ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『怪物』

 ――十二月前半・朝日杯フューチュリティステークス。それはジュニア級に四つのみ存在するGⅠレース、即ちジュニア最強を競う場の一つである。

 朝日杯の優先出走権を手にしたドロップスティアーは、全力で辞退した。脱兎だった。想像通りに、朝日杯にはグラスワンダーが出走してきたから。

 ”絶対勝てないシリーズ”五人衆は、本当にまともな作戦では絶対に勝てないのだ。序盤の揺さぶりだの後半のライン潰しなど、そんなチンケな手で勝てるんなら、キングヘイロー相手に天候お祈りなどする必要など無い。

 同様に優先出走権を持つキングヘイローは、次走をここではなく十二月後半にあるGⅢレース・ラジオたんぱ杯に狙いを定めていた。つまり、このレースは。

 

「……わぁい。自分の勘が告げてますよ。グラスさんが()()()です」

「…………」

 

 東スポ杯の死闘を終えて心身共にズタボロとなったドロップスティアーは、体を鈍らせない程度のトレーニングと休養に時間を費やしていた。

 もう年内に勝てるレースも無い、つまりやる事が無い。なのでのんびり観光気分で、出れるけれど出る気が欠片も無かった朝日杯の観戦にやってきた。情報収集する為に来た名入と一緒に。

 そして今、ドロップスティアーがパドックで見ているGⅠ専用の勝負服を纏ったグラスワンダーは。()()()()()

 

「レースにおいて、上がり三ハロンがウマ娘の末脚・及び強さの指標になる事が多い。特に差しウマにおいてこの数字は大事だ」

「へ? どうしたんです急に」

「黙って聞け。上がり三ハロンを三十三秒台出せるウマ娘が速い条件と言われちゃあいるが、これは基本的に()()()()()()()の話だ」

 

 上がり三ハロン、600メートル。最終コーナーからゴールを駆け抜けるまでの、最終局面。ウマ娘のレースの大半はここで決まる。

 この局面で、逃げ先行はどれだけペースを落とさずに済むか。差し追込はどれだけペースを上げられるか。一部の例外を除き、上がりとはそういう指数だ。

 だが、これらは当然レース状況に大きく左右される。ハイペースで競り合ったウマ娘は最終直線でスタミナ切れを起こすし、ローペースで仕掛け所を見誤ったウマ娘は末脚を出し切れない。多人数が競い合う場において、本来上がり三ハロンはタイムアタックの数字と、レースの最終盤の競り合いを比較する数値でしかない。

 

「レース本番で上がり三十三秒台を出せるウマ娘はほぼ存在しない。お前の尊敬するトウカイテイオー、アイツのダービー時の上がりが三十六秒って言えばわかるか」

「ほえー。そんな差出んですねぇ」

 

 当時のトウカイテイオーは、本当に強かった。無敗で二冠を獲り、そしてダービーでの勝ち方もシンボリルドルフよりも強かったとすら言われる三バ身差の圧勝。

 それでも、多数のウマ娘がひしめき前後左右に動き合うレース内で、最大最高の末脚を出し切れるウマ娘というのはほぼ存在しない。だからこそトリックありきとは言え、上がりが遅いドロップスティアーですら、重賞で勝てている。

 

「これは距離や出走者、当日のバ場だとか色んなモンに左右されるから、本当に参考記録にしかならないワケだが……アイビーステークスの時のグラスワンダーの上がり三ハロンは、()()()()()()()()だった」

「は?」

 

 ドロップスティアーは耳を疑った。確かにオープン戦は重賞と比べて出るウマ娘も少ないし、波乱が起きにくい。つまり実力を発揮しやすい場だ。

 だが。三十三秒台を出せるウマ娘が存在しないと言われるレース本番において、()()()()()()速度が出せるウマ娘。それがグラスワンダーだった。

 

「ジュニア級でここまでの速度を出せたウマ娘は、前例が無い。タイプこそ違うが、前の三冠ウマ娘のナリタブライアンだってもっとマシだった。……つまり、だ」

「…………あのー。聞きたくないんですけど、その先の言葉」

「つまりこのレース、これまでの歴史上、この時点で。()()()()()()()

 

 にこりと笑い、ジャージを拾って帰る小柄な栗毛のウマ娘。

 ドロップスティアーの強者センサーは、最後まで鳥肌を立て続けていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 朝日杯フューチュリティステークスの結末は、衝撃的だった。

 最終コーナーより好位を取ったグラスワンダーは、残り200メートルから爆発。内にいた三人を抜き去り、粘る二人を置き去りにして二バ身半の差を付け完勝。

 ”新たな栗毛の怪物”。かつて”スーパーカー”と呼ばれた無敗無敵の存在・マルゼンスキーの打ち立てたレコードタイムを0.8秒更新。名入をして『底が見えない』と称した彼女は、今日初めて()()()()()()

 それも、当時とは条件が違いすぎる。マルゼンスキーは強すぎたが故に、当時の朝日杯はGⅠレースにも関わらず六人しか出走者が居なかった。しかし今回は十五人の強者が集っている。そんな中での、歴史的レコード更新である。

 

「……あのー、トレーナーさん。今の内にサインとかもらっといたら自慢出来ませんコレ?」

「……そん時は二枚頼むぜ。流石にコレは、俺の想像よりずっと上行ってたわ……」

 

 帰りの新幹線の中で二人は殆ど同じ表情を浮かべ――これ以上無い程眉間に皺を寄せて顔を引き攣らせつつ、嘆きぼやいていた。

 同期で鎬を削る友人にして、想定ライバル。そんな相手に対し、ドロップスティアーはもう既に下手(したて)に出る気マンマンだった。名入すら、そのジョークに近い言葉に皮肉を返す余裕が無い。

 コレは、まずい。どれだけ道中で小細工を弄しようが、残り一ハロン勝負に持ち込まれれば今のグラスワンダーに敵は居ない。”レース”という純粋な実力を競う、公平にして不公平な場所に持ち込まれた時点で、勝ち目が九割以上消えてしまう。

 少なくとも、ドロップスティアーが起こす波乱だけで抑えるのは不可能だ。それこそ”絶対は無い”というレースで起こり得る、完全予想外のイレギュラーに頼るしか無い。それでも尚、全部叩き斬られそうなレベルの切れ味の末脚だったのだが。

 

「最終直線に高低差二百メートルの坂とか、どっかに用意しません? それなら勝てますよ自分」

「地獄かよ。あるワケねーだろそんなレース場」

「うちの実家がある山が大体そのぐらいの標高でして……」

「つまりレース場じゃ勝てねえってワケだな。よく理解出来たぜありがとよ、だあほ」

 

 ドロップスティアーの武器は、どんな無茶でも本番で確実に成功させる精神力と、どんなウマ娘にも不可能な特異なコーナリング、そしてついでに坂の強さだ。山暮らしに加えて坂路を主として鍛えている彼女は、どんな長さ・勾配の坂だろうが苦にしない。というか普通に走るよりそっちのが速いまで有り得る。

 しかし、レースというのは基本的に平地勝負だ。ゴール直前は基本的に平地の方が長い――つまり、最後は真っ当な直線末脚勝負になりがちである。

 差しに対する対抗策はキングヘイローに勝てた様に、いくつかはある。だが、元々のスペックが違いすぎる。直線その物が相手のホームコースみたいなトゥインクル・シリーズの舞台で、ドロップスティアーという山から産まれたウマ娘変異体が有利に取れる点は元々少ない。

 

「……うっへぇー。これ、どうします?」

「お前も考えんだよ。走るのはお前だし、走る本人じゃないと考え付かない悪知恵もあんだろ。とにかく策を増やして、一つでも揺さぶる手札を増やす。あとは……運だな」

「運?」

「お前も知ってるだろ、スペシャルウィークやセイウンスカイがホープフル出ない事。アイツらは今の時点でクラシック、つまり三冠路線を完全に見据えてやがる」

 

 ”勝てないシリーズ”の二人、スペシャルウィークとセイウンスカイ。この二人は、ジュニア重賞を回避した。十分に好走・勝利出来る目はあるにも関わらず、トレーニングを続行している。

 恐らく狙いは、クラシック三冠ルート。トゥインクル・シリーズ二年目にのみ参加出来る栄光のレースの三つ。四月・皐月賞、五月・日本ダービー、十月・菊花賞。真に選ばれし者達が集う祭典にして、修羅の門である。

 

「オープン戦を何回か勝って、重賞挟んで、経験積んで上り調子のまま皐月賞。あいつらは今んとこシンプル極まりない、王道ルートだよ。重賞で勝つ事前提の、な」

 

 これだから真っ当に強い奴は困る。そう〆て、名入は溜息を吐いた。

 レースに絶対は無いと言うが、それはレース中に起こる事故を含めての事だ。高速で競り合う中で接触して脱臼したり、コーナーで曲がり損ねて捻挫したり、或いは事前のトレーニングとレースの負荷が重なる事で骨折を起こしたり。ともかくウマ娘が走る事は、あらゆるリスクと表裏一体なのだ。

 なので強いウマ娘は出走を意図的に減らし、地力を付けて確実に勝てるレースと重賞を狙うスタイルを取る。トレーニングするよりレースする方が調子が良くなっていったナリタブライアンなどの例外は居たが。

 

「もしかしたら予定したレースに出ない可能性、或いはウマ娘側が不調を隠して出るだけ出る可能性。特にクラシック期のレースに強い想いや憧れを抱く連中は多いからな、そういった事が起こればこっちの勝ち目もちょこっと増える」

「なんで”ちょこっと”なんですか」

「お前が”ちょこっと”しか強くねーからだよ」

「へぇ、”ちょこっと”の強さ見せてあげましょうか? シンザンさんパワーを得てさらに威力を増した震脚、また見せてあげましょうか?」

「強さはレースで発揮しねーと意味がねーんだよ、だあほ」

 

 しかしこのスタイルは裏返すと、”着実に地力を付けてからレースに挑む”という事でもある。発展途上の時点で十分に強いのに、さらに牙を研いでいる。一世代に一つずつしか無いクラシックの栄冠を、確実に勝ち取る為にだ。

 今日の朝日杯はグラスワンダーの圧勝だった。間違いなく、歴史上最強と言えよう。しかし、ウマ娘の気分も脚も調子も水物だ。調子の波の高低次第で、スペシャルウィークらには十分勝ち目がある。

 そしてドロップスティアーに勝ち目は無い。本当に無い。あらゆる有利条件と事前戦略を全てぶちこんで、尚アタマ差にまでしか持ち込めなかったキングヘイローを見ればその差は歴然だ。

 何故あんなレベルのバケモノが並び立つ世代で、自分はこんなレベルのバカモノで挑まにゃならんのか。名入はとんでもなく大きな溜息を吐き、ココアシガレットをストレス解消代わりに噛み砕いた。

 

「お前は知らんかもしれんが、もう一つヤベーニュースがあるんだよ、実は」

「……なんかやーな予感しますね」

「俺も耳疑ったんだが。ホープフルステークスに()()()()()()()()()()()()してる」

 

 これは名入にとって完全想定外・寝耳に水の事だった。ダートのオープン戦を順当に勝っていたエルコンドルパサーは、最初の芝レースとして唐突にGⅠ・ホープフルステークスに出走を決めていた。

 いずれ芝に乗り込んでくるとは思っていたが、早すぎる。体作りを終えて、クラシック期に芝の重賞に出る。そういうルートを想定していたのに、何をしてくれてんだあのバケモノは。そう思った。

 しかし、名入にはある程度その理由と、()()を予想していた。

 

「エルコンドルパサーは、グラスワンダーと仲が良いんだったな?」

「ええ。常に温厚なグラスさんが、すんごいフランクにエルさんを脅し――いや、宥めてる事が多いですね、うん。エルさん、結構ノリで暴走しがちなんで……」

「暴走とかお前にだけは言われたかねーだろうな。……多分、()()()()だろうな」

 

 エルコンドルパサーが体作りが不十分――だと思いたい――のこの時期に、いきなり芝レースの最高峰に殴り込み。恐らくこれは、トレーナーの方針とは違うだろう。

 ならば、ウマ娘側の意向。そしてエルコンドルパサーの思考は、基本的にシンプル。

 

「グラスワンダーがGⅠを取る。()()()()()()。……それだけ、だろうな……」

「……あのー。GⅠってそんな勢いやノリで出るモンなんです? 最高峰のレースじゃないんでしたっけ、GⅠって?」

「いい加減理解しろ。お前の友人連中は、本当のバケモノだ」

 

 そして名入は、このホープフルステークスの結末が絶対にわかる。

 グラスワンダーがGⅠに出たから自分も出る。そしてグラスワンダーがGⅠに勝ったなら、()()()()()

 彼女の口癖は『世界最強のウマ娘』。そして実際、名入はそのビッグマウス相応の力量があると見ている。これまではダートでマイル戦しか走ってないが、()()()()()()()()。その位には評価している。

 

「大体のウマ娘には大別して二種のタイプがいる。勝利の為に、ライバルを見るか状況を見るか、その二つだ」

「……というと?」

「上がり三十四秒なんてとんでもない切れ味を見せていたグラスワンダーは、以前から”怪物二世”――マルゼンスキーと比較されていた。まぁ走りは全然違う訳だが……恐らく今日のグラスワンダーは、()()()()()()()()()()走っていた」

 

 ウマ娘の闘走本能。性格と言うより気性と言うべきそれらには、最大限に発揮されるポイントがある。

 今回のグラスワンダーは、初代怪物であるマルゼンスキーを意識した。マルゼンスキーの幻影を見て、それを追い越す為に全力を尽くした。本来はレースするライバルを見て発揮される本能を、想像の中で完結させた。

 逆に状況(シチュ)を見るタイプの典型は、有名なダービーウマ娘であるウイニングチケットだ。何が有名かと言えば、ともかくダービーが大好きである事。口を開けばダービーダービー、そんなレベルで日本ダービーが大好きなウマ娘である。自分が無関係だろうが、ダービーの時期が近付く度にそうなると、どこかの皐月賞ウマ娘が心底嫌そうに証言していた。

 これらは矛盾せず両天秤として二つとも成り立つのだが、そういった特定のライバル・レースに偏って拘る事で本領を発揮するタイプが居る事は事実だ。そして。

 

「エルコンドルパサーは今回後者、状況を見ている。今度のホープフルステークスで、グラスワンダーと並び立つという状況(もくひょう)。そして、九割勝つ」

「残り一割は?」

「うっかりコケたりとかしたら程度だ。まず無い」

 

 九割と言ったが、名入は九十九パーセントぐらいエルコンドルパサーが勝つと思っていた。

 初めての芝レースだとか、初めての距離だとか、そういった不安要素など物ともしない。というか、多分エルコンドルパサーは不利な状況であればある程燃えるタイプだ。

 ジュニア期で大人しくしていた――それでも無敗でオープン戦を連勝している――スペシャルウィーク・セイウンスカイ。一度の敗北を経て、なんか最近更に鬼気迫る様になったキングヘイロー。そしてGⅠクラスのウマ娘であるグラスワンダー・エルコンドルパサー。

 当然だが、毎回重バ場になる様に天候お祈りする訳にも行かない。というか一度見せた手の内が何度も通用するとも楽観出来ない。この世代を相手にするなら、とにかくこれからも別の奇策と、それを成す実力が必要だ。

 

「はーあー。うちの担当、セイウンスカイと交換してくんねーかなー」

「仮にも重賞ウマ娘の目の前でそれ言います? 自分の獲得賞金見せてあげましょうか?」

「カウンターでお前に突っ返してやるよ。もっかいソファーでひっくり返れや」

 

 名入はドロップスティアーの眼前で、親愛や慈悲の欠片も無い発想をまるで迷いなく口にする。仮にも初担当で重賞を獲ったウマ娘への扱いでは無かった。

 現状、ドロップスティアーの獲得賞金は合計四千万弱。重賞レースは一回でも一着を取れば三千万オーバーの賞金が与えられる。これを知ったドロップスティアーは、当時トレーナー室で五回程死んだ。

 当然、それだけの価値がある重賞を取らせたトレーナーも、それに等しい栄誉を手にしている。完全な新人トレーナーの担当一人目がそれだけの成績を出したという点で、既に名入はドロップスティアーより上澄みの存在にまで押し上げられている。

 が、そんな輝かしい成績を収めてくれた自分の大事な筈の愛バを、まるで一切関係なくぞんざいに扱えるひねくれ者なのが名入という人物であった。それに付き合える担当も担当なのだが。

 

「……時間が無い。マジで無い。あと数ヶ月くれ、と言いたいトコだがそんだけ時間があったらお前の同期がさらに手が付けられなくなっちまう。お前ガチで焦れよ」

「仮にも走る本人に『焦れ』とか言います? レース中に掛かったら負けってよく言われません?」

「お前全然掛からねーんだから、焦るぐらいで丁度バランス取れるだろ。そんだけ現状ヤベーんだ、察しろだあほ」

 

 ドロップスティアーの長所の一つである精神力(ずぶとさ)は、掛からないという()()でもある。

 掛かりというのはレース道中において致命的な心理ミスだ。一度しか無いレース本番と共に走る他者のプレッシャーによって、ペースや足捌きに余計な乱れが生まれ、自分の走りが出来なくなる。そしてドロップスティアーは、相手を掛からせる専門家の様なウマ娘だ。

 だが、レース後半・競り合いで掛かる事によるここ一番の伸びが足りない。ドロップスティアーは”勝つ事”に拘り、相手を選ばない。最後の最後、絶好調のキングヘイローがギリギリまで伸びてきた様な、ああいうプラスアルファが無い。

 ここ一番の勝負所で”ここだけは負けない”という執念があっても、”この瞬間に負けない”とは思えていない。だからこそ百日草特別では、最後まで諦めないという強い意志を抱いたウマ娘――掛かった相手に負けてしまったのだ。

 

(まー、そこはあんま文句言えんのだが)

 

 とはいえ、どんな状況でも掛からないというのは基本的に利点だ。何せこのウマ娘は、一発で即・ジエンドみたいなトチ狂った芸当や作戦を指示されても完璧にやる。レースという危険な場の中で更なる危険へと身投げしつつ、怪我一つ負わず笑って帰ってくる。

 それこそ名入がきっちりと展開を読み切れば、コーナリング・マークの組み合わせによるレース荒らしによって安定した成績――掲示板入りを常に狙っていける様な、そういう安定感に繋がる。

 ()()()()()()()

 

「前のキングヘイロー戦で思い知ったと思うが、最終的に物を言うのは地力だ。怪物を倒すのに、石ころ何個投げつけたって勝てねえ」

「そんな現実とっくにわかってますよ。当事者ですし」

 

 勝利の為に必要なのは、武器だ。速い脚を持たない異端のウマ娘だけが持てる、異形の武器。

 ”怪物”は巨大な存在であり、弱者が足元から石を投げても届かない。だが、痛いと感じさせる武器が幾つもあれば、見えない位置から足元を掬う事が出来る――かもしれない。

 その可能性の一つとして、キングヘイローという強者に勝ったのだ。二度は出来ないだろう、しかしレースは一度だけ。

 ”絶対”の無いレースという場で、その一度をたった一回だけ手繰り寄せる。それこそがドロップスティアーの勝ち筋であり、名入の理想なのだから。

 

「――俺は、”絶対”が嫌いだ」

「どういう話の流れしてんですか。この流れなら、次のトレーニング方針とか――」

「一番強い奴が勝つ、そんな”絶対”を強いるだけのレースなんぞつまんねぇ」

「それもうどっかで一回聞いた様な気がすんですけど」

 

 心底からの悪態。その言葉は、いつもドロップスティアーとの皮肉とは色が違う。

 今日のグラスワンダーは完璧だった。最終局面、グラスワンダーが加速し始めた時点で。それ以前、名入が収集した情報から見た仕上がりや調子から見て。既に彼女が負ける目など無かった。

 ()()()()()()()。観客席の誰もが熱狂するレコード勝ちを見ながら、名入が抱いた一番大きな感情はそれだった。ただただ、気に食わない。

 ”レースに絶対は無い”だとか言いながら、結局最後に物を言うのは純粋な実力。ルールという檻の中で上下を競う、公平な()()の場。それが嫌で、名入はドロップスティアーなんて変わり者を担当し始めたのだから。

 

「……勝つぞ。あんな速くて強い()()の奴らに、教えてやらぁ」

「うわ怖。目力が怖。どんだけキレてんですか」

「”レースに絶対は無い”。お前は限り無く、それに近い」

 

 この世代の一角たるキングヘイローを、一度倒した。例えどれだけまぐれと言われようが、掲示板に点灯した時点でそれは確定した勝利だ。誰も文句の言いようが無い、変える事の出来ない過去となる。

 反則などつまらない真似はしない。ウマ娘が速く強く走るだけの存在などという固定観念を、レースという場でブチ破る。それこそ、絶対に。

 その為に、名入はこの中央に居るのだ。

 

「……お前の()()。間に合わせるぞ」

「あったりまえじゃないですか。自分が勝負所でミスらないの、知ってるでしょ?」

 

 そして、それはドロップスティアーの()()と合致している。だからこそ、この口を開けば喧嘩合戦となるバカ二人は契約しているのだ。

 性格の不一致を起こしていても、利害は一致している。信頼を寄せてはいないが、目的が合致している。トレーナーとウマ娘は一心同体、そんな綺麗事を二人は求めていない。だからこそ、こうして一緒に戦えている。

 

「あ、すいません。自分めちゃねむなので着いたら起こして下さい。くぁー……」

「わかった、アラームセットしとくから勝手に起きろ。起きなかったら置き去りにする」

 

 そう言って名入は、自分のケータイのアラームを到着時刻にセットする。最小音量で。

 音に敏感なウマ娘でも、熟睡している間は流石に聴力が鈍る。ドロップスティアーは普通に、名入に新幹線で見捨てられそうようとしていた。なんか便利に使われるのが気に食わない、たったそれだけの理由で。

 よし、起きない。新幹線が停車し、寝入るドロップスティアーを一瞥した名入は、本気で声もかけず下車しようとして――

 

「――そう来ると思ってました……甘いんですよ……」

「あっテメ、いつの間に俺の服に釣り糸なんて仕込んでやがった!? やめろ引っ張んな、破れるだろが!」

 

 しかし、九死に一生。釣り人セイちゃんから貰った、練習用釣りセットの釣り糸と針によって、ドロップスティアーは無事起床・下車に成功した。

 そしてその直後、駅前にてとんでもない大音量の地響きが鳴ったという報告があったが、何が起きたのかを証言する者は誰も居なかったという。目撃者全員が怯えていた為に。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「目指すは世界最強! エルコンドルパサー、ここにあり、デース!」

 

 後日のホープフルステークスは、そんな勝ち名乗りによって幕引きとなった。

 ダートのウマ娘が勝てる訳が無い。そんな世間の予想を裏切り、しかし名入の予想通り。エルコンドルパサーは、初めての芝レース・初重賞勝利をGⅠにするという快挙を達成。

 ”怪物”・グラスワンダー。”怪鳥”・エルコンドルパサー。超新星とも言うべき、二人の怪物の出現に年末のトゥインクル・シリーズは震撼した。

 その後、脅威の怪物ウマ娘コンビにより俄かにざわめく教室にて。

 

「グラスさんエルさん。ちょっとこの色紙にサイン練習とかしてみません? あと隅っこの方に”ドロップスティアーさんへ”、って書くのも忘れずに」

「ブエノ! ファンサービスの練習デスね、良いデスよー!」

「……あの、ティアちゃん。これ、本当に練習なんでしょうか~……?」

「何を言うんですかグラスさん。『稽古は本場所の如く』ですよ? ほらほら、試し書きと思って。どうぞどうぞ」

 

 怪物達の連名サインを全く躊躇も遠慮も無く要求している、藍髪の小物が目撃された。ちなみに自分一枚分のみであったという。

 




サインを貰う役はもちろん自分が行く……

次でジュニア編ラストです。シリアス続きだったので、ゆっるい締めにする予定です。
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