「……その口振りで、今までスカウト何人成功したんです?」
「驚け、ゼロだ。つまりお前専属になれるって事だな、良いだろう」
「そんなんで自分もその数えられなかった一人になるとは考えないんですか?」
当然ドロップスティアーは、はいそうですかとスカウトを受けなかった。トウカイテイオーには『トレーナーにも色んな人がいるから』と聞いてはいるが、ここまでの際物が来ては反応に困る。
話自体は筋が通っている。だが、とにかく態度が気に食わない。わざとやってるとしか思えない、いや絶対わざとやっている高圧的な物言いに、抵抗感を覚えない方がおかしい。
それに。
「貴方なら自分の走りを完成させられる。そんな保証がどこにあるんですか」
「あ? ねぇよんなもん」
「無いんです!?」
流石にその返答は予想外だった。ドロップスティアーは口をあんぐり開く。
トレーナーとサブトレーナーについての話も既に聞いている。中央のトレーナーには、大手のチームトレーナーの下に補助を務めるサブトレーナーが存在する事。
サブトレーナーはそこで経験を積み、いずれ独立して個人トレーナーとなる。実績の無い自分がスカウトされるなら、恐らくサブトレーナー上がりの新人が狙い目だ。トウカイテイオーは少し目を逸らしてそう言っていた。
その時目を逸らされたのは、新人トレーナーはどうしても経験が不足しているからだ。トレーニング方針を委ねる以上、ウマ娘が強くなれるかどうかはトレーナーの力量に依存する。
「ここまで自信満々にしといて、自分の手腕に自信は無いんですね……」
「あるわきゃねーだろ。誰もやった事が無い、やろうともしない無茶な走り方だ。それが完成してどうなるか、させられるかどうか。前例が無いのに確約なんぞ出来るかよ」
「……『レースで使えるようにしてやる』ってのは?」
「使えるように鍛えてはやる。だが、それで走って勝てるかどうか、それはお前の仕事だ。先のことなんぞ誰にもわからねーよ」
堂々と男は言い切る。正直と言えば聞こえは良いが、ウマ娘を指導するトレーナーという立場上それでいいのか。ろくに中央の事情を知らないドロップスティアーでも、このトレーナーが普通から外れた変わり者なのはわかる。
話す言葉に確約された物はなく、あやふやな答えばかり。信用という単語から程遠い男。
――だが。それでもドロップスティアーは、この場から離れようとはしていなかった。
「あのですね、自分もうら若き乙女でしてね。そんなメチャクチャな物言いばかりされていては、怒ってさっさと帰って、明日貴方の悪評判をクラスの話のタネにしたくもなるんですよ。そんな話し方ばっかされてスカウト受けると思ってるんですか」
「六、いや七割ってトコだな。お前は受けるだろうよ」
「……はい?」
男への印象はとっくに底値に達している。そんな自分が、スカウトを受けると予測している。自意識過剰と言うには少々引っかかる言い方で、男はそう言った。
七割。”絶対に受ける”という訳では無い、まぁ大体は当たるだろうな。そんな曖昧極まりない表現をドロップスティアーにぶつける。
「そもそも普通のウマ娘ならここまでの俺の態度でとっくに帰ってる。少なくとも今まではそうだった」
「実体験ですかい」
「だがお前はここを離れない。俺の話を聞き続けている。俺の言葉に、一考の余地と価値を見出している。感情よりも理性で動いている」
しかし男は、ドロップスティアーがここにいる理由を見透かした様に言ってのけた。
確かに、自分は判断しかねている。言い方は極めて乱暴だが、フォームを直しても勝てない、勝てる相手が限られるだろうという話は理屈に沿っている。その上で正しい意見の対に、全く新しい提案を出してきた。
いつでも無視出来る。だが、話が終わるまで判断は先送りにしても良い。反感を抑え込んで、冷静に傾聴する価値はある。そういう姿勢を取っている。
「お前はその走り方をまだ捨て切れずにいる。諦められずにいる。そして、もしかしたらという可能性が目の前に転がってきた。……理性を保っている以上、無視出来ない筈だ」
「……」
黙る。反論しようと思わない、いや思えなかった。
確かにドロップスティアーは自分の脚に、走りにまだ拘泥している。散々に負けて負け続けて尚、何か出来る事があるのではないかと考え続けている。
あの選抜レースでやった様に、何らかの抜け道を突けないか、見つからないか。無意識の内に、可能性を模索している。
「お前の走りは誰も見た事が無い。お前がどう走るのか、何をするのか。誰にも予想が出来ない以上、全ての計算が狂う。勝負の行方がわからなくなる。勝つかもしれんし、あっさり負けるかもしれん」
男はありもしない、あるかもしれない未来を話す。
速くもなく強くもない、しかし一度は確実に番狂わせを起こして一着を取ってみせた走りのウマ娘。それがそのまま鍛えられた時に考えられる、引き起こす事態。
絶対を覆す異常。それを聴いたドロップスティアーは――
「……ほれ見ろ」
「な、なんです?」
「
無意識に、頬を吊り上げて笑っていた。牙を剥く、好戦的な笑みだった。
「それに、こんな事を提案するトレーナーは後にも先にも俺一人だ。勝率だけ考えりゃ、まっとうなフォームに直してレースを選んだ方が良い。お前がその走り方で戦えるのは、これがラストチャンスだ」
加えて、男は現実を告げる。ドロップスティアーはこれまで一貫して誰からもフォームの改善を求められており、例外は目の前の男のみ。真っ当な意見である以上、これから先も同じ事を言われるだろう。
ラストチャンスとは大袈裟な話では無い。まともでない走りを追求するなら、このまともじゃないトレーナーの元でやるしかない。
ドロップスティアーは、深く考え込んだ。
「お前の道は二つ。誰もが通る無難で緩い道か、誰も通った事のない未明の厳しい道だ。一つ目の先は頂上に繋がらないが、二つ目の道はどこに繋がるかもわからない」
再び目の前に”道”が提示される。これまでずっと見てきた道と、男がやってきた事により突如拓かれた道。
先の見えない道は、さっきよりも現実味を帯びてそこにある。そこにしか無い。今この場、自分にしか通れない道が、ここにある。それを知ってしまった。
こんな時、自分はどうするか。
「……さて、お前はどうする? ドロップスティアー」
「……」
目を瞑り、掌を握る。男から渡されたココアシガレットの感触。手に馴染む感覚がある。
答えはある。自分がどの道を選ぶか、どんな道を走るか。それを頭は既にわかっている。
……だが。それはそれとして、気に食わない。
「――勝負しましょうか」
「あん?」
「勝負の結果次第で、その手を取ってあげますよ」
「偉そうだなお前」
こいつどの口でそんな事言ってるんですか。いちいち癪に障る男の言葉に、ドロップスティアーは頬を引き攣らせながら笑顔を浮かべる。
確かに男の言う事には一理ある。一考の余地があるし、興味は引かれる。だが、それとは別に問題がある。
人格的な問題。信用も出来ない、合いもしない人種と二人三脚でやっていくというのは間違いなく無理がある。トゥインクル・シリーズは何年も続くのだ、どんな手腕の持ち主だろうと認められない相手とやっていける程ドロップスティアーは人格が出来ていない。
だから、こちらも試してやる事にした。
「……ジャンケン一発勝負です。それで貴方のスカウトを受けるかどうか決めましょう。どうですか?」
「ふうん。そんな運否天賦で自分の将来決めていいのか?」
「貴方のスカウトを受けようと考えるウマ娘は後にも先にも自分一人です。そちらこそ、よく考えた方が良いんじゃないんですか?」
「やってみなきゃわかんねーだろ」
「可能性としては濃厚でしょ?」
さっきのやり取りを、そっくりそのまま男へ返す。実際、この男もまた大問題児である事に変わりはないのだ。
こんなメチャクチャなトレーナーなど、一度『人格的に問題がある』と誰かが噂を立てればそれだけでスカウトの目が九割は潰れる。自分はわざわざそんな事をしようと思わないが、こんな態度の悪さを見せ続けていればいずれ間違いなくそうなる。
それを悟ってか、男もゴキゴキと首を鳴らして溜息を吐き、手に持ったココアシガレットを口に咥えて手を空けた。どうやら、ちゃんと勝負に応えるつもりらしい。
「仕方ねーなー。やりゃいいんだろやりゃ」
「んじゃ、いきますよ」
めんどくさいという態度を隠そうともせず、男は手を前に構える。
将来を決める、一発限りの運勝負。見る者が見れば、正気の沙汰では無いと言うだろう。
だからこそ、この男を試すには相応しい。
「さーいしょーは……グー!」
ゆっくりとドロップスティアーは、最初の一手を出す。
ルールの無い本気のジャンケン一発勝負において、ドロップスティアーは殆ど負けた事が無い。何故なら、後出しだろうが二刀流だろうがアメリカ式ジャンケンだろうが、本当に文字通りなんでも使うからだ。
そんなドロップスティアーの無法ジャンケンに対し、
「ほい、これで契約成立だな」
男はどの手も出さなかった。
代わりに、ドロップスティアーの
「――……」
「お前、『勝負に勝ったら』とは言わなかったろ。『その手を取る』ってわざわざ言ったって事は、こうするのが正解だ。違うか?」
ドロップスティアーは無言で、男を見る。得意げな表情で笑っていた。
確実に勝利する方法。それは、
そもそも相手の土俵に立たない。全くもって恥も外聞も無い、不公平な勝負。
「――ぷっ。あははっ、何ですかそれ! まるっきしメチャクチャじゃないですか!」
「メチャクチャなのはお前の前フリの方だろが。ジャンケンで自分の将来決めるなんざあるわけねーだろ、バレバレだ」
「わかってても普通そんな事しないでしょうに! バカでしょ!」
「よく言われるぜ。全く、俺ほどクレバーなヤツなんざそういねーってのに、失礼なこった」
堪えきれず、ドロップスティアーは笑った。笑うしかなかった。
こんな発想をする者には会った事が無かった。
成程。これは、
「……いいでしょう。有り難く思って下さい、スカウトされてあげますよ」
不敵な笑みを浮かべ、ドロップスティアーは男の出した手を解いて自分から握り返した。
この男は性格に問題がある。だが、面白い。それだけで十分だ。
自分が走る道は、何時だって誰も通りたがらない道だった。色んな所を探し回り、自分だけが通れる近道を見つけてきた。
今回も同じだ。
先が見えなかろうが関係無い。道がそこにあるなら、ただ突き進むだけだ。
「……そういや、自己紹介してませんけど。貴方の名前は?」
「
「ええ。楽しい勝負にしましょう、トレーナーさん?」
雲が晴れ、月の光が差し込む。
とてもじゃないが明るくは無い、そんな場所でドロップスティアーはトゥインクル・シリーズのスタートラインに立った。
◆ ◆ ◆
「――というか。これで自分がスカウト断ったら、誰にスカウトする気だったんです?」
「あん? まぁセイウンスカイ辺りにするつもりだったな。あっちの方が順当に強いし」
「っせい!」
「おげえーっ!」
契約直後にいきなりパートナーへ失礼な事をぶっちゃける名入に対し、ドロップスティアーは思いっきり背中をはたいた。
勝負はする前に勝て
オグリのキャラソン聞きながらこれ書いてたら温度差で死にそうになりました。