ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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  ◇  ◇  ◇

オヤジは、しょうぶのときだけかてればいいっていってくれた。
だから自分は、勝負に勝てるようにした。

  ◇  ◇  ◇



『ヤマ』 /②

「あ、あんな位置からスパート!? 無茶だよ、保つ訳が無い!」

「……保たせる気だろうな。あの走りで、あの大外から」

 

 ドロップスティアーの仕掛けたロングスパートは、無謀としか言いようがないものだった。

 そもそもドロップスティアーが負ける絶対的な要因の一つは、走るには燃費の悪すぎる走法によるスタミナの消耗だ。最初のコーナーを抜けるだけで息が切れる、そんな走り。

 だが、シンボリルドルフはここに来て自分達の()()()()に気付いた。

 

「テイオー、このトラックは一周1800メートル。コーナーは二角合わせて400メートル、直線は500メートル。彼女が仕掛けたポイントは第四コーナーの始めだ、最内であると仮定しても残り700メートル以上はある」

「そんな所から仕掛けて脚が保つデビュー前の子なんて普通居ないよ!」

「ああ、しかも距離的には大損の大外だ。()()()()保たない」

 

 ドロップスティアーは剥き出しの笑顔を浮かべながら、第四コーナーの始まりからフル加速の末脚を出している。

 末脚とは、本来長く保たないからこそ”末”脚と呼ばれている。本来コーナー途中で抜け出してポジションを取り、最終直線での進路を確保し、そこから残った脚を使う。

 後方策の難しさの本質は、そのタイミングと末脚の使い方だ。何も考えずに自分に出せる限界のスピードを出せば、どんなスタミナ自慢のウマも息を切らす。故に一般的にロングスパートと呼ばれるモノは、自分のスタミナと相談して最高速度の八割ぐらいを維持する様な形になる。

 しかし今のドロップスティアーは、自分の脚のパワーを活かして一瞬で限界速度にまで達していた。

 

「だが忘れていないかテイオー。彼女はこの一ヶ月、2000メートルの序盤――()()()()()の直線200メートルと400メートルのコーナー終わり、およそ600メートル以上を()()()で走ってきた」

「……あっ!」

「しかも、あのコーナーで膨らむ……疲れやすい走法で、強引に曲がりながらの600メートルだ。実際の距離ならば、もう少し長く保つ計算になる」

「――……」

 

 ドロップスティアーは一気に後方大外から、後方集団を抜いていく。本来膨らむ筈の走法で、()()()()()()()()()()という逆転の発想で曲がって。

 その脚を止める者は居ない。皆が最終直線で仕掛けようと考えている中、たった一人が外から既にスパートをかけて加速しきっている。ドロップスティアーが全開のスピードで抜けていくのを、誰もがぎょっとした顔で見送るしか無かった。

 そして、抜かれてから慌てて最終直線に備えてポジションを取る。その時には、もう背は手の届かない遠くにまで達している。

 

「本来直線前に控えているウマは、前後を見て抜け出すタイミングを図る。それは斜行を避けながら前のウマを躱す為だが、大外の最後方ならばそもそも斜行も取られようが無い」

「……嘘でしょ……」

「嘘じゃない。彼女はこの一ヶ月、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ドロップスティアーが最終直線に入る。フルスピードを出して彼女は、先頭集団のすぐ近くまで追い上げてきていた。

 バ群に呑まれて後が無いのは、斜行を取られない抜け出し方がわからないから、スパートをかけるタイミングがわからないから。だが斜行は前を走るウマ娘にのみ当てはまるルールであり、後ろから追い抜く側には当てはまらない。

 つまり追込――最後方は、仕掛けるタイミングを完全に自分だけで決められる。ドロップスティアーはそれによって、逃げ以外出来ないという自分の欠点を補った。

 

「この策の利点は、奇襲性だ。これまで逃げでずっと最下位で負け続けてきた相手が、本番で出遅れ。その時点で他の走者の視界と意識から、彼女の存在が消える」

「そ、そこまで考えて……?」

「レースを知らない彼女がどこまで考えていたかはわからない。彼女が勝つ道は、最初からこの追込策にヤマを張る事だけだった。だが、効果は覿面だ」

 

 レース最初で完全に終わったと思った存在が、終盤で凄まじい末脚を響かせて一気に追い上げてくる。それは共に走るウマ娘達にとっては、耳目を疑う様な光景だった。

 レース終盤、仕掛ける事を考えて前だけを見ていた。そうして前だけに向けていた意識が、大外の後ろから一気に捲り上げられる。気付いた時には並び掛けられ、抜かれる。

 いつもスタミナ切れで負け続けていた筈の逃げウマに終盤で抜かれる事に動揺し、体勢は一瞬乱され、脚が僅かに鈍る。特に未デビューでレース経験が少ないウマ娘にこそ、この策は深く突き刺さっていた。

 

「問題は相手の実力だ。彼女はスパートタイミングを相手を見ずに、事前に決めた距離で図って仕掛けた。彼女のスパートが先頭に届くかどうかまでは、この計算の中に含まれていない」

「……ティア……!」

 

 走る。残り400メートル、ドロップスティアーの脚色に衰えは無い。

 走る、走る。残り300メートル、末脚を出している先頭集団に並びかける。

 走る走る走る。残り200メートル、脚の回転数の差で先頭を取る。

 走り続ける。残り100メートル、追い縋られ差が広がらない。

 走り抜ける。ドロップスティアーが、失速した。

 

「――あ、はっ……!」

 

 ドロップスティアーは笑いながら、前に倒れ込み膝を付いて。

 残り、0メートル。彼女は、三分の二バ身差でゴール板を最初に通過していた。

 

「……なんとか、届いたか」

「か、勝っちゃったよ……ホントに……」

 

 追込大外一気。最後方からの、無謀としか言えないラストロングスパート。

 だが、無理では無かった。全てのウマ娘を撫で切って、不利を覆して。ドロップスティアーは、この選抜レースで一着をもぎ取ってみせた。

 トウカイテイオーは現実を呑み込みきれず、ぽかんと口を開けて見ている。策を予測しきり、平然な顔を浮かべているシンボリルドルフにしても、彼女が一着に届くかどうかは最後までわからなかった。

 レースに絶対は無い。彼女は”絶対”を、一ヶ月という時間を丸ごとかけて覆してみせた。

 

「……とんでもないな。いくら作戦でも、この勝負の為だけに一ヶ月負け続けるなど普通出来ない。ぶっつけ本番にしか持ち込めないこの策は、失敗する可能性の方が高かった。それに賭けられるとは……」

「ス、スゴイよ! おーい、ティアー!」

 

 後方からごぼう抜きされて呆然とする他の出走者が全てゴールし終えたのを見て、トウカイテイオーはドロップスティアーの方へと寄っていく。その姿を見送りながらシンボリルドルフは、表情を固く引き絞るだけだった。

 この策は自分自身を信じ切り、最初から最後まで殉じる覚悟が無ければ成立しない。計算上はゴールまでスパートが保つだろうと分かっていても、数字は数字。実際、ドロップスティアーはゴール前ギリギリで失速した。

 それに、この一ヶ月の間の模擬レースで手を抜いてもいけない。本気で逃げていたからこそ追込による奇襲が効果的に働いたのであって、少しでもわざとらしさを察されていたなら与える動揺(ショック)が減っていたかもしれない。つまり彼女は一ヶ月、本気で走って負けを繰り返してきた。

 並大抵の精神力では途中で勝ちたくなる、手を抜きたくなる、自分の作戦を疑う。加えて普通のレース場であれば坂道の位置やコーナーの角度がそれぞれで異なる為、事前の逆算が成立しない。

 まさしく一点賭け(オールイン)。勝負の遥か前からヤマを張って、策を完遂する。プライドを全て擲ち、これだけは勝つという執念が無ければ出来ない所業だった。

 

(……勝負、か)

 

 ロングスパートの影響が未だ残っているのか、脚を痙攣させて自力で立てず、トウカイテイオーに肩を貸してもらう形で支えられてコースから離れるドロップスティアー。そんな彼女に、シンボリルドルフは危ういモノを感じていた。

 彼女は出会った時から”勝負”に拘っていた。その時はシンボリルドルフという存在を知らなかった事、山道が完全なホームコースであった事、今まで負けてこなかった事。地元という場所だからこそ、無敗に拘っていたと思っていた。

 だが違う。彼女の勝負への執念は、そんな浅いモノではない。『今日が勝負』と見定めて、今日以外の全てを切り捨てる覚悟で挑んできた。絶対的な不利を、走る以前の所から準備して覆した。

 

(異常だ)

 

 山道で共に走った時の衝撃を思い出す。何も賭けていない勝負で、命懸けの近道に平気で挑む精神性。

 その危うさを見てスカウトした。実際のレースであれば、もう命に関わる危険行為は出来ない。普通のレースの中では養われない、全く別分野の能力をレースの中で発揮してくれるだろうと期待した。しかし彼女の場合、他と最も異なるのは肉体面ではなく精神面だ。

 普通のウマ娘であれば、一ヶ月をかけて自分の走りの欠点を直そうとする。しかし彼女は、一ヶ月を捨てて自分の走法をそのまま活かせる様に戦略を立てた。

 自分の弱さを何度と無く大差という形で向き合わせられて、それでも最後には勝ちを拾う。そんな勝負根性が、レース未経験の中等部の時点で備わっている。

 

「……杞憂であればいいが」

 

 テイオーの肩を借りながら、シンボリルドルフの顔を見てにへらと笑みを浮かべ、手を振ってくる。

 そんなドロップスティアーに対して、シンボリルドルフは理由の無い不安を覚えていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……テイオー先輩。自分、勝ちましたよね」

「まぁ、うん。勝ったね」

「……スカウト、来ないんですけど……」

「……うん……」

 

 その後。選抜レースが終わってからも、ドロップスティアーとトウカイテイオーはその場に座り込み続けていた。

 ドロップスティアーに関しては無理なラストスパートが祟り、脚が痙攣してテイオーの手を借りなければ動く事が出来ないという理由もあった。どうせスカウトを待たないといけないし、クールダウンしながらレース場に居続けよう。そうトウカイテイオーは判断していた。

 が、声がかけられない。スカウトされない。トレーナー達は遠巻きにドロップスティアーを見やっては難しい顔を浮かべ、別のウマ娘達の方へと足を向けていった。

 

「……あのー。一着以上の成績って無いですよね? 成績、残しましたよね?」

「……そうだねぇ……」

「何がダメなんでしょう……」

 

 しゅーんと落ち込むドロップスティアーに、トウカイテイオーはなんとも言えない顔を浮かべる。確かに彼女は勝った。今回ばかりは反則も何も無い、見事な戦略勝ちだった。

 が、それが良くなかった。選抜レースを見に来たトレーナー達は、当然ある程度模擬レースにも目を通している。そこで見たドロップスティアーは、全てバカの一つ覚えの様な逃げを繰り返し、完膚なきまでの大敗を繰り返してきた。

 そんなウマ娘が本番になって出遅れて、土壇場になって後方策を取り勝利。それを見たトレーナーの殆どが、一つの単語を思い浮かべていた。

 まぐれ勝ち(フロック)、と。

 

「……ティア、今日の作戦いつ立てたの?」

「え? テイオー先輩が自分の走りに欠点があるって教えてくれてから、次の模擬レースでですね。『あ、確かにコレじゃ勝てないな、じゃあ()にしよう』って」

「逆?」

「最下位になっちゃう戦法をそのまま逆にすれば、一着になれるでしょ?」

 

 シンプル極まった、そんな理由。それがドロップスティアーの考えた作戦の根幹だった。

 トウカイテイオーはその言葉に絶句しながら、同時に一つの言葉を想起していた。この後輩と勝負した時に発された想像外の言葉、”逆走”。

 レース場を逆に走れば勝てる。恐らく彼女はそれに近い発想で、早々にこの作戦を立てたのだ。

 最下位の戦法を逆にすれば勝てる、レースはそんな甘くない。しかしその甘さをこの後輩は、雑な発想に反して徹底した準備と練習で以て埋め立てた。

 だが、それを自力で見抜けたのは唯一シンボリルドルフのみ。並ぶ者無しだった。

 

「勝負って事で気合入れて頑張ってきたのに……どうして……」

「……うん……」

 

 ずーん。目に見えて落ち込んでみせるドロップスティアーを見て、トウカイテイオーはどう声をかければいいのかわからなかった。

 雑で突飛で、しかし完勝。その実態が見抜けなければ、ドロップスティアーの走りは評価が難しい。何せ、彼女本人の欠点は何も解消されていないからだ。

 このレースだけを見た者なら、見事な追込勝利と思うかもしれない。しかしここ一ヶ月の模擬レースに目を通してきたトレーナーなら、彼女が完全なレースの素人である事に気付いている。

 勝てたのは作戦のおかげであり、その作戦は周到すぎて気付かれにくい。確かに一着を取った以上評価はされたが、それでトレーナーがやってくるかと言えば話は別だった。

 

「……まぁ、気にしなくていいよ! 選抜レースの結果はちゃんと映像にも残ってるし、トレーナーもいっぱいいるから! 後日改めて練習中に声かけてくる、なんてごまんとあるし!」

「そ、そういうものなんですね! ところでテイオー先輩の時はどうでした?」

「え? いやボクの場合は、選抜やる前からいっぱい声かけられてたし……」

「…………」

「わーっ! あくまで一例! 一例だからね!?」

 

 ずずーん。ドロップスティアーのやる気はさらに下がった。

 確かに選抜が終わってから後に、トレーナーが自主的にスカウトに来る例は珍しくない。一生を左右する話だ、スカウトする側もされる側も時間をかけて判断しようとする。

 だがかつてのトウカイテイオーの場合は元々走りが評価されており、しかも選抜レースでは力押しによる余裕の圧勝。誰がどう見ても強いとしか言いようが無い内容で、今のドロップスティアーとは真反対の状況だ。

 比べる対象が悪いとしか言いようがない。当のテイオー本人ですらそう弁護したくなる、それ程に差があった。

 

「ほ、ほら、今日は疲れたでしょ! 一ヶ月頑張ったで賞って事で、はちみー奢ってあげるから! 元気出して!」

 

 全くトレーナーがやってこない事――遠巻きにひそひそと何かを喋っているのは分かるが、こちらへ声をかける気配が無い――を優れた空間把握能力で悟ったトウカイテイオーは、ドロップスティアーの縮まった背を叩いて元気付けようとする。

 フロック(まぐれ)というのは競走者としては最も嫌な言葉だ。いかにレースに絶対が無いとしても、実力が無ければ勝利など有り得ない。勝負が水物なのは分かるが、それで勝利を貶められては走る側としてはやってられない。

 特にトウカイテイオーは、この一ヶ月間この後輩がどれだけ苦労してきたかを良く知っている。確かに運は絡んでいたが、まぐれで残せる結果では決して無い。故に、少しでも労われるべきだと思っていた。

 

「……はい……ゴールドシップ姐さんも誘いますか……?」

「なんでそこでゴルシ!? やだよせっかくのお疲れ様会がお疲れ会に変貌するの! っていうか本当に姐さんって何なのさ!?」

 

 何故か当然の様にゴールドシップも同伴させようとする後輩を窘めつつ、トウカイテイオーはドロップスティアーの腕を引いて選抜レース会場を後にした。

 

「――ふぅン」

 

 そんな背を見送る怪しげな視線には気付かないままに。

 




選抜レース大勝利! はちみーの未来へレディーゴー!(スカウト0人)

次からは気楽な話に戻れます。
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