ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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動乱!初頭編
『謡勢』


「――おばか。この、おばか達」

「……キ、キングちゃん……顔が、怖いよ……?」

「あのー、キングさん。足痺れちゃったんで、あぐらにしていいです?」

「私が『許す』と一言でも言ったかしら?」

「あっはい」

 

 メイクデビューより少しして。同期にして勝者となった面々――スペシャルウィーク・キングヘイロー・ドロップスティアーの三人は、一堂に介していた。そして、キングヘイローの前で二人は正座させられていた。

 現在いる場所は、授業を終えたスペシャルウィーク達のクラスの隅っこ。別クラスにいたドロップスティアーは、今日は何しよっかなーとか呑気に考えて廊下に出た所を、キングヘイローの切れ味抜群の差し足によって捕獲。首根っこを掴まれた状態で、問答無用で別教室――スペシャルウィーク達のクラスへと連れてこられて、正座させられた。

 なんでかわからないまま、いきなり言葉も介さず正座させられた。その理由は、一つのみ。

 

「……あなた達。ウイニングライブという物の重要性は分かっているの?」

「……えーと……お母ちゃんには教えてもらってませんでした……」

「教えてもらってましたが、ちょっとムリでした!」

「おばかぁーっ!!」

 

 キングヘイロー、王者の一喝。中央で与えられる栄誉であるウイニングライブ、その二つで盛大なやらかしを起こした二人に対し、誇り高き王は一時的に暴君と化していた。

 スペシャルウィークは、まだ仕方無かった。性格的にも境遇的にも、走る能力に特化している節がある。だが、同様に地方出身であるドロップスティアーについては例外であり論外だ。本気で怒らざるを得ない。

 ドロップスティアーの仕掛けた渾身のトリック、外付け式踊れませんでしたシステムは観客にバレなかった。終わってしまえば、詰問したシンボリルドルフ以外には知る由も無い――筈だった。

 

「スペシャルウィークさんは百歩譲って良いとして! ドロップスティアーさん! あなたは何を考えているの! 他のウマ娘達に恥ずかしいとは思わなかったわけ!?」

「はい!」

「おばかぁっ! このっ……おばかぁーーーっ!!」

「あ、いえ。本当に申し訳ないとは思いましたよ?」

「言い方の問題じゃないのよぉーーーっ!!」

 

 だが、キングヘイローは偶然にも生徒会室の前に通りかかった時、シンボリルドルフからのお叱りの言葉をウマ娘の聴力で聞き取った。ライブの存在を完全にド忘れしていたスペシャルウィークもその場に呼び出されていたのだが、叱責の割合はドロップスティアーの方が圧倒的に多かった。

 そして一部を聞き取り、知ってしまった。この中央において最も恥から縁遠いこのウマ娘が、初勝利・初ライブという記念すべき場で、何をやらかしたかを。

 

「いい!? この中央トレセン学園のウマ娘というのは、常に頂点! 一流を目指さなければならないのよ! この、キングの様に!」

「待った! それは義理であって、義務では無い筈です! ”しなければ”というのは――」

「ちょっと黙ってなさいあなた! 私の許可無く口を開かない事! 良いわね!?」

「うぐぅっ……!」

 

 キングヘイローは、ドロップスティアーへ容赦無く禁止カードを叩き付けた。即ち、彼女の口車を封じる事である。

 ドロップスティアーは口が回り、悪知恵を働かせ、話を聞くには聞くが都合が悪くなれば話題を逸らす。よって彼女への最大の対策は、何もさせない事。シンボリルドルフがそうした様に、圧力で黙らせてしまえば良い。

 キングヘイローは、良くも悪くも我が強い。己の自信と信念を軸として生きている。自分がダメと思った事は何があろうとダメ。そう考えれば、絶対に譲らない。

 自分の確固たる意志を曲げない相手に対し、ドロップスティアーの悪知恵は耳に届かない。つまり、キングヘイローはドロップスティアーの天敵とも言える存在だった。

 

「ああもう! 信じられないわよホントに! ここは”中央”なのよ!? 全ウマ娘の憧れの場所なのよ!? それを……あぁぁ!」

「キ、キングちゃん……その、ほんとにごめんなさい……」

「……スペシャルウィークさん、足解いていいわよ。もう十分反省してるのは伝わったわ」

「あっじゃあ自分も」

「は?」

「スンマセンでしたキング様」

 

 スペシャルウィーク、許される。ドロップスティアー、赦されない。どこで差が付いたのか。慢心でも環境の違いでも無く、純粋に日頃の行いと罪の重みの差だった。

 ドロップスティアーは、根は素直だ。悪い事をしたという自覚はあるし、説教される事に納得もしている。シンボリルドルフに絞りカスとなるまで圧力をかけられた後に、さらに追撃でキングヘイローからのクロス連撃を受けている身ではあるが、相手に圧倒的に理がある以上、言う事を聞かざるを得ない。

 ここは完全に相手のフィールド内だ。相手によって制限(ルール)が完全に決められている場では、一切の不正も反則も出来ない。勝ち目が、無い。

 

「……ダンスレッスン。ちゃんとやってるのよね?」

「えーと、頑張ってるつもりなんだけど、難しくって……ごめんなさい、キングちゃん」

「歌しかムリっぽいって思った辺りで、ブーツ計測していい感じの重りを注文してました」

「おばかぁぁぁーーーっ!!」

 

 キングヘイローの叫びは終わらない。加速する。

 スペシャルウィークはもう良い。本当に仕方無い。一度許したと言った以上、既にキングヘイローの中にスペシャルウィークを責める気は無くなっていた。

 だがドロップスティアー、こいつはダメだ。余りにも故意が過ぎる。何から何まで計算尽くの、真なる重罪人だ。キングヘイローというウマ娘は、この罪を己の誇りにかけて許す事が出来ない。

 穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めたキングヘイロー。隣のクラスからドロップスティアーの性根を倒す為にやって来たウマ娘は、今この瞬間に限り最強の存在となっていた。

 

「キングー。廊下まで響いちゃってるからさー、ちょっと静かにしなよー。……セイちゃん寝れないし」

「スカイさんは普通に起きてなさい! 今はそれどころじゃないのよ!」

「その~……流石に声が大きすぎるというのは、私も同意なのですが……」

「マンボー! マンボがどっか行っちゃったデース! マンボォー!」

 

 混沌空間。キングヘイローによる喝破は、一部の選ばれし者のみしか立つ事が許されない領域を構築していた。当然だが、やっぱりこれはアスリートの一部のみが至れる”領域”とは違う。

 キングヘイローが叫ぶまで寝ていたセイウンスカイ。状況を諌めるタイミングを伺って控えていたグラスワンダー。自分のペットが大声でどっかすっ飛んでいったエルコンドルパサー。

 これらキングヘイローの知人以外、全ての存在を許されない。それだけ今キングヘイローが展開している領域は強固だった。ぶっちゃけ、純粋に怖すぎて距離を取られていた。

 

「あなた達も信じられる!? 悪質って次元じゃないわよこんなの! 前代未聞よ!」

「まぁ、流石のセイちゃんでも考えないレベルではあるよね」

「……正直な所、私も擁護の余地は無いとは思います……」

「エンターテイナーとしてはエルも言いたい事はありますが……あぁ、マンボ……」

 

 この領域内に、ドロップスティアーの味方はいない。というか、この件に関して言えば最初から学園内に誰一人として存在してない。

 スペシャルウィーク以外、ここに居るウマ娘達は元々中央に入学して通っている生徒だ。当然ウイニングライブについての知識もあるし、ダンスレッスンも基本カリキュラムの一つとしてこなしている。

 それぞれ抱く思いの多寡はあるが、ライブで意図的に偽装するという発想など誰一人思った事は無い。観客にバレていないのがせめてもの救いであり、そしてこの場でバレてしまったのがドロップスティアーの運の尽きである。

 逃げ道無し、脱出不能、完全包囲。ドロップスティアーは、当然の報いを受けていた。

 

「――行くわよ、今から」

「……え、どこへ……?」

「当然、ライブの練習によ! これ以上恥を晒す訳にはいかないわ! 全員! 私の後に付いてきなさい!」

「え゛っ。これ、セイちゃん巻き込まれた系?」

 

 掛かったキングヘイローを止める事は出来ない。全力でダラけるつもりだったセイウンスカイは、さらりと余波に巻き込まれる形になってしまった事に気付いた。

 しまった、起きた時に逃げときゃ良かった。策士セイウンスカイは、逃げウマたる自分が出遅れを起こした事を今更になって知った。そして気付いた時には、既にゲートは開いている。

 

「あのーキングさん、発言……質問良いです? いやほんと、質問だけなんでゆるしてください」

「何よ」

「レッスン場って今空いてるんですか? 全員って事は、六人ですよね?」

 

 グラスワンダーとエルコンドルパサーは、このキングヘイローによる突発的な招致をある程度諦めて受け入れるつもりだった。まぁ実際、同期が困っているのは確かであり、それを助ける事は吝かではない。

 偶然ではあるが、ここにいる六人は全員メイクデビューで勝利している。つまり、これから高確率で対決するだろう同期(ライバル)であり、長い関係になる事は目に見えている。

 センターを譲るつもりは無い。だが、横で並んで共に踊る事は十分に有り得る。しかし、勝利した直後にライブで滅茶苦茶されて水を差されては、キングヘイローでなくとも怒る。

 だが、問題はレッスン場だ。二千人も通うマンモス学園の施設は、いくら広大でも限度がある。故にダンスレッスン場も予約制で、割り込む事は極めて難しい。

 

「おばか。ライブの練習と言っても、別にわざわざレッスン場である必要は無いでしょう」

「……? どういう事です?」

「あー。ま、全員デビューおめでと会って事で。ここらで親睦深めるのもいいねー」

 

 キングヘイローの言葉に対し、セイウンスカイが一足早く意図に気付く。というか、ある種当然の発想ではあった。

 グラスワンダーやエルコンドルパサーも、セイウンスカイの言葉で遅れて気付く。長い付き合いになるなら、()()()()事もするだろう。自分達はアスリートである前に、学生なのだから。

 しかしスペシャルウィークとドロップスティアーには皆目検討がつかぬ。似た境遇によりシンパシーを持っている二人は、同時に小首を傾げた。

 

「「……どういう事ですか?」」

「歌って踊れる場所なんて、決まっているでしょう。カラオケよ」

 

  ◆  ◆  ◆

 

「ひぇぇ……ひ、広いね、この部屋……」

「これがカラオケの広さですと? ……じゃあ、自分の行ってたトコはなんなんですか!?」

「いやカラオケでしょ。店が違うだけで」

 

 キングヘイローが先行、それに着いていく形で五人がペースを合わせて学園外へ。最後方では、落ち着かない様子で街並みを見ていくスペシャルウィークとドロップスティアーが控える形。

 その位置取りをキープしたままバ群の行先(ゴール)にあったのは、大型カラオケ店。トレセン生徒から一般人まで、あらゆる人間が利用出来る、大人数で利用出来る広い部屋を備えた店だった。

 その大部屋の広さに、スペシャルウィークとドロップスティアーは圧倒された。ドロップスティアーに至っては地元のカラオケ店と脳内で比較し、常識が覆されてわなわなと震える有様である。大袈裟すぎてセイウンスカイは呆れ返っていた。

 

「私も初めて来たのですが……キングちゃんは、良く此処へ来るのですか?」

「私だって普通は学園のレッスン場を使うわよ。だけど、私はキングよ? 学園近くの地理、特に役に立つであろう施設については当然頭に入れてあるわ」

「グラスグラス! マラカスもアンプもありマス! ギター持ってくれば良かったデース!」

「エル? 何の為に来たのか、忘れている訳ではありませんよね?」

「ケ……!?」

 

 グラスワンダーは優等生であり、当然だがレッスン室の予約を欠かさず行っている。故に、このサブプランとも言うべきカラオケでライブ練習するという発想が無く、この大型店の存在も今日知った。

 しかしキングヘイローの場合、少々都合が異なる。『自分がキングだから』、そんな自分本位の理由ではなく、自分を慕う知人達の為に『仕方ないわね』と様々な下調べをこっそりする様な、そういう面倒見の良さによって以前よりこの店を知っていた。

 ちなみに最後の一人であるエルコンドルパサーは、無邪気にカラオケを満喫すべく設備と道具を探っていた。趣味のギターを存分に弾ける機会がここにあった事にやる気を上げ、即座にグラスワンダーに斬り捨てられた。

 

「じゃあ二人共! 早速、ライブレッスンを始めるわよ! 準備は良いかしら!?」

「すみません注文いいですかー? ポテト大盛り、人参ジュース六人分、あー……どうせだし、ピザもおねがいしまーす。はーい」

「スカイさんは何勝手に注文してるの! ああもう、あなた達はーっ!」

 

 やる気全開、レッスン開始の宣言。の、傍でセイウンスカイがマイペースに電話で注文をしていた。誰一人のオーダーも聞いていないにも関わらず。

 まともなのは(キング)だけか。そう頭を抱えたくもなる、同期達の破天荒っぷり。なお、この場の一番の常識人――ぶっちゃけキングヘイローよりも――であるグラスワンダーは、姦しくも楽しいこの光景にニコニコとしているだけだった。

 

「そういえば、そちらとは初めましてでしたよね。ドロップスティアーです、ティアって呼んでくださいね、エルコンドルパサーさん」

「エルもエルでいいデスよ! よろしくデース!」

 

 そして今更になって、新たなる初対面の相手と挨拶を交わす。キングヘイローによって完全にタイミングを逃していた自己紹介のタイミングは、今この瞬間にようやく回って来た。

 エルコンドルパサー。赤いマスクがトレードマークの、グラスワンダーの親友のウマ娘。選抜・メイクデビュー共に危なげない一着を取った、紛れもない強者。

 何より印象的なのは、選抜では芝のレースで圧勝しながら、メイクデビューは()()()()()()()()の勝利だったという、異次元の強さを見せていた事だ。

 

「……セイちゃんさん。実はここって、とんでもないバケモノの巣窟なのでは……?」

「あはは、何言ってんのさ。ティアちゃんさんもデビューでいきなり勝ってるじゃん」

「自分知ってますよ。セイちゃんさん、()()()()で勝ったって」

「おっとっとぉー。これは意外、実はデータキャラだったのかなー?」

 

 ドロップスティアーはセイウンスカイに耳打ちして会話する。実際、中央トレセン学園でいきなり勝利するというのはそれだけで二割の上澄みに含まれる存在にあたる。

 しかしドロップスティアーは知っている。この場に居る全員にタイマンを挑んだ場合、また自分はターフで大差を付けられたボロ雑巾となる事を。併走していなかったセイウンスカイとエルコンドルパサーの実力を。

 スペシャルウィーク・グラスワンダー・キングヘイロー。自分を完膚無きまでにボコボコに――併走の結果、自分が弱すぎただけだが――した三人にプラス、デビュー戦を圧勝した二人。

 ドロップスティアーにとって、この場所は己より完全に強いウマ娘しか居ない魔境にしか見えなかった。そして実際に魔境だった。

 

「ウチのトレーナーさんが、前に『”今のお前じゃ絶対勝てない相手シリーズ”を今から上映してやるよ』って映像を見せてきたんですよ。そこでセイちゃんさん達を見ました」

「……凄いトレーナーだねそれ。そんなハッキリ言う、フツー?」

「そういうトレーナーさんなんで……」

 

 セイウンスカイにしても少し同情する様な経緯で、ドロップスティアーはこの場にいる相手がいかに強いかを知っていた。強制的に叩き込まれた。

 戦術という物の根本的な弱点は、戦術が届かない程の突出した実力である。まともにやってはドロップスティアーがシンボリルドルフやトウカイテイオーに勝ち目が無い様に、レース場というある程度平等な場所に於いては実力差を覆すのは極めて難しい。

 それを理解している名入とドロップスティアーは、いかに同期がヤバいかを知った。知ってしまった。そして、揃って頭を抱えた。これでどうやって戦えばいいんだ、と。

 

「コラあなた達! さっさと前に立つ! まずは歌よ、スペシャルウィークさん! 振り付けは後回し、まず歌詞を頭に叩き込まない事には始まらないわ!」

「が、がんばります……!」

「キングさん! 自分歌は完璧なんでポテト食ってていいで――」

「――」

「誠心誠意、真心を込めて歌わせて頂きますです、ハイ」

 

 ”王”。迸る自信と感情が、この場の絶対的な上下関係を圧力で教え込む。堪らずドロップスティアーは席を立ち、やる気を漲らせて部屋のステージ上に立ったスペシャルウィークの傍に移動した。レース時と全く遜色無い、全速の加速を以て。

 圧力を例えるならば、シンボリルドルフの物は自身を中心とした濃密な空間である。しかしキングヘイローの物は、一点に集中させた剣の様な物だ。抜群の末脚による差し、そのスタンスに近い。

 ――何故カラオケという遊びの場所で、自分はこんなプレッシャーについての考察をしているんだ? ドロップスティアーは真面目に現状に困惑し、そして今度からこんな事が無い様にちゃんとライブ練習する事にした。

 

「ねーキングー。息巻くのはわかるけど、ちょくちょく私達にも歌わせてよねー。折角カラオケに来たんだから、皆で楽しまないと損だよー?」

「……むっ。それは確かに、そうね」

「うーん……グラスは最初何歌います?」

「そうですね~……どうせですし、雅楽系の歌が良いですね~」

「カラオケで最初からしんみり系歌うんデス!?」

 

 セイウンスカイの助け舟、もとい普通にカラオケをしようという提案によって、キングヘイローの計画していた”ウイニングライブ覚えるまで帰れません耐久”はなんとか軌道修正される。

 各々思い思いの曲チョイスにわいわい言い合うのを背景に、前方腕組みキングヘイロー監修・スペシャルウィーク達の”Make debut!”デュエットが開始した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……癪だけれど。本当に歌は上手いわね、ドロップスティアーさん。本当に癪だけれど」

「二回言う程なんです? 自分でも流石に悲しいんですけど?」

 

 キングヘイローの期待を良い方向に裏切る形で、ドロップスティアーは歌唱力に限定して言えば極めて優等生だった。

 スペシャルウィークは歌い慣れてないせいで、画面の歌詞表示・音程表示ありでも歌に間違いが見られた。だが、どういう訳かドロップスティアーはそんなスペシャルウィークを見ながら――つまり、よそ見をしながらでも十分に歌う余裕があった。

 この大問題児がやらかした事を思うと、キングヘイローは本当に複雑な心境であった。このウマ娘は、確かにライブの練習はしていたのだ。ただ踊れないだけで、歌う事に関しては真摯に学んでいたのだろう。

 踊れないからと言って、後にも先にも無いエスケープ方法をやらかした事は本当に怒っている。だがしかし、上手い事に対してケチを付けるのはキングの名折れである。

 

「うう、ティアちゃんはなんでそんな綺麗に歌えるの……? トゥインクル・シリーズ、知らずにここに来たって言ってたのにぃ……」

「実家が山の上にあるせいで、行き来する時間が暇だったんですよねー。なので一人の時は歌いながら、山走ってたりしてたんですよ」

「え、山走りながら歌う? ……その山、そんな道短いの?」

「道路は2000メートルありますけど」

「それで歌えるの!?」

 

 どんなスタミナだ。これに関して言えば、五人は揃って驚愕した。

 ドロップスティアーは走法の効率が最悪なだけで、スタミナはぶっちぎりで高い。恐らくジョギングか坂路をどこまで走れるかというローペースの極端な耐久勝負であれば、同期に大差を付けて置いてけぼりに出来る。尚、ステイヤー距離での速度レンジの場合はスタミナを浪費して、余裕で負ける。

 山道勝負も険しい近道も、流石に毎日やっていた訳では無い。しかしその代わり、山道のジョギングという体ではあるが、彼女は鼻歌混じりで2000メートル続く坂を登り切れるのだ。

 

「まぁ、歌うのは好きなんで。ずっと歌い続けながら走るレースとか、どっかにありません? それなら多分勝てますよ自分」

「そんなのある訳無いでしょう、おばか。……とはいえ、ドロップスティアーさんは振り付けだけ覚えれば良い、というのは確かに理解したわ」

「キ、キングちゃん。私は……?」

「…………」

「キングちゃあん!」

 

 走り以外のスペックは高いドロップスティアーに対し、走りのスペックが極めて高いスペシャルウィーク。レースにおける上下関係は、今ここで完全に反転していた。

 スペシャルウィークの歌は酷く下手という事は無い。しかし、ダンスもしないカラオケという状況で歌詞と音程を間違えている状態では、ライブをこなす事は難しいと言わざるを得ない。

 置いていかれる。先へ行かれてしまう。下手すれば選抜やメイクデビュー以上の大きな焦りを、スペシャルウィークは抱いていた。

 

「ま、二人は一旦休憩で。次誰やるー?」

「当然、このキングに決まっているでしょう! 二人には、真のライブという物を見せなければならないんだから!」

「おっけー。次はグラスちゃん歌うー?」

「エルも歌いたいデース! グラス、コレ歌いましょうコレ!」

「アップテンポな曲は少し……あぁでも、コレは歌いたいですね」

 

 グラスワンダーは曲を予約する端末を操作し、一つの楽曲名を全員へ見せる。

 その曲は、トゥインクル・シリーズに疎い二人を除いた四人が知る――誰もが知っているだろう、有名な曲。

 

「――”ENDLESS DREAM!!”」

 

 何気無くグラスワンダーが見せたその曲は、特別だった。見せられたキングヘイローが一瞬思考を止め、真顔で曲名をぽつりと零してしまう。

 キングヘイローだけでなく、セイウンスカイやエルコンドルパサーも。同様に表情を固めた。

 

「え、なんですこの雰囲気。怖いんですけど」

「ど、どうしたの、皆?」

 

 唐突に沈黙が訪れた空間に、ドロップスティアーはビビる。スペシャルウィークは純粋に友人達の急変を心配し、何故全員が急に静かになった理由を聞いた。

 この二人の温度差に中和され、少し雰囲気が軽くなる。そうだ、二人は知らないのだ。この曲の()()を。

 

「あー……スペちゃん達は知らないかー……まぁ、仕方無いよねぇ」

「ふふっ。少々、意地悪が過ぎましたかね~」

「いやそういう勿体振ったのいいんで教えて下さいよ。怖いんですよ。沈黙がトラウマになりつつあるんですよこっちゃ」

 

 何も知らないドロップスティアーは、この雰囲気をさっさと打開したがっていた。

 この数日で連続してシンボリルドルフとキングヘイローの無言の圧力を受けた事で、もうこんな雰囲気は嫌なのだ。心底辛いのだ。やさしい世界に帰りたいのだ。いや自分が完全に悪いのはわかっているのだが、今回こそ間違いなく自分は関係無い筈なのだ。

 キングヘイローは、この曲に対して何も思う事無い二人を見て、溜息を吐いた。

 

「……”Make debut!”は二人共、どういう時に歌うか知ってるでしょ?」

「えっ? それは……ウイニングライブだよね、キングちゃん?」

「そう。でも、こっちもライブで歌う曲なのよ。……ジュニア級の()()を獲った時にだけにね」

 

 殆どのレースのウイニングライブでは、”Make debut!”を歌う。しかし、トゥインクル・シリーズのライブにはGⅠという冠を与えられる、最高峰のレースにのみ与えられている幾つかの楽曲が存在する。

 その内の一つが、”ENDLESS DREAM!!”。トゥインクル・シリーズのデビュー直後、ジュニア級で()()のウマ娘のみがステージで歌える、文字通り選ばれし者の為の楽曲なのだ。

 それを歌う練習をするという事は。()()()()()()()()という、宣戦布告にも等しい行為だった。

 

「フフッ。それでこそグラスデース! でも、そういう事であれば全員が歌った方がいいデスね! 何せ、()()()()()()()()()()良いようにしなければいけませんからね!」

「……このキングを差し置いて、その曲を歌って良い道理は無いわね。良いわグラスさん、まずはこの歌の一着を競うとしましょう!」

「うえー、皆燃えてらー……セイちゃんはどうしよっかなー……」

 

 全員が全員、盛り上がる。面倒を避けたがるセイウンスカイですら、歌うかどうか悩んでいる。

 中央で一番を競うのだ。当然、その先にあるのは一番の中の一番、GⅠの冠である。出るからには勝つ、勝ったからには歌う。だから、歌う練習は必要になるのだ。

 ここにいる誰でもない。()()()()()のだから。

 

「……なんか、凄い盛り上がってんですけど、四人とも……コワ~……」

「こんなキングちゃん達、初めて見たよ……本当に凄い曲なんだね……」

 

 尚、温度差に付いて行けない二人はその様子を傍観するだけだった。凄い曲なのはわかったが、凄さをまだ頭の中で消化しきれていない。

 しかし、とにかく練習をする必要があるというのはわかった。そしてスペシャルウィークは地味に絶望した。このままならない現状から、二曲も歌と振り付けを覚えなければならないのか、と。

 

「……ティアちゃん。私達はどうしよっか……?」

「まぁ、段階的に行きましょうよ。別にすぐに覚えろって話でも無し、皆の見てそれから真似すればいいですって。確か最初のGⅠって……あーそうそう、十二月の阪神でやるヤツでしたっけ」

「く、詳しいね、ティアちゃん……」

 

 なんでそんなピンポイントな知識は持っているのか。転入生という同じスタートだった筈なのに、微妙にスペシャルウィークとドロップスティアーの間には乖離が出始めている。

 ドロップスティアーはトゥインクル・シリーズを、少しずつだが知り始めている。というか、いい加減知らないと不味いのだ。シンボリルドルフやトウカイテイオーと関わる中で、知らないという事がいかに罪なのか、断罪される事なのかを知ったから。というか現在進行系で、キングヘイローによる制裁執行中だし。

 

「まーまー、折角カラオケに来たんですし、楽しみましょうよスペさん!」

「……そうだね……うん、そうしよう!」

 

 ある程度割り切って自然体に戻ったドロップスティアーとスペシャルウィークは、揃って部屋前方のステージからソファーへと戻る。

 それと入れ替わりで、キングヘイローが『おーっほっほっほ』と絵に描いた様な高笑いを見せながら胸を張って、”Make debut!”のライブの構えへと入る。スペシャルウィークはなるべく頑張って早く覚えようと、キングヘイローの姿に注視した。

 

(自分も覚えないとなー……)

 

 当然、ドロップスティアーもキングヘイローのダンスに集中する。歌いながら踊り、それでいて音程もブレない。本番同様、見事なパフォーマンスだと感心して何処もおかしい所が無い。

 踊る事も別に嫌いでは無い。覚える気が無かった訳でも無い、だから覚える。ぶっちゃけ、二着とか三着とかの振り付けも練習したいのだが、この調子では一着の振り付けしか教えてもらえない事だろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ま、いっかー」

 

 久々のカラオケだし、素直に楽しもう。覚えないとキングヘイローが帰してくれないだろうし。

 そう思ってドロップスティアーは、呑気にポテトを食べ始めた。

 そして、静かなる水面下でセイウンスカイと大きいポテトの取り合い勝負を始めた。

 




A theme of the King-Halo anger(キングヘイロー怒りのテーマ)

第四部になっても主人公はこのザマです。
あとドロップスティアーの犯行内容(やらかしライブ)はキングヘイローの”領域(せっきょう)”が他者を寄せ付けない固有レベルだったので、黄金世代以外にはギリギリ知られませんでした。
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