トゥインクル・シリーズのレースで、有名な登り坂は二つある。
京都レース場の”淀の坂”。高低差4.3メートル、登るも下るも体力を削り取っていく過酷な坂。それを二度経由する菊花賞や春の天皇賞では、挑むステイヤー達の真価が問われる。
そして二つ目は、中山レース場の急坂。ゴール前の直線には高低差2.2メートルながらも、全レース場最高の短く険しい勾配が立ちはだかる。
どちらも、全力でレースを走るウマ娘達に限界を迫る物。特に中山の坂の急勾配は、実際に走る者にしか解らない程の負担がかかる。
――だが。
(これは、その次元では無い、なっ……!)
菊花賞、天皇賞・春、有馬記念。そんな坂道を備えながら長距離を走るGⅠレースを、シンボリルドルフは全て制してきた。
だが、目の前にあるのはそれらとは全く違う。コンクリートで舗装された、まるでビルの様な高さを強いる直線。足首が異常に斜めに曲がるのを、シンボリルドリフは坂の一歩目で理解した。
これは、まずい。
(
シンボリルドルフは身体を前傾させながら、走る歩幅をそれまでより極端に狭める。
ピッチ走法。歩幅を狭くして、代わりに足の回転数を上げる事で速度を上げる方法。しかしその走りを、速度を落として走りの安定性を高める為に使う。
本来のピッチ走法は小柄なウマ娘がパワーとスピードを補う為に使う、スタミナの消耗が激しい走りだ。しかし、中山の急坂を上手く登るコツとして応用される事もある。
重心を低くしながら歩幅を狭め、坂と身体の角度を合わせる。それが出来れば、理屈の上では平地に近い感覚で、最低限の消耗で坂路を駆け上がる事が出来る。
――普通の、レースの坂ならば。
(……合わないッ……!)
重心を前に倒し、坂の勾配に歩幅で対抗する。信じられない程の勾配に対して即座に走りを変えたシンボリルドルフの判断は、限りなく正解に近い対応だった。
だが、それでも完全な対応では無い。上体を倒せば、目の前にあるのは壁の如きコンクリートの坂しか見えなくなる。ほぼ真上に視線を上げなければ終わりの見えない、異常な坂路。
脚を鈍らせるのではなく、
(――待て)
ともかくこの急坂で、スタミナの無用な消耗を防がなければならない、それは確かだ。
だが、シンボリルドルフはその明晰な頭脳から、走りに集中しつつも並行してもう一つの可能性――いや、事実に気付いてしまう。
この山道は標高二百メートル、長さは二千メートルにも及ぶ。つまり最悪、
脚を殺す。そう表現せざるを得ないこの最悪の道を、何度も、何回も。シンボリルドルフは、この山道がどういうレイアウトなのか、何度の急勾配の坂があるのか、いくつコーナーがあるのか。何も、知らない。
『この山の事を、何も知らない』
冷徹な口調で言い放たれた、ドロップスティアーの言葉を想起する。あれは、この事だった。
入口を過ぎて山に入った今、周囲は山肌に生える木々で覆われている。今見る事が出来るのは、走りながら把握する事が出来るのは、今走っている道の先まで。レース場の様に、走る先のラインを見極める事は出来ない。
東京レース場名物の大ケヤキを敷き詰めて視界を塞いだ、自然の檻。シンボリルドルフなりに形容するならそう感じる、そんな状況。
成程、これは確かに舐めていたと言わざるを得ないだろう。少し熱を宿した本能が、有利を譲られた勝負という土台が、シンボリルドルフから少しの冷静さを奪ってしまっていた。
(だが、それでも私が負ける事は無い)
それでも、シンボリルドルフが最初に抱いた目算は変わらない。
極めて短く険しい直線の後半で、既にシンボリルドルフはこの坂を登るコツをある程度までは掴んでいた。単に歩幅を狭めるだけでも、重心を下げるだけでもなく。走行フォームのバランスの微調整を即興でこなす。
即興故に完璧な走り方では無いだろう。しかし急坂が厳しいのはドロップスティアーにも言える事であり、負担は平等にかかる。確かにこの山の正しい走法を最初から知っている事は大きなアドバンテージだろうが、それをシンボリルドルフのセンスは埋めた。
ある程度まで詰めれば、結局は地力勝負となる。そして地力勝負で、シンボリルドルフに敵うアマチュアなど居る訳が無い。そう、それこそ絶対に。
「もうコーナーか」
半ハロンにも満たない急坂を登り終えれば、再び曲がり角に差し掛かる。
即座に坂からスタートさせられる菊花賞ですら、坂の頂点まで登り終えるまでは208メートル。中山の坂が110メートルである事を考えれば、この超急勾配の直線からコーナーに差し掛かるまでの道は、異様な短さと言える。
しかし、それでもシンボリルドルフは四割の走りを維持する。後ろのドロップスティアーの足音は未だ遠い、向こうもこの
普段のレースに比べればドが付くほどのスローペースではあるが、これはスピードやパワーを競うレースでは無く、スタミナや根性を競う持久走なのだ。
それで負ける気はしない。多くの猛者達と競い合ってきた経験と魂は、たかだか急坂の繰り返し
(よし、上手くインに付いた)
慣れないアドリブのピッチ走法から、ガードレールすれすれのインを取ってシンボリルドルフは左コーナーに侵入する。
遅いペースで遮る先行バや迫る後方バが居ないなら、ライン取りは自由に出来る。少しでも走る距離を減らしてスタミナを保つならば、最内・最短の経済コースを通るのがセオリーだ。
レースを走る誰もが、どう考えても正しいと言うセオリー。
「……っ、いつ、までっ……!?」
シンボリルドルフは直線から急激に緩くなった勾配のコーナーを曲がっていく。
曲がっても曲がっても、終わらない。垂直よりも尚厳しい角度のコーナーを、シンボリルドルフは走り続ける。曲がり続けても、コーナーの終わりが見えない。
超の付く急坂とはまた異なる、異常な角度のカーブ。それは、山に通る峠道には必ず備わっているモノ。
山道を下る車の速度を抑える意図で造られた、
「く、そっ」
急坂で狭めた歩幅ですら合わず、傾けた身体が強制的に起き上がらされ、
インを突けば突く程、脚が厳しい。それも意図的に抑えたスローペースで、誰の圧力を受けている訳でも無いのに。こんな事、今まで一度も無かった。
加えて木々が邪魔をして見通せない立地が、更に悪影響を促している。シンボリルドルフは前の道しか見えない、つまり百八十度を描くコーナーの長さも角度も、何も見通せないまま走らなければならない。
そんな中、なんとかコーナーを曲がり終える。しかしシンボリルドルフは、明確に自分の脚に負担をかけてしまった自覚があった。
(消耗した)
四割の速度で走っていながら、それでもシンボリルドルフは自分のスタミナが削れたのを感じていた。
正確にはスタミナというよりは、脚の筋肉だ。厳しすぎるインを維持する為に、一部に偏った負担がかかってしまった。
スタミナと一口に言っても、それは単に肺に取り入れている酸素だけではなく、脚全体の筋肉や設地する足裏への負担も含まれる。いかに余裕を持って息が整っていようが、脚が動かなければ意味が無い。
持久力を支える遅筋に余計な負担をかかれば、息を活かせない。走りは遅くなる。酸素の消耗は増える。最後まで、脚が保たない。
(……不味いな)
コーナーを曲がり終えて、再び直線に差し掛かる。今度はほぼ勾配の無い、しかし五十メートルほどの短距離。その先には、木々で見通せないが再びコーナーがあるのだろう。
無理をせず、抑えた速度で走っている。一流のウマ娘として、”皇帝”として。本来は消耗などあり得る筈も無い、見極めたペース。その中で、シンボリルドルフは確実に焦りを抱いていた。
この山は、
狭すぎる道幅、極端な急坂、短すぎる直線、波打つ様に訪れる勾配の変化、インに拘れば厳しくなる急カーブ。そして、それら全てを覆い隠す高い木々の壁。
一つでも苛辣と言える要素が連なり、ゴールまで登り続けなければならない。この山は、最高速でコースを駆け抜けるレースとは真逆の事を要求してきていた。
「今度は、緩いか……」
短すぎる直線を抜け、今度は右コーナー。直前のヘアピンカーブを警戒したシンボリルドルフの前にあったのは、拍子抜けする程に緩く長い弧を描くコーナーだった。
ここは素直にインでいい。先程とは比べ物にならない程に緩く、木々によって視界が遮られる事も無いコーナーを楽に抜けていく。実際のレース場に近い角度で、思わず速度が少し乗りそうになってしまう。
その判断は、即座に肯定された。
「ぐっ……!」
右コーナーを抜けた直後、ほぼ直線を挟む事無く次のコーナーに差し掛かる。しかも今度は、角度が厳しい
イン側からアウト側へ、強制的にシンボリルドルフの取っていたラインが反転する。慌てて外から内へと脚をスライドさせ、効率的なラインを取り直す。
だが、
(……異常だっ……!)
訪れた急角度の左コーナーは、木々の壁で先を見通せなかった。だから、そのコーナーが
外から内へシンボリルドルフが曲がった、その瞬間にコーナーが終わってしまい、直線を一切挟まず逆コーナー。シンボリルドルフは、無理せず力を抑えるという自分の判断がどこまでも正しかったと理解した。
少しでも速度を乗せていたならば、急旋回的なこの連続コーナーを曲がる事も難しかったかもしれない。山道の滅茶苦茶なレイアウトに振り回されて、消耗して登り切れない可能性すらあった。
異常。この山道はそうとしか言えない、理不尽なコースだ。
(……センターライン、しかないな)
右へ左へ、左から右へ、さらに左へ。全く角度の違う、うねる蛇の様なコーナーを曲がり終え、次の直線が来て。シンボリルドルフは、道の中央のセンターライン上を走る事を決めた。
この山道は直線では無く、コーナーを攻略しなければならない。まるで速度を乗せられない上りの直線より、山頂に至るまで訪れては切り替わる無数の左右コーナー。
スタミナを温存する為にイン側を走っていれば、突如として逆コーナーが来た時にアウト側となってしまう。コースの形状が解らないシンボリルドルフには、正しいライン取りが出来ない。
ならば、道の中央を走る。仮にも一般車道の真ん中を走るのは若干の恐怖と道徳的な抵抗があるが、中央をキープする事に徹するなら、左右どちらに曲がるにもある程度自由に脚を使える。
この際、内を走らないという距離的なロスは無視する。脚を最後まで温存して、純粋な
「また、コレかっ……!」
そう思った矢先、再び急激なヘアピンカーブ。建てられたカーブミラーをちらりと見て、それでも道の先を見極められない。シンボリルドルフは、とにかく脚の消耗を意識してセンターライン上を走る事にした。
今度は一度目のヘアピンカーブより、さらに角度が厳しい。短く、鋭角に。まるで後ろを振り向けとばかりに、一気に方向転換を強いるコーナー。
速度を強制的にゼロにさせるような、そんなカーブ。ピッチ走法どころか、もはや足踏みをする様な走り方でシンボリルドルフは強引にカーブを曲がろうとする。
脚の回転数が落ちれば、スピードを上げ直すのに余計なエネルギーが必要になる。故に歩幅は狭めて速度は抑えても、ペースは変えない。意識的に膝を上げる事で、負担のバランスを取る。
(よし、抜け――)
今度は最初より上手く曲がれた、そして直線が見えた。シンボリルドルフがそう思った時。
「――はっ?」
素っ頓狂な声が、不意に口から出た。シンボリルドルフ本人すら意識せず放った、無意識の一言。
一瞬思考が止まり、思わぬ言葉が出た。何故か。
(……何故君が、
ヘアピンカーブを抜けた先の直線、二十メートル近くは先に。
藍色の髪を靡かせる、
正真正銘の異常事態が、シンボリルドルフの脳を停止させた。
Q.オリ主とかチートや、チーターやろこんなん!
A.チーターではない、ウマ娘だ!