リコリス・リコイルレス TS転生者・観世セイカの戦闘記録【完結】   作:璽武通

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6.彼女にとっての最終決戦(前編)

 6月下旬。午前2時24分。東京港■■コンテナ埠頭。

 

 立ち並ぶ照明塔によって普段は夜間でも明るく照らされているこの場所は、今は明かりが灯されることなく暗闇に包まれていた。数時間前に発生した送電設備のトラブルが原因である。──実際には、送電設備のトラブルなど起きていないのだが。

 

「……暇だなぁ」

 

 暗闇の中でそう呟く声があった。その声の主がいるのは、コンテナヤードに高く積み上げられたコンテナの上。地上からおよそ10メートルの高さにあるそこにマットを敷き、クッションを置いて腹這いになり、1人の少女が伏射姿勢でM107A1対物狙撃銃を構えていた。

 

「……うー、暇だなぁー」

 

 少女──3班の班長、寄川ミドリはもう一度同じ言葉を口にしながら、対赤外線素材が用いられたポンチョのフードを深く被り直した。ゆるい声と言葉からは想像できないほどに真剣で鋭い眼差しを、彼女はスコープ越しの世界に向ける。

 

 その視界に映るのは、彼女のいる位置から170メートル先に停泊している中型コンテナ船。船上では旧ソ連製の軍用銃を持った男たちが、暗闇にサーチライトを向けて船の周囲を警戒していた。

 

 真夜中だというのになぜかサングラスをかけている彼らを見て、ミドリは不思議そうに首を傾げる。見えづらくないのかなぁ。夜でもかけなきゃダメって規則で決まってるのかなぁ、と。

 そんなことを考えながら彼女は自分の標的──ブリッジの上でPKM汎用機関銃を持って見張りをしている男へ、スコープのレティクル(十字線)を重ねる。

 

「……ダメだよー、おじさんたち。日本にそんなもの持ち込んじゃあ……」

 

 PKMを柵に立てかけて呑気にタバコを吸い始めた男に照準を合わせたまま、ミドリはセイフティの位置に入れたセレクターに親指を乗せる。その指をほんのちょっと下に動かすだけで、安全装置は解除される。そして人差し指を僅か数センチ引けば、秒速850メートル超えの銃口初速で放たれた12.7ミリ弾が男の胸部に大穴を空けるだろう。

 

「ねえ、おじさんたち……。その銃で、何を撃とうと思ってるの? どこで、誰を何人殺すつもりなの?」

 

 セレクターに乗せられた親指に、微かに力がこもる。今すぐコイツをぶっ放してあの男たちを──日本の平和を乱すテロリストどもを射殺してしまいたいという衝動がチラチラと胸中で疼いたが、それをミドリは理性で抑え込む。まあまあ、落ち着きなよ私。まだ早いぞ私。もうちょっとの我慢だよ。そう自身に言い聞かせて。

 

『──シュヴァルツ1よりダインスレイヴ1へ。状況報告を』

「お、きたきた」

 

 ヘッドセットから聞こえてきたのは、リコレス隊の現場指揮官である國宗メイリの声。ミドリは無線機のスイッチを押して返事をする。

 

「はいはーい。こちらダインスレイヴ1、異常ないよ。敵は変わらず警戒態勢取ってるけど、隙だらけだね。呑気にタバコなんて吸っちゃってさー。あれなら明かりも暗視スコープも無しでも、余裕でヘッドショットできるよ」

『──もう、自信があるのは良いことですけど、油断は禁物ですよ。……こちらはもうすぐ東京港に着きます。ポイントアルファには10分後に到着予定です』

「了解。アキナとシノブがそこで待ってるから、カールグスタフの受け渡しお願いねー」

 

 そう言って無線を切ると、ミドリはニヤリと笑みを浮かべる。2時間近く続いた暇な時間がようやく終わるのだ。

 

 さあ、悪人どもをパパっと処刑して、さっさとセーフハウスに帰って朝ごはんを食べよう。今日はバターとメープルシロップをたっぷりかけたパンケーキが食べたい気分。あと、チーズ入りのスクランブルエッグも欲しいかも。

 朝食のメニューを考えながら、ミドリは男に照準を合わせ続ける。33分後に12.7ミリ弾で体をぶち抜かれて死ぬ運命にある哀れな男は、見張りを怠って呑気にタバコを吹かし続けていた。

 

 

 

 

 ……歴史とは、勝者によって記される。その内容が真実であれ虚構であれ、何を書くかは勝者の自由だ。

 

 原作という名の正史。その最終決戦において、真島は勝者となった。

 

 奴はリコリスの存在を日本中に暴露するという目的を完璧に達成し、まんまと生き延び、逃げ延びた。 

 

 それに対してDAは、最初から最後まで他者に主導権を握られて、数々の失態を犯して……完全に敗北者となった。

 

 ……そうはさせない。そんな未来は認めない。今日、あの場で真島を殺す。そして、私たちDAの手で歴史を記そう。

 

 主導権は私たちが握る。勝利は私たちが掴む。奴には無様な敗北者の烙印以外、何一つくれてやるものか。

 

 物語の幕を上げる時が来た。さあ、始めよう。「殺し合い」ではなく、一方的な「殺し」の時を。

 

 

 

 

『──シュヴァルツ1よりストアマネージャーへ。突入部隊、配置につきました』

『──こちらダンスレイヴ1。火力支援の準備はOK。いつでも殺れるよ、ストアマネージャーさん』

「ストアマネージャー了解。予定通り、0300に作戦を開始します。そのまま待機してください」

 

 午前2時58分。DA東京支部の拠点の1つである広い倉庫内に設営された前線指揮所。多数のモニターや通信機器に囲まれたその中で、コールサイン『ストアマネージャー(店長)』ことセイカは部下たちへ指示を出していた。

 

 役職上は隊長ではあるものの、主任務はデスクワークであるセイカ。菓子店業務時の店長としてを除けば、彼女が部隊の指揮を執ることはない。

 それは彼女に戦闘部隊の指揮を行う能力が無いから、というわけではない。「やれ」と命令して強引にやらせれば、それなりの結果を出せる程度の能力はある。

 

 そのことを彼女の先輩であり部下でもあるリコリスたちは察していた。だが、一番下の階級のリコリス──サードリコリスであるセイカは性格的に、戦闘部隊の指揮官という立場に就くことを嫌がるであろうことも分かっていた。故に年長組の彼女たちはリコレス隊の設立の際、現場指揮は自分たちが担当し、セイカにはデスクワークを担当してもらうことに決めたのだ。

 

 だが、今回の真島討伐作戦は特殊な事情があり、それが覆った。セイカがやたらと殺る気満々なのだ。武器庫に封印していたカールグスタフM4を引っ張り出してきたうえに、ドローンにC4爆薬を積んで突っ込ませるなんてテロリスト同然の策まで立ててくるほどに。

 

 標的である真島がDAにとって因縁のある相手とはいえ、どうも様子がおかしい。かといって、冷静さを欠いているわけでもない。作戦自体も真島を殺すための手段がとてつもなく執拗で、苛烈で、徹底的であること以外は特に問題は無い。色々と違和感は感じつつも、楠木司令もリコレス隊の年長組もセイカが真島討伐作戦の指揮を執ることを認め、現在に到る。

 

「……平和に生きる人々を平気で殺めるような連中は、もはや人ではない。獣を仕留めるには、相応しい作法というものがある」

 

 作戦開始まで1分を切った頃。セイカはノートパソコンのキーボードを叩き、ドローンを起動させながら、無線機に向かって静かに語りかける。

 

「火力支援部隊、射撃用意。突入部隊は車両のエンジン始動。……10秒前! 7、6、5──」

 

 自動操縦モードで飛行を開始したドローンのカメラが、突入支援車の上部に搭乗しているリコリスたちの姿を捉えてモニターに映し出す。彼女たちはカメラに向かって笑顔で軽く手を振った。重要な作戦が始まる寸前でもリラックスしていて余裕のある部下たちの姿が、何より頼もしいとセイカは感じた。

 

「──3、2、1……作戦開始! ダインスレイヴ隊、撃てっ!」

 

 号令と同時に、コンテナヤードに展開していた火力支援部隊──10人編成の1個分隊に各分隊の機関銃手、狙撃手を加えた総員16名の臨時編成部隊──が一斉に攻撃を開始する。

 5挺のSCAR-H突撃銃と3挺のM107A1対物狙撃銃、6挺のM249機関銃から放たれた猛烈な銃弾の嵐が、コンテナ船の上で見張りをしていた男たちに容赦なく浴びせられた。男たちは自分に何が起きたのか理解できないまま、次々と致命的な部位を撃ち抜かれて絶命していく。何が起きたのかに気づいた者もいるが、反撃や船内にいる仲間への警告をする間もなく、数秒前に死んだ仲間たちの後を追うことになった。

 

 それらの銃撃からコンマ数秒遅れてブリッジの4階、右から2番目の窓がある位置の部屋──船長室の外壁に、カールグスタフM4無反動砲から発射されたMT756多目的榴弾が命中した。市街地戦闘に対応するため開発されたこの最新型の弾頭は、堅固な壁を容易く貫いて建物の中に突入し、高性能炸薬による凄まじい爆風と飛散する破片で室内の敵を殺傷する。

 

 窓から一瞬の閃光が走った直後に響き渡る爆発音。強烈な爆圧によって窓ガラスが粉々に砕け散り、その破片と共に灰色の煙が濛々と外へと溢れ出る。

 

『──ダインスレイヴ6よりストアマネージャーへ。目標に命中! BDA(砲撃効果判定)を求む!』

「了解、ドローンを接近させます。作戦をフェイズ2に移行。突入部隊、行動開始!」

『──了解! パニッシャー隊、前へ!』

 

 セイカの指示を受け、突入支援車を先頭に防弾仕様の大型バン2両がコンテナ船へと前進を開始。各車に搭乗したリコリスたちが無線で互いに指示を出し合う声を聞きながら、セイカはドローンを自動操縦から手動操作に切り替える。

 

「どうか当たってますように……!」

 

 小声でそう呟きながら、セイカはコントローラーを握る手に力を込める。そして、溢れ出る煙が薄くなってきた船長室の窓へ、ドローンを突入させた。

 

 

 

 

 ──おいおい、一体いつから日本は紛争地域になったんだ?

 

 84ミリの榴弾を撃ち込まれ、滅茶苦茶になった船長室。生存者がいるとは到底思えない状態になったその部屋の中で、床に仰向けに倒れている一人の男──真島はそんなことを思った。

 

 至近距離かつ室内で鳴り響いた爆発音のせいで聴覚が麻痺し、痛む耳を押さえながら真島はゾンビのようにふらふらと立ち上がる。高性能炸薬による凄まじい爆風と飛散した破片で、ズタボロになった彼の着ているシャツやズボンのあちこちには裂け目が生じ、そこには血が滲んでいる。

 

「あー、クソ……。ひでぇじゃねぇか……」

 

 真島は自分の身体の状態を確認し、悪態をつく。だが、彼はその言葉とは正反対の楽し気な笑みを浮かべていた。……数ヶ月前、銃取引を行った武器商人から聞いた話を思い出しながら。

 

『──東京にいる間は、夜は絶対に明かりを絶やすな。……“奴ら”が来るぞ』

『──“奴ら”? 何だよ“奴ら”って? 化け物でも来るってのか?』

 

 からかうような口調で尋ねる真島に、武器商人の男は真剣そのものの様子で語り始めた。

 

 全ての始まりは1年ほど前。武器商人の男が取引を行っていた犯罪組織が、たった一晩で消滅したことだった。

 チンケな犯罪グループが抗争やら何やらで一晩で潰されることは珍しくない。だが、その犯罪組織は40人近い構成員と多数の銃火器、そして過激な思想を持つ危険な集団だった。法や規則に固く縛られ、強硬手段を取れない日本の警察では、彼らを一晩で壊滅させることなど不可能だろう。

 

 しかしある日、彼らは突然この世から存在を完全に抹消された。危険な犯罪組織が突然消えたというのに、新聞でもテレビでもネットニュースでも、それが報道されることは無かった。まるで彼らの存在など、この世には最初から無かったとでも言うように。

 それ以降、同じようなことは何度も起きた。ある時は暴力団の拠点にいた者たちが一晩で行方不明になり、またある時は麻薬密売組織の本部がやはり一晩で壊滅した。そして、それらがメディアで報じられることも一切なかった。

 

 一体これは誰の仕業だ? 公安や自衛隊の特殊部隊か? 所属も規模も何もかもが不明。確かなのは活動範囲は東京都内のみであることと、高度な夜間戦闘技術を持っていることだけ。

 東京の夜を蠢く死神たち。静かに、素早く、非合法の手段で犯罪者たちをこの世から抹消し、『平和で安全、綺麗な東京』という虚構を守る特殊作戦部隊。最初は裏社会での都市伝説のような扱いだったが、月日が経つにつれてその存在は徐々に現実味を帯びてきた。今や東京の夜闇を狩場とする何者かが存在することを疑う者はいない。

 

「クッ、ハハハ……ッ! そうか、お前らか! ハハハハハハッ!」

 

 真実を隠蔽し、日本の善悪や平和のバランスを狂わせている存在。自分にとって宿敵ともいえる存在が、向こうからやって来てくれた。それに歓喜した真島は、愉快で仕方がないと言わんばかりに笑い始めた。そんな彼の麻痺していた聴覚は次第に回復し始め、激しい戦闘音が──いや、一方的な「殺し」の音が聞こえてくる。

 

 ブリッジの壁を叩く無数の銃弾と40ミリグレネードの着弾音。軍用火器による猛攻に恐れをなして「もうダメだ!」「死にたくない!」と逃げ惑う男たちの悲鳴。「ビビるな! 撃ち返せ!」と怒号を上げてAK突撃銃を発砲する男たちの声も聞こえてきたが、5秒と経たずに彼らは転倒音や短い悲鳴と共に沈黙した。恐らく、即座に狙撃されて殺されたのだろう。

 

 ──ダメだなこりゃ。完全に負け戦だ。

 

 あまりにも劣勢すぎる戦況に、真島は笑みを消して思考を巡らせる。このままだと自分たちは全滅を免れない。この船を捨てるのは惜しいが、さっさとここから脱出しなければ。まずは生き残ってる連中をまとめて……。

 策を練っていた真島の耳に、ブーンとプロペラが回転する音が届く。咄嵯に真島は音の方向へ顔を向ける。すると、ガラスが粉々に砕け散った窓から、1機の中型ドローンが飛び込んできた。

 夜闇に溶けるような濃紺に塗装されたそのドローンは、ホバリングして機体の向きを調整しながら、搭載されたカメラを真島に向けた。

 

 ちゃんと俺が死んだか確認しに来たのか? 用心深い奴らだ。それならカメラに向かって挨拶、もとい宣戦布告でもしてやるか。それくらいの時間はある。

 

 そう考えた真島はドローンに近づこうとした。だが、1歩目を踏み出したところで本能が危険信号を鳴らし、彼は反射的にドローンに背を向けて走り出した。

 しかし、その行動をとるのはコンマ数秒遅かった。真島が机の陰に飛び込もうとした瞬間、ドローンの下部に取り付けられていた縦15センチ、横30センチほどの長方形の箱が爆発し、放たれた大量の金属片が真島の背面に突き刺さった。

 

「ぐぅっ!? がっ、ああぁ……っ!」

 

 真島は苦悶の声を上げながら床へと倒れ込んだ。背中に、腕に、脚に、後頭部に焼け付くような激痛が走る。

 セイカが用意した自爆ドローンに取り付けられていた箱の中身は、C4爆薬だけではなかった。大小様々なサイズの釘やネジが、大量に詰め込まれていたのだ。C4爆薬の強烈な爆圧により、凄まじい勢いで広範囲に飛び散ったそれらは狩猟用空気銃並みの威力を持つ。

 

「クソ、がぁ……っ! テロリストみてぇなこと、しやがって……!」

 

 背面中を襲う激痛に耐えつつ、どうにか立ち上がる真島。その耳に、ブーンとプロペラが回転する音が再び届く。数十秒前と同じように、真島は音の方向へ顔を向ける。するとやはり、ガラスが粉々に砕け散った窓から、1機の中型ドローンが飛び込んできた。

 夜闇に溶けるような濃紺に塗装され、長方形の箱が下部に取り付けられているその2機目の自爆ドローンは、ホバリングして機体の向きを調整すると、真島に向かって突っ込んでいった。

 真島は懐から拳銃を抜いて自爆ドローンを撃ち落とそうとするが、負傷しているせいで銃を抜くのに手間取った。その間にも、自爆ドローンは猛スピードで近づいてくる。

 

「やっべ……」

 

 あまりに絶望的過ぎる状況に、真島は思わず引きつった笑みを浮かべてそんな言葉を口にした。その直後、自爆ドローンは真島に衝突すると同時にC4爆薬を起爆。本日3度目の爆発を受けて船長室の天井板は崩落し、窓から中の様子を窺うことはできなくなった。

 

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