リコリス・リコイルレス TS転生者・観世セイカの戦闘記録【完結】   作:璽武通

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1.LycoLess

 ──東京都内某所。廃墟と化した建物が連なる寂れた場所を、1台の大型バンが走っていた。

 

 現在時刻は午前1時。寂れた地域故に街灯もまばらで、周囲はほとんど暗闇に覆われているにも拘らず、そのバンはライトも点けずに走り続けている。

 

 ベージュ色の車体に『創作菓子工房 LycoLess』の文字と、一片が切り分けられたケーキのロゴマークが描かれているこの車の運転席と助手席に座っているのは、学生服姿の少女だった。

 紺色の制服に身を包んでいる彼女たちは、アメリカ製の四眼暗視ゴーグル(GPNVG-18)がセットされた軍用ヘルメットを被っており、顔の下半分は黒いスポーツマスクで覆っているという異様な格好をしていた。

 

 異様さで言えば、左右向かい合う形で設置された後部座席に座る6人の少女たちはもっと上だ。

 彼女たちは暗視ゴーグル付きのヘルメットに加えて、ドットサイトにフラッシュライト、サプレッサー、赤外線レーザーサイトといったオプションパーツを装着したベルギー製のSCAR(特殊部隊用戦闘アサルトライフル)をその手に持ち、閃光音響弾(スタングレネード)や予備弾倉を満載したプレートキャリアを制服の上に重ねている。さらに腰のベルトには、グロック21自動拳銃が収められたホルスターが付けられていた。

 

 数分後。バンはゆっくりとスピードを落として停車し、後部ドアが開かれた。そこから降りてきた少女たちは、カチャカチャと装備の擦れる音を微かに鳴らしながら車両から離れ、油断なく周囲を警戒しながら暗闇の中を進んでいく。そして、ある古いビルの入口の前で隊列を組むと、先頭に立つ少女は、慎重に様子を窺いながら無線機のスイッチに触れた。

 

「こちら1班。配置につきました」

『2班も同じく。消灯の準備も完了。いつでもどうぞ』

「1班了解。消灯を確認後、突入します」

 

 先頭の少女がそう呟くと、少女たちは一斉に行動を開始する。ビルの裏手に回っていたチームが受電設備を破壊し、電源を遮断した直後。トラップの有無を確認してから扉を僅かに開け、閃光音響弾を投げ込む。強烈な閃光と破裂音によって、中にいた者たちが行動不能に陥っている隙を突いて一気に突入していった。

 その後のおよそ3分間。サプレッサーで抑制された銃声と閃光音響弾の炸裂音、男たちの悲鳴──殺し合いではない、一方的な殺戮の音がビルの中で鳴り響いた。そして、それが途切れて静寂が訪れると、少女たちは両手を後ろ手に縛り上げ、頭に麻袋を被せた1人の男を引きずりながらビルから出てくる。

 

「1班より司令部へ。敵の掃討及び対象の確保を完了。撤収します」

 

 少女たちは拘束した男をバンの中に放り込み、乗車してその場を離れて行った。

 

「ふう……」

 

 床でうつ伏せにされている男の頭をわざと踏みつけながら、1班の指揮官である少女は口元を覆うマスクを下げて小さく息をつく。すると、無線機に接続されたヘッドセットを通じて、彼女たちの隊長の声が届いた。

 

『──1班及び、2班のみなさん。お疲れ様でした。みんな、怪我はありませんか?』

 

 隊長と言う立場にも拘らず、威厳とか厳格さなどは一切感じられない声と言葉を聞いて、車内にいた少女たちは頬を緩めた。

 

「はい、隊長。1班、負傷者無しです」

『2班も無傷です。隊長』

『そうですか、よかった……。帰り道も、気を付けてくださいね? ……ふぁ、あ……』

 

 眠そうな欠伸の声が微かに聞こえてくると、本部にいる隊長の姿を思い浮かべた少女たちはクスリと笑みを浮かべた。いつものように、心配そうにそわそわしながら、作戦の経過を見守ってくれていたに違いない。それを考えるだけで、彼女たちの心には温かな気持ちが生まれてくる。

 

「隊長、もうお休みになってください。私たちを待っていなくてもいいですから」

『いえ、大丈夫です……。明日、じゃなくて今日は休みですし……。みなさん、寄り道しないで帰ってきてくださいね……』

 

 そう言い残して無線は切れた。本当に優しい人だなと思いつつ、指揮官の少女は運転席へと声をかける。

 

「ルカ。隊長に心配をかけないように、安全運転でお願い」

「はーい。まかしといて! 警戒エリアより離脱、通常走行に切り替え!」

 

 運転席の少女は車のライトを点灯させ、暗視ゴーグルをヘルメットの上に押し上げる。寂れた暗い地域を抜け、街灯に照らされた広い道路に出ると、少女たちを乗せた車は意気揚々と走り去って行った。

 

 

 

 

「ふぁ、あ……んぅ……」

 

 富士山の麓の国有地内にあるDA本部。そこに併設された東京支部内の食堂の片隅で、椅子に座った1人の少女は欠伸を漏らして目尻に浮かんだ涙を拭った。

 

 ベージュ色の制服を着たその少女の容姿は、取り立てて目立つものではないごく普通のものだった。肩にかからない程度の長さの黒髪と、やや垂れ気味な黒い瞳。それなりに整った可愛らしい顔立ち。身長は150センチ台後半で、胸のサイズも平均──より下、というか平坦。どこの町にもいるような、ありふれた10代半ばの女の子だ。

 

 その少女は無線機に接続されたヘッドセットを頭から外し、テーブルの上に置いてから大きく伸びをする。テーブルの上には、彼女が先程まで作戦状況を見守るために使っていたノートパソコンと、彼女の名前と所属が記された名札が置いてあった。

 

 ──【創作菓子工房 リコレス 店長 観世セイカ】

 

 少女──観世(かんぜ)セイカは椅子から立ち上がると、広い食堂の中を見回した。深夜故に彼女以外誰もここにはおらず、微かな空調の音だけが響いている。

 しばらく無言で佇んだまま、ぼんやりとしていた彼女はゆっくりと後ろを振り返った。その視線の先にあるのは、ケーキ屋にあるような幅2メートルほどのショーケースと、『創作菓子工房 リコレス』の店名とロゴが手書きで書かれたスタンド看板。

 

 テーブルから離れ、セイカはショーケースの前に移動する。右手の指先をその天板に触れさせ、そっと撫でていきながら、観世セイカは思考を現在から過去へと潜らせていった。

 

 

 

 

 ──自分の好きだった漫画やアニメの世界に転生する。そして原作キャラたちと共に楽しい日常を送ったり、激しい戦いに身を投じて正史では死ぬキャラを救ったり、推しのキャラと恋仲になったり……。オタクなら、そんな妄想をしたことは一度や二度はあるだろう。

 

 前世において、日本中に掃いて捨てるほどいるような平凡なオタクだった()の人生という物語は、ある日の朝の通勤中に車で事故ってあっけなく死んで終わった。だが、気が付くと()()()となり、好きだったアニメの世界に──『リコリス・リコイル』の世界に転生していた。

 

 今世での自分がいつ、どこで生まれたのかをセイカは知らない。物心ついた時には彼女はDA東京支部で暮らしていて、そこでリコリスと呼称される暗殺者になるために必要な知識を学び、戦闘訓練を受けていた。

 

 リコリスとしての生活は、セイカにとって非常に充実したものだった。その手段に倫理的な問題はあるものの、善良に生きる人々の平和な暮らしを守るために悪と戦う日々。それは、ただひたすらに無意味で虚無感に満ちた前世の人生とは比べものにならないくらいに刺激的で、自尊心を満たしてくれる素晴らしい日々だと、彼女は感じていた。

 

 しかし、その一方で深い悲しみに襲われる時もあった。仲間の死だ。暗殺者としての訓練を受けており、高い戦闘能力を有しているリコリスたちではあるが、死ぬ時は死ぬ。任務に失敗し、敵に殺された者もいれば、訓練中の事故で死んだ者もいる。セイカには、それが悲しくてたまらなかった。

 

 そんないつ死神の鎌に命を刈り取られるかもわからぬリコリスたちの儚い人生に、少しでも幸福なものがあってほしい。そのために、何か自分にできることはないか……そう考えた結果、彼女が始めたのはお菓子作りであった。

 

 原作でも会話のネタにされていたが、東京支部のリコリスたちが暮らす寮のスイーツ事情ははっきり言ってよろしくない。なんせ、かりんとうしかないのだ。うら若き少女が食べるものとしては、あまりにもあんまりである。

 いくらなんでもこれはどうかと考えた当時13歳のセイカは、ネットで初心者向けのお菓子のレシピを調べ、任務で外出したついでに材料や調理器具を買い込み、寮の食堂の厨房を借りてお菓子作りに挑戦することにした。

 

 幸いなことに彼女は暗殺でも料理でも、なんでもそこそこ器用にこなせる才能──器用貧乏ともいうが──を持っていた。そのため、初めて作ったクッキーもプリンも、それなりに美味しいものが出来上がった。寮の同室で暮らすパートナーや、同期の子たちからも評判が良くて、しょっちゅう依頼を受けて作ることになる程度には。

 

 それからというもの、セイカは暇を見つけてはお菓子を作り続けた。すると彼女の作るお菓子は寮の中でちょっとしたブームになり、結構な量の依頼がきた。彼女1人ではさすがに手が足りないので、パートナーや同期の子たちにバイト代を出して手伝ってもらうくらいである。

 

 2年の時が過ぎ、セイカが15歳になった頃。その時にはお菓子作りをしているのはセイカとパートナーや同期の子たちだけでなく、先輩・後輩まで加わって40人近い大所帯(1個小隊規模)になっていた。しかも、食堂で昼と夜には作ったお菓子の販売会までやっている有様である。

 

 いつの間にかセイカはそんな集団の最高責任者にされて、10人前後のグループ(1個分隊)ごとの厨房の利用スケジュールや食材の調達計画の調整、予算の管理を行い、日々積み重なる書類の山に忙殺されていた。

 

 暗殺任務中に敵に殺されるより、事務作業で過労死するほうが可能性が高そう。そんなことを思い始めていたある日のこと、セイカはDAの司令官である楠木に呼び出された。何かお叱りでも受けるんじゃないかとビクビクしながら執務室に入った彼女に、楠木は1枚の書類を手渡した。そこに書かれていたのは……

 

 ──嗜好食品の生産・販売及び分隊・小隊規模での戦闘を任務とする特殊作戦試験部隊、『セイカ隊』の設立について。

 

 己の名前を冠した珍妙な部隊名が書かれた書類を持ったまま硬直するセイカに、楠木はどこか意地の悪い笑みを浮かべながら説明を始めた。

 

 1年ほど前。セイカのお菓子作りの関係者も増えてきた頃から、DA東京支部に所属するリコリスたちの一部に変化が見られるようになった。

 定期的に行われる精神状態の診断結果におけるストレス値の減少。今までは必要最低限の会話しか交わすことがなかった相手とのコミュニケーションの増加。それに伴う訓練および作戦行動中における連携戦闘能力の向上……その他にも様々な変化があったらしい。

 その変化の要因を調べた結果たどり着いたのが、セイカのお菓子作りとそれを発端に始まった諸々の活動だった。しかも、そのお菓子作りグループはいつの間にか、しっかりと指揮系統が組まれて統率された4個分隊編成の1個小隊を造り上げていた。

 

 それらの事実を基にDA東京支部が出した結論は、「菓子作りがリコリスたちに良い影響を与えているのなら、その活動を正式に認めて支援してみてはどうか? それとついでに、リコリスによる分隊・小隊規模での集団戦闘の研究もしてみよう」というものだった。

 

 それだけでも冗談みたいな話なのだが、楠木は続けてもう1枚別の書類を取り出してセイカに見せた。そこには『観世セイカを、当部隊の隊長として任命する』という内容と共に、本人のサインを記入するための欄が用意されている。

 

「あの、楠木司令。私はサードリコリス……一番下の階級のリコリスですから、特殊作戦部隊の隊長などできそうにないのですが? うちのグループの中でこの役職に就くべきなのは、最年長の國宗メイリ先輩だと思うのですが……」

「そのメイリがお前を指名した。現場指揮は自分や各分隊の年長組が担当するから、お前は全体の責任者になってほしいとな」

「……もし私が隊長になった場合、私はどのような仕事をすることに?」

「部隊に関する各種の判断を下し、書類の山を片付けることが仕事だ。つまり、今のお前が毎日やっているのと同じことだな」 

 

 セイカは悩んだ。頭の中で天秤の皿に様々な要素を乗せたり降ろしたりした後、結局彼女はこの辞令を受け入れることにした。まあ拒否権などあって無いようなものだが。だが1つだけ、セイカには受け入れたくないものがあった。

 

「……楠木司令。隊長をやるのは受け入れます。命令ですので。ですが、部隊名だけは変えていただきたいです……。自分の名前は、ちょっと……」

「代案はあるのか? あるのなら、変えてやっても構わんぞ」

 

 代案。セイカは思考を巡らせる。リコリスたちに関わること。この世界はリコリス・リコイルの世界。リコリス。彼岸花。リコイル。反動。拒む……。拒む者。従う者。反動無き存在……。

 

「……“リコレス”」 

 

 思いついた単語をセイカが口に出すと、楠木は視線でその意味を尋ねてくる。

 

「殺人を拒み、ここを去ったリコリス。錦木千束はリコイル(Recoil)な存在とするなら……。DAに忠誠を誓い、暗殺任務に従事するリコリスは、リコイルレス(RecoilLess)な存在。リコリス・リコイルレス(Lycoris-recoilLess)。略して──」

「“LycoLess(リコレス)”というわけか。……いいだろう」

 

 楠木は、セイカの隊長任命についての書類の『セイカ隊』と書かれた部分に二重線を引き、『リコレス』と書き直した。

 

「サードリコリス、観世セイカ。お前を、特殊作戦試験部隊『リコレス』の隊長に任命する」

 

 差し出された書類に、セイカは署名をする。こうして、DA東京支部の特殊作戦試験部隊である『リコレス』は誕生した。

 この部隊の体制を整えるために、セイカは今まで以上に忙しい日々を送ることになった。楠木をはじめとする大人たちとの会議に次ぐ会議。非公式の名もなきお菓子作りグループから、菓子製造・販売を行う公式な部署『創作菓子工房 リコレス』への変換。集団戦闘部隊としての部隊編成や訓練内容の構築。それに伴い必要となった物品の予算の確保と発注。やることは山ほどあった。

 だが、セイカが最も苦労──というか危機に陥ったのは、特殊戦闘部隊としての装備の調達要求を出した時だった。

 

「──なぜ許可をくださらないのですか!?」

 

 執務室の机に両手を叩きつけて、セイカは不満の声を上げた。彼女は部隊の装備として、アサルトライフルやショットガン等の高威力な銃器の配備を楠木に要求したのだが却下されたのだ。

 

「ダメなものはダメだ。拳銃以上の装備が必要なら、既に配備されているサブマシンガンを使えばいいだろう。過剰な火力の装備は必要無い」

「大勢のリコリスが戦死した電波塔事件をお忘れですか!? あの時、テロリストはAKで武装していたのでしょう!? 7.62ミリのアサルトライフル相手に、45口径の拳銃弾で応戦することの恐ろしさを、司令は理解しておられません! 我々は錦木千束のような超人ではないのですよ!? もっと高威力、長射程の火器があれば、リコリスたちの犠牲は抑えられたはずです! ……リコリス全員の分を調達しろと言っているわけではありません。どうかDAにも、()()()()のようにアサルトライフルを装備した部隊を──」

「……貴様。今、何と言った?」

 

 射貫くような鋭い眼光に睨まれて、思わずセイカの言葉が止まる。自分は何かまずいことを言っただろうかと、セイカは自分の言ったことを思い返してみる。そして、すぐに気づいた。自分が失言してしまったことに。サードリコリスである観世セイカが絶対に知らないはずの存在、『リリベル』の名を、口に出してしまっていたことに。

 

 

 

 

(……よく消されなかったなぁ、私……)

 

 その時に感じた絶望感やら何やらと、その後の大騒動を思い出して苦笑しながら、セイカは思考を過去から現在へと浮上させた。ショーケースから手を放し、先程まで座っていた椅子のところに戻って再び腰を下ろす。

 

「今日から4月、か……」

 

 ノートパソコンの画面の隅にある日付と時刻を見て、セイカは呟く。リコリス・リコイルの第1話は4月の、東京で桜が満開になった頃から始まる。つまりは、そろそろ原作開始の時期だ。

 

「私は、みんなを救えるのかな……?」

 

 セイカが思い浮かべるのは、原作の物語の中で死んでいった大勢のリコリスたちの姿。地下鉄駅での銃撃及び爆破事件。単独任務中のリコリス殺害事件。そして、物語の終盤……延空木での戦い。

 

 心の中でじわじわと不安が広がりそうになるのを、セイカは首を振って吹き飛ばす。大丈夫。きっと何とかなる。だって、私には──。

 

 

「リコレスのみんながいる。みんながいれば、奴を……真島を、殺せる」

 

 

 冷たい殺意に彩られた言葉を、セイカは静かに吐き出した。それは誰にも聞かれることなく、空気に溶けて消えていった。

 

 




・観世セイカ
 
 身長:156㎝ 年齢:16歳
 TS転生者。射撃・格闘・座学の成績はどれも平均的なサードリコリス。料理でも暗殺でも、書類仕事でも菓子店の経営でも1個小隊の運用でも、大抵のことはそれなりにこなせる。好きな映画は『13時間 ベンガジの秘密の兵士』。

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