ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『勝率』

「……次のレースを、決めざるを、得なくなった……」

「なんですそのすっげえ嫌そうな顔」

 

 ショッピングモール小騒動から少し後日、ドロップスティアーはトレーナー室に呼び出された。

 待ち構えていた名入はあらゆる顔のパーツを歪め、溜息を隠そうともせずにドロップスティアーと次のレースについて話し合う事にした。

 殆どのウマ娘は、重賞など距離・立地(芝ダート)を代表するレース以外については詳しくない。プレオープン戦を含め、全てのレースが頭に入っている様なウマ娘は本当にごく僅かだ。

 なので、ウマ娘本人が目標とする大きなレース以外――今後の叩き台とするステップアップ的な物は、トレーナーが決める事が多い。

 そして。名入というトレーナーはその大事な大事な予定を、滅茶苦茶仕方なく決めていた。

 

「ウマ娘の脚は繊細だ。前も言ったが、調整は時間が要る。バカ(おまえ)と言えど、短いスパンで出せば色々と面倒だ。主にこっちが」

「相変わらずくっそ自分本位な解説ありがとうございます、なんか変なニュアンスが聞こえた気がしますが。でも、それは前聞きましたよ?」

 

 レースとレースの間に必要な調整・トレーニング期間。それらをしっかり考えた上で、ウマ娘達がちゃんと全力を出せる様にサポートして勝利へと送り出す。

 それこそがトレーナーの本分であり、勝つ為に必要な事。それら様々な事情を考慮したトレーナーの判断を、担当されているウマ娘は信じて出走する。とは言え、名入とドロップスティアーの関係はぶっちゃけかなりドライなのだが。

 

「だが、同期が強すぎる。特にお前の友人連中五人。ありゃバケモンだ、どう考えても”並”で終わる次元じゃねぇ。もう既に()()()()()

「……そんなヤバい表現のレベルですか?」

「俺は超クレバーなトレーナーで、超有能なデータキャラだ。ドローンによる空撮も含めて、一勝クラスの連中について、特にヤバい所はキッチリ情報を抑えてる」

「凄まじい自画自賛。自分じゃなくても全く見逃さない所です」

 

 そう言いつつ、名入は自分のパソコンを見やる。

 前例の無い突発的なアイデアを考案し、その為の奇抜なトレーニングを思いつき、ついでに口が悪い。中央において名入はサブトレーナー時代から『こいつ大分おかしい』と思われる人間ではあったが、特化していたのは()()()()()()使()()()()()情報を拾い集める力だった。

 

「お前に見せた、”絶対勝てないシリーズ”あっただろ。アレのレース映像は、実は殆どが俺やURAが撮った公式の映像じゃない」

「へ? どういう事です?」

「俺はサブトレ時代から、個人で情報収集用チャンネルを作って熱心なレースファンを集めていた。地方を含め、トゥインクル・シリーズのファンは全国どこにでもいる。それこそ、()()()()()()を個人撮影するヤツとかな」

 

 中央のトレーナーなら、レース結果はいくらでも閲覧出来る。映像としても公式カメラによって残される。だが、()()()からの空気や雰囲気も感じられる中身が詰まった映像は、現地の間近で無ければ撮れない。

 名入はそこに目を付けた。『自分は中央のトレーナーである』という事を利用し、全国にいるレースのファンを集め、情報が各々勝手に集まってくる。そんな半ば趣味的な個人サークルのまとめサーバーを、以前から自らの利とする為に運営していた。

 名入はギリギリ問題にならない程度にトレセン学園の情報――ウマ娘達が普段学園で何やってるかとか、模擬・選抜レースではこういう有望株が居たとか、広範的(マニュアル)なトレーナー業務内容だとか、調べればまぁわかるレベルの事――、即ち現場の生の声をエサとし、各地のレースファンを集合・雑談させる場を提供し、それにより大量のレース情報を獲得していた。

 

「その上で言うが。現状のお前がどんだけ奇抜なトレーニングをしようが、この三年間のトップレベルの相手にはギリギリ手が出る程度だ。足が届かん。勝てん」

「スペさん達が強いのはそりゃ知ってますけど……”絶対”ですか?」

「俺は”絶対”が死ぬ程嫌いだ。だがお前、小学生がスペシャルウィーク達によーいドンで、卑怯な手を使ったとしてどれだけ勝率あると思うよ?」

「待って下さい。さらっとこっちの事を小学生レベルに例えないで下さい」

 

 はぁー。名入はでっかい溜息をつき、ドロップスティアーを見やる。そして超失礼な例え話の中に組み込まれたスタッフであるドロップスティアーは怒った。

 レースに絶対は無い。スペシャルウィーク達が絶不調のスランプに陥り、好走出来ない事は当然有り得る。だが、()()()()()()()()()()

 レースの勝利とは、つまり一着を取る事だ。どれだけ先着出来ようが、一着でなければ負け。二着や三着じゃダメなんですかと言いたいファン達は多いが、”勝利”として記録されるのは一着のみだ。つまり、やっぱりダメなのだ。

 何より恐ろしいのは、同期の警戒すべき強者達が()()()()()()()()()()可能性である。全員が絶不調を起こしてドロップスティアーに最初から負けるレベルまで落ち込む確率など、大地震が起きる確率よりマシレベルでしかない。

 

「……エルコンドルパサーがダートに出たのは、多分()()()()からだ。能力がありすぎて、体が追いついてない。だからクッション性があって負担少なめのダートレースで()()()()()

 

 名入からすれば心底恐ろしい事なのだが、データを集めた結果そうとしか言いようが無い。エルコンドルパサーは、()()()()()()()()()()()()()いる。

 どっちも走れるのだ。選抜の結果から言って、むしろ芝の方が速いし強い。だが本人の性格と力量により、体の加減(コントロール)がまだ不完全。なので彼女は、最初は有り余るパワーを緩められるダートレースを選んだのだろうが、それですら超圧勝する始末だった。

 もし体の調整が終わって芝レースに乗り込んできた場合、名入はそれこそ全知全能を賭けての博打を挑む。それでもなお、勝率は”無いよりマシ”としかならないと見ていた。

 

「次、グラスワンダー。……ガチで怖い事に、コイツはデビュー戦で()()()

 

 データその二、エルコンドルパサーの親友で外付けブレーキ兼業のグラスワンダー。そのウマ娘のレースを見て、名入は本気でビビった。

 ()()()()()()。すっと出て、さっと走る。それだけで勝利している。エルコンドルパサーと違い、完全に自分の力を理解して戦えている。

 穏やかな顔と印象に合わない、圧倒的に研ぎ澄まされた無駄の無い走り。研ぎ澄ましているからこそ、冷静で崩れる気配が無い。

 デビュー戦のプレッシャーで掛かった場合、もっと差が付いただろうと断言出来る程の脚の持ち主。名入が頭を抱えた要因の一人である。

 

「更に続くぞ、セイウンスカイ。こっちは他に比べ出自的には平凡……の筈なんだが、総合的にレベルが高い。逃げの持ち味を生かしつつ、更に真っ当に強い」

 

 データその三、偽装サボリ魔のセイウンスカイ。いつも雲の様にふわふわした態度を取っているようだが、レース内容はどう見てもガチガチだ。

 逃げウマというペース配分の難しい戦法を取りながら、迷いが無い。決めた事をこなす思考力・判断力を持ち、レースのペースを握り、そして純粋に速い。その結果、六バ身というデビュー時の圧勝が生まれた。

 逃げと追込という差があれど、ドロップスティアーに近い落ち着きでレースに挑めている。心理的な戦術で相手を嵌めて、そして能力がドロップスティアーの数段上。上位互換も良い所だ。

 

「まだあんだよなぁ……キングヘイロー。名家の出で、気性が荒い反面、それだけ根性と地力が強い。デビュー時の着差だけ見れば一番マシに見えるが、競り合いに強い。末脚だけなら、グラスワンダーを超える事もあるかもしれねぇ」

 

 データその四、自称にして他称の王であるキングヘイロー。ドロップスティアーの性格的天敵であり、そして()()()()()()()だった。

 ドロップスティアーの基本戦術は、最終コーナーの理想ラインを潰す事で擬似的に相手を弱らせる。だがこの戦術の最大の欠点は、()()()()()()()事だ。

 極端な話、大外に回られて最後の一・二ハロンだけに全てを賭けた末脚勝負をされると、この戦術は通用しない。よって、予測が付かない程の爆発的な差しウマに弱い。

 キングヘイローには気性により走りにムラがある。だが、そのムラっけが上方向に向いた時、とんでもないパフォーマンスを見せかねない恐ろしさがあった。

 

「最後、スペシャルウィーク。なんでお前とこんな差ついてんの? パワーもスピードもセンスも、どう見ても一級品だ。レース慣れしてなくてコレとかなんなの? じゃあお前はなんなの?」

「あの、他人の分析で流れる様に自分をディスるのやめません?」

 

 データその五、田舎出身の天真爛漫ウマ娘・スペシャルウィーク。その人懐っこく丸い性格により、友人達の間では中心人物のマスコットに近いのだが、潜在能力がえげつない。

 スペシャルウィークの出たデビュー戦は、重いバ場だった。スピード重視の中央レースにおいて、不良バ場では紛れが起きやすい。事実、そのレースに出た他のウマ娘達はいつもと異なる状況に困惑し、上手く走れなかった。

 ()()()()()()()()()()()()。彼女はバ場が重いとかそんな事も無関係に、普通に走って普通に好走した。彼女の母による英才教育は、レースを知らない世界からやってきたとは思えない程に強力なウマ娘を育て上げてしまった。

 

「……ざっとお前の友人関係だけ限定してもこの有様だ。泣きたくなるぜこんなん。お前が勝てない理由、よくわかったろ」

「いやまぁ、自分が勝てないのはトレーナーさんが来る前から思い知ってましたが……文字通り、体に叩き込まれましたし……」

 

 名入はがっくりと肩を落とす。ドロップスティアーは極めて尖った才能を持つ、頑張って良い言葉を選んでやれば傑物とギリギリ言えなくもない存在だ。

 しかし、ライバルが多過ぎる。適当に行先を選べば、野生のボスに遭遇して目の前が真っ暗になるレベルでライバルが多い。

 トレーナーやウマ娘の性格・トレーニング・出るレース傾向を見れば、ある程度どこに出走するのかはわかる。だが、間違いなく避け切る事は出来ない。

 かつてクラシックを席巻した三強、BNW――ビワハヤヒデ・ナリタタイシン・ウイニングチケット。三冠レースをライバル三人で分割して奪い合った、修羅の時代。アレに近い状況が生まれつつある。

 そして。この目の前のバカ娘は、どう考えてもその三人になれる器じゃない。

 

「……とはいえ、まだ現状先の問題だ。精神は肉体を超越するなんて気休めは言わねーが、時間はある。アイツらが未完の大器の内に、とにかく出来る事はなんでもやる。やらざるを得ねえ」

 

 ドロップスティアーは他のウマ娘には絶対出来ない一芸と、名誉の欠片も無い戦法だろうが迷わず実行出来る思い切りの良さにより、想定外の紛れを意図的に起こせるウマ娘だ。

 だが、現時点では純粋に実力が足りない。半生を山道で鍛えたカタログスペックだけなら同期にも引けを取っていないが、跳ねるピッチ走法とかいう最悪の下方修正(デバフ)が台無しにしている。

 この走法の()()()は、一応名入の脳内にはある。だが、そこに到達する前に周囲が遥か高みへ行く。そして、完成して勝てるかどうかもわからない。っていうか、ドロップスティアーというウマ娘については類似する前例が存在せず、予想出来る事の方が少ない。

 なので。とりあえず名入は、出来る事からする事にした。

 

「もうちょい調整入れるつもりだったが、こうなりゃ手段選んでらんねえ。次のレースは一ヶ月後、中京ジュニアステークスだ」

「……? あれ、()()と違いますね」

「手段選んでらんねーんだよマジで。安心しろ、そこまでズレてない」

 

 名入は想定していた予定を僅かに修正し、メイクデビューからろくに間を置かず次のレースを選んだ。

 中京ジュニアステークス。中京レース場、芝1600メートル。この時期のメイクデビュー後に出られるオープン戦としては、ほぼ最速の出走レースとなる。

 このレースを選ぶ理由は、大きく分けて三つあった。

 

「お前の戦術はレース勘ありきだ。なるべくレースには出て経験を積みたい、だが相手を選ばないと積む以前の問題になる。だからお前のヤベー友達連中が仕上がる前に、慌てて出る」

「凄まじく行き当たりばったり感を思わせますね」

「仕方ねーだろ! お前が弱いのが悪い!」

「『自分の負けはそっちの負け』なんでしょー!? 自分が弱いのも、トレーナーさんが弱いせいですぅー!」

「だあほぉー!」

 

 てんやわんや。背中を預けるとか運命共同体とか、そういった理想から極めて遠い口プロレス合戦が狭いトレーナー室に響き渡る。仲が良いのか悪いのかと聞かれても、かなり判断に困るラインだった。

 ウマ娘のトレーニングと調整は細かい下積みと段階を踏み、レースで一着を取れる様になるまで実力とデータを集めて挑むのが定石だ。だが、ドロップスティアーの場合はそんな事に拘っていてはお話にならない。

 正直、今オープン戦に出るには時期尚早だ。メイクデビュー直後のウマ娘だけでなく、これより以前の未勝利戦やプレオープン戦で牙を研いできた相手と戦う事になる。だが、だからこそレース経験に繋がる。

 

「ぶっちゃけ間に合うかキツいが、予定には近い。立地的にも、基本戦術が使えるコースだ」

 

 中京レース場の1600メートルは、東京レース場の2000メートルを小さくした様な構造だ。つまりゲートからコーナーまでの距離が近く、内側を取った方が凄まじく有利という不公平な構造。

 ただし第三コーナー以降の角度が緩いので、そこでは外を走る事で優位が取れる。相手の進路に嫌がらせをする様なドロップスティアーの戦術にとって、これはそこそこの痛手になる。

 だが、デビュー時の東京レース場よりも明確に有利な点が二つある。

 

「お前が死ぬ程しんどかった、最終直線。中京ならそれが412メートルで終わる。つまり、お前の仕掛けでも少し余裕が生まれる」

「おおっ。えっ、110メートルも短いじゃないですか」

「しかも、最終コーナー終わった直後に急坂だ。高低差二メートル、全レース場の中でもトップクラスの勾配なワケだが……お前にはまるで関係無い」

「ぶっちゃけ坂走る方が楽までありますからね」

 

 中京レース場の高低差は、全体を見るとかなり激しい。緩やかに登り、そこからひたすら下り続け、最後の最後でドカンと急坂が来る。この坂の勾配は、数々のウマ娘達からブーイングが来る程しんどい中山の急坂にも匹敵する物だ。

 向正面から最終コーナー終わりまで延々と下らされ、最後の最後で反り立つ(さか)。ようやく登り終えたかと思えば、そこから比較的長めの直線が待っている。

 曲がりやすいコーナーでハイペースになった逃げ・先行バが坂で次々に沈み、最後まで溜めていた差し・追込が一気に来る。この特徴は、東京レース場でのデビュー戦(2000m)にも通じる物がある。

 坂であれば負けない。高低差が二メートルだろうが二百メートルだろうが負けない。ドロップスティアーは割と真面目にそんな事を思っているし、実際急坂の方がピッチ走法は楽が出来る。

 

「つーワケで、仕掛けるポイントはこっちの過去映像と地図から確認すっぞ。東京レース場と似てるっつっても、三コーナーからの形が違いすぎるからな」

「ん、了解です」

 

 そう言って名入は過去の中京1600メートルのレース映像をモニターに映しつつ、パソコンで中京レース場のレイアウト画像と上空地図を出しておく。

 ドロップスティアーは勝負前のこういった事前予習に対して、全く嫌がらずに従う。それは地元の山道でいかにコースを知っているかが勝負を左右する事を知り尽くしていたから。”知らない”というだけで、シンボリルドルフすら倒した経験があるからだ。

 自分の悪知恵は、事前知識ありきである。勝負までに何を準備出来るか、どこで何をやるか、何が起こるのか。そういった事を予測するのには、意外と退屈を覚えない性質を持っている。

 この限定的優等生ぶりが少しでも他の所でも発揮されてくれれば。名入はそう思わざるを得なかった。

 

「もう少し時間がありゃ、お前がショッピングモールで買ってきた()()についても調べられたんだがなぁ……まぁ、そう上手い話も無いか……」

「買ってきたんじゃなくて、アレは幸運の天使様が自分に与えてくれたモノですよ! ちゃーんと活用出来る様に考えて下さいよ? いやー、あの時ライスさんに会えて良かったー!」

「……お前本当に神サマの巡り合せに感謝しとけよ……ライスシャワーってウマ娘、マジで只者じゃねーんだからな……」

「自分は無神論者なんで、崇めるのはライスさんだけです」

「なんなんだお前のそのライスシャワー信仰は。こえーよ」

「さんを付けて下さいデコ助野郎」

 

 ――実の所。名入には現状一つだけ、実験したいアイデアがあった。

 休みの日にショッピングモールに行って、普段着だとかクッションだとか、割と普通の物を買い込んできたドロップスティアー。その中には一つだけ、()()が紛れ込んでいた。

 それを用いた、新たなトレーニングと技術。だが、それを使うには()()が要る。今の段階では、ただドロップスティアーが何故かライスシャワーを崇める為のお飾りでしか無い。

 ままならねーわー。そう考えながら、名入は少しでも勝率を上げるべく、中京レース場の予習・復習をドロップスティアーへとさせた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 中京ジュニアステークスを迎えた当日。出走直前の、ドロップスティアーの控室は。

 

「……あのー。勝率、いくらぐらいですかねー……?」

「まぁ……五パーセントぐらい、だろうな」

「……ちなみに、その五パーの内訳は?」

「お前以外のウマ娘達が全員走るのしくじってくれれば、かな……」

「……終わりです……」

「終わりだ……」

 

 レースが始まる前から、お通夜だった。

 




(黄金世代から)逃げるんだぁ……勝てるわけが無いよぉ……
(逃げウマじゃないので)もうダメだ……おしまいだぁ……

次回、『ドロップスティアーまた死す』。レーススタンバイ!
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