ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『致命的』

「――選抜レース、ですか?」

「うん。ボク達ウマ娘がトゥインクル・シリーズに出る為には、トレーナーと契約しなきゃならない。その事は伝えたよね?」

「はい」

 

 ぼー。トウカイテイオーはジャージ姿のドロップスティアーのミディアムヘアにドライヤーを当てながら、”今日のテイオー講座”を聞かせていた。

 どういう経緯だか知らないが、悲劇的にゴールドシップにも懐いてしまったこの後輩に対し、ひとまずトウカイテイオーは事態の把握を放棄。悪影響しか与えない黄金の意志より逃れるべく、泥芝まみれのドロップスティアーを拉致してシャワー室に投下。引っ剥がした制服はランドリーにぶちこんだ。

 

『ともかく汚れ落とす事! 女の子にあるまじきカッコだからね今! それからはいつも通りボクとお勉強!』

 

 ゴールドシップとの交流を断つなら、物理的に距離を離して別の理由を作り分断すれば良い。トウカイテイオーは極めて力業によって、ドロップスティアーを混沌より救出した。

 その後当然だが、新たな玩具を奪われたゴールドシップに途中まで追跡される事となる。が、幸いな事にトウカイテイオー達の逃げる進路の先には、通りすがりのメジロマックイーンがいた。

 ぎょっとしたマックイーンは、只事で無い雰囲気を感じ取りテイオーとは別方向へ逃走。そこでゴールドシップは興味の矛先をマックイーン(おもしろいほう)へと変え、去っていった。

 ごめんマックイーン。次会ったらはちみー奢るから許して。最大の好敵手の犠牲へ勝手に敬意を表しながら、トウカイテイオー達は尊い一時の平穏を取り戻していたのだった。

 

「中央のトレーナー達は強いウマ娘をスカウトしたい。そこで年に四回だけ、未契約のウマ娘達限定の選抜レースが行われる。そこで好成績を取って、トレーナーと契約を結ぶのがティアの最初の目標だよ」

「ほえー。その選抜レースとかいうの、次いつやるんです?」

「……一ヶ月後。正直、時間全然無いよ」

 

 そうしてトウカイテイオーは今、レースの基礎知識の次に重要な情報をドロップスティアーへ教えていた。本来ゴールドシップと遊んでいる余裕など、今の彼女には無いのだ。

 選抜レース。デビュー前のデビュー戦とも言うべき、最初の関門。ここで好成績を納めなければ、彼女は極めて厳しい立場に立たされる。

 ドロップスティアーは何の実績も持たない身だ。いかにシンボリルドルフのスカウトでやってきたと言えど、鳴り物入りというだけで担当契約をするトレーナーは居ない。

 

「厳しい事言うけど、選抜レースで成績を残せないようならトレーナー達は皆キミへの興味を失う。スカウト生と聞いて見に来たが、期待外れだった。そう思われて、キミは貴重な時間を無駄にする」

「ほえー」

 

 トウカイテイオーは厳しい声色で、今どれだけの緊急事態に居るのかという事をドロップスティアーへ伝える。

 ウマ娘の身体能力のピークは短く、単独で出来るトレーニングにも限界がある。故に何もせずダラダラ学園内で遊んで暮らしていれば、奨学金を返すアテ――レースに出る機会は、永遠に失われてしまう。

 スカウト直後で注目度が高い今が最大のチャンスであり、人生の分岐点だ。ここを逃せば、この先の三ヶ月という時間をまとめて棒に振る事になる。

 時間は極めて有限かつ貴重な物で、取り戻す事は出来ない。それを重く知るトウカイテイオーは、自分の事の様にドロップスティアーの事を心配していた。

 

「キミが選抜レースで勝つの為に必要なのは、まず絶対的に経験。キミ、自分の脚質もわかってないんでしょ?」

「逃げとか先行とか、テイオー先輩が言ってたヤツです?」

「それは脚質を含む作戦の事なんだけど……まぁ、とにかく。キミがどんな距離で、どう走るのが得意なのか。それを自覚出来ない事には、レースどころじゃない」

 

 そしてこの一ヶ月後に人生が大きく決まる後輩は、自分の脚の事を知らない。

 いくら山道を日常的に走り込んでいると言っても、その脚を彼女はレースで一度も使った事が無い。今のドロップスティアーはひたすら武器を鍛えたは良いが、その形状も知らず目隠しして持っている様な状態だ。

 どの距離でどう走るのが最も強いのか。自分の戦い方を、知る必要がある。

 

「……勝負もアレだったし、今の所ボクにもキミがどう戦うのが最善なのかわからない。だからこれから一ヶ月間、模擬レースには可能な限り参加するべきだと思うよ」

「……? 選抜とはまた違うんですか?」

中央(ここ)じゃ日常的にやってる、単なる実践形式の練習だよ。選抜レースが近いこの時期なら、未スカウト組はレース場で毎日やってる」

 

 それを知る為、そして経験を積む為。今のドロップスティアーに最も必要なトレーニングは、模擬レースという名の実戦だ。

 短距離だろうが中距離だろうが、とにかく出れる場所で自分の走りを試す。コースを走る感触を確かめる。実際のレースで行われる駆け引きを肌で感じる。

 選抜レースが行われるまでの期間にドロップスティアーに出来る事は、それだけしか無い。

 

「さっきティアが言ってたけど、大まかな四つの脚質……レースの戦法はちゃんと覚えてる?」

「”逃げ”、先頭を最初から最後までキープする。”先行”、前寄りに位置して最終コーナーから前に出る。”差し”、後ろ側の位置を維持して最後に抜け出る。”追込”、一番後ろで温存して最後に逆転する。……この四つでしたよね」

「うん」

 

 トウカイテイオーは自分が教えた内容が、ちゃんと自分の知識として吸収されている事を確かめる。ドロップスティアーは無知で非常識ではあるが、素直さも相まって物覚えと理解力は良い部類のウマ娘だ。

 レースの四脚質、ウマ娘の四つの戦法。誰もが知る基本の話ではあるが、基礎すら虚無だった事を考えれば、極めて大きな進歩と言える。

 頭は悪くない。というかシンボリルドルフやトウカイテイオー相手に、意図的に騙して勝つ様な悪知恵を持っている。『勝つ為に最善を尽くしました!』などと胸を張って盤外戦術をかます様な抜け目の無さがある。

 レースの違反にならない基礎知識と、勝つ為にどういう動きや考えをするのか。それがわかっているだけでも十分だ。

 

「……よし。全く、レースを走る前にボクらは女の子なんだから、その辺も気をつけないとダメだよ? 制服もすぐに綺麗になるワケじゃないんだから」

「何から何までありがとうございます、テイオー先輩」

「そう思ってるならこれから奇行は謹んで貰いたいよボク」

 

 髪を乾かし終え、櫛で髪を梳かす。なんかでかい妹が出来た気分を味わいつつも、最後の頼みに対してドロップスティアーは返答の代わりに明るい笑顔を向けてきた。

 あ、これ自分の行動を自覚したな。した上で『やらないとは言ってません』する気だな。トウカイテイオーはこの短期間で、ドロップスティアーの思考回路を把握していた。

 嘘は吐かない、しかし真意は隠す。応答は素直だが、都合の悪い事は言わない。悪戯っ子というよりは故意犯。

 この後輩は、その一点に関して言えば全く可愛くなかった。

 

「……まぁいいや。ともかく、遊んでないでキミは明日からでも模擬レースに出る事。ひと月後の選抜レースに勝つ――とまでは言わずとも、最低限入着は出来る様に自分の走りを見極める事。良いね? 絶対遊ばないでよ? 特にゴルシとは」

「はい、わかりました!」

 

 強い語調で警告すると、こっちに対してはハッキリとした返答を返してきた。これは裏返せば、『選抜までの期間は遊ばないが、それが過ぎればまたゴールドシップと交遊する』と取れる。

 一体あのUMA娘のどこに惹き付けられる要素があったのだろう。先輩先輩と懐かれている分、自分とアレが同価値に扱われている様な気がして、トウカイテイオーは渋面を浮かべた。

 

「今日はもう登録するには遅いから、明日から一人ででも模擬レースに出れる様に手続きを教えてあげるよ。その後は……うん、お勉強し続けるのもなんだし、ボクオススメの近場の屋台を教えてしんぜよー! 蜂蜜ドリンク、好き?」

「はい、大好きです! 実家でもよく飲んでたので!」

「うんうん、ボクも紹介のしがいがあるよ。一杯千円する特製はちみつドリンク、布教って事で今回はボクが奢ってあげる!」

「ほんとですかっ!? ……一杯で千円!? 二百円とかじゃなくてですか!?」

「ふふん、ワガハイぐらいのレベルになれば飲むモノも一級品なのだー!」

 

 ははー! ふふーん! 胸を張るトウカイテイオーに対し、ドロップスティアーは平服する。

 お菓子一個百円もしない駄菓子屋出身のドロップスティアーは、致命的に金に弱かった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「カ、カイチョーカイチョーッ! 大変、大変だよーっ!」

 

 三日後。けたたましい声を上げ、生徒会室にトウカイテイオーが転がり込んでくる。

 書類仕事に一段落を付けて紅茶を飲んでいたシンボリルドルフとエアグルーヴは、揃って焦った様子のトウカイテイオーに目を向けた。

 

「……テイオー……少し声量を抑えろ。お前の声は頭に響いてならん」

「あっ、ごめんエアグルーヴ。……カイチョー、ちょっと今時間大丈夫?」

「ああ、丁度こちらも休憩を挟んでいた所だが……大驚失色、どうしたんだいそんなに焦って」

 

 エアグルーヴは憩いの一時に劈く様な高音を叩き付けられ、白んだ目を向ける。とはいえ、平常とは明らかに異なるトウカイテイオーの様子を見て、怒気は声から除いた。

 ワンクッションを挟んで丁度落ち着いたテイオーに対しシンボリルドルフが声をかければ、彼女は心底心配の色を浮かべた表情で話し始めた。

 

「ティアの話なんだけど」

「……会長がスカウトしてきたという問題児か。今日も何かやらかしたのか」

「いや、ここ最近は模擬レースに集中する様に言ってるから、しばらくは大人しくしてると思う」

「ドロップスティアー君がどうかしたのかい?」

 

 エアグルーヴはこの中央に転がり込む様な形で転校してきた、新たな問題児の名前を聞いて極めて渋い表情を浮かべてしまう。

 会長がスカウトしたと期待して話を聞けば、想像の斜め下の存在だった。家出という最速の転校によって生徒会は数日だけフル稼働させられる目に遭ったし、転入初日で早速ゴールドシップと揃って問題を起こした事で『あ、やっぱり()()()()ウマ娘なのか』という認識が、エアグルーヴの中では先行している。

 とはいえ、今回は問題行動を起こした・或いは巻き込まれた訳では無いらしい。息を切らすテイオーにも落ち着きを促す為に、シンボリルドルフはゆっくりと話を待った。

 

「……ティア、このままだと次の選抜レースは()()()()()()。っていうか、()()()()()()()()()かもしれないんだ……」

「……どういう事だい、テイオー」

 

 絶対という断言に、これからも勝てないという予測。それを聞いて、シンボリルドルフの顔にも流石に驚きと心配の色が差してきた。

 ドロップスティアーというウマ娘は我流ながらも鍛えられている。暮らす家が山の上にあるという立地的な坂路トレーニングに半生を費やしている以上、弱い訳が無い。

 ここ最近テイオーが付け焼き刃ながらレースについて教えている以上、レースを走るという最低限のステージには立てている筈だ。それが何故、”絶対に勝てない”という話に繋がるのか。

 

「カイチョーなら見た方が早いよ。これ、昨日のティアの模擬レース映像」

「む」

 

 そう言うと当たり前の様にトウカイテイオーはシンボリルドルフのすぐ横に座り、スマートフォンを取り出した。

 カメラで撮影したらしい一つのレース動画が画面一杯に全体化される。その画面をシンボリルドルフと、多少の興味を向けたエアグルーヴが覗き込む。

 藍毛のウマ娘。周囲と比べて目を引く毛色の彼女が同級生と共にゲート入りする所から、動画はスタートした。

 

「……ゲートは上手いな。これだけ迷わずスタートを切れる生徒は、中等部だと少ない」

「ああ。ゲートが開くのを見てではなく、開く音でスタートを切っている。……快調に飛ばすな」

 

 レースで真っ先に飛び出して先頭(ハナ)を取ったのは、ドロップスティアーだった。彼女の音を聞いてのスタートは、瞬発力で言えばシンボリルドルフやトウカイテイオーにも劣っていない。

 飛び出した勢いのまま、全力で加速して後続を振り切る。逃げ、それも大逃げか。いかにも後続を考えない、自分の走りたい様に走り続けるどこぞの友人の幻影を思い浮かべながらもエアグルーヴは動画を見やる。

 動画に異変が起こったのは、第一コーナーに入ってすぐだった。

 

「……膨れたな。スピードが乗りすぎていたか」

「いや、これは膨れるというより――」

 

 第一コーナーに差し掛かり、ドロップスティアーの走行ラインは大きく歪み出す。先頭に立ったことで奪った最内から、一歩進む度にどんどんとラチから離れていく。

 これは、()()だ。第二コーナーの中盤に入った頃には、最内を取っていた筈のドロップスティアーの走行ラインは大外にまでいっていた。

 

「異常だな。ここまで曲がるのが下手なのは地方でも見ない。それに……」

「ああ。二コーナー終わりで()()()()()()()

 

 やっとの事で第二コーナーを曲がり終えた後、ドロップスティアーはそれまでの速度を失っていた。

 逃げの最も難しい点は、スタミナの配分だ。時速六十キロメートルを出し続けるレースにおいて、先頭で空気抵抗を受け続ける事はスタミナを通常以上に削る。

 空気の壁に自分から突っ込みながら、逃げウマというのは先頭を保ち続けなければならない。その為、ハナだけ取ってローペースに持ち込むなり、途中で深く息を入れるなり、それが出来なければ最短・最効率で曲がるなり。そういう自分との勝負の果てに、逃げ切りという戦法は成立する。

 だが、ドロップスティアーはその全てが無い。最初の直線で全開にし、息も入れず、コーナーで曲がれない。そして、そんな自分の走りを維持するスタミナすら無かった。

 

「大差の最下位、か。……しかし、何か引っかかる走りだな」

「ああ。私は山道で彼女と走ったから分かるが、彼女のスタミナは同年代と比較してむしろトップクラスだと感じた。それがコーナー終わりでこれとは……」

 

 九人中九着、ぶっちぎりの最下位。第二直線途中で完全に沈んだドロップスティアーは、あまりにも惨めに大敗していた。

 だがシンボリルドルフも、初見のエアグルーヴさえもその走り方には違和感を覚えた。逸走については純粋にコーナーを曲がるコツをまだ知らないというだけで済むが、いくらなんでも息切れが早すぎる。

 彼女が毎日走っていた山道は、高低差の激しい急坂を何度も経由しながら2000メートル続く。単純距離に関しては近道で削る事は出来るが、階段などの形で余計に急勾配を要求される以上、鍛えられるスタミナも同じの筈。それが何故、こんなレース序盤で息が切れるのか。

 

「――急、勾配?」

 

 そこでシンボリルドルフは、直感的に思考を止めた。

 実際に走ったシンボリルドルフだからこそわかるが、あの左右に波打つ様なコースレイアウトと険しい坂。脚を殺すと言っても過言では無い山道は、明確に坂路トレーニングとは異なる所がある。

 ()()()()()のだ。いかにトレーニングと言えど、険しくすればする程効果が出る訳では無い。実際に坂路施設はレースの最終直線を想定して、千メートル程の直線に渡り勾配がつけられている。

 だが、あの山道は違う。坂路トレーニングの何倍もある勾配を、一ハロンも無く登らされるポイントが何度もあった。ウマ娘のトレーニング効率が最も考えられた場所が中央である事を考えると、それは――

 

「テイオー、第一コーナーに入る直前に巻き戻してくれ」

「……うん」

 

 一つの仮説を考えたシンボリルドルフがトウカイテイオーにそう要求すると、苦い顔で受け取られる。

 どうやら、テイオーも同じような考えに至っているらしい。表情の変化からそれを悟りつつも、巻き戻された動画に再度目を向ける。

 コーナーの始まり、逸走の始まり。ドロップスティアーの走りの、()()()()()()がそこに映っていた。

 

「……ピッチ走法、か?」

「たぶん、そう」

 

 端的なシンボリルドルフの呟きに対し、同じ思考を抱いているトウカイテイオーから肯定が返ってくる。

 そんな二人の様子を見て、同じ視点に至れていないエアグルーヴは怪訝な顔を浮かべた。

 

「会長、ピッチ走法がどうしたんですか?」

「エアグルーヴ。彼女が毎日走っていた坂道は、約2000メートル。途中には百メートル中、高低差が十メートル以上ある急坂もあった。……考えられるか?」

「虐待か何かですか?」

 

 反射的にエアグルーヴは直球極まりない返答をしてしまう。2000メートルの坂路と、中山の坂の五倍以上の勾配。そんな物を毎日走るなど、中央では有り得ないヘビートレーニングだ。

 誰よりもウマ娘の脚を鍛える中央ですら虐待と言える程の過酷さ。それに加えて鋭角なコーナーを何十回も曲がらされる、全く直線が無いコース。

 そんな過酷さによって鍛えられるのは、単純なスタミナだけではなかった。

 

「彼女は幼少期から毎日そんな道を走っていた。私も実際に走ったからわかるが、あの道はただスタミナがあるだけでは登り切れない」

「……それで、ピッチ走法ですか。そこまではわかりますが、ピッチ走法の何が問題なんですか?」

 

 走った張本人であるシンボリルドルフがやった通り、長い坂道を最後まで走り切るには、その傾斜に合わせて歩幅(ストライド)を狭めたピッチ走法が必要とされる。そういった意味で、ドロップスティアーはピッチ走法を極めていると言っても過言では無い。

 だが、歩幅を狭めるという事は小回りが利くという事だ。本来歩幅を狭めるというのはコーナーを曲がる為にやる事であり、ピッチ走法ならば直線よりもむしろコーナーを曲がる方が上手くなるモノでは無いのか。

 その観点こそが、普通のウマ娘とドロップスティアーを分ける最も大きな差異だった。

 

「中山の直線の五倍の勾配。そんな物を毎日登っていれば、自然とパワーが付く。それはわかるね?」

「それはそうでしょうね」

()()()()()んだ。険しい坂道を蹴り上がる為に、彼女のピッチ走法は狭く強く――前に走るのではなく、()()()()様なモノとなってしまった」

 

 ドロップスティアーと他のウマ娘の違いは、どの道をどの様に走るのか、根本的な想定の違いにある。

 普通のウマ娘は平地の直線とコーナーを走る事を意識してトレーニングする。その一方で、ドロップスティアーは厳しい坂道と近道を走り込み続けてきた。

 結果、彼女のピッチ走法は上方へ進むパワーに満ちたモノと進化した。だが、平地においてはその過剰なパワーが裏目に出てしまう。

 

「彼女の一歩は強すぎる。体を傾けてもコーナーで曲がれない程に、一歩で大きく跳んでしまう。普通はコーナーを曲がる為に歩幅を狭めるが、彼女の場合は歩数が増えた事で逆にコーナーで膨らむ様な走りと化しているんだ」

「……流石だね、カイチョーは。ボクがそれに気付くには、何度も見直したよ」

 

 二度見ただけで詳細すぎる仮説を立てたシンボリルドルフを、同じ結論に至っていたトウカイテイオーが肯定する。

 跳ぶピッチ走法。それが招く、曲がる事が出来ない走り。レースをするには致命的なまでに不向きな走行フォームの歪みが、彼女を苦しめていた。

 そして、この走法が逆効果に働くのは何もコーナーだけでは無い。

 

「ですが会長。早期にスタミナが切れる事に関してはどういう理由が?」

「彼女の場合、根本的にストライドが狭い。スピードを出す為には必然的にスパートをかける様な脚の回転数が求められる。最初から最後までスパートが保つと思うかい?」

「……無理ですね」

 

 脚の回転数が多いというのは、加速力を生み出す反面スタミナを消耗する。前へ走る事に不向きな走法でスピードを出そうとすれば、それは最早浪費だ。

 コーナーで曲がれず、スピードを出せばスタミナが切れる。坂道を登る為の力が、そっくりそのまま身を滅ぼしている。ここまで自分の能力がマイナスに働いているウマ娘は、他にはいないだろう。

 

「要はスピードを出さなければいいのだから、先行や差し気味にペースを落とせば良いのでは?」

「エアグルーヴ、あの娘はトゥインクル・シリーズすら知らなかった素人なんだよ。先行でも差しでも、最後には必ずバ群を抜けるタイミングを見極めないといけない。ティア君はバ群に呑まれたら()()()()んだ」

「……成程」

 

 逃げればスピードが出過ぎる、スピードが出ればスタミナが保たずコーナーも曲がれない。ならばペースを落とせば良いのか、その答えはノーだ。

 ドロップスティアーというウマ娘は()()()()()()()()。下手にバ群に呑まれれば、斜行しない様に立ち回る経験が無い。ラストスパートで前のウマ娘をかわすタイミングが分からない。最終盤のスパートタイミングで、都合良く自分の目の前が開かれでもしなければ抜け出せないのだ。

 これは、不味い。逃げればコーナーで膨らんだ上にスタミナが尽きる、逃げなければ前に出れず負ける。走行フォームその物に問題がある分、短時間で矯正する事は不可能だ。

 

「……矯正には、時間をかけて専門家(トレーナー)の指導を受けなければならない。しかしそもそも選抜で結果を残せないなら、トレーナーからスカウトもされない……」

「…………」

 

 そしてシンボリルドルフは、テイオーが最初に切り出した話に至る。テイオーはルドルフも自分と同じ結論に達した事に、目に見える程沈痛な表情を浮かべた。

 弱いから負ける、負けるからスカウトされない、スカウトされないから強くなれない。この学園では良くある、残酷な光景の一つ。

 しかしドロップスティアーの場合、鍛え続けていた走法その物に問題がある。ただ遅いだけなら我流でも練習を繰り返せばある程度は改善出来る、だが彼女に必要なのは改善ではなく()()だ。

 跳ぶピッチ走法による燃費の悪さとコーナーの逸走癖。レースの素人というハンディキャップ。全てが組み合わさった結果、彼女は()()()()()()()()ウマ娘と化していた。

 弱いだけならまだ伸び代があるというだけで済んだ。だが現状の彼女は山道に適応した結果、平地への対応力を捨ててしまっている。つまり、自力で強くなれる余地が殆ど無い。

 

「……ティア君には伝えたのかい? 逸走の原因について」

「一応。でもティアは、『勝負は一ヶ月後ですし、なんとかしますよ』って呑気に笑っててさ……」

「一ヶ月で走行フォームがなんとかなるなら専門家は要らない。……こういう時は、トレーナーという物の存在がいかに重要かわかるな」

 

 エアグルーヴはそう言って、二人と同じ視点に立った。

 ”女帝”と言われた彼女はかつて、トレーナーの存在を重要視していなかった。それは彼女が強かったからであり、彼女自身がトレーナーに近い知識も併せ持っていたからである。

 だが、ドロップスティアーというウマ娘は違う。歪んだ走行フォームを矯正すべく付きっきりになってくれる専門家が絶対に必要だと言える程、競走能力に問題があった。

 

「……まさか、こんな弊害があるとは……」

「うん……ボクも本格的な指導が出来る様な時間も知識も無いし、手が出せないんだ。レース勘を養うにも逸走癖を直すにも、結局模擬レースを続けるのが最善だと思うんだけど……」

「……少なくとも、次の選抜までには間に合わんだろう」

 

 無言が生徒会室に満ちる。三人とも、ドロップスティアーの暗い未来が目に見えてしまったからだ。

 平地に適したストライドの取り方、逸走する走行フォームの改善、レース中のスタミナ配分、最終コーナーからの勝負の掛け方。脚の根本的な所から発生している彼女の課題は多すぎる。

 それらの課題をクリアして、ようやくスタートライン。しかし一ヶ月後の選抜で負ければ、そのスタートラインに立つ為の切符すら失われる。切符が無い者は、線路(レーン)に乗る資格も与えられない。

 ――致命的だ。

 

「……どうする気だい、ドロップスティアー君」

 

 シンボリルドルフは独り言ちる。

 『なんとかしますよ』と彼女は言ったらしい。だがこれは、彼女の走りの根幹にある欠陥(もんだい)だ。自力で、少なくとも一ヶ月程度でどうこう出来る範囲には無い。

 絶対に負ける。皇帝、帝王、女帝。歴戦の三人が揃って同じ結論を出している以上、それは紛れも無い事実であり、覆せない現実だった。

 

 

 生徒会室が沈黙で満ちたその日も、ドロップスティアーは模擬レースへ出ていた。

 結果は、九人中九着。大差を付けられた、ぶっちぎりの最下位。

 別の日のレースも、そのさらに別の日も。彼女はひたすら走り続け――同じ様に、負け続けた。

 

「――……あはっ」

 

 自分を置いていく多数のウマ娘達の背を見送って。

 ドロップスティアーは、滂沱の汗を流しながら笑っていた。

 




超過ぎたるは全く及ばざるが如し

レース前後ぐらいは真面目な小説します。
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