ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『釣り』

 ゴールドシップ。中央トレセン学園をして、彼女ほど謎めいた存在はいない。

 意味不明にして支離滅裂、無軌道で破天荒。長くトレセン学園にいる事は確かだが、レースに出た記録は無い。彼女の行動を深く知る者ほど、何故中央に彼女がいるのかわからなくなってくる。

 ただし、実力だけは折り紙付きだった。ファン感謝祭や野良の模擬レース、学園内行事においてゴールドシップはGⅠクラスのウマ娘にも匹敵する身体能力を見せている。

 本気を出した彼女と勝負するならば、決して油断は出来ないだろう。それだけは彼女を知る誰もが抱く共通認識の一つだった。

 

「勝負はジャンケン一発勝負だ! っしゃ行くぜぇぇ最初はグー! アタシはパーを出したぜ! アタシの勝ちだ!」

「甘いですよ姐さん! 自分の左手の行方を見て下さい!」

「……何ぃっ!? 左手が体の影に隠れて……チョキを出している! チッ、あいこって事か……!」

「その思い込みが命取りですよ……あいこは同じ実力同士の者が起こす現象! 自分がグーとチョキを同時に出している以上、これは二対一の戦い――均衡は崩れています!」

「――しまった! そのグーはオトリか! 本命は……左のチョキ!」

「これぞ必殺・二刀流! 『片手しか出してはいけません』というルールは、ありません!」

「こ、このゴルシちゃんが……ジャンケンで、負けたッ……!」

「違います。貴女が負けたのは、ジャンケンでも自分にでもありません。……”常識”です!」

「……へっ。やるじゃねえか……そら、アタシの釣り竿だ……! アタシの分まで、大物を釣ってこぉい!」

「……っ、はい!」

 

 一分にも満たない、一手の攻防。

 脊髄を一切介さない刹那的勝負の果てに、見事ドロップスティアーはゴールドシップの釣り竿を手に入れた。

 

(…………強さの話はどこへ行ったんだ?)

 

 何一つとして思考を挟む事が出来なかったシンボリルドルフは、釣り竿を手に嬉々として学園を離れるドロップスティアーの背を眺めて、それぐらいしか思う事が出来なかった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……釣れませんね」

 

 勢いのままトレセン学園近くの河川敷までやってきたドロップスティアーは、川岸に座りながら釣り糸を垂らしてぼやく。

 ゴールドシップの言葉に従い釣りにやってきたは良いが、まるで釣れる気がしない。というかそもそも、ドロップスティアーは内陸の育ちであり、釣りの詳しいやり方を知らない。

 しかし、自分でも出来る筈だ。ゴールドシップ姐さんが出来ると言った、つまり出来る。そしてきっと、釣りの先に強さに繋がる何かがあるに違いない。

 根本から狂っている状況の中、ドロップスティアーは流れ行く川の流れをぼけっと見続けた。

 

「――おやぁ? お仲間とは珍しいですねー」

「んぇ?」

 

 その最中、すぐ後ろから声がかけられる。まさか声をかけられるとは思わなかったドロップスティアーは、間抜けな声を出して振り向いた。

 芦毛のショートカットのウマ娘。今やってきたらしい彼女はトレセン学園の制服を着て、そして右手に釣り竿を、左肩にクーラーボックスを担いでいる。

 

「いやぁどもどもー。釣れますかー?」

「釣れませんっ!」

「おおう……これ程元気一杯なボウズ宣言も珍しい……」

 

 絶賛釣果ゼロのドロップスティアーは隠す事も無く、胸を張って返答した。

 想像外の返答の内容と勢いに気先を挫かれる形となった芦毛のウマ娘は、五メートルほど距離を開けてから、手慣れた手付きで釣餌を糸先に付けて遠い水面へと投げ入れた。

 

「おぉー……めっちゃスムーズ……釣り、得意なんですか?」

「んー? 得意かどうかはともかく、好きではあるよ」

 

 手早く釣りを始めた芦毛のウマ娘に対し、ドロップスティアーは感心しながら話しかける。そのウマ娘は、糸と水面だけを見ながら平熱で応えた。

 この河川敷で釣りをしている者は二人のみ。二人の背後、河川敷から少し離れた所からはトレセン学園の生徒達が声出しをしながらジョギングをしているらしき声がする。

 周囲を無視して、こんな所でのんびりと釣りに興じている。経緯はどうあれ、今この場にいる二人が”普通”から離れている事は確かだった。

 

「釣れないかー。セイちゃんの調査では、ここ結構釣れるポイントの筈なんだけどなー」

「ん、”セイちゃん”? スペさんの友達ですか?」

「おや、そんな所までお仲間さん? スペちゃんから私の事聞いた事あるの?」

 

 ”セイちゃん”。聞き覚えのある一人称に、ドロップスティアーは反応する。

 それは昨日、スペシャルウィークが自分を練習に誘った時に言った名前だ。目の前のウマ娘がスペシャルウィークの名前を出している以上、無関係の別人という事は有り得ない。

 

「昨日が初対面ですけど、『一緒に走る筈の友達がどっかいっちゃった』って事で一緒にトレーニングしたんですよ。ボコボコにされましたけど」

「あっはは、スペちゃん速いもんねぇ。いやー、セイちゃんの身代わりになってくれてありがとねー?」

「まぁ友達……友達? が三人増えましたし、それは別に良いんですけど」

 

 ボコボコどころかズタズタにされてターフに潰れた身ではあるが、ドロップスティアーは誰一人として恨みを持っていない。むしろ感謝したいぐらいだった。

 負けて傷付く様なプライドがあれば、転校直後一ヶ月もボロ負けし続ける事など出来ない。中央の同級生のレベルをその身で正しく知って、さらに知り合いにもなれたのは得でしかない。

 走りに関しては並ぶ事すら出来なかったが、幸いにして知り合った三人は皆人が良いウマ娘だった。『次もまた一緒に練習しましょう!』と言われる程度には友好関係も結べたので、この件に関してドロップスティアーは得しかしていない。保健室送りにはなったが。

 

「セイちゃんさんは昨日もココに釣りに来てたんです?」

「”セイちゃんさん”て。呼び名が渋滞しちゃってるよ」

「いや、名前知りませんし……」

「あぁーそうだねぇ。じゃあ改めて、初めまして。セイウンスカイだよ、そっちは?」

「ドロップスティアーです。ティアって呼んでください、セイちゃんさん」

「いや名前知ってもそう呼ぶの? 言いにくくない?」

 

 敬称がダブったあだ名に半目になりながら、二人は自己紹介を済ませる。

 芦毛のウマ娘――セイウンスカイは、間隔を空けてとんとんと不規則なリズムで釣り竿を揺らし、川に落とした釣り餌の挙動に変化を与える。それを真似してドロップスティアーも竿を揺らしてみる。

 見るからにこっちを手本にして竿を動かす様子を見て、セイウンスカイは問いかけた。

 

「そういう”ティアちゃんさん”は、釣り慣れてないの? っていうか、凄い立派な竿使ってるね」

「この竿は先輩から借り受けた物です。スペさん達にボコボコに負けて『強くして下さい』って先輩に頼み込んだら、コレで『大物を釣ってこい』って言われまして」

「……なんで?」

「え? ……なんででしょうかね?」

 

 意趣返しとしてからかい混じりにあだ名を付け返してみれば、それを超える意味不明なカウンターを受けてセイウンスカイは思考を一時停止させられた。

 話の中間点がすっぽ抜けた様な、しかし殆どその通りの事情。スペシャルウィーク達に負けた事からどういうバタフライ効果が発生すれば釣りに繋がるのか、セイウンスカイの目を持ってしても読めなかった。というか張本人であるドロップスティアーも意味が分かっていない。

 

「この川、大物いるの?」

「いるんです?」

「いやそこで聞き返さないで欲しいんだけど。セイちゃん調べでは、流石にその釣り竿が必要になるレベルの魚はいないんじゃないかなー。それ、海釣り用でしょ?」

「そうなんです?」

「いや全部を聞き返さないで欲しいんだけど」

 

 何も知らず、ただ近くの川にやってきたドロップスティアーには握っている竿の種類も分からない。なのでセイウンスカイの問いに関して、全てをオウム返しする事しか出来なかった。

 確かにドロップスティアーが握っている釣り竿は、セイウンスカイの持つモノとは一線を画している。カーボン製の磯竿は背丈の倍以上は長さがあり、見るからに取り回しが難しい代物だった。

 セイウンスカイの使っている竿は、背丈よりも短い竹に糸を付けただけの簡易的な物ではあったが、川にいる魚を釣るのであれば強度も靭性も十分だ。

 

「自分釣りは初めてなんで……ただ先輩がやれるって言うなら出来ると思ったんですけど」

「絶対その先輩テキトー言ってるだけだと思うなぁ」

「ウソでしょう……?」

「ウソ言ってどうするのさ。いくらなんでもその竿は大きすぎるって、遠くまで投げるんじゃないんだから長さなんてコレぐらいで――お、もう来た」

 

 そう言ってセイウンスカイは竿を一気に引き上げ、餌に食いついた魚を釣り上げる。

 川岸に来てから五分と少し。それだけでドロップスティアーが手に入れられなかった一匹目の釣果を、見事セイウンスカイは獲得して見せた。

 

「ふふん、どう? 釣りは竿が立派なだけで出来る程甘くは無い、って事だね」

「むっ……先輩の竿は、その竹の竿に負けてるって事ですか?」

「さぁー? 何事もやってみないとわからないでしょ、釣りは竿より使う側の問題だからねー?」

 

 にやにやと笑いながら、セイウンスカイは見せびらかす様に魚をクーラーボックスに入れる。

 やってみないとわからないと言いつつも、セイウンスカイの顔には明らかに煽る色が浮かんでいる。『釣れないのは使う側に問題がある』、言葉をそのまま言い換えればそう受け取れる。

 どっかの誰かがやっている様な台詞回しに、ドロップスティアーは対抗心を燃やした。

 

「……ほほーう、竿の問題では無い。ならつまり、勝負にはなるって事ですね?」

「勝負? ま、なるんじゃないかなぁ。勝負するだけなら、ねぇ?」

「……そこまで言うんなら勝負といきましょう、セイちゃんさん。何匹の魚が釣れるか、どっちの竿が強いか、先輩がテキトー言ってるかどうか……白黒付けましょう……!」

「いや釣り竿は強い弱いとかじゃないし、その先輩は百パーテキトーでしょ」

 

 あまりにもあっさりとヒートアップしたドロップスティアーに対し、セイウンスカイは呆れる。

 釣りは初めて、竿の良し悪しどころか使い方もわからず、自分より先に釣りを始めているにも関わらず一匹も釣れていない。テキトー言ってるどころか存在その物がテキトーな謎の先輩の為に、敗色濃厚極まりない戦いに挑んできている。

 まぁ、どうせ暇潰しだし別にいっか。勝負を受ける受けないに関わらず、釣りをする事に変わりはないし。

 

「なら、この釣り人セイちゃんと勝負した事を後悔させてあげましょっかー。川は私のホームグラウンドみたいなモンだからねぇ」

「釣り人がナンボのもんですか、自分は地元じゃ”ヤマ娘”と呼ばれた存在ですよ?」

「……なんか釣りと関係あるのそれ?」

「無いです!」

「無いんだ……」

 

 何一つとして対抗になっていない呼称を疑問に思いつつも、セイウンスカイは針に餌を取り付け直して川に投げ直す。

 その間にドロップスティアーはスカートからスマートフォンを取り出し、片手で時計アプリを起動させた。

 

「三十分。三十分終わった時何匹釣ったか、それで勝負です」

「いいよ。負けたらなんか罰ゲームとかしちゃう?」

「負けた方が魚一匹渡す、で」

「まぁそんなモンか。そんじゃ、いっちょ本気出しちゃいますかねー」

 

 取り出したスマートフォンをセイウンスカイに見える様に向けて、ドロップスティアーはアラームを三十分後に設定した。デジタルの時が刻まれ始め、カウントダウンが始まる。

 今ここに、特に仁義も何も無い中央トレセン学園生徒によるタイマン釣り対決が始まった。

 

「……あ。またきた」

「早くないですっ!?」

 

 開始五秒で、セイウンスカイが一点リードした。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……ねー、ティアちゃんさん。釣れてる?」

「見てわかりませんか、セイちゃんさん?」

「見てわからないから言ってるんだけど」

 

 時が流れ、タイマーは削れていく。セイウンスカイが横目で見れば、でかでかと画面に映っている残り時間は無情にも終了間際となっていた。

 時が無情なのはドロップスティアーに対してだけだ。すぐ横のセイウンスカイが見てきた限り、ドロップスティアーは一匹も釣っていなかった。釣果は全くの虚無であり、座り込んでいる地面にはゴミ一つ転がっていない。

 見てわからないとは、勝負開始からあまりにもドロップスティアーの状況が変化していないからだ。本人は釣り竿のリールを動かしたり揺らしたりするだけで、釣るポイントも変えずひたすら時間を費やしている。

 一方でセイウンスカイのクーラーボックスの中には、勝負前に釣った一匹を除いても五匹の魚が収まっていた。

 

「流石に釣る位置ぐらい変えてもいいと思うんだけどなぁ。もう三十分経っちゃうよ? 一匹も釣れないでしょ、そんなんじゃ」

「いいや、釣ります……! ここなら釣れます、釣りますよ自分は……!」

「何その無駄な意地」

 

 まるで勝負になっていない。それがセイウンスカイの忌憚なき感想だった。

 ほぼ同じ場所で釣っていても、二人の実態は全く違う。セイウンスカイはある程度時間が経つと適宜投げ入れるポイントを変え、良い位置を探っては魚を釣り上げていた。

 糸を付けただけの竹竿は投げ入れる飛距離も稼げないし、微調整も利かない。だがこの河川敷の川はそこまで広くないし、流れも急では無い。よって長い糸も調整用のリールも不要な場所だ。

 竿で差が付かない場合、それを握る者に差が生まれる。セイウンスカイの言った言葉は、そのまま五匹という明確すぎる差として表れていた。

 

「……あと二分だけど、どうする? 一匹も釣れなかったら罰ゲームになんないよ?」

「釣れば良いんでしょう?」

「この三十分何も釣ってないのにどこからその自信来るの」

「違います。セイちゃんさんが来る十分前ぐらいから始めてるんで、正しくは四十分です」

「余計自信の出処がわかんないんだけど」

 

 最後の最後までドロップスティアーは徹底抗戦する構えを見せている。しかし既に勝負は決していた。

 現在のスコアは5-0。二分でこれをひっくり返すなど、糸が枝分かれしたアジのサビキ釣りでも無ければ不可能だ。言うまでも無いがこれは海釣りでは無いし、この川に枝分かれした糸を沈める程の深さも無い。

 自分から仕掛けた勝負な以上、簡単に引き下がれないのはわかる。だが現実的に、釣りに一発逆転は無い。素直に諦めた方がいいと思う、それがセイウンスカイの偽らざる本音だった。

 

「……ざーんねん、逆転の目は無いみたいだよ。トドメの一発、決めちゃいますかー」

 

 そう考えていると、ダメ押しとばかりにセイウンスカイの竿が引かれた。釣りの神様に見放されたドロップスティアーを不憫に思いつつも、セイウンスカイはしっかりとフッキングを決める。

 手応え完璧、魚は完全に食い付いた。

 

「ヒーット、ってね。ま、どんだけ凄い竿でも上手く使えなきゃ意味が無い、良い教訓にはなったでしょ。次回の勝負をお楽しみに待っておりまーす、っと」

 

 そう言ってセイウンスカイは竿を引っ張り、水面より魚を引き上げる。

 この日一番の大物。川魚ゆえに殊更サイズが大きいという訳では無いが、勝負の最後を締め括るには十分な一匹を釣り上げ、セイウンスカイは笑みを零した。

 

「これで6-0。いえーい、セイちゃん完全勝利ー!」

「いえ。()()()です」

「え?」

 

 セイウンスカイが糸を手繰り寄せ、魚を入れるべくクーラーボックスにちらりと目を向ける。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「……まさか……」

「そのまさかです」

 

 ぎぎぎと、錆びついた様な緩慢な動きでセイウンスカイは離れた横を見る。

 そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()最中のドロップスティアーの姿があった。

 

「――はぁぁぁ!? ちょ、ちょっと!? 何してんのさ人のモノを!」

「何って……釣ってるだけですけど。はい、タイムアップですね」

「全く悪びれずに何抜かしてんの!? いやちょっ、えぇ!?」

 

 ドロップスティアーが何食わぬ顔でセイウンスカイのクーラーボックスの持ち手部分に針を刺し、手元に引き寄せた所で終わりの(タイマー)が無情にも鳴り渡る。

 無情とは、つまり全く感情が伴わない事だ。ドロップスティアーのやらかした蛮行に対し、タイマーは何も言う事無く勝負の終わりを告げた。全ての釣果を奪われてしまったセイウンスカイは、今この場で完全に敗北――

 

「いやいやいや反則でしょ! 横取りしてるだけじゃん! どこが釣りなのそれ!」

 

 していない。認める訳が無い。川釣り勝負の筈なのに、しれっと賊紛いの強奪をされて素直にうんと言える様な者はいない。当然だが断固としてセイウンスカイは抗議する。

 しかしドロップスティアーはそんなセイウンスカイに対し、一切の表情を変えず反論した。

 

「セイちゃんさん。自分は勝負について『三十分後に何匹の魚が釣れるか』と言いました」

「だから、魚釣ってないでしょそれ!」

()()()()なんて一言も指定してません」

「……はっ?」

 

 あまりにも堂々と、ぬけぬけと、恥ずかしげも無く。ドロップスティアーはいつも通りに、とんでもない持論を展開してみせる。

 正義は我にあり。秩序(ルール)は我に味方せり。()()()()()

 

「”魚が何匹釣れたか”は、”釣った魚の数を数える”とは違います。川で長靴やバケツを釣ったとして、それに魚が入っていてもカウントされます」

「……えぇ?」

「そして”川から釣った数を競う”とも言ってません。魚を釣り上げさえすればそれでいい。たとえそれが海でも陸でも空でも、そして他人のクーラーボックスであろうとも」

「いやそうはならんでしょ」

 

 どんな発想だ。流石のセイウンスカイも、暴論と言う事すらおこがましいドロップスティアーの主張に対して真顔でツッコミを入れた。怒る気にすらなれなかった。

 いくら勝ちたいからって、負け惜しみにも程があるだろう。そうセイウンスカイが言おうと――した所で。一つの()()()が目に見えた。

 

「――ん、んん? ねぇ、その針……エサ、付いてなくない?」

 

 餌が無い。ルアーも無い。クーラーボックスを引っ張り上げているドロップスティアーの釣り竿の針先には、餌の欠片も刺さっていなかった。

 この三十分間、ドロップスティアーは一匹も釣らず、川に糸を投げ入れたまま微動だにしていない。セイウンスカイが来る前から、その姿勢は全く変わっていなかった。

 ()()竿()()()()()()()()。ぼけっと座って魚を待っていた中で、魚が食い付いたらしき反応は何一つ無かった。それはつまり、餌が食われた事も無い、という事だ。

 なのに、何故。何故、針の先にあるべき餌が、破片一つついていないのか。

 

「そりゃそうでしょう。()()()()()()()()()()()()()んですから」

「……えっ?」

「針にエサなんて刺さってたら、持ち手に上手く刺せないでしょ」

「――んな゛っ」

 

 それを聞き、セイウンスカイは顔を引き攣らせた。

 最初から狙っていた。それはつまり、勝負する前からセイウンスカイの釣果を奪い取るつもりだった、それだけでは済まない。()()()()()()()()()()()()()事まで計画である事を意味していた。

 針に餌があってはクーラーボックスの持ち手を引っ掛けられない、そこまではわかる。だが、強奪の前準備には餌を針から外す必要がある。しかしドロップスティアーは、()()()()()()()()()()()()()一度も糸を引き上げていなかった。

 つまり。セイウンスカイが来る前と来てからの四十分間、勝負を始める遥か前から。()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「……ちょ、ちょーっと待って確認させて。ティアちゃんさんや、エサどこに持ってるの?」

「? エサなんて持ってませんけど」

 

 その言葉に、真実セイウンスカイはフリーズした。同時に、戦慄した。

 このウマ娘は()()()()()()()()()()()()()()()。餌も付けず、針だけの糸を垂らして水辺を眺めるだけ。そんな無駄極まりない時間を、ひたすらここで過ごしていた。

 その上でこの勝負を仕掛けた。勝負を仕掛けた時点で、自分の針に何も刺さっていない事を利用して、最後の最後に強奪するこの作戦を考えていた。

 今、一時、この瞬間。たったそれだけの為に、今まで彼女は時間をドブに捨てていたのだ。ここは川だが。

 

「釣りは使う側の問題、竿は上手く使うモノ。実にその通りです、この竿で無ければそちらのクーラーボックスを引っ張り上げる事など出来ませんでしたからね」

「……本気でホントに、最初からこうする気だったの?」

「当然です。勝ち目はコレしかありませんでしたから」

 

 ふんすと鼻を鳴らすドロップスティアーに対し、セイウンスカイは完全に言葉を失った。

 これ以上無い程恥知らずな発想。しかしその実、この作戦は単なる苦し紛れでは無い計画的犯行だ。確かに磯竿の強度とリールが無ければ、離れたセイウンスカイのクーラーボックスを釣って奪う事など出来ない。

 その上、気取られない様に――気取られたとしても普通奪うという発想には行き着かないが――最初からエサの無い針を水面下に沈めて釣りを放棄する事で、初めてこの釣り勝負の抜け穴を突く事が出来る。

 そんな事ある? セイウンスカイの思考は、それ一色に染まった。

 

「どんな事にも逆転の道はあるって事です。そう簡単に()()()()()とは思わない事ですね、セイちゃんさん?」

「――へぇ?」

 

 逃げ切れる。その言い回しを聞いた瞬間、セイウンスカイは気付いた。

 このウマ娘は、()()()()()()()()()()

 

「……いやはや、大した()()()()ですわ。()()()()()()だったの?」

「言ってるじゃないですか。()()()()です」

「……ほほう? つまり、()()()()風に受け取って良いの?」

「そういう事です」

 

 目の前の釣り勝負の事を聞く様で、そうでない会話。

 『初めまして』とセイウンスカイは言った。確かに顔を合わせるのは今日が最初だったが、しかしセイウンスカイは今日よりも前にドロップスティアーの事を知っていた。

 ヘタクソな逃げで誰よりも模擬レースで負け続けた転校生。そして選抜レースでは、一転して出遅れから追込策を取って一位をもぎ取ったウマ娘。

 そこに作為(トリック)の気配がした。セイウンスカイもこうして顔を合わせるまでは半信半疑だったが、この会話でハッキリした。このウマ娘は、()()()()()なのだと。

 

「全く、とんでもない事考えるもんだねぇ。流石のセイちゃんもここまで勝ちに拘った事は無いよ」

「どんな作戦だろうが、最後に負けなかったもんが正義なんです。そう思いませんか?」

「……うーん、それを言われると反論し辛い。しょーがない、今日の所は負けを認めといてあげましょっか」

 

 同時にドロップスティアーも、セイウンスカイの走りについては知っていた。選抜レースに出た同級生であり、ペースを握って後ろを振り落とす逃げウマ娘。

 他のレースに出ていた逃げのウマ娘は、皆一様に最終直線で余裕を無くして沈んでいった。しかしセイウンスカイに限り、最後まで脚色を鈍らせず走っていた。名前は覚えてないにしても、その姿は目に焼き付いている。

 策を張り巡らせ、勝負を自分の枠に嵌める。この二人は、互いにそういったウマ娘だった。

 

「いやはや、釣られたのはセイちゃんの方だったかー……魚、いる?」

「いります。先輩にちゃんと釣ったって報告しないといけませんからね」

「いやそっちは魚一匹も釣ってないじゃん」

「大物は釣れたじゃないですか」

「そんな太公望じゃあるまいに」

 

 観念してセイウンスカイは自分の釣った魚を差し出し、ドロップスティアーは代わりに奪い取ったクーラーボックスを持ってきて渡した。というか返した。

 四十分の徒労の果てに、魚を手に入れる。不要な物を活用して、勝利を手に入れる。それはまさしく、ドロップスティアーの勝ち方の縮図だった。

 よくもこんな事が出来るな。自分を策士と考えているセイウンスカイですら、なりふり構わぬそのやり口に呆れを通り越して感心していた。

 

「……次に勝負する時は、負けないよ?」

「望む所です。ボコボコに負けますよ」

「いやそこは勝つって言わないんかーい」

 

 戦力差を弁えた敗北予告。まるで威圧感の無い買い言葉に、セイウンスカイの気が抜ける。

 ドロップスティアーは右肩に竿を、左手におっかなびっくり魚を手に持って学園方面へと帰っていく。結局一匹たりとも魚は釣れなかったが、結果的には魚を手に入れた。

 セイウンスカイはその背を見送り、再び釣りを再開する。勝負とも言えない勝負、敗北感がまるで無い敗北。だが、相手の思考が読み切れなかった事は事実だった。

 

「……スペちゃん達とは、全く違うタイプの強敵かもなぁ」

 

 己の実力を知って策を用いる、しかし自分とは根本的に発想が異なる曲者。

 何をやるのかわからない、そういう相手は純粋に強いだけより余程厄介だ。そう考えるセイウンスカイの釣竿が再び震える。

 釣り上げた魚は、先程よりも一回り小物だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――さて。何故寮の前で魚を焼いていたのか、弁解はあるかい? ゴールドシップ、そしてドロップスティアー」

「えー? 釣った魚は新鮮な内に七輪で焼いて食う。これに限るだろー?」

「校則には『校内で魚を焼いてはいけません』なんて書いてない筈ですよ、ルドルフさん!」

「校則を無礼(なめ)るなよ」

 

 セイウンスカイが帰ってきた時、そこには寮の前の地面に正座させられているゴールドシップとドロップスティアー、そして怒り心頭の皇帝とこんがり焼かれている自分の魚というキテレツ極まりない光景が広がっていた。

 




肝心じゃない所しか勝てない主人公

じゃんけん二刀流はサトちゃんと異なり、見てから後出しで左手を隠しています。
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