ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『狂者』

「うひぃ……ルドルフさんこわいぃ……山道勝負の最後といい、普段怒らない人ほど一度怒るとすごいんだよなぁ……」

 

 夜、模擬レース場にて。ゴールドシップと共に、こってりみっちりシンボリルドルフに絞られてしまったドロップスティアーは、なんとなくふらふらとここにやってきていた。

 別に今から練習をしようというつもりはない。今日は釣りの日だった。ゴールドシップ姐さんが釣りをさせたのは、きっと気分転換をさせる為だったのだ。今はそう思っている。

 事実、ドロップスティアーは自分の走りについて行き詰まっていた。ただ我武者羅に走るだけではダメだ、それをここ一ヶ月間散々思い知らされたからだ。

 

「――中央、か」

 

 模擬レース場の大外側のラチに腰かけ、漫然と芝のコースを眺める。ナイター用の照明によって照らされたその場には、既に練習中のウマ娘は居ない。

 今この場にいるのは、大外でぽつんと独りにいる自分だけ。競い合った跡の残る内側に、自分は居ない。

 その場に、自分は立てていない。

 

「ただ走るだけじゃダメなんですよねぇ」

 

 自分らしくも無い、我ながらそう思うぼやきだった。

 テイオー先輩には大きすぎる欠点を指摘された。その証明として、一ヶ月同級生の背を見送り続けた。策で一度は着差をひっくり返したが、今度はさらに強い同級生(あいて)の存在を思い知らされた。

 ドロップスティアーは自分が強いなどと欠片も思っていない。今まで自分が地元で負けなかったのは、走っていた山が自分のホームであり武器その物だったからだ。

 ここには武器が何も無い。純粋な速さを競い合うこの場所には、自分だけが使える近道は存在しない。そして、自分の鍛えてきた脚は使えない。

 

「……脚、か」

 

 外ラチから身を離し、自分の脚を見やる。生まれてきてからずっと鍛えてきた、自慢する程ではないものの一応大事ではある脚。

 山道を誰よりも走破し、誰にも出来ないだろう芸当を何千と成してきた自分だけの脚。しかしこの脚は、中央(レース)で活かせるモノではなかった。

 コーナーで負け、直線で負ける。スペシャルウィーク・グラスワンダー・キングヘイロー、そして恐らくはセイウンスカイにも。自分の脚は、全員に負けているのだろう。

 ――だからと言って。はいそうですかと、勝負を譲るつもりはさらさら無い。

 

「トレーナーが付いたら、ホントに勝てるようになるのかなぁ……」

「んなモン、やってみなきゃわかんねーだろ」

「きゃわぁっ!?」

 

 唐突にすぐ近くで聞こえた声に、ドロップスティアーは弾ける様にその場から飛び跳ねて離れた。

 誰も居なかった筈の空間。外ラチの向こう側には、いつの間にか一人の男が居た。

 

「だっはっは、なんだその反応。バッタみたいに跳んだなオイ」

「い、一体誰――というか、いつの間にそこに!」

「いつの間も何も、俺は最初からここに居たぞ。そこ、そこで寝てた」

 

 そう言って男はラチの外、学園側に通じる階段――のすぐ横、斜面の芝部分を指差す。

 コースを照らす照明と、学園の明かりのちょうど中間。階段という目につく場所から三歩外れた、死角の暗闇。そこで男は寝てたと言う。

 ドロップスティアーは暗がりの階段を下りてきた。故にそのすぐ近くに人間が寝ていたなど気付きも出来ず、想像すらしていなかった。

 

「……なるほど、トレーナーの方ですか」

「ん、なんだ俺の事知ってんのか」

「トレーナーバッジぐらいは知ってますよ。”今日のテイオー講座”で知りました」

「んだよその間抜けなコーナー名」

「こいつテイオー先輩の事バカにしやがった……!」

 

 その男の身なりは、お世辞にも良いとは言えなかった。よれた黒無地のTシャツに、袖だけが灰色の白のウインドブレーカーを羽織るだけ。唯一に近い特徴は、右側頭部に赤色の羽が付いた大型のキャスケット帽子を被っているぐらい。

 覇気の感じられない顔と、ラフにも程があるその格好。唯一首から下げている紐を通したトレーナーバッジだけが、この男の身元を保証する全てだった。バッジが無ければ、ぶっちゃけ迷い込んだ一般人にしか見えない風体だった。

 

「お前、ドロップスティアーだな。選抜レースで一応一着だったヤツ」

「言い方にトゲがありますね?」

「事実だろ。トレーナーの間じゃそこそこ話のタネになってたぜ、『どう評価したらいいかわからない』って」

 

 トレーナーの男はそうドロップスティアーの事情を明け透けに言ってのける。

 そういう事は本人のいない所だけで言うものではないのか。失礼にも程がある男の物言いに、ドロップスティアーの不機嫌度は徐々に上がっていく。

 

「テイオー先輩が言ってましたよ、『中央のトレーナーって言っても皆が皆いい人じゃないから気をつけてね』って。貴方みたいな人の事じゃないんですかねー?」

「だあほ。俺は最近までサブトレーナーやってたから、”トレーナー”としてはまだ話題に挙げられてねえさ」

「屁理屈じゃないですか」

「ヘが付いてようが理屈は理屈だろ」

 

 暖簾に腕押し。男の人柄を非難しているのに、論点をずらされて受け止められる。というか結局ドロップスティアーの言葉を何も否定してはいない。

 なんだこいつ。ドロップスティアーは自分の日頃の行いを無視してそう思った。

 

「さっきお前自身言ってたろ。ただ走るだけじゃダメ、勝てるようになるのか、って。他と負けてる自覚があるからそういうセリフが出んだろ?」

「……だったらなんだってんです」

 

 男の物言いは一つ一つが挑発的な色を雑えている。トレーナーという肩書が無ければ、そして言葉が正鵠を射るものでなければドロップスティアーは既にこの場を後にしている所だ。

 そんな内心を無視する様に、男はズボンの後ろポケットからタバコの箱を取り出し、中から一本引き抜いた。

 

「今のお前には二つの道がある」

「……二つ?」

「一つ目はどっかのトレーナーに売り込んで、なんとか走行フォームを直してレースに出る道」

 

 そう言いながら男は手に持ったタバコの先端で、不躾にドロップスティアーの脚を指す。

 突然に切り出されたのは、自分の未来の話。トレーナーに自分の歪んだフォームを直してもらって、レースに出る。そんな事はいい加減言われなくてもわかっている、当然の事だ。

 だが、道が二つとはどういう意味なのか。

 

「二つ目は、()()()()()()()()()()道だ」

「――え?」

 

 男のその言葉は、ドロップスティアーの想定外の所にあった。

 走り方を直すのではなく、完成させる。ここに来てから誰にも言われなかった、自分でも思わなかった事。

 自分の走り方は速く走る為のものではない。男の提示した二つ目の道は、散々言われてきたその言葉に真っ向から反する物だ。

 

「お前は歪んだ走りでも、まぁ好走するだけの地力はある。フォームを直せばそこそこのレースを選んで、そこそこに勝てるだろうよ。一つ目の道はそれだ」

 

 男は指に挟んだタバコを何も無い場所に向け、ぐるぐると回す。

 その言葉も表情も仕草も、全てに熱が無い。心底どうでもいい、そんな無興味な様子で滔々と語っている。まさしく他人事として、男は好き勝手に言い続ける。

 

「だが、そこまでだ。その道に、先は無い」

「……どういう事ですか?」

 

 しかし言葉の途中で男はタバコを掌で握り潰し、ハッキリと言い捨てた。『先は無い』。

 そもそもドロップスティアーが苦戦している最大の理由が走行フォームその物だ。周囲とは明確に違う、スピードが上手く出せず曲がれない走法。それによって、同級生に負けている。

 ドロップスティアーはそれまで抱いていた怒りをすっぱりと切り捨て、男の言葉の真意を聞き出す事にした。

 

「なんだ、怒らないのか」

「聞き終えた時に的外れな言いがかりなら怒ります」

「成程、()()()()そのタイプかお前。好都合だな」

 

 曲がったタバコを掌で転がす不真面目極まりない姿勢の男に対し、ドロップスティアーは逆に冷静になる。

 このトレーナーの見た目も態度も信用は出来ない、だが言葉は関係無い。元々行き詰まっていた身だ、勝つ為のヒントはなんでも聞きたい。それに、これまでに無かったその意見の根拠が知りたい。

 聞きに入ったドロップスティアーを見て、男は拍子抜けしながらも少しだけ表情を緩くした。

 

「シンプルな事だろ。他の連中が既に出来てる事を、お前は周回遅れで始める事になる。そんなハンデ背負ってんじゃ、元々強い奴には追いつけねえよ」

「…………」

 

 男の言う通り、シンプルすぎる理由。ある種目を逸らしてた、逸らさざるを得ない事実。

 完全に定着したフォームを抜本的に作り直す。そもそも鍛えている筋肉という土台すら走行フォームに適応している状態で、この手間は極めて大きい。

 まず他のウマ娘が意識せず出来る事を意識的に出来るようにする。それから意識せずに走れるようになって、初めて同じ土俵に上がれる。その時、物を言うのは絶対的な能力差だ。

 ドロップスティアーは同年代の中でも鍛えられているのは事実だ。だが走行フォームの基礎工事をしている間、同期は同じ走り方で自分が速くなる事を追求出来る。その分、どうしても差が出てしまう。

 その差を埋められるか。元々大差のある速いライバル達に、同じ走りで追いつけるのか。

 

「トレーナー連中は一着を取ったお前じゃなく、二着以降のウマ娘に目を付けた。それはそいつらが伸び代があるからだ。どこから直せばいいのかわからないお前より、安定感のある奴を速くした方が手っ取り早い。そういう思考だな」

「……理屈ですね。怒る気にもなりゃしません」

 

 ドロップスティアーがスカウトされなかった理由の根本も、そこにある。

 実際の所、手間なのだ。この学園にいるウマ娘は皆中央のカリキュラムを受けており、走る為の基礎がある。入学出来ている時点で、既に最低限速く走る為の土台が整っている。

 それに対し、実績もデータも無く、完全に我流のクセが付いているドロップスティアーに対する指導は難しい。コーナー一つで大袈裟に大外へと外れる見当違いの走法を直す、その手間はどうしても無視出来ない。

 弱くはない。だが、伸び代という意味では疑問が残る。そういった視点で見られている。

 

「フォーム直した瞬間劇的にパワーアップする訳じゃねーんだ。同じ走りで勝てるのは、同じ速さの相手にだけ。だからお前は、そこそこ止まりになる」

「……やってみなくちゃわかんないでしょう」

「まぁ、確かにわかんねーわ。だが、可能性としちゃ濃厚だろ」

「……」

 

 新しいタバコを取り出す事もせず、男は曲がったタバコを見せつける。

 歪んだ物を正しい形に直す、わざわざそんな手間を取らない。そんな事をした所で、一度曲がった物はそのまま跡が残っている。そんな事をするなら、元々新しい物を使えばいい。

 ドロップスティアーも納得した。納得せざるを得なかった。

 

「――だがな。速いだけで勝てる程、レースは甘くない」

 

 そう言いながら、男は曲げたタバコの包み紙を開き始める。

 いきなり何をしているんだこの男。そう思ってドロップスティアーは男を見る。

 タバコの中身は、散らばらなかった。

 

「……コ、ココアシガレット……?」

「タバコかと思ったか? だあほ、子供のいるトコでタバコなんか吸うかよ。教育に悪ぃだろうが」

「貴方の口遣いは教育に悪くないんです?」

 

 中身は、ただ曲がっただけのラムネ菓子だった。タバコに似せた柄の包装紙で包まれただけの、あまりにも見覚えがありすぎる駄菓子。

 悪戯が成功した子供の様に、男はけらけらと笑ってそれを口の中に放り込む。タバコの苦さなど無い、薄く甘い見せかけの食玩。それを口の中で噛み砕き、男は言葉を連ねた。

 

「お前が一着を取ったレース、タイム的にはそんなに速くなかった。どういう事だかわかるか」

「……自分が遅い?」

「まぁそれもある。だが最大の理由は、お前の存在そのものだ」

「……?」

 

 唐突な話題の変更に、ドロップスティアーは困惑させられる。

 レースのタイムが遅い理由。そんなもの、一番に通過した者が遅い以外の理由があるのか。レースのタイムとは、つまり一着のタイムなのだから。

 

「あのレースの本命は、その時三着に終わった差しウマだった。そいつのベストレコードはあのレースよりも速かったが、そのタイムは出せなかった。お前がいたからな」

「自分が、いたから?」

 

 男は新しいタバコ――ではなく、ココアシガレットを一本取り出し、ドロップスティアーへ放る。反射的にドロップスティアーはそれをキャッチした。

 実家でも散々見た、包装紙付きの砂糖菓子。子供舌にイマイチ甘くなかった、しかし父親が食べるのを見て食べるようになった駄菓子。自分には慣れ親しんだ味で、周囲には不評だったモノ。

 

「最終直線前、お前が最終コーナーで仕掛けて外から被せられて、そいつはバ群から出るタイミングを潰された。本来誰も仕掛けるタイミングじゃなかったからな、その一手の計算違いでそのウマ娘は負けた」

 

 その選抜レースで本来勝つ筈だった、最も速かっただろうウマ娘の話を男はする。

 そのウマ娘は、後方で息を潜めて最終直線で先頭を差し切る算段を立てていた。彼女は上がり三ハロンにおいて出走者の中では最速だった。だが、ポジションを取ろうと考えた瞬間、その絶好のラインを大外から切り込むドロップスティアーに奪われた。

 そこに居なかった筈の、そこから来る筈が無かった存在。コースの大外、想定の外からやってきた存在によって、彼女は末脚を出し切れずに終わったのだ。

 

「”レースに絶対は無い”。……俺は、()()()()()()

 

 男は夜空を見上げ、独り言ちる。空には雲が満ち、月も遮られて鈍い光のみが満ちている。

 ドロップスティアーもその視線を追って上を見た。そこにある筈の星は見えていない。誰よりも自己主張している筈の星も月も、雲が覆い隠してしまっている。

 

「最初から速い奴が勝つんじゃない、一番強い奴が勝つんじゃない。最後の最後まで勝負の行方がわからない、終わるまで瞬きもさせない。そんな番狂わせを、俺は見たいんだよ」

「……はぁ」

 

 急に自分の事を語り出してくつくつと笑う男に対し、ドロップスティアーは目を細める。

 そんな事を自分に言われても。勝手に盛り上がられても困るんですけど。そんな気持ちだった。

 

「俺が求めてるのはレースに絶対を強いる強者じゃない。絶対を狂わせる、そいつが走るだけでレースがわからなくなる。勝つも負けるもわからない、その場を引っ掻き回す正真正銘のトリックスターだ」

 

 そう強く言い切り、男は空から視線を戻す。

 視線の先へ、手に持ったココアシガレットを向けた。

 

「お前の走りはそれだ。中央にも地方にも居ない、異質の走り。速さという固定観念から外れた、常識外れのバカ」

「今バカって言いましたか」

 

 向けられた先にいるドロップスティアーは半目になって応える。

 褒められたかと思えば貶された。なんか数日前に会った、直球に失礼なウマ娘の事を思い出す。

 だがそんなドロップスティアーの文句など聞きもせず、男は愉快そうな笑みを崩さないままに自分の話を続行した。

 

「二つ目の道。俺ならそれを示してやれるぜ」

「……はい?」

「お前のそのメチャクチャな走りを、レースで使えるようにしてやるってんだよ」

 

 その言葉に対し、ドロップスティアーは目をぱちくりと瞬かせた。

 自分の走り、直線で負けてコーナーで負ける欠陥走法。それを完成させる、レースで使えるようにする。この目の前の胡散臭い推定トレーナーは、そう言い切った。

 

「有り難く思え。スカウトしてやる」

「くっそ偉そうですね貴方」

 

 目上の者である事も忘れ、思わず真面目に反抗的な返答をしてしまう。

 念願の初スカウトは、凄まじく上から目線で渡された。

 




変なウマ娘 VS ろくでなしトレーナー VS 中央

お前もしかしてまだ 自分がまともな主人公になれるとでも思ってるんじゃないかね?
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