「いない………」
「見つからない………」
「「一体、何処にいるんだああああ!!??」」
「ど、何処にいるんだろうね……??」
木々が疎らに生え、背の高い草が生い茂る草原地帯。その只中を私たちは、文字通り草の根分けてあるものを探し続けていた。
蒼く澄み渡る空に浮かぶ太陽はすでに頭の真上を越して西側へ傾きつつある。今日は日の出前の空が白み始める頃からフィールドに出ていることを考えれば、もう6時間以上この『宝探し』を続けていることになる。
ここ数か月は受験のために長時間机に向かって問題を説き続けることにも慣れていたが、それでも、この作業はなかなかに堪える。
現実の体には、何ら影響することはないと分かっていても、ズシリと脳に響く疲労感から「ふぅ…」と息をつく。
チラリ、と横を窺えば黒髪のプレイヤー2人が、いつになく真剣な表情で片時も休むことなく『宝探し』を続けている。
………正直、2人とも目が血走っている様で若干怖い。
「こんなに探しても見つからないんじゃ、諦めた方が………」
「「今ここで諦めるともっと見つからなくなるの(んだ)!!」」
「えぇ……」
[[rb:現実>リアル]]だと、あまり姉弟仲は良くないって聞いてたのに……。ものすごく息ピッタリなんだけど。
聞いていた桐ケ谷家姉弟のイメージと実物との乖離に私はゲンナリとなる。
……ミトってゲームの事になると熱くなりすぎることがあったけど、そのあたりは弟のキリト君も一緒だったのね。私は、学校の屋上で格闘ゲームやオンラインゲームについて楽しそうに語る深澄の姿を思い出しながら、そんなことを考える。
半分以上上の空になっている私にミトは熱弁を振るう。
「いい、アスナ?この草原から先のエリアで出現するスライシュルーマンはすっごいレア装備を落とすの。きちんと強化していけば2層3層でも使えるくらいのヤツを」
「んで、ベータ時代の物好きな連中が検証した結果、そのスライシュルーマンが一番湧出しすいのがこの草原地帯の草むらなんだよ」
やっぱり仲いいじゃん……。二人の会話の内容ではなく、息の合った話し方に感心する。ずっと姉弟仲が上手く行かないと聞かされて心配していた身としては、拍子抜けに近い脱力感を感じてしまう。
「だからって、もう6時間だよ~」
「「探索開始から7時間経過で出現確率が倍増するって噂が!!」」
「ソレはギャンブルに嵌まって破滅するヒトのセリフです!!」
これは、もう無理矢理にでも宝探しを切り上げねば。賭け事で身を滅ぼすミトとキリト君なんて見たくないよぅ。
その後なんとか2人を説得して、私たちは一旦拠点の村に戻ることになった。
けど……ミトとキリト君、仲よさそうで羨ましいなぁ。
*********
デスゲームの開始から約3週間が過ぎた日の朝。姉貴が髪型を変えた。
それまでは動きやすいように長い髪を後頭部で感嘆に結んだだけのポニーテールだったが、今はそこにひと手間加えられている。
両サイドの髪を一束ずつ三つ編みにし、それをポニーテールの下側で結んでいる。おれは姉貴とアスナが並んでいるところをみてはじめて、2人がお揃いの髪型にしたのだと気付いた。
「なぁミト。その髪どうしたんだ?」
「…………別に。ちょっと変えてみたい気分だっただけ」
僅かに頬を染めながら顔を背けて姉貴は答える。その反応からして、昨日の夜アスナに髪型いじられたんだろうなぁ。
「可愛いでしょ」
姉貴と同じく三つ編みを後頭部でまとめた──所謂クラウンハーフアップにしたアスナが自慢げに胸を張る。
予想通り珍しい姉貴の髪型はアスナの手によるものだったようだ。
じゃれ合う姉貴とアスナを横目に俺はふと考える。思えば、姉貴が髪型なんて学校に行くときのストレートか、家でくつろいでいるときのポニーテールしか見たことが無かった。妹の直葉からは、そんなに長くて綺麗なんだからもっと色々試せばいいのに、と言われ続けていたが結局その2種類以外にすることは無かった。
姉貴は俺と似たようなゲーム廃人だが、女の子らしく美容やオシャレにも普段から気を使っている。イベントなんかでどんなに忙しくても髪の手入れやスキンケアを怠っているところは見た事が無いし、どれだけ夜更かししても休日の早朝にはランニングで汗を流している。
そんな姉貴をみて俺は、女子って大変なんだな~としか思っていなかったが、今思えばそれも不思議な話だ。オシャレに気を使いながらも髪型は簡素な、悪く言えば無造作なものばかり。
何処かちぐはぐは印象を受ける姉貴の行動に首をかしげていると横から声がかかった。
「ほらキリト君。今日はホルンカの森に行くって言ってたでしょ。早くしないとじかんなくなっちゃうよ」
「あ、ああ。今行くよ」
先に村の出口に向かっていた2人を追いかけて俺も歩き出す。並んで歩く二人の頭には、花冠のように結われた髪。
それを見てようやく気が付いた。
そういえば姉貴──深澄が美容に気を使い始めたのは中学3年に上がってすぐの頃だったはずだ。
そして、その時期といえば────────
「姉貴ってアスナの事大好きだよな」
本人には絶対に言えない感想を小さく呟く。俺と違ってリアルで心を許せる友人を見つけることが出来た愛おしい姉を少しだけうらやみながら。
中学3年の春。それは深澄と明日奈が出会った季節だ。
*********
宿屋の1回に設けられた小さな食堂の一角、木造の古びたテーブルを囲んで3人の男女が席についている。NPCの店員に注文した料理が届く前にフォークを獲ろうとした手が触れ合う。
「あ、ごめん……」
「う、うん。こっちこそ……」
3人の内の2人。キリトとアスナが気まずそうに手を引っ込める。そのあともどちらも食器に手を伸ばそうとしない。
「はぁ、何やってるのよ」
見かねた私はさっさと3人分のナイフとフォークを取り分ける。恋愛経験ゼロの子供でも無いでしょうに2人揃ってなにやってるんだか。
………………しまった和人も明日奈も恋愛経験なんて無かったんだ。私も人の事言えないけど。
「「「…………………」」」
き、気まずい……。明日からはいよいよ拠点をホルンカの村に移そうということで、今日はその前祝いだったのに……。なんでこんなお通夜みたいな雰囲気になってるんだろうか。
「お待たせいたしました」
NPC店員が料理を机に並べる。これ幸いとばかりに私たちは普段より少し豪華な夕食を食べ始めた。
「このスープ美味しいね」
「なんの肉使ってるんだろうな」
よかった。二人の不穏な空気は熱々のスープが消してくれたみたい。
そういえば、勝手に恋愛経験ゼロって思い込んでたけどアスナってそういう経験あるのかな?和人はまぁゼロだって確信をもって言えるけど、明日奈に関しては分からない。女子校育ちだから同年代の男子とn出会いなんて無かったはずだけど。
ふと、目の前の2人が将来そういう関係になるのだろうかと考える。和人は奥手だけど優しい子だし、アスナは言うまでもない素敵な女の子だ。
この二人が結婚したら、きっと仲のいい夫婦になるのだろう。私の本当の両親と違って。
思わず訪れた胸の痛みに瞼を閉じる。そうだ。私の家族は、和人たち桐ケ谷家の人々だ。あんな人たちとは違う。
それでも消えない痛みを振り払うように、幸せな世界を夢想する。
和人によく似た黒髪を明日奈と同じくらいに伸ばした少女。幼い娘の両手を笑顔の和人と明日奈が握っている。
いつか訪れるかもしれない幻想。今はまだ可能性すらない筈なのに、何となく私はそんな未来が訪れる気がする。
豪華な料理に舌鼓を打ちながら笑いあうキリトとアスナをみて私の妄想も本当になるかもしれないと考える。
いつか、私にもそんな日が来るのだろうか。
その感情を羨望と呼ぶのだと、私は気付かないでいた。