《プリンスオブウェールズステークス、今……スタートしました! ハナを切ったのは七番ドバイミレニアム、外から並んで六番ドロップスティアー。三番ビートオールは出遅れか、注目の四番センダワールは好スタートで三番手に付いている》
日本では見られないだろう、僅か七人でのGⅠレース。プリンスオブウェールズステークスのスタートは、このレースを観に来た観客達が概ね想像していた通りの出だしとなった。
ドバイミレニアム。今回のレースの二番人気であり、しかしセンダワールとほぼ同格と呼ばれている逃げウマ娘。それをセンダワールが追うというのが、事前の予想だった。
ドバイミレニアムの戦績は、芝ダート込みで九戦八勝。フランスのジャック・ル・マロワ賞、イギリスのクイーンエリザベス2世ステークス、そしてドバイワールドカップのGⅠ三つを制した、まさしく時代が生み出した怪物の一人である。
そんな彼女が前を取るのは予想通り。しかしその展開の内、”概ね”と異なる点は。
(……驚いたな。センダワールならともかく、日本のウマ娘が私に並んでくるとは)
ドバイミレニアムは後続に数バ身差をつける程のスタートダッシュを決めて先頭を取りながらも、外から被せる形で並んでくる日本のウマ娘――ドロップスティアーに、少ないながらも驚愕を覚えた。
速度が出辛いダートレースであるドバイワールドカップを、ドバイミレニアムは二着のウマ娘に対し六バ身差・コースレコードでの逃げ切りによって制覇している。
その事もあって、このレースはセンダワールとドバイミレニアムによる”
「あっは、はっやー!」
(日本のウマ娘は
先頭は取っている、しかしほぼ同速で並ばれている。ドバイミレニアムのスタートダッシュは会心の感触だったが、それに劣らない加速をドロップスティアーは見せていた。
センダワールが逃げを警戒してマークしてくる事を想定していたのに、現実は全く違う所からやってきた変な笑顔のヤツが横から競りかけてきている。この事態は完全に予想出来なかった事であり、感心すべき事だった。
『”かけっこ”で勝負か? 望む所だ、ダークホース!』
だが、”予想以上”にはなり得ない。並び来るドロップスティアーを振り落とすべく、ドバイミレニアムは芝を踏み締めて更に加速した。
大逃げ。頭を取ってローペースで抑えるなどというセオリーを無視し、最初から最後まで差を付けて逃げ切る。それが今回のドバイミレニアムの戦法であった。
あらゆる駆け引きを完全に放棄し、センダワール含む周囲の全てを力押しで捻じ伏せる。最初からそうするつもりであったドバイミレニアムにとって、逃げの競り合いという小細工などは目に留める必要も無かった。
「むーりーでーすー!」
(……一瞬で落ちていったぞ。なんだったんだアイツは?)
そしてドバイミレニアムの思惑通り、しかし思惑を遥かに超える程あっさりとドロップスティアーはドバイミレニアムから突き放されていった。
大逃げに対し、無理に付き合わないというのは正しい。最終直線でバテて沈んだ所を最後に差し切る、それが大逃げへの対抗策なのは紛れもない事実だ。
しかし、それにしたってハナ争いの放棄が早すぎる。一瞬思わぬ所からやってきた刺客として警戒したのに、一瞬で警戒の外まで落ちた。先頭を取って奪い合ってやるという、ウマ娘特有の闘争心が欠片も感じられないままに。
(まぁいい、ハナさえ取れれば同じ事だ。……さぁセンダワール、どこまで付いてこれる!?)
意識の外に消えた相手を気にしても仕方がない。ドバイミレニアムは追走してくるだろう最大のライバルをレースごと制するべく、意識を前へと向けた。
高低差が激しいコースだろうが、誰にも邪魔されない単騎行ならばそのままスタミナ勝負で勝つ自信はある。センダワール程のウマ娘がこちらの自滅を期待して何もしないという事は無いだろう、確実に仕掛けてくる。
その仕掛けごと、力で捻じ伏せる。そう考えながらドバイミレニアムは最初のコーナーへと侵入した。
◆ ◆ ◆
「ひゃー、スゴ。ティアちゃんさんのスタートダッシュより速いとか、さすがは世界だねぇ」
「グ、グラスちゃん! ティアちゃんがハナ争いで負けた事、今まであったっけ!?」
「……少なくとも”勝負所”で負けた所は、これまでで見た事が無いですね~……」
日本のリアルタイム観戦組たるセイウンスカイら五人も、レースの立ち上がりを見て衝撃を受けていた。
ドロップスティアーの加速力は世代内でも群を抜いており、対戦経験のあるウマ娘の大半はそのスタートダッシュから使われる妨害策を大なり小なり受けている。ハナ争いで確実に勝ってから何かをしでかす、だから彼女は絶対に無視出来ない存在なのだ。
そんなウマ娘が、僅かではあるがこの勝負所で負けた。早々に引き下がったのは作戦の内だろうが、最初の一手で後手に回るというのは小さくも異常な事態だった。
「やっぱり芝の影響デスかね? ティアは前哨戦も出なかったデスし、実際に走る分には勝手が違った、とか……」
「スタートをミスしたって顔でも無かったでしょう。……いつも通りやって、それでも負けたってだけよ。あの娘が、ね」
エルコンドルパサーがアウェーでの不利を要因として挙げるも、キングヘイローはその影響は薄いと考えていた。
慣れない洋芝に不慣れなのは間違いないのだろうが、そもそもドロップスティアーは重いバ場を得意とするウマ娘であり、泥沼の様な芝でもスタートダッシュを確実に決められる。彼女の走りは搦手ばかりに目が行くが、その根幹にあるのは走力とは別のピンポイントな長所なのだ。
少なくともこの世代内においては誰にも劣らなかった長所の一つで、純粋に負けた。その事実に、キングヘイローは苦い顔を浮かべた。
「しかし、それにしたって飛ばしてるわね……大逃げかしら? このコース、ずっと坂になっているって言っていたわよね」
「コーナー抜けたら最後まで、ずーっと淀の坂並の傾斜だよ。ついでに京都と違って、息入れられるポイントはナシ。セイちゃんならこんな所でやりたくない作戦ナンバーワンだけど……スペちゃん達はよく知ってるでしょ? そういう、細かい理屈抜きに強い大逃げの人」
「……ス、
「「…………」」
作戦もセオリーも無視し、最後まで落ちない大逃げ。それを聞けば、この世代の誰もが一人のウマ娘を想起する。してしまう。
”異次元の逃亡者”、サイレンススズカ。かつての毎日王冠でその強さをダイレクトに叩き付けられたグラスワンダー・エルコンドルパサーの怪物コンビは、揃って顔を苦くした。
最初から最後まで速い大逃げという、常識外の走り。しかしそれは日本で既に前例があり、有り得ない夢想では無くなっている。
全盛期のサイレンススズカ・海外バージョン。ドロップスティアーを突き放しコーナーへと入っていくドバイミレニアムに、そんなイメージを重ねてしまったスペシャルウィークは顔を青くした。
「で、でも! いくらなんでもあんなコースで大逃げなら、流石に垂れるよね!?」
「にゃはは、皆さんそう言うと思ってこちらっ! セイちゃん調べ・ドバイミレニアムさんのデータになりまーす! ……あの人、同じコースで走ったクイーンエリザベス2世ステークスで、既に一回勝ってるんだよねぇ……」
「逃げ切る公算は確か、と」
セイウンスカイは笑顔を浮かべながらスマホに映った競走成績をその場の全員に見せ、直後に心底からの溜息をついた。
ドバイミレニアムは直前にダートレースから来たという戦歴から、今回の一番人気はセンダワールを奪われた。が、そもそも彼女は芝でもダートでも強い真のオールラウンダーであり、現地のアスコットでは以前にもGⅠを制している。
その時と距離こそ違うが、同じコースのGⅠを制したウマ娘が単なる奇策や賭けで大逃げに及ぶ訳が無い。そういう事実もあって、このレースは芝のセンダワール・砂のドバイミレニアムの一騎打ちであると、現地のレースファン達から予想されているのだ。
「……そういえば。セイちゃん」
「なにー、グラスちゃん?」
「先程の言葉なのですが。『あんな所でティアちゃんと戦うのが嫌』というのは、どういう意味です?」
「え? どういうも何も、言葉通りだよ」
「セイちゃんは何か思い当りがあるのではないですか? ティアちゃんの作戦――いや、勝機を」
「えっ、そうなの!?」
誰もが頭を抱える絶望的な初動と解説を聞かされ、しかしグラスワンダーは半ば確信してセイウンスカイに問いかけた。
散々強力と言われたドバイミレニアム、それを抑えて今回一番人気を受けたセンダワール。イギリスのミドルレンジ最強決定戦としか思えないこのレースだが、それに自ら乗り込んだのは
世代最恐のジャイアントキリング、走者泣かせのレース荒らし。どれだけ格上だろうが何かしら状況を引っ掻き回す、そんな彼女が坂の強さだけでこのレースに挑んだとは思えない。
そしてここにいるのは、世代最高の策士・セイウンスカイ。レースの分析と戦術においては彼女以上はそうはいない、その信頼からグラスワンダーはドロップスティアーの思惑をある程度看破していると考えていた。
「まぁねー。他のレースならともかく、今回はかなり分かりやすい……というか、
「……”勝ち筋がこれだけ”? どういう意味かしら」
「ハッキリ言っちゃうと、ティアちゃんさんはセンダワールさんよりも、ドバイミレニアムさんよりも弱い。あの二人は多分現役最強クラスのマイラーで、絶好調のグラスちゃんが日本で迎え撃ってもイケるかどうか、ってレベルの怪物だよ。そんな二人がホームでやり合うんだから、そりゃーマッチレースなんて言われるのも納得だよねー」
キングヘイローに聞き返されながら、セイウンスカイは両手を頭の後ろで組む。
それは残酷にして現実的な分析だった。今のドロップスティアーは確かにこの世代の一員として十分な実力を備えたウマ娘に成長したが、それでも”十分”止まりであり、単純な正面勝負であればここにいる五人全員に劣る。
故に実力ではあの二人には絶対に勝てない。他ならぬセイウンスカイのマイナス太鼓判は、誰にも否定出来なかった。
「……それが何? あなた達はそんな殊勝に負けを認めるタマじゃないでしょう、結論から言いなさいよ」
「まーまー、落ち着いてよキング。物事は過程が大事なんだって。レースの戦略なんてまさにその最たる例なんだからさ」
「過程、デスか?」
「セイちゃんの読みが正しいなら、多分このコーナー辺りからかな。ティアちゃんさんが
「……?」
やけにセイウンスカイが勿体振って説明するのを
読みが正しければ、ここで何かの動きがある。セイウンスカイの予言に近いその説明から、四人はテレビを注視し。
「……ほーら、やっぱり。やると思ったんだよ、
「「あっ」」
そしてキングヘイローとエルコンドルパサーが、
◆ ◆ ◆
(……なんだ、このウマ娘は……!)
最初のコーナーに入り、センダワールは顔を歪めていた。
ドバイミレニアムは逃げる。何はともあれ、彼女のペースを乱して気持ち良く走らせてはいけない。事前よりそう決め打っていたセンダワールはこのレースにおいて、ドバイミレニアム一人をマークし張り付いて行くと決めていた。
そして実際、ドバイミレニアムは予想通りに大逃げを始めた。この長く過酷な坂と最後まで向き合うレースにおいて、大逃げは不利要因。しかしそれでも、彼女ならば高い実力任せに逃げ切る可能性はある。
だから届かないまでも数バ身程の距離を保ち、足音を聞かせて存在感をアピールする。そういうマークをするつもりで、センダワールは最初のコーナーに入った――の、だが。
(この日本のウマ娘、
ドバイミレニアムにハナ争いで僅かに負け、しかし内側を取ったウマ娘・ドロップスティアー。一人分前を走る彼女は、コーナーに入り始めてから極めて微妙に進路が膨らんでいた。
アスコットレース場のコーナーは険しい。直角三角形の様に極端な形状をしているこのコースは、不慣れなウマ娘が走れば振り回される様な遠心力がかかってしまう。
日本のレースは高速バ場であり、芝もコーナーもウマ娘が走りやすい構造になっていると聞く。それを考えると、前哨戦も無しにやってきたこの娘が膨らんでしまうのも無理は無い。
が、その膨らみ方が
(くそ、内が空き切らない……外から抜くしか無い、か……!?)
歩数の多いコーナー向けの走り方――ピッチ走法を使っている彼女は、不慣れな割にはそこそこのコーナリングを見せている。だが、今にも膨らみそうなラインのズレを重ねながら、少しずつ落ちてくる。
このウマ娘もドバイミレニアムをそのままにしたくはない、だから簡単には二番手を譲りたくない。そういう思惑は見えるのだが、内をきっちり締めるでも無ければ妥協して外を回るでも無い今の走りは、センダワールにとって邪魔極まりなかった。
ドバイミレニアムをマークすべく、このウマ娘は早々に抜きたい。しかしコーナーで外側から抜くのは躊躇われるし、かといって内側は微妙に開き切らない。
そうこう考えている内に、ドロップスティアーの速度はセンダワールをゆっくりと下回り始めた。このまま後ろに付いて減速に付き合えば、ドバイミレニアムの背に届かない。
(……仕方無い。外だ)
散々迷わされた結果、センダワールはコーナー半ばを過ぎてから減速するドロップスティアーを外側から抜いた。
多少とはいえ、これはロスだ。最初からドバイミレニアムの後ろに付くつもりが、半端なコーナリングに付き合わされた事で微妙な距離を空けられてしまった。
スタートで上手く並んだのなら、コーナーまで上手く競り合ってくれればいいものを。小さな愚痴を心の奥にしまいながら、センダワールはドバイミレニアムの背を追い始めた。
「――あは」
後ろの小さな笑い声など、聞こえる筈も無く。
◇ ◇ ◇
「――ぶっちゃけ。今回このレースにおいて、お前の出る幕なんぞ無い」
「ホントにそんなデッカくぶっちゃける事がありますか、ばかトレーナーさん」
「うるせーだあほ。ドバイミレニアムとセンダワールがどっちもそんだけバケモンなんだよ」
レースより数日前の作戦会議。名入は例によって、現実だけを見据えてドロップスティアーをこき下ろす様な出だしから話を始めた。
下馬評ではセンダワールが一番人気に推されているが、名入の目から見ればドバイミレニアムも同レベルに手が付けられない。芝ダートの両方のGⅠを制するとかどうなってんの? 両方走るだけならエルコンドルパサーも出来るが、そこまでは無法してねーぞ。それが名入の偽りなき本音であった。
「ドバイミレニアムはダート最高峰のドバイワールドカップで、コースレコード出しやがった。少し前までは芝で走ってた――っつーか、本来そっちが本領の筈だ。以前アスコット走ったクイーンエリザベス2世ステークスでも六バ身差の圧勝だぞ? メチャクチャだ」
「うーむ、流石の自分でも分かるぐらい超つよですね」
「そこに四連続GⅠ出走・四連勝でノリにノッてる覚醒状態のセンダワールだ。……GⅠ四連勝ってなんだ? そんなポンポンGⅠ穫れたらトレーナー商売上がったりだっつの、やってられっか」
「うーむ、流石の自分でも分かるぐらい超つよパート2ですね」
ちょっと調べれば分かる程度の情報を、名入は説明する。いつもならば対戦相手が普段どう過ごしどういう性格なのか、そういった細かい癖の調査まで徹底的にやる。しかしそれは、
しかし、本命ウマ娘の代表的な勝ちレースの分析ぐらいは流石にしている。そのレース運びを見た結果、ドロップスティアーはこの二人の両方に勝ち目が無いという結論を出した。
アスコットという坂その物の様なコースで不利は出ないのだが、根本的な実力差がある。なんかもう、そういう戦いは
「……とはいえ、そりゃタイマンでやる時の話だ。十回やって十回負ける、そういう実力差がうっかりひっくり返る。それがレースってもんだ」
「んじゃ、あるんですよね。いつもの悪巧み」
「
「はぁ」
そういう”絶対”を崩してやる。絶望的な説明から一転し、名入は不敵な笑みを浮かべた。
実力勝負で負ける相手に対し、実力以外のイレギュラーを混ぜて掻き乱す。それが名入が好きなレースであり、それをやらかすのがドロップスティアーというウマ娘だ。
国際GⅠとはいえ、今回のレースはセンダワール対ドバイミレニアムの一騎打ちという形となる。それだけ他と実力差があるというのは、裏返すと
「当日に考えられ得るパターンはたった二つ。ドバイミレニアムが二番手辺りで先行するか、あるいはドバイワールドカップみたいに突っ走って逃げ切りを狙うか。そんだけだ」
「? あれ、センダワールさんは?」
「センダワールは前寄りのレースをするドバイミレニアムを警戒する筈だ。つまり、確実にドバイミレニアムの後ろに付く。相手に圧かけて逃げのペースを乱して、自分の走りをさせずに最後は差し切りを狙う。王道のマーク戦法だな」
突出した実力を持ち、同等の力を持つ二人のマッチレースとなれば、展開はほぼ一つに限られる。それは先行が前を走り、もう片方はその横か後ろに付く形。極端な追込ウマ娘であればその限りでは無いが、センダワールは差し寄りのウマ娘だ。
ドバイミレニアムは何がなんでも先頭を取って突っ走るウマ娘という訳では無く、最初に控えて勝ったレースもいくつかある。だがそれでも精々三番手に抑えるという前寄りの先行を見せており、後方策は確実にしないだろう。走りに自信やプライドを持っているウマ娘は、自分の実力が一番発揮出来る戦法を選ぶ。
なのでスタートで二人がまとめてすっ転んだりしない限りは、前方にドバイミレニアム・すぐ後ろにセンダワールという構図がほぼ確実に起こるのだ。
「センダワールはドバイミレニアムに気持ち良く走らせる展開だけは避けたい。どっちも実力が同じぐらいなら、最初に前を取ったヤツが最後まで前をキープして終わりだからな。そこで、この構図を
「煽る?」
「アスコット2000メートルは開始360メートルまで直線の下り、そこから平地のコーナーへ入る。つまり、ハイペースのポジション争いが発生する」
「ふんふん」
「そしてコース唯一の下り坂からスピードが出てのコーナーは、日本の比じゃねえキツい
「……んっ?」
ハイペースの初動から、キツいコーナー。ドロップスティアーはその二つを聞き、ぼんやりと既視感を感じた。
なんか
「――
「お、思い出したか。……最初の直線は東京レース場のポケットスタートより長ぇが、今のお前は菊花賞の経験で先行の速さでも走れる様になってる。あの作戦はもう手垢が付いてっが、海外じゃバレてねーからな」
プランA。ドロップスティアー始まりの戦法であり、ダービーまでのコース攻略として使ってきた戦法。
ハイペースでハナを取り、コーナーで後続が判断に困る絶妙な逸走をし、自分ごと下手に外側を回らせる。今回の立地ではこの作戦を、海外というノーマークの地で久々に流用出来るのだ。
「ドバイミレニアムが大逃げペースで突っ走ったら、お前が完璧にスタート決めても直線の長さ的にスピードで食い付けねえ。だから最悪でもスタートでセンダワールのアタマだけは抑えろ、出来なかったらお前負けな」
「いやまぁ、いつもの事なんでやりますけど……別にドバイミレニアムさんにも勝っちゃって構わないんでしょ?」
「よし、負けるなコイツ」
「バカにしないでくれません!? 自分本気で言ってんですけど!? あっちが二番手ぐらいで抑える可能性もあるって言ったのトレーナーさんじゃないですかぁ!」
盛大なフラグを立てるドロップスティアーに、名入はドバイミレニアムに対しこの逸走策が当てられないと特に根拠も無く断定した。
センダワールの末脚を警戒し、最初に抑える事は確かに有り得る――というかセオリー的にはそっちの方が良い。とはいえドバイミレニアムは一般的なセオリーをガン無視してドバイワールドカップを逃げ切っているし、どっちが来るかは名入の予測では半々。
そして最悪の可能性を想定しておくのが戦略の基本だ。なので名入は、目の前でぶーぶー大声で文句言ってるコレが、最初のハナ争いで負ける前提で話を続ける事にした。
「ハイスピードで入るキッツいコーナーとはいえ、お前は日本じゃ世代一のピッチ走法使いだ。今更コーナリングミスるなんて事は無い……が、海外じゃお前のそんな事情なんぞ誰も知らん。微妙な下手さで曲がりゃ、”これだから日本のウマ娘は”みたいな感じで付き合わされる筈だ」
「すっごい不名誉なんですけど?」
「お前が逸走癖あったのは事実だろが、受け入れろ」
「自分克服しましたもん! どんなコーナーでももうカンペキに回れますもん!」
「……こいつ、なまじ強くなったせいで要らんプライド付いちまったな。めんどくさ」
「にゃにをー!?」
作戦の第一段階、ともかくセンダワールの前を取る。欲を言えばドバイミレニアムがハナ争いを控え、そこを二人まとめて逸走策に付き合わせるというのが理想なのだが、目に見えるフラグがそこに立ってるので名入は希望的観測を棄てた。
この久々のプランAにより、センダワールをコーナー外側から回らせてロスさせる。これが成功した場合、ほぼ確実に起こり得る事態がある。
「ともかくだ。センダワールの思惑からすりゃドバイミレニアムをマークしたい、だが最初のコーナーでお前が余計なジャマをすりゃ一手遅れで距離が離される。その形になりゃ控えるどころじゃねえ、外抜いたら何が何でもドバイミレニアムを捕まえようとする筈だ」
「まぁ、なんとかペース乱したいって話ですもんね」
「そこで。精一杯頑張るセンダワールを
「……どういう事です?」
「だっはっは。どういう事も何も、
”後押し”。名入のその言葉は、まさに文字通りの事を指している。
何せドロップスティアーというウマ娘を知っているならば、ほぼ確実に警戒されるだろう代表的な戦法なのだから。
「ドバイミレニアムに追いつきたがってるんなら、是非とも追いつかせてやりゃいい。お前ならそれが出来るだろ?」
「……あぁ、なーんだ。
◇ ◇ ◇
(――……ッ!?)
コーナーを抜けたセンダワールは、三・四バ身差は前を走っているドバイミレニアムの背を追い始める。
この大逃げを崩さなければ負ける。それを踏まえてセンダワールは自らのペースを上げ始めた――の、だが。
(ち、
センダワールの注意が、先程抜いて
バケモン VS バケモン VS バカモン
ちなみに実馬ドバイミレニアム号はかつてモンジュー陣営から最強決定戦やろうぜー!とか誘われたレベルの強さです。