ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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  ◇  ◇  ◇

やっぱり、怒られちゃうんだろうなぁ。
でも。負けないなら、こうするしかないよ。

  ◇  ◇  ◇



『歪曲』 /④

  ◇  ◇  ◇

 

「コーナーの曲がり方にゃ、大きく分けて三つある。コイツを見な」

 

 メイクデビューより一ヶ月前、トレーナー室にて。ドロップスティアーの目の前に鎮座した大きめのモニターに、名入は一つの映像を映していた。

 学園内の模擬レース場で行われている、並走トレーニングの様子。先頭を取り合い、最初のコーナーへと進入する二人のウマ娘の様子が映されていた。

 

「一つ目は内から入る、最も基本のコーナリング。前目、内側を取った奴は必ずコレを狙う。まぁ、内側は最短距離だからな。スタミナを温存しながら速く曲がる、これがコーナーの理想だ」

 

 説明を終えると、パソコンが操作され今度はまた別の映像が映される。

 

「二つ目、外からのコーナリング。お前もやったからわかると思うが、外側から切り込む分には遠心力が緩く曲がりやすい。内側はスタミナ重視、外側はスピード重視って感じだ」

 

 今度は全く別のウマ娘の映像。内側にいるウマ娘に対し、外側に居たウマ娘がスピードを上げてコーナーへ入り、斜めに入りながら速度差によって先頭を奪い返している。

 実際にコースを走るのではなく、映像によって客観的に見る。成程、確かにこれはわかりやすい。ドロップスティアーは名入の説明と映される映像を、黙って眺め続けた。

 

「そんで三つ目、内から外。さっき言った奴の中間に当たるが、使い所は大きく違う」

 

 次の映像は一転して、レースの最終コーナーの映像だった。内側を取ったウマ娘が二人前後に並んでいる。

 が、コーナーの終わり際。後ろにいるウマ娘は加速し、速度によって膨れながら前のウマ娘の横に出て、一足先に加速していた彼女は最終直線で外側から差し切った。

 

「スピードを上げる事で外に膨らむ事を逆用し、相手を躱すラインを取りながらスパートに繋げる。最初の二つは主に道中で、こいつは最終コーナーで使うコーナリングだ。走るラインを外に動かす以上、どうしても疲れちまうからな」

「こうして映像にすると、めっちゃわかりやすいですね」

 

 ドロップスティアーは代わる代わる見せられた三つの映像に対し、あまりのわかりやすさにビックリしていた。実際に練習場で走るだけではわからず、客観的に観察しなければわからない事はある。

 これ以上無い具体例を示されている以上、説明に対する質問は無い。が、聞きたい事はあった。

 

「なんでこれ、()()()()()()なんです?」

「お前がサッカーやってる間、ドローンで空撮した。情報収集も兼ねてな」

「えっ。あれ、ラジコンで遊んでたんじゃないんですか?」

「だあほ。しばくぞ」

 

 一見してわかりやすかった理由は、映像が俯瞰した物だったからだ。

 上空からの映像は、レース場の全体とそれを走るウマ娘の動きを死角無く捉えている。縦も横も、奥行きも遠近も関係無い。レース素人のドロップスティアーであっても一目瞭然に、他のウマ娘の動き方がわかる。

 サッカー練習の間、ラジコン飛ばして呑気に遊んでたと思ってたドロップスティアーは、ほんの少しだけ反省した。そして勘違いされる様な人柄してる方が悪いと自分の考えを弁護した。

 

「本題に入るぞ。お前はどうしてもコーナーが弱い。直線の速度も、ストライドの狭さでそこまで伸びない。身長の分だけ速度は出てるが、それでも中央じゃ最高速は中程度ってトコだ」

 

 映像を閉じ、名入はドロップスティアーを見る。

 ドロップスティアーの身長は、同年代ではかなり高い。シンボリルドルフとほぼ同程度であり、平均より約十センチ程は上だ。それにより、跳ねる様なピッチ走法であっても速度差をカバー出来ている。

 だが、そこまで。末脚の鋭い差しウマには当然、そしてトップクラスの先行バにも勝てない。それはスペシャルウィーク達との併走で、保健室送りになる位には思い知らされた。

 

「さて、この状況。どうすりゃ勝てると思う?」

「決まってるでしょ」

 

 これだけヒントがあればわかる。ドロップスティアーは迷わず答えを出した。

 

()()()()()()()

 

  ◇  ◇  ◇

 

「――そう、来たか」

 

 シンボリルドルフはコーナーに突入したバ群を見て、そう零す。

 最初に内側を取り、その位置を維持したまま第三コーナーに備える。どのレースであってもその基本は変わらない、だが東京レース場2000メートルという最速のコーナー勝負を強いられるこのコースでは、それは厳守すべき定石だ。

 その優位を捨て、コーナー前で減速したドロップスティアー。それが()()の始まりだった。

 

「逃げも先行も、みーんな内側を取りたがる。ジュニア期における2000は最長距離だ、序盤で内を取って最後に仕掛ける為のスタミナを温存したいからなー」

 

 名入はそれを見て、説明を続ける。コーナーに入ってからドロップスティアーはずるずると下がり続け、完全に埋もれてしまっている。

 だが、それが周囲へ与える影響は甚大だった。

 

「そんな風に考えてる時に、だ。一番前を取った奴が、()()()()()()になったらどうなるよ?」

 

 最先・最内を取ったドロップスティアーが、どんどんと落ちていく。同じレースを走る誰よりも、圧倒的に遅い速度で。

 遅い相手の後ろに付く事は出来ない。自然と二番手のウマ娘は、ドロップスティアーの背後から外側へと回る。三番手も、四番手も。誰よりも遅く走るウマ娘を、全員が避ける。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「最初の位置取りの為に速度を出した。だが、一番手の内側は何故か最後尾まで落ちてくる。そうなりゃ、先行だろうが差しだろうが避けて外に行かざるを得ない」

 

 ドロップスティアーを全員がコーナーで避ける。結果、()()()()()()()()()()

 最初に躱した二番手は、内から外へ強引に躱した事で、慣性に耐え切れず外へとラインがブレる。三番手も四番手も、スピードを出して位置を取ろうとしたにも関わらず、内側から落ちてくるウマ娘によって外への進路変更を余儀なくされた。

 結果。先行集団の全員が、最初のコーナー終わりで壁の様に大きく横に広げさせられた。

 

「これで先行連中はいきなり外の不利を強いられる。下手にスピードを出している奴程、あの超ローペースを避けるのに上手く曲がれないってワケだ」

「……成程」

 

 殆どのウマ娘が横に広がったまま、向正面に入る。ドロップスティアーの次に上手くスタートを切ったウマ娘は、飛ばされる様に大外へと膨らみ、その隙に後方側に控えていたウマ娘が内側へとスライドする。

 最初の位置の奪い合いは、たった一人がペースを落としただけで完全に崩れた。外へと急に進路変更を強いられた後、直線でもう一度内のラインを取り合う。

 最も重要な三ハロンの内、コーナー終わりまでの約500メートル。その時点で、前に居たウマ娘達は主導権を逆に奪われてしまった。

 

「……だが、いくらメイクデビューと言えど広がりすぎではないか?」

 

 壁と表現出来る程に横一列に広がる、混沌としたバ群にシンボリルドルフは違和感を覚える。

 ここに居るウマ娘達は漏れなくこれが初レースで、経験は少ない。だがそれでも、中央でのトレーニングを受けたウマ娘達はそれだけで一流のアスリートのタマゴだ。コーナーを上手く曲がる技術は当然習得している。

 そんなウマ娘達は今、躍起になって速度を上げて内を取りに行ったり、或いは減速して内側に戻ろうとしている。彼女達は一度のコーナーで、目に見えて焦った対応を取らなければならない程に大きく膨らんでしまっていた。

 

「そらそうだ。さっきまで先頭走ってたヤツの弱点、思い出してみろよ」

「――()()か!」

 

 そのトリックは、ドロップスティアーの弱点そのもの。即ち、コーナーで膨らむ癖だった。

 ドロップスティアーはスピードを上げる事で逸走する。コーナー前に大きく減速した事で、彼女は逸走を防いだ。()()()()は。

 逸走癖のある彼女は、逆に言えば()()()()()()。コーナーの中間、後続がドロップスティアーを躱そうと外へと進路を取ろうとしたタイミングで、彼女は遠目に居るこちらからはわからない程、少しずつ最内から走行ラインを膨らませていた。

 そして、これは()()()()()()()。斜行という反則は、基本的に直線を走るウマ娘の進路を狭める様に斜めへ走る事によって判定される。

 だがドロップスティアーがやったのは、少し下手にコーナーを曲がっただけ。慣性の乗るコーナーにおいて、膨らむ事はレースにおいて常だ。しかしそれにより、既に内から外へ回ろうと構えていたウマ娘は、さらに外へと追いやられる事になってしまう。

 

(バ群の操作、か)

 

 レース勘の無いドロップスティアーには使えないと思い込んでいた、レース戦術。しかし抜群のスタートダッシュ一つによって、それは可能となった。

 向正面を走るウマ娘達は、想定外の出来事に顔を歪めている。最内から干渉された事により、後続は横に広がった先行バが邪魔で前に行けない。だから全員が内側に移動しようとするが、同じ事を考えているだろう近くのウマ娘が邪魔で移動し辛い。

 この状況で楽をしているのは、最後方に落ちてしれっと最内に戻ったドロップスティアーと、最終直線を意識して後ろ側で脚を溜めている差しウマのみだ。

 

「ま、こんなもんはオマケだ。()()は、最終コーナーでやるんだし」

「……何?」

 

 不利と窮屈が強いられた直線が終わり、先行集団のバ群は固まったまま第三コーナーへ入る。

 こうなった時、追込は不利となる。いかにロスを強いようが、最終コーナーで広がったバ群を避ける様に外を回らされれば、結局は最初の集団と同様に距離的なロスを受けざるを得ない。

 東京レース場の最大の特徴は、最終直線の長さだ。最後まで脚を溜め、長い直線で仕掛ける差しウマが最も有利とされている。先行が消耗している以上、後方の差しウマの速度に勝てなければ、追込で勝てない。

 

「まさかとは思うが。これだけ横に広がった状況で、コーナーから仕掛けるつもりなのかい?」

「なんだ、わかってるんじゃん。流石皇帝サマだ、見事な慧眼だぜ」

「バカな……!」

 

 自分から言った言葉に、シンボリルドルフは驚愕した。

 選抜レースの時、確かにドロップスティアーは最後尾の大外から捲って勝利した。しかしあれは、コースを事前に走り込んで計算し、波乱も無くバ群が縦長になっていた状況だったからこそ狙えた勝ち方だった。

 最終コーナー時点で幅を取っているバ群を避ける程の大外から、選抜レースよりも長い府中の最終直線、525メートルを走り抜ける。そんな事は、彼女の走りでは出来ない。

 あの追込をするには、バ群よりも更に遠い大外へ回る必要がある。今の一塊になったバ群を躱すには、どれだけ膨らめばいいのかシンボリルドルフにすら予測が付かない。

 

「そんじゃ、特訓の成果のお披露目と行こうか。なんでサッカーなんかやらせたのか、ワケが知りたかったんだろ?」

「……!」

 

 先行集団より遅れて、ドロップスティアーが第三コーナーに差し掛かる。

 そして。ドロップスティアーは、()()()()()()し始めた。

 

「な、何をしている!? あんなスピードでは曲がれない!」

 

 逸走以前の問題。ドロップスティアーは、第三コーナーから()()していた。

 シンボリルドルフですら予想できなかった、異常行動。コーナーは弧を描いているにも関わらず、彼女はそれを無視して加速しながら外ラチへ向けて進んでいる。

 選抜レースでも彼女は大外へわざと膨らんだ。だがあの時は、第四コーナーの曲がり切れる位置でスパートをかけるべく、ペースを十分に落として仕掛けている。

 だが、今の彼女はそんな事を考えている速度と軌道では無い。まるで直線で仕掛ける時の様な、正真正銘の直線的なラインでペースを上げて第四コーナーの外へと向かっていた。

 

「アイツのピッチ走法はカーブし辛い。力があり過ぎるせいで、真っ直ぐに行っちまう」

 

 第四コーナーの始点、直線的に加速しているドロップスティアーは横に広がる先行集団よりも更に大外を走り、距離を詰めていく。

 当たり前だ。どんなウマ娘も曲がりながらではスピードを落とさなければならない、だがドロップスティアーだけは真っ直ぐ走っている。あらぬ方向の大外へと向かっており、曲がる事が不可能な速度を出しているのだから、他のウマ娘よりも数段速い。

 そして。既に加速し終えているドロップスティアーは、今更曲がる為の減速が出来ない。

 

「じゃあよ。()()()()()()()()()()良いんじゃね?」

 

 名入がそう言うと同時に、ドロップスティアーの両脚が高速でブレる。

 瞬間。ドロップスティアーの進路は、()()に軌道を変えた。

 

「――……は、あっ?」

 

 何が起きた。シンボリルドルフは、本当に自分の目を疑った。

 コーナーでは考えられない程に速度を上げていたウマ娘が、有り得ない角度で曲がっていた。曲がって、()()()()()()()さらに直進を続けていた。

 そのままドロップスティアーは、異常な角度で外から切り込んで先行集団に追い付く。並ばれたウマ娘達が、一斉に横を向いた。

 何が起きたのか。レースを走るウマ娘達も、観客も、シンボリルドルフすらも。理解出来ない軌道で曲がったドロップスティアーに、視線が行った。

 ドロップスティアーは依然直進している。第四コーナーで鋭角に曲がり、最終直線のさらに大外側へと向かう様に直進し続けている。

 

「はっはっは! 流石の皇帝サマも、この技術は知らねーか!」

「な、に?」

 

 心底楽しそうに、名入は高笑いしていた。恐らくこの場で唯一、ドロップスティアーが何をやったのかわかっている男。

 直進する速度を維持したままどうやって曲がったのか。その意味をシンボリルドルフが理解出来ない内に、ドロップスティアーは最終コーナーの終わりへと向かう。相も変わらず、曲がる気が見えない直進。普通に進めば、膨らんでホームストレッチの外ラチにすら届きかねない速度と軌道。

 また、やる。何が起こったのかを今度こそ見る為、シンボリルドルフはドロップスティアーを――正確には、何事かをやっただろう脚を注視した。

 

「まぁレース用にアレンジしたから、厳密にはちょっと違うんだが――」

 

 最終コーナーの終わりまで、直進していく。

 終わり際、脚が動く。コーナー側の脚が、()()()()()()

 直後に逆側の脚を、沈んだ脚の前で()()させる。

 

「クロスオーバーステップっていう、()()のテクだよ」

 

 そしてドロップスティアーは、瞬間的に()()して自身の軌道を捻じ曲げた。

 




真っ直ぐいってかっ飛ばす ストレートでかっ飛ばす

ちなみに作者はこの小説を書くに当たり、ステップの練習で足を痛めました。
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