ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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死線!優駿編
『最強』


「――こんなッ……こん、なッ……!」

 

 ――認められない。ただ、その一念だけが心を満たしていた。

 勝負に絶対は無い。誰にも負けない”世界最強”と自分――エルコンドルパサーは宣言した。しかし、未来に待つ結果(ゴール)でどうなるかは、誰にもわからない。

 だが。どんなウマ娘であっても、敗北(それ)を簡単に受け入れられる訳が無い。実際に、自分がそうであるように。

 それでも、今のエルコンドルパサーは。……紛れもない、負けの重みに肩を落としてしまっていた。

 

「く、うっ……! 不覚です……これ程、差があろうとはッ……!」

 

 親友、グラスワンダー。自分に匹敵すると信を置き、終生の親友でありライバルである彼女もまた、離れた場所で膝を付いている。彼女もまた、負けていた。自分と同じく、自分と同じ相手に。

 認めよう、相手は自分達より遥か高みにいる。だから負けている。単純明快にして唯一絶対の差異がある、たったそれだけの話。

 だが。まだ、何も終わってはいない。眼前にいる、自分達と匹敵するライバル――スペシャルウィーク・セイウンスカイ・ドロップスティアー。彼女達を睨み、エルコンドルパサーは再び気合を入れ直した。

 

「いやー、つっよいねーティアちゃんさんの()()()()。無敵じゃーん」

「あははっ、セイちゃんさんの()()ありきですって」

「う、上手く()()()()出来なくてごめんね、セイちゃん……」

 

 ジュニア最強たる”怪物”と”怪鳥”が、まとめて負けている。その理由はたった一つ。

 新年の始まり、同期六人が集まって、()()()()()()をしている。自分達が絶対の実力を発揮出来るレースではなく、球技の場である。たったそれだけの事だったからだ。

 

「くうぅっ……! どうしてっ、どうしてこのキングのスパイクがっ、こうも簡単に拾われてるのよっ……!?」

 

 自陣にいるキングヘイローもまた、首を下げないまでも膝に両手を当てて悔しがっている。

 事の始まりは、物凄く簡単だった。『正月と言えば羽根突きですよね~』、有名な日本文化の遊戯としてグラスワンダーが同期達へと提案した事が始まり。

 それ自体は全く問題が無い。誰も羽根突きをした事も無いし、そういったお遊びもいいだろう。そう誰もが思ったその時、ドロップスティアーがこう言った。

 

『どうせ六人いるんなら、もっとダイナミックに行きましょうよ。チーム分けて、新春バレー大会! ってのはどうですか』

 

 羽根突きは軽く、言うなればバドミントンの亜型の様な遊びだ。打ち上げて拾う、それだけではウマ娘の力は発揮し切れない。どうせならば体も動かせて、尚且つ全員で参加出来る競技の方が良い。そういった提案だった。

 ()()()()()()()とも知らず。

 

「いやー、やっぱセイちゃんさんと組んだのは大正解でしたねー」

「いやいや、こっちも予想以上に助かってるよ? あのコンビ相手に勝つの、ティアちゃんさんのジャンプありきだからねぇ」

 

 ドロップスティアーが持ちかける勝負は、基本自分が有利を取れる物だ。

 ”一流トリオ”対”下剋上チーム”。ドロップスティアーとセイウンスカイの提案により、チーム分けは行われた。

 前者、エルコンドルパサー・グラスワンダー・キングヘイロー。後者、セイウンスカイ・スペシャルウィーク・ドロップスティアー。

 『レースじゃ重賞穫れなかったし、ここで勝っちゃおっか。まっ、名高い”怪物”さん二人相手でも、バレーでなら勝てるでしょー』。セイウンスカイのこの一言が、グラスワンダー達の闘志に火を付けた。

 ()()()()()()()とも知らず。

 

「くうう……! 高さで負けるなど、”怪鳥”の名折れっ……! 次、次こそは! 今度こそブロックしてみせまーす!」

「ふははは! いかに”怪鳥”とて、遙かなる山を超える事は出来ません! 貴方はこの体に流れるヤマ娘の知に負けるのだー!」

「いや知恵では無いでしょ。ただのジャンプ力でしょ。私達は助かってるけどさ」

 

 このバレー勝負は、()()()()()()()()()だった。人間がやるバレーボールの世界最高到達点は、380センチ強。それも、身長二メートル超の選手が一メートル以上跳んで到達出来る、ウマ娘の身体能力ですら対抗し辛い圧倒的な高さである。

 だが、ドロップスティアーは恐ろしい事にちゃんとした助走からジャンプすれば四メートル程まで手が届く。即ちこの試合において、彼女は()()()()()()()のスパイクを可能としていた。

 ”怪鳥”を名乗るエルコンドルパサーは当然、この高さに張り合って挑戦する。しかし、走る力を犠牲としてバカみたいにそれ以外を鍛えていたドロップスティアーに対し、この場ではどれだけ上手く跳んだとしても、精々指先が届く程度にしかならないでいた。

 

「……すみません、キングちゃん。私のレシーブミスにも非があります……新年から、この様な無様を晒して……何がッ、何が不退転かッ……!」

「いやグラスワンダーさんはちょっと気負い過ぎでしょう。目付きが怖いわよ。仕方ないでしょうあんなデタラメなスパイク、毎回は拾えないわよ」

 

 そしてドロップスティアーは、スパイクする時は()()()()()()()()()()()()()いた。これはイジメや恨みでもなんでもなく、作戦の一つである。

 グラスワンダーはこの中では最も小柄だ。故にブロックやアタックには適さず、基本的にレシーブやトスに専心せざるを得ない。しかし警戒すべきは、エルコンドルパサーとの連携である。

 ここにいる全員、揃ってバレーボールの素人。しかし親友である彼女達二人が息を合わせれば、未熟ながらも速攻(クイック)が出来てしまう可能性がある。そうなれば、流石に誰もレシーブ出来ない。

 ()()()()()。エルコンドルパサーをブロックに飛ばせ、グラスワンダーにレシーブさせる。そうなれば自然と、手が空いているのはキングヘイローのみ。

 ブロックから戻ったエルコンドルパサーがスパイクに行くにしろ、トスに行くにしろ。グラスワンダーをレシーブで崩した時点で、()()()()()()()()()のだ。

 

(フフフ……完璧な戦略ですねぇ、セイちゃんさん……! どうですか、”怪物”をまとめて倒すこの気分は……!)

(ふふふ……最高な気分だよねぇ、ティアちゃんさん……! 策にハマっている、そう思わせないまま作戦にハメてる時の快感ったら無いよ……!)

(……う、うーん……グラスちゃん達に悪い事してる気がするんだけど……)

 

 互いを慰め合う”一流トリオ”――命名キングヘイロー――相手に対し、”下剋上チーム”の三人中二人は背を向け、こそこそと悪い笑みを交わし合う。何ら作戦も無く、純粋に楽しむ一心でいたスペシャルウィークだけがこのチームの良心だった。

 しかしスペシャルウィークも別に忖度しようとは思っていない。むしろ逆で、セイウンスカイの指示を受けて相手のスパイクが飛んできそうな場所へ先回りし、大半のボールは拾っている。

 感覚で動くスペシャルウィークは、相手のアタック方向を頭で予測出来ない。なのでセイウンスカイは、その頭脳を駆使して相手の助走・ジャンプ・空中の角度を見て、スペシャルウィークへ『あっちボール行くよ!』と指示を飛ばす司令塔となっていた。

 スペシャルウィークはそれに従い、その通りに飛んできたボールを反射的に拾う。上手く取れない事はあれど、学習能力も素直な彼女はレシーブに専念する事ですぐにコツを掴み、方向はともかくとして受けたボールを浮かす事は安定してきた。

 

「今度こそ決めるわよ! 見なさい、一流のスパイクを――」

「スペちゃん、キングの正面!」

「はいっ! わわっ、わぁっ!」

 

 そしてセイウンスカイは、キングヘイローやエルコンドルパサーが()()()()にしかアタックしない事を既に看破していた。これは根っこの性格が真っ直ぐで、とにかく実力で上回ろうとする彼女達の悪癖である。

 グラスワンダーに取らせて速攻を封じ、八割以上は体を向けた方向へ打ってくる二人のスパイクを拾わせる。そしてセイウンスカイは、とにかくそのボールをネット近めの自陣へと高く、とにかく高くトスする事に専念する。

 そうなると、どうなるか。

 

「今度こそ、止めまーすッ!」

「エル、ダメです! ()()()()()()()――」

「でぇぇぇいッ!」

 

 ボールの滞空中、十分に助走の時間を取ったドロップスティアーが、四メートルの高みよりスパイクする。()()()のエルコンドルパサーの手の上を超えて。

 ドロップスティアーの脅威は、言うまでもなくジャンプ力。だがジャンプが高いという事は、同じタイミングで跳んでも滞空時間が合わない、という事でもある。そのせいで、エルコンドルパサーは何度となく伸ばした手が届かず、ブロックされなかったボールはグラスワンダーの居る方向へそのまま飛んでくる。

 ただ高い場所から打ち下ろすだけ。重力を味方に付けた、純粋なる位置エネルギーを得たボールが、再びグラスワンダーのレシーブを吹き飛ばした。

 

「くううっ……!」

「す、すみません、グラス……! 意識してても、タイミングが合わないデス……!」

「ズ、ズルよズル! こんなのワンサイドゲームじゃないの!」

 

 当然だがこれはお遊びであり、お互いに別に怪我するレベルのパワーで打ってはいない。いやちょっと熱の入ったエルコンドルパサーは割と本気を出しかけているのだが、ともかく全員アタックする時には腕力をセーブしている。

 それでも、ドロップスティアーを誰も止められない。どれだけアタックで手加減しようが、跳躍力だけはまるで変わらない。トレセン学園でも間違いなくトップクラスの遥か高みから打ち下ろされるスパイクは、全く防ぎようが無かった。

 おまけに。

 

「あっ、ボールが――」

「セイちゃんさんよろしくーっ!」

 

 エルコンドルパサーが打ったサーブを、スペシャルウィークが取り損ねてあらぬ方向にボールが跳ぶ。だが、()()()()()()()でドロップスティアーはボールの落下点へと走り、真横に飛び込みながらレシーブして大きく打ち上げる。

 ドロップスティアーの他の長所は、レースでも散々活用(あくよう)してきた判断力と加速力である。セイウンスカイがカバー出来ない程にコートから外れたボールだろうが、とんでもない速度で先回りしては横っ飛びしてコート上に戻す。

 フライングレシーブと呼ばれる、横っ飛びで腕を伸ばしてボールを打ち上げながら、両手で着地して受け身を取る技術。ジャンプ力だけで済まない野生児特有のセンスは、とんでもない守備範囲を生み出していた。

 

「うーむ、これじゃあ返すだけしか出来ないねぇ……っと」

「チャンスボールよ! グラスさん!」

「任せます、エル!」

「ブエノ!」

 

 しかしこの形となれば、現状最強のスパイカーたるドロップスティアーが攻撃に回れない。仕方なくセイウンスカイは、相手のコートの遠く深い所へと放物線を描く様に返すだけの、高く緩い返球をした。

 しかしそんなボールなど、拾ってくれと言っている様な物。キングヘイローは早々と落下点へと回り込み、丁寧にグラスワンダーの居るネット際へとレシーブする。

 そうなれば、セイウンスカイらが最も警戒する攻撃――グラスワンダーのトスからのエルコンドルパサーからの速攻が成立する。一方的に負ける訳には行かない、遊びとはいえこれは勝負なのだから。その一心で、絶好のトスをエルコンドルパサーは即座に叩き――

 

「遅いッ!」

「ケッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()された。

 

「あ、あなた、いつの間にそんなとこまで戻ってきたのよ!」

「キングさー。なーんでセイちゃんがあんな『取って下さーい』みたいな、たっかいボールそっちに寄越したと思ってるのー?」

「……!?」

「さっすがセイちゃんさん。おかげで戻る時間が稼げましたよ」

 

 コート外までカバーに跳んでいった筈のドロップスティアーが、速攻に対してブロック出来た理由。それはセイウンスカイの返球が緩い物であったからだ。

 ドロップスティアーのフライングは上手く、着地で受け身を取ってからすぐに体勢を起こしていた。それを見たセイウンスカイは、使()()()と判断。コート外にいるドロップスティアーを引き戻す時間を確保すべく、わざと取りやすい高めの球をコートの奥に飛ばしていた。

 それにより、グラスワンダー・エルコンドルパサーによる速攻に対して、このコート内で最速最高の盾であるドロップスティアーが戻ってブロックが成立したのだった。

 

「単に強く打ち込むだけがバレーじゃないって事だねー。いやー、こればっかりは頭脳の差、ってヤツー? うーん、怪物コンビの快進撃も、ここでおしまいかなー?」

「なんにも恥じる事はありませんよ? これはレースじゃないんです、いくら負けても問題無いんですよ。まぁちょこーっと? 自分達が強すぎた、というだけでー?」

「「ぐっ……!」」

 

 ここぞとばかりにセイウンスカイとドロップスティアーは、怪物コンビの逆鱗に触れる。実の所、実直な二人はこういう挑発には弱い。それを見越して、セイウンスカイらは共闘していた。

 これでまたプレイが単純になる。動きが読みやすくなる。策士と悪童、ここにあり。『絶対敵に回したくない』と互いに思った両者は、このバレー企画が始まった瞬間にアイコンタクトで結託し、この展開に持ち込む気マンマンだったのである。

 

「あと、キングさん。”ズル”ってなんですか? 自分が手を抜いてジャンプしないとか、そうルールでも設ければ満足ですか? それで勝って”一流”を名乗れるなら構いませんけれど……」

「まぁまぁティアちゃんさんや。仕方ないって、ここまで差があっちゃ、キングだって思わず失言しちゃう事もあるんだからさ。今日ぐらい”一流”である事を忘れちゃってもいいでしょ?」

「ぐぐっ……!」

 

 ついでにキングヘイローの思考誘導もする。まるで打ち合わせでもしたかの様に、二人は流れるように言の葉を紡ぐ。この二人の組み合わせは”最強”では無いが、”最悪”ではあった。

 セイウンスカイは司令塔兼カバー役として、あんまり動かなくていい。ドロップスティアーはここぞとばかりに、自分の長所で三人を圧倒できて気持ちがいい。利害が極めて一致している以上、手を組む以外の選択肢は無かったのである。

 

「つっ、次こそ、次こそは! ”怪鳥”として、”世界最強”のウマ娘として! 絶対に、絶対に止めますからね、ティア!」

「”最高”は自分ですよ、エルさん。早く来て下さいよ――”高み”へ」

「グ、グラスちゃん。私、どうしたらいいのかなぁ……? やっぱりこれ、不公平な気がするんだけど……」

「スペちゃん。勝負の場で手を抜く等、考える物ではありません。只勝利を望む、其れこそ私達の本分である筈。私達は必ず、この場で貴方達を打倒します……覚悟すべきは、貴方達です」

「あっはっはっ。グラスちゃんがGⅠレース並に燃えちゃってるよー」

「心で負けてどうするのよ……! 何時でもない――今勝つのよ、キングヘイロー……!」

 

 ジュニア期時点で間違いなく上澄みであった、クラシック期入りたての六人は、揃いに揃ってこの新年初勝負のお遊びに真剣になっていた。正確には真剣になっていたのは”一流チーム”三人であり、”下剋上チーム”は余裕たっぷりである。

 レースで勝てないならここで勝っとこ。そんな気持ちでドロップスティアーが持ちかけたバレー勝負ではあったが、思ったより全員楽しめていた。

 まぁ正直、公平性を思えば途中でチームをシャッフルすべきなのだろうが。セイウンスカイという心強い味方を得た上、まるで退く気を見せない相手に対し、暫くは圧倒して気分良くなりたい。普段からレース関連で頭を悩ますドロップスティアーは、ここぞとばかりにいい気になっていた。

 

「いいですかエル、スペちゃんのトスは少し雑な所があります。なので最初にセイちゃんに取らせましょう」

「はい! いきますよーっ!」

「まぁセイちゃん狙いだよねー。じゃ、ティアちゃんさんや、よろしくー」

「ツーアターック!」

「速ッ……!?」

 

 相手の作戦を読み切ったセイウンスカイは、ネット際に少し高めのレシーブを送る。それを見てドロップスティアーはジャンプ力では無く瞬発力によって、相手がブロックを構えるよりも更に早く相手コートにスパイクを打ち込んだ。

 ドロップスティアーには、ジャンプの関わる競技であれば天才的と言わざるを得ない素質と能力があった。あってしまった。反応速度・加速力・跳躍力、そして全身を思いのまま動かすセンス。レースではなく山の中で鍛えた全てが、どうしようもない程に味方している。

 この場において走るだけなら最弱の彼女は、今この時のみに限り最強の座に君臨していた。仮にもレースを主戦場とするアスリートの分際で。

 

「あはぁー! いやはや、まるで負ける気がしませんねー! ”怪物”も所詮この程度ですか! 今年は自分の時代ですかねぇー!? あーっはっはっはー!!」

「「「――……」」」

 

 小物、渾身の高笑い。中央に来てから初めての圧倒劇に、彼女は完全に調子に乗っていた。

 ――それが、怪物達の真の力を目覚めさせるとも知らず。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……正月休み明けって事で、トレーニングを開始したい訳だが……なんでお前、もう使い古したボロ雑巾みてーな顔してんの? 正月早々めいっぱい自主トレでもしてたのかよ?」

「……色々あって……”怪物”達と併走する事になって……さんざボコボコにされました……」

「だあほ」

 

 『ウマ娘らしく。バレーが終わったら、最後はやっぱり走りませんか~?』

 バレーボール大会終了後、闘争心を昂らせたままの怪物コンビは全員で併走する事を提案。

 小物は正しい身の丈を再度思い知らされ、新年からグチャグチャに凹まされてしまった。

 




勝った!第五部完! 負けた!第五部開始!

小物界の小物。所詮先のレースの”敗北者”じゃけえ……。
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