リコリス・リコイルレス TS転生者・観世セイカの戦闘記録【完結】 作:璽武通
観世セイカの休日
アニメ『リコリス・リコイル』は1話から8話までの間、1話ごとに1ヶ月が経過する。公式に明言されているわけではないが、そうなっているとファンの間では考察されている。
たきなが喫茶リコリコに転属して、千束と出会ったのが4月。千束たちがウォールナットからの依頼を受けたのが5月。DA本部で千束たちがフキたちと模擬戦を行ったのが6月。そして……真島が地下鉄駅でテロを起こし、その対応にあたったリコリスたち10数名を殺害したのが7月。
観世セイカにとって、7月に起きたあの惨劇はターミネーターの『審判の日』に等しい。どんな手段を使ってでも真島を殺し、あの事件を阻止しなければならない。そのためなら自分の命すら惜しくない。それほどの決意を胸に秘めていた彼女だったが、15歳の時に思いがけず手にした武力と権限により、その目標を達成することができた。しかも、自分たちの損害は全治1週間の軽傷者が1名のみ。まさに完全勝利だ。
そんな完全勝利を収めた作戦から10日が過ぎ、事後処理も完全に終わった7月某日の正午。セイカは東京都墨田区、旧電波塔の真下にある商業施設『東京ソラマチ』を訪れていた。
「平和だなぁ……」
東京ソラマチの4階にあるカフェ『ココノハ』で窓際の席に座り、スモークサーモンとアスパラの味噌トマトクリームパスタを食べながら、セイカはしみじみと呟いた。
デスクワーク担当故に、基本的にセイカは富士山の麓にあるDA本部から出てくることはない。だが、ずっとそこに籠りっきりというわけではない。
普段はセルフブラック労働の末にワーカーホリックの領域に足を9割6分は踏み込んでいるセイカではあるが、街に出て気分転換したいと思う正気な部分を稀に取り戻すことがある。そのため、たまの非番の日には楠木司令から許可を取り、こうして街に繰り出して美味しいものを食べに行ったりショッピングをしたりするのだ。
「んー、ふふ……♪」
パスタを食べ終えたセイカはデザートの豆乳プリンにスプーンを差し込む。ほどよい甘さと滑らかな舌触りの豆乳プリンに、たっぷりとかけられたベリーソースの酸味と甘味が絶妙にマッチしている。
豆乳プリンをこくんと飲み込み、真っ白な雲が浮かぶ綺麗な夏の青空を見上げて、セイカは幸せそうに微笑んだ。のんびりと美味しいものを食べられる平和で幸福な時間。その素晴らしさを噛み締めるように。
◇
昼食の後、セイカは東京ソラマチ内にあるランジェリーショップ『PEACH』に向かっていた。
セイカはTS転生者──つまり、前世は男である。前世では下着にこだわりなんてまったくなかったのだが、女として生まれた今世ではわりと機能性とかデザインとかそういうものにこだわるタイプである。幸運なことに顔立ちだってそれなりに整っているし、どうせなら可愛いブラジャーやパンツを着用したい。そうセイカは思っていた。
……ちなみに、彼女の胸は平坦であった。そのスリーサイズは、どこぞの先頭民族とほぼ同じである。それゆえ、サイズが合うブラジャーを探すのには苦労していた。
「どう? 好きなのあった?」
「好きなの……を、選ばなきゃいけないんですか?」
「えっ?」
「仕事に向いているものが欲しいですね」
「あ~銃撃戦向きのランジェリーですか~? そんなもんあるかぁーっ!」
店の前まで来たところで、聞き覚えのある声と会話が耳に入ってセイカは足を止めた。そして、慎重に店内の様子を窺う。するとそこには予想通り、見知った2人の少女──千束とたきなの姿が見えた。
店の奥の方でパンツについてあーだこーだ言い合っている2人の後ろ姿を見て、セイカはそそくさとその場を後にした。ちさたきのデートを邪魔しちゃ悪い、というかそれは重罪だ。ちさたきは見守るものであって、首を突っ込むものではない。
「……映画でも見に行こう」
店から離れた後にセイカはスマホを取り出し、一番近くの映画館の場所と上映中の作品を調べるのだった。
◇
──ストーリーはそこそこだけど、アクションシーンはけっこう良かった。主演の女優さんは43歳か……。43歳になった私は、彼女と同じくらい動けるのかな?
日が沈み始め、青空が夕焼けの赤い空に変わっていく頃。ソラマチひろばを歩いているセイカは、数時間前に見たアクション映画──相棒を殺され復讐に燃える女暗殺者と、彼女が狙うターゲットの護衛を請け負った男の戦いを描いた映画を思い返して、そんなことを考えていた。
映画を見てきた後、セイカはソラマチに戻ってショッピングを楽しんだ。彼女の手には、『PEACH』で買った下着や本部にいる友人たちへのお土産が入った紙袋が握られている。
「……」
ソラマチひろばの中央にある3本の石柱のオブジェ。その前でセイカは立ち止まると、ゆっくりと周囲を見回した。
原作という名の正史では、北押上駅で真島が行うテロに対応するべくサードリコリスたちが今この時間、この場所に配置されていた。だが、真島は10日前に死んだ。テロは起きない。セイカが何度周囲を見回しても、リコリスの姿は見当たらない。彼女自身を除いては。
セイカはソラマチひろばを出て、北押上駅へと向かった。その出入り口は、立ち入り禁止を示す黄色いテープが貼られて封鎖されていることもなく、いつも通りに大勢の人々が行き交っている。
何の変哲もない日常の光景。危険など無い、平和で安全、綺麗な東京の光景。大切な仲間たちのおかげで掴めた勝利の証とも言えるその光景を、セイカは眩しそうに見つめて、微笑んだ。
「平和だなぁ……」
そうぽつりと呟いた彼女の声は、少しだけ泣きそうにも聞こえた。尊い平和な光景を、セイカは夕焼けの赤い空が群青色に染まっていくまで、ずっと見つめ続けるのであった。