったのだ。危険だからフィールドになんて出ずに助けを待とう、と。

結果としてそれは間違った選択なのかもしれないけれど、少なくとも姉として弟を積極的に危険な場所に招くことは、してはならなかった筈だ。

だから、ずっと後悔していた。

あの時、2人の前から逃げ出したことを。

そして誓ったのだ。もし次があるのなら、決して見捨てない、逃げないと。

だから。

”彼”と再会した時、私は昏い歓びを感じたのだ。

かつての世界で共に戦った騎士。相棒と呼べる関係を築いた男と再会して、私はなんとなく『予感』していたのだ。

 

────────ディアベルはいつか無茶をして命の危機に瀕する、と。

 

それはなんて浅ましい願いなんだろう。口に出すことはおろか、考えることさえあってはならない筈だ。

 

────────次こそ誰かを守ってみせるという自己満足のために友の危機を願う等。

 

 

だから、成長の兆しを見せるキリトとアスナをみて安心していたのだ。

あの2人は強くなる。アスナは攻略集団を率いるリーダーとして。キリトはアスナの下で戦う最強の剣士として。

私なんて置いて行って、誰も追いつけない場所まで。

デスゲームという乱気流さえ追い越して、何処までも強くなっていくのだと。

だから、私が願ってしまったディアベルの────否、彼以外にも、他の誰かの危機なんて目にすることはないだろうと、安心していた。

 

 

 

 

甘かった。どうやら私はこの世界に大分頭をやられていたらしい。これは現実だ。勧善懲悪の夢物語(フィクション)じゃない。

たった2人がどんなに強くても、避けられない悲劇なんて無数にある。

結局私は、私自身の愚かさから目を反らしたかっただけなのだ。

────その結果、更なる愚者に成り下がっているとも知らずに。

 

 

 

あぁでもよかった。ベータテストで散々くらったソードスキルを目にして、驚愕する彼の顔を見た瞬間、体が勝手に動いてくれた。

どうやら、次こそは誰かを助けると言う誓いだけは、本物だったみたいだ。

 

キリトとアスナ、そしてディアベル。

間違いなくソードアート・オンラインの攻略に不可欠な3人。

その内の一人と引き換えにするのだ。

 

────────────私の命なんて、安いものよ。

 

 

《旋風車》《浮舟》そして《緋扇》と続く連撃に狙われるディアベルを押しのけて、私はボスの前に身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

第1層フロアボス──イルファング・ザ・コボルドロードの残骸である大量のポリゴン片を浴びながら俺は勝利というものを全く感じられないでいた。

俺の傍らには、座り込み、泣き崩れたアスナがいる。

けれど、もう一人の少女は、最愛の姉の姿は、そこにはない。

 

死者2名。それがファイ1層フロアボス攻略戦における犠牲者だ。

 

イルファングが前情報とは違うカタナを抜き放った直後、ディアベルを庇ったミトが……………………………死んだ。

そして、彼女の死を皮切りに戦線は崩壊し、俺もアスナも、動くことが出来なかった。

 

そんな状況でただ一人ディアベルだけが勇猛果敢にボスに立ち向かって………………………………………死んだ。

 

その後は、エギルという巨漢の言葉になんとか再起動を果たした俺やアスナなど一部のプレイヤーによって、最後のHPゲージが削り取られ、ボス攻略戦は終了した。

 

「ミト………ミトぉ………」

 

「姉貴………」

 

どれだけ否定してもその事実は変わらない。どれだけ名前を呼んでも、蘇ったりはしない。

ミトは……………姉貴は…………………………桐ケ谷深澄は。

 

 

 

「なんでや!!なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!!」

 

 

 

 

ああ。こいつらは。

 

家族を弔う暇さえ与えてはくれないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*********

 

「ここはどこ?」

 

夜の砂漠の様な寒々しい荒野で、紫の髪の少女が目を覚ました。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。