「という事で。グラスさん・エルさん・キングさんの重賞勝利を記念して! かんぱーいっ!」
「おばかーっ!」
年の終わりも近付いた頃。以前にも来た大型カラオケ店の大部屋を貸切にして、スペシャルウィークら同期五人は、ドロップスティアー開催の年末カラオケ大会と言う名の宴会に招致されていた。
乾杯の音頭を手短に済ませて、さっさと歓談タイムに入ろう。そんなドロップスティアーの思いに反し、キングヘイローは何故か今日最初の『おばか』を発した。
「え、どうしたんですキングさん。これキングさんのお祝いの席でもあるんですけど……」
キングヘイローもまた、ホープフルステークス近くに開催されたGⅢレース・ラジオたんぱ杯ジュニアステークスで勝利していた。前走のアタマ差の惜敗、それを晴らす様な末脚を見せつけ、二着と一バ身半の差を付けて。
最終コーナーでインを一気に突き、最内を取って加速。理想とも言えるコーナーの抜け出しと末脚により、競り合った三着と外から追い上げてきた二着のウマ娘を相手に完勝。一秒仕掛けが遅ければブロックされていたかもしれない、そんな絶妙なタイミングでのレース運びだった。
やっぱキングさんすごいわー。そのレースを見たドロップスティアーは素直にそう思った、なのでこうして三人まとめてのおめでとう会を開いたのだが。
「あ・な・た・も! あなたも重賞獲ってるでしょうがっ! それも、このキングからっ!」
「えー。いやレースとか世間の反応見りゃわかるでしょ。まぐれで勝ってる扱いなんだし、別に良くないですか?」
「無理があるでしょうがっ! あなた走る前から『私に絶対勝つ』って言ってたじゃない!」
「いやそこまで言ってませんよ。『センターに立つ』って言っただけじゃないですか」
「同じ事でしょうが、んもーうっ!!」
キングヘイローが憤慨しているのは、このパーティーの当事者もまた重賞の勝利者――それも、祝われる側であるキングヘイローから勝利した当事者であるにも関わらず、思いっきり自分の事は無視している事だった。
当日九番人気、プレオープン戦ですら勝てなかったウマ娘。そんな彼女の勝ち方は、百に一つの博打。世間からはあと少しでも距離があればキングヘイローが差し切っていた、負けとは言えない負け。そういう声が大きい。
別に他人の声を気にする様な精神は持っていないが、ドロップスティアーは自分が祝われる様な事をしたとはまるで考えてなかった。実際、二度と同じ様には勝てないだろうし。
「いやー、でもさー。GⅠウマ娘が二人、重賞ウマ娘が二人。とんでもない集まりだよねー、おーありがたやーありがたやー」
「セイちゃんさんとスペさんはオープンで無敗ですけどね。ありがたやー」
「何でお互い拝み合ってるのよ! あなた達こういう時結託するとタチ悪いわね!?」
重賞ウマ娘パワーにあやかろうとするセイウンスカイ。無敗ウマ娘パワーにあやかろうとするドロップスティアー。こういった悪ノリにおいて、彼女ら二人の連携は抜群に良い。阿吽の呼吸である。
そしてキングヘイローからすれば、なんでライバル同士でそういう姿勢でいるのか理解出来ない事だった。次は負けない、今度こそ勝つ、望む所だ。そういう切磋琢磨の関係でお互いを高め合うのがウマ娘という物では無いのか。
水と油と言うか、芝とダートみたいな認識の差がこの両サイドにはあった。
「ふふっ。スペちゃん達とジュニア期に競い合えなかったのは、少し残念ですが……本番は、クラシックに持ち越しと致しましょうか」
「の、望む所だよ、グラスちゃんっ! 負けないよ、私はっ……”日本一のウマ娘”になるんだから!」
「おお! ならエルは、”世界最強のウマ娘”デスよ! ふふん、誰にも負けませんよ!? スペちゃん達にも……勿論、グラスにも、デスよ!?」
今日の主役たるジュニア級の頂点たる二人は、この場に集う全員へ挑戦状を差し出す。
デビュー二年目、クラシック期。あらゆるウマ娘達が十分なトレーニングを積み上げて挑む、一生に一度しか挑めない花道。ジュニア期も当然一度だけだが、クラシック期のGⅠレースは密度が違う。
四月から始まるGⅠ戦線。芝・ダート込みとするなら、八月以外毎月GⅠレースが開催されるという、レースファンからすれば一年まるで暇の無い濃密な期間。それこそがクラシック期である。
まぁ、クラシック時点でも参加出来るシニアレース込の話だが――
「ここに宣言します! エルは”世界最強”として今年!
「「……えっ?」」
セイウンスカイとキングヘイローが、珍しく息を合わせて感嘆詞を漏らした。
ジャパンカップ。数あるGⅠの中でもとてつもなく有名なレースの一つである。
この有名さには幾つかの理由がある。一つは、クラシック期のウマ娘も参加可能でありながら、シニア級――
そしてもう一つは、国際競走――
「……本気ですか、エル」
「当然デス」
「え、え。またなんか凄い空気流れてんですけど。グラスさんそのプレッシャーやめません? 最近ちょっと自分のセンサーヤバいんですって。なんかもう、ルドルフさん達クラスじゃなくても感じちゃう体になっちゃってんですって、色々ありすぎて」
まるで空気が読めていないドロップスティアーは放っておいて、エルコンドルパサーの発言はその場にいる全員を沈黙させるに十分な物だった。なお、スペシャルウィークの口にはにんじんピザが詰め込まれていた為、彼女は純粋に喋れないだけである。
ジャパンカップは確かにクラシック期のウマ娘でも参加は出来る。だが、ジャパンカップの開催から歴史上、
まぁ、近くにクラシック三冠たる菊花賞がある為に出ないという理由が大半ではあるのだが。繰り返しになるが、ジャパンカップはシニア級のGⅠレースでもあるのだから、一度のみのクラシック期のレースより優先するウマ娘自体が少ない。
「セ、セイちゃんさん、キングさん! 解説! こういう時こそ解説を!」
「……ジャパンカップは世界中のウマ娘が集うGⅠレースでね。ここで勝ったクラシック級のウマ娘は、歴史上今まで一人もいないんだよ……」
「加えてこれまで十七回の開催中、うち十二回が海外のウマ娘が一着を獲ってる。GⅠの中でも、まさに世界最強を競うレースなのよ……」
「あっヤバ。思ったよりヤバかった。こわい」
GⅠという時点で凄いというのは解っていたが、どの位かは知らなかったドロップスティアー。そこに的確かつ簡潔な解説を添えられた事で、一気に場の沈黙の理由を理解した。
エルコンドルパサーというウマ娘は、
クラシック級による国際競走制覇。そんな事を成し遂げれば、確かに”世界最強”と名乗っても誰も文句は言えなくなるだろう。何せ、勝利した日本のウマ娘自体が五人しか存在しないのだから。
「確かにホープフルステークスでエルは勝ちました……しかぁし! 世間の目は、グラスに集中しています! これでは到底、”最強”とは言えません!」
「……だから、ジャパンカップを獲る、と」
「何か間違ってますか、グラス?」
「……ふふっ。いえ、エルらしいなというだけです」
エルコンドルパサーはジュニアの頂点を競うホープフルステークスに、いきなりの芝レースで勝った。それはもう、世間は大騒ぎだった。
しかし、朝日杯のレコード――マルゼンスキーを超えた”怪物二世”・グラスワンダーを称賛する声の方が大きい。どちらも偉業ではあったし、正直比較する様な次元の話では無い。
だが、エルコンドルパサーは満足出来ていない。必ず自分こそが”最強”だと、胸を張りたい。だからこその、ジャパンカップ出走宣言だった。
「……はーぁー。エルちゃんは怖いねぇー。セイちゃんもビビって、もうポテトぐらいしか食べれないや」
「――あーっ! セイウンスカイさんあなた、何私側のポテトを自分側に寄せてるのよ!」
「あ、すみませんキングさん。それやったの自分です」
「ドロップスティアーさん、あなたはぁーーっ!!」
王者達が静かにバチバチと火花が飛び交わせる中、場の沈静化を図るべくセイウンスカイは水を差した。ドロップスティアーの犯行を利用して。
グラスワンダーとエルコンドルパサー、両者の目指す場所は果てしなく遠い。それに、この場に集まった残り四人も、結局近い内に同様にレースの中で争い合う事になるだろう。
だが、ここは宴会の場なのだ。一年お疲れ様でした、これからもよろしくお願いします。それ位のノリの場で、今から牽制し合っても仕方ない。ただ今だけは、全てを忘れて遊ぶべき。そう考えて、全員この場に集まったのだから。
「――むぐっ。あ、セイちゃん。お食事セット、もうワンセット注文お願いしていい? まだまだ一杯食べたくって!」
「おっけー。いやー、人のお金で食べる食事はおいしいねぇ、ティアちゃんさん?」
「……んっ? あれ、これ自分が全部支払うんです?」
「おやおやおやぁー? 幹事さんが、しかも重賞ウマ娘さんが? まさか割り勘なんて、ケチな事言わないよねぇー?」
「言います。割り勘です。自分より皆の方がレース勝ってます。よってこの場は割り勘です」
「思った以上にケチだった。レース並の迫力なんだけど、この娘」
セイウンスカイからの挑発を、ドロップスティアーの揺るがぬ意志は一蹴してみせた。自分だけが支払う、そんな”絶対”の
レースに絶対は無い、ならば宴会にも絶対は無い。ドロップスティアーの小市民メンタルは、どれだけの金銭を稼ごうと十円玉一つ分とて退く事は無い。今ドロップスティアーの瞳には、レースに挑む時と同様の澄み切った集中力と迫力が満ちていた。
「あなた達ねぇ……というかスペシャルウィークさん、あなたここに来てから食べてばかりじゃないの。こういう場所は偏ったメニューばかりなんだから、栄養には気を付けなさいよ?」
「うっ……ご、ごめんなさい、キングちゃん……」
「まぁまぁ、キングちゃん。スペちゃんは前来た時、ここでレッスン漬けでしたから。『今回は思う存分食べたい』、そうなのでしょう?」
「……はい……」
「……むうっ……」
腹の中にジャンクフードをトッピングするが如き勢いで、スペシャルウィークは驚異的な速度で注文されたパーティーメニューの食事を貪り食らっていた。だが、グラスワンダーからの援護によりその正当性が僅かに立証されてしまう。
実の所、以前このカラオケ店に来た時のスペシャルウィークには、自分が歌う番――ライブ練習が来る度に、途中で食事を止めなければならないというリミッターがかかっていた。しかし今日、そのリミッターは無い。
時間と食事のリミッター、それらの完全解放状態。今のスペシャルウィークは、紛れも無くこのジュニア期の中でも最高峰に位置するウマ娘だった。食事面だけ。
「ブエノ! 一杯食べる事は良い事デス! 食事の分は、トレーニングやレースで取り返せばいいんデスからね!」
「エルちゃん……! うん、私、食べるよ! 食べて、いっぱいトレーニングして、それで食べるんだ!」
「食べる事が最終目的にすり替わってるでしょうが! あぁぁ年末になってもなんにも変わらないわねあなた達! おばか!」
「ふふっ、ふふふっ……」
エルコンドルパサーの両手グーサインという”想い”を継承したスペシャルウィーク。その”想い”を背負い、彼女は走る。あまりに重く険しい、カロリーの高みへ通じる道を。
しかしその道をキングヘイローは遮ろうとしていた。っていうか遮る人物がキングヘイローしか居ない。もう一人の常識人たるグラスワンダーは、もう完全に強者モードから撫子モード――つまり、静観してくすくすと笑っている傍観者となってしまっている。
グラスワンダーはエルコンドルパサー以外への当たりがそれほど強くない。明らかに状況が逸脱し、止めようが無くなれば動く。だが今の状況では、キングヘイローという信頼出来るストッパーが居る。
キングヘイローがいる限り、グラスワンダーは動かない。レースという
「……んー? あれ、なんかいきなり”ENDLESS DREAM!!”予約されてるんだけど。今曲入れたの、誰?」
「自分ですけど」
「何いきなりGⅠ楽曲入れてるの!?」
スペシャルウィークの掛かりを抑えようとする中、完全雑談モードを割く様にカラオケの最初の一曲目がさらっと予約されている。
その張本人たるドロップスティアーは平然と、”特別”な重さを持つと言われた楽曲を初っ端からぶち込んでいた。
「いやなんか、グラスさん達歌ってたの見て、ついでに自分も歌ってみたいかなーって……」
「そう思うんならあなたは朝日杯出ときなさいよ優先出走者!」
「はーいキングさんが今差別しましたー! 自分も朝日杯出れたのに自分だけ差別しましたー! ぶーぶー!」
「あっはっはっ! かっる! GⅠ楽曲軽いなー!」
「ふふっ、本当に、本当に……別に、構える必要も無かったのやも知れませんね」
ぎゃーすかとイントロが始まっても言い争いが続く中、グラスワンダーが勝ち取ったGⅠ楽曲のメロディーだけがなんのしがらみも無く垂れ流されていく。入れた側が詰問されている今、その特別な筈の歌は誰も歌っていないBGMでしか無いという事態になっている。
グラスワンダーはかつて、この曲を宣戦布告の意志を込めて予約してみせた。そして
それらが全て終わった今では、この歌は最早ただのBGMにしかなっていない。もう誰も、これを歌う必要が無い。口喧嘩される中で後ろに流される背景という、ぞんざい極まりない扱いで、しかしそれが耳に心地良い。
「……ティアちゃんが歌わないのでしたら。私がもう一度、歌わせてもらいますが~? 二番も覚えているんですよ、私?」
「あっ、ズルですよグラスさん! グラスさんデカいステージでもう一回歌ったじゃないですか! 優先歌唱権を行使しますよ自分は!」
「そんな事に拘るなら最初から朝日杯出ときなさいって言ってるのよおばかぁーっ!」
「早い物勝ちデース! もう一本のマイクは貰いましたよー!」
「あ゛ーっ! 自分が入れた曲なのにーっ!」
ただ流されるだけというのも味気無い。”怪物”と囃し立てられた少女は、悪戯気分でマイクを自分の物とする。それに乗った”怪鳥”もまた、単なる勢いに便乗して歌い出す。
ただ歌う為に、歌う。この曲の為に何ヶ月も積んできたトレーニングの事も、GⅠという大舞台に込めた想いも忘れ。肩の力を抜いて、振り付けもせず。グラスワンダーは再び、しかし全く違う気分で歌い始めた。
「ティアちゃんさーん。あったよー、新しいマイクがー。っていうか大部屋なんだから充電台にいっぱい刺さってるでしょ」
「でかしましたセイちゃんさん! うぉぉ見せてあげますよ自分の歌唱力を! 振り付けとか一切覚えてない分自分の方がリード取れてる筈です!」
「ちゃんと覚えろってあれだけ言ったでしょうがぁぁぁ!」
「わわーっ! グ、グラスちゃんっ、こっちにマイク飛んできたんだけどっ!?」
「ふふっ。歌っちゃっていいんですよ、スペちゃん」
騒乱の中で飛んできたマイクが、偶然スペシャルウィークの手の内に入る。グラスワンダーはそれを見て、笑って共に歌おうと提案した。
そう、もう誰が歌っても良いのだ。どんな形でも、どんな想いででも。元々歌は歌でしか無い、それをグラスワンダーは思い出した。
GⅠでレコードを獲った”怪物二世”は、この場に要らない。今ここに居るのは、騒ぎ立てる彼女達の友人の一人であり、この歌はカラオケの一曲目に入れられただけの物なのだから。
「……あれっ? グラス、こんな所ありましたっけ?」
「……エ~ル~? Cメロ、覚えてないのにマイクを取ったとか、言いませんよね?」
「わ、私も知らないよっ!? グ、グラスちゃぁーんっ!」
「~♪」
「ドロップスティアーさんはなんで逆にCメロ完璧なのよ! しかもあなた、無駄に上手いのがまた腹立つわね!?」
「あ、料理そこに置いといてくださーい。んー、唐揚げもイケるねー」
クラシック期が始まれば、この中の全員がそれぞれの脅威となるだろう。
しかし、この騒音にも近いぐちゃぐちゃのライブの中では、誰もがその事実を忘れていた。
全くどこにも繋がらないし照らさないし光らないグランドじゃないライブ
次から第二部を書き始めた時から決めていた本編・第五部に入ります。作者的にはこっからようやく本編です。
まぁ適度に今回みたいなゆるゆるになる小説なので、そんな構える事でも無いのですが。