◆ ◆ ◆
「――このレースでティアちゃんさんが勝ちを狙うって考えてみた時、セイちゃんはこういう形になるだろうってほとんど確信してたんだよねぇ。前哨戦を出ない
「……メリット?」
微妙な膨らみにより一人分以上はコーナーの外を回らされ、そして抜けた直後に脅迫マークをされ始めたセンダワールの姿を見て、セイウンスカイは表情一つ変えていなかった。
驚く事など何もない、全くもって予想通りの展開。そう言わんばかりの姿勢で零した、何やら引っかかる一言をスペシャルウィークは拾って聞き返した。
「このレースでのティアちゃんさんの強みってなんだと思う?」
「……坂じゃないの?」
「坂でしょう」
「坂以外にあるのですか?」
「坂デース!」
セイウンスカイの問いかけに、四人の答えは完全に一致する。
ドロップスティアーは坂で強い。というか、坂に強くないならこんな海外レースに挑戦しないし、坂に自信があるからこそこんな極端なコースのレースを選んだ。それ自体はドロップスティアー本人も認める、間違えようの無い事実である。
が、セイウンスカイの見解において”一番の強み”はそこでは無かった。
「
「……無名?」
「ティアちゃんさんは日本でGⅠ獲った事あるとはいえ、このレースはマッチレースなんて言われるぐらいに二人に注目が行ってる。このレースの出走者は”あの二人とそれ以外”、そういう形にしか見られてないんだよね」
”黄金世代”全員にも言える事ではあるのだが、強いウマ娘はレースの本命として注目を集める。レースで起きる何らかの番狂わせが起きない限り、実力差を付けているウマ娘はそのまま勝つ。
故にそういった本命のウマ娘に対してどう対抗するか、という事がレースの基本的な思考になるのだが――それはつまり、
「考えられる? ほっとくとレースを引っ掻き回しまくるあのティアちゃんさんを、完全に無視して勝負するとかさぁ。絶っ対にろくでもない事になるに決まってるじゃん」
「…………間違い無いわね」
「けど、
日本において、ドロップスティアーの存在は強い弱いとか以前の所で無視出来ない存在である。何せ、彼女にマークされて思い通りに走れたウマ娘は皆無なのだから。
負けない為ならなんだってやる。実際にそう戦い続けてきた彼女を無視して走る事は、一種の思考放棄だ。凶悪としか言えない
だが、
「そうなれば、話は簡単。ティアちゃんさんは誰にも対策されない状態で、自由にのびのび仕掛けられる。ならまずは、本命を落としに行くでしょ? ……
「……うわぁ」
「……絶対に嫌デース……」
その説明を聞かされ、スペシャルウィークとエルコンドルパサーはげんなりした。
ダブル鋭角コーナリングだの強制斜行だの、歴史に残るレベルに凶悪な技を仕掛けられて負けかけた二人にとって、ドロップスティアーを警戒せずに走るというのは今や不可能だ。しかし、海外では違う。
知らない日本のウマ娘よりも警戒する対象がいる以上、そちらに目が行く。レースを走る誰もが、ドロップスティアーの存在を勘定にも入れない。
「あそこにいるのは、確かに現役最強クラスの二人だろうけどさ。その後ろを走ってるティアちゃんさんは、今までの弱点を全て克服した上で、全部の技が自由に使える」
セイウンスカイは僅かな渋面に同情を滲ませ、その事実を告げる。
日本で散々暴れ、恐れられ、警戒されてきた存在。それが完全なフリーになるという事は――
「……あそこにいるティアちゃんさんは。
――日本最恐の刺客が、最も力を発揮するという事を指す。
◆ ◆ ◆
(来たか、センダワール……!)
コーナーを抜けて坂を上っていく最中、ドバイミレニアムは迫り来る圧力を背に感じていた。
見るまでもなく分かる。この序盤で自分の逃げに対し仕掛けてくるウマ娘など、センダワールしかいない。逃げる自分に食い付き、確かなプレッシャーをかけてきている。
予想通り、彼女は自分のペースを崩しに来た。厳しい坂が延々と続くこのコースにおいて、消耗の激しい大逃げは本来難しい。だから上り坂の始めより競り掛け神経を使わせ、スタミナを削る。理に適った、しかし最後には実力で勝つという確かな自信に裏打ちされた戦略だ。
逃げの対抗策、競り合い。仕掛けられたウマ娘は知らず知らずの内にペースを上げてしまい、最後には垂れる。センダワールの様な一流のウマ娘から仕掛けられるプレッシャーは、ドバイミレニアムにとっても決して無視出来るものではない。
『望む所だ、来るがいい!』
それに対し、ドバイミレニアムは歓迎する様に笑みを零した。
魂が燃える様な高揚感。これが自分のペースを乱す要因だと分かっていても、強敵との正面対決という状況がそれ以上に力を引き出すという確信がある。
自分という風除けがある分、後ろに付くセンダワールの方が最終的にスタミナの有利は取れるだろう。だが、それ以上の実力を以て押し切ればそれで良い。
勝つのは私だ。そう対抗心を燃やすドバイミレニアムに対し――
(……く、そぉっ……! どうなってるんだ、このウマ娘はっ……!?)
一方のセンダワールは自ら迫っている筈の前方ではなく、後方にばかり意識が向いていた。
マークされた経験などいくらでもある。真後ろに付くマークも、技量のあるウマ娘であれば珍しい技では無い。だが自分が今喰らっている
(どれだけ近寄っている!? 追突が怖くはないのか!?)
ドロップスティアーの脅迫マーク。その距離は真後ろ数十センチというハナ差に等しい密着状態から始まり、この直線で
猶予など欠片も無い、少しでも詰まれば互いに脚を引っ掛けてしまう。これは最早マークなどという甘い状況では無い、向こうの正気を疑う凶行だ。
今のセンダワールはドバイミレニアムを追う為にペースを上げている。だが、それより
(落ち着け! 向こうはアガっているだけだ、その内こんな狂った張り付きは終わる! 今はただ、自分のレースをすればいい……!)
追い上げているつもりが、より険しく追い立てられている。しかしこんなコンマのズレも許されない走りなど、いずれ必ず終わる。後ろのウマ娘は大舞台の緊張により、思わぬペースを出しているだけだ。
センダワールは焦りの中で真っ当な結論を出し、今にも自分に衝突する様な圧力から必死に目を背ける様に、ドバイミレニアムの背を追っていった。
その圧力が、全く真っ当なモノでは無い事を知らないままに。
◇ ◇ ◇
「お前が出来る一番強い戦法は、初見の一発芸ブチかまして相手の隙を突く事だ。そういう意味では今回、お前の全ての技は最大の効力になる。慣れられんのがお前の最大の敵だからな」
「てか、ホントに
「まー、多分効くだろ。あんな狂った技出来るウマ娘はお前しかいねーし、いつもと
「……どういう意味です?」
作戦の第二段階、プランAで外を回させたセンダワールに脅迫マークを仕掛ける。しかしドロップスティアーは名入に対し、本当にこの技が通用するのかと問うた。
追突の恐怖で掛からせて消耗を狙うこの技は、”黄金世代”レベル以上の相手には効き目が薄い。神経と精神を追い詰める事は出来るが、自分のペースを守る事に集中すれば対抗出来る。
しかし今回・このレース一度に限れば、この技はセンダワールやそれ以上のウマ娘にすら通用すると名入は考えていた。
「あの
「あはっ、ナメられたモンですね。やると決めたんなら自分はどんな事だって絶対やり抜きますよ?」
「いやフツー誰も出来るって思わねーんだよあんな芸当。……ついでに言えば、センダワールはドバイミレニアムに競りかける以上、
前後の距離ほぼゼロで張り付いたまま走り続けるという凶行。当然の事だが、海外でもこんな自分の選手生命を全ツッパしてまで相手を追い詰めようとするウマ娘などいない。
日本のウマ娘は”ドロップスティアーはそういうウマ娘だ”という共通認識を既に持っている為、この技に対し自分のペースを保つという意識を持つ事が出来る。しかし今回は、その認識という大前提が存在しない。
ドロップスティアーの技は、最初の一回目で最も力を発揮する。しかし”ドロップスティアー”というウマ娘の知識が存在しない今回に限り、
「アレが通じりゃ、センダワールでも掛かる。元々”ドバイミレニアムを追う”っつー意識もあって、自然と脚が早まる。そうなりゃ、あとは
「へ?」
「お前の出る幕が無い勝負、あの二人のマッチレース。互角の相手がいるなら、
「えー。またですぅ?」
「まただよ。今回はセンダワールに
センダワールもドバイミレニアムも、両方とも地力ではドロップスティアーより絶対に上である。しかし、そんな”絶対”の構図はこちとら何度も経験済みだ。
今回の脅迫マークはセンダワールのペースを後押しして消耗させつつ、早々にドバイミレニアムに競りかける形にして、プレッシャーを間接的にかけるという連鎖的な目的で使う。
強い相手を倒す為に、別の強い相手を利用する。この手法を使い、ドロップスティアーは”最も強いウマ娘”を決める
「……今回のレース。自分の技って、全部通じるんですよね?」
「あ? まぁ通じなかったら負けるし、効く事前提のレースだよ――……なんかお前のその切り出し方、スッッッゲー嫌な予感すんだけど」
「
「…………言っとくが、”ダブル”はナシだぞ。アレは本当の禁じ手だし、元々俺の作戦には組み込めない技だ」
「もー、分かってますってー。自分の事なんだと思ってんですかー?」
「頭イカれてるバカ」
「超っ必殺ぅっ! 爆・山・脚――」
「やめろォーーーッ!!」
ゲージ全消費の超必殺技の発生を、名入は最速で潰した。うっかり口を滑らせただけで死の恐怖をブチかまされるなど、冗談ではない。
それはともかくとして。”全ての技が通じる”という前提を聞かされたドロップスティアーは、例によって一つ、余計な事を閃いてしまった。
「脅迫マークがイケるんなら、
「……それ以上?」
「あ、トレーナーさん知らないんでしたっけ。まぁ
脅迫マーク。彼我の距離をハナ差並に詰める事が出来る、恐怖その物の技。
しかしこの技には、ただ一人しか知らない
「まぁトレーナーさんにもバレなかった技ですし、今回だけなら使えるでしょ」
「おいコラ、さっきから何の事言ってやがる。ちゃんと説明しろ」
「いやぁ、アレももう使う気無かった技ではあるんですけどね――」
◇ ◇ ◇
(――うッ!!?)
険しい坂のストレートの中、ドバイミレニアムの背を追うセンダワール。しかしその途中で、僅かな違和感を感じた。
後ろに張り付いているドロップスティアーの距離が一向に離れない。やたら大きな足音が全く同じ距離を保ち――
数十センチから十センチに、数センチに、ミリに――
(……気のせい、か……!? いやしかし、それにしたって近過ぎる……! いつになったら下がるんだ、このウマ娘はッ!!)
センダワールが感じた違和感。それは一瞬、たった一度だけの事だった。
後ろのウマ娘は相も変わらず、有り得ない至近距離で自分に追従し続けている。ただの気のせいと思いたい、異常なまでの張り付き方。いつかは終わると思っていた、しかしいつまで経っても続いているマーク。
脅迫マークと名付けられたその技には、誰にも見破れなかった発展型があった。自分と相手のペースを見極めた上で、真の意味で完璧に速度を合わせて足先を掠めるという離れ業。たった一人――スペシャルウィークがかつて受けた、本当の脅迫マーク。
(……!? また、かッ!?)
センダワールの踵が、二度目の違和感を拾った。
その違和感の名を、
◇ ◇ ◇
「――お前あのダービーでンな事やってたの!? バカかお前バッカじゃねえのか、またはアホか!? 知ってた!!」
「まーバックストレッチじゃ見えなかったですよねー、あっはっは。……あ、スペさんには当時”ダブル”の事も含めて、一杯謝りましたよ?」
「あたりめーだろバカが! 俺スペシャルウィークにどんな顔合わせりゃ良いんだよ!? 俺の面の厚さにも限度はあるわ!!」
ダービーで一度だけ行われた、コースの向正面という全員が見えないポイントで行われた技・擦過マーク。そんな存在を今更知らされた名入は、心底からの悲鳴を上げた。
ダブル鋭角コーナリングといい、あのダービーでどれだけやらかしていたのかこのウマ娘は。分かっていたつもりではあったのだが、名入は未だにドロップスティアーというウマ娘の事を過小評価していた事を思い知った。
レースの常識という枠からはみ出している、本物の狂人。仮にも自分の担当ウマ娘が『実はこんな事やってましたー』などと軽いノリでお出ししてきたとんでもない告白に、名入は白目を剥きたい気分だった。
「でも、今回は流石にアレをずっとやり続ける気は無いですよ。要はセンダワールさんを焦らせれば良いだけなんでしょ?」
「……あ、あぁ……」
「んじゃ、マーク中にちょこっとだけ仕掛けますよ。ほら、良く言うじゃないですか。何回かだけなら事故かも、って」
「言わねーよ! 百歩譲ったとしてもやる側が言っていい言葉じゃねーんだよ!」
スペシャルウィークすら精神の限界まで消耗させられた技、擦過マーク。しかしドロップスティアーも、そのままの形で使う気は無かった。
今回の目的はセンダワールを煽り立ててペースを上げさせるだけであり、削り切る事では無い。だから、ほんの少しだけ使って『気のせいかも』と思わせる。
道中の脅迫マークの最中、瞬間・数度だけ掠らせる
「で、どうです? 万一脅迫マークに耐えられるかもって考えたら、こんぐらいやった方が良いんじゃないです?」
「いや、そりゃ……まぁ……うん……」
やり過ぎだバカ、加減しろ。名入はそう言いたかったのだが、自然と口を噤んでしまった。
何せ、相手が強すぎる。ほぼ確実に脅迫マークは効くだろうと思っているのだが、”ほぼ”は予測であり”絶対”ではない。そうなると、”やり過ぎ”と言える
ライン越えでなければ、禁止は出来ない。そもそもの原型が誰にもバレていなかった以上、この技は限りなくブラックに近いグレー止まりだ。これまででトップクラスの敵を相手に、手札を出し惜しむ余裕は無い。
「……絶対事故んじゃねーぞ? やらかしたら国際問題なんだからな? フリじゃねーからな?」
「ずっと続けるならまだしも、数回ぐらいならヨユーですって。信用無いですねー」
「信用出来るかンなもーんッ! バーカ! マジでバカお前!」
「はぁー!? バカって言う方もバカなんですよー!?」
「”も”って事は自覚はあんだな、良かったぜバカ!!」
いつも通り平然と狂った技を提案するドロップスティアーに対し、名入は絶叫する。
こうして狙いの的であるセンダワールは、地獄行きが確定してしまった。
◇ ◇ ◇
(く、うっ……!)
センダワールはドバイミレニアムを追い、
ドバイミレニアムのペースは明確に速い。後続に合わせて抑えるという意図が見えない、紛れもない大逃げ。最初に付けた差をそのままにして逃げ切るという強い意思を隠そうともしていない。
最終直線で末脚を残す事も考えないハイペースに対して出来る事は、足音を聞かせて少しでも存在感をアピールし、焦りを誘う事だ。その点で言えば、今のセンダワールの形は間違っていない。
ただ、
(これでは、どちらが追っている身なのか分からないぞ……!)
ドロップスティアーの狂った様な距離の張り付きが終わらない。走っている最中に何度か脚に掠った錯覚を覚え、その感覚から逃げる様にセンダワールはペースを徐々に上げていた。
自分の走りが出来ていない。ドバイミレニアムの逃げを乱すどころか、ハイペースという相手の土俵に不本意なまま上がってしまっている。ゴールまで延々と坂が続くこのレースにおいて、自分のペースで走れていないというのは致命的だ。
こうなってしまっては、相手のペースを自分と同様の所まで崩すしか無い。そう考えたセンダワールは、思い切って最終直線を待たずドバイミレニアムの背中に張り付いた。
(――ッ!? センダワールの仕掛けが早い、末脚勝負に持ち込むとばかり思っていたが……!)
そんな苦渋の判断とは知る由も無く、ドバイミレニアムは早々に迫ってきた足音に思わず振り返る。
どうやら向こうは賭けに出たらしい。最終コーナー直前の今に仕掛けてきたセンダワールの苦々しい表情を見れば、それが良くわかる。正確な所はともかく、この仕掛けが賭けである事自体は間違いでは無かった。
アスコットのコーナーは短く、直線は長い。最終直線は500メートル、そこからの高低差はまだ10メートル近くある。大逃げしている自分が言うのもなんだが、これは異様な早仕掛けだ。
(だが、今更ペースを落とすつもりは無い! こちらも意地がある、根比べなら負けんぞ!)
内側を締める様にコーナーへと入りながら、ドバイミレニアムは迫り来るセンダワールの仕掛けに心構えた。
アスコットのコーナーは最初よりも、この最終コーナーの方が険しい角度が付けられている。コーナーでの有利は基本内を取る事であるが、険しい程に遠心力がかかり減速を招く。
こと先行のスピードレンジにおいては、外を回る方がコーナーでの速度は出る。最終直線を早い段階で加速した状態で入れれば、内外の距離差という有利は容易くひっくり返る。
それを百も承知の上で、ドバイミレニアムは内側を守る事を選んだ。
(外から差しに来るなら好きにしろ、内だけは譲らん!)
考えられる最悪のシチュエーションは、半端に空けたインを外から回る並の速度で突かれる事だ。超一流のウマ娘ともなれば、その位のコーナリングが出来てもおかしくはない。
内側の距離と直線の速度、その両方で負ければ流石に厳しいとドバイミレニアムは冷静に分析する。いかに力押しに自信があると言えど、最も重要な終盤の二点で有利を取られる事だけは避けなければならない。
(内を締めている……外は捨てたか、ならそこを攻めるしか無い!)
ドバイミレニアムの思惑は、すぐ後ろのセンダワールにも伝わった。コーナーでの速度を捨ててでも内の優位を徹底的に守る、完全に割り切った戦術。
それが誘いであるとしても、センダワールには乗る以外の選択肢が無かった。何せ、この終盤に至っても未だにドロップスティアーは後ろで食い付いたまま離れない。煽られて減速が出来ない以上、加速するしかない。
だからセンダワールは外を回ろうとして――
(……えっ?)
違和感。最初のコーナーからずっと張り付いていた足音が、唐突に終わる。
永遠の様な錯覚すら覚えていた圧力。それが唐突に、自分からすっと離れた。
何故? どうして急に終わった? 一体どういう意図で、ドロップスティアーは離れ――
(違う)
思考が途中で断ち切られる。ちらりとドロップスティアーを見れば、確かに彼女は先程と違い離れた所で走っている。
だが、
ここに来てセンダワールは、背筋に冷たい物を感じた。
『――やられたッ!』
言葉の通じない相手に対し、思わず恨み節を零す。舌打ちしたくなる気持ちを抑え、センダワールは加速してコーナーの外側を回り始めた。
ドロップスティアーは付いて来ない。彼女は素直に内を走り、三番手の位置をキープしている。あれ程までに完璧に追走していた彼女は、自分がロスを承知で外側を走り始めた瞬間よりあっさりとマークをやめた。
この日本のウマ娘は、自分の走りに徹していた。曲芸の様なマークを狙ってやり続け、今この時に至るまで煽り立て、ドバイミレニアムに仕掛けざるを得ない状況に追い込んだ。レース前に見た呆けた顔など、この牙を隠す為の擬態でしか無かったのだ。
実態は擬態など一切無く、ただ単に平然とふざけた技が出来るウマ娘というだけなのだが。事実はともかく、現実としてドロップスティアーが凶悪な仕掛けをしていたのは事実だった。
『くそっ……そこを
『随分と必死じゃあないか、センダワール!』
外から並ぼうとするセンダワールを見て、ドバイミレニアムはコーナーでの速度差で勝とうとしていると確信した。
実際は有り得ない仕掛けに煽られた事で、そうせざるを得ない状況に追い込まれているのだが、前を走るドバイミレニアムはそれを察する事は出来ない。しかしどちらにせよ、やらなければならない事は一つだ。
このコーナーをタダでは譲らない。これだけの早仕掛けに及んだのだ、最終直線での正面勝負で打ち破る自信があるのだろう。そんな本来は自明の結論を出し、外から襲い来るセンダワールに対抗し始めた。
「……あはぁ」
そうしてもつれ合う様に最終コーナーを駆け抜けていく二人の背中を、ドロップスティアーは笑顔で見送った。
戦わなければ勝てない 戦え……戦え……
初見殺し・わからん殺し性能だけが極まった主人公です。ひどい。