(やられたっ……!)
キングヘイローは、歯噛みする気持ちだった。それだけ目の前で起きた事は、自分の予想を大きく外れていた。
ドロップスティアーが同期の誰よりもスタートダッシュが得意なのは知っている。セイウンスカイとトレーニングしても、殆ど勝つ程に彼女のスタート勘は――音速とすら言っていい程に鋭い、その感覚は飛び抜けている。
そして、鋭角コーナリングについても知っている。最初見た時は『脚を壊したらどうするの』と憤慨したから。当の本人はピンピンして、キングヘイローの目の前で披露してドヤ顔する余裕すらあったから。
このコーナリング技術は、外から使って内にいるウマ娘に向ける事で相手を動揺させるという真価を発揮する。だからメイクデビューでも、前走の百日草特別でも、どちらも最終コーナー大外から使っていた。
だが、
(いくら最初抑えてもいいからって、コレは……!)
先頭集団が遅れて、そしてその後ろからキングヘイローがコーナーを抜ける。だが、
何故なら、ドロップスティアーのピッチ走法にはパワーがあるから。誰よりも歩数とパワーがあるが故に、
(どんなバカ力してるのよ、全く……!)
ペースを落としてコーナーを曲がっている、しかしドロップスティアーが走ったラインは完全に芝を抉り取った泥の
ピッチ走法の全速で外から内へと抜けたラインは、どう足掻いても他のウマ娘達にとって回避出来ないとんでもない足跡の沼と化していた。少し出遅れた逃げウマは、意識外にあるそれに足を取られてヨレる。後続はそれを見て、遅れて足跡に気付く。
最初のイン側を競う、スピード重視のコーナーでそんな事をした場合に起こる現象は一つ。先行したウマ娘達は、
◇ ◇ ◇
「このプランはあくまで向正面で最内を取る過程で、コーナー終わりから微妙に膨らませる事で斜行のギリギリを攻める。ストレートに入れば斜行を取られやすいが、コーナー終わり際なら『ヨレました』で済むからな」
「うわー、悪い事考えてるぅー」
「うるせーだあほ。ともかく、コーナー最初で膨らませるのがメインプランだが、サブプランでは
名入が説明したサブプラン。アタマを取って、大逃げ並の速度でコーナーを取り、最後の最後で相手のラインを妨害する。これは、強い逃げウマがいなければ外からでも可能な作戦だった。
最初からスパートをかける様な、強烈なスタートダッシュを切れる逃げウマはほぼ居ない。
最近では有名な逃げウマである、二冠ウマ娘のミホノブルボンですら、最初からスパートはかけていない。彼女の逃げは、最初から最後まで同じ速度で走るラップ走法。スタートダッシュは速い、しかしそこからはペースを一定に保つ。
そして、この世代にミホノブルボン程のスタートダッシュを切れるウマ娘は居ない。よって、最初の二百メートル前後の短距離に限れば、ドロップスティアーの音速スタートダッシュからの一時的スパートより速いウマ娘は居ない。
「終わり際に速度を落として後続の邪魔をするのは同じ。だが、前方を取るという性質上、この作戦はちょっと異なる利点がある」
「……? 何が違うんです?」
「向正面の先の芝の状態を
◇ ◇ ◇
コーナーを抜け終わると同時にドロップスティアーは、あーもうやーめたー、みたいなスピードで超減速して落ちてきた。
踏み荒らされた最内より少し外、
何せ、誰よりも良い向正面のラインを完璧に取っておきながら、誰よりもすっとろく進路へと落ちてくるのだ。それも、意味不明なまでに抉り取られたコーナーを意識して超えた直後に。
プランBの超速攻戦法は、主にその日の後半のレースになればなる程効果を発揮する。相手はコーナーを抜けた直後、最良のラインを走る先頭を一度避けて、それからもう一度ポジションを取り直さなければならない。
だが。
(……前が左右に狼狽えているわね……ここまで計算尽く、かしら)
向正面に入ってすぐ、のろのろと下がってきたドロップスティアーを避けつつ、キングヘイローは前方を見る。
最内より少し離れた、走りやすさと距離の中間を取れる理想のライン。そこをドロップスティアーのピッチ走法は
この戦法の悪質さは、走りやすいラインを先んじてあやふやに出来る所にある。ドロップスティアーが見極めた最も走りやすい直線の始めは、ピッチ走法によって傷跡が出来てしまった。
よって先頭集団は、直線の最初に落ちてくるドロップスティアーを避けるより以前、コーナーの立ち上がりで最も良いラインを最初から崩されている。それも、元々状態が最悪に等しい重バ場において、最も走りやすいだろう場所を。
(『雨が好きか』――あなたは好き、って事ね)
この作戦は、その日で序盤に開催するレースでやっても多少の嫌がらせにしかならない。ちょっと走りやすい所を避けなければならない、そこでストレスは強いられるが、第一コーナーから大きく膨らまされるより遥かにマシである。
だが、後半開催・かつ重バ場のレースに限れば、この効果は絶大だ。何せ、最初のコーナーと向正面の始めに限り、一番走りやすい場所が
名入が台風で荒らされたグラウンドと、シンザン鉄を歓迎したのはこの為だ。元々あったドロップスティアーの有り余るパワーによる、
(……だけれど! それでキングは止められないわよ!)
最も走りやすいラインを、鋭角に踏み潰した最初のコーナー。そこで全員が困惑し、足取りが乱れた。
先行集団はそれに加え、最も走りやすいポイントからいきなり落ちてくるドロップスティアーを躱し、その後にポジション争いを始める羽目になった。即ち、誰が最も早くバランスの良いラインを奪えるか。そこで周囲と競い合い、無用な競り合いでスタミナを削るペースアップが起こる。
しかし。それは後方策を取っているキングヘイローや他の差しウマには関係が無い。いかに荒れた重バ場だろうと、脚を抑えつつ冷静に芝状態を確認して、そこを走る。争わなければ、消耗は生まれない。
(これだけじゃ私には勝てないわよ。さぁどうするのかしら、ドロップスティアーさん!)
キングヘイローは、この事態を引き起こしたドロップスティアーの位置を探した。
彼女は最初で極端なペースダウンをしてスタミナを温存し、後方からの追込策を取る。つまり、後方で控えている差しウマ――自分より後ろにいる事が決まっている。
前方は撹乱した、しかし
「――……ッ!?」
キングヘイローは、ドロップスティアーが二連敗した事しか知らない。前走でギリギリ差し切られてしまった、それぐらいの事しか知らない。
よって、さらに一つ前。ドロップスティアーが取ったもう一つの戦法を知らなかった。つまり。
(どんな所を走ってるのよ、あなたッ!?)
耳を疑ったが、間違い無い。この大きい足音と多い歩数は、間違いなく彼女のモノだ。
雨風を凌ぐのではなく、
「さ、下がりなさい、よっ……!」
「あははっ。なんでですか?」
正気の沙汰では無い。キングヘイローは素直にそう思った。
散々に荒らされてぐちゃぐちゃになったコースで、芝と泥を多く後ろへと蹴り上げて飛ばしているという感触が鮮明に足裏から伝わる。キングヘイローは、自分が後ろに居る彼女へ半ば妨害染みた走りをしているという自覚があった。
だが、実態はまるで違う。彼女は
わー、泥だー。顔にまで飛んできてますー。面白いですねーあははー。そんな幻聴すら聞こえる程に、いつも通りの口調と笑いを浮かべてそこに居る。
(く、うっ……!)
キングヘイローからすればこれはたまったものでは無かった。何せ彼女は、強気に振る舞ってこそいるが性根が善人であり、誰かを強く思いやる良心を持っている。だからこそ彼女にキングコールを送る程、慕ってくれる取り巻きが存在するのだ。
これは競走ではなく、
あはぁ。後ろに耳を向けているキングヘイローにも聞こえる様に、絶賛泥を全身にぶつけられ続けているドロップスティアーは不気味な笑い声を上げた。
「そこまで、するならっ……!」
この友人は、本気で勝つ気だ。まともにやって勝てない相手に対し、まともにやらない手を駆使している。そこにある危険も恐怖も、全て呑み込んで。
キングヘイローの動揺は、向正面が終わるより前に終わった。後ろから足音で追い立てられる恐怖は続いている。何せ、あちらが怪我の危険を覚悟して突っ込んで来ているのだから、こちらが走る事を失敗すれば接触し、自分も共倒れの大怪我を引き起こす。
捨て身とすら言える徹底マークが相手を最も消耗させるのは、マーク対象が自分と相手の安全、その両方を同時に考え続けてしまう点にある。故にそこを割り切れば、残るのは後方にぴたりと食い付かれている焦りのみとなる。
(怖いけれど……あなたも、同じでしょうに!)
安全マージンが欠片も無い、ギリギリのマーク。常に後ろから追い立てられ、ペースダウンは許されない。だがしかしそれは裏返せば、自分のペースを守れば良い、という事でもある。
キングヘイローはこの日、絶好調だった。黄菊賞で勝った時の経験と自信が、レース勘を研ぎ澄ませていた。故に普段は動揺する所でも、動揺しなかった。この徹底マークに掛からずに済んだ。
第三コーナーに入る。そこでもまだ、このマークは終わらない。理性で覚悟は済ませているが、本能的な恐怖はやはり抑え切れない。
しかし、キングヘイローは気付いていた。このマークは、
(あなたの戦法は、外から被せる事。直線で勝てないなら、ここから外に回って、確実にあのライン潰しをやる。……そうでしょう?)
キングヘイローが絶対の自信を持ち、絶対に負けないと確信している点。それは当然、最終直線の末脚だ。
その末脚を鈍らせる為に、スタミナを消耗させる為に、こうやってマークを仕掛けている。しかしこのマークが最終直線まで続いた時、キングヘイローは自分が勝つ事を確信していた。
自分はキングだ。キングヘイローだ。どれだけ注目されても、マークされても、対策されても。それでも最後に笑うのは、最後の最後で差し切るのは自分だ。そんな自信を抱いている。
この狂ったマークが最終直線まで続くなら、そこから末脚を使って突き放す。外から被せる動きをしたなら、こちらも合わせて早めに仕掛けるラインを取る。
そこに被せられても問題無い。最後の最後に差し切る、その覚悟さえあれば動揺などしない。
(……! 足音が、外に流れ始めた!)
第三コーナーの終わり際で、真後ろに付いていたドロップスティアーの足音が外方向へと離れていくのをキングヘイローの耳は感じ取った。
やはり、コーナーで潰しに来る。そっちがその気ならば、受けて立つ。恐らく最終コーナーのポジション取り、終わり際に少しずつ加速を始めた瞬間。そこに彼女はやってくる。
わかってさえしまえば、覚悟は出来る。何もタックルされる訳でも無いのだ、少しぐらい内にヨレようとも最後の直線勝負に持ち込めば勝てる。絶対に、勝てる。
(さぁ来なさい、ドロップスティアーさん! いつでもどこでも、受けて立つわ!)
最終コーナーに入る。遠心力を殺しつつ、外側にいるドロップスティアーに耳を向けて備える。今最も警戒すべきは、間違いなく自分を潰しに来る彼女の走りだ。
そこさえ凌げば、あとは全員後ろからまとめて差す。この東京レース場の
どこで来るか。ドロップスティアーの正確な位置を確認すべく、頭を横に動かす。
その時。ドン、と一際大きい足音が響いた。
(――え?)
一瞬。一瞬だけ、キングヘイローは頭の中から全ての思考が抜け落ちた。
何もしていない。なのに、動かれた。こんな位置からロングスパート? 最終直線で勝てないから、無理にでも仕掛けた? そう考え、キングヘイローは足音がした場所へ目を完全に向けた。
「は?」
その時。
◇ ◇ ◇
「キングヘイローの走りには、ある特徴がある」
東スポ杯より少し前、黄菊賞が終わった後日。名入は、キングヘイロー対策のミーティングを早々にしていた。
キングヘイロー。調子にムラがあっても、十回中十回負けるだろう天敵。黄菊賞の好走を見る限り、不調になる事は見込めない。
だから名入は、ドロップスティアーのトレーニング外は徹底的にキングヘイローの情報をかき集めた。レースや練習映像のみならず、運営している情報チャンネル、学園内のトレーナーの噂話から、生徒の雑談に至るまで。可能な限り情報を集め、そして研究した。
「『キングは決して首を下げないものよ』。それがあいつの口癖で、実際にレースでもそれをやってる」
ドロップスティアーもよく聞く言葉を名入が言い、レース映像を見せる。メイクデビューと黄菊賞のキングヘイローのレース映像を、一つのモニターに並行して出した。
そこに映っていたのは、彼女の走りにのみ見られる、少し変わった特徴だった。
「……ラストスパートでも、頭下げてないんですよね、キングさん。マジで」
「それで勝てるんだから、大したモンだと思うわ、マジで。トレーナーが矯正してない辺り、こっちのが性に合ってんだろうなぁ」
ウマ娘の走りは通常、ラストスパートで上体を沈ませ、頭を下げる。それは重心を前に寄らせて下げる事で、直線でのスパート時に少しでも前方へと走る効率を上げる為だ。
しかしキングヘイローというウマ娘は、頭を下げない。スパート時に上体を前に倒しこそしても、頭は上げたまま。それ以外は綺麗なフォームを保っている辺り、意図的に行っている姿勢なのだろう。
「当然だが、これはあんま良くないフォームだ。最終直線に賭ける差しウマで、最後の伸びを鈍らせる形を取っている訳だからな。だが、利点はある」
名入はそう言いながら、キングヘイローの映る映像を二つとも巻き戻し、ある一点からスロー再生を始める。
それは、最終コーナー付近。キングヘイローが最終直線前に自分のポジションを取ろうとしている、その瞬間を捉えた物だ。
「――
「そうだ。キングヘイローのフォームは常に首を下げず、道中で自然に上体を立てて安定させている。それにより、キングヘイローは最終直線前に広い視野を得ていると取れる」
走るウマ娘達が抜け出すタイミングを伺うべく、最終コーナーで左右を見るのは当然の事だ。だが、キングヘイローの場合は
ちらりと目を向けるだけでもいい状況で、顔を横に向ける。誰よりも入念に、周辺を探っている。その上でコーナーから抜け出し、直線で自分の末脚を発揮する。
キングヘイローのフォームは、末脚ではなく
「お前も
名入の作戦の”行方”とは、
つまり、東スポ杯当日は重バ場となる。
その上で、キングヘイローの短所と、
「ちょっとお前、レース前にキングヘイローを挑発しろ。んで、途中まで例の徹底マーク仕掛けとけ。そしたら間違いなく、キングヘイローの意識は最後までお前に向く」
「重バ場ってめっちゃ泥跳ねるのに、それを承知であんなマークをさせるなんてぇ……しくしく、自分はかわいそうなウマ娘です……」
「欠片も感情が含まれていない嘘泣きはほっとくとして。ここで、お前にさせたシンザン鉄トレーニング。アレで練習させた、とっておきの技を使う」
「……アレを”とっておき”って言うの、凄い違和感ありますが」
ドロップスティアーは難しい顔を浮かべる。台風の直後に一時的に行った、シンザン鉄を用いたトレーニング。諸事情で切り上げた――切り上げざるを得なかった、一つのトレーニング。
切り上げたのは、
そして、ぬかるんだ重バ場でシンザン鉄を使い、目一杯まで走らせた真の理由。そこで覚えた”とっておき”の――ドロップスティアーにとっては凄まじく不本意な、重バ場限定技術。
「シンザン鉄と重バ場で、お前は死ぬ程重い芝の感触を覚えた。荒れた芝で、足を取られる感覚を覚えた。徹底的に体で覚えたからこそ、お前の走りは
「……はぁ……その言い方、すっごい嫌いなんですけど……」
重バ場という足を取られる最悪のコース。ウマ娘達の脚の速度を落とし、
そこで出来る”とっておき”の”退化”とは、つまり。
「キングヘイローが”外から来る”と考え首をこちらに向ける瞬間を見極め、ステップを使って一瞬でインに切り込む。そこで動揺させて、荒れて不良バ場になった最内を、お前の
◇ ◇ ◇
「なっ、なんっ、で……!?」
キングヘイローは最終コーナーで仕掛け、自分の思う所とは逆方向へと加速して突っ込んだドロップスティアーの姿を見て驚く。
彼女は、
だが、キングヘイローは知らなかった。ドロップスティアーの走りが膨らむ理由、歪んだピッチ走法の理屈。それは、パワーがありすぎて自然と跳ねてしまうからである。
だが、最悪レベルで荒れた不良バ場の上であれば、それが
重バ場で強制的に走法を退化させる。その為に、重バ場とシンザン鉄で足のパワーを強制的に抑え込んだ。不良バ場で足を取られる感覚を徹底的に体に刻み、
「あはっ、ははっ、あはははっ!」
そして彼女は、不良・重バ場の荒れたインに限り、
その上でドロップスティアーは、
重い大荒れのインを走るこの瞬間のみ。彼女は、最速最短のコーナリングを可能としていた。
そして。
(――ッ!?
◇ ◇ ◇
「っていうか、インってそんな空くモンなんですか? 皆消耗しない為に、脚抑えてインを走ってるんでしょ? その戦法、インが締められてたら終わりじゃないですか」
「だあほ。心配しなくても、
「……なんで断言出来るんですか?」
「コイツを見な」
そう言いながら名入は、キングヘイローの映像を閉じて全く別の映像を出した。
それは、過去のジュニア級のレース映像。恐らくはオープン戦らしき名前――ドロップスティアーにはレースの名前がわからぬ――の付いたファイルを、名入は早送りする。
そして、最終コーナー辺りで映像をスローにした。
「あれ。
「空けてんだよ。どんなレースでも、コーナー時に一人分ぐらいのインは空ける。そう教えられてるからな」
それは、一種の紳士協定。ウマ娘がインを突きすぎて、互いに接触・或いは内ラチに衝突する事を避けるべく、殆どの場合内側を走るウマ娘達はラインを攻め切らない。
少し外側を走った方が速度も出るし、無理にインを攻め続けるよりもコーナーの練度は上がる。それに加え、本番のレースという緊張感が、ウマ娘達にラチへの恐怖を際立たせる。
当たったらどうしよう。そう考えると最内の最内を攻め切れるウマ娘はほぼ居ない。その恐怖の最内を膨らまないまま攻め切れるのは、かつてオグリキャップとも対戦したメジロアルダンなどの特定のコーナー――左回りなどを限定的に習熟した、極まった練度のウマ娘ぐらいなのだ。
だが。
「ただでさえ重バ場は内が荒れるから避ける。しかも、この紳士協定サマによって元々内ラチに寄り切れない意識は強調される。そうなりゃ、まぁ最悪でもラチ擦るかどうかぐらいの隙間は自然と開くって寸法だ」
「わー、こわぁーい」
「だあほ。お前がそんなん
◇ ◇ ◇
「――あははははッ!!」
最悪の最内。不良バ場の上、内ラチに振り回す腕が当たっているのでは無いのか。そう思わせる程の超インサイドコーナリング。
誰もが避けるそこを、コーナー最速とされるピッチ走法の全速力で彼女は抜けていく。いつもは出来ない完璧なコーナリングを楽しむ笑いで、
全員の虚を突く、意識を貫くが如き追い上げと同時に。それにより、イン側を走っていたウマ娘は外へと膨らむ。当たるかもしれない、そんな恐怖が一度浮かんでしまったから。いつもは外から内へとやる手法を、今回は逆転させた。
その結果。キングヘイローの前には、
(最初から、これが狙いだった……!?)
後方策の最も難しい点は、レース展開に左右されやすい事。重賞レースなどで出走者が多い場合に、先頭集団が横に広がってしまえば、強制的に不利を背負わされてしまう所にある。
名入は中京ジュニアステークスで徹底マークを喰らわせ、一瞬膨れてしまった差しウマのインを突いたドロップスティアーを見て、このアイデアを思い付いた。即ち、普通にやって勝てない差しウマをさらに妨害する為に、
どんな不良バ場でも物ともしないピッチ走法に、内ラチ程度で恐怖しない精神力。それによって、普通のウマ娘が絶対に通れないインを最終コーナーでブチ抜く。キングヘイローなどの一流の差しウマを潰す為、ただそれだけに考えた乾坤一擲のアイデア。
言われたドロップスティアーは、いつも通りに笑った。あはっ、と。
「ぐッ……!!」
ここでキングヘイローの長所が
キングヘイローの視野は広い。外から来る相手に対し、外のどこから仕掛けられてもいい様に備えていた。だが、其処から消えた相手に対して、動揺してしまった。
続け様に至近距離で聞けば誰もがヨレる、そんな大きな足音を内の死角からぶつけられた。それにより、外側を強く意識・警戒していたキングヘイローは、先行集団よりもさらに足取りを揺らがされてしまった。
《う、内を突いてドロップスティアー! ドロップスティアー、先頭に立って、最終直線! 坂に入りました、速い速い!》
実況すら目を疑う超イン突きを最高速で成功させ、先行集団を横に膨らませた上で、キングヘイローすらもヨレさせ。
獣を寄せ付けなかった王は、散々泥を被ってきた弱者に背後から刺された。
――だが。
「まだ、終わって、無いわよッ!!」
想像外の動揺でストライドのリズムがズレた。脚が鈍った。前には先行集団の壁が外へと広がり立ち塞がっている。
だが。それでも、レースは終わっていない。キングヘイローは遠心力のまま、思いっきり大外へと膨らんで先行の壁を強引に避ける。
王は、まだ死んでいない。長い王道が、目の前に拓かれた。
パワーがありすぎる?逆に考えるんだ、『失くしちゃえばいいや』と考えるんだ
次回、決着。