ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『開幕』 /③

「――と、いう事で、今日が記念すべきメイクデビューとなる。なんか質問あるか、ドロップスティアー?」

「いや結構ありますけど」

 

 迎えたメイクデビュー当日。控え室で名入とドロップスティアーは、対照的な顔を見合わせていた。

 泰然とする名入に対し、ドロップスティアーはジト目を向ける。正直な所、聞きたい事――確認したい事は、山程あった。

 

「最初に聞いときたいんですけど。今日の勝率、ぶっちゃけ何割ぐらいあると思ってます?」

「まぁ、高く見積もって三割ぐらいだろ」

 

 何食わぬ顔で、名入はあっさりとそんな事を言ってのける。

 メイクデビュー、トゥインクル・シリーズの初戦。全てのウマ娘の門出であり、これからの運命を左右するそんな日。

 当然だが、全てのウマ娘が勝利を願う。今日を勝って、これからの弾みとする。負けたくない、絶対に勝ちたい。そんな場面で、あろう事かトレーナーの方が敗北する可能性の方が圧倒的に高いとカミングアウトした。

 それを聞いたドロップスティアーはというと。

 

「なんだ、思ったより高いじゃないですか。今日の出走者って、九人でしたよね?」

「九人の中で勝つのは一人。九分の一が三割まで上がってんだ、嬉しい誤算だな」

 

 なんとも思ってなかった。むしろ安心すらしていた。

 正直な所、ドロップスティアーは自分の実力が中央レベルに及んでいないという割り切りを持ってこの場にいる。何せ、同期にボロ負けした欠陥走法は結局そのままであり、これまで鍛えてきたのは()()()()の部分だけだ。

 別に走る練習をしていない訳では無い。だがそんな物は周囲も同じであり、同条件であれば自分は走り方の分確実に負ける。それが三割まで底上げされているのだから、上々である。

 そして。三割も勝ち目があるなら、それを逃す気は毛頭無い。

 

「作戦は?」

「基本通りだ。変える所無しで行け」

「大丈夫なんです?」

「ま、運が良い事に内枠だからな。今日は難しい事も出来んし」

 

 デビュー戦だからと言って、特に殊更言う作戦も注意する点も無い。トレーナーとしては投げやりにすら近いその態度にも、ドロップスティアーは文句を言わない。

 このメイクデビュー前に、”基本”と言われた作戦は既に聞いている。これから先、使い古すだろう程に使う自分の戦法。正直どれだけ()()かは出たとこ勝負だが、まぁ多分なんとかなるだろう。

 そして、最も重要な事柄を聞く。

 

()()のは誰です?」

「五番のブルーシュシュ、六番のジュエルカルサイトの二人だ。どっちも先行バだ、なんとか()()に収めろ」

「りょーかいです」

 

 聞く事は聞いた。後はやるだけだ。

 緊張は特に無い。なんせこちらはレースの世界を知らない。周りがこの一戦にかける想いも、重みも、恐れも。何も知らないから、ただ練習した通りに走って結果を出す。それしか考える事が無い。

 負けるつもりは毛頭無いが、確実に勝てる手段は今日の誰一人として持っていない。なら、細かい事を気にするだけ無駄な事だ。

 

「……おい」

「ん、なんです?」

「楽しんでこいよ」

「……あはっ。何ですかそれ、トレーナーみたいな事言うじゃないですか」

「たりめーだ。俺はトレーナーだぞ」

 

 それだけ言って、名入はそっぽを向く。そっけない態度ではあったが、本人なりの激励らしい。

 勝てよ、とは言わない。お互いに勝つ保証など無い。上手く行くかどうかは、実際に走ってみなければわからない。

 ――まぁ。

 

「言われなくても楽しんできますよ。トレーナーさんには()()()()教えてもらいましたしね」

「……そうか。んじゃ、キッチリやってみせろよ」

「ええ。……あ、そうだ」

 

 控室から出ようとして扉に手をかけた所で、ドロップスティアーは名入へ振り向く。

 もう一個だけ、念の為聞く事があった。

 

()()。何回までですか?」

「二回だ。それ以上は許さん」

「……ちぇー」

 

  ◆  ◆  ◆

 

《美しい青空が広がる、東京レース場。ターフも絶好の良バ場になりました!》

 

 出走するウマ娘達、総勢九人。実況の声がスタンドに響く中、ターフの上では緊張感で張り詰めたウマ娘達が各々の表情を浮かべ、ゲートへと向かっていく。

 今回のメイクデビューは、東京レース場の2000メートル。ドロップスティアーに当てられたゲートは三番、有利とされる内側に位置している。

 普通のウマ娘の話ならば、だが。

 

「――君が、ドロップスティアーのトレーナーかい?」

「あー? ……おや、皇帝さん。単なるメイクデビューに顔出しなんざ、随分とフットワークが軽いな」

「一視同仁。階級の違いこそあれ、全てのレースに貴賤は無いよ」

「七冠バが言っても説得力が皆無なんだが」

 

 ゴール前、ホームストレッチの観客席でボリボリとココアシガレットを食べている名入の横へ、一人のウマ娘がやってくる。その名はシンボリルドルフ、誰もが知るスターウマ娘だった。

 とは言っても、大きめの帽子に長髪と耳を納め、眼鏡をするなどの最低限の変装はしている。が、見るものが見れば前髪と顔立ちだけで普通にバレバレだった。

 見かけだけとはいえ、外に出る時は変装が必要になる程のウマ娘。そんな彼女が注目株も居ない今回のメイクデビュー戦にやってくる理由など、本来は無い。

 

「で、皇帝サマの目的はなんだい? 今季の注目株は別の所でデビューしてるぜ」

「……自分のウマ娘の事を信じていないのかい?」

「ふうん。アンタが直々にスカウトしたって話、本当だったのか。アイツがホラ吹いてんのかと思ってたわ」

 

 シンボリルドルフは冷たい視線で名入を睨む。それを意にも介さず、悪気も何も見せないそのふてぶてしさに対し、既にシンボリルドルフは少しの苛立ちを感じていた。

 この東京レース場は駅から数分で着き、トレセン学園とも近い。故に忙しいシンボリルドルフでも、見に来る分には最もアクセスが良いレース場である。だが、そんな立地的な理由でここに来た訳では無い。

 ドロップスティアー。自分が中央へと勧誘したウマ娘。彼女がレースで見せる走りと、それを指導したトレーナーへの興味。それ故に、シンボリルドルフはここへやってきたのだ。

 

「テイオーから少しは聞いている。随分と奇抜なトレーニングをさせていたらしいね」

「あー? ま、そうだろうな。つっても最初の一ヶ月だけだぞ? あいつ、思ったよりサッカー上手かったからな」

「それだ。……何故サッカーなんてやらせていたのか。理由を聞いてもいいかい?」

 

 シンボリルドルフは確かにレースを見に来た。だが、それと同じぐらいにこのトレーナーには聞きたい事がある。

 学園内外問わず多忙なシンボリルドルフは、トウカイテイオーからの又聞きでしかドロップスティアーについて知る機会は無く、会う事も少ない。故に、聞いて見る機会はこの場所にしか無かった。

 ドロップスティアーの走法を直さず、シンボリルドルフすら初めて聞いた意味不明のトレーニング。その意図と、成果について。

 

「サッカーをやって、本当に速くなれるのか。それを聞きたい」

「ハハッ、んなワケねーじゃん。サッカーやってて脚速くなるんなら、トレセン学園の義務教育にとっくに加わってるだろーよ」

「……なんだと?」

 

 愉快そうに笑い飛ばす名入に対し、シンボリルドルフは思わず語調を荒くした。

 不真面目な印象に、軽薄な言動。中央のトレーナーとして、指導者としてあるまじき態度に対し、自分のトレーニングに対する否定的な意見。

 このトレーナーは、自分のトレーニングで速くなれないと確かに断言した。ウマ娘達にとって大事なデビュー戦までに、無駄な時間を過ごしたと言ったとすら解釈出来る発言。それはシンボリルドルフにとって、到底看過できない発言だった。

 

「どういう事だ。話次第によっては、私は君を許す事は出来ない」

「おー怖ぇー。学生の放っていい圧じゃねえよ。まぁ落ち着きなって、二ヶ月も無駄な時間過ごす程俺だって暇じゃねーんだからさ」

 

 言葉一つで、その場の空気が重くなる。シンボリルドルフは自分に対する侮辱には耐えられても、他のウマ娘に対する侮辱に対しては人一倍敏感だった。

 何も知らなかったドロップスティアーをこの世界に引き込んだのは自分であり、彼女の父親にも『出来る限りの事はする』と言った。個人として肩入れし過ぎる事は出来ない、しかし行末を見守る事は自分の責任の一つだと思っている。

 しかし、このトレーナーの言う事は余りにちぐはぐだ。誰もが直すべきだと判断すべき走法はそのままに、速さとは無関係のトレーニングを強いた。それはウマ娘を導くトレーナーとして、あってはならない事だ。

 

「……ま、いっか。アンタとは戦う機会が無いだろうし、実際にレース見りゃわかる事だしな」

「何?」

 

 一人一人、出走者はゲートへ収まっていく。ドロップスティアーの表情はデビュー戦とは思えない程リラックスしている。だが、自分のゲートの横に位置するウマ娘を何度か見やっていた。

 競争相手を観察する事は珍しい事では無い。だが、その目線は五番と六番のウマ娘に集中している。様子を見るのであれば、全員の様子を見るのが道理だ。

 何か、違和感があった。相手をライバル視しているにしては、表情が自然体すぎる。

 

「アイツは弱点の塊だ。それはアンタもよくわかってるだろ」

「……ああ」

 

 それをよりにもよって担当しているトレーナーが言うのか。そう思いながらもシンボリルドルフは、彼女の根幹にある弱点の数々を改めて思い返す。

 異常なパワーによるピッチ走法。スピードを上げれば逸走し、スタミナを浪費する走り。スタートダッシュは上手い、しかしその勢いのまま先行を位置取ればスピードが出過ぎて、そこで逸走癖が邪魔をする。

 更に平地を走る経験が無い故に、レース勘が無い。これから全てが組み合わさった結果、彼女にはロスの大きい最後尾からの大外追込以外に出来ない。つまり、戦術の幅が無かった。

 

「東京レース場、2000メートル。この距離は奥のポケットからスタートして、約100メートル地点でキツめの二角が来る。スタートから外に膨らみやすい立地だからな、逃げも先行もコイツに苦しめられる」

「……?」

 

 どうした急に。そう言いたくなるも、シンボリルドルフは耳を傾ける。

 府中の2000メートルは、秋の天皇賞と同じ――シンボリルドルフの数少ない負けた場所である。その一度しか走った事は無く、そして負けたからこそ反省と分析は欠かしていない。

 ゲートからのコーナーの近さ故に、レース開始から真っ先に優位な位置の取り合いが起こる。秋の天皇賞で大外枠から勝ったウマ娘はスーパークリークぐらいであり、シンボリルドルフすら外枠を回されて敗北している。

 だからと言って、内枠が完全な有利という訳でも無い。最初のコーナーで有利を取れる事は確かであるが、その為に無理に速度を出せば慣性により進路は膨らみやすいのだ。

 

「それでも、位置は重要だ。どんなレースも原則、最初のポジションの取り合いのせいでスタートから三ハロンまでが基本的にハイペースになる」

「……何が言いたいんだい?」

 

 そうこう言っている間に、九人のウマ娘が全員ゲートに収まる。

 シンボリルドルフにとって、名入の説明は聞く必要も無い事だ。このレース場の2000メートルにおける最初の厳しさも、内側の取り合いによる最初のハイペースも、どちらもこの身で知り尽くしている。

 そして、ドロップスティアーにとってはこれら全てが極めて不利な情報だ。初動がハイペースとなるこのコースにおいて、最初のコーナーは致命的なロスとなり得る。この問題への対策は、割り切って最初のポジション取りを諦めるしか無い。

 

「その特徴が()()()()()()だ」

「――え?」

 

 スタート前のファンファーレが鳴り響く。シンボリルドルフは名入の言葉に一瞬耳を疑いながらも、ゲートへ目を向ける。

 レース場の右奥に位置するゲートからは、ウマ娘達の背中しか見えない。全員がスタートに備え、構える。緊張感が高まり、レース場全体が静けさに満ちる。

 静寂。静寂、静寂。待ち構えるウマ娘達にとっては何倍にも感じられる時間が過ぎ。

 がこんと大きな音を立てて、ゲートが開いて。

 

《さぁゲートが開いた、各ウマ娘揃ってスタートを切りました! 先頭は三番、ドロップスティアー!》

「……何だと!?」

 

 シンボリルドルフの予想を外れた光景。ドロップスティアーは優れたスタート勘を活かし、開幕で真っ先に先頭を取った。

 抜群の飛び出しと加速力を活かし、そのまま内側へとスライドする。それ自体は全く問題が無い、普通に考えれば理想的なスタート。だがしかし、彼女は普通では無い。

 この速度で突っ込めば、最初のコーナーで間違いなく彼女は逸走する。折角内側を取ったとしても、大外に回された挙げ句にコーナーでスタミナを浪費するだけ。そんな事態を避ける為に、ドロップスティアーは選抜レースでは自分から出遅れたのだ。

 スカウトのかかった大一番でわざと出遅れをする様な計算高さを持つ彼女が、それを理解していない筈が無い。発走前に掛かっていた様子も無い。彼女が絶対にやらないだろう事をやった、その理由は一つしか考えられない。

 

「どういう事だ、名入トレーナー。これではさっきの説明と完全に反するだろう」

「はっはっは、おいおい。あんな綺麗なスタート切ったのに責められる筋合い無ぇだろ」

 

 ドロップスティアーのスタートを見ても、シンボリルドルフが詰問しても、名入は笑っていた。

 彼女がやらない事であれば、消去法的にトレーナーが考えて指示した事としか考えられない。しかし名入は、このコースの特性を細かく説明出来る程度には理解している。

 二ヶ月もトレーニングをさせておいて、担当の弱点を知らない筈も無い。ただでさえキツいコーナーに、逸走する彼女を先頭で突っ込ませる。そんな指示をする理由が、わからない。

 

「……100メートルってのは、案外長いよなぁ。ウマ娘でも、大体七秒ぐらいはかかる」

 

 ドロップスティアーは誰よりも早く先頭を走る。その矢先、目の先には既にコーナーがある。

 ――だが。

 

()()するにゃ、十分だ」

 

 コーナーに入る前に、後続との差は一瞬で詰まっていく。

 ドロップスティアーは真っ先に先頭を奪ったとは思えない、誰の目にもわかる程に明確な減速をしながらコーナーへ入り、そのままあっさりと後続に追いつかれた。

 





  ◇  ◇  ◇

元々、自分は皆と違う。
あの時に、決まってしまった。

  ◇  ◇  ◇

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