リコリス・リコイルレス TS転生者・観世セイカの戦闘記録【完結】 作:璽武通
「──サラ先輩! 到着まで、どれくらいかかりますか?!」
DA本部の中枢。指令室へと向かう通路を走りながら、セイカは腰に下げた無線機に繋いだヘッドセットに向かって叫ぶ。無線の向こうから、唸りを上げる車のエンジン音と共に返事が聞こえてきた。
『全速力で向かってますけど……! あと5分、いえ3分ください!』
「わかりました。可能な限り急いでください! でも、事故だけは起こさないようにお願いします! たとえ間に合わなくても、怒ったりはしないですから!」
『ははっ。隊長が私たちに怒ったことなんて、一度も──うわっととととぉ!? ちょっ、ミサキ! 安全運転! これ隊長の命令!』
派手なドリフト音と部下の慌てる声を聞きつつ走り続け、指令室の前にたどり着いたセイカはセキュリティ端末にIDカードを通して扉を開く。扉が開き切る前に部屋の中に体を滑り込ませ、自分の上司の姿を視界に入れた瞬間に叫んだ。
「楠木司令!」
セイカの声に振り向くことなく、コンソールに着いている楠木はスタンドマイクで現場に指示を飛ばしていた。
「──いや。商人は捕らえたいですね。千束を待ちます」
つかつかと歩み寄りながらセイカが、彼女にもう一度呼びかけようとしたその時だった。
「システムに侵入者!」
「ラジアータ、ダウンします!」
オペレーターたちが狼狽する声を上げたかと思うと、指令室は明かりもパソコンも全て電源が落ちて真っ暗になる。その直後、正面の大型モニターにノイズが走り、そこにデフォルメしたリスの顔が描かれたマークが映し出された。
無線機のスイッチを押して、セイカは部下たちに呼び掛けるが応答はない。聞こえてくるのは雑音ばかりだ。
「……ウォールナット」
モニターを睨みながらセイカが呟いたその言葉は、この非常事態に必死に対応するオペレーターたちの喧騒にかき消された。
◆
「ご説明いただけますでしょうか、楠木司令。なぜ、リコレスを始めから投入してくださらなかったのですか!」
ラジアータがハッキングを受けてダウンという非常事態発生から数時間後。セイカは楠木の執務室に呼び出されていた。執務室に入るなり彼女は苛立ちを隠そうともせず、楠木に食って掛かる。
「ツヴァイ班は江戸川区で即応待機中、フィーア班は渋谷区で歩哨任務中でした。必要なら、非番のアインス班だって動かせました。なぜ……、どうして……っ! リコレスなら、奴を捕縛できた筈なのに……!」
右手で髪を掻きむしるようにしながら、セイカはふらふらと応接用のソファに倒れるように座り込んだ。
セイカの心は千々に乱れていた。原作の第1話。主人公の1人であるたきなが、DA本部から喫茶リコリコに転属させられる切っ掛けとなった事件──武器商人とテロリストの銃取引。
原作ではたきなが武器商人を射殺してしまったせいで、大量の銃の行方がわからなくなってしまう。だが、セイカは自分というイレギュラーが作り出した想定外の存在、『リコレス』の投入によって武器商人を生かしたまま捕らえられるのではないかと期待していたのだ。
「千束さんに頼らなくても……! このような時の為に、リコレスは……!」
「働き過ぎたのだよ、お前たちはな。……いや、働かせ過ぎたとでも言うべきか……」
ソファに座ったまま俯き、唸るような声で独り言を漏らすセイカを見て、楠木がぽつりと呟く。それをセイカは聞き逃さなかった。
「どういう意味、ですか?」
「そのままの意味だ。この1年でお前たちリコレスは、我々の想定以上の成果を上げてきた。……だが、それを快く思わない者もいる」
「リリベルですか?」
即座にそう返して顔を上げたセイカに、楠木は何も答えない。だが、その沈黙こそが、セイカの問いに対する肯定を意味していた。
「……『多人数かつ重武装で行われるリコレスの活動は、我々の領分を侵している』とでも……、向こうの人たちに言われたんですか?」
楠木はまたしても何も答えない。しばらくの間、その場を沈黙が支配した。1分か、2分か、あるいはそれ以上。やがて根負けするようにため息をつくと、セイカはソファから立ち上がった。
「……失礼します」
セイカは楠木に一礼し、執務室を出ていく。そして、廊下をしばらく歩いたところで足を止めると、拳を壁に叩き付けた。
◆
DA東京支部のリコリスたちが暮らす寮。その食堂の片隅には『創作菓子工房 リコレス』という小さな菓子店がある。
日本の平和を守る暗殺者としての訓練と任務に日々励み、時にはその命を散らすリコリスたち。儚い彼女たちの人生に、少しでも多くの幸福なものがあってほしい。1人のリコリスのそんな想いから作られたこの店は、今日も多くのリコリスたちに小さな幸せを与えていた。
「苺のレアチーズケーキ1つ、アップルパイ1つお願いするっすー♪」
「はーい、少々お待ちをー!」
「ショートケーキ1つ、モンブラン1つ、シュークリーム1つ。あとは……」
「ちょっ、あんた1人でどんだけ食べる気!?」
「いいじゃん別に! 今日はヤケ食いしなきゃやってらんないの!」
「コラそこー! 店の前でケンカしないでくださーい!」
10代半ばの女の子らしく、美味しいお菓子を前にしてわいわいと賑やかに騒いでいる少女たち。その平和な喧騒をBGMにしながら、どこか陰鬱な表情を浮かべているセイカは隅っこの席で書類仕事をしていた。
菓子店の店長であり、特殊部隊の隊長でもあるというとんでもない立場故に、セイカが処理しなければならない事務作業は多い。だが、それをセイカは黙々と処理していく。
書類を隅から隅まで読み込み、規定に基づいて分類し、内容を精査し、必要であれば修正を施し、署名をする。手際よく仕事をこなしていく彼女だが、今のその様子はまるで何かを忘れようとしているかのようにも見えた。
「……ねえ、セイカさん元気ないっぽいけど、どうかしたの?」
ケーキを買いに来た1人のサードリコリスは、今日の店番であるリコレス隊・33班のリコリスに尋ねる。
「あぁ、アレね……。今日の朝、銃取引の現場を抑える作戦あったの知ってる?」
「うん、知ってる。なんかセカンドの子が暴れたとかなんとかで失敗した、ってやつでしょ?」
「そうそれ。その作戦に、司令がリコレスを投入しなかったの。うちの班はともかく、1班も2班も4班も、べつに他の作戦で出動中だったわけでもないのに」
「えっ!? 何それ、どういうこと!?」
「わかんないよ……。隊長に直接聞いたけど、答えてくれなくて……」
2人の会話を聞いて、周りにいたリコリスたちが集まってくる。皆、セイカの様子に違和感を覚えていたらしい。
「朝早くに司令部のほうに走っていったの見たけど、それが原因かぁ。ほんと、何があったんだろ……」
「セイカさん、リコレス隊のことすごく大事にしてるし、司令とも仲良いから。信頼を裏切られたみたいで悲しいんだろうね」
「いや、分隊長が言うにはもっと上のほうから圧力がかかったんじゃないかって。女子の隊員しかいない特殊部隊が大活躍してるなんて、気にくわないヤツは大勢いるから、とか」
「うわぁ、ありそう……。ジャマするくらいならこっちの分まで働けっての」
「まあ、それはともかく……早く、元気になってほしいよね」
そう言って、リコリスたちはセイカを心配そうな目で見つめる。
東京支部のリコリスたちのほとんどは、セイカに対して好意的だ。寮で手に入るお菓子はかりんとうしかないという悲惨なスイーツ事情を、多種多様なケーキ類を毎日買えるという素晴らしい環境に改善してくれた恩人なのだから。
「なにか元気づけてあげられること、ないかな?」
「とはいってもねえ……あのセイカが落ち込むって相当な事態だし。下手に刺激すると、さらに落ち込んじゃうかも」
「打つ手なし、かなぁ……」
「──いや、1つだけあるよ。とびきりの方法がね」
背後からかけられた声に、リコリスたちは振り返る。そこに立っていたのは、紺色の制服の左袖に『LycoLess Units:2nd group』と刺繍された腕章をつけたリコリスたちだった。
◇
「隊長、お疲れ様です」
書類仕事に没頭していたセイカは、左後方から聞こえてきたボーイッシュな声に反応して顔を上げると、振り向くことなく声の主の名を呟いた。
「……おかえりなさい、サラ先輩。みなさんも」
「はい、ツヴァイ班。ただいま帰投しました」
セイカに声をかけたのは、リコレス隊・ツヴァイ班の班長を務める少女、
「少し休憩したらどうですか? 根を詰めすぎると、身体によくありませんよ」
「……ありがとうございます。キリのいいところまで終わらせたら、そうしますね」
気遣うサラに感情の籠っていない声で礼を言うと、セイカは再び書類の束に視線を落とす。そんな彼女の様子にサラは小さくため息をつくと、フォークでショートケーキを一口サイズに切り分け、それをセイカの口に近づけた。
「はい、隊長。あーん」
「……何やってるんですか」
「まあまあ、そう言わずに。はい、あーん」
「……」
渋々といった様子ではあったが、セイカは素直に口を開けてケーキを頬張った。口の中に広がる生クリームの甘み、ふわっとしたスポンジケーキの食感、そして苺の酸味。特筆するようなものは何も無いごく普通のショートケーキだが、その味はちょっと傷ついていた彼女の心に優しく染みた。
セイカの表情が少しだけ緩むのを見たサラは満足げに微笑みながら、隣の席に座る。ツヴァイ班のメンバーであるリコリスたちも、2人の周囲の席に腰を下ろした。
「はい、あーん」
「自分で食べます」
「えー」
「えー、じゃありません。……ふふっ」
セイカは呆れながらも可笑しさの混じった笑いを浮かべると、サラからフォークを受け取ってケーキを口に運んだ。時折、紅茶を口にして、再びケーキを一切れ食べる。それを黙々とを繰り返す。
「……ごちそうさまでした」
空になった皿の上にフォークを置き、カップに残っていた紅茶を飲み干すしたセイカはふう、と一息つく。その表情は数分前と比べると、だいぶ晴れやかになっていた。
「……“美味しいお茶とケーキには、幸せの魔法がかかっている”。いつも隊長が言っていた言葉です。忘れちゃってたんですか?」
「そうですね……、忘れちゃってたみたいです。今までずっと、何もかも順調だったから……。少しつまずいただけで、こんなにも自分が無力なんだって思い知らされました」
「私たちも同じですよ。今日は本当に、ツヴァイ班一同みーんなプライドを砕かれました」
サラがそう言って部下たちに視線を向けると、彼女たちは苦々しい表情で頷きながら「ズタズタですよ」「ボロボロです」「木っ端微塵でーす」などと言って、セイカに同意の意を伝えた。
「……なんで私たちに出動命令が来るのがあんなに遅かったのかは、教えてもらえませんよね?」
「言えませんね。ただ一つだけ言っておきたいのは、楠木司令は悪くないってことです」
「はい、わかってます。……もう一つ聞いておきたいことがあるんですけど。まさかリコレスが解隊されるとかは、ありませんよね?」
「隊長! 解隊とか絶対イヤですよ! 私のAA-12を、一度も実戦で使わないままで終わるなんて!」
「私の愛しいミニミだって! 1回でいいから、実戦で100発ベルトリンクを撃ち切るまで射撃したいです!」
「アンタたちのじゃないでしょ……。それに、あんなバカ火力が必要な機会なんて来るわけ──」
「来ますよ。私の予想が悪い形で当たれば」
ぽつりとセイカが漏らした一言に、ツヴァイ班一同はピタリと動きを止める。セイカはちょいちょいと手招きして身を乗り出し、小声で語り始めた。
「今朝の1件で、AKやPKMを含む千挺の銃と大量の弾薬が悪党どもの手に渡りました。このまま銃の行方が掴めなければ……最悪の場合、何が起きると思いますか?」
「まさか、大規模テロ……!? そうなったら、絶対に派手な撃ち合いになる……!」
「下手をすれば、電波塔事件並みかそれ以上の……!」
「そう、それに対処するのが私たちリコレスです。そして、それが起こるのを阻止するのが、DAにいるリコリスみんなの役目です」
ツヴァイ班の面々を真っ直ぐに見つめながら話すセイカの言葉を、彼女たちは真剣な眼差しで受け止めた。その瞳に宿るのは決意と覚悟の色。この場にいる全員が、その目に同じ光を灯している。
「みなさん。少なくとも、リコレスの解隊は無い筈です。司令からも、『リコレスは想定以上の成果を上げてきた』とお褒めの言葉を頂きました。どこの誰に何を言われようと、そう簡単には解隊なんてしないでしょう。なので……これからもよろしくお願いしますね」
セイカはそう言うと、にっこりと微笑んでみせた。その顔を見た瞬間、サラたちはホッとしたように表情を和らげる。
「それを聞いて安心しましたよ、隊長。ここに帰ってくるまでずっと不安だったんですよ? もう私たち用済みなんじゃないかって」
「ふふっ、大丈夫ですよ。みなさんにやってもらいたい仕事はたくさんありますから」
「どんな仕事ですか? どうぞおまかせください。どんな仕事でも、私たちは喜んでやりますよ!」
「──へえ、喜んでやってくれるんですか」
すっと目を細め、口元を歪めたセイカの姿を見たサラたちの間に一瞬にして緊張が走る。先ほどまでの穏やかな雰囲気とは一変して、その場の空気がピンと張り詰める。「あれ、私なんかヤバいこと言っちゃった?」とサラの額に冷や汗が流れた。
「そうですか。どんな仕事でも、喜んで、やってくれるんですか。それなら──」
セイカは足元に置いてあるビジネスバッグから書類の束を引っ張り出し、テーブルの上にドンと置いた。その厚さ、ちょっと厚めの文庫本並みである。
「これの処理、手伝ってください。やり方はわかってますよね? みんなでやれば、1時間もかからずに終わりますよ?」
人差し指で書類をとんとんと叩き、明るい笑顔を貼り付けながら言うセイカ。サラたちは無言でアイコンタクトを交わし合うと、椅子を蹴る様にして立ち上がってその場から離脱を計った。
「「「総員退避──ッ!」」」
「逃がすかぁ──っ!」
セイカは素早く腰を上げると、後ろを向いたサラの首根っこをガシッと掴んだ。「ぐえっ!?」とサラの口からカエルのような声が漏れ出ると同時に、セイカはそのまま彼女を床に引きずり倒す。
「イヤぁぁぁぁ! みんなー! 置いてかないでぇぇぇ! 放して隊長ぅぅぅ!」
「絶対に放しません! この書類を、処理するまではっ! さあ、諦めてペンを握ってください!」
「あぁぁぁぁ──! デスクワークは嫌いなんですぅぅぅ!」
「大丈夫です! 慣れれば楽しいですよ! さあ、やりましょう!」
ブラック企業の社員の如き狂気に満ちた目で迫るセイカと必死に抵抗するサラ。ドタバタと暴れる2人の様子を見て、食堂にいるリコリスたちはホッとした表情を浮かべた。どうやら日常が戻ってきたらしい、と。
「隊長、元気になったみたいだね。よかったよかった」
「なったのかなぁ……。なんかまだ空元気っぽい気がするけど」
「まぁ、暗い顔してるよりはマシでしょ? あ、もうすぐ追加のアップルパイ焼き上がるけど、食べる?」
「食べる。あとクッキーも買っていくわ」
「はーい毎度ありー♪」
……DA東京支部のリコリスたちが暮らす寮。その食堂の片隅には、『創作菓子工房 リコレス』という小さな菓子店がある。
暗殺者としての訓練と任務に日々励むリコリスたちも、美味しいお菓子を前にすれば普通の女の子と同じ姿を見せる。持ち帰り用のクッキーと焼きたてのアップルパイを買った1人のリコリスは、さっそく近くの席に座るとフォークをアップルパイに突き刺した。サクッとした手応えを感じつつ、一口サイズに切り分けて、ほどよい熱さを保ったそれを口に運ぶ。
「ん~……おいしい……!」
サクサクしたパイ生地の食感とバターの香り。甘いリンゴとカスタードの味が口いっぱいに広がる。その味わいは、疲れた身体を癒してくれる最高のご褒美だった。また明日からも頑張ろう、とリコリスは決意を新たにする。
儚いリコリスたちの人生に、少しでも多くの幸福なものがあってほしい。1人のリコリスのそんな想いから作られたこの店は、今日も多くのリコリスたちに小さな幸せを与えていた。
──ああ、そうだった。忘れていた。奴らがいたんだった。
──“リリベル”。男側の、リコリス。
──邪魔された。奴らに、邪魔された。
──確か、昔は千束さんを殺そうとしていたんだっけ。
──それなら、リコレスは?
──リコレスが奴らにとって目障りなら。リコレスが活動を続けるなら。
──次は、何をしてくるの?