ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『前兆』

「次走。決めたぞ」

「そこで”次走どこにする?”じゃないあたり、トレーナーさんですよね」

 

 シンザン鉄によるトレーニングは、()()()で短期間のみに収まった。元より、福引で当てた景品から考えた想定外のトレーニングだ。やればやる程爪先の力――つまり、ドロップスティアーのバランスの悪いピッチ走法を悪化させる以上、長期間やる訳にはいかない。

 だが、既に目的は達した。正直ぶっつけ勝負な所は出てしまうが、使い物にはなっている筈だ。ドロップスティアーの技術は基本、()()()()()()()()()()()()()()

 勝負所でミス無く、練習通りの事が出来るか。その辺りについては、このウマ娘の綱渡りを鼻歌交じりにやる様な桁違いの精神力を信じるしか無い。その上で、出走レースを決める。

 

「当初俺は、アイビーステークスを狙っていた。レース間隔をこれ以上空けるのもなんだから、そこで出走すべきと考えていたんだが……事情が変わった」

「事情?」

()()()()()()()()()()

 

 グラスワンダー。名入が警戒する強者達の一角であり、データを集めれば集める程頭の中で脅威が膨らむ恐怖のウマ娘。

 トレーニングというのは原則緩やかに、そしてレースに至るまでに徐々に強めにしていく物だ。レース本番で全力を出せる様に、トレーニングという物は段階的に強度を上げ、直前で一杯まで持っていく。

 これに加え、強いウマ娘というのは基本的に自分の出るレースや目的を隠さない。名入の運営しているサイトにいる熱心なファンは、そういった目に見えた情報を見逃さず最速で書き込む。

 故に故障でも起こさない限り、長期間の間基礎トレーニングを積んだグラスワンダーがアイビーステークスに出るという予測――というより、予知にも等しい断言が出来た。

 

「グラスワンダーも当然お前の天敵だ。グラスワンダーは優等生染みた走りをする分、お前の戦術はかなり効く。だがそれ以上に、スペックが違いすぎる」

 

 ”絶対に勝てないシリーズ”の一角であるグラスワンダー。次元違いの切れ味を隠し持つ差しウマである、それだけでドロップスティアーにとっては致命となり得る相手だ。

 別に好走する事が目的ならば、グラスワンダーを放っておいて二着候補を落とせば良い。賞金が目当てなら、むしろグラスワンダーという強者によって潰れやすい他の連中をライン潰し・或いは徹底マークする事で、掲示板入りを狙って良い。

 だが、ドロップスティアーの予定は()()()()()()()()。奨学金の事を考えれば当然賞金は欲しい身の上だが、別にそこに拘ってはいないのだ。

 

「つーわけで、次走は少しズラしてプレオープンの百日草特別。東京の2000メートル、メイクデビューと同じ条件だ。内なら基本(いつもの)、外ならプランBの()()をする」

「……練習って事は、本命があるんですね?」

「ああ。その次、東京スポーツ杯ジュニアステークス。()()()()()()だ」

「――あはっ」

 

 勝負所。その言葉を、ドロップスティアーは待ちに待っていた。

 東京スポーツ杯ジュニアステークスは、重賞レース――GⅢである。一勝済みのドロップスティアーは登録する事は出来る、だがオープン戦にすら勝ってないドロップスティアーにとって、どう考えてもそれは遠い目標だ。

 何せこのレースは、ステップレース――朝日杯フューチュリティステークス、()()の優先出走権を競うモノでもある。集まるのは当然、強者達だけだ。

 

「勝てる見込みは?」

「普通ゼロだ」

「なのに出すのは決定なんですね?」

「恐らくだが、()()が揃う」

 

 ドロップスティアーはまだ弱い。一勝クラスの中なら、戦術が完璧に上手くハマってくれれば中の上程度。

 展開がハマりさえすれば十分に大物喰いが狙えるが、逆に言えば大物だけしか喰えない――前の中京ジュニアステークスの様な、共倒れの負けという事態に陥る。

 だが、名入の事前の読みが全て正しく()()さえ揃えば。重賞だろうが、勝ち目がある。

 

「ステップレースは、GⅠに出る為の物だ。だが、()()()()()()()()()()のヤツは逆に来ない傾向にある。レースするより基礎トレ積んで、徐々に調整する方が良いからな。よってここに、グラスワンダーは来ない」

 

 アイビーステークスは十月前半にある東京・1400mの短距離レース*1だ。そしてグラスワンダーのトレーニング傾向は、第三コーナーから最終直線――つまり、短距離・マイル戦に特化されている。

 しかし、元々グラスワンダーはスプリンターでは無い。最後の末脚のキレをより鋭くする為に、マイルレースの叩き台として東京レース場という最終直線の長いレースを選ぼうとしている、そう推測した。

 事実、東京レース場は差しウマが有利だ。三・四コーナーのポジショニングを覚え、長い最終直線で差す。そこでレース経験を積んで、本番であるマイル戦の朝日杯に一気に挑む。名入があれだけのウマ娘を指導するなら、そう考える。

 

「だが、ただでさえ競争率の高い重賞レースだ。グラスワンダーと、まだダートで慣らしてるエルコンドルパサー。この二人以外の誰かが、恐らく殴り込んでくる」

 

 しかし、グラスワンダーだけを見ても話にならない。であり、そもそもオープン戦で入着し続ける事すら中央では難しく、重賞レースはトゥインクル・シリーズの花形の一つなのだ。そんなレースで勝ちを狙うのは並大抵の事では無い。

 だからこそ、名入は()()()()()()()()しか選ばない。

 

「スペシャルウィークが来ればまだなんとかなる。セイウンスカイは正直当たりたくないが許容範囲だ。だが、キングヘイローの場合は――」

 

 スペシャルウィークは前寄りの先行・差しウマだ。かなりの感覚派なレース運びをするが、それは逆に性格的に走りの予想が付きやすいという事でもある。

 セイウンスカイの場合は内枠を引けるかどうかの勝負だ。セイウンスカイはスタートは上手いが、大逃げの様に我武者羅にペースを上げるタイプでなく、最初に先手を取って後方を抑え込む様なペースを作る走りをする。上手く行けば、徹底マークで消耗させて潰せる目がある。

 そして、キングヘイロー。ハマればどこまで伸びるかわからない、爆発力を持つウマ娘。その点においてはグラスワンダーよりも相性が悪く、予想が難しい天敵の彼女が来た場合――

 

()()()()()()()()()レースになる」

 

  ◆  ◆  ◆

 

 百日草特別。一勝クラスとはいえ、プレオープン戦であるこのレースは、以前敗北した中京ジュニアステークスよりは少し格が劣るレースである。まぁ、中央のレースで”劣る”レースなど一つも無いのだが。

 当然、集まるのは相応に強いウマ娘達。九人立てのこのレース、一番人気は当然ドロップスティアーでは無い。前走はマーク相手を間違えて、普通に末脚勝負で負けたのだし。

 しかし、このレースは東京レース場・芝2000メートル。ドロップスティアーの異常性を見せつけた、メイクデビューと全く同条件のレースである。そして、そこに登録したドロップスティアーは。

 

《出走ウマ娘の紹介です。()()、ドロップスティアー。六番人気です》

 

 他のウマ娘達は、人気上位のウマ娘達の警戒をしていた。デビュー直後にいきなりオープン戦に挑んで負けた彼女の事を、余り研究出来ていなかった。せいぜい、前走に見せたマーク戦術を知る程度だった。

 そして今回のレース。一番人気は東京レース場で強いとされる、良い末脚を持つ差しウマ。ポジション取りが上手く、好位に付いての差し戦法を得意とするウマ娘。

 ()()()()()()()()()()()()()()。つまり。

 

《百日草特別、さぁスタートしました! 抜群のスタートを切ったのは一番、ドロップスティアー!》

 

 存在がレースを荒らす。そんなウマ娘の真価が最も発揮される、最高の条件が揃い。

 一番人気が、最終コーナーの絶好のタイミングでヨレる。そんな最悪の展開を起こし。

 

《一着はフューチャアイドル、二着はドロップスティアー! 惜しくも伸び切りませんでした!》

 

 ――そんな展開を仕掛けた当のドロップスティアーは、アタマ差で負けていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「お前……完璧にハマっておいて、それで負けるかフツー……?」

「はぁっ、はぁっ……いやっ……めっちゃ、後ろっ、速かったんですけどっ……マジで、ギリギリだったんですってっ……」

「たりめーだ、一番人気のヤツ以外も一勝クラスなんだぞ。つまり全員お前の格上だ、六番人気」

「あのっ……なんで、対等の条件の自分が完全格下扱いで、事前人気をここで引っ張り出すんですかっ……かはっ、はぁっ……」

「あーうるせー。黙ってボンベ吸ってろ」

 

 惜敗。そうとしか言えないギリギリの敗北を経て、ドロップスティアーは酸素ボンベを吸わされていた。

 一番人気の差しウマは完全に鋭角コーナリングで内側に沈んだし、最終コーナー後の坂路でリードは取った。しかし、坂を登り終えた先行集団の内の一人が最後の最後まで勝負根性を発揮、最後の直線300メートルで見事に差を詰め切ってみせた。

 デビュー戦同様、コーナーの不利を取らせてスタミナ切れ寸前にまでは落とし込んでいた。それでも尚、最後の最後のラストスパートの速度差で負けた。最後の伸び足、こればかりはドロップスティアーの泣き所の一つだった。

 

(とはいえ、大分マシになってきたな)

 

 コーナーで消耗させ、最後のスパートラインを潰す。その基本戦術は、ほぼ定着している。

 外を引かされた時の対策――プランBに関しては、結局ここでは使わなかった。というか、使わないに越した事は無い。サブプランは、あくまでメインプランより劣るからこそ”サブ”なのだから。

 そして、ドロップスティアーの直線の遅さ。フォームの歪み故に最高速を上げにくいこの走りは、選抜レースに比べればかなりマシになっている。()()()()()()()

 このウマ娘の純粋な弱さ、コーナーと直線。コーナーに関しては鋭角コーナリングの習得によってある程度カバーさせた。直線については、()()()()()()()()()()()いる。

 一着を取れれば理想だったが、二着を取れただけ上等。これならなんとか、東スポ杯の出走除外も受ける事は無いだろう。後は、本番で名入の予測がハマるかどうか。

 

「……中一週か」

 

 東スポ杯は約二週間後、中一週による出走になる。疲労を抜き、調整して、作戦を立てつつトレーニングをし直して。脚が繊細なウマ娘にとって、そういった事はなるべく避けるべきなのは確かだ。

 だが、ここしか無いのだ。()()()()()()()()()、そういう時流が存在する。だからやる。そういう思考は、とっくの昔にドロップスティアーも覚悟してここにいる。今はボンベつけてゼーハーしてるだけだが。

 疲労については、実の所ドロップスティアーはかなり強い。何せ、中央の坂路やレース場を遥かに超える苦行の山道で半生走ってきたのだ。山道を鼻歌交じりに走る体力は、レースでは超高燃費過ぎて活かし切れていないのだが、代わりに回復力に優れている。

 作戦は一つ。プレオープン戦ですら力負けするこのウマ娘が、重賞を勝つ為の隠し球。それを通せるかどうか、完全なる一発勝負。

 

「――ふへぇー。大分落ち着きました。……それで、トレーナーさん。作戦の()()の方、どうなってます?」

「……喜べ。()()()

「……あはっ。なら、後はやるだけ、ですね?」

「ああ」

 

 名入は自分のスマートフォンを手に取り、二つ確認した。

 一つは自分達の作戦の成否を決める最大の要素。もう一つは、東スポ杯の出走登録。

 

「ついでに、マーク対象も決まったぞ。一人しかいねえから、想定も楽だな」

「誰です?」

「キングヘイローだ。今のお前が走っても、十回中十回勝てない相手だな」

 

 想定される、最悪の相手。通常の走りをされれば、外から差されて終わり。

 ドロップスティアーの天敵であり、現状の力量ではそれこそ絶対に勝てないだろう相手。

 だからこそ。

 

「ここが()()()()だ。ここでしか勝てないと思え」

「わかってますよ。……リベンジマッチといきましょっか、キングさん」

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ドロップスティアーの敗北後。キングヘイローは黄菊賞に出走し、一バ身差で勝利。

 好調の勢いを保ったまま、予定通り東京スポーツ杯ジュニアステークスへと歩を進める。

 ――そこに待ち受ける嵐も、知らぬままに。

 

 

*1
アプリでは現代に合わせて十月後半の1800mだが、当時は十月十二日の1400mだった




Pre-OP戦でステータス負けする主人公

次回、最初のボスバトル。これから散々にバラ撒いた伏線を回収しまくるので、怒涛の連日投稿していきます。
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