「悪いな。俺のクエストにつき合わせちゃって」
「構わないわよ。アニールブレードはこの階層じゃ最上位の片手剣だし」
「うん。戦力増強は大事よね」
鬱蒼と茂る森の中を3人の男女────キリト、アスナ、ミトはとあるモンスターを探して歩いていた。そのモンスターとは、『花付き』のネペント。通常出現するネペントに混じって希に現れる希少種だ。この個体を倒しドロップする花を持って帰ることが、今回のクエストだった。そしてそのクエスト報酬として貰えるのが………
「懐かしいわね」
そこまで考えてミトは僅かに微笑んだ。
「あぁ」
「?」
私の言葉の意味を理解したキリトは微かな相槌を打ち、アスナは分からないと首をかしげる。
かつてベータテスト時代。かなりの難易度を誇ったこのクエストをミトとキリトは協力してクリアしたことがある。あの時はお互い相手が姉弟だとは知らなかったし、本サービスがこんなデスゲームになるなんて思いも寄らなかったが。
「ベータテストでね。このクエストを協力プレイしたのよ。お互い相手が姉弟だと知らずにね」
「へぇ~。そんな偶然あるんだね~」
アスナの暢気な感想にミトとキリトは揃ってくすりと笑う。彼女の言う通り、なんて偶然なのだろう。もしもこのゲームを姉弟揃ってプレイできなかったら。或いはそもそもミトが────深澄が桐ケ谷家の人間で長ったなら。こうして3人がそろって歩くことは無かっただろうから。
「まぁ一度経験してるから今回も楽勝だよ」
「こら。そうやって油断してると痛い目みるわよ。特にネペントは『実付き』に当たるとヤバいんだから」
調子にのっているキリトの頭をポカリと小突く。『実付き』の個体には『花付き』と同確率で出現する個体だ。この個体を攻撃すると……
「実付きって何なの?」
「頭に赤い実がついた個体でね。これを攻撃するとネペントを大量に呼び寄せる煙を出すのよ」
「うっ、それはまた凶悪ね……」
「そう。だから実付きを見つけたら絶対攻撃しちゃダメ。………キリトもいいわね!」
「イエス、マム!」
「誰が母か。おねぇちゃんと呼びなさい」
「イエス!マイシスター!」
「よろしい」
「ぷっ。あはははは」
『あはははははははははは!』
ミトとキリトの愉快なやり取りに3人そろって笑い声を上げる。それで和んでしまったけど、ミトの警告はアスナに伝わったようだ。
「じゃあ、誰が一番早く花付きを見つけられるか競争ね」
「お、いいなそれ」
「全く。遊びじゃないのよ」
言いつつもミトも競争自体には賛成だ。3人である程度手分けした方が効率もいい。
「んじゃ始めますか」
遠目にネペントの姿を見止めたキリトの言葉を皮切りに3人はネペント討伐へ乗り出した。
*********
「あれは………」
ネペントを狩り始めて1時間。ミトは草むらの陰に一匹のモンスターを見つけた。
「スライシュルーマン……!」
灰色のフードを被った鼠人間のようなモンスターは、極低確率で出現し、レアアイテムをドロップすると言うことで、ベータテスト時代から有名だった。
なんの偶然かそのモンスターが目の前にいる。コイツをここで倒すことが出来れば、このデスゲームを生き残る可能性がぐっと高まる。
「アスナ!キリト!ちょっとだけ任せていい?スライシュルーマンを見つけたの!」
「!コッチは大丈夫だ、絶対倒せよ!」
「?よくわからないけど私も大丈夫!」
2人の力強い返事に頷いてミトは鼠を倒すために駆け出した。
「この!おとなしく、しなさい!」
ちょこまかと動き回る鼠を大鎌で何度も切りつける。しかしその悉くを鼠人間は躱し続ける。
こちらをバカにしたようなモンスターの仕草に苛立ったミトは全力のソードスキルを繰り出す。
「ギュイッ!?」
それまでとは比較にならない速度で放たれる刃に驚くような鳴き声を上げるモンスターの体がミトの斬撃によって真っ二つに切り裂かれる。
「よしっ!」
ポップアップしたウィンドウで目当てのアイテムがドロップしたことを確認し、ミトは小さく拳を握る。
そして意気揚々とアスナとキリトの元へ帰ろうと踵を返した、その時────────
────────────数えきれないほどの赤いカーソルが現れた。
「あ、れは」
ベータテスト時代に何度か目撃した光景。モンスターを大量発生させる、或いはモンスターを大量に呼び寄せるトラップ。そしてこのホルンカの森にはその類のトラップは一つしかない。
「アスナ、キリト!」
即ち、『実付き』のネペントを攻撃してしまったが故の大量発生。
ミトは弾かれたように駆けだした。
それは絶望的、としか言えない光景だった。
それが、周囲から一段高台となった場所から戦場を俯瞰するミトの感想だった。
実付きの煙によって集められたネペントは百以上に上り、見渡す限り森の中を埋め尽くしている。とても3人で倒しきれる数ではない。
そして何より絶望的なのが──────────
(アスナとキリトの位置が離れすぎている………!!)
3人で手分けして花付きを探していたのが仇になった。アスナとキリトは目算で200メートル以上離れているし、その間には小さいながら谷が走っている。
これではどちらか一方にしか救援に行くことができない。
本来なら、迷わずアスナを助けに行くところだが………。
(キリト側のモンスターが多すぎる……!アレじゃいくらキリトでもしのぎ切れない……!!)
こうして考えている間にも、視界の端に移るアスナとキリトのHPゲージは刻一刻と減っていく。時折ポーションで回復するが、それもいつまでもつことか………。
「こんなの、私は……どっちを助けたら……………」
親友と義弟。私の視界に移る2人の表情は焦りによってゆがんでいる。
アスナは右も左もわからず、モンスターの大群に襲われていると言う不安から。
キリトは自分の置かれた窮地を正しく認識しているから。
どちらの焦りも正しい。このままでは彼女らは遠からずHPを全損し、現実でもナーヴギアによって脳を焼き切られて死に至るだろう。
そして、それは、ミトが助けに入れば回避できる未来だ。アスナの周囲は開けているから2人で突破口を開けば離脱できるだろう。キリトの方もモンスターの数こそ多いが、遮蔽物となる木や岩も多い。2人で互いの死角を守り合えば、ギリギリの所でモンスターを全滅させることができるだろう。
だが。そのどちらかを選んだ時点で。
「選ばなかった方が死んでしまう………!!」
どちらか一方を助け、どちらか一方を見殺しにするという恐ろしい選択がミトの前に突きつけられる。
「!コッチにもモンスターが……!」
そうして悩んでいる間にも、集まったモンスターは勢いを増しミトのいる高台にまで押し寄せていた。
「このっ!」
迫るモンスターを複数体まとめて薙ぎ払う。その間にもアスナとキリトの命のリミットは短くなっていく。
とうとう2人のポーションが尽きたのか、HPゲージの回復が止まった。後はただ減り続けるだけだ。
「そんなっ………もう、時間が…………」
キリトとアスナ、2人のHPゲージが[[rb:危険域>レッドゾーン]]に突入する。あと数分でどちらかが、そしてその数十秒後にはもう一方もHPをゼロにするだろう。
その瞬間。アバターはポリゴンの結晶となって砕け散り、ゲームオーバーを検知したシステムはナーヴギアへ最悪の命令を………。
「いやだ──────────」
「──────────見たくない……………!!」
『Mitoがパーティを離脱しました。』