「台風、行っちまったな……」
「ええ……」
「
「やっと使えるんですね、ライスさんからの贈り物が……!」
「いやライスシャワーの贈り物では無いだろ」
台風一過。未だに荒れて整備が間に合っていない模擬レース場に来ているウマ娘はゼロ、全員が屋内施設で基礎トレーニングを積んでいる。
だがしかし、名入とドロップスティアーだけは違う。
「いや、ライスさんの贈り物ですって。ちゃんと経緯聞いてました? 耳ついてます? はー、これだからヒトミミは困りますね」
「おかしいのはお前の解釈だろうが。頭の中まで山の土詰まってんのか、だあほ」
「なんっ……でそこまで! 的確に自分を傷付けるセリフが言えるんですか貴方はぁぁぁっ!!」
「えっ。いや煽ったのは確かだけど、そこまでキレんの? 理解不能なんだけど」
名入の言葉に、ドロップスティアーはそれまでの口喧嘩の中でもトップクラスの激昂を見せた。逆鱗に触れたと言っても過言では無かった。
『頭に山の土詰まってんじゃねえのか』というのは、彼女の父親のみが使ってきた固有の罵倒だ。そして純粋に、滅茶苦茶腹が立つ台詞である。懐かしさと同時に、父親へ抱いていたかつての怒りが奔流と化してやってきた。
名入はいつもの減らず口の一環として言ったつもりだったが、偶然にも彼女の父親とシンクロニシティを起こしてしまった。要らないシンクロ率だった。
「いいですか! 解らないなら、もう一度聞かせてあげましょう! あれは自分がショッピングモールの買い物中にですね……!」
「えっ、また回想すんの? お前のライスシャワー信仰また聞かされんの嫌なんだけど。少しぐらい
ドロップスティアーは、ライスシャワー礼賛を挟んだ過去回想を改めて名入に説明し始める。
名入は面倒なので、ドロップスティアーの語る個人的な感情は省略し、起きた事実のみを思い出す事にした。
◇ ◇ ◇
「――それでね、ここがスポーツショップなの。レース用のシューズとか、蹄鉄とか。色んな物がここで揃うし、ライスもよく使うんだ」
「ほえー。確かに、すごい立派な靴が並んでますねー」
ショッピングモールの案内に回ったライスシャワーは、服屋やメンコ・耳飾りなどを売る服飾系の店を紹介した後、トレセン生徒が必要とするだろうスポーツ用品店へと案内していた。
中央トレセン学園・及びURAと提携して設けられた公式店。そこで扱われるグッズは靴や蹄鉄のみならず、あらゆるトレーニング用品からトゥインクル・シリーズで実績を残したアスリートの
「うおー、テイオー先輩の靴だ! あっ、こっちライスシャワーモデルってありますよ! わーわー! 早速買――サイズ、限定……?」
「う、うん……レプリカとはいえ、勝負服の一部だから……ライス達のは、ライス達だけのサイズしか無いんだ……」
「…………ライスさん。自分の身長、十五センチ程削って下さい」
「無理だよ!?」
ドロップスティアー、身長164センチ。
トウカイテイオー、身長150センチ。
ライスシャワー、身長145センチ。
どう足掻いても、靴のサイズが合わない。基本的に身長が高くて困った事が無かったドロップスティアーは、生まれて初めて自らの肉体に絶望を覚えた。
「く、うううっ……! どうしてっ……! どうして自分は、テイオー先輩やライスさんみたいに生まれられなかったんですかっ……! くそうっ……!」
「ラ、ライスは、ティアちゃんの身長羨ましいと思うよ? ブルボンさん達と走ってた時にも思ったけど、やっぱり身長があった方がレースだと有利だし……」
「でもテイオー先輩は滅茶苦茶成績残してるじゃないですか。ライスさんは……えーと、”ライスシャワー 成績”、検索――う゛ぉあああ!?」
「わー、わー! 見ないで、せめてライスがいない時に見てー!」
こんなショップに関連グッズが置かれているのだ、ライスシャワーも当然多くのファンを持った凄いウマ娘なのだろう。なので実際に、ドロップスティアーはスマホでライスシャワーの実績を調べてみた。
ヤバいという漠然と抱いていただけの感覚が、数字として現れる。恐ろしいのは、重賞の出走率。そしてGⅠを三つも獲っているという事実だった。思った以上にヤバかった。
肝心のライスシャワー本人としては、自分の成績などというちょっとした個人情報に等しいモノを自分の目の前で見てほしくなかった。こっぴどく負けた
「……すんませんでしたライスさん……ライスさんみたいな方に案内なんかさせて……うちのトレーナーが腹を切ってお詫び致します……」
「い、いいよ、別にそんな――お詫びするのトレーナーさんなの!?」
「まぁ、自分は切りたくないんで」
ライスシャワーというウマ娘の偉大さと、それを案内人代わりにさせていた事に対し、ドロップスティアーは深く恥じた。そして責任を全てトレーナーに押し付けた。
トレーナーと担当ウマ娘は一心同体と聞いた事がある。つまり、自分の代わりに犠牲になってくれても良い筈だ。自分は生きる、代わりに名入には消えてもらおう。何一つとして迷わず、ドロップスティアーは自分のトレーナーを犠牲に出せる精神を持っていた。普通に最低である。
「……え、ええと、話戻すね? 基本的にはここで、脚全体や足裏の計測とか、試し履きとか、公式の蹄鉄とか。自分に合った物を探して、買ったりするんだ」
「わぁ、なんかすっごいデカい蹄鉄とよくわかんないロープあります! これちょっと記念に買っていきますね!」
「全然関係無いよねそれ!? ばんえい用の蹄鉄はおっきすぎて、普通のシューズに付けられないよ!?」
ライスシャワーの真っ当な案内を聞きながらも、ドロップスティアーは修学旅行の木刀気分で、目についた意味の分からないデカいグッズを買い物カゴに迷わず入れていた。
ちなみにこれを鉤縄代わりにするというアイデアは、カゴに入れた後から気付いた。無意識の内にドロップスティアーは、鉤縄を制作する選択を取っていた。悪気は無かったのだ。最初は。
「まぁ記念に買うだけだから気にしないで下さい。……しっかし、ホントに色んなシューズがあるんですねぇ。蹄鉄なんてどれも同じだと思ってました」
「えと、ウマ娘一人一人に合った重さとか形状とか、色々考える事があるから……基本的にはトレーナーさんが考えてくれるんだけど、個人で使う分には自分で買う事もあるんだ。ライスもいっぱい、履き潰してきちゃったから……」
少しバツが悪そうに、ライスシャワーは苦笑いを浮かべる。
ライスシャワーというウマ娘はとんでもない努力家である。努力をしていないアスリートなど一人も居ないが、ライスシャワーに関して言えば人一倍と言っても過言では無い。
”サイボーグ”、ミホノブルボン。クラシック時代に最も練習と努力を積み重ねてきた彼女に対して、ライスシャワーは菊花賞で勝利した。それは偏に、ライスシャワーもそれに匹敵する努力を積んだからだ。
そんなライスシャワーの努力の過程に、シューズと蹄鉄は付いていけなかった。様々なシューズが無惨な姿となり、多くの蹄鉄は削れ果てた。なのでライスシャワーは、個人の練習用シューズを数え切れない程注文・購入している。ちなみに最近また一足潰れた。
「ほえー……自分もちょっと買っておこうかなー」
「あっ、ジョギング用の靴と、コース用の靴の二セットを買っておくといい……と思う、よ? 学園外を走るのと、練習場を走るのは全然違うから……あっ、あくまでライスの意見だからね? 聞かなくてもいいよ?」
「わかりました。四セット買います」
「倍になってるよティアちゃん!?」
一切の迷い無し。ライスシャワーの善性を疑う事無く受け入れ、ドロップスティアーは自分の購入方針を固めた。最早悩む余地は無かった。
実際、自分が人一倍練習しなければならない事実は変わらないのだ。山道を走って靴がボロボロになった経験もあるドロップスティアーにとって、予備があって困る物では無いと知っている。
なぁに、金はある。完全に大金を手にして気が大きくなったドロップスティアーは、とりあえずで靴を買える程度に迷いは無かった。質と金額を考え、中間ぐらいの値段のシューズモデルを選んだが。
「よし、計測と会計お願いしまーす」
「き、決めるの早いね……ライス、こういう買い物だとちょっと悩んじゃうんだけど……」
「履き心地に違和感無きゃオーケーですよ。実際の練習で使う靴は、トレーナーさんが用意してくれてますし」
ドロップスティアーは選んでみてしっくり来た二足目・三足目のシューズをカゴに入れ、そのままレジへ向かう。蹄鉄については、シューズを購入した後にオプションとして任意で購入・調整してもらえるらしい。
この手の買い物で基本的に迷う事は無い。何故なら、なんでも同じだから。靴は汚してナンボ、壊れてナンボ。最終的に履き捨てる、ただの消耗品に執着はしない。本格的なトレーニングやレースで使うモノは名入が用意してくれるし。
ちなみに服選びはこの十倍時間がかかった。何気にファッションに関してはドロップスティアーは結構拘るタイプなのである。
「はい、シューズ四つ、うち蹄鉄セット二つ――え、輓曳グッズ? ……失礼、これらご購入ですね。では、福引をどうぞ」
「あれっ。福引……ですか?」
「はい。この期間限定ですが、一定額以上ご購入されたお客様にサービスしております」
カードで会計を済ませる前に、店員は
一等・二等・三等。別に特賞で温泉旅行が当たる程のサービスは出来ないし、途轍もなく豪華な景品がある訳でも無いが、スポーツ用品店らしいラインナップを用意してある。
しかしドロップスティアーは景品のラインナップを見せられても、これらがどう凄いのかどうかサッパリだった。
「……折角ですし、ライスさんが回してみません? よくわかんない自分が回すより、なんかいい結果が出るかもしれませんし」
「ええっ!? で、でも……!」
「ほらほら、いいからいいから。ちょっとしたアトラクション気分でやってくれていいですから」
なのでドロップスティアーは、GⅠウマ娘パワーを信じる事にした。即ち、よくわかっていない自分より、ライスシャワーが回した方が良い結果が出るのではないか、そう考えたのである。
ライスシャワーからすれば、こういった運試しはあまり好きではない――というか、避けたい。自分だけの問題ならともかく、これはドロップスティアーの福引である。
ライスシャワーには天性の不運がある。こういった時、悪い結果を引き寄せてしまうというだろうという経験則がある。しかしそんな事は無関係に、ドロップスティアーはライスシャワーの手を取り、抽選機の持ち手を握らせた。
問答無用。賽は投げられ、ライスシャワーの手は回す以外を許されない状況に追い込まれた。
(うう、どうか、どうか悪い結果が起きませんようにっ……!)
抽選機という物は、基本的にハズレの方が多い。なので最も悪い結果を引いたとしても、ライスシャワーを責める者は誰もいない。ドロップスティアーもその気は欠片も無かった。
しかし、ライスシャワーは自分の運の下振れが並大抵の物ではないという自覚がある。
そして、実際にそれは起こった。
「……出ないんですけど、玉」
「あ、あれ? おかしいですね……」
えいっ、えいっ。ライスシャワーが掛け声と共に取っ手を何回転もさせても、一個たりとも玉が出てこない。
ライスシャワーの不運の下振れ。それは、ハズレですらない。
「うーん……中で玉が詰まってしまってるんでしょうか……」
「ご、ごめんね、ティアちゃん……多分、ライスの運が悪いから……」
「いやライスさん悪くないでしょコレ。……ふーむ」
店員が実際に回転させても、中でがらがらと玉の音が鳴るだけで、一向に排出される気配が無い。ライスシャワーは自分が回したせいだと自責の念を抱いた。
ただただ、巡り合せが悪い。不運とはライスシャワーが悪い事をして起こるのではなく、頃合いが悪い時に限ってライスシャワーが事態に遭遇するというモノ。現実的に分析するなら、そういった事象でしか無い。
とはいえ、抽選機から玉が出ない事は事実。どうしたものかと悩む店員に対し、ドロップスティアーは一つ
「あの、店員さん。この抽選機を回して、玉を出したら景品もらえるんですよね?」
「え? あ、はい。ですけど、玉が出ないんじゃ――」
「ライスさん、取っ手貸してください」
「えっ? う、うん……」
ドロップスティアーはライスシャワーとバトンタッチし、抽選機の取っ手に手をかける。
回して、玉を出せばいい。
「それじゃ、行きますねー。よい……しょぉっ!」
ドロップスティアーはそう掛け声を言って、抽選機を回し。
「「――えっ?」」
「お、出た出た。店員さーん、黄色って二等ですよねー?」
ドロップスティアーは、
が、それを見せられたライスシャワーと店員は、呆然とした。
そして、ワンテンポ遅れ。
「……いや、いやいやいや!? 何してくれてるんですかお客様!? 壊れちゃったじゃないですか!?」
「え? 自分、ちゃんと抽選機回しましたよ? で、玉出たじゃないですか」
「そうじゃなくて! どうしてくれるんですかコレ!? もう回せないんですけど!? 抽選機としての機能が失われちゃったんですけどぉ!?」
「そんな事言われても……元々玉出なくなってましたし、新しい出口出来て丁度良かったんじゃないんですか? 自分は確かに『回して玉を出せばいい』と聞きましたけど、
「え、えええ……?」
中央トレセン学園・最強最悪の恥知らず、ここにあり。不退転の決意――も特になく、当然の事の様にドロップスティアーはそんな事を言ってのけた。
これにはライスシャワーもどういう顔をしていいのかわからなかった。ライスシャワーのせいでこの娘の福引のワクワクが台無しになった、そう考えていた所でドロップスティアーは福引という枠組みその物を台無しにした。
不運は、悪運に通じない。これを本当の意味で理解するのはこの後――風船吹き抜け騒動――になるのだが、ともかくライスシャワーは前例の無い自分の不運の破り方に困惑していた。っていうか、なんでそんなに堂々と出来るんだろうと思った。意図的に物壊してるのに。
「二等は……ライスさん、コレなんです?」
「待って下さいお客様! 当然の様に結果を確定しようとしないで下さい! 審議! 審議ランプです!」
「あはっ、自分だって知ってますよ? 審議ランプはレース場にしかありません。よってこの場で審議なんて発生しませんよ、自分は言われた通りにしただけですし」
「あああ! 店長! なんでこんな時に外回りに行ってるんですか! 対応しきれないんですけどこんな状況!」
実は最も不運だったのは、この店員が新人であり、フォロー出来る先輩・店長が軒並みこの場に居ない事だった。大型店であるが故に、外回り・宅配・学園やレース場への出張など、ベテラン店員のやる事は多い。
よって最も簡単なレジ・案内業務に、本当に一時的にこの店員は一人で就いていた。そんな中、とんでもない不運と悪運がやって来た。ライスシャワーによる不運が本当に存在するとしたら、それは隣のドロップスティアーから矛先を変えてこちらに流れたのだろう。
「……え、えーと……二等はね……蹄鉄だね」
「蹄鉄ぅ? 蹄鉄なんて、どれでも同じじゃあないですか」
「これは、ちょっと違うの。ほら、形も全然違うし」
「……なんです、この
発狂している店員をよそに、ライスシャワーは敢えて見ないフリをして福引の景品カタログの紹介をする事にした。こんな事態はもう、ライスの力を大きく超えている。そういう
なので、ドロップスティアーの味方をする。敵も味方も無いのだが、ともかくこの後輩の案内をするという本懐に戻る。今回引き当てた、二等の景品。
それは、レース関係者の中では有名な蹄鉄のレプリカだった。
「
◇ ◇ ◇
「――いやぁ、ライスさんは天使でしたね……」
「お前は悪魔だけどな」
”五冠ウマ娘”、シンザン。伝説のウマ娘の一人であり、そのウマ娘が制した”クラシック三冠”という偉業は長らく破られなかった。故に新たな三冠ウマ娘が生まれるまで、半ば神格化されていた偉大なる存在である。
彼女の特筆すべき能力は、当時の全ウマ娘を超越した脚力にあった。恐ろしい事に、
これに対抗すべく、当時のシューズ・蹄鉄メーカー達はシンザン専用の蹄鉄を創り出した。それが”シンザン鉄”、有り余るシンザンの脚力に
「レプリカっつっても、やっぱクソ重いな……いくら伝説のウマ娘のファン商品っつっても、二等になるだけあるジョークグッズだぜ……」
「いやー、こんなんいつもシューズに付けてたってマジです? ウケますね」
「お前シンザン信者の前で”ウケる”とか言ったらマジで殺されるから気をつけろよ」
名入が蹄鉄の入った両腕に抱えた箱を地面に置くと、ずしんと音が鳴る。シンザン鉄は、特異な形状・構造もさる事ながら、通常の倍以上もある重量もまた特徴の一つである。
トゥインクル・シリーズの初期は、制定されていたルールが少なかった。降着制度すら無かったと言えば、いかに現代から見てルールが緩々かわかるだろう。なのでウマ娘に合わせたカスタム蹄鉄――つまり、装具の時点でどれだけ差を付けるかなど、公平性の薄い時代だった。
だが、シンザン鉄などという異常な蹄鉄を使うウマ娘は存在しなかった。それだけシンザン鉄は重く、バランスが悪い、特異な構造の蹄鉄だったのである。
「――よし、付けたぞ。どうだ」
「ふーむ。まぁ、
「……やっぱか……ホントにおかしいな、お前」
「なんでそこで『おかしい』なんですか? 『すごい』でしょそこは」
シンザン鉄・レプリカ。それは普通のシューズの大きさに合わせ、当時とは材質も異なる。しかし形状は同様にスリッパ状で爪先全体に被さる様な蹄鉄であり、そして普通の蹄鉄とは比較にならない程に重い。
それをドロップスティアーは、『ちょっと重い』で済ませていた。シンザン鉄を付けた靴の脚を上げ下げし、足首を回し、ステップを踏む。形状と重量に違和感を覚えてこそいたが、彼女はシンザン鉄に適応出来ていた。
当然だが、ドロップスティアーにはシンザン程の力量は無い。シンザンの真骨頂は、並の蹄鉄を容易く破壊する程の力を百パーセント地面に伝える、誰よりも深い踏み込みからのストライド走法にある。
しかし踏み込みが深いと言う事は、
そして。
「むー。流石にコレじゃ、例のステップは踏めないですねー。まぁ、
ドロップスティアーは
シンザンの様に踏み込んだ足裏から太腿まで、完璧に連動させて推進力に変えるセンスは無い。しかしその極端すぎる足先の鍛え方によって、ドロップスティアーは現代で唯一
しかし当然だが、通常より脚が重くなるシンザン鉄を使っても速度は落ちるだけだ。レースで使う蹄鉄は規則である程度決まっている以上、これを着けたままトレーニングを続けても変な癖が付くだけで意味は無い。
だが、名入の考えている
「マジでちゃんと走れるだろうな? 異常感じたら言えよ、流石にそれで全力疾走して脚痛めないウマ娘とかいねーんだからな? ……普通は、だが」
「暗に『お前普通じゃない』って嫌味込めてんのわかってんですからね、こっちは。まぁとりあえず一周流して、そっからペース上げていけばいいんでしょ?」
「ああ。お前にソレで求めてんの、わかってるな?」
「当然でしょ。
そう言って、ぐちゃぐちゃに荒れたままの芝コースをドロップスティアーは普通に走り出す。尚、台風だけでは理由が付かない程にコースはぐちゃぐちゃに荒れているのだが、その理由は未だ不明とされている。
走れている。スピードは遅いが、足取りに問題は無い。ピッチ走法の回転数も落ちておらず、ドロップスティアーの走りへの影響はほんの少ししか感じられない。
「問題ナシですね。まだもうちょっとペース上げられますよ」
ジョギング感覚から少しずつペースを上げ、名入の前をホームストレッチ代わりにドロップスティアーは末脚を六割程使って通過する。
確かにこの蹄鉄は重い。この蹄鉄を付け続けるなど正気の沙汰では無い。これが伝説のウマ娘のグッズかぁ、そんなノリで付けたウマ娘の爪先を容易に痛めるだろう構造をしている。
しかし、自分なら問題無く走れる。
「今日は目一杯それでやるぞ。疲れたら休んで、触診して、それで更に走る。今日中にとまではいかずとも、ある程度
「わーってますって。全く、自分の事をバカだと思ってませんか」
「頭は悪くねーがバカだとは思っている」
「シンザン震脚!!」
「るぉああぁっ!?」
名入の眼前で、ドロップスティアーは全力で踏み込む。”鉈の切れ味”を借りたドロップスティアーの覚醒必殺技は、名入の眼前にあった芝を割る様に抉って地を揺らした。
あ、これ凄い威力出る。勝手に伝説のウマ娘の名と力を借りて撃った踏み込みは、台風後で緩んだターフを容易く破壊し、そして名入にとんでもない量の泥を思いっきりかけた。
シンザンさんありがとう。伝説のウマ娘に対し、ドロップスティアーは歴史で最も有り得ないだろう方向性の感謝を贈った。
「てっ、てめっ、おい、シャレになってね……ぺっ、うぇ、マジッ……お前っ……」
「じゃ、二周目いってきまーす」
「てめぇぇぇ!!」
超局所的地震と共に泥をぶっかけられた名入は、思いっきり後ろへ転倒した。ざまぁみろと思いつつ、ドロップスティアーはしれっと練習に戻る。
爪先が重く、スピードは出ない。普通の蹄鉄と地を蹴る感触はまるで違う。この感覚に慣れても、別に自分はシンザンにはなれない。だが、それでいい。
伝説の真似事をして強くなれるなど、名入もドロップスティアーも毛ほども思っていない。この蹄鉄は、
「……うん。悪くないですね」
少しずつ、少しずつペースを上げていく。スピードが上がらない蹄鉄を付けた脚を振って。
最早かつての
一等:オグリキャップ練習用シューズ・実用モデル(限定品)
二等:シンザン鉄・レプリカ(高値のファングッズ)
三等:ナリタブライアンのアンクル(プラスチック製)
外れ:ティッシュ(いつもの)
実馬シンザンの蹄鉄は前後の蹄を保護する為の普段履き用だったらしいですが、「ウマ娘の普段履きする蹄鉄ってなんだよ」となった結果、トレーニング用と解釈しました。