「へー、トレーナーついたんだ! 良かったじゃん!」
「ありがとうございます、テイオー先輩!」
三日後。トレーニングで忙しかったドロップスティアーは、このトレセン学園で一位タイにお世話になっている先輩に朗報を持ってきた。ちなみにもう一人の一位は、大体迷惑をかけている皇帝である。
LANEのアドレスを知っていていつでも連絡を取れる間柄ではあるが、基本的に直接会って話す事しかしない二人はテイオーからの呼び出し以外にそれを活用する事が無い。
非常識ではあるが礼儀を知らない訳では無いドロップスティアーは、基本的に自分からトウカイテイオーに連絡をしない。テイオーが自分より忙しく、立場的に上である事を承知しているからだ。
なので、今日の様にトウカイテイオーから話しかけてくるまで、これまでトレーナー契約について話す事は無かったのである。
「どんな人なの? 男の人? 女の人?」
「ド失礼な男です。既に一度ぶん殴りました」
「え、それ大丈夫なの……? っていうか何があったの……?」
いきなりテンションがゼロになる後輩の態度を、トウカイテイオーは怪訝に思った。
ドロップスティアーは原則、いつでもテンションが高い。少なくともトウカイテイオーと話す時はいつもニコニコしており、多少反感を買う言葉――走りが良くない、スカウトの可能性が低いなどの直球な指摘――を受けても、それはそうですねと流すだけの寛容さもある。
そんなウマ娘が、明確に不機嫌な様子を見せる相手。どんなトレーナーなのか、純粋に興味があった。
「聞いて下さいよテイオー先輩! あの人すーぐ自分の事アホとかバカとか言うんですよ! 挙句の果てに『スカウトしてやるから有り難く思え』とか! 思い出すと普通に腹立ちますね!?」
「お、おぉ……荒れ狂ってるね、珍しい……」
そうしてトウカイテイオーは、怒りを燃え上がらせるドロップスティアーから問題のトレーナーについて聞いた。
サブトレーナー上がりの新人、偉そうな物言い、走りを完成させてやるという大言壮語。そしてスカウトを賭けてのジャンケン勝負。
一部始終を聞いたトウカイテイオーは、ああやっぱりこの後輩はまともな事をしないんだなと、いっそ安心感すら覚えていた。
「……大丈夫なの、そのトレーナー? 騙されてたりとかしてない?」
「うーん……一応ここのトレーニング施設も使ってますし、大丈夫だと思うんですけど」
「大丈夫なら、やってるトレーニングについて聞いてもいい?」
見知らぬトレーナーに対しても、物を知らない後輩に対しても、何もかも心配する部分しか無い。思わずトウカイテイオーはトレーニングの内容について聞いた。
他のウマ娘のトレーニングについて聞き出すのは、グレーラインの行為だ。そちらのトレーニング方針について疑問を持っていますよと言っている様な物であり、何より同じ競走相手のトレーニングの詳細を知るというのは直接偵察にも等しい。
が、同期でもない相手で、かつ同意がある場合なら問題は無い。あまり口出しして干渉するのは良くないが、本人が言っても良いと判断した部分を聞く程度には良いだろう。
「えーと……多いのは坂路って所走るヤツと、プール泳ぐヤツと、サッカーするヤツですね」
「ふんふん成程、結構ふつ――う?」
途中で質問を止める。思考が止まる。
坂路。わかる。プール。わかる。サッカー。……わからない。
「…………サッカー?」
「? はい、サッカーです」
◆ ◆ ◆
「――ボールそっちに行ったよ、ティア!」
「ナイスクリアです、テイオー先輩!」
グラウンドに、白黒のボールが舞う。トウカイテイオーが攻め込んできた相手のボールをカットし、飛ばされたボールをドロップスティアーが拾った。
そのままドロップスティアーはボールをキープし、一気に敵陣へと走り込む。足取りは拙く、ボールを転がす事によってウマ娘の脚力は活かしきれない。それでも並の人間よりは数段速いペースでのドリブルであった。
「いかせんっ!」
「くっ……!」
対戦相手――人間の社会人サッカーチームのプレイヤーが、二人がかりで行く手を阻む。前方を塞がれたドロップスティアーは、足を止めざるを得なかった。
右も左も塞がれる。このまま進めば直感的に自分がボールを取られる未来が視え、周囲をちらりと一瞥する。
左の奥側にはさらに別の敵。右側、鹿毛のポニーテールが真っ直ぐに伸びていた。
「テイオー先輩、頼みます!」
「任せて!」
クリアボールから即座のオーバーラップ。一瞬にして前線へと上がってきたトウカイテイオーへと、パスを送る。
しかしそれを受け取ったトウカイテイオーに対し、事前に動き出しを読んでいたディフェンス陣の三人が揃って詰め寄ってきていた。
「ふふん、遅いよ! これぞ必殺! テイオーショットだぁーっ!」
敵のプレイヤー達が前に立ちはだかるよりもさらに早く、トウカイテイオーはシュート体勢に入る。だが、敵ゴールまでは悠に三十メートル超、シュートコースは詰め寄る相手が邪魔で塞がっている。
それら全てを無視して、トウカイテイオーは相手の遥か頭上を通り越すロングシュートを放った。
「フッ、キーパー、慌てんでも良かたい。いくら威力があっても、ワクにいかないんじゃ……」
勢い良く空へと放たれたシュートの威力にキーパーは目を見開くが、最終ラインに立っているディフェンダーは腕組みをしてそれを見送る。
ウマ娘の脚力によるロングシュートの球威は恐ろしく強い。だが、シュートコースも塞がれ力任せに打った球はそのままゴールの遥か上を通り越すラインを描いており、手を出すまでもなく場外に行こうとしていた。
が。手を出せない程の位置から、
「なにィ!!」
ゴールバーの上から弧を描いて一気に下へ曲がったシュートが、キーパーの反応すら許さずゴールネットへと突き刺さる。
トウカイテイオーの放ったシュートは、強烈な
「やったー! ついに完成したよ、ボクの必殺シュートが!」
「凄いです、テイオー先輩!」
「ふふーん! まぁボク、天才だもんね!」
大空の遥か高みより飛来する、急降下のドライブシュート。
見事自分の考えた最強シュートを完成させて喜ぶトウカイテイオーは、寄ってきたドロップスティアーとハイタッチをして――
「……って、ちっがぁぁーうっ!!」
「うわっ、どうしたんですかテイオー先輩!」
唐突にキレて、その場で頭を抱えて天を仰ぎ見た。
「違うって、カンペキにシュート決まったじゃないですか。狙い通りじゃなかったんです?」
「いや我ながら思い通りに行ったけど! そうじゃなくて! なんでボクらサッカーやってんの!? 普通に楽しんじゃってたんだけど!」
やるだけやってスカッとして、ようやくトウカイテイオーは正気に戻る。
ドロップスティアーから聞いた、唯一意味不明のトレーニング。話を聞いても『サッカーはサッカーです』としか言わない後輩に対し、トウカイテイオーは自分の目で確かめてみる事にした。
が、連れてこられた先でやっていたのは本当にサッカーだった。疑問の余地も無い程に、純粋な蹴球だった。
「いやぁ、トウカイテイオーさんと一緒にサッカー出来るなんて夢みたいです! うちのチームにも一杯ファンがいて、皆感激してますよ!」
「あ、うん。ありがとね」
一段落付いたと見て、練習に混ぜてもらっている社会人サッカーチームのキャプテンがニコニコとこちらへやってきた。
キャプテンから差し出されたスポーツドリンクを二人は受け取る。飲んでみれば、レモン風味の飲みやすい爽やかな味がした。
「休憩終わったら言って下さい、いつでも再開しますんで。……おいお前ら! テイオーさん相手だからってデレデレしてんじゃねえぞ! キーパー棒立ちしてんじゃねえ、せめて体のどっかに当てろやボケ!」
凄まじい豹変を見せてチームメイトを叱責するキャプテンを見送りながら、トウカイテイオーはどうしてこうなっているのか、改めて現状を思い返す。
ドロップスティアーの練習場所は、社会人サッカーチームの所有する学園外のグラウンドだった。トレーナーの紹介によってチーム練習に混ぜてもらい、普通にサッカーをする。
本当にサッカーするだけなのか? 何かレースに繋がる特殊な訓練をやっているのか? そう考えたトウカイテイオーは、実際に自分も参加してみた。
結果。普通にサッカーを楽しんでいた。
「……ねーティア。肝心のトレーナーはどこにいるの?」
「え? なんか学園でラジコン動かしてましたけど……」
「絶対騙されてるでしょティア! おかしいでしょ! せめて練習……練習? ぐらい監督しようよ! おかしいと思わないの!?」
ツッコミどころが多すぎてどうすればいいのかわからない。トウカイテイオーはやり場のない怒りを、大声で表現する事しか出来なかった。
この後輩へのぞんざいなトレーニングに怒るべきか、この後輩が呑気に従っている事に怒るべきか、トレーナーの監督不行き届きに怒るべきか、何故サッカーなのか、ラジコンなのか。トウカイテイオー内に存在するワケわかんないゲージは、再びマックスを超えようとしていた。
「まぁでも、一応トレーナーって認めたのは自分ですし……一応週二のサッカーを除けば普通に学園でのトレーニングもやってますし、考えなしって事は無いと思います……よ?」
「疑問形じゃん! 擁護しきれてないじゃん! 僕たちレース選手だよ!? サッカー上手くなってどうするの!?」
「…………」
「言葉失くしちゃったじゃん! キミがフォロー出来なかったらいよいよそのトレーナーに味方居ないでしょ!」
「あのトレーナーさんに味方とかいらないんじゃないですかね」
「びっくりするぐらい信頼度ゼロ! なんで契約したのそんなんで!?」
冷たい目でぽつりとぼやくドロップスティアーのあまりの態度に、トウカイテイオーはいよいよ本気で心配が極まってきた。主にトレーナーとの信頼関係に。
信じる事も出来ないトレーナーから渡されるトレーニングに没頭出来る者は居ない。何年にも渡るトゥインクル・シリーズを共に戦っていくにあたり、パートナーとの信頼関係は重要事項だ。
ただでさえワケのわからない走りをしているのに、更にワケのわからないトレーニングを重ねてどうすると言うのか。こんな事してないで、今からでも真面目にフォーム改善に取り組んだ方が良いのではないか。常識的に考えて。
「指示は出てる辺り、なんかの狙いはあるとは思いますよ。ちょっとイマイチわかってませんけど」
「……指示?」
絶賛自分の事の様に頭を抱えるトウカイテイオーに対し、ドロップスティアーが気になる一文を漏らす。
トレーナーからの指示。単にサッカーしろと言うだけ言って放置しているだけではなかったのか。一縷の望みに縋る様に、トウカイテイオーは詳しく聞き出してみる事にした。
「どんな指示なの?」
「一、可能な限りドリブルして相手を抜け。取られた回数分、模擬レース場一周の刑」
「部活みたいに雑な罰ゲームだね……」
「二、限界まで行ったら必ず味方へパスする事。奪われた回数分、模擬レース場一周」
「雑な罰ゲーム上乗せしてきたね……」
「三、何があろうとシュートするの禁止。うっかり打った回数分、模擬レース場十周」
「何か雑に桁が増えちゃってるね……」
何らかの意図が感じられる指示三箇条を聞いても、やはりトウカイテイオーにはその意味がわからなかった。罰ゲームにするぐらいなら最初から模擬レース場を走り込ませればいいだけではないだろうか。
当然だがボールを保持して走る事は、普通に走るより速度が出せない。速度が出ないという事は、レースで走る訓練にも直結しないという事だ。レースは走り抜く速度を競う場なのだから、当然の帰結である。
ドリブルとパスのみ、シュート無し。片手落ちと言える偏ったその指示では、サッカーは上手くなれない。いやサッカーが上手くなっても全くもってどうしようも無いのだが。
「四、メイクデビューまで自分で一点取れ」
「……はぁ?」
そして追加で、最も意味の分からない指示が飛んできた。
シュートもせずに一点を取る。どうやればそんな事が出来るのか、どういう意図で指示をしているのか。というか、サッカーが上手くならないとメイクデビューさせてもらえないのか。
トウカイテイオーの脳内は完全にオーバーフローを起こし、ショート寸前だった。
「二ヶ月後にメイクデビューって言われてるから、それまでは点取んないといけないんですよねー……」
「え、出るの!? 目下絶賛サッカーの練習してるのに!?」
「出るらしいですよ?」
「自分の事なのに凄い他人事! 自分で決めたりとかしないの!?」
「自分はトゥインクル・シリーズの事あんまり知りませんし、トレーナーさんが言うんなら多分それが正しいんじゃないかなって……」
「雑ぅー!! そのトレーナーあってこのウマ娘だよ! 前代未聞だよ!」
トレーナーもトレーナーなら、その担当も担当だった。自分のデビューに対し、頓着も興味も危機感も全てが無さすぎる。
何故メイクデビュー前にサッカーの目標が定められているのか。さっきから疑問が渦巻き回転が止まらない。聞けば聞くほど疑念が加速していく。
これ本当にトレーニングなの? あらゆる疑問が一周して、結局トウカイテイオーの思考は原点へと戻ってきた。
「……はぁ……良いの、そんな調子で……? 言っとくけど、ホントにボクらの時間って大事なんだからね……?」
「わかってますよ」
呆れ果てて九割溜息といった感じで忠告するトウカイテイオーへ、ドロップスティアーは迷いのない返答をした。
思わぬ声色に、トウカイテイオーが真っ直ぐ視線を戻す。これ以上無い程、真っ直ぐな眼差しがそこにあった。
「あのトレーナーさんはこう言ってました。『組むからには、これからのレースはお前だけの勝負じゃない。お前の勝ちは俺の勝ちで、お前の負けは俺の負けだ』って。その言葉は嘘じゃないと思います」
笑みも何も無い、凪いだ表情。一切の冗談も虚飾も無い、素の顔。
ドロップスティアーは、一目見てわかる程真剣に現在へ向き合っていた。
「正直、今の所この練習に何の意味があるかはわかりません。ですが、あのトレーナーさんがやれと言っている以上、何かを自分に要求してるのは確かです。わからないまま終わるつもりはありませんよ」
そう言い、ゴールの方向へ向き直る。澄んだ瞳と、引き締めた横顔。
この子、こんな顔も出来るんだ。思わぬ一面を見せたドロップスティアーに、トウカイテイオーは本気で感心した。
「……納得してるならいいや。でも、答えは早く見つけた方がいいよ。中央はサッカーに浮気しながら勝てる程甘くないんだから」
「正直自分もそう思います。なんでサッカーなんでしょうね、マジで」
「いやボクに聞かないでよ。一番混乱してるのボクなんだから」
とはいえ、どれだけ真剣だろうとトレーニングの方針が迷子である事に変わりはない。
メイクデビューまでの二ヶ月、サッカーをやり続けた所で速くなれる訳が無い。トレーニングの意図がわからないまま意味不明な事をやらされ続けても、周囲との差が付くだけだ。
ドロップスティアーの致命的な弱点である、コーナーと直線の不得手。時間が過ぎて周囲が強くなる程、根底にあるその差は広がっていくのだから。
「テイオー先輩はもう少しやっていきます? サッカー」
「……まぁ、たまにやる分には良いよね。たまになら」
その後、なんだかんだで思いっきりボールを蹴り飛ばす感覚の虜となったトウカイテイオーは、この日社会人チームを相手に見事ハットトリックを決める大活躍を果たした。
◆ ◆ ◆
一ヶ月後。
「トレーナーさーん。サッカー終わりましたよー」
「あん? 上がるの早くねーか、まだ練習時間だろ?」
「点取ってきましたよ。多分、トレーナーさんが考えたやり方で」
「……へぇ?」
トレーナー室へ、いつもより早い時間で練習を終えてきたドロップスティアーがやってくる。
思ったより早かったな。そう思った名入は自分の操作していたパソコンから目を離し、胸ポケットからココアシガレットを取り出す。
「で? 俺が考えたやり方ってのは?」
「
「――上出来だ」
その答えを聞いて、満足気に名入はココアシガレットを投げ渡した。
「せい」
「おげぇーっ!? 何すんだバカ!」
「いや、ムカついたからなんとなく」
ドロップスティアーは渡された直後、名入の額へ向けて投げ返した。
この話を書いてる最中にぱかチューブでFWにテイオーが抜擢されてました。丁度良かったです。
こんな有様ですが、恐ろしい事に次回メイクデビューです。